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登校拒否児童生徒に関する調査結果

平成五年一一月

文部省初等中等教育局中学校課



登校拒否児童生徒に関する調査結果

はじめに

近年、登校しない、あるいは登校したくともできない、いわゆる登校拒否の児童生徒が増加傾向にあり、しかも次第に深刻化しつつあると指摘されています。

そこで、文部省では、登校拒否児童生徒の実態をより詳細に把握し、今後の登校拒否問題への適切な対応に資するため、一一県・指定都市の協力を得て、児童生徒本人、保護者、学校の三者に対するアンケート調査及び面接調査を行いました。本書は、その調査結果についてとりまとめたものです。

調査を通じて、児童生徒本人やその保護者の皆さん、学校の先生方などから、感謝の声や批判の声、共通する意見や相反する意見、率直な悩みや今後に向けての決意など多くの貴重な声を聞かせていただきました。登校拒否はその原因、背景や経過は個々の事例によって様々であり、その対応も一律に論じることはできません。だからこそ、一人一人の考えは、われわれにとっても、今後の施策を進める上で大いに参考となるものであり、関係者の方々にも本調査の結果を広く御活用いただき、登校拒否問題の解決に役立てていただければと考えております。

なお、本調査は、全国の数多くの人々の協力があってはじめて行い得たものであり、この場を借りて御協力いただいた全ての方に深くお礼を申し上げたいと思います。

平成五年一一月

文部省初等中等教育局中学校課長 河上恭雄

―― 目次 ――

はじめに

第一章 調査の目的と方法

一 調査目的

二 調査方法

三 調査対象

四 調査時期

第二章 調査対象者の概要

一 調査対象児童生徒の人数等

二 調査対象児童生徒の欠席日数別の状況

三 調査対象児童生徒の現在の状況

四 回答者の内訳等

第三章 調査対象学校等の概要

一 学校の規模等

二 登校拒否に関する校内研修の実施状況

第四章 調査結果の概要

第一節 登校拒否に陥ったきっかけ

一 学校、保護者及び児童生徒の認識

二 具体的な状況

第二節 登校拒否の態様等

一 登校拒否の態様

二 児童生徒の休み中の様子等について

第三節 学校の具体的な指導

一 登校拒否児童生徒に対する学校の指導とその結果

二 「指導の結果登校するようになった児童生徒」に効果のあった学校の措置

第四節 関係機関等との連携状況

第五節 保護者が学校に対して思っていること

一 現在登校している児童生徒の保護者の意見

二 現在関係の機関や施設で相談・指導を受けている児童生徒の保護者の意見

三 二以外で登校拒否が継続している児童生徒の保護者の意見

第六節 本人が学校に対して思っていること

一 現在登校している児童生徒の意見

二 現在関係の機関や施設で相談・指導を受けている児童生徒の意見

三 二以外で登校拒否が継続している児童生徒の意見

第七節 保護者と本人が相互に思っていること

第八節 面接調査担当者の所見

《資料編》

登校拒否指導事例集

第一章 調査の目的と方法

一 調査目的

登校拒否児童生徒の実態を児童生徒本人、保護者、学校の三者に対する調査により多面的に把握し、今後の登校拒否問題への適切な対応に資することを目的とする。

二 調査方法

この調査は、質問紙による調査(調査内容、対象により四種類に分かれる)と面接による調査(調査対象により二種類に分かれる)の二つの調査方法からなっている。

(一) 質問紙による調査(以下「アンケート調査」という)

[cir1 ] 学校に関する基礎調査

[cir2 ] 登校拒否児童生徒についての学校への調査

[cir3 ] 登校拒否児童生徒本人への調査

[cir4 ] 登校拒否児童生徒の保護者への調査

(二) 面接による調査(以下「面接調査」という)

[cir1 ] 登校拒否児童生徒本人への調査

[cir2 ] 登校拒否児童生徒の保護者への調査

※ 調査協力校と市町村教育委員会が相談の上、当該校の教員または教育センター等の教育相談員の中から面接調査担当者を選定した。

三 調査対象

[cir1 ] 登校拒否児童生徒の在籍する学校

調査対象の登校拒否児童生徒の在籍する学校六二校

[cir2 ] 登校拒否児童生徒二九三人(原則として平成三年度間に三〇日以上欠席した者)

全国から一一県・指定都市教育委員会を選び、各教育委員会は管下の市町村教育委員会と連携して、概ね二五人の登校拒否児童生徒を調査対象とするよう、都市部及びその他地域から調査協力校(小学校約二校、中学校約三校)を選定した。

[cir3 ] 登校拒否児童生徒の保護者

調査対象の登校拒否児童生徒の保護者二九三人

四 調査時期 平成四年一〇月~一二月初旬

第二章 調査対象者の概要

調査対象とした登校拒否児童生徒の人数、現在の状況等の概要は、以下の通りである。

一 調査対象児童生徒の人数等

(一) 調査対象者は、小学生が六八人、中学生が二二五人である。

(二) 男女別の内訳をみると、小学生のうち男子が三九人、女子が二九人、中学生のうち男子が一三二人、女子が九三人である。(表二―一)

表二―一 学年別、男女別の登校拒否児童生徒数

[cir1 ]小学生

(人)


 

一年

二年

三年

四年

五年

六年

合計

男子

一四

三九

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇・〇

一・四

二・七

二・〇

四・八

二・四

一三・三

女子

一二

二九

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇・〇

〇・四

一・七

二・〇

一・七

四・一

九・九

一三

一二

一九

一九

六八

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇・〇

一・七

四・四

四・一

六・五

六・五

二三・二

[cir2 ]中学生

(人)


 

一年

二年

三年

合計

男子

一三

五四

六五

一三二

 

 

 

 

 

 

 

四・四

一八・四

二二・二

四五・〇

女子

一二

三五

四六

九三

 

 

 

 

 

 

 

四・一

一二・〇

一五・七

三一・八

二五

八九

一一一

二二五

 

 

 

 

 

 

 

八・五

三〇・四

三七・九

七六・八

(注一) [cir1 ]、[cir2 ]の表中の%は、調査対象者全体に占める割合を示す。

二 調査対象児童生徒の欠席日数別の状況

平成三年度間の欠席日数別の登校拒否児童生徒数をみると、欠席日数が少ない者から多い者までほぼ平均的に対象となっている。(表二―二)

表二―二 欠席日数別の登校拒否児童生徒数

(人)


欠席日数

小学生

中学生

合計

三〇日~四九日

二八

三五

五〇日~七五日

一六

三四

五〇

七六日~一〇〇日

三四

四三

一〇一日~一二五日

一六

二三

一二六日~一五〇日

一七

二三

一五一日~一七五日

二三

二九

一七六日~二〇〇日

一八

二四

二〇一日~二二五日

二三

二九

二二六日以上

二六

三一

不明、記入もれ

合計

六八

二二五

二九三

三 調査対象児童生徒の現在の状況

調査対象児童生徒の現在の状況は、登校している者が一三五人(全体の約四六%)で、調査対象者の半数近くが現在登校できる状態になっている。また、施設に通うものが四四人(全体の約一五%)、登校できる状態でもなく、施設にも通わない児童生徒が一〇一人(全体の約三五%)となっている。(表二―三)

表二―三 現在の出欠状況別の登校拒否児童生徒数

(人)


現在の状況

小学校

中学校

合計

登校している

四〇

九五

一三五(四六・一)

公立の施設に通っている

一〇

二九

三九(一三・三)

民間の施設に通っている

五(一・七)

施設に行っていない

一一

九〇

一〇一(三四・五)

不明、記入もれ

一三(四・四)

合計

六八

二二五

二九三(一〇〇)

(注) 括弧内は、それぞれ縦の欄の合計に占める割合。

四 回答者の内訳等

(一) 回答者の内訳

アンケート調査の回答者は、本人が二四八人(全体の約八五%)、保護者が二六二人(全体の約八九%)である。

面接調査の回答者は、本人が二一三人(全体の約七三%)、保護者が二三九人(全体の約八二%)であった。保護者における内訳は、母親が二〇三人と圧倒的に多く、次いで父親、両親、祖母等その他という順となっている。(以上表二―四)

表二―四 回答者内訳

[cir1 ]アンケート調査

(人)


 

本人

保護者

小学生

五一

六〇

中学生

一九七

二〇二

合計

二四八

二六二

[cir2 ]面接調査

(人)


区分

本人

保護者

 

 

母親

父親

両親

祖母

その他

合計

小学生

四六

四七

五四

中学生

一六七

一五六

一四

一八五

合計

二一三

二〇三

一六

一二

二三九

(二) 面接調査担当者の内訳

面接担当者は、特に職種を指定せず、学校、教育委員会関係者等のうち保護者や本人の意見を聞き出しやすい人を選ぶこととした。結果的には、教諭が約六割を占め、次いで教頭となっている。(表二―五)

表二―五 面接調査担当者内訳

(人)


職種

人数

校長

一二(四・四)

教頭

四六(一七・〇)

教諭

一六六(六一・二)

養護教諭

四(一・五)

指導主事

一二(四・四)

相談員

二七(一〇・〇)

その他

四(一・五)

合計

二七一(一〇〇・〇)

(注一) 複数の児童生徒を担当した者も有。

(注二) 括弧内は、それぞれ縦の欄の合計に占める割合。

第三章 調査対象学校等の概要

調査対象となった学校の規模、校内研修の実施状況等の概要は、以下のとおりである。

一 学校の規模等

(一) 学校の規模

学校数は、小学校が二一校、中学校が四一校であり、一校あたりの平均学級数は、それぞれ小学校が約二六学級、中学校が一八学級である(表三―一)。

児童生徒数は、一校あたりの平均が小学校で九〇九人、中学校で約六七二人である(表三―二)。

また、登校拒否児童生徒数は、一校あたりの平均が小学校で六・〇人、中学校で九・六人である(表三―三)。

なお、本務教員数は、一校あたりの平均は、小学校が約三一人、中学校が約三七人である。

表三―一 学校数、学級数


 

学校数

学級数

一校当たり学級数

小学校

二一校

五五四学級

二六・四学級

中学校

四一

七三八

一八・〇

合計

六二

一、二九二

二〇・八

表三―二 児童生徒数

(人)


 

児童生徒数

一校当たり

小学校

一九、〇八八

九〇九・〇

中学校

二七、五六八

六七二・四

合計

四六、六五四

七五二・五

表三―三 登校拒否児童生徒数(カッコ内は五〇日以上欠席者)


 

登校拒否児童生徒数

一校当たり

小学校

一二六人(一一一人)

六・〇人(五・三人)

 

 

 

 

 

〇・七(〇・六)

中学校

三九二(三三一)

九・六(八・一)

 

 

 

 

 

一・四(一・二)

合計

五一八(四四二)

八・四(七・一)

 

 

 

 

 

一・一(〇・九)

(注) 表三―三中の%はそれぞれ表三―二の児童生徒数に占める割合。

(二) 学級規模別の学校数

学校規模別に、学校の分布をみると表三―四のとおりである。なお、五学級以下の学校は調査対象に入っていない。

表三―四 学校規模別の学校数

(校)


学級数

小学校

中学校

合計

六~一〇学級

一一~一八学級

一八

二二

一九~二四学級

一一

二〇

二五~三〇学級

一〇

一五

三一学級以上

合計

二一

四一

六二

(三) 登校拒否児童生徒数別の学校数

登校拒否児童生徒数によって学校の数をみてみると、小学校においては大部分が登校拒否児童生徒数が五人以下であるのに対し、中学校においては大部分の登校拒否児童生徒数が二〇人以下である。(表三―五)

表三―五 登校拒否児童生徒数別の学校数

(校)


登校拒否児童生徒数

小学校

中学校

合計

一~五人

一五

一一

二六

六~一〇人

一一

一七

一一~一五人

一六~二〇人

二一人以上

合計

二一

四一

六二

二 登校拒否に関する校内研修の実施状況

(一) 校内研修の実施校

校内研修を実施している学校は、小学校で一七校、中学校で三九校であり、概ねほとんどの学校で実施されている。(表三―六)

表三―六 校内研修の実施状況

(校)


 

実施校数

未実施校

小学校

一七

中学校

三九

合計

五六

(二) 校内研修の実施回数

校内研修の実施回数を、全体研修及び学年研修に分けてみてみると表三―七のとおりである。

表三―七 研修実施回数

(校)


 

全体研修

学年研修

 

一回

二回

三回以上

一回

二回

三回

四回

五回以上

小学校

一〇

中学校

一七

一六

合計

一一

一八

二二

一一

二一

(三) 外部講師の招へい

校内研修において外部から講師を招へいしているかどうかについては、招へいしている学校が校内研修を行う五六校中一八校(三二・一%)であり、その講師の所属先等は、教育センターの相談員が最も多く、次いで県教育委員会となっている。(表三―八)

表三―八 講師招へいの有無

(校)


 

なし

あり

 

 

 

 

 

 

 

県教委

市教委

センター

大学

その他

小学校

一一

中学校

二五

一三

合計

三六

一八

一〇

(注一) 回答「あり」については、複数回答有

(注二) 小・中学校それぞれ一校不明有。

第四章 調査結果の概要

第一節 登校拒否に陥ったきっかけ

一 学校、保護者及び児童生徒の認識

アンケート調査により、児童生徒が登校拒否に陥った直接のきっかけについて、学校(教師)、保護者及び児童生徒本人がどう捉えているかを表四―一のとおり、一三項目について分類して、それぞれどれに当てはまるかを聞いた。

小学校においては、学校に「家庭生活での影響」とする意見が多く、保護者に「本人の問題」(このうち、特に「その他本人に関わる問題」)とする意見が多く、本人に「学校生活での影響」とする意見が多い。登校拒否に陥ったきっかけについて学校、保護者、本人の間で認識の相違がみられる。

表4―1 登校拒否に陥ったきっかけについての学校、保護者、児童生徒の認識

[cir1 ] 小学校

(人)


区分

学校

保護者

本人

学校生活での影響

1

友人関係をめぐる問題

5

(7.5)

13

(19.5)

5

(8.9)

16

(28.7)

10

(18.5)

24

(44.5)

2

教師との関係をめぐる問題

1

(1.5)

 

3

(5.4)

 

3

(5.6)

 

 

3

学業の不振

3

(4.5)

 

1

(1.8)

 

3

(5.6)

 

 

4

クラブ活動、部活動等への不適応

0

(0)

 

1

(1.8)

 

