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文化財建造物等の地震時における安全性の確保について

庁保建第四一号

平成八年一月一七日
各都道府県教育委員会教育長あて
文化庁文化財保護部長通知

文化財建造物等の地震時における安全性の確保について

去る平成七年一月一七日の阪神・淡路大地震により、重要文化財建造物及び重要伝統的建造物群保存地区内の伝統的建造物(以下「文化財建造物等」という。)に被害が発生しました。文化財建造物等の関係では、人命に影響を与える事態には至りませんでしたが、被害の実情にかんがみ、文化庁文化財保護部では、学識経験者から成る「文化財建造物等の耐震性能の向上に関する調査研究協力者会議」を組織し、対策を検討した結果、別紙「文化財建造物等の地震時における安全性確保に関する指針」を作成しました。

今後、文化財建造物等の管理及び修理事業実施に当たっては、別紙指針及び左記に十分に留意していただくようお願いします。また、貴管下市(区)町村教育委員会及び文化財建造物等の所有者に対しても、同様に別紙指針及び左記に十分に留意し、この趣旨を周知徹底していただくようお取り計らい願います。

なお、今回の指針に引き続き、文化財建造物等の補強に係る技術的な指針について検討を行っておりますので、取りまとめ次第追って通知します。

一 文化財建造物等の地震時の安全性確保のためには、具体的な地震被害を事前に想定し、維持管理及び使用方法の改善、補強を伴う修理事業の推進、周辺環境の整備、防災施設の充実が効果的であることにかんがみ、その所有者・管理責任者・管理団体(以下「所有者等」という。)は、積極的に前記地震被害の想定並びに地震被害を軽減するための対処案の作成及びその実施に努めるものとし、都道府県教育委員会(以下「教育委員会」という。)は、所有者等に対して適切な指導助言を行うこと。(指針一―二参照)

二 重要文化財建造物のうち、建築基準法第二条第二号に定める特殊建築物に該当するような用途(学校、劇場、集会場、観覧場等)のものについては、所有者等が活用計画を作成する際には、文化庁と緊密な連絡・協議を行うよう、教育委員会は指導助言すること。(指針三参照)

三 重要文化財建造物に根本的な大修理を行う場合には、所有者等は文化庁と緊密な連絡・協議を行い、修理計画書を作成するよう、教育委員会は指導助言すること。(指針四―三参照)

四 重要伝統的建造物群保存地区においては、市町村は、「伝統的建造物群保存地区の制度の実施について」(昭和五〇年九月三〇日庁保建第一九二号文化庁文化財保護部長通達)に定める保存計画の中に、伝統的建造物の補強方針及び保存地区の防災計画を定めること。(指針七参照)

別紙

文化財建造物等の地震時における安全性確保に関する指針

一 総論

一―一 文化財建造物等の地震時における安全性確保に関する基本的な考え方

重要文化財建造物及び重要伝統的建造物群保存地区内の伝統的建造物(以下「文化財建造物等」という。)は、様々な部位にわたって意匠的・技術的・歴史的・学術的な価値が認められるものであり、一律的な基準に基づいて改修を進めることは困難である。しかしながら、文化財建造物等には、維持管理・定期的な補修・立地条件・使用方法などの点で、耐震上の問題を有するものがあり、地震時の安全性確保が必要である。

このことから、可能な範囲で構造面の補強等を進めると同時に、ソフト面の対策も併せて実施する必要がある。なお、本指針は安全性確保のための基本的な考え方を示すものであり、具体的な補強方法や構造診断の項目・基準等については、別途技術指針に示す予定である。

地震時における文化財建造物等の安全性の確保は、強い地震の際にも人命に重大な影響を与えないことを目標にし、原則として、文化財建造物等の価値を損なわない範囲で必要な補強が可能な場合には補強工事を実施し、補強を行うことにより主要な文化財的価値を失ってしまう等、やむを得ない場合は立ち入りを制限することによるものとする。

また、文化財建造物等の地震時の安全性確保には、耐震性能向上を伴う修理事業以外にも、維持管理や使用方法の改善・周辺環境の整備・防災施設の充実なども効果があるので、これらの対策も実施するよう努める必要がある。

