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国際社会に対応する日本語の在り方(答申)(抄)

平成一二年一二月八日
国語審議会答申

国際社会に対応する日本語の在り方(答申)(抄)

目次

[はじめに]

[Roman1 ] 国際社会における日本語

一 国際社会と言語

二 国際社会における日本語の位置付け

三 日本語の国際的な広がりについての基本的な考え方

[Roman2 ] 日本語の国際化を進めるための方針

一 世界に向けた情報発信の促進

(一) 世界に向けた多様な情報発信の必要性

(二) 情報通信ネットワークに提供する情報の充実

(三) 言語による情報交流の必要性から見た通訳・翻訳の重要性

二 多様な日本語学習需要に応じたきめ細かな学習支援

(一) 国内における学習支援

(二) 海外における学習支援

(三) 国内外を通じた学習支援のための基盤強化

三 国際化に対応する日本人の言語能力の伸長

(一) 国際的な視点から見た日本人の言語運用の特徴と問題点

(二) これからの時代に求められる日本人の言語能力

[Roman3 ] 国際化に伴うその他の日本語の問題

一 外来語・外国語増加の問題

(一) 外来語・外国語増加の現状と問題点

(二) 外来語・外国語増加の問題についての考え方

(三) 官公庁・報道機関等における外来語・外国語の取扱いについて

二 姓名のローマ字表記の問題

(一) 姓名のローマ字表記の現状

(二) 姓名のローマ字表記についての考え方

[はじめに]

国語審議会は、平成五年一一月に文部大臣から諮問された「新しい時代に応じた国語施策の在り方について」のうち、「国際社会への対応に関すること」について、「国際社会に対応する日本語の在り方」としてここに答申する。以下に述べる諸問題の審議に当たり、国語審議会は、ひとり日本の利益や日本語使用の広がりのみを念頭に置くのではなく、これからの世界における言語や文化のあるべき姿を求め、世界の中で日本語を生かしていくことが世界の言語や文化のあるべき姿と調和し、人類の繁栄と幸福にも資するような在り方を追求することを基本姿勢とした。

本答申は、「[Roman1 ] 国際社会における日本語」「[Roman2 ] 日本語の国際化を進めるための方針」「[Roman3 ] 国際化に伴うその他の日本語の問題」の三章から成る。[Roman1 ]においては、これからの国際社会における日本語の在り方についての基本的な考え方を明らかにする。[Roman2 ]においては、その考え方に基づいて、日本語の国際化を進めるための三つの方針を提案する。さらに、[Roman3 ]においては、国際化に伴って生じている外来語・外国語増加の問題及び姓名のローマ字表記の問題について、考え方を示すこととする。

[Roman1 ] 国際社会における日本語

近年の国際社会の大きな変化の中で、日本語に対する需要や期待も従来とは異なったものになりつつある。今後は、母語としての日本語を大切にするとともに、視野を世界に広げ、国際社会の動向や世界の言語状況を踏まえつつ、日本語の在り方を考えていく必要がある。

一 国際社会と言語

言語は人々のコミュニケーションを担い、一人一人の自我の意識を支える大きな役割を担っているものである。近代国家においては、言語は人々の生活や意識の基盤として、国民統合のために重要な役割を果たしてきた。一方で、人類はその永い歴史の中で、古くから言語の違いを超えて交流を行い、外交や通商、文化などの様々な分野で関係を築いてきた。

最近の国際社会は、国境を超えた地球社会としての性格を強めつつある。地球環境問題への対応など人類共通の課題に対し、各国が連携協力してその解決に当たることの重要性が高まっており、経済においても相互依存の深化と国際競争の激化が共に進行するなど、様々な問題が地球規模で発生・進行し、地球規模での取組が進められている。また、国家だけではなく地方や民間団体、さらには個人が国際関係の主体として活動する状況も生じている。交通輸送手段や情報通信ネットワークの目覚ましい発達に伴い、人・物・情報の国境を越えた往来も飛躍的に増大している。

このような世界の構造的な変化の中で、諸言語の相互関係やそれぞれの言語が担う役割にも大きな変化が生じている。

英語は実質的に、世界の共通語として情報交流を担う機能を果たしつつある。現在、多くの国際機関で英語を公用語として用いており、また、インターネット上で得られる情報も英語によるものが高い割合を占めている。国立国語研究所を中心に行った「日本語観国際センサス」(平成九年~一〇年、二八か国・地域で実施した調査)によれば、「今後世界のコミュニケーションで必要になると思われる言語」として、一か国を除くすべての国・地域で英語が第一位に挙げられた。国内においても、文化庁の「国語に関する世論調査」(平成一二年)によれば、世界の人々の共通のコミュニケーション言語として英語が用いられることを、積極的又は消極的に認める人が多数を占めた。今後、国際間の交流がますます盛んになる中で、英語が国際語として用いられる傾向は一層強まることが予想される。