2

(3.7)

 

 

5

学校のきまり等をめぐる問題

0

(0)

 

3

(5.4)

 

4

(7.4)

 

 

6

入学、転編入学、進級時の不適応

4

(6.0)

 

3

(5.4)

 

2

(3.7)

 

家庭生活での影響

7

家庭の生活環境の急激な変化

11

(16.4)

29

(43.2)

2

(3.6)

6

(10.7)

2

(3.7)

8

(14.8)

8

親子関係をめぐる問題

13

(19.3)

 

0

(0)

 

2

(3.7)

 

 

9

家庭内の不和

5

(7.5)

 

4

(7.1)

 

4

(7.4)

 

本人の問題

10

病気による欠席

2

(3.0)

11

(16.4)

2

(3.6)

19

(33.9)

3

(5.6)

15

(27.8)

11

その他本人に関わる問題

9

(13.4)

 

17

(30.3)

 

12

(22.2)

 

12

その他

11

(16.4)

11

(16.4)

5

(8.9)

5

(8.9)

5

(9.2)

5

(9.2)

13

不明(わからない)

3

(4.5)

3

(4.5)

10

(17.8)

10

(17.8)

2

(3.7)

2

(3.7)

合計

67

(100.0)

56

(100.0)

54

(100.0)

(注1) 複数回答が含まれる。また、記入もれがあるため、合計は一致していない。

(注2) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合。

中学校においては、学校、保護者及び本人ともに「学校生活の影響」とする意見が多い。また、小学校と同様「家庭生活での影響」をあげた者が、保護者や本人に比べて学校に多い。さらに、本人の認識として「本人の問題」のうち「その他本人に関わる問題」をあげる者が学校や保護者よりも多く、小学生に比べ登校拒否に陥ったきっかけを自らの問題として捉えている中学生が多い。また、「不明」及び「その他」をあげた者は、学校よりも保護者や本人に多く、登校拒否に関する家庭での不安や悩みがうかがえる。

[cir2 ] 中学校

(人)


区分

学校

保護者

本人

学校生活での影響

1

友人関係をめぐる問題

38

(16.9)

88

(39.1)

39

(19.9)

84

(42.9)

33

(18.8)

77

(43.8)

2

教師との関係をめぐる問題

6

(2.7)

 

9

(4.6)

 

8

(4.5)

 

 

3

学業の不振

23

(10.2)

 

16

(8.2)

 

18

(10.3)

 

 

4

クラブ活動、部活動等への不適応

4

(1.8)

 

8

(4.1)

 

4

(2.3)

 

 

5

学校のきまり等をめぐる問題

5

(2.2)

 

4

(2.0)

 

6

(3.4)

 

 

6

入学、転編入学、進級時の不適応

12

(5.3)

 

8

(4.1)

 

8

(4.5)

 

家庭生活での影響

7

家庭の生活環境の急激な変化

16

(7.1)

60

(26.7)

6

(3.1)

19

(9.8)

2

(1.1)

7

(4.0)

8

親子関係をめぐる問題

31

(13.8)

 

7

(3.6)

 

1

(0.6)

 

 

9

家庭内の不和

13

(5.8)

 

6

(3.1)

 

4

(2.3)

 

本人の問題

10

病気による欠席

21

(9.3)

56

(24.9)

22

(11.2)

51

(25.9)

15

(8.5)

65

(36.9)

11

その他本人に関わる問題

35

(15.6)

 

29

(14.7)

 

50

(28.4)

 

12

その他

7

(3.1)

7

(3.1)

23

(11.7)

23

(11.7)

25

(14.2)

25

(14.2)

13

不明(わからない)

14

(6.2)

14

(6.2)

19

(9.7)

19

(9.7)

2

(1.1)

2

(1.1)

合計

225

(100.0)

196

(100.0)

176

(100.0)

(注1) 複数回答が含まれる。また、記入もれがあるため、合計は一致していない。

(注2) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合。

二 具体的な状況

児童生徒が登校拒否に陥ったきっかけを、学校、保護者及び児童生徒が具体的にはどう捉えているかについて、表四―一の区分ごとにアンケート調査及び面接調査により聞いた結果は以下のとおりである。

(一) 学校の所感(アンケート調査から)

登校拒否に陥ったきっかけを学校がどう捉えているかについて聞いた結果、小・中学校全体では、「親子関係をめぐる問題」、「その他本人に関わる問題」、「友人関係をめぐる問題」、「家庭の生活環境の急激な変化」、「学業の不振」の順で多かった。

これらについて、多かった順にそれぞれの具体的な状況を例示すると概ね以下のとおりである。

「八 親子関係をめぐる問題」

この分類では、「養育にあたる親が十分その役割を果たしていない」、「親自身の基本的生活習慣が欠けている」、「幼い頃から親子の対話が少ない」等の例が多い。また、「母親の子離れができていない」、「子どもの親離れができていない」という例もみられる。そのほか、「父親は、子どものことに無関心、母親は本人に干渉し過ぎる」、「父親が強く叱責し、これに反発するようになった」等の例もあった。

「一一 その他本人に関わる問題」

この分類では、「自分から友人をつくれない」、「社会性が劣る」、「自立心の欠如」という例が多い。

そのほか、「小学校のころから登校拒否ぎみであった」、「なんとなくいきたくない」、「極度に他人の目が気になる」、「生活リズムが乱れている」等の例があった。

「一 友人関係をめぐる問題」

この分類では、「いじめの対象であった」、「級友から悪口、いやみ等を言われることが多かった」という例が大半を占めている。

「七 家庭の生活環境の急激な変化」

この分類では、「親の離婚による家庭環境の変化」、「母親の長期入院により親戚の家に預けられて生活をした」、「父親が単身赴任で子どもとふれあう機会が極めて少ない」、「母親が夜の仕事で帰りが遅いため、夜更かしをしてしまい、朝起床できず、昼は寝ていることが多い」等の例がみられる。

「三 学業の不振」

この分類では、「(中学生で、計算、漢字の読み書き等)基礎学力が身についていない」という例が多い。そのほか、「学習意欲が低い」、「数学、体育等特定の科目を苦手としていた」、「成績や学習、宿題など勉強にかかわることに極度の反発を感じる様子」等の例がある。

以下、「病気による欠席」、「家庭内の不和」、「その他」、「入学、転編入学、進級等の不適応」、「教師との関係をめぐる問題」の順となっている。

(二) 保護者の所感(アンケート調査及び面接調査から)

(一)と同様に児童生徒が登校拒否に陥ったきっかけを、保護者がどう捉えているかについて聞いた結果、小・中学校全体では、「その他本人に関わる問題」、「友人関係をめぐる問題」、「その他」、「病気による欠席」、「学業の不振」の順で多かった。

これらについて、多かった順にそれぞれの具体的な状況を例示すると概ね以下のとおりである。

「一一 その他本人に関わる問題」

この分類では、「本人の気が小さいこと」、「これといった理由はないが、プレッシャーを感じると行けなくなる」、「はじめはお腹が痛い、頭が痛いといって休んだ」、「家庭科の作品が思うようにできず作り直しているうちに期限が過ぎ、心配になったら登校できなくなってしまった」、「朝起きると頭が痛いと言って休みだした」、「姉が学校に行くのを嫌がり、本人も行かなくなった」等、様々な例がある。

「一 友人関係をめぐる問題」

この分類では、「友人からいたずらをされたり、悪口を言われたりする」など、友人や上級生からのいじめの例が大半を占めている。また、「仲の良かった友人とのけんか」、「部活動での友人問題のトラブル」等の例もあった。

「一二 その他」

この分類では、「集団登校が嫌だった」、「祖母が亡くなって学校を休んだ後、学校にもあまり行かなくなった」、「担任の先生が替わったこと」、「学校へ行っても一人でいることが多く、他人の前では自分自身が出せなかった。」、「良くない友達(他の学校の生徒)ができたのがきっかけで、その子らと遊ぶようになってから学校を休むようになった」という例が見られる。また、中には、「自分なりに将来のことを考えてスポーツ選手のプロになるため練習に打ち込んでいるので、学校へ行かないことは心配していない」という例もあった。

「一〇 病気による欠席」

この分類では、「風邪のため約一週間欠席してから、『明日は行く』『明後日は行く』と言ってだんだん行かなくなった」、「体の調子が悪いといってそれが癖になり、徐々に休むようになった。午前中は弱いが夕方から元気になる」、「病気で何日も休んでしまい、学校に行くのがいやになり、そのまま休むようになった」等の例がある。

「三 学業の不振」

この分類では、「勉強についていけない」、「勉強が分からなくなって大変悩んでいる」「毎日椅子に座って授業を受けるのがだるいので休む、休みがちなのでますます分からなくなる」、「両親の不仲で愛情不足になり、やる気を失って勉強が面白くない」等の例がみられる。

そのほか、「教師との関係」の分類では教師(担任)が他の生徒の前で恥をかかせるなど行き過ぎた指導をしたことや一方的に叱ったことなどをきっかけとして「先生(担任)が怖くて嫌だ」という例が多い。さらに、「入学、転編入学、進級時の不適応」の分類において、「クラス替えで仲のよい友達や近くの友達とも一緒になれず、かなりショックだった」等、転編入学、進級等をきっかけとした友人関係の不適応や、担任の先生との不適応などの例がある。以下、「家庭内の不和」、「クラブ活動、部活動等への不適応」、「学校のきまり等をめぐる問題」、「親子関係をめぐる問題」の順となっている。

(三) 本人の所感(アンケート調査及び面接調査から)

(一)、(二)と同様に、登校拒否に陥ったきっかけを、本人がどう捉えているか聞いた結果、小・中学校全体では、「その他本人に関わる問題」、「友人関係をめぐる問題」、「その他」、「学業の不振」、「病気による欠席」、「教師との関係をめぐる問題」の順で多かった。

これらについて、多かった順にそれぞれの具体的な状況を例示すると概ね以下のとおりである。

「一一 その他本人に関わる問題」

この分類では、「(なんとなく)学校に行くのがめんどくさい」、「学校がおもしろくない、勉強がむずかしい、わからない」、「友人がいない(または友人が嫌)」という例が多い。また、「学校に行くより家でごろごろしていた方が楽」、「どうしても行かなくてはいけないということがないから」、「自分でも何故そうなるのかわからないが、朝学校へ行く時間になるとお腹が痛くなる」等の例がある。

「一 友人関係をめぐる問題」

この分類では、「友達にいじめられる」、「悪口を言われたり、からかわれたりする」といった例が多い。また、「なぐられた」、「いやがらせをされたり、無視された」という例も多い。

「一二 その他」

この分類では、「友人がいなかったから」、「毎日だるい」、「原因不明の足痛」、「いろいろなことが重なっている」等、様々な例がある。

「三 学業の不振」

この分類では、「勉強が分からず一度たりともおもしろいとは思わなかった。ただつらかった」、「転校してきて、前の学校と現在の学校とでは教科書や授業の進度が違ったことから、学習内容が分からなくなった」、「特に、英語や数学が分からなくなっておもしろくなくなった」、「実技内容で他人と比べられて、あまりいいように先生に言われなかった」等の例がある。

「一〇 病気による欠席」

この分類では、「病気で休んだことがきっかけで、その後学校を休み始めた。具合がよくなっても何となく学校に行きたくなくなった」、「学校へ遅れて行くのが恥ずかしくていやだった」、「病気は治っても勉強の遅れなどに不安があり、休んでしまうことが多い」等の例がある。

「二 教師との関係をめぐる問題」

この分類では、「(勉強がわからなかったり、宿題を忘れたりすると)先生はすぐ怒るので嫌だ」、「髪型について怒られた」という例が目立つ。また、「生徒のことをよく知らないのに、自分の考え方だけでもって押しつける」、「生徒を信頼できない先生がいる」という趣旨の例も多い。

この他には、「学校のきまり等をめぐる問題」(例えば、「丸刈りが嫌だ。制服が厳しい」、「学校又はクラスのきまりに縛られるのは嫌だ」等)、「入学、転編入学、進級時の不適応」、「家庭内の不和」と続いている。

第二節 登校拒否の態様等

一 登校拒否の態様

登校拒否児童生徒の態様について、アンケート調査により学校(教師)に聞いた結果は以下のとおりである。

(一) 態様別、学校種別の人数

登校拒否児童生徒を態様別、学校種別にみると、小学校では、「複合型」(三四・八%)、「不安など情緒的混乱の型」(二八・八%)が多く、中学校では、「不安など情緒的混乱の型」(二五・四%)、「無気力型」(二三・二%)、「複合型」(二二・三%)の順で多くなっている。(表四―二―一)

表四―二―一 態様別、学校種別の人数

(人)


区分

小学校

中学校

合計(%)

学校生活に起因する型

(一・五)

二六

(一一・六)

二七

(九・三)

あそび・非行型

(〇)

一八

(八・一)

一八

(六・二)

無気力型

一〇

(一五・二)

五二

(二三・二)

六二

(二一・四)

不安など情緒的混乱の型

一九

(二八・八)

五七

(二五・四)

七六

(二六・二)

意図的な拒否の型

(一・五)

(二・七)

(二・四)

複合型

二三

(三四・八)

五〇

(二二・三)

七三

(二五・二)

その他

一二

(一八・二)

一五

(六・七)

二七

(九・三)

合計

六六

(一〇〇・〇)

二二四

(一〇〇・〇)

二九〇

(一〇〇・〇)

(注) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合。記入もれは除く。

※ 区分の説明

「学校生活に起因する型」とは、いやがらせをする生徒の存在や教師との人間関係等、明らかにそれと理解できる学校生活上の原因から登校せず、その原因を除去することが指導の中心となると考えられる型。

「あそび・非行型」とは、遊ぶためや非行グループに入ったりして登校しない型。

「無気力型」とは、無気力でなんとなく登校しない型。

「不安など情緒的混乱の型」とは、登校の意志はあるが身体の不調を訴えて登校しない等、不安を中心とした情緒的な混乱によって登校しない型。

「意図的な拒否の型」とは、学校に行く意義を認めず、自分の好きな方向を選んで登校しない型。

「複合型」とは、前記の型が複合していていずれが主であるかを決めがたい型。

「その他」とは、前記のいずれにも該当しない型。

(2) 具体的な状況

表四―二―一の区分ごとに、具体的な状況を学校がどう捉えているかについて例示すると以下のとおりである。

[cir1 ] 小学生

a 学校生活に起因する型

○ 担任に恐れを感じており、それが原因で教室に入れない。また、本人も学習意欲に乏しく与えられた課題をやろうとしない。

b 無気力型

○ 朝起きるのが遅く、起きてもなんとなくつらくて登校しない。電話をかけたり呼びに行くと登校する時もあるが、長続きしない。

c あそび・非行型  該当例なし

d 不安など情緒的混乱の型

○ 朝起きて制服に着替え、登校しようとするが、玄関から外に出ることができず、そのまま自分の部屋に帰り布団にもぐりこんでしまう。午後には精神的にも安定し、家の中で兄弟と遊んでいる。