これらのことは、所有者・管理責任者・管理団体(以下「所有者等」という。)が主体となって行うものであるが、地震被害の想定及びその被害を防ぐための対処案の作成や根本的な大修理の必要性等の検討等、専門的な事項については、建築専門家の意見を参考にすることが望ましい。これらの実施は早急に行う必要があるが、所有者等の多大な負担を伴う場合は、当面、根本的な大修理の際に併せて補強を実施することとし、立ち入りの制限等については危険性を明示すること等の措置で代えるのもやむを得ないものとする。

一―二 地震被害の想定並びに対処案の作成及びその実施

文化財建造物等の地震時の安全性確保のためには、具体的な地震被害を事前に想定し、並びに対処案を作成及び実施する必要がある。所有者等は、当該地域又は場所で想定される最大級の地震が発生した際に、文化財建造物等の受ける被害の程度及び山崩れや火災などの地震に伴う二次災害の程度を想定しておくことが望ましい。

具体的には、専門家の助言を得て構造診断を行うと同時に、当該文化財及び周辺地区が過去の地震の際に、どのような被害を受けたかを古写真その他の記録、当時の記憶や伝承等から調査し、現状の調査と比較して地震発生時の被害を想定するなどの方法が考えられる。

なお、地震被害の想定に当たっては特に次の点に留意すること。

[cir1 ] 当該文化財建造物等及びその周辺の建造物が過去の地震で受けた被害の把握

・人的被害の有無と人的被害が生じた状況

・当該文化財建造物等の全体構造にかかわる被害

・当該文化財建造物等の各部の被害

・周辺の被害(火災、崖崩れ等)

[cir2 ] 過去の地震時と現状との比較

・増改築等により当該文化財建造物等の形態が変化した部分の把握

・使用方法の比較(建物の用途、使用頻度、使用者の数等)

・周辺状況の比較(地形の変化、市街地化の進行等)

・当該文化財建造物等の老朽化の度合等の比較

所有者等は、想定した地震被害に対して、後記の事項に留意しつつ次の各項目ごとに対処案を作成し、実施するよう努めるのが望ましい。

○維持管理方法の改善(後記二参照)

○使用方法の改善(同三参照)

○補強を伴う修理(同四参照)

○周辺環境の整備(同五参照)

○防災施設等の充実(同六参照)

なお、対処案の作成については、被害を可能な限り小さくするという観点から作成するものとする。

二 日常の維持管理に当たって留意すべき事項

文化財建造物等が本来的に有している強度を維持するためには、適切な日常管理を継続的に行うことが大きな効果がある。所有者等は、日常管理に当たり、「文化財保存・管理ハンドブック 建造物編」(文化庁文化財保護部建造物課監修、(社)全国国宝重要文化財所有者連盟編、平成六年一〇月)及び「文化財防火・防犯の手引き」(文化庁文化財保護部、昭和四五年三月)を参考にし、特に次の点に留意して行うのが望ましい。

[cir1 ] 破損箇所の把握

耐力と関連する次に示すような点に留意して、破損箇所の確認・把握に努めること。

・柱梁などの主要な構造部材の傾斜箇所

・雨漏り及びその原因となる屋根の破損箇所

・部材の腐朽箇所(特に柱の基部、構造部材の接合部、床下の根太・大引等)

・虫害を受けた箇所

・壁の亀裂及び剥落箇所

・煉瓦造の煙突や塀の破損及び劣化状況

・地盤の変化(不同沈下の状況等)