一方、母語尊重の意識の高まりや、少数言語を保護する政策の実施など、個々の言語を大切にしようとする考えに立った動きも世界の各地で見られる。ユネスコ(国連教育科学文化機関)は多言語・多文化尊重の考えに立つ政策の実行を世界に向けて提案している。EU(欧州連合)では通訳・翻訳に膨大な経費を掛けつつ一一言語を公用語とする体制を維持している。また、国民の識字率の向上や自国内での公用語の普及を政策の大きな課題として努力を続けている国もある。ドイツやフランスは世界における自国語の普及に力を入れている。オーストラリアやカナダでは多文化主義政策に基づく多言語教育を実施している。このように、世界の言語状況は、各国・各言語などの事情に応じて多元的に展開しているが、総じて個々の言語や文化を尊重し、それらを共に生かし合える世界を作ろうとする考えや動きが高まっていると言える。平成一二年七月に開催される主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)においても、言語的な表現における多様性の重要性を認識し尊重することがうたわれ、異なる文化及び非母国語への理解を向上させるような教育の推進が提唱された。

以上のような国際社会と言語の動向の中で、諸外国においては外国語教育を強化し、人々が多言語を使う能力を身に付ける傾向が生じている。我が国においても、国際化時代における日本人の言語能力を総合的に考える視点に立って、母語としての日本語の教育と、外国語の教育を一層充実させていくことが望まれる。

二 国際社会における日本語の位置付け

世界に数多くの言語が存在する中で、日本語は話者数で一〇位以内に入り、海外における日本語学習者も数百万人に達すると言われる。また、先に挙げた「日本語観国際センサス」において、「今後世界のコミュニケーションで必要になると思われる言語」として、日本語はオーストラリアでは英語に次いで第二位、アメリカ、中国など六か国・地域で第三位に挙げられた。今後の国際的なコミュニケーションにおいて、日本語が有力な言語の一つとして一定の役割を果たすことが期待されていると言える。

現在、国内及び海外において、次のような日本語学習需要が存在する。すなわち、平成一一年現在、国内の教育機関における日本語学習者数は約九万三、〇〇〇人(文化庁調べ)であるが、昭和六三年に約九四万人であった外国人登録者数は平成一一年には約一五六万人に増加しており、日本語学習需要は潜在的に増大していると考えられる。また、海外の教育機関で学ぶ日本語学習者数は、最近一〇年の間に約七三万人(昭和六三年)から約二一〇万人(平成一〇年)に増加しており、海外における日本語学習需要は明らかに増大していると言える。平成一〇年には海外一一五か国・地域で日本語教育が実施されている。(国際交流基金調べ)

三 日本語の国際的な広がりについての基本的な考え方

地球に存在する一つ一つの言語は、それを母語とする民族や集団の思想や文化を担うものであり、人類共通の財産でもある。様々な言語が担う価値観や思考方法などの多様性が人類の文化の総体を豊かに作り出すのであり、それらの多様性は、個々の価値観が持つものの見方や考え方の限界を補完し、一元的な思考が陥る危険性を回避する力を持つ。現在、英語が世界の人々のコミュニケーションのための言語として広がりつつあるが、特定の一言語が人類の文化の多様性を担うことはできない。したがって、地球社会としての性格を強めると考えられる今後の世界においても、様々な言語の存在によって人類の有する多様性が生かされていくべきである。付け加えれば、世界の中に複数の言語を使える人が増えていくことは、人類が持つ多様な価値観や考え方等が、より広く理解され生かされていくことにつながると言えよう。

日本語は、古代から現代に至るまで、日本人の思考や心情を支える基盤となり、数々の文学や思想を生み出し、近代国家としての日本の発展や、日本における近代科学や技術の発達をも支えてきた。また、日本は中国や西洋など海外の文化を積極的に取り入れてきた歴史を持ち、現在においても外国語で書かれた文献の自国語への翻訳点数において世界有数であることから、諸外国の文物に関する日本語による豊富な蓄積が生じている。これらの日本語による所産の蓄積は、世界の文化資産の一つとして活用し得るものであり、現に、日本独自のものを学ぶことと並んで、アジアからの留学生がヨーロッパの文献を、アメリカからの留学生が中国の文献を日本語で学んでいるような例も見られる。

私たち日本人は、母語としての日本語を大切にし、継承・発展させていくとともに、日本語やその所産を人類の文化資産の一つととらえ、その存在意義や価値、果たすべき役割を提言し、地球社会においてそれらが発揮されるよう行動する主体性を持つべきである。すなわち、現に存在する世界の人々の日本語への評価や期待にこたえるとともに、日本語が果たし得る積極的な役割がより一層世界の人々に認識され、日本語使用の国際的な広がりが拡大していくよう、世界に発信し、日本語使用や日本語教育の充実のために必要な体制を積極的に用意していくべきである。併せて、伝統を生かす美しく豊かな日本語の在り方や、コミュニケーションに適した平明で的確な日本語の使い方についても、絶えず追求していかなければならない。