○ 時間割をそろえ、登校する準備は整えるが、朝になると、身体が硬直し、玄関から足を踏みだすことができない状態が続いた。学校まで来ても、門に入れず、学校の周りを母親といっしょに何度もまわっていることもあった。

e 意図的な拒否の型

○ 「子どもが登校したくないのであれば無理に登校させない」という親の考え方が変わらず、本人も読書、絵など好きなことをして過ごした。

f 複合型

○ 無気力でなんとなく登校しないようでもあるが、本人の好みに応じた楽しい活動や行事の企画をすると登校することが多い。漠然とした不安による情緒的混乱の場合もあり、校則に対する意図的拒否の場合もみられる。

g その他

○ 寝ていることもあるし、家のまわりをふらついていることもある。規則や常識など枠にはまった生活をしてない。

[cir2 ] 中学生

a 学校生活に起因する型

○ 嫌がらせをする生徒に毎日のようにいじめられ、仲のよい友人とけんかを無理矢理させられるなど徹底的に孤立させられた。

○ 二年生のときにいじめがあり、二年の後半より学校をよく休むようになる。三年になってからは、学年の初め一週間だけ登校しあとは休んでいる。その間、ほとんど外出することなく家の中でテレビを見たり、たまに勉強したりしているようである。最近教育センターへ週に一度行くようにしている。

○ 転校当日に他の生徒にいやがらせされたことにより、本校生徒との関係を嫌うようになった。家庭では、家の手伝いをしている。

○ 級友との人間関係の悪化が、部活の人間関係の悪化へと発展していった。言葉でのいやがらせが続いた。

○ 部活でのつまずきが大きなきっかけにあったように思う。ブラスバンド部をやめた頃から無気力になり、他の要因が拍車をかけていった。

○ 教師による厳しい叱責への反発。体育教師の指導でのトラブルがひきがねとなって心を閉ざしていってしまった。学校のきまり等についても理解ができないところがあったようで、そうしたことへの様々な不満や反発があったようだ。

○ 友人関係をうまく処理出来ないまま成長し、集団に適応できなかった。学習や登校について「何とかしたい」という気持ちがあっても行動に移せない。たまに登校しても疲れが激しい。

b あそび・非行型

○ 上級生及び卒業生と交わり、平成三年八月ぐらいから、深夜徘徊が始まり、シンナー吸引、ひったくり、暴走行為などに関わる。

○ 校外において他校生、有職少年、暴走族等の非行グループに属し深夜徘徊、無断外泊、不純異性交遊、シンナー吸引を繰り返した。その結果、学校に対する興味・関心が薄れていった。

○ タバコ、酒、深夜徘徊をくり返し、学校へ来るより遊んでいる方が楽しい様子である。

○ 深夜徘徊、無断外泊、シンナー吸引等により、昼夜逆転し、とても登校できる生活状態ではなかった。

○ 数人の仲間と夜遊び、喫煙等をくり返し、朝はそのため起きられないことが多かった。遅刻、早退も多く見られた。

○ 遊び中心の生活になりがちで、夜遅くまで起きていることが多く、朝起きられなかったり、体の不調を訴える欠席が多かった。欠席の場合は家で寝ていることが多い。

○ 登校しなければいけないというような気持ちはあまり持っていない。一日中家の中で寝たり、ファミコンをしたりして過ごしている。ファミコンを買うために朝、新聞配達をしている。

c 無気力型

○ 学校に行くのが面倒だ、登校しなくても何とかなるという考えで、登校できない理由はない状態である。登校するのも、しないのもその日の気分次第である。

○ 無気力で学習の必要性や価値を理解することなく漠然と日常生活を送っている。迎えに行くと登校するが長続きしない。

○ 無気力で登校の意志は見られない。生活が夜型になっており、不規則な生活をしている。

○ 朝起きられない。無気力で何んとなく登校しない。ほおっておくと夕方までおきない。

○ 学校へ行って何かをするという目的が見い出せず、無気力になっているが、将来の不安を少しずつもち始めている。

○ 無気力で朝寝坊することが多く、母子共に担任の電話で起床することが多い。食生活等も不規則で体調の不調を訴えることも多い。

○ 迎えに行ったり、強く指導すると登校するが長続きがしない。明日必ず登校すると約束するが、当日になれば無断欠席をすることが多い。

○ 家ではほとんどゴロゴロ寝ているか、テレビゲームをやっている。家庭訪問をすれば顔も見せ、話しもできるが登校にはなかなか結びつかなかった。

d 不安など情緒的混乱の型

○ 前日に準備し、朝、服を着て登校しようとするが、その都度、足が痛くなったり腹が痛くなったりした。準備中痛くなることもある。休んだ日には自分の部屋に閉じこもっている。

○ 一年間は登校時刻になると出られず、家にこもってばかり。人目を気にして、外へ出ることもしない。家庭訪問をしても会うことをしない。最近になって、学級担任と家庭で話し合いをすることができるようになってきた。

○ 人の目が気になる、集団行動が苦手なため、他の人から注目される、注目されているのではないかという不安があって、学校に来ることを苦痛に感じる。

○ 友人関係、音楽の授業のことが気になり、現在も音楽や体育の授業のある日は欠席することが多いが、自分に自信がもてず、不安を感じている。常に何かにおびえているように見える。

○ 真面目できちんとした性格のため、学校についても学習についても「・・・せねばならない」という気持ちは強いようだが、色々な不安もたまっており、登校には消極的である。

○ プライドが高く、他人が自分をどのように思っているかを気にし、全てのことを完璧にこなそうとする。そのため、精神的にも肉体的にも非常に疲れる。また、昼夜逆転になることが多い。

○ 夜は元気だが朝になるとせき、微熱が出て登校できない。午前中は布団の中にいることが多い。午後は模型作りなどをして室内で過ごす。母親と通院する以外は外出しようとしない。

○ 漠然とした不安のため登校できない。三年生では特に進路のことが不安材料になっている。学業成績に対するあせり、親の期待などが絡んでいる。

○ 授業への不安や恐怖があるようであり、教室へ入りたがらない。二年の終わり頃からずっと休まず相談室登校を続けている。二年時には、男子生徒のいじめやいやがらせもあって、教室に行くのを嫌がることに拍車をかけた。

○ においに敏感になり、学校のにおい、集団のにおいが気になり登校ができなくなる。時々登校をするが友人との対話ができず不安がつのり現在はほとんど登校できない。

e 意図的な拒否の型

○ 本人は早朝から新聞配達をし、日中は家で漫画家になるためにイラスト画の練習をしている。

○ 学校生活よりもスポーツの世界に意義を見いだしており、学校に来る気は全くない。中卒後の進路もアメリカにいってスポーツの勉強をするということを決めており、まさに実力の世界に生きようとしている。

f 複合型

○ 家族に対する不信感、自分に対する不安のいらだち、友人関係における摩擦からの逃避。将来に対しての不安などの要因を含んでいる。

○ 周りの者に嫌なことを言われていじめられるという意識が強い。登校しようとする意志はあるのだが朝になると情緒不安定になり登校できない。

○ 集団生活への不適応、給食の好き嫌い、体育実技の拒否、体調の不調訴え、無気力が複合している。

○ 友人関係のトラブルがきっかけであるが、家族の人間関係、部活動のトラブル、本人の性格などが絡み合って登校拒否を起こした。

○ 転校して、新しい環境にスムーズに溶け込むことができなかったことがきっかけで、仲のよい友人ができない。また休みがちなことをからかわれるのを嫌がり、クラスの者が自分のことを嫌っているという不安を持っている。明日は登校すると言っていても翌朝になると身体の不調を訴え登校できない。

○ 当初は、心因性の耳なりや発熱が主な欠席理由であったが、学年を重ねていくうちに無気力傾向も見られるようになった。また、非行傾向の生徒とのつきあいも見られる。神経過敏で人目を気にする。

○ 上級生のいじめが怖いといって登校しなかったが一方では、卒業生と遊ぶのが楽しく、気分が楽になるといって遊んでいる。

g その他

○ 生活が昼夜逆になっており、学校に行かなくてはいけないという気持ちはあるが、登校できない。

二 児童生徒の休み中の様子等について

登校拒否児童生徒が学校を休んでいる間の様子について、アンケート調査により保護者と本人に聞いた結果をまとめると以下のとおりである。

(一) 保護者からみた「休み中の様子等」

保護者からみて、[cir1 ]児童生徒が休み中にどんな様子か、また、[cir2 ]どんなことを考えているか、について聞いた結果は、表四―二―二のとおりである。

表4―2―2 保護者からみた「休み中の様子等」

[cir1 ] 休み中どんな様子か

(人)


区分

小学校

中学校

合計

1 外で自分の好きなことをしている

4(7.3)

22(11.3)

26(10.4)

2 自分の部屋で好きなことをしている

28(50.9)

85(43.8)

113(45.4)

3 自分の部屋や家に閉じこもっている

6(10.9)

25(12.9)

31(12.4)

4 翌朝になると身体の不調を訴える

6(10.9)

37(19.1)

43(17.3)

5 上記1~4以外のことをしている

11(20.0)

25(12.9)

36(14.5)

合計

55(100)

194(100)

249(100)

(注)

・保護者は、1~5のそれぞれから1つを選択。記入もれは除く。

・括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

[cir2 ] 休み中どんなことを考えているか

(人)


区分

小学校

中学校

合計

6 学校での嫌なことを誰か早く解決して欲しい

6(11.1)

16(9.1)

22(9.6)

7 迎えに来てくれた時は行こうと思う

7(13.0)

29(16.5)

36(15.6)

8 迎えに来ても行こうと思わない

9(16.7)

42(23.9)

51(22.2)

9 行かなくていいと思っている

6(11.1)

36(20.4)

42(18.3)

10 上記6~9以外のことを考えている

26(48.1)

53(30.1)

79(34.3)

合計

54(100)

176(100)

230(100)

(注)

・保護者は、6~10のそれぞれから1つを選択。記入もれは除く。

・括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

[cir1 ]については、「自分の部屋で好きなことをしている」という児童生徒が一一三名(四五・四%)で半数近くを占めている。以下「「明日は学校へ行く」とよく言っている。しかし翌朝になると身体の不調を訴える」が四三名(一七・三%)、「学校を休んでいる間、一~四以外のことをしている」が三六名(一四・五%)、「自分の部屋や家に閉じこもっている」が三一名(一二・四%)等となっている。

[cir2 ]については、「学校を休んでいる間、六~九以外のことを考えている」が七九名(三四・三%)、以下「誰にも会いたがらず、誰か迎えに来ても学校に行こうと思わない」が五一名(二二・二%)、「学校なんかに行かなくてもいいと思っている」が四二名(一八・三%)、「誰か迎えに来てくれた時は、学校に行こうと思う」が三六名(一五・六%)等となっている。

それぞれの項目について小・中学校別に具体的な様子等を例示すると、左記のとおりである。

[cir1 ] 休み中にどんな様子か

a 小学校

「一 外で自分の好きなことをしている」

○ 兄が学校を休んで家でごろごろテレビを見たりしているので、自分も行かないでもいいのではないかと、休みたがる。休んだときは近所の小さい子と遊んだり家の中でファミコンをしたりしており、夕方になって他の子が学校から帰って来ると外へ自転車で遊びに行き、夜遅くまで帰って来ない。家の中で閉じこもることは少なく、ほどんど外で遊んでいる。

「二 自分の部屋で好きなことをしている」

○ 自分の部屋でファミコンやプラモデル作りをしたりマンガ、ビデオなど見ている。一日一枚か二枚ほどのドリルを父親と約束でほとんど毎日やっている。

学校へ行きたいとも言っているが、きっかけを見つけられずにいる。友達の誘いもあるが効果なし。

○ 少女マンガを読む、絵をかく、人形を作る、絵本を読むなどしていた。

教科書など学校に関係するものは、一切受けつけなかった。

行動していないときは、空を見つめて、考え事をしたり、物思いにふけっており、親も入れない世界であった。

○ 編み物に熱中するが、それがあきると大人向きの服飾雑誌等を割と熱心に見ている。学校でのことは、友達と会えないさみしさがあるようだが、親が、学校に行けとか勉強ぐらいはしなさい等と説教じみた言い方をしなければ表情は穏やかだし、登校刺激を学校からも受けない方が心が安定する。

○ 学校に行く日も行かない日も同じように起きてきて、朝食を食べ、顔を洗い、行く日は制服に着替え、行かない日は「今日は行かない」と家の服に着替え、一日中自分の好きなことをして過ごしている。マンガを読んだりテレビを見たり、おもちゃで遊んだり、何かを作ったり、ゲームをしたり外にでて自転車に乗ったりしている。

○ 家の中でテレビやマンガを見たり、TVゲームなどをして遊んでいる。近所の子供と家や外で遊ぶこともある。生活もリズムがきちんとしてなくて、起きたいとき起きて寝たいとき寝る生活。

友達とは遊びたいと思っているようだが、クラスの友達にはあまり会いたくない様子。

「三 自分の部屋や家に閉じこもっている」

○ 勉強の事に触れると逃げ出し、拒否しはじめた。学校関係の人が来ることにおびえる様子があり、来客があるとすぐ奥へかくれて出てこない。毎日時計を見て、(学校の)みんなが帰って来る時間を気にしている。その時間は絶対に外へ出ない。

「四 翌朝になると身体の不調を訴える」

○ 夜になると、次の日の道具を用意しながら「明日は学校へ行くから」と言う。しかし朝になると、吐き気、腹痛を訴えて泣きだしてしまう。自分でも学校に行かなければならないと思っているようだ。

