第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について

1 検討の背景

 昨今のデジタル化、ネットワーク化の急速な進展に伴い、著作物の利用形態もかつてとは大きな変化を見せている。本小委員会では、これまでも著作物の利用形態の変化に伴う著作権法上の課題について随時検討を行ってきており、また、それに応じて著作権法も多くの改正が行われてきているが、近時、さらに、デジタル化・ネットワーク化の下で新たに発達してきた流通の仕組みにおいてコンテンツが十分に流通していないとして、デジタル化・ネットワーク化の特質に応じた新たな法制を提案する動きが様々に出てきている(注1)。
 これらの諸提案は、背景や意図するところにそれぞれ異なる点があると思われるものの、概ね次のような類似の要素を含んでいるところに特徴がある。

 このような中で、「デジタルコンテンツ」に着目した法制、あるいはデジタル化・ネットワーク化や技術の進展の下での著作権法の在り方に関する議論は、政府全体でも経済財政諮問会議や知的財産戦略本部において取り上げられるに至り(注2)、結果として、著作権のみにとどまる問題ではないものの、以下のように、デジタルコンテンツの流通促進のための法制度等を2年以内に整備することとされた。

●「知的財産推進計画2007」(平成19年5月31日・知的財産戦略本部決定)

(総務省、外務省、文部科学省、経済産業省)

●「経済財政改革の基本方針2007−美しい国へのシナリオ−」(平成19年6月19日・閣議決定)

 このような状況を受けて、本小委員会では、まず、民間等における諸提案について概観し、その中で法制化が求められている事項について、我が国の法体系や条約等との関係から、どのような可能性や課題があるか検討を行った。また、諸提案を含め、このような「デジタルコンテンツ流通促進法制」の提言の背景となっている事項、問題意識について整理を試みた。

2 諸提案についての概観

1 諸提案の問題意識

 前述のように、「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関連する諸提案では、概ね、著作権法とは別に特別法の制定を想定する、また、その中ではコンテンツの登録制度を提言するという特徴が概ね共通的に見られる。一方で、その意図するところは一致しておらず、例えば、

など様々であり、必ずしも共通の問題意識が見られるわけではない。

2 「デジタルコンテンツ」に着目した特別法について

 また、特別法を制定すべきという場合に、その内容として、「デジタルコンテンツ」に限定した特別法ということが意図されている場合がある。このような提案を考える場合には、そもそも特別法の対象とする「デジタルコンテンツ」とは何かが明確になっている必要があるが、これについて、諸提案における検討を見てみると、例えば、

などが見受けられ、この面でも、特に一致した「デジタルコンテンツ」像が確立されているものではないと考えられる。

 さらに、アについては、商業利用されるかどうかは、同一のコンテンツでも市場の状況によっては、商業利用されたりされなくなったりするなど、両者の区別は流動的である。イについても、現在のデジタル化技術の下では、元々アナログ形式で制作されたものも含め、あらゆるコンテンツがデジタル化して利用されることがあり得るため、区別が流動的になり得るなど、これらは、必ずしも特別法の対象となるものとならないものとの区別がはっきりしているものではない。また、ウについては、登録によって生じる法効果の内容によってどの法律に関係するかが決まるものであるため、登録制度自体で特別法にすべきかどうかが決まるものではない。
 言い換えれば、こうした提案の場合、コンテンツのうち特定のもの――「デジタルコンテンツ」――に着目してそれに特有の法制度を想定したものというより、むしろ、特定の形態でコンテンツを利用する場合の法効果に着目したものと捉えた方がより適切であると考えられる。

 このような観点から、「デジタルコンテンツ流通促進法制」の法形式の在り方については、多義的である「デジタルコンテンツ」に着目した特別法の制定の是非をまず論ずるのではなく、まず、著作権法に関して提案されている内容について検討し、求められる措置がいかなる内容のものかを見定め、その結果に応じて、最後に、どのような法形式が適当であるかを検討すべきものと考える。

3 諸提案におけるその他の個別内容について

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関する諸提案では、このほか、その内容として、コンテンツの登録を求める制度の創設や、簡易な強制許諾制度等が提案されている。本小委員会では、これらのうち主な事項について今後の検討に資するよう、論点の整理を行った。それぞれの事項は、当事者間の自主的な取決めにより実施可能なものから、条約との関係で実現性に大きな問題があるものまで、内容は様々であったが、詳細は、参考資料1に譲る。
 なお、この検討は、民間等の諸提案そのものの是非を検討するものではなく、「デジタルコンテンツ流通促進法制」の整備に向け、同法制として求められている事項を洗い出す目的で、民間等の諸提案において共通的又は特徴的に見られる事項について特に取り出して、それを検討素材として用いたものである。このため、検討の素材となった各事項は、民間等の諸提案の各提案者の意図等を必ずしも反映したものではないことを付言する。

3 検討すべき課題

(1)経済財政諮問会議における検討の経緯

 このように、「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関連した諸提案の問題意識が必ずしも共通的ではない中で、「経済財政改革の基本方針2007」等で2年以内に整備することとされている「デジタルコンテンツ流通促進法制」をどのように考えればいいか。実際に、「情報爆発」という言葉もあるように、インターネット上には無数の情報が蓄積されていると言われ、中には著作権等を侵害するものもあるが膨大な流通が既になされている。このような状況にもかかわらず「デジタルコンテンツ流通促進」が求められているとはどういう意味か。
 これに関して、経済財政諮問会議の議論の経緯を見ると、同会議における有識者議員の提言では、「流通」とはインターネット上の流通を想定していることが表れている。また、同提言では、過去のTV番組が例とされているように、つまり「デジタルコンテンツ」とは、既にインターネット以外の流通媒体のために製作され、流通しているコンテンツが想定されている(注3)。
 同時に、同会議の「成長力加速プログラム」(注4)では、コンテンツ産業の発展のためとされており、「流通促進」とは、単なるインターネット上の流通量の問題ではなく、「産業」としての発展に資する流通の促進が想定されている。