日本語による情報発信は、日本人の思考や広い意味での日本文化の発信である。日本語を通じた様々な情報の受容や、日本語によるコミュニケーションを通して、世界の人々に日本や日本人についての理解を深めてもらうことが大切であるが、日本語の国際的な広がりには、世界の人々にとって日本語あるいは日本や日本人が魅力的であること、また日本人もそれらに誇りを持っていることが前提となる。したがって、日本人が世界の人々にとって人間的に、そして文化的に、より魅力ある存在であるよう、自覚的に努力していくことが必要だと言える。

[Roman2 ] 日本語の国際化を進めるための方針

ここで言う「日本語の国際化」とは、世界の中でより多くの人々に日本語の価値が認識され、日本語の使用が広がるという側面と、日本語の使い方が、国際的なコミュニケーションにも一層適したものになるという側面の、二つを併せ持つ概念である。

日本語の国際化を推進するに当たっては、以下の三つの方針に基づくことが適当である。すなわち、第一に、世界に向けた日本や日本語についての情報及び日本語による情報の発信を促進すること、第二に、日本語学習需要の多様性に応じたきめ細かな日本語学習支援を進めること、第三に、国際的なコミュニケーションに対応するための日本語運用能力の在り方を明らかにし、それを踏まえて日本人自身の運用能力を伸ばすことである。以下、これら三点について述べる。

一 世界に向けた情報発信の促進

(一) 世界に向けた多様な情報発信の必要性

「日本語観国際センサス」によれば、日本や日本人について良いイメージを持っている人の多い国や地域では、日本語に対する良いイメージを持っている人の割合も高い。したがって、日本語の国際的な広がりを実現していくには、日本や日本人についての正確で分かりやすく魅力ある情報を海外に提供することが大切である。このため、国際放送などマスメディアの充実のほか、海外の図書館や資料センターにおける日本語の図書・資料の充実、国際的な情報通信ネットワークにおける日本語による情報の充実などが望まれるところである。

海外における日本語学習の動機は、仕事上の必要性、就職や受験のため、初等・中等教育における授業、研究者や学生の専攻との関係、あるいは伝統的な日本文化への関心、衣食住にかかわる生活文化への関心、またポピュラー音楽やアニメーションなどの大衆文化への関心など多様である。したがって、海外の様々な人々が必要としている多様な情報を提供する体制が求められる。

近年の、日本製の漫画やアニメーション、ゲーム機器、服飾デザインなどに対する海外における関心の高まりを考えると、それらが海外の一般の人々に対して日本の存在感を高める大きな働きをしていると言える。したがって、それらを日本文化の一翼を担うものとして、日本語の国際的な広がりを進める上でも有効に活用することが望ましい。また、海外で活躍する日本人には、外国人と日本語との接点を担う立場にあることを意識し、その国における日本語の広がりのために積極的な役割を果たしていくことを期待したい。

(二) 情報通信ネットワークに提供する情報の充実

近年の情報機器の発達・普及と情報通信ネットワークの整備に伴い、世界中の多くの人々が情報機器を用いて世界中の人々や情報源を相手に受信や発信を行うことができる状況が生まれつつある。したがって、情報通信ネットワーク上に日本や日本語に関する情報が充実し、活用しやすい状態を作り出すことは、日本語の国際的な広がりに資するものである。

そのため、次の[cir1 ]及び[cir2 ]の情報の流通を図っていくことが大切である。

[cir1 ] 日本や日本語についての情報

日本語に関する研究情報、日本語教育関係情報、日本文化や日本事情に関する情報などを、各国語に翻訳されたものも含めて世界の人々にとって活用しやすい形で整備することは、海外における日本理解を進め、日本語学習を支援する上で有効である。

[cir2 ] 日本語を媒介とした情報

日本語で蓄積された様々な情報をネットワークを通じて活用できるようにすることは、世界の人々の日本語及び日本理解に資するばかりでなく、国際社会における日本語の実際的な活用度を高め、日本語による情報の国際的な流通を促進することにつながる。

以上[cir1 ]、[cir2 ]の情報について、世界の人々が活用しやすいシステムを構築し、運用していくことが望まれる。できるだけ多くの人が情報を容易に入手することができるよう、例えば日英両語で検索できる機能を備えておくことが有用である。

(三) 言語による情報交流の必要性から見た通訳・翻訳の重要性

日本語と外国語をつなぐ領域の仕事に通訳・翻訳がある。日本は歴史的に、海外の情報を取り入れることに重点を置いた時代が長かったが、現代では様々な分野で、日本からの情報を世界に発信したり、言語の違いを超えて意思疎通を図ったりすることの重要性が増しており、通訳や翻訳の意義・役割も、その観点から見直していかなければならない。