「五 前記一から四以外のことをしている」

○ 普段の生活は、本を読んだり(週一~二回図書館へ行く)パッチワークをしたりお菓子を作ったり、民間のフリースクールのようなところへ月に何回か行ったりしている。

母親がいろいろな活動で外に出ることが多く、そういう時には家事を代わりにしたり(掃除・料理など)弟・妹たちの世話をしたり遊んでやったりしている。

○ 毎日好きな時間に起きて、自分の見たいテレビを見て、食事を皆と同じものでなく、特別に作らせることが多かった。とにかくチャンネル権は本人が持っており、テレビのリモコンを人に渡さない。本を読むにも、テレビを見るにも親がそばにいないといけない。そして学校のことを聞くと、「あんなとこに何で行くの」とヒステリックに叫んで話にならない状態だった。

わがままがひどくなる本人の様子に家族が皆不機嫌になり、時には家庭内暴力に似たことがおこる日もあり、本当に心を痛めて暗い生活が続く時があった。

b 中学校

「一 外で自分の好きなことをしている」

○ 友人とよく遊んでいる。友人宅へ泊まったこともある。たまに土曜日などに夜が遅い時があったが、普段はそれほどではなかった。(しかし今では、)「明日はいくよ」といって寝るのだが、朝何回起こしても起きづらい様子。夜は一一時、一二時まで起きていたり、午前二時ごろまで寝ないでテレビを見ている時もある。

「二 自分の部屋で好きなことをしている」

○ 毎日八時~九時頃に起床し、食事のあとはテレビを見たり、ワープロで何か文章を作ったり、趣味の鉄道模型に熱中している。ただ時々朝早く起床することもあり、また一年生の時の教科書をめくったりしている。

本人は学校へはいつか行くべきと考えている様子だが、今はまだ心の整理ができていないようだ。しかし、先生や生徒さんたちが来たときは、素直に受け入れるので、どこかでつながりを保ちたいと思っている様子。

○ 五年生の夏休み明けから、少しずつ休むようになってきたので、家に居るときは、ファミコンばかりしていた。それ以外は、自分の部屋でマンガを書いたり、あとは、茶の間でテレビを家族と一緒に見ていた。そんな生活が三年ほど続いて、ある日突然本人がファミコンを卒業するといって、それからは、勉強するようになった。本人がやりたいことを、おもいっきりあきらめるまでやらせたのが良かったのだと思う。自分は、本当は学校にいきたいのだけれど、嫌がらせをする子のことを思うと、学校にいっても自分の居場所がないと考えているのだと思う。もっと学校が楽しいところなら、少しくらいのいじめでも、通えたのかもしれない。

○ 本を読んだりテレビを見たり、ゲームをしている。とくにスポーツ観戦、ゲーム関係が好きなようだ。夜になれば、家族と一緒に普通の生活が出来るようになった。犬も可愛いがり、世話をしている。

ただ、学校の時間帯には、外に気を使っている様子が感じられ、学校に行っていないことを気にしている様子。

○ マンガを読んだり、テレビやビデオを見たり、時々勉強したりして気ままに暮らしている。学校へ行くように注意すると、落ちこんでしまい、昼と夜が逆転してしまう。親もあきらめの心境で何もいわなくなった。子供もだんだん図太くなって、イヤミをいってもあまりこたえなくなったり、すぐ立ち直るようになってきた。でも学校へ行こうとはしない。

○ 不規則な生活をすることはなく、朝は一応制服に着替え支度をした。書道をしたり、ワープロを自力でマスターしたり、ジグソーパズルをする。日曜日は他の人も休んでいるので気が楽だったようで、家族と一緒なら外出もした。

「学校に行きたい、行かなくてはいけない」と自分を責め、毎日学校で、勉強や部活をしたいと思っていた。何かのきっかけで、学校へ行けるのではないか、とそのチャンスを待っていたのかもしれない。

「三 自分の部屋や家に閉じこもっている」

○ 夜、クラスの友人から電話がかかってくると、その際には「明日はいくよ」と話していたが、朝になると駄目のようだった。「学校へ行かなければダメだ」と言うと、「学校なんか行かなくてもいい」と大声を出し自分の部屋へ閉じこもったりした。先生が心配して訪問してくれても会いたくないようだった。

○ 拒絶態度がひどく、天井裏に閉じこもったり、自分の部屋の戸を開かないようにしたり、話も出来なかった。こちらが「学校に行かなくても良い」と思えるようになった頃から、家事の手伝いをきちんとしてくれたり、料理も簡単なものを教えたりしていたが、あとの時間は自分の部屋で何を考えているのか何も手につかない状態が一年くらい続いた。

今年になって、自分のペースで勉強をやり始めると結構熱心にやっているようだった。夏休み前から、土曜日の午後に学校へ行き、担任の先生に勉強を見てもらうようになりだした。

○ 月に二~三回休みはじめてから、一年後くらいには、月に二~三日くらいしか登校しなくなった。学校へ行かなくなって、一日中ふとんにもぐり込み外へ一歩も出なくなり部屋にカギをかけ、好きだった動物に当たり散らし、ハサミやナイフで物に傷をつけたり、どんどんエスカレートしていったが、学校に行きたいということをいつも口にしていた。一番の友達が迎えにきてくれたが、自分からは登校出来なかった。初めの頃は、口をあまりきいてくれなくて、貝のようになっていたので、何を考えているのか親の方が戸惑っていた。半年経つころから、ゆっくり話を聞いてみると、友達との楽しい思い出ばかり考えているようだ。

○ 朝起きて、午前中は学校に行けなかったことに対して苦しんでいるのか、ベッドの中でごろごろしている。部屋では、学級写真をいつも見ていたようだ。

一週間に一度、先生が来てくれ笑顔で話すが、体が学校に向かない。

教育センターに通いはじめ、友人が出来てとても明るくなり、足を踏み出したようだ。今となっては、理由など一切、本人には聞かず、親としては教育センターに通う子供の姿を見て、一歩一歩学校に向かって頑張っているのだと見守ってやりたい。

「四 翌朝になると身体の不調を訴える」

○ 前日は準備をしていても、朝はなかなか起きられず、おなかがいたいなどと言って学校を休み、同じことを何日も訴え続ける。休んだあとは何もなかったようにしている。

友人が遊びにきても家にも入れず、会いたがらず、電話がかかっても電話にも出ないで自分のしたいことに夢中になっている。

「五 前記一から四以外のことをしている」

○ 休みはじめた頃は小学生だったので、自分の言いたいことを表現できなくて、頭痛、腹痛、閉じこもりなどが続いたが、特に理解の深い先生に恵まれ、保健室登校等学校全体で取り組んでいただき、友達との接触の機会も多くつくってもらった。中学校は、本人も楽しみにしていたが、受入れ体制が充分でもパイプ役となっていただける先生が忙し過ぎて、子供の気持ちを充分理解していただけていないのではないかと思われる。

いまでも小学校の頃の先生方のところへは喜んで出かけ、ガラス工芸を教えてもらったりしている。他に、生け花と絵を習っているが、大人の中へは何のこだわりもなくはいれるようである。家では、イラストを描いたり、CDを聞いたり、また編み物や料理等をしている。

○ 足かけ三年になるが、登校の気持ちと行動のギャップが心に残り、自分の殻に閉じこもっていってしまったようだ。一年くらいはこの状態が続き、家族との交わりもギスギスしていた。自分の好きなことをはじめてからは、少しずつ会話もできはじめ、家族、先生、友人と会ったり、話すこともできるようになってきた。最近は、夜、他の生徒が帰ったあと、学校に行き、先生方と話合いができるようになっている。

○ 休みはじめて三か月位は、本を読んだり、懸賞小説に応募すると言って、ワープロを打ったりほとんど部屋で過ごしていた。三か月過ぎには、「学校へは行きたくないけど、勉強はしたい」と塾へ行くことを希望したので、少人数制の塾へ行くようになった。この頃から、日中も図書館へ行ったり、父親とサッカーの試合を見に行ったり、少しずつ外へでていくようになった。

○ 自分の部屋にいる時が一番落着いている様子。友人が遊びに来てくれると、とても喜んでいつもの自分を出している。最近は、考え方も筋道を通すようになってきた。妹の勉強している様子を見て、その内容に興味をもって話をする時もある。

部活の話、例えば、試合に行った時の様子や文化祭での思い出話を懐かしそうに話す時もある。今は小説家になりたいといっている。

○ 今は、とにかく高校へ行こうと頑張っている。青少年センター(相談室)も出席扱いになったので、相談室へいって出席日数を増やそうと思っている。勉強の遅れがあり、高校入試に向けての勉強をやっていないので、なにかと少しずつでもやろうとしている。

○ 部屋でCDを聴いたり、雑誌(スキーに関する本)等を読んで一日を過ごしている様子。スキーにはとても意欲的で、大会に行けば誰とでも仲良く友達になれ、文通や電話連絡するのに、学校の友達には自分からは連絡をとらない。でも友達から連絡があればとても嬉しそうに話している。

[cir2 ] 休み中にどんなことを考えているか

a 小学校

「六 学校での嫌なことを誰か早く解決して欲しい」

○ 三時頃までは、家にいるが、それからは学校から帰ってきた近所の子と外で遅くまで遊んでいる。学校のことは、いつも気にし、みんな行っている学校へは行きたいと思っているようだ。

○ 休みはじめた頃は、学校へ行きたくない、学校なんか嫌いだと学校や教師に対し不信感をもっていたのではないかと思われる。しかし、日が経つにつれて、少しずつ落ち着き、学校へ行こうかなと思いかけているが、長い間休んでいるので、みんなの中へは入りにくいと思っているようだ。

「七 誰か迎えに来てくれた時は学校に行こうと思う」

○ 学校へ行った夢を何回を見たと話す。先生に家庭訪問してもらうととても喜ぶ。

○ 友人が迎えに来てくれた時、うれしそうにしている。いざ学校へとなると行くのをためらったり、途中まで行っては帰ってきてしまう。

「八 誰か迎えに来ても学校に行こうと思わない」

○ 時間があれば、家の中や近くの公園で遊んでいた。クラスの子が毎朝迎えに来てくれたが登校しなかった。

○ 誰が来ても自分の意志がないから動かない。

○ 学校や友人からの手紙は見ないで捨ててしまう。先生が会いに行っても姿をかくす。兄弟とは遊ぶが、少しでも気に入らないことをされると泣きわめき、自己中心的。

「九 学校になんて行かなくていいと思っている」

○ 学校へは行きたくないけど、友人とは遊びたいと思っている様子。でもクラスの友人にはあまり会いたくないようだ。

「一〇 前記六~九以外のことを考えている」

○ 学校へ行かなければといつも考えているようだ。プラモデルを作ったり、本を読んだり、教育テレビを見たりしている。

本人が気にしている体型のことや、学校に行けないことを友達に言われるとすごく心が傷つくようだ。音楽の時間、委員会等のある日は、休むかあるいはその時間を外して行くようにしている。楽しく学校生活をできたらと思っている様子。

b 中学校

「六 学校での嫌なことを誰か早く解決して欲しい」

○ 休みはじめて八か月間は、登校できなくなったことで、精神的にも不安定な状況だった。その後は、自分でも何かしなければということで、教育相談センターに通うようになった。

自分では大学まで行きたいと言っているが、勉強をしなければと思っても登校できない、どうしたら良いか自分でも決められない。しかし、家で何もせずにいる訳にもいかない。何かしなければということで教育相談センターに通所している状態だと思われる。

○ 家にいるときは好きなときに起き、好きなときに寝る。ほとんど本を読むかテレビ・ファミコンそのほか兄妹と遊ぶなどして一日を過ごし、気が向いたときは外へ行き友達と遊んでいる。それもムラがすごくある。外へ出ないときは、一か月も二か月も外へでないし、最近は、週の後半の一~二日は外へ行き、前半はずっと家にいる生活をしている。学校へ行きたい気持ちは充分あるようだが、ルーズな生活をしているため、毎日つらい様子。

○ 学校に行きたい、行かなくてはいけないと自分を責め、毎日学校で勉強や部活をしたいと思っていた。何かのきっかけで、学校へ行けるのではないかと、そのチャンスを待っていたようだ。

「七 誰か迎えに来てくれた時は学校に行こうと思う」

○ 自分の部屋で学校の本を読んだり、かたずけをしたり、家の掃除をしたり、時々友人に電話をして学校のこと、友人の様子などを話している。

最初は友人が迎えにきてくれると学校へ行ってたが、だんだん行こうとしなくなった。「保健室でもいい」と言えば行くこともあった。

「八 誰か迎えに来ても学校に行こうとは思わない」

○ 中学三年になり、受験まであと三か月と少し自覚した時、徹底的にのめりこんでいたテレビゲームにも、以前ほど集中出来なくなり、少し変化が見えてきた。そんな折、学校以外の施設で学校への出席日数に数えてもらえるというのを知り、そこへなら通ってみようと動きだした。中学は、高校受験のために行こうかと思っているようで、それ以外の登校はまったくする気はないようだ。友達なり先生からの登校のすすめがあってもその善意を素直に受け取れず意外な頑固さにびっくりしている。

○ 料理の手伝いをさせたり、新聞を読ませている。ただ友人が来ても会いたがらない。

「九 学校になんて行かなくていいと思っている」

○ 学校なんて行かなくていい。教育センターに行きたいときに行けばよいと考えている。

○ 他の友人は進学するのだか、自分がなまけていてそれについていけず、人のせいにして言い訳をよくいう。自立し、仕事に就いて、家を出たいと思っているようだ。

「一〇 前記六~九以外のことを思っている」

○ 本人は、学校に行きたいと常に思っているが、学校に行くと、再び無視や言葉による「いじめ」にあいそうだと強く感じて、学校に行く勇気がなかなか出ない状況であった。

担任教師をはじめ教頭、教育センター生活相談員のたびたびの家庭訪問を受けたが、級友の中で特につめたく当たる生徒のいる学級には入りたくないという心理状況であった。一年生の一二月より教育センター生活相談員の指導により、教育センターにおいてカウンセリングを受ける日々がつづき、徐々に回復の気配が感じられてきた。

(二) 本人からみた「休み中の様子等」

本人が学校を休んでいる間にどんなことをしたり、考えているのかについて聞いた結果は表四―二―三のとおりである。

表4―2―3 本人からみた「休み中の様子等」

(人)


区分

1位選択

2位選択

3位選択

選択者合計数

1 いつも学校のことを考えている

9

12

5

26(4.3)

2 誰かになんとかして欲しい

6

8

5

19(3.2)

3 外で自分の好きなことをしている

35

16

10

61(10.1)

4 何もしたくない

70

40

16

126(20.9)

5 迎えが来たら学校に行く

7

17

8

32(5.3)