[cir2 ] 部分的・応急的な補修

確認できる破損箇所については、常日ごろから部分的・応急的な補修を実施するよう努めること。

[cir3 ] 地震に伴う人的被害、火災の防止

地震に伴う人的被害や火災等については、次に示すような点に留意して、日常の注意、備品の整備等を計画的に実施するよう努めること。

・室内の設備(背の高い家具、照明器具、天蓋等)の固定

・物品・什器類の倒壊や滑り出しの防止

・火気使用区域の限定

・火種の後始末の徹底

・携帯用消火器、耐火布等の常備

[cir4 ] 緊急対応物資の確保

災害時に必要となる可能性がある防水シート、ロープ、貯水タンクなどを常時保持しておくよう努めること。

三 使用方法に関して留意すべき事項

不特定多数の人への公開及び活用に供している文化財建造物等については、特に人命の安全確保という観点に留意する必要がある。この点から、所有者等は想定した被害状況及び前記二の[cir1 ]に基づいて、危険と判断される箇所の付近には、柵・生垣・看板等を設けるなどして危険性を明示するのが望ましい。また、見学者等の行動を把握し、地震時に見学者が避難などの適切な行動をとれるように留意し、各種特別行事等で多数の見学者が予想される場合には、ボランティアの参加を得るなどして人員を配置することが望ましい。

特に、建築基準法第二条第二号に定める特殊建築物に該当するような用途(学校、劇場、集会場、観覧場等)の重要文化財建造物については、その所有者等は構造診断(文化庁も、追って示す補強に係る技術指針に、構造診断の項目・基準を示す予定である。)を行うと同時に、重要文化財建造物及びその周辺(土地が重要文化財等に指定されている場合には、その範囲)を対象にして、具体的な使用の内容、管理使用の責任者などを、活用計画として定めておく必要がある。

四 補強を伴う修理

四―一 修理の必要性

文化財建造物等の耐震性能の向上には、定期的又は必要に応じ、適切な修理を行うことが大きな効果がある。

修理には小修理及び大修理があり、小修理は、主要な建築構造部材(柱、梁、小屋組等)の解体を伴わない部分的な修理及び付加的な部材による補強行為等をいう。大修理は、構成部材の全解体を伴う解体修理、壁及び造作材の解体を伴う半解体修理並びに屋根全面修理及びそれに準ずるものをいう。いずれの場合も、所有者等は、補強のために必要な修理を積極的に実施するよう努める必要がある。その際には、建築専門家の指導を受けることが望ましい。

四―二 補強のための小修理

重要文化財建造物の所有者等は、補強のために必要な小修理を実施するに当たっては、文化財的価値を損なわないために、次の事項を遵守すること。

[cir1 ] 主要な構造部材及び意匠を構成する部材(彫物や彩色等により図様が施された部材又は部分)を傷つけないこと。

[cir2 ] 屋根葺材や壁材など消耗品的な部材については、従来からの意匠・材質・構法をできるだけ損なわないようにすること。特に、壁などで仕様を変更して補強する場合には、従来の仕様を示す痕跡を消し去らないこと。

[cir3 ] 付加的な部材により補強する場合には、将来の根本的な修理の際に容易に撤去可能な方法で行うよう努めること。

四―三 根本的な大修理

重要文化財建造物に根本的な大修理を行おうとする場合には、所有者等は、修理着手以前に、地盤調査及び建造物の構造診断(文化庁も、追って示す補強に係る技術指針に、構造診断の項目・基準を示す予定である。)を行い、その結果に基づいて、文化庁と緊密な連絡・協議を行いつつ修理方針を定め、修理計画書を作成するのが望ましい。

なお、修理計画の具体的な作成は、重要文化財建造物の修理の経験を有する技術者又はそれに準ずる者が参加するのが望ましい。

五 環境の整備

五―一 周辺地形等の保全整備

地震による周辺地形の変化は、文化財建造物等の保存に大きな影響を及ぼすおそれがあるので、所有者等は常日ごろから、周辺地域も含め、石垣・崖・池沼・大木などの状況に留意し、危険と考えられる場合には安全性確保のため、環境保全に関する整備計画を立案する必要がある。

なお、整備計画の作成及び実施に当たっては、周辺の歴史的な風致や景観の保全に努めるものとする。

五―二 建造物の環境の整備

多湿な環境は部材の腐朽や虫害の発生の原因となり、結果として文化財建造物等の強度を著しく低下させることとなるので、所有者等は建物内や床下の換気に努めると同時に、敷地に湿気がこもらないよう排水路等の整備を行うことが望ましい。