(ア) 通訳の重要性の高まりと通訳教育充実の必要性

言語や文化の接点における情報交換、とりわけ高度の判断に基づく議論が必要な会議や交渉、異なる言語を用いる者の間に発生した問題の解決などにおいては、言語の背景にある文化的・社会的事情を熟知した通訳者の存在が重要である。分野によって、今後は機械翻訳の活用も期待されるが、機械翻訳の技術が発達しても、場面に応じ、発言の背景となる文化や状況、人間関係などを踏まえ、言葉の微妙な意味合いまで訳し出すことは、人間にのみ可能である。今後、質の高い通訳の重要性は更に増大するものと考えられる。

通訳は、高い母語能力と外国語能力、言葉の文化的背景を含む幅広い教養など高度な能力を要する専門職である。我が国における通訳教育は、大学のほか、外国語学校、民間企業などで行われているが、今後は大学における学部・大学院の教育を充実し、国際化に対応するための日本の人的資源として、高度に訓練された職業通訳者及び高い見識を有する通訳理論の研究者を養成することが望まれる。

また、各国と日本との間における高度できめ細かな情報交流のためには、日本人の通訳者とともに、日本語能力を有する外国人の通訳者の量的・質的な充実も必要となる。日本や日本人に対する深い理解を持った外国人通訳者は、日本とその国との相互理解や日本語の国際的な広がりに貢献し得る人材である。したがって、今後は外国人に対する日本語教育の場においても、通訳の分野で活躍できる人材の育成につながる工夫を一層積極的に行っていくべきである。

(イ) 機械翻訳の将来に向けた研究開発の必要性

各種の分野で高度の専門性を有する通訳者や翻訳者が求められる一方、一般の人々にとっての簡便で安価な意思疎通の方法として、コンピュータを用いた機械翻訳の有用性が高まってきている。機械翻訳が抱える前述のような限界を認識した上で、その開発が進んでいくことが期待される。なお、近年、音声認識も含めた機械翻訳の技術は急速に進歩しているが、より広範で日常的な使用のためには一層精度と実用性を高めることが求められており、そのための前提として、大量の日本語資料から文例を抽出し、それを分析・整理したデータベースの整備が急がれる。

(ウ) 地域における生活に必要な情報伝達を支援する体制の必要性

国内の地域社会に居住する外国人の増加に伴い、医療や教育など生活に必要なサービスにかかわる情報伝達が重要となっている。日常的な情報のほか、病気や事故などの場合、あるいは非常災害時も含めて、日本語と居住者の母語との接点における情報交換が的確・迅速に行われるよう、行政機関、医療機関、報道機関、日本語教育関係者、外国人の団体、その他のボランティアなどの間における連携協力体制を構築することが必要である。

二 多様な日本語学習需要に応じたきめ細かな学習支援

近年の国内外における日本語学習者の増大や学習需要の多様化に対応し、一層きめ細かな学習支援を行っていく必要がある。そのため、日本語教育機関や関係者の連携協力体制の構築や、教育方法等の研究開発、外国人日本語教育指導者の養成など学習支援環境の整備を積極的に進めていくべきである。

(一) 国内における学習支援

国内の各地域においては、日系南米人や中国帰国者、外国人配偶者など、居住する外国人が増加し、多様化している。また、今後、専門的知識・技能を有する外国人や技能実習生など、外国人居住者の一層の増加が予想されることから、それらの人々が地域の日常生活でのコミュニケーションに必要とする日本語能力を習得でるきよう、外国人学習者の日本語学習を支援していくことが、従来にも増して重要になっている。学齢期の子供たちに対しても、学校における学習指導のみならず、地域における生活に密着した支援が行われることが望ましい。

したがって、今後は、留学生など専門的な日本語教育を受ける者のほか、以上のような多様な学習需要に応じた日本語教育を一層推進していく必要がある。その際、様々な目的で日本国内に居住している日本語学習者にとって、必要とする日本語能力が一様ではないことに留意し、きめ細かな学習プログラムを提供していくことが大切である。また、外国人居住者に対する日本語学習支援を進める上において、政府や地方自治体、日本語教育機関や日本語教育専門家、さらには地域住民などがそれぞれの果たし得る役割を認識し、相互に連携協力していくことが大切である。

また、上記の連携協力を地域において実効的に進めるためには、日本語教育に関する専門の知識・技能を有し、学習プログラム全体を企画・調整できる、指導的役割を果たす者の存在が重要であることから、政府や地方自治体、日本語教育機関の連携の下に、そのような中核的指導者を養成するための研修事業を積極的に行っていくことが望まれる。