6 迎えが来ても学校に行かない

7

24

12

43(7.1)

7 朝になると身体の具合が悪くなる

29

25

20

74(12.3)

8 学校になんて行かなくていい

13

12

13

38(6.3)

9 自分で勉強している

9

12

15

36(6.0)

10 学校の他の場所に通っている

20

10

10

40(6.6)

11 わからない

14

14

43

71(11.8)

12 その他

18

10

9

37(6.1)

合計

237

200

166

603(100)

(注)

・本人は1~12のうちから3つ以内選択、記入もれは除く。

・括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

このうち選択されたものを多い順にあげていくと、「何もしたくない。自分の部屋や家でなんとなく過ごしている」が一二六名(二〇・九%)で最も多く、次いで「「明日は学校へ行こう」と思う。でも次の日の朝になると身体の具合が悪くなる」が七四名(一二・三%)、「わからない」が七一名(一一・八%)等となっている。

学校を休んでいる間の行動や考えについて具体的な様子を例示すると、左記のとおりである。(各文末の(小)は小学校、(中)は中学校を示す。)

「一 いつも学校のことを考えている」

○ 朝の登校から帰りの下校の時間まで、「今、みんなは何をしているだろうか」と気になる。みんなが帰るころになると友達と遊びたい。(小)

○ 自分でもはっきりわからないけれど、「どうしたら私は学校へ行ってみんなと生活できるのかな」と考えることが多い。(中)

○ 学校のことを考えると、いやな気持ちがするので考えないようにしている。でも、行かなければいけないと思ったりもする。(中)

「二 誰かになんとかして欲しい」

○ 私は学校はきらいだが、学校には少なくとも大好きな友達がいつも待っていてくれている。だから、行こうとは思う。だけど、恐くて行けない。(中)

「三 外で自分の好きなことをしている」

○ 学校を休んでいるときは、学校のことを忘れてしまっている。教育テレビを見たり、ゲームをしたりしていることもあるが、ほとんど自転車で外へ遊びにいく。「明日は学校へ行こう」と思うが夜寝るのが遅く、朝ねぼうしてしまうと遅れて行くのは、恥ずかしいのでなんとなく行かなくなってしまう。(小)

○ 友達と一緒にゲームセンターや友達の家で遊んでいる。朝、友達が迎えに来たときは学校へ行こうと思うときもあった。勉強しても役に立たない。(中)

「四 何もしたくない」

○ 今は何もしたくない。家に一日いても退屈しない。学校に行きたくなったら行く。夕方、学校の友達が遊びに来れば一緒に遊ぶ。先生と交換ノートを行っている。(中)

○ 何もしたくない、何も考えたくない、と思っていた。先生や友達に会いに来られるのがいやでたまらなかった。(中)

「五 迎えが来たら学校へ行く」

○ 健康管理がよくできない。先生が迎えに来れば行こうと思う。みんなが何か言っていないかと思ってしまう。(中)

「六 迎えが来ても学校に行かない」

○ 次の日の準備をしていたけれど起きるのがつらかった。家で自分のしたい遊びをしていた。友達が迎えに来る前は行こうと思っても、迎えに来たら行きたくなくなって押し入れの中へ隠れた。(中)

「七 朝になると身体の具合が悪くなる」

○ 学校に行ったらいじめられると思った。学校に行こうと思うと身体の調子が悪くなる。(小)

○ 朝になるとお腹が痛くなったり、頭が痛くなったりするので、今日は行かなくていいや、でもあしたは行こうと思ったりする。(小)

○ 夕方は、学校に行こうという気に少しなる。しかし、次の日の朝はなんとなくだるくて学校に行きたくなくなる。(中)

○ 明日は学校に行こうと自分で勉強しているけど、次の日の朝になると身体がだるくなったり気分が悪くなったりする。(中)

「八 学校になんて行かなくていい」

○ 学校に行ってもいやな事があるし、自分のやりたいことができない。勉強が嫌い、誰か迎えに来て行くぐらいなら自分から行く。(小)

○ 誰が来ても話しはしたくないし、先生も来てほしくない。特に勉強しなくても就職できる。(中)

○ 学校がいやだからではなく、きまりや約束を守らせることがいやなので休む。学校へ行って勉強しても、自分にとって特別プラスになることはないと思う。(中)

「九 自分で勉強している」

○ 身体の具合の良いときは午前中勉強しているが、具合の悪いときはゆっくり休んでいて午後から少し勉強している。(中)

○ 学校からプリントや学習に必要なものをもらい適当に勉強もしているし、成績もそんなに悪くないし、家にいてもそんなに困らない。(中)

「一〇 学校の他の場所に通っている」

○ 学校と違う場所に通っている。やろうとすることが自由で、学校の人にビクビクしないですむ。(中)

○ 教育センターに通っていた。クラスの友達が家に来たときは一緒に遊んだ。五月から一一月までは家でテレビを見たり本を読んだりしていた。たまに、学校で行われていた地区の廃品回収にでたり、教育センターの先生と家で勉強をした。一二月から三月までは、毎日、教育センターに通い勉強をした。(中)

○ 教育センターや塾に通っている。教育センターでは、学校以外でのことをしたりするので楽しい。新しい友達がたくさんできた。(中)

「一一 わからない」

○ 時間のむだを感じる。特に、楽ではあるがつまらない。本を読んで暇つぶしをする。自分でも何をしているのかわからないことが多い。(中)

「一二 その他」

○ 今までは、自分の部屋でゲームやマンガの本などを読んでいたけれど、今は、お父さんの仕事を手伝っている。(中)

○ 昼ごろまでみんなと一緒に寝ている。起きたらテレビを見たり、ゲームをしたり、雑誌を見たり、家の中でごろごろしている。(中)

○ 何も学校のことは考えていない。次の日、学校へ行かなければいけないと考えていると辛くなったり、具合悪くなったりして学校へ行こうという気さえなくなってしまう。それに、私は一人でいたり、花に水をやったり、空想にふけっていたり、絵を描いたりするのが好きだ。

私は、友達はあまり欲しくないと思っているので、よく人に変と言われる。それは、友達になった人には迷惑をかけたくないから。でも、親友はたくさん欲しい。(中)

○ 一番最初に考えたことは、今の自分はなぜ、こんなことになったのかということ。自分がこんなところで一人とどまっている間にも時間はどんどん進んでいく、という現実があまり信じられなかった。でも、数か月たつと少し落ち着き、一日中、空を見て「ボーッ」としていた。病院に週一回行き、心理学の先生と話をしている。(中)

第三節 学校の具体的な指導

一 登校拒否児童生徒に対する学校の指導とその結果

(一) 学校が登校拒否児童生徒に対して行った指導及びその結果について、アンケート調査により学校に聞いた結果は、左表のとおりである。

表4―3―1 登校拒否児童生徒に対する学校の指導とその結果

(人)


学校の指導

総数

登校に至る

好ましい変化あり

変化なし

不明

1

学校全体での指導

26

(100.0%)

6

(23.1)

11

(42.3)

8

(30.8)

1

(3.8)

2

行事を利用した指導

30

(100.0%)

8

(26.7)

17

(56.6)

5

(16.7)

0

(0.0)

3

個別指導を行う

15

(100.0%)

3

(20.0)

9

(60.0)

3

(20.0)

0

(0.0)

4

特別室への登校

37

(100.0%)

27

(73.0)

6

(16.2)

4

(10.8)

0

(0.0)

5

電話・迎え

46

(100.0%)

11

(23.9)

16

(34.8)

19

(41.3)

0

(0.0)

6

友人に接触を促す

42

(100.0%)

7

(16.7)

16

(38.1)

19

(45.2)

0

(0.0)

7

手紙や印刷物を届ける

26

(100.0%)

1

(3.8)

8

(30.8)

17

(65.4)

0

(0.0)

8

家庭訪問

171

(100.0%)

25

(14.6)

50

(29.2)

86

(50.3)

10

(5.9)

9

保護者面接・相談・指導

44

(100.0%)

7

(15.9)

8

(18.2)

18

(40.9)

11

(25.0)

10

関係機関との連携

49

(100.0%)

7

(14.3)

14

(28.6)

16

(32.7)

12

(24.4)

(注1) 複数回答。前表の「10 関係機関との連携」の数と表4―4―1中の「(連携)あり」の数とが一致しないのは、記入もれがあったことによる。

(注2) 「好ましい変化」とは、例えば、「明るくいきいきとした表情をみせるようになった」「朝きちんと起きられるようになった」、「友人と交わることができるようになった」等の状況変化をいう。

(注3) 行事を利用した指導とは、修学旅行などへの参加を促したことで、出席がその期間だけに限られた場合については「好ましい変化」に含めた。

(注4) 括弧内はそれぞれが横の欄の総数に占める割合。

学校が行っている指導で最も多かったのが家庭訪問であり、二九三名中一七一名(五八・四%)に行っている。家庭訪問については、「登校に至る」及び「好ましい変化あり」を合わせて四三・八%であり、数字上は、必ずしも効果があがっているとはいえない。家庭訪問をどのように行ったかについて、例示すると以下のとおりである。

○ 週一回程度家庭訪問をしていたが、本人と会えることはない。仲のよかった数人に電話をしてもらったり、手紙を書いたりしてもらっても、反応が返ってこなかった。

秋の遠足の前に家庭訪問や電話連絡等をして誘ったところ、元気に参加し、一日過ごした。その後も、家庭訪問を続けているが、本人と話をすることはない。

○ 担任が家庭訪問すると大変喜んでファミコンやゲームを楽しむ。「明日は行く」と約束するが、当日になると登校を嫌がる。

○ 以前は担任が家庭訪問すると翌日は保健室に登校した。しかし、しばらくすると保健室登校を嫌い、教室に行くようになる。ところが、また欠席しては、相談室登校(個別学習、午前中帰宅)し、夏休み近くになると登校しなくなる。そんな状況のくり返しである。

この点については、家庭訪問という指導方法は、登校拒否を直ちに解決し翌日から登校させるということよりも、児童生徒本人及び保護者との間に信頼関係を形成することに主に力点を置いて継続して行われているケースが多く、家庭訪問が行われても、直接登校に結びつく結果とならない場合も多いと考えられる。

状況の改善が多くみられた指導方法として、保健室、相談室、校長室等において個別的に指導する「特別室への登校」があげられる。特別室登校をしている三七名中二七名(七三・〇%)がその後登校するようになり、六名(一六・二%)に好ましい変化(時々登校する、「行こうかな」と登校をほのめかす等)が見られた。その合計の割合は約九〇%に及んでおり、学校復帰を図る上で大きな効果があることを示している。

その他の指導方法については、結果的には効果が相半ばするものが多い。それらの中で、保護者に学校に来てもらって相談や指導を行うこと等の「保護者面接・相談・指導」については、子どもの登校に対する意識・行動に直接には影響を及ぼすことは少ないようであるが、保護者の登校拒否児童生徒への接し方、心構えの形成又は保護者の悩みの解消等に役立つことによって、間接的には登校拒否児童生徒へ好ましい結果をもたらす場合も見受けられる。

また、「友人に接触を促す」についても、好ましい変化があったのが約五五%(登校も含む)であったのに対して、変化が見られないものが約四五%であった。特に、「学校生活に起因する型」、「不安など情緒的混乱の型」の態様の登校拒否児童生徒の場合には、友人に接触を促す指導方法をとった結果はそれほど効果的ではなかった。

「関係機関との連携」を図る指導方法は、全体的には効果の程度が明確ではないが、登校拒否の態様別に見た場合には、特に、「不安などの情緒的混乱」の態様を示す登校拒否児童生徒については、良好な結果を示している。

(二) 具体的な指導の事例

(一)でみたように学校は児童生徒の状況に応じて様々な取組を行っているが、登校拒否の個々のケースを見ると、困難なものが多く、学校が対応に苦慮している例も多い。いくつか、学校の対応例をあげてみると以下のとおりである。

○ 祖父の死去がきっかけとなり、学校での様子に変化が見られた。家庭訪問で生活の様子を話し協力を求めたが、保護者から家庭訪問に対して反発されてしまった。そのため、手紙等で子どもと接触を持ったり、担任の家族と一緒にハイキングに誘うなど、本人との交流を深めたところ、一週間に一度の家庭訪問が可能となった。

○ はじめは担任が毎朝迎えに行っていた。しかし、そのうち、母親に暴力を振るうようになったため、方針を変更し、迎えに行かずに家庭内での精神的安定を図ることを第一に考えた。同時に母親のカウンセリングをしばらく続けているうち、週一回の相談室登校が可能となってきた。

○ 夜遊びや家庭内暴力など問題行動が続出するようになり、本人は登校することに意義を感じなくなった。家庭から朝起きないと連絡があったときには、家庭訪問などをしたこともあったが、本人はベッドから起きようとはしなかった。

○ 欠席し始めたころは家庭訪問を行い、母親を交えてこれからの生活について話し合った。その後かなり意識して生活していたが学年が変わると欠席が多くなってきた。友人を朝迎えに行かせると、しばらくは登校していたが、そのうち起きて来なくなり、担任が起こして連れてくるようになって、現在に至る。

○ 迎えに行くと登校する。学校では先生方が友達という感じで、休み時間の度に職員室を訪れてはいろいろな先生に甘えていた。先生と交換小説を綴り始めると、それを楽しみにするようになった。毎朝担任の自宅に電話があり、その都度励ましている状況。

二 「指導の結果登校するようになった児童生徒」に効果のあった学校の措置

調査時点で学校に通えるようになった児童生徒の保護者及び本人に対して効果のあった学校の措置について、アンケート調査により表四―三―二及び表四―三―三の一三の区分ごとに三つ以内選択してもらった。調査時点で学校に通うようになった児童生徒の一三五人のうち保護者一二九人、本人一二八人から回答があった。

まず保護者は効果のあった措置として「先生がふれあいの時間を多く持ってくれたこと」(一六・四%)、「先生が子どもを理解してくれるようになったこと」(一五・一%)、「先生や友人が電話を掛けてくれたり、迎えに来てくれたりするようになったから」(九・九%)等をあげている。

すなわち、保護者は、教師の考え方の変化や指導方法の工夫などが効果があったと考えており、第一義的には、学校の教師の指導姿勢に期待することが大きいことを示している。「その他・不明」(九・〇%)中の所感としては、担任が替わったことや転校したことなどをあげている例が多い(表四―三―二)。

表4―3―2 効果のあった学校の措置:保護者所感

(人)


