ここからサイトの主なメニューです

第2章 国際小委員会

第1節 アジア地域等における海賊版対策施策の在り方について
−より効果的な事業実施のために、新たな段階へのステップアップ−

1  はじめに(現在の状況と課題)
   我が国の目指す姿は、文化、伝統、自然、歴史を大切にし、活力とチャンスと優しさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた、「美しい国、日本」である。そして、我が国が「美しい国」として繁栄を続けていくためには、安定した経済成長が続くことが不可欠であり、人口減少の局面においても「イノベーションの力」と「オープンな姿勢」により新たな活力を取り入れることによって、経済成長は可能である。
 少子高齢化が非常に早い速度で進行し、人口が減少に向かおうとしている我が国の現状において、日本のみを視野に置いていては、新たな成長を望む余地はそれほど大きくない。ここにおいては、我が国と地理的に隣接し、古くから交流の歴史があり、また、現在最も多くの人口を擁し、経済その他の分野で発展の著しいアジア地域をはじめとする諸外国と、グローバルに開かれた姿勢で連携し、彼らの成長や活力を日本に取り込んでいかなければならない。そのために、ヒト・モノ・カネ・情報、とりわけ文化の流通において、日本がアジアと世界の架け橋になることが、政府の最重要課題のひとつとして位置づけられている。そのなかで、映画、音楽、アニメ、ゲーム、放送番組などのコンテンツ分野においても、日本がアジア及び世界へ向けた情報発信力を発揮し、国際的競争力を強化していくことが重要な課題となる。
 コンテンツのアジアでの流通において障害となるものとして、言語等の文化的背景が異なることと、知的財産の保護レベルが低いことという2点が挙げられる。
 アジア地域が文化的に一定の共通の基盤を有しつつも、多様であることは、コンテンツの流通の点からは障害であるが、そもそも新しい文化創造は異質な文化のぶつかり合う所から生み出されてくるものであり、この多様性の中から新しい時代に対応した文化が創造されていくべきものである。
 他方、著作権保護等の制度的不備が理由となって円滑な文化発信が困難となっている状況については、政府やわが国の企業の働きかけによって改善する必要がある。
 政府は平成15年(2003年)に知的財産推進計画を定めて以来、海賊版対策事業に力を注いできた。
 これらの取り組みの成果として、中国をはじめアジアの多くの国では著作権関係法令の整備が進んできており、国際条約が要求するレベルの著作権保護法制を備えつつある。また、海賊版販売店舗のあいついでの閉店が伝えられるなど、目に見える成果も上がっている。国際レコード産業連盟(IFPI)が毎年行なう調査によれば、音楽CD市場における海賊版が占める割合は、中国において90パーセント(2003年)から85パーセント(2004年,2005年)、台湾では36パーセント(2004年)から26パーセント(2005年)、韓国では16パーセント(2004年)から13パーセント(2005年)、香港では19パーセント(2004年)から18パーセント(2005年)と減少してきている。
 しかしながら、依然として海賊版の流通量は多く、アジア諸国の街頭や店舗等において我が国コンテンツの海賊版が販売されている光景は根絶されていない。また、アジア地域以外で流通している海賊版についても製造地域はアジア地域である場合が多く、他の地域における海賊版を減少させるためにもアジア地域における海賊版対策のさらなる強化が不可欠である。
 デジタル技術等の進展に伴いコンテンツの違法な複製及びその流通の手口も高度化・巧妙化してきている。法令の整備だけでは現実の海賊版は十分に減少しないことが示すように、現場で成果を挙げるという観点からは、現在の海賊版対策が最も効果的な手法となっているとは必ずしも言えない。
 我が国の海賊版対策事業は、スローガンとして海賊版対策の看板を掲げる目的で施策を行う時期は過ぎ、本格的に具体的な成果を刈り取る新たな段階にステップアップすべき時期に入ったと考えられる。
 海賊版が十分に減少しない状況を漫然と続けないためには、これまで行ってきた海賊版対策事業の在り方の全面的な点検調査を行い、より効果的な事業実施のために必要な改善点を洗い出す必要がある。
 こうした観点からこれまでの我が国の海賊版対策事業を見直すべく、検討を行う。
 事業分野ごとの検討を行い、次に海賊版問題を取り巻くその他の周辺的状況の分析を行う。

2  局面ごとの分析
 
(1)  政府間協議
   我が国権利者が外国で権利侵害を受けている状況の改善のためには、政府レベルで侵害発生国に対し対策を要請することが必要である。
 これまで政府では、二国間、多国間での政府間協議などの機会を通じて、各国・地域における著作権保護の強化について要請を続けてきた。
 特に中国とは世界貿易機関(WTO)の経過的措置レビュー、日中経済パートナーシップ協議、国際知的財産保護フォーラム(IIPPF)が実施する官民合同訪中ミッションなどの枠組みを利用するとともに、著作権担当部局間での二国間協議を実施してきた。その結果、中国がWCT、WPPTに対応するべく、情報ネットワーク伝達権保護条例を制定するなど、法整備面では一定の成果が上がっている。
 しかしながら、国際レコード産業連盟が毎年実施している侵害率調査によれば、中国におけるレコード、CDの侵害率は、平成15年(2003年の90パーセントから平成17年(2005年)の85パーセントへ若干減少しているものの、エンフォースメント面の実効性は依然として不十分である。
 そこで、相手国による十分な行動の変化につなげるために、要請と支援、二国間と多国間、トップレベルと実務レベルを戦略的に組み合わせることで実効性を高めることが必要である。