(二) 海外における学習支援

海外の教育機関における日本語学習者数は、韓国、オーストラリア、中国が上位三か国を占め、地域別に見るとアジアが七二%と最も多く、大洋州一七%、北米六%がそれに次いでいる。教育段階別では初等・中等教育における学習者が六六%と最多であり、高等教育が二二%、学校教育以外が一三%となっている(平成一〇年、国際交流基金調べ)。海外における日本語学習者の増加及び母語、年齢層、学習目的等の多様化に伴い、学習需要も増大・多様化している。また、現地の日本語教育体制の成熟状況が様々であるため、日本語教育に関する日本への期待は国によって異なり、多様である。

したがって、今後とも、教師の派遣、研修会の開催、留学生の受入れ、教材や情報の提供、新しい通信手段の活用など、海外における多様な学習需要に応じたきめ細かな支援を推進するとともに、各国が主体的に日本語教育体制を整え、自律的に日本語教育を実施していけるよう、協力を行っていくことが必要である。

(三) 国内外を通じた学習支援のための基盤強化

(ア) 国内外の日本語教育機関・関係者における連携協力体制の構築

国内及び海外の日本語教育を、より適切かつ効果的に進めるためには、内外の日本語教育機関や関係者の間で、相互の連携と協力を一層緊密に図っていく必要がある。このため、日本語教育機関の代表者、日本語教育の専門家等による協議を継続的に行うこと、海外の日本語教育関係者を招いてシンポジウムを開催すること、あるいは衛星通信やインターネットを活用して情報交換を行うこと等を通じ、日本語教育の全体的な方向性、日本語教育に関する諸問題、各国の状況に応じた支援の在り方等について、関係者の共通理解を図り、日本語教育の全体像を見渡して、個々の具体的な方針を打ち出していくことが必要である。また、日本語教育の内容・方法の改善に当たっては、日本語研究や国語教育など関連領域との連携を図ることも大切である。

(イ) 新しい情報メディアを活用した教育方法等の開発

国内の様々な地域に居住している外国人や、海外の日本語学習者に対し、新しい情報メディアの活用が、直接的な教授法に代わる、又はこれを補う有効な教授法となることが期待される。このことを踏まえ、衛星通信やインターネット等の新しい情報メディアを活用した日本語教育の、指導内容・方法の開発や教材作成の方法等について、継続的に調査研究を行う必要がある。また、日本語教育機関等が必要とする教材用素材(映像・音声・写真・印刷資料等)を収集・分類し、情報通信ネットワーク上に提供することも積極的に進められるべきである。

(ウ) 外国人日本語教育指導者の養成

前出の国際交流基金の調査(平成一〇年)によれば、日本語教育上の問題点として、海外の高等教育機関の三七%で教師数の不足が、初等・中等教育機関の二四%で教師の日本語能力不足が指摘された。海外において充実した日本語教育を行うには、各国で日本語教師が量的・質的に十分に養成される必要がある。そして、そのためには、日本語に熟達し、日本社会や日本文化に精通し、日本語教育指導についての実践的・専門的な理論や技術を有する、日本語教員養成に携わる指導的な教員の存在が不可欠である。

以上のことから、海外の大学院等における日本語教師養成のための課程を一層充実させることが望まれ、そのための協力を、求めに応じて行っていく必要がある。また、外国人の現職日本語教師等を対象として、上記のような能力や見識を有し、日本語教育の指導的な役割を果たす人材の育成を目指す大学院レベルの教育研究システムを、日本において創設することが早急に求められる。

三 国際化に対応する日本人の言語能力の伸長

日本語は、それを用いる日本社会の歴史の中で現在の姿に整えられ、日本人の伝統的なコミュニケーションの特色を反映した形で用いられてきたものである。国際化の進展や日本語の国際的な広がりを踏まえ、国際社会へのより積極的な参画を視野に入れて、現在の日本語の運用実態や日本人の言語能力の現状を見直し、改善を図っていく必要がある。

(一) 国際的な視点から見た日本人の言語運用の特徴と問題点

日本人同士の意思の伝達は、世界的な視野で見ると、場面や人間関係などの共通理解に基づく察しが言語表現を補う形で行われる傾向が強い。また、「以心伝心」のような言い回しが使われることに表れているように、日本人は伝統的に、言葉で言い尽くさずに互いに察し合うことに価値を置いてきた。これは、我が国の歴史の中で培われた、日本人同士が共有する感性、思考方法、行動様式などにわたる種々の同質性を前提に、少ない言葉で効率的に意思の疎通を図ろうとする習慣に伴うものである。

しかし、異なる文化的、社会的背景を持つ人と接する場合には、相手の察しに頼る従来の日本的な表現方法では意思が通じにくく、誤解を生みやすい。したがって、外国人とのコミュニケーションの場においては、状況に応じて適切に言葉を用いることにより、明確に自己の考えを表現する必要がある。