区分

1位選択

2位選択

3位選択

選択者合計数

学校内指導の改善工夫

1

先生が子どもを理解してくれるようになったから

19

17

11

47 [cir2 ]

(15.1)

2

先生が子どもに話しかけてきてくれるなど、ふれあいの時間を多くもってくれるようになったから

17

21

13

51 [cir1 ]

(16.4)

3

教育相談担当の先生がよく話を聞いてくれるようになったから

7

10

9

26 [cir5 ]

(8.3)

4

いじめなどがないように先生が学級で指導を強めてくれたから

5

7

6

18

(5.8)

 

5

先生が個別に勉強を教えてくれたり、授業がわかるように工夫をしてくれたから

4

5

5

14

(4.5)

 

6

子どもが興味・関心をもつようなことを先生が工夫して作ってくれたから

2

6

10

18

(5.8)

 

7

保健室や校長室などに登校することができたから

10

10

5

25

(8.0)

家庭への働きかけ

8

先生や友人が電話をかけてくれたり迎えに来てくれたりするようになったから

12

12

7

31 [cir3 ]

(9.9)

9

先生が家庭訪問をして勉強や生活面での相談にのってくれるようになったから

14

8

4

26 [cir5 ]

(8.3)

10

先生が家庭の問題の相談に応じてくれたりして、家庭生活が落ち着いたから

5

1

4

10

(3.2)

他の機関との連携

11

先生の紹介で教育相談センター等の先生が相談にのってくれるようになったから

13

1

2

16

(5.1)

12

先生の紹介で病院に通うようになったから

0

1

1

2

(0.6)

13

その他・不明

21

3

4

28 [cir4 ]

(9.0)

総数

129

102

81

312

(100.0)

(注1) 複数回答、丸付き数字は順位を表す。

(注2) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

また本人は、「その他・不明」(二二%)、「学校にもおもしろいことや楽しいことが見つかったから」(一三・五%)、「保健室や校長室などに登校してもよいといわれたから」(九・一%)、「先生や友だちが電話をかけてくれたり、むかえに来てくれるようになったから」(八・八%)などをあげている。「その他・不明」の具体的内容は「進学のため」「体調が元に戻ったから」「家の人にしかられるから」、「転校したから」、「自分の意志」などで様々である。児童生徒は、学校生活に楽しさを見いだしたり通う機会を与えてくれたりすることにより登校の意志を固めているようである。ただし、「おもしろいことや楽しいこと」がどういったことを意味しているのかは調査から明らかにされない(表四―三―三)。

表4―3―3 効果のあった学校の措置:児童生徒所感

(人)


区分

1位選択

2位選択

3位選択

選択者合計数

学校内指導の改善工夫

1

先生たちが自分のことをわかってくれるようになったから

8

6

6

20 [cir5 ]

(7.0)

2

先生が自分に話しかけてきてくれるなど、一緒にいてくれる時間を多くしてくれるようになった

3

7

4

14

(4.9)

3

担任でない先生がよく話を聞いてくれるようになったから

2

9

5

16

(5.6)

4

いじめなどがないように先生がしてくれたから

9

2

5

16

(5.6)

 

5

勉強がわかるように先生が教えてくれたから

5

11

3

19

(6.6)

 

6

学校におもしろいことや楽しいことが見つかったから

18

12

8

38 [cir2 ]

(13.3)

 

7

保健室や校長室などに登校してもよいと言われたから

17

6

3

26 [cir3 ]

(9.1)

家庭への働きかけ

8

先生や友だちが電話をかけてくれたりむかえに来てくれるようになったから

9

13

3

25 [cir4 ]

(8.8)

9

先生が家庭訪問をしてくれるようになったから

8

8

3

19

(6.6)

10

先生がお父さんやお母さんなど家の人の話を聞いてくれたりして家の中がおちついたから

2

4

7

13

(4.5)

他の機関との連携

11

学校の紹介で、学校のほかの場所で相談を受けたから

7

5

4

16

(5.6)

12

学校の紹介で、病院に通うようになったから

0

1

0

1

(0.4)

13

その他・不明

40

10

13

63 [cir1 ]

(22.0)

総数

128

94

64

286

(100.0)

(注1) 複数回答、丸付き数字は順位を表す。

(注2) 括弧内はそれぞれ縦の総数に占める割合(%)。

一方、文部省が行っている「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」においては学校(教師)から捉えた「効果のあった学校の措置」について調査している(表四―三―四)。調査の時点やサンプルが相違すること、設問の表現を教師、保護者、児童生徒と対象によって若干変えていることなどから、今回の調査との比較に当たっては慎重でなければならないが、概ね以下のことが言える。

学校は、登校拒否の指導に当たっては、家庭へ働きかけることが最も効果的であると考えており(八~一〇の合計三八・三%)、かつ、学校生活の中において、教師が児童生徒とのふれあいを多くするなどして児童生徒との関係を改善することが効果的であると意識している(一五・四%)。保護者も、学校と同様に、特に教師が児童生徒への理解を深めたこと、教師が児童生徒とのふれあいの機会を増やしたこと等、教師の指導姿勢の変化に効果を見い出している。また、児童生徒本人は、学校生活に楽しさを見いだしたことを意識しており、数字の上では「先生とのふれあい」はさほど意識していない。しかしながら、教師とのふれあいや教師による児童生徒理解を経て、児童生徒が学校生活におもしろさや楽しさを見いだすこともあり得るものと考えられる。

さらに、登校拒否の態様に応じて適切に対応するべき問題であり一概に論ずることはできないが、三者とも、電話する、迎えに行くなど積極的な登校刺激にもある程度意味を認めているといえる。

表4―3―4 効果のあった学校の措置:学校所感

(文部省平成3年度問題行動調査より)


区分

小学校

中学校

学校内指導の改善工夫

1

登校拒否の問題について、研修会や事例研究会等を通じて全教師の共通理解を図った

2,137校

(9.6)

3,741校

(8.7)

5,878校

(9.0)

[cir5 ]

2

教師が当該児童生徒に触れ合いを多くするなどして教師との関係を改善した

3,471

(15.7)

6,547

(15.2)

10,018

(15.4)

[cir1 ]

3

教育相談担当の教師が専門的に指導にあたった

565

(2.5)

1,541

(3.6)

2,106

(3.2)

4

友人関係を改善するための指導を行った

1,951

(8.8)

3,472

(8.1)

5,423

(8.3)

 

5

授業方法の改善、個別の指導など授業がわかるようにする工夫を行った

723

(3.3)

1,101

(2.6)

1,824

(2.8)

 

6

様々な活動の場面において本人が意欲を持って活動できる場を用意した

1,627

(7.3)

2,073

(4.8)

3,700

(5.7)

 

7

保健室等特別の場所に登校させて指導にあたった

1,017

(4.6)

2,954

(6.9)

3,971

(6.1)

家庭への働きかけ

8

登校を促すため、電話をかけたり迎えに行くなどした

2,819

(12.7)

5,625

(13.1)

8,444

(12.9)

[cir3 ]

9

家庭訪問を行い、学業や生活面での相談にのるなど様々な指導・援助を行った

2,959

(13.3)

6,815

(15.8)

9,774

(15.0)

[cir2 ]

10

保護者の協力を求めて、家族関係や家庭生活の改善を図った

2,449

(11.0)

4,340

(10.1)

6,789

(10.4)

[cir4 ]

他の機関との連携

11

教育相談センター等の相談機関と連携して指導にあたった

1,755

(7.9)

3,323

(7.7)

5,078

(7.8)

12

病院等の治療機関と連携して指導にあたった

444

(2.0)

1,023

(2.4)

1,467

(2.2)

13

その他

273

(1.2)

500

(1.2)

773

(1.2)

総数

22,190

(100.0)

43,055

(100.0)

65,245

(100.0)

(注1) 複数回答、丸付き数字は順位を表す。

(注2) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

第四節 関係機関等との連携状況

登校拒否児童生徒への対応に際しての、学校と関係機関等との連携状況について、アンケート調査により学校に聞いた結果は以下のとおりである。

(一) 連携の有無、連携した機関の種類

関係機関等との連携状況をみてみると、小学校においては六三人中三三人(五二・四%)、中学校においては二一三人中一〇四人(四八・八%)の登校拒否児童生徒について、学校と関係機関等との連携が図られている。

登校拒否児童生徒の相談・指導について学校が連携をとっている関係機関等の種類をみてみると、教育センター、児童相談所、民間施設その他、適応指導教室の順となっている。

表四―四―一 連携の有無

(人)


連携の有無

小学校

中学校

合計

あり

三三

(五二・四)

一〇四

(四八・八)

一三七

(四九・六)

なし

三〇

(四七・六)

一〇九

(五一・二)

一三九

(五〇・四)

合計

六三

(一〇〇・〇)

二一三

(一〇〇・〇)

二七六

(一〇〇・〇)

(注一) 記入もれは除く。複数通所を含む。

(注二) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

表四―四―二 機関別の登校拒否児童生徒数

(人)


機関の名称

小学校

中学校

合計

一 教育センター

一六

(四八・五)

二七

(二五・九)

四三

(三一・四)

二 適応指導教室

(一二・一)

一四

(一三・五)

一八

(一三・一)

三 教育委員会相談窓口

(九・一)

(五・八)

(六・五)

四 児童相談所

(六・一)

三〇

(二八・八)

三二

(二三・三)

五 警察関係

(〇)

(四・八)

(三・六)

六 病院

(〇)

(七・七)

(五・八)

七 民間施設その他

(二四・二)

一三

(一二・五)

二一

(一五・三)

八 複数通所

(〇)

(一・〇)

(一・〇)

合計

三三

(一〇〇・〇)

一〇四

(一〇〇・〇)

一三七

(一〇〇・〇)

(注) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

(二) 連携した期間

連携した期間をみると、「一か月~六か月」が三六人(二六・三%)で最も多く、次いで「六か月~一年」の三四人(二四・八%)となっている。

表四―四―三 連携した期間

(人)


期間

小学校

中学校

合計

一か月未満

(六・一)

(二・九)

(三・六)

一~六か月

(二七・三)

二七

(二六・〇)

三六

(二六・三)

六か月~一年

一〇

(三〇・三)

二四

(二三・一)

三四

(二四・八)

一年~二年

(六・一)

一六

(一五・四)

一八

(一三・二)

二年以上

(一二・一)

(二・九)

(五・一)

期間不明、記入なし

(一八・一)

三一

(二九・七)

三七

(二七・〇)

合計

三三

(一〇〇・〇)

一〇四

(一〇〇・〇)

一三七

(一〇〇・〇)

(注) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

(三) 連携の結果

連携の結果についてみると、「好転した」が五五人(四〇・一%)であった。また、「うまく行かなかった」が一二人(八・八%)、「どちらでもない」が六四人(四六・七%)であった。なお、登校拒否の態様別に見た場合には、「複合型」、「不安などの情緒混乱型」については、登校が促されるなど比較的良好な結果が見られたが、「あそび・非行型」については大きな効果は見られなかった。

表四―四―四 連携の結果

(人)


結果の状況

小学校

中学校

合計

好転した(登校できるようになった等)

一四

(四二・四)

四一

(三九・四)

五五

(四〇・一)

うまくいかなかった

(六・一)

一〇

(九・六)

一二

(八・八)

どちらでもない

一七

(五一・五)

四七

(四五・二)

六四

(四六・七)

記入なし

(〇)

(五・八)

(四・四)

合計

三三

(一〇〇・〇)

一〇四

(一〇〇・〇)

一三七

(一〇〇・〇)

(注) 括弧内はそれぞれが縦の欄の合計に占める割合(%)。

第五節 保護者が学校に対して思っていること

「保護者が学校に対して思っていること」について、面接調査及びアンケート調査により聞いた結果を、「現在登校している児童の保護者の意見」、「現在関係の機関や施設で相談・指導を受けている児童の保護者の意見」、「登校拒否が継続している児童の保護者の意見」の三つに分けて例示すると以下のとおりである。

一 現在登校(相談室登校も含む)している児童生徒の保護者の意見

(一) 小学生

[cir1 ] 主として担任に対する意見

○ 生徒たちの気持ちを思いやる先生になって欲しい。もし、登校拒否の子どもがクラスにいたら思いやる気持ちで接して欲しい。どうしてかというと、自分の子どもがそういう先生に担任になって頂いて、少しでも子どもの心が違ってきたから。その先生に感謝したい。

○ 一、二年生のころは担任の先生が絶対の力をもつ。先生の言動、在り方によって子どもの学校観ができると思う。担任がその辺の自覚を持ち、子どもの声にならない声を聴く耳を持って欲しいと思う。高学年のことは分からないが低学年の先生にくれぐれもお願いしたい。

○ 校長先生、教頭先生、養護の先生には大変お手数をかけ申し訳なく思っている。人間である限り大人も子どもも心がある。他人の心がわかる先生のところに子どもは行けて、他人の心がわからない先生(担任)には行けないのだと思う。先生である前に人間であって欲しいと思う。子どもから担任の先生は選べない。担任が考えている以上に子どもはいろいろ思っている。

○ 先生方の言葉遣いも子どもたちに大きな影響を与えている。何気なく言った言葉が、子どもの心に大きな傷をつけ、登校拒否の原因にもなりかねない。そんな場合もあるということを心にとめていて欲しいと思う。

○ 担任の先生にお願いしたい。確かに子どもがずる休みをしている部分もあるが、本当に病気で二、三日学校を続けて休むと、登校した日に先生が子どもに「ずる休みしたらいけない。」などと言うらしく、病気がなおっても「またずる休みって言われたらどうしよう。」と言うことが心の中にあるようなので、病気であってもそうでなくても言葉のもっていき方をもう少し考えて欲しいと思う。

○ きめ細かい指導を普段からして欲しい。

○ 先生が勉強や友達関係のことなど、自分の子どもをよく理解してくれれば良い。

○ 週四回本人の得意な教科の教室に向かう。クラスの前で本人をほめて欲しいこと。クラス担任の先生があまり変わらないで欲しい、本人がいやだと思う。男子の先生にすごく安堵する。父が怖いという反面、男の先生だとやる気を起こすと思う。

[cir2 ] 学校全体の取組に対する意見

○ 休みはじめた頃は不登校について先生と親の間の意識のズレが大きかった。社会問題化する程増えているので日頃から不登校について勉強する機会を先生方が持っていただけたらと思う。特に、精神科医の方々の考え方と先生の対応が相反することが多かったので。