六 防災施設等の充実

六―一 消火施設の設置

地震時には、断水等により水道管に直結した消火栓は使用できなくなるおそれがあるので、所有者等は、消防機関等に協力・助言を求め、貯水槽の設置及び自然水利(河川・井戸等)の確保等に努める必要がある。文化財建造物等が、人家の密集する市街地に所在する場合や、植物性屋根葺材を使用している場合には、特に消火施設の充実に配慮することが望ましい。

六―二 火除地の設置

地震に伴う火災の延焼防止には、火除地としての空地の設定が有効であるので、所有者等は、重要文化財建造物の周囲に一定範囲の火除地を設定するとともに、可燃物を放置しないよう努めること。

六―三 防災訓練等の実施

所有者等は既存の消火施設の所在場所・機能・使用方法を把握し、定期的に点検を行うと同時に、避難方法も把握しておく必要がある。

また、消防機関等の指導を受け、防災訓練を定期的に実施するよう努めること。

七 重要伝統的建造物群保存地区における安全性の確保

七―一 伝統的建造物の補強の推進

伝統的建造物について市町村は、「伝統的建造物群保存地区の制度の実施について」(昭和五〇年九月三〇日庁保建第一九二号 文化庁文化財保護部長通知)に定める伝統的建造物群保存地区の保存計画(以下「保存計画」という。)で示された伝統的建造物群の特性の維持と両立する伝統的建造物の補強方針を定めるとともに、保存計画の中に位置づけ、これに基づき補強を推進する必要がある。

なお、補強方針の策定に当たっては、『木造住宅の耐震精密診断と補強方法』(建設省住宅局監修、(財)日本建築防災協会・(社)日本建築士連合会編、平成七年改定)などを参考にすること。

七―二 重要伝統的建造物群保存地区の防災計画の策定とその実施

重要伝統的建造物群保存地区にあっては、その歴史的特性から、幅員の狭い道路(火災時の避難・消火活動への妨げ)、密集する木造建築物(連鎖して倒壊する危険性、低い耐火性能)、周辺地形(崖崩れ、地盤崩壊の危険性)など、当該保存地区及びその周辺地区の総合的安全性にかかわる項目が存在している場合があることは、かねてから指摘されてきた。これらの項目については、市町村は改めて安全性の確保に関して調査把握すると同時に、それらが保存地区の歴史的風致を構成する要素とも関連する事項でもあることから、伝統的建造物群の特性及び地区の歴史的風致を損なわないような代替措置(例えば、地区消火設備の充実、防火帯の整備、急傾斜地の保全整備等)を防災計画として策定するとともに、保存計画の中に位置づけ、これに基づき実施に努めること。

八 地震時の対応

八―一 避難

強い地震の後には余震が生じることがあるので、文化財建造物等の屋内で地震にあった場合には、速やかに瓦等の落下物に注意しながら外に逃げ、広域避難場所等に避難し、消防機関等の指示に従うこと。

八―二 非常災害のために必要な応急措置

地震によって文化財建造物等が被害を受け、これにより被害者が生じた場合にはその救助を優先して行うこと。その後、所有者等は文化財建造物等とその部材の保護に努めるとともに、必要な場合には次のような措置をとることができる。

[cir1 ] 文化財建造物等に延焼の危険がある場合

消火活動に努め、延焼により焼失が確実と思われる場合には、当該文化財建造物等の解体あるいは撤去を含めた適切な対応をとること。

[cir2 ] 文化財建造物等が大きく破損した場合

危険部分を撤去及び格納すると同時に、雨水の浸透を防ぐために破損部分を防水シートで覆う。軒先の垂れ下がりに対しては、支柱等で支持すると同時に危険部分に立ち入り制限の措置をとること。なお、破損部分が公共道路等をふさぎ、周囲に甚大な影響を与えることが予想される場合には、速やかに部材等の解体あるいは撤去を行うこと。

[cir3 ] 文化財建造物等の主要な構造部が大きく傾斜した場合

支柱やワイヤー等で一時的に支持すると同時に、全体に立ち入り制限の措置をとること。