(二) これからの時代に求められる日本人の言語能力

(ア) コミュニケーションにかかわる言語能力の重要性

価値観や人間関係が多様化し、また情報が氾濫する現代の社会生活においては、主体性を持った個人として、物事を的確にとらえ、自分自身の考えを論理的にまとめ、相手に応じて適切に表現し、必要な場合には建設的に議論をして結論を得るといった、コミュニケーションにかかわる言語能力が欠かせない。そして、そのような言語能力を生きた力として働かせるには、相手を理解したり相手に働き掛けたりする意識や行動が不可欠である。

このような能力及び意識、行動は、異文化を背景とする人とのコミュニケーションを図るために必要な能力、意識、行動とも共通する。近年、大学生や社会人に、明晰な発話や明快な文章表現を行う力が付いていないという批判が聞かれるが、これらの力を十分に養うことなしには、国際化に対応する言語能力の伸長は望めない。

異文化を背景とする人とのコミュニケーションにおいては特に、[cir1 ]自己の考えを十分に言語化すること、[cir2 ]平明・的確かつ論理的に伝達すること、[cir3 ]相手の文化的背景を考えて表現や理解を柔軟に行うこと、の三点に留意すべきである。一口に「異文化」と言っても、それぞれの文化におけるものの考え方や、発話や行動の様式は多様であることから、すべてを相手に合わせようとするのではなく、相互に相手を理解しようと努め、相手の考えや気持ちを理解するための質問や自分自身を分かってもらうための説明の言葉などを適切に織り込みつつ、誤解が生じないよう、やりとりを進めていく態度を持つことが基本となろう。

一方で、互いに察し合って会話を進めていく日本人の伝統的なコミュニケーションの在り方は一つの文化であり、それを共有している人の間では効率的で充足度が高く、心地よさや安らぎを生み、互いの心を結び付ける働きも強いものである。これからの日本人は、適切に言葉を用いて表現や理解を柔軟に行う能力を高めることと並んで、身近な人間関係などに生きる伝統的なコミュニケーションの在り方を自覚的にとらえるようにすることも大切である。異なる文化を持つ人に対しては、このようなコミュニケーションの在り方によって成り立っている日本人の人間関係については、説明する姿勢を持つことも必要である。

(イ) 国際化に対応する言語教育の在り方

上記の国際化に対応する言語能力を育成するためには、初等教育から高等教育までを通じ、人間関係の構築・維持において、各自の考えや思いを言葉に表現して明示的に伝達することが大切なのだという基本的な認識を養い、人と積極的に意思疎通を図ろうとする意欲を育てること、また発声法や発表技術、話合いの進め方なども含めた、実際的な日本語能力を養う教育を一層充実させていくことが必要である。また、以上の教育は国語のみならず各教科等の指導、さらには学校生活全体の活動を通して達成されるべきものである。

外国人とのコミュニケーションのために外国語を習得することは有効であるが、日本語を母語とする者の言葉の能力の根幹は、日本語能力の習得によって培われることを忘れてはならない。人間の母語能力の基本的な枠組みは、個人差はあるが、おおよそ一〇代の早い時期ぐらいまでに形成され、それまでに十分な基礎力の習得が達成されなければ、それ以後に日常言語を超えた知的・抽象的な言語の運用能力を形成することが困難になると言われている。また、外国語の習得についても母語の能力がその基盤を成している。したがって、言語教育は人間が持っている母語の習得能力の体系を軸として、総合的・体系的に考えられなければならない。幼少時からの言葉の訓練が生涯の言葉の力の基礎を築くことから、学校教育ばかりでなく、家庭や地域社会における言語環境が大切であることも、十分意識される必要がある。

総じて言えば、日本人としての主体性と異文化への柔軟な対応力を有し、日本語によって確かな表現と理解を行う基本的な能力と、相手に応じて柔軟に対応できる応用的な言葉の運用能力とを備えた、国際化に対応できる日本人を育てる言語教育を推進することが望まれる。

[Roman3 ] 国際化に伴うその他の日本語の問題

近年、社会的に問題となっている、外来後・外国語(いわゆる片仮名言葉など)の増加の問題、及び、姓名のローマ字表記の問題について、以下に見解を述べることとする。これは、日本語による社会的なコミュニケーションが一層適切に行われるようにしていくこと、日本語を一層魅力的で価値あるものにしていくこと、さらには、日本語に関する働き掛けを通して人類の有する文化の多様性が世界の中で生かされるようにしていくことが大切であるという認識に基づくものである。そして、これらのことは、言葉の使用に大きな社会的責任を有する官公庁や報道機関等をはじめ、日本語を用いるすべての人の参画と努力とによって達成されるものであると考える。