○ 少年センターで相談させて頂いたが、センターと学校と本人とが密に連絡を取り合い進めていく方がより早い解決につながると思う。担任の先生対本人(家族)だけで解決しようと思っても良い解決方法がなかなかみつからなかったので経験豊富な相談所の意見をもっと取り入れて欲しいと思う。

○ 少し遅れている子どもこそ一〇分一五分でもよく時間をかけて。また、クラスの前で一つ何かその子のよいところをみつけてすごくほめる。月一回でもその子から目を離さず、という思いやりをいつも持って欲しい。陰日なたなく接して欲しいと思う。

○ 三年生になってクラス替えがあるので、次の先生に引継ぎをうまくしてほしい。

○ 学校(担任)と家庭(親子)の中間の場が欲しい。保健室登校というのを聞いたことがあるが、学校の中でどこか安心して行ける場があればと思う。担任の先生とではどうしても学校に行くか行かないかが前提にあり、親も子も登校できないことで罪悪感を持っているので緊張してしまう。ワンクッション置いた話の中で少しずつ緊張がほぐれ、心の負担が軽くなり、良い方向へ行くように思う。

担任との連絡がスムーズにできるようにして欲しい。子どもとの話合いの中で、何回かは学校に行こうという気持ちになるときがあったが、同時に不安に思うこともあり、その不安を取り除くのにうまく連絡ができず機を逸したこともあった。

[cir3 ] 学校教育全般に関する意見

○ クラス四〇人ほどを先生一人で見るのは大変だと思う。我が子を一人見るのさえ大変なのだから。その中でも頭のいい子、素直な子、いうことを聞かない子などいろいろいると思うが、我が子はケンカのできない子で、人に手をあげたら痛いだろうと思っているし、犬が道で死んでいたら涙を流す子だ。性格をどうするかということよりも、どうしたら自分の思っていることを人に伝えられるか、どうしたら自分で自分をコントロールできるようになるか。今、子どもと二人で考えている。

○ 子どもについて行って何度か教室で過ごしていて感じたことは、やはり、子どもの人数が多すぎて先生の目が届かないだろうなということ。教室の中のゴミの多さ、子どもたちが掃除の仕方も知らないということ、また、それをこと細かに指導する時間はないだろう。勉強だけで精一杯、やはり生活という面は親がしっかりと教えていかなければならないことだということを強く感じている。

○ 親の小学校時代に比して教育内容が豊富で充実している反面ゆとりが感じられない。

○ 昔みたいに本当に子どものことを思ってくれている先生がいるだろうか。ただ勉強、勉強と言って頭に入れるだけ入れさせて、落ちこぼれはそれまで、という先生が多くなったのではないだろうか。

○ まず、教師の画一的な見方や休むことが悪いとか、学校へ体を持っていきさえすれば良い等、その中身を問わない形だけのものが非常に重くのしかかっている。学校だけが唯一ではなく、他の道もあるのだといった考え方や義務感にとらわれない自由さとか、学歴・偏差値重視から開放されること等を切に望む。

[cir4 ] その他

○ 子ども間のトラブル、大きな問題に発展したとき、はじめて気がつく事が多いと思うが、最近の子どもは、子ども間の心の繋がりがとても薄いと思う。小さな心の傷が、とても大きくなって、やり切れない気持ちで学校に行っている子どもがたくさんいるように思う。

○ 今の子どもたちや先生方は、私たちが子どものころの時代と違いすぎて学校生活そのものをどうすればいいとは言えないと思う。ただ、クラスの子どもたちの中で自分で自分の存在がないと思い、その中に自分で入って行けない様子がある。

○ 子どもが登校できるようになり喜んでいる。学校やセンターの先生、そして学級の友達に感謝している。勉強ができることより、仲好く友達と遊べることを願っている。

(二) 中学生

[cir1 ] 主として担任に対する意見

○ 今のままで無理をさせず、見守ってやって欲しい。

○ 今、学校に「あーだ」「こうだ」と注文をつけても行くのは本人である。本人の気持ちをくみとって、あせらず、マイペースで登校していけば何も言うことはない。学校に対して別に注文はない。

○ 本人に少しでもやる気を出させるために良いところがあったら、そこは良いとみてもらいたい。この子は勉強が出来ないから、これは出来ないだろうということをせず、勉強が出来なくても、人よりスポーツができるとかみんなにはない得意な何かを持っていることがあるかもしれないといった視点からきちんと見て欲しい。

○ 先生も授業以外のことでいろいろ大変だと思う。私どものような悪い子ども達のいるクラスの先生にも生活指導の先生にも大変迷惑ばかりかけて本当にすまないと思っている。でも大変勝手な言い方かも知れないが、今まで以上に子どもたちの相談相手になって話を聞いて欲しい。

[cir2 ] 学校全体の取組に対する意見

○ 勉強はもちろん大切なことだが、将来のことや社会に出てからのことを指導してもらいたい。

○ たくさんの人の集まりでとても難しいことだが、個々の個性を伸ばしながら社会的な面を勉強できる様であればいいと思う。

○ 子どもが休みはじめたとき、母親も初めての経験で子どもと一緒にいろいろと勉強していった。担任の先生も初めての経験の先生が多く、一緒に失敗もたくさんした。私は先生もふだんからこういう子どもたちのことをどんどん勉強して理解して担任となったとき、すぐに対処できるように準備をしておいて欲しいと思った。

○ 相談室がもっと明るく、カウンセリング的な指導とともに、その子に適合した学習指導のできるよう設備の改善をして欲しいと思う。

○ 学習が遅れているので、別途補習時間等を検討してもらいたい。

○ 勉強が分からなくてもどんどん先に進んでしまって、そこから落ちこぼれる子は学校にいても居場所がないのだと思う。

○ 児童相談所に入所したが、学校を休みはじめて早い時期に相談所等の専門機関を紹介して欲しかった。

○ 教室へ行かないと出席にならないが、それもできない人は、学校へ行って一時間でも二時間でも行ったら出席にして欲しいと思う。担任も、もう少し他の生徒と同じように接して欲しい。

○ 子どもが制服や坊主頭が軍隊か何かみたいで皆同じスタイルというのがどうもいやだというのだが、実は私も入学式の当日、体育館の雰囲気にドキッとしたのをよく思い出す。それまで少人数の小学校だったこともあるのだろうが、黒っぽい制服でぎっしりと座っている生徒さんの表情にも明るさがなく、厳粛というより異様な雰囲気に思えた。

いろいろなことに反抗してみたい年頃だからとも思うが、子どもにとっては精神的に重いものがあるのではないかと心配している。

○ 親が届け出ていないのに勝手に欠席している日は知らせて欲しい。

○ 子どもが学校へ行かなくなったときの親の不安というのは当人にしかわからない。大変苦しいもので、その時、差し延べられた救いの手はとてもうれしい。私たちは多くの先生方の御指導により道が開けてゆき、校長先生の理解ある処置も幸いだった。子どもによって不登校の状態は様々で、今は誰がなってもおかしくない状況だと聞く。家庭と学校、先生と生徒、親が信頼しあって問題を見つめ、解決しなくてはいけないと思う。

そのために、先生方には不登校に対して正しい知識をもっていただき、子どもや親に対しての偏見がおきないように望みたい。

○ 親は子どもを学校に人質にとられているので言いたいことがあってもあまり強く言えない。学校が楽しいところなら何があっても子どもは絶対に行くはずだ。

○ 「登校拒否児=問題児」とは見ないで欲しい。

○ 教育者ならば現在の社会情勢をよく勉強して頂きたい。頭から怠け、親のしつけが出来ていないからと思わないで、もう少しどうしてこうなるのか、疑問を持って欲しい。きれいな見方をして頂きたい。自分の家庭の中に起きている問題と思って取り組んで頂けると有難いと思う。(時間がないかも知れないが。)落ちこぼれの子どもだから、親だからと思って見捨てないで欲しい。温かい目で見守って頂けると有難いと思う。

○ 有難く、感謝の気持ちである。子どもは今、学校が楽しいといっているが、新学年になるときも学級編成でぜひ友人関係を考慮して欲しい。

○ 先生にとてもよく相談にのってもらって助かった。今では元気よく毎日登校しているので、何も言うことはない。

○ とてもよく私たちの家庭内のこと、子どものことを理解していただき感謝している。転校、転居して姉達のためにも本人(三女)のためにも良かったと思っている。

○ 息子がいじめられたときは切ない気持ちだったが、学級の担任の先生が親身になって問題を解決してくれた。今は、少しのことにもくじけないよう、たくましく育てておけばよかったと考えている。学校を休みはじめてからも、専門の先生を紹介していただき大変よかった。毎日この調子で学校に通って卒業するのを祈るばかりである。

[cir3 ] 学校教育全般に関する意見

○ 今の学校教育が勉強重視、人間としての大切なことを何一つ教えてくれない管理教育。学校が今、間違った方向に動いているということを、登校拒否の子どもたちが身を持って教えてくれているのではないだろうか。親は子どもに必要とされた時に手を差し延べてやるしかない。

○ 今、学校は個々の子どもたちの本当の成長のできる場所ではなくなっている。子どもは、その子どもにあったリズムで子育てできればどの子どもも、とても面白い成長をするはずだ。今学校は先生も、校長先生、教頭先生も管理され、自分のカラーを出し、子どもにいろいろな生き方を教えることが少ないように思う。細か過ぎる規則は人の動きや考え方をとても狭くする。子どもの勉強の目的が、どの高校、どの大学へ入学できるかだけの教育がどんなに子どもを壊しているか。きれいなものを美しいと感じ、小さい者や弱い者への優しい心が失われていく世の中が悲しく思えてならない。世の保護者も学校もそしてたくさんの情報も物質的なものに踊らされている現実、学校に行けない子供は、早くからそんな世の中に警告を発していたと考えてもよいと思う。

文部省は人を育てるための機関のはずだ。子どもを壊す働きでは悲しい。東大卒ではなくて、大事なのは生き方ではないか。先生をもっと自由に、子どもたちをもっと自由にと切に願ってやまない。娘のことを通してたくさんのことを得ることができた。

[cir4 ] その他

○ 長い人生だから、なんとかゆったりと楽しんででも学校へ行ってもらえるようになればと思っている。

○ 学校に対してはあまり思っていないが、学校を含む世の中に対しては言いたいことがある。世間ではあまりに枠が狭すぎる。そして、その枠からはみ出していると、いじめに走るところが多い。私は子どもをのびのびと優しい子に育ててしまったことを反省する。もう少し図太い心をもっていないとこの世の中は渡って行きにくい。我が子は学者タイプの子で、上手に友人とつきあいにくいところがある。そして本人もみんなと一緒に目立たないようにと必死で学校でやっている。そしてダウンしてしまう。

世の中をもっとゆったりとそれぞれの個性を認めあって生きられるようにするべきだと思う。

○ 子どもが学校を休んでいる間、先生方には家庭訪問などを度々していただき本当に感謝している。

○ 先生もいろんな方がいらっしゃるが、三年間の中学生活を通じて本当にありがたく思っている。いつの時も見捨てることなく、温かく指導してくださった担当の先生には心からお礼を言いたいと思っている。

○ 担任の先生には感謝している。いつまでも優しい心で子どもたちに接して頂きたいと思っている。相談室が出来たことをとても喜んでいる。

(以下、教師に対する感謝を述べている例が多数)

二 現在関係の機関や施設で相談・指導を受けている児童生徒の保護者の意見

(一) 小学生

[cir1 ] 主として担任に対しての意見

○ 担任の先生によってこんなにも違うものか、ということを思いしらされた気がする。

[cir2 ] 学校全体の取組に対しての意見

○ 校長先生はじめ教頭先生、担任の先生、その他の先生方の配慮で、本人も学校に何とか遅れたりしながらも通っている状況である。教頭先生が毎週木曜日に親と懇談会をもってくれているが、学校と分断されずに済むことは、親にとって有難いことだと思っている。

○ 年相応の力をつけずに学校にお世話になった訳で、こんなになったと思って申し訳なく思っている。ただ、もし今度こんな子どもがほかにも出てきたら、その子自身が原因ではなく、だいたいが親が原因だと思われるので、学校へ無理に勧めると、その子は非常に苦しむと思う。親も、どうして良いのかわからず焦るし、どうか相談に乗って欲しいと思う。

[cir3 ] 学校教育全般に関する意見

○ 皆一列同じように教育するのでなく個人差があるということをもう少し考え、大きな心で子どもたちに接していただけると有難いと思う。

[cir4 ] その他

○ 学校へ一人で行ってみんなの中でどうにかやっていけるまでにしてやれなかったからだと思う。いじめなどが思い当たらず、なんとなく行けないというのはその子自身やまわりの人のせいではなくて、親の在り方だと思う。その子にもよるが、あまり行くことばかりを勧めると非常に苦しくなると思う。顔を見に来てくれるだけの時は喜ぶ。親もどうしたら良いかわからないので、相談センターなどに行って一番合った方法を探してもらい、その方法で治療するのだが、家の中の人も近所の人もそれがわからず、いろんな忠告をしてくるし、父親は恥だと怒って子どもにあたる。虫のいい話だが、先生に今子どもがどういう治療をしているか知ってもらって両親を励まして頂きたいと思う。

(二) 中学生

[cir1 ] 主として担任に対しての意見

○ 一人ひとりの子どもたちの特性、良い点をほめ、伸ばしていく姿勢が欲しい。

○ 型にはまった教育方法しか行われない。子ども一人ひとりの意見・個性が尊重されていない。

○ 正直言って、今の三年生の担任の先生は何回も足を運んでくれ、子どもと話をしてくれるが、二年生の時、登校拒否になりかけたとき、もう少し担任の先生から心をかけてもらいたかったと思う。

○ 担任教師が登校拒否のことをまったく理解していない。学校に行けなくなるほど子どもの心を傷つけた先生は何らかの責任をとって欲しいと思う。児童生徒の立場にたって人間味のある温かい指導を行って欲しい。

[cir2 ] 学校全体の取組に対しての意見

○ もう少し早く民間施設を紹介して頂ければよかったと思う。でも、毎日のように施設に通っているので喜んでいる。

○ 登校できそうな状態のとき、忙しいでしょうが先生でも、学級の友達でも、学校・学級の様子など、声掛けのきっかけが欲しいと思うときがある。遅れている学習を授業とは別の形で見ていただけたらと思うときがある。例えば、午前中はクラスで皆さんと一緒に、午後は個人的に分からないところ、遅れているところを、というように。