1 要請と支援
 中国をはじめとする侵害発生国に対しては、WTOルールの毅然たる活用を含めた硬軟幅広い手法で要請を行うことが協議の中心となる。併せて侵害発生国が対策を容易に行うことができるよう能力構築などの支援を行うことを戦略的に組み合わせることが必要である。

2 二国間と多国間
 著作権は国際ルールに則った制度であるため、侵害発生国に対してもWIPO、WTO等の多国間のルールに則して保護を求めることが基本となる。さらに我が国権利者固有のニーズへの対応を二国間で求めることで補うことが有意義である。
 我が国から提唱した「模倣品・海賊版拡散防止条約(仮称)」については、合意の枠組みも含め検討を行い、その早期実現のために積極的に議論を推進すべきである。
 日本と同様、海賊版被害を被っており、かつ海賊版対策について豊富な経験を有する欧米諸国とは、二国間で海賊版対策に係る協力について協議し、侵害発生国に対し連携して要請を行うことが効果的である。
 侵害発生国でありつつ、中国等では海賊版被害国でもある韓国等の中進国とは、二国間で要請を行いつつも、侵害発生国における海賊版対策に係る協力の在り方について検討していくことが必要である。

3 トップレベルと実務レベル
 トップレベルでは一般的な改善及び特に重要な事項について不断の要請を行い、実務レベルでは、具体的な改善に直結する個別事項について、十分な情報収集に支えられたきめ細かい要請を行うことにより、我が国のニーズに対する相手国の国を挙げた政策につなげるべきである。十分な情報を得るためには、コンテンツ業界や著作権関連団体等からのインプット、政府内の各種調査結果、相手国における生情報、大学などの専門家の研究の活用が有効である。

(2)  能力構築支援
 
1 戦略的な対象国選別
 著作権に関する法制度を整備する上において、また、その法制度を用いた権利執行を実施する上において、それぞれに係わる各国の政府担当者や集中管理団体職員等の専門的能力を構築することが重要である。
 これまで行ってきたアジア著作権制度普及促進事業(APACEプログラム)、JICA(ジャイカ)研修等は、近隣の東アジア地域から遠くは南太平洋諸国にいたるまで、支援の裾野を広げ、各国に「著作権保護思想の種をまく」という意味において意義深いものであった。しかしながら、海賊版被害の実態、著作権保護のレベルでも、アジア諸国・地域は非常に多様である。それに対し、わが国の能力構築支援の多くは、相手国の状況に応じた細かな課題設定を行なうにはいたらず、一定の研修内容をすべての国に当てはめて来ており、必ずしも最良の効果を得ることはできていなかった。
 そこで、我が国からの文化コンテンツの発信という観点を中心に置き、各国における文化政策の進展の状況、歴史的・地理的経緯による各国それぞれの施策ニーズなども勘案しながら、能力構築支援の対象国を戦略的に選別し、各国の状況に対応した能力構築の実施方法を適用することが重要である。
 そのためには、まず以下の項目に基づいて各国を分類し、優先して資源を投じるべきグループを選定する。
日本のコンテンツ産業の進出状況
日本のコンテンツの海賊版被害状況
当該国におけるコンテンツ産業振興施策の状況
日本文化の海外発信先としての将来性
 さらにそれぞれのグループ内でも、以下の諸項目の状況を勘案して優先的に実施すべき施策を決定する。
著作権関係条約締結状況
著作権関係法令整備状況
集中管理団体整備状況
海賊版流通状況

2 キャパシティ・ビルディングからキャパシティ・デベロプメントへの展開
   これまで行なわれてきた研修事業等は、個々の参加者の能力構築には大きな効果があるものの、当該国の自主的・持続的な政策につながっているかという検証がなされておらず、来日研修の終了とともにその関係も終結してしまっていた。また、このような能力構築支援の結果として、相手国の法令整備や権利執行態勢が進展したというフォローアップもなされていなかった。
 そのため、能力構築支援事業の考え方を、個人の能力向上から社会全体への波及を視野に入れたもの、すなわち「キャパシティービルディング」から「キャパシティーデベロプメント」への転換を図るべきである。「キャパシティーデベロプメント」は、セミナー等の研修を起点としながら、研修内容が派遣元国において普及され、最終的には途上国自身が自律的に政策を向上させていけるようになる過程を包括的にとらえ、そのための環境作りを含めた総合的な途上国の政策実現能力の発展をめざす研修事業のあり方であり、この考え方を海賊版対策における能力構築支援においても応用されることが望ましい。
 そのために、より責任ある地位にある者を研修生として招聘するように努め、研修内容については、研修生の問題意識を事前に把握した上で、帰国後の行動計画作成を研修の中心に置く。また、研修終了後にも持続的な連携を保ち、必要に応じてフォローしていくことが重要である。
 さらに、途上国の政策立案に対する能力開発を行なっていくという観点からは、日本から専門家を派遣するなどして「ナショナルセミナー」を開催する方がより効果が高いとも考えられる。