一 外来語・外国語増加の問題

(一) 外来語・外国語増加の現状と問題点

外来語・外国語は以下のような機能を担って日本語の中で使用されており、既に日本語として定着している外来語も多く存在する。

[cir1 ] それまで日本になかった事物や新概念を表す

例:ラジオ、キムチ、アンコール

[cir2 ] 専門用語として取り入れる

例:オゾン、インフレーション

[cir3 ] その語に伴うイメージを活用する

例:「職業婦人」を「キャリアウーマン」と言い換えて新しいイメージを出す

しかし、近年では、外国との間の人・物・情報の交流の増大や、諸分野における国際化の進展等に伴い、日本語の中での外来語・外国語の使用が目立って増大しており、一般の人々にとって覚え切れないほどに新しい語が次々に出現する、専門領域で使われていた語がそのまま一般社会に流出する、白書・広報紙等の公的な文書や多くの人を対象とする新聞・放送等にも目新しい外来語・外国語が出現する等のことが問題となっている。また、外来語・外国語の容易な使用は和語・漢語の軽視につながり、歴史の中で築かれ磨かれてきた日本語の機能や美しさが損なわれ、伝統的な日本語の良さが見失われるおそれもあると言える。

社会的なコミュニケーションや国際化時代の日本語の在り方から見た外来語・外国語増加に伴う問題点としては、以下のようなものが挙げられる。

[cir1 ] 日本語によるコミュニケーションを阻害し、社会的な情報の共有を妨げるおそれがある…外来語・外国語が理解できないため、情報を受け取れない人が生じる。

[cir2 ] 世代間コミュニケーションの障害となる…特に高齢者にとって、外来語・外国語の意味が分からなくて困ることが多い。

[cir3 ] 日本語の表現をあいまいにする…表意文字の漢字で書かれた漢語と違って概念がつかみにくい。また、意味のあいまいな語の使用により、全体が明快で論理的な表現にならなくなる。

[cir4 ] 外国人の日本語理解の障害となる…外国人にとって片仮名語はわかりにくい。

[cir5 ] 日本人の外国語習得の障害となる…原語の意味から外れた外来語や和製語は、外国語としては通用しない。

以上を考え合わせると、外来語・外国語は固有の機能や魅力を持ち、各分野で使われているが、その急速な増加及び一般の社会生活における過度の使用は、社会的なコミュニケーションを阻害し、ひいては日本語が有する伝達機能そのものを弱め、日本語の価値を損なう危険性も有していると言えよう。

(二) 外来語・外国語増加の問題についての考え方

国語審議会は、日本語による社会的なコミュニケーションが今後一層適切に実現されるとともに、これからの日本語が国際化時代にふさわしい平明・的確な伝達の機能を一層十分に備えていくべきであるという認識に立つ。その意味で、読み手や聞き手の理解に対する配慮を欠いた外来語・外国語の使用や、不必要に表現をあいまいにするような外来語・外国語の使用は望ましくないと考える。更に言えば、高度で豊かな学術や文化を創造し得る、日本人にとっても世界の人々にとっても魅力的で価値ある日本語を作り出していくという観点からも、意味をあいまいにしたままの言葉が多用されることは望ましくないと考える。

外来語・外国語を使用するか否かは、一般的には個々人の判断に属する事柄であり、外来語のイメージを活用することも一概に否定する必要はないが、官公庁や新聞・放送等においては、発信する情報の広範な伝達の必要性及び人々の言語生活に与える影響の大きさを踏まえ、一般に定着していない外来語・外国語を安易に用いることなく、個々の語の使用の是非について慎重に判断し、必要に応じて注釈を付す等の配慮を行う必要がある。

また、受け手である一般の人々も、送り手である各機関、あるいは各分野の専門家等に対し、一般向けの発行物等における外来語・外国語の取扱いに関する配慮を積極的に求める姿勢を持つことが望ましい。日本語は、これを用いるすべての人のために存在するものであり、使用するすべての人が日本語の在り方に対して積極的にかかわっていこうとする態度を持つことが、より望ましい日本語の創造につがなるものと考える。

(三) 官公庁・報道機関等における外来語・外国語の取扱いについて

広く国民一般を対象とする官公庁や報道機関等における外来語・外国語の取扱いに際しては、個々の語の周知度や難度等によって、後の表に示すような取扱いの区分を設けることが考えられよう。

この表は、現時点で各欄に典型的に該当すると考えられる語例を挙げ、関係各方面の参考に供しようとするものである。各機関等が扱う語や対象とする人は異なっていると考えられ、また、将来新たに問題となる語も生じると予想されることから、各機関等においてはその発行物等に使用する外来語・外国語の取扱いについて、それぞれの立場で判断していくことが必要である。さらに、個々の語の一般社会への定着度は年々変化するため、この表に掲げた語例も各欄に固定して考えられるべきではなく、各時点においてその扱いを判断する必要がある。

