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資料  5

平成14年10月23日
侵害の量の推定について

前  田  哲  男

  著作権侵害行為は容易かつ隠然と行うことができ、権利者が侵害行為を発見しても、侵害行為全体の「氷山の一角」しか立証できず、侵害行為のごく一部についてしか損害賠償を受けられないことが多い。
  このような問題に対しては、裁判実務上も、事実上の推定を行って「一応の証明」があったと認定する(侵害の数量を推計する)ことにより、真実に近づく努力もなされているが、侵害数量の立証責任はあくまで権利者にあるため、「相当控えめ」にしか侵害数量が認定されず(「少なくともx個を下ることはない」という認定に基づきx個分の損害賠償を認定するのが、広くみられる裁判実務である。)、真実の数量に近い認定がなされているとは評価できない。
  しかしながら、1侵害数量は侵害者側の事実であって、「証拠との距離」は侵害者がより近いこと、2侵害者側で自らの行為の数量につき記録(商業帳簿、ソフトウェア管理台帳など)を残すことが可能である場合が少なくないこと、3侵害数量を控えめに認定することは常に権利者の犠牲のもとで侵害者に利得を残す結果になること等からすると、侵害数量のすべてについて権利者側に立証責任を負わせることは、権利者・侵害者間の公平に欠け、かつ真実に接近するための手段としても適切ではない。
  ところで、侵害数量が問題となるケースでは、数量の一部については立証できるのみならず、さらに立証できる数量を超える侵害行為があったことの合理的な疑いがあるのに、その部分の数量の合理的な推計を行うことができないケースも多い。このような場合には、権利者によって立証された一部の侵害数量をもとに立証困難な後者の数量を推定することが公平であり、しかも、その部分をゼロとみなすよりも真実に近づくことができる。
  具体的には、
    ・証明された侵害数量を超える侵害行為があった合理的な疑いがあり、
    ・その部分(合理的な疑いのある部分)の数量を合理的に推計することができないときは、
    ・証明された侵害の数量と同じ数量の、同種の侵害行為が、(証明された数量のほかに)あったものと推定する。
    ・それだけの侵害数量がないことを被告が立証したときは、その数量を控除する。
とすることにより、立証困難な侵害数量の部分を合理的に認定する基準を設け、侵害数量の立証責任を公平に分配することが必要かつ適切である。
    ※  「証明された立証された侵害数量を超える侵害行為があったことの合理的な疑い」については、権利者が立証責任を負う。
    ※  「合理的な疑いのある数量」について合理的に推計することが可能なときは、その推計によるべきであり、上記の推定を用いる必要はない。

(例)ビデオ作品「○○」の著作権者Xが、海賊版製造販売業者Yを訴えた場合を想定する。
      1   Xは、
  a   少なくとも100個の海賊版の作成・販売があったことを立証
  ex   Yから海賊版を仕入れた卸業者Aを突き止め、そのAに存在した納品書から100個の仕入れが立証された。

  b   100個を超える海賊版作成・販売があったことの合理的疑いを基礎づける事実を立証
  ex   Yが製造した海賊版が卸業者Aと取引関係にない小売店でも販売されていた事実が立証され、YがA以外の販売業者にも当該海賊版を卸していた合理的な疑いがあると判断できた。

  c   bの部分(100個を超える侵害行為)の個数について、合理的な推計を行うことができないことを基礎づける事実を立証
  ex   Yは商業帳簿、取引伝票あるいは顧客管理台帳等を備えておらず、A以外の者に販売した数量を推計することができない

この場合、Yが製造販売した作品「○○」の海賊版は、YがAに販売した100個のほかに、何者かに販売したもう100個が存在したと推定する。

      2   これに対し、Yには、次の防御方法がある。
    ・bを否認する(立証の必要はない)
      →   bを基礎づける事実を否認(立証の必要はない)
・・・Aと取引関係のない小売店でも販売されていた事実を否認
      →   bを基礎づける事実からは、合理的な疑いがあったとは評価できないと主張
・・・Aと取引関係のない小売店で販売されていた物は、Aが販売した物の中古品であり、100個の中に含まれると主張

    ・cの事実を否認し、合理的な推計を行うことができることを主張
      →   その推計が合理的であれば、裁判所はそれを認定すればよい。

    ・ 200個も製造販売していないことをYが立証して推定を免れることもできる。
  ex   Yの海賊版工場の生産能力がそれだけもない
仕入れた原材料が150個分にすぎない

  上記の案は、侵害行為が、「侵害数量を証明できた部分」と「それを超える合理的な疑いがあるが、侵害数量を合理的に推計することができない部分」との、2つの部分から成り立っている場合(後者の部分が存在する合理的な疑いがあることについては、権利者が立証責任を負う)に、「侵害数量を証明できた部分」と同程度の数量の、「侵害数量を合理的に推計することができない部分」があったと推定するものである。
  後者の数量を、権利者の手によって立証された前者の数量と同程度であったと推定することは、権利者と侵害者との間での立証責任の分配の観点において常識的にみても公平である。
  また、合理的な推計に基づくきめ細かな数量の把握を行うことが可能な場合にはその推計によるべきであるが、そのような合理的な推計すら行うことができない場合、それゆえにその部分を「ゼロ」とすることは明らかに真実から遠ざかる。「合理的推計を行うことができない部分」の数量を「証明できた部分」の数量と同じ程度と推定することは、真実に近づく最良の方法でもある。
  よって、上記のような推定を行う規定は、合理的かつ公平である。

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