○ 学校での一ケ月の行事日程がわかれば、親も知っておきたい。

○ 学校内の教師(各担任、学年主任、教頭、校長)の連絡、コミュニケーションがとられていない。忙しいことを理由にし、登校拒否生徒に関わろうとしない。

[cir3 ] 学校教育全般に関する意見

○ 養護の先生の他に専門の心療カウンセラーの方が一人でもいるとなおよいと思う。

○ 偏差値、学力一辺倒の教育に不満を抱いている。

○ 市の施設である教育センターは、文部省が「登校拒否はどの子にも起こりうる」と言っているにも関わらず、親の育て方、又は、家庭に問題があるという見方をしている。元教師が多いためかもしれない。私は今の学校及び教師に問題があるため登校拒否児童がどんどん増えていると思う。なにしろ昔はなかったのだから。今の学校制度が早い時期に改善されることを希望する。

○ 学校は遅刻や欠席の自由を与え、家庭学習を認める。自分にあわない授業は拒否できるようにする。そして、自由教室を設置し、授業がいやな子には自主勉強できるように配慮する。受験のための中学校であってはならない。文部省に沿って指導するのではなく、子どもの主体性による勉強に変える。一五歳の子にとってどんな知識、どんな経験をすべきか考えるべき。子どもが教えて欲しいと思うもの、先生が教えたいと思うもの、親が教えたいと思うもの、企業・地域で教えたいと思うもの、といった個々の望みが生かされない授業はダメ。これからは個々の自主性を育てる、やりたいことからいろいろな分野に広がって行けるような授業に。厳しさに慣れさせる授業ではなく、楽しく学べる授業、子どもに優しい教育を。

学校も他の学校との釣合いを考えながら運営するのではなく、特色ある(勉強以外)学校作りを。子どもや親が学校・先生を選べること。先生も学校を選べること。受験から外れた学校が三校に一校くらいはあってもよいのではないか。これからは、自主的・体験学習を。授業内容も身近なものを選択科目などで取り入れる。子どもにアイデアを出させ、意見を大切に。例えば、体験レポート、個人的旅行レポート、ニュース批評など、また、病院看護、事業所などの手伝い、ボランティアとして老人訪問、身障者との交流、町内清掃、地域・企業への参加。水泳や習字、英会話など授業時間の割には効果のない授業に子どもたちは苦しめられている。学びあう喜びのある授業に、親もボランティアで先生の手伝いなど自由にできるように学校をもっと開放する。

[cir4 ] その他

○ マンモス化した学校生徒の中からポツポツ問題とされる子どもが出てきているという状況に、先生方が、これほど真剣に一人の子どものことを考えて下さるとは思いもしなかった。今までは学校に対して、また先生に対して不平不満を抱いていた。それも自分の子どもをレベルアップすることに援助して欲しくて限りのない要求であったように思う。でも今は、先生方が、時代に応じた教え方を努力して下さっていることに気づかされた。校長先生も個性を重んじることに同意されているということがわかり、これからの先生方の御指導が楽しみだ。これ以上何もいうことはない。よい先生に会えたことが一番の誇りに思っている。

○ 今の学校体制の中で、本当によくしていただいていると感謝している。担任の先生や他の先生方、そしてたくさんの子どもたちに接していられることがどれだけ救いになったことか。言葉で言い表せない思いだ。ありがとうございます。

(以下、教師に対する感謝を述べている例が多数)

三 二以外で登校拒否が継続している児童生徒の保護者の意見

(一) 小学生

[cir1 ] 主として担任に対しての意見

○ 子どもに対しての先生の言動、また言葉遣いに十分気をつけていただきたい。

[cir2 ] 学校全体の取組に対しての意見

○ 学校へ行けない子どもにとって学校の制服に着替えることが大きな抵抗となっているようにみえる。普段着で普段の生活の延長で学校へ行けるようになると、子どもの心も少しは楽になるように思える。学校の規則が子どもにつらい面が多い。

○ 三年生の二学期から少しずつでも登校をはじめたが、また最近になって行けなくなってきたのを見ると、学校がいつも忙しいといった感じがあるのではないかと思う。部活に勉強にと、家に帰ってきてから友達と遊ぶ時間もないのではないだろうか。学校で約束をしてこないと遊べない、という今の子どもたちの考えも何故なのかと思うが、もう少しゆっくり遊べる時間と能力にあった勉強の進み方など考えていただければと思う。

○ 学校を休み始めて一年余りになるが、家庭内のことをつつくばかり。本人が少しずつ前向きの姿勢をとりかけてきているのに、そのことに関して親の話(今までの経過)を聞いてくれない。ただ、今後どうするかの問題ばかりを取り上げて話してくる。少しずつ良くなってきているところ。また、学校側の問題もあることに、話題がまったく向けられていない。

○ 学校に戻すということを前提にせず、一人の子の成長を見守る大人の一人として、教師が子どもと関わっていってくれると有難いと思うが、今の学校の状態では教師があまりにも忙しすぎて無理だろう。本当は不登校の子であろうとなかろうと一人の子と深くつきあっていく中で、他の子たちとの関わりも密になっていくのではないだろうか。量のみにとらわれすぎ、質についてなおざりになっていないだろうか。

教師がもっとゆったりとした時間を持ち、視野を広げていける学校でなければ、教師も生徒も汲々とした状態ではいい人間関係は生まれてこない。きちんと早くさせるという経済効率から子どもを管理するのはやめて欲しい。

[cir3 ] 学校教育全般に関する意見

○ 子どもを同じ物差しでしか評価しない日本の教育方法に少し疑問を持っている。利益を目的に受験のための勉強か、運動の出来る子どもか……。運動が苦手で音楽や料理だけが好きな子どもは、学校生活が苦痛になっているのではないか。普通の子が楽しいと思っている運動会や水泳が、仲間から馬鹿にされる原因になると学校生活が苦痛の毎日になるのではないか、と思うことがよくある。

(二) 中学生

[cir1 ] 主として担任に対しての意見

○ とてもいい先生で感謝している。でも、全部の子どもたちが元気とは限らない。言いたくても言えない子がたくさんいる。つらいことを笑ってごまかす子もいる。本当は泣きたい。でも人前で泣いたらいけない。心が優しすぎる。じゃんけんでものを決めるのもいいかもしれないが、そんな小さいことでも気の弱い子には死ぬほどつらいこともある。決めた後、いえ、決める前にもう一度子どもに話しかけて欲しい。もし子どもが、「イヤ」と言ったら「ダメ」と言わないで欲しい。

○ もう少しゆとりのある勉強をして欲しい。カリキュラムをこなしているようにしか思えない。子どもの大好きな先生が担任になって欲しい。子どもの心が読めない先生が多いのではないか。サラリーマン化している。

○ 私たちの中学時代とどうしても比べてしまうのだが、昔はよくたたかれたけれども恨むこともなく、先生と生徒の間にもっと信頼があったような気がする。今は公務としか考えてないような気がして成績だけにこだわっているように思う。

○ 子どもの不登校は根本的には家庭に原因があると考えているが、間接的原因は学校にあると確信している。いわゆる落ちこぼれてしまう前の段階で、それなりの手が打てれば救えるように思う。具体的には教師と生徒との人間同士の心の繋がりを作ることだ。方法はいろいろあると思うが、それが欠如していたように思う。

○ 子どもがいじめられていると言っているのに、真剣に調べてくれなかったのが不満である。担任の先生が若くて頼りない。校長先生や他の先生はよく聞いてくれた。

○ クラスの皆さんからノートにでも一言日記でも書いてもらえたら弟に持たせて渡すようにさせたいのだが、今になっては無理かと思っている。やはり先生との関わりの時間を多く持たせていただき、その時点で数学なり、国語なり教えていただきたいと思う。

[cir2 ] 学校全体の取組に対しての意見

○ 子どもが学校に通うようになったとき、先生や生徒が温かい目で迎えて欲しいと思っている。学校へ電話したとき、先生によって感じの悪い応対をする先生がいるので気をつけて欲しい。

○ 長い目で子どもと接して頂き、一日も早く自立(自分の考えで行動できる)してくれるよう明るく楽しい学校の雰囲気を教えて欲しいと思う。無理な登校はさせてほしくないと思う。

○ 学校に行ってない子どもだが、やはり義務教育としての教育をどのようにすべきなのか心配。このまま過ごしていることは不安そのもの。学校へ行かない子どもだが何とか教育というものを受けさせてやりたい。方法はわからない。担任の先生が家庭訪問して下さることはとても感謝している。

○ うちの子のような場合、仲良しの子が同じクラスにいれば、学校へいけるのだから、それが分かったとき、クラス替えには、もう少し気配りをしてもらいたい。教室へ連れていくより、まず、学校へ行けるように考えてもらいたい。「ひいきする奴は先生だとは思わない。大嫌いだ。」と子どもも言っている。

○ 友人と仲良くして、毎日学校生活を楽しく過ごして欲しい。

○ このような状態になったとき、私たちは全くの素人で、本を読んだり、いろいろと勉強していく間に、間違った対応をしていたことに気付いた。その点、学校側には、対応される先生がおられるようなのでもっと早い時期にアドバイスを受けることができればと思う。多人数の中の一人で大変だが、担任との連絡を密にとって頂けたらと思う。

[cir3 ] 学校教育全般に関する意見

○ 週休二日制は、内容が変わらない限り、学校生活がますますつまらなくなる。平日がきつくなる。

[cir4 ] その他

○ 細かいことをいわないでほしい。本当の友達がつくれない。

○ 子どもの通う学校のことなのにあまり知らない。登校拒否で先生方に御心配をいただき申し訳ないと思っている。

○ 他の休んでいる人たちの家庭での子どもへの接し方を聞ける場を設けて欲しいと思っている。

○ 自分自身が弱気になるので相談できるところを教えていただきたい。

○ 先生方がいろいろと考えて下さり有難いと思い、子どもが学校へ行ってくれることを願っているが、学校の規則に合わせるようにすることがなかなかできなくて……。

○ 小学校、中学一年と先生に友達を頼んだ。でも本人は遊びに出たがらないし、いやがった。あとは本人の気持ちだと思っている。

○ 「うわべだけの友達はいるけど、本当に心からの友達はいない」というので、心からなんでも言える、わかってくれる友達ができることを願っている。

○ 私どもの子どもに対し、ご配慮を頂き有難く思う。学校というより、私たち大人がよりよい人間関係に努め、まわりに浸透させていくことが先決ではないか。

○ いろいろと心配していただいて、よくしてもらって感謝している。毎朝迎えに来てもらったり、面倒をよくみてもらっている。

第六節 本人が学校に対して思っていること

「本人が学校に対して思っていること」についてアンケート調査及び面接調査により聞いた結果を、「現在登校している児童生徒の意見」、「現在関係の機関や施設で相談・指導を受けている児童生徒の意見」、「登校拒否が継続している児童生徒の意見」に分けて例示すると以下のとおりである。

一 現在登校(相談室登校も含む)している児童生徒の意見

(一) 小学校

○ わからないことは教えてほしい。しかるだけでは何もならない。まちがった人を「バカ」にしないでほしい。わからないから学校に来るんだ。勉強は競い合うものではなく、わかった時に「うれしい」、「よかった」と思えばいいと思うもので、競い合わせるのはきらいだ。集団登校はいやだ。友だちと一緒の時間をもう少し増やしたい。

○ 休んでいるときは、ちょっとは行かないといけないかなという気がしていたが、ずっと休んでいて行きにくくなった。(今は登校するようになっているが)家にいるより学校へ行った方がおもしろい。今は友達もいじわるをしない。

○ 担任の先生はやさしい。クラスの人たちもやさしくしてくれる。でも学校はきらい。割り算や引き算がわからないから。

○ けんかをしているとき、止めてくれるといい。一緒に先生も遊んでくれたり、給食のとき一緒に食べてくれるといい。

○ 学校を長く休んでいたので行きづらかったが、行ってみたら意外と楽しかった。友達とドッジボールやラインサッカー、野球をして遊んでいるのが楽しい。テストでよい点がとれるとうれしい。

○ 教室のみんなや先生はおこらないとかいじめないようにしてほしいと思っている。そして楽しい勉強をしてみたいと思っている。

○ 友達も多いし、学校へ来たときは楽しい。家へも友達が時々遊びに来てくれるのもうれしい。学級会で班などを決めるときには、友達が保健室の方へも誘いに来てくれるけれども、あまり行きたくない。昼休みに「なぜ教室にこないのか」などといやな言葉を言わないでほしい。

(二) 中学校

○ 先生はクラスの四〇人近い生徒すべてに対し均等に目を配らなければならないと思うが、休憩時間や放課後、その他の時間にも生徒の行動には十分注意を払ってもらいたいと思う。

○ 先生に人前で、「元気」とか「よく立ち直ったね」、「今ちゃんと登校しているね」と言われるのが大変気になりきらいだ。一人でいるときは別に言われてもかまわない。

○ 勉強が好きじゃない。話したくない。学校へ行くのが面倒だし、登校しても勉強が嫌いなので授業に出たくない。三年の初めのころは、先生が迎えに来たので登校したが、授業が全くわからないから教室に入るのも嫌になった。部活動は初めはたのしかったが、だんだんつまらなくなってきた。今は早く学校を卒業して就職したい。

○ 今は悪口をいわれることもなく先生がいじめをなくしてくれたり、勉強を教えてくれたりしてうれしい。また、仲のよい友達もできた。

○ いじめや仲間はずれのようなことがあった時によく注意してほしい。先生方ができるだけ自分と話をしてやさしくしてほしい。先生方はよくしてくれるが、もっと話をしたい。担任の先生がよく面倒をみてくれるのでうれしい。

○ いじめられている事実を先生にもっとわかって欲しかった。その頃は登校しても休み時間が早く終わればいいと思っていた。担任の先生の熱心な働きかけもあり相談室登校できるようになった。

○ 相談室に登校しているが、自分のペースに合わせて通い生活できていい、高校進学をめざし、学習を自主的に進めている。高校生活にはついていきたいと思っている。

二 現在関係の機関や施設で相談・指導を受けている児童生徒の意見

(一) 小学校

○ 特に今は、ああだこうだと思っていない。学校はこわくない。行ってみたいと思う。人がいなかったらこの前みたいに行けるけど、みんながいたら、はずかしい。学校に行けるようになるまでどのくらいかかるかