第3章  教育振興基本計画の在り方について

1  教育振興基本計画策定の必要性

  実効ある教育改革は,教育基本法の理念や原則の再構築とともに,具体的な教育制度の改善と施策の充実,さらに,教育に携わる者,教育を受ける者,国民一人一人の意識改革とがあいまって,初めて実現されるものである。
  近年,「環境」,「科学技術」,「男女共同参画」,「食料・農業・農村」,「知的財産」など,行政上の様々な重要分野について,基本法が制定されるとともに,それぞれの基本法に基づく基本計画が策定されている。これらの計画には,施策の基本方針や目標,各種の具体的な施策,施策を推進するために必要な事項等が,総合的・体系的に盛り込まれ,国民に分かりやすく示されており,閣議決定を経て政府全体の重要課題と位置付けられている。

  しかしながら,昭和22年に制定された教育基本法には,基本計画に関する規定が置かれておらず,現在まで,教育に関する政府全体の基本計画は策定されてこなかった。教職員定数改善計画,国立大学施設整備計画,コンピュータ整備計画,留学生受入れ10万人計画など,個々の施策の計画は策定されてきており,最近では「21世紀教育新生プラン」のように教育施策を体系化して国民に分かりやすく示す試みも行われている。しかし,これらは,文部科学省の施策の枠内で取りまとめられたものであり,政府全体として教育の重要性に明確な位置付けを与え,総合的に取り組む計画とはなっていない。
  政府として,未来への先行投資である教育を重視するという明確なメッセージを国民に伝え,施策を国民に分かりやすく示すという説明責任を果たすためにも,教育の根本法である教育基本法に根拠を置いた,教育振興に関する基本計画を策定する必要がある。

  このため,本審議会は,教育振興基本計画の骨格となる基本的考え方について以下のように提言する。また,教育基本法の改正後,政府において直ちに教育振興基本計画の策定作業に入ることができるよう,計画に盛り込むべき具体的な施策の内容について,今後,本審議会の関係分科会等においてより専門的な立場から検討を行うこととしたい。
  なお,計画のイメージをできるだけ分かりやすく示し,関係分科会等での検討に資するため,計画に関して本審議会において出された様々な意見を整理し,参考資料として「今後の審議において計画に盛り込むことが考えられる具体的な政策目標等の例」を添付する。また,中間報告に記述されている「教育振興基本計画に盛り込むべき施策の基本的な方向」や計画について寄せられた意見・要望についても,実際に計画を策定する際には十分参考にしてほしい。
  教育基本法改正後,同法の理念や原則を実現するために必要な諸施策の実施につき,関係府省に対しても幅広く協力を求め,政府全体として教育振興基本計画を速やかに策定されることを期待する。
   

2  教育振興基本計画の基本的考え方

(1)計画期間と対象範囲

  計画期間については,科学技術の進展や,社会や時代の変化が急速であることにかんがみて,あまり長期になることを避け,おおむね5年間とすることが適当であると考える。また,計画期間内に定期的に政策評価を実施し,その結果を踏まえ必要に応じ見直しを行うものとする。なお,従来の教育関係の個別の計画には5年間程度を計画期間とするものが多いが,それらとの整合を図る必要がある。
  計画の対象範囲は,原則として教育に関する事項とし,教育と密接に関連する学術やスポーツ,文化芸術教育等の推進に必要な事項も,この計画に含めるものとする。

(2)これからの教育の目標と教育改革の基本的方向

(これからの教育の目標)

  教育振興基本計画では,教育の目標と,その目標を達成するための教育改革の基本的方向を明らかにする必要がある。「これからの教育の目標」については,第1章で述べたように,例えば以下のとおりとすることが適当と考える。

 
1 自己実現を目指す自立した人間の育成
2 豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成
3 「知」の世紀をリードする創造性に富んだ人間の育成
4 新しい「公共」を創造し,21世紀の国家・社会の形成に主体的に参画する日本人の育成
5 日本の伝統・文化を基盤として国際社会を生きる教養ある日本人の育成

(教育改革の基本的方向)

  「教育改革の基本的方向」については,上記の教育の目標と第2章で述べた教育基本法改正の視点を勘案して,例えば以下のとおりとすることが適当と考える。

1 信頼される学校教育の確立
  ・一人一人の個性・能力を涵養する教育の推進
・豊かな心をはぐくむ教育の推進
・健やかな体をはぐくむ教育の推進
・グローバル化,情報化等社会の変化に的確に対応する教育の推進
2 「知」の世紀をリードする大学改革の推進
3 家庭の教育力の回復,家庭・学校・地域社会の連携・協力の推進
4 生涯学習社会の実現

(3)政策目標の設定及び施策の総合化・体系化と重点化

  計画においては,これからの教育の目標と教育改革の基本的方向を踏まえて,中長期的に今後の社会の姿を見通しながら,今後おおむね5年間に重点的に取り組むべき分野・施策を明確にするとともに,具体的な政策目標と施策目標を明記する必要がある。これらの目標の策定に際しては,国民に分かりやすいものとすることが重要である。また,施策目標のうち可能なものについてはできる限り数値化するなど,達成度の評価を容易にし,施策の検証に役立つよう留意する必要がある。

  計画の策定に当たっては,1施策の総合化・体系化,2政策効果についての十分な検証を踏まえた施策の優先順位の明確化と施策の重点化,3これまでの答申等における提言の実現状況等に十分留意しつつ,例えば,以下に掲げるような基本的な教育条件の整備について,その方向性を明確に示していく必要がある。

  ・「確かな学力」の育成
       国と地方の適切な役割分担の下,教職員配置の見直し等を通じた少人数指導や習熟度別指導など個に応じたきめ細かな指導の推進により,基礎的・基本的な知識・技能,学ぶ意欲や考える力などの「確かな学力」を育成する。
・良好な教育環境の確保
       初等中等教育から高等教育までを通じた学校施設の耐震化・老朽化対策などの整備・充実等を通じ,良好な教育環境を確保する。
・教育の機会均等の確保
       次代を担う意欲と能力のある人材を育成するため,奨学金制度の充実等を通じ,教育の機会均等を確保する。
・私立学校における教育研究の振興
       我が国の教育において私立学校が果たす役割の重要性等にかんがみ,私学助成等を通じた良好な教育研究環境の整備を図り,特色ある教育を展開する私立学校の振興を図る。
・良好な就学前教育環境の整備
       幼児期から「生きる力」の基礎を育成する環境を整備するため,幼稚園と小学校などとの連携・協力を推進するとともに,地域社会や家庭の多様なニーズに対応しつつ,就学前の幼児がそのニーズに応じた教育を適切に受けられるようにする観点から,幼稚園と保育所との連携・協力を推進する。

(4)計画の策定,推進に際しての必要事項

(教育投資の充実)

  教育は,個人の生涯を幸福で実りあるものにする上で必須のものであると同時に,社会を担う人材を育成することにより,我が国の存立基盤を構築するものである。今後,我が国が国家戦略として人材教育立国,科学技術創造立国を目指すためには,計画に定められた施策を着実に推進していく必要がある。一方,現在の厳しい財政状況の下で,未来への先行投資である教育投資の意義について,国民の支持・同意を得るためには,今まで以上に教育投資の質の向上を図り,投資効果を高めることにより,その充実を図っていくことが重要である。そのためには,上記で述べたように,施策の総合化・体系化,また重点化によって教育投資の効率化に努めるとともに,政策評価の結果を適切に反映させる必要がある。

(国と地方公共団体,官民の適切な役割分担)

  計画の策定に際しては,教育における地方分権,規制改革を一層推進するとともに,教育の機会均等や全国的な教育水準の維持向上を図る観点から,国が責任を負うべき施策と地方公共団体が責任を負うべき施策とを明確に区別した上で,相互の連携・協力が図られるようにする必要がある。また,職業能力開発,高度専門職業人の教育訓練など関係行政分野との連携・協力に努めるとともに,行政と民間との間の適切な役割分担,連携・協力にも配慮することが大切である。

(政策評価の実施)

  政策評価を定期的に実施し,政策目標や施策目標の達成状況,投資効果を明らかにするとともに,その結果を計画の見直しや次期計画に適切に反映させていく必要がある。また,国民に対する説明責任を果たすため,評価結果の積極的な公開を行うとともに,国民からの意見を計画に適切に反映させることが大切である。