3 相手国の利害関心に応じたセミナー等
   これまでの能力構築支援におけるセミナー等は、ともすると日本の考え方や国際的ルールを一方的に主張するだけで、相手方の利害関心やインセンティブへの配慮に欠ける部分があったため、我が国での研修等によって得た知見が当該国の政策としての、深く永続的な関心につながりにくく、結果として相手方の自発的な行動や協力を促しにくい面があった。
 そこで、このような研修等においては、海賊版対策や著作権保護体制の整備がいかに相手国自身のコンテンツ産業と文化発展に役立つか、いかに相手国の権利者の利益となるかという点を前面にアピールしながら事業を実施すべきである。また、相手国において影響力の強い権利者と連携しながら、事業を実施していくことも有効である。
 また相手国政府が行うコンテンツ産業振興施策や文化振興施策と連携して、最も良いタイミングを選んで、もっとも適合する能力構築支援事業を実施するよう検討すべきである。
 なお、海賊版対策や著作権保護体制の整備が相手国自身の発展に役立つということを効果的に説得するため、WIPO東京事務所においてそれを実証する研究を進めることも考えられる。

(3)  権利行使
   本来、私権である著作権の権利執行においては、権利者が、正当な権利を守るための主張を行うことが最も重要である。ただし、各国政府のエンフォースメント能力不足や、権利者の権利行使の経験の蓄積が後に続く他の権利者にも役立つこと、コンテンツの海外への発信は国を挙げて取り組むべき課題であること等から、政府においても一定の支援を行うべきである。
 そこで、これまで政府は、政府模倣品・海賊版対策総合窓口の設置、侵害発生国現地における在外公館や日本貿易振興機構(JETRO)による支援、コンテンツ産業関係企業・団体が発足したコンテンツ海外流通促進機構(CODA)の活動の支援等を行ってきている。これらの施策により、例えば、CODA・CJマーク委員会の中国、香港、台湾における権利行使の結果、平成17年(2005年)4月から平成18年(2006年)3月の間に、取締り1,091件、逮捕者515名、押収DVD、CD等2,276,180枚に上るなど、大きな成果を挙げている。
 しかしながら、中国における刑事訴追基準引き下げの問題等、依然として、権利者に過重な負担を課する制度的問題と現地政府担当者の不十分な対応が相まって、権利行使が困難な場合が多い。
 そこで、政府間協議を通じて、権利行使を容易にするための制度改正を要望していく際に、具体的な侵害に対する訴追状況についても情報提供を求めていくことが必要である。また、具体的な権利行使の際にも、政府間協議の際の相手国政府の回答に言及することが効果的である。

 特に、無方式主義をとる著作権は権利の所在が見えにくいため、権利者から取締当局に対して情報提供を行うことが不可欠である。取締当局担当官に対するセミナー等を通じ、我が国のコンテンツの海賊版を識別するための情報提供を行うなど、さらなる関係省庁と権利者団体等の効果的な連携の方策を検討する必要がある。

3  海賊版問題を取り巻くその他の周辺状況
 
(1) 正規版流通システムの不在の問題
 日本コンテンツへの需要があるにもかかわらず、正規版流通システムが確立していないことは、消費者が海賊版を購入する理由の一つと言われている。手軽に適正な価格で正規版の購入ができれば、多くの消費者にとって海賊版の購入を止めることは合理的な行動となるであろうから、このような正規版流通システムの確立は容易なことではないが、環境整備が実現すれば大きな効果が期待される。海賊版対策の観点からも、政府は各省庁が連携してコンテンツ産業の国際的展開に必要な支援をするべきである。

(2) その他
 以上の施策は概ねアジア地域における海賊版対策を念頭に置いているが、欧州等における我が国のコンテンツの海賊版流通も軽視できない規模に及んでいるため、アジア地域以外においても、権利行使支援等の施策に取り組んでいくことが必要である。とりわけ、欧州では正規版に近い価格で流通しているものも多く、正規版流通システムの不在も大きな原因となっていると考えられるので、正規版流通システムの構築が大きな課題である。

 能力構築支援等の施策の実施にあたって、国内の人材不足を解消するため、大学、研究所、団体、企業等とのネットワーク作りが必要である。例えば、大学の研究・教育活動と連携して、能力構築支援を実施し、同時に国内の人材育成を図ることも考えられる。

 電子透かし等の技術は、権利行使が実行しやすくなるものであるため、不正流通を抑止する上で有意義な面もある。それらの技術革新及び活用方策等についても検討を進めていくことが重要である。

 以上の整理で海賊版対策を行うとしても、それぞれの施策の実施においては、必要とされる情報、得られるノウハウ等、共通する部分が多い。効果的な施策の実施のため、関係者の情報共有を進めるとともに、各種施策を戦略的に組み合わせていくことが重要である。

前のページへ 次のページへ


ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