 そのほか、先の提言(脚注3)では、「流通」が促進されないことの原因として、著作権やその他の権利に係る契約に関する「手続きコスト」を挙げている。ネット外で製作された既存のコンテンツについて、改めて契約交渉が問題になる場合とは、著作権については(実際には、著作権以外に肖像権など法的関係の整理を要するものがあるが)、例えば、次のような場合と考えられる。

 こういった点を踏まえれば、「デジタルコンテンツ流通促進法制」として経済財政諮問会議が課題として掲げているものは、「特定の流通媒体での流通など特定の利用方法を想定して既に製作されているコンテンツを、他の流通媒体(特にインターネット)で二次利用するにあたっての課題」と整理できると考えられる。

(2)経済財政諮問会議の課題意識で包摂されない課題

 上記(1)のように、「経済財政改革の基本方針2007」において整備が求められている「デジタルコンテンツ流通促進法制」は、コンテンツの二次利用が念頭に置かれていると考えられるが、デジタル化、ネットワーク化の下での著作物等の利用形態、創作形態に応じた著作権制度の在り方を検討していく上で、本小委員会としては、この他にも検討が求められている課題はないか検討の必要があると考える。
 インターネットは既存の流通メディアと同じような意味での「流通」手段の一つとしては捉えきれない側面がある。例えば、いわゆるブログや掲示板等をはじめ、当初からインターネットにおいて創作が行われる形態や、相互に改変、推敲等をし合うことによって、作品の完成度をより高めていく形態があるなど、「制作」と「流通」の概念で分けて考えることが困難な場合があるほか、さらにそれに不特定多数の者が関わる場合や、個人的な利用との意識の下で不特定多数者間のやりとりが行われている場合等もあり、問題を複雑にしている。こういった場面における著作物等の利用形態、創作形態について、どのような著作権法上の課題があるか、またどのように対応すべきかについて、整理すべき点もあると思われる。

 一方で、このような問題については、現段階で、必ずしも利用形態の実態及びその実際上の課題が明らかになっているとは言えないため、まずは、利用実態等の調査や検討課題の整理を行い、その上で、改めて本小委員会において検討を行うことが適当である。

4 コンテンツの二次利用に関する課題の具体化

(1)現状の問題点

 コンテンツの二次利用についての著作権法上の課題を考える上で、先の経済財政諮問会議における有識者議員の提言(脚注3)では、特にインターネット上で流通させる「デジタルコンテンツ」の内容として、過去のTV番組が主たるものとして考えられている。過去のTV番組の二次利用を巡る主な問題点については、以前に文化庁の検討会で検討されており(注5)、それと併せて整理すれば、次のように、著作権に関する問題のほか、放送に関するビジネスの実態や、著作権以外の権利についての問題もあると考えられる。

1 放送に関するビジネス上の課題

 過去のTV番組の二次利用を巡る問題点については、次のような、放送に関するビジネスの実態に関する課題や背景がある。

 また、これらの問題点に関連して、次のような指摘があった。

2 TV番組の伝送や画質等に関する技術的課題

 また、次のように、インターネットに関する技術的な問題や、その他の技術上の課題もある。

3 著作権以外の権利関係に関する課題

 権利関係に関する課題としては、著作権及び実演家等の著作者隣接権の問題だけではなく、肖像権、プライバシーの権利、寺社や美術品の所有者との調整など様々な権利についてもあわせて契約をしなければならないとの課題がある。

(2)著作権契約に関する課題

1 現状

 上記(1)のほか著作権契約に関する課題があるが、コンテンツに含まれる各著作物等の二次利用に関しては、利用の円滑化の観点から、集中的な利用許諾システムの構築が試みられており、現状においては、以下のような取組が進められている。

a 権利の集中管理による取組
b その他

 このように、著作権等管理団体に権利を委託している場合、権利者団体と利用者団体との間で一定のルールが形成されている場合については、所定の規程やルールに従って、一定の使用料を支払うことにより、二次利用について、ほぼそのまま許諾が得られる仕組みとなっている。

2 著作権契約に関する課題とその考え方

 このような観点からすると、著作権に関する契約が問題で、二次利用を拒まれる場合は、主に、以下のような場合であると考えられる。

 これらのうち、各実演家等のビジネス戦略や思想信条に関するものについては、基本的に尊重すべきものではないかと考えられる。したがって、コンテンツの二次利用に関する著作権契約上の問題点として、主として検討すべき課題としては、以下のように整理できると考える。

(3)今後の検討の進め方

 このような権利者の所在不明の場合等における著作物等の利用の円滑化方策については、現在、著作権分科会の下に設けられた過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会において検討が進められている。「経済財政改革の基本方針2007」のいう「デジタルコンテンツ流通促進法制」において想定されているような、過去のTV番組等の二次利用に関する著作権法上の課題については、結局のところ、同小委員会における検討の範囲に含まれており、まずは同小委員会の検討を着実に進めていくべきものと考える。本小委員会としては、その検討の状況を見守りつつ、その他、上記3(2)で述べたような課題の検討結果を踏まえ、デジタル化・ネットワーク化の下における著作権制度の在り方について、より総合的に検討を行っていくことが適当と考える。

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