また、施策の名称や、公共の施設や催しの命名に際しては、一般の人々にとっての意味の分かりやすさに十分配慮すべきである。外来語を用いる場合、特に、幾つかの単語を組み合わせて造語は意味の分かりにくいものになりやすいため、注意が必要である。

表:広く国民一般を対象とする官公庁や報道機関等における外来語・外国語の取扱いについての考え方


分類

取扱い

語例

[Roman1 ]

広く一般的に使われ、国民の間に定着しているとみなせる語

そのまま使用する

ストレス

スポーツ

ボランティア

リサイクル

PTA

[Roman2 ]

一般への定着が十分でなく、日本語に言い換えた方が分かりやすくなる語

言い換える

アカウンタビリティー→説明責任など

イノベーション→革新など

インセンティブ→誘因、刺激、報奨金など

スキーム→計画、図式など

プレゼンス→存在、出席など

ポテンシャル→潜在的な力など

[Roman3 ]

一般への定着が十分でなく、分かりやすい言い換え語がない語

必要に応じて、注釈を付すなど、分かりやすくなるよう工夫する

アイデンティティー

アプリケーション

デリバティブ

ノーマライゼーション

ハードウェア

バリアフリー

上記[Roman2 ]、[Roman3 ]に属する語のうち、ローマ字の頭文字を使った略語については以下のように扱う

ローマ字の頭文字を使った略語

少なくとも初めて出現する時には、日本語訳(必要に応じて注釈や省略しない形)を付す

ASEAN(東南アジア諸国連合)

GDP(国内総生産)

NPO(民間非営利組織)

PL法(製造物責任法)

WTO(世界貿易機関)

二 姓名のローマ字表記の問題

(一) 姓名のローマ字表記の現状

日本人の姓名をローマ字で表記するときに、本来の形式を逆転して「名―姓」の順とする慣習は、明治の欧化主義の時代に定着したものであり、欧米の人名の形式に合わせたものである。現在でもこの慣習は広く行われており、国内の英字新聞や英語の教科書も、日本人名を「名―姓」順に表記しているものが多い。ただし、「姓―名」順を採用しているものも見られ、また、一般的には「名―姓」順とし、歴史上の人物や文学者などに限って「姓―名」順で表記している場合もある。欧米の報道機関等では、日本人自身の慣習を反映して「名―姓」順で表記することが一般的である。

しかし、近年では、本来の形で表記すべきだとする意見も多く聞かれ、名刺等の表記を「姓―名」順にしている人なども見られる。文化庁の「国語に関する世論調査」(平成一一年)では、中国人や韓国人の名前は英文の新聞や雑誌の中でも自国での呼び名と同じ「姓―名」の順に書かれることが多いことを述べた上で、英文における日本人の姓名表記について尋ねたところ、「「姓―名」の順で通すべきだ」(三四・九%)とした人がやや多く、「「名―姓」の順に直すのがよい」(三〇・六%)、「どちらとも言えない」(二九・六%)もこれに拮抗する結果となった。

(二) 姓名のローマ字表記についての考え方

世界の人々の名前の形式は、「名―姓」のもの、「姓―名」のもの、「名」のみのもの、自分の「名」の親の「名」を並べて個人の名称とするものなど多様であり、それぞれが使われる社会の文化や歴史を背景として成立したものである。世界の中で、日本のほか、中国、韓国、ベトナムなどアジアの数か国と、欧米ではハンガリーで「姓―名」の形式が用いられている。

国際交流の機会の拡大に伴い、異なる国の人同士が姓名を紹介し合う機会は増大しつつあると考えられる。また、先に記したように、現在では英語が世界の共通語として情報交流を担う機能を果たしつつあり、それに伴って各国の人名を英文の中にローマ字で書き表すことが増えていくと考えられる。国語審議会としては、人類の持つ言語や文化の多様性を人類全体が意識し、生かしていくべきであるという立場から、そのような際に、一定の書式に従って書かれる名簿や書類などは別として、一般的には各々の人名固有の形式が生きる形で紹介・記述されることが望ましいと考える。

したがって、日本人の姓名については、ローマ字表記においても「姓―名」の順(例えばYamada Haruo)とすることが望ましい。なお、従来の慣習に基づく誤解を防ぐために、姓をすべて大文字とする(YAMADA Haruo)、姓と名の間にコンマを打つ(Yamada,Haruo)などの方法で、「姓―名」の構造を示すことも考えられる。

今後、官公庁や報道機関等において、日本人の姓名をローマ字で表記する場合、並びに学校教育における英語等の指導においても、以上の趣旨が生かされることを希望する。

第二〇期国語審議会委員名簿(略)

-- 登録:平成21年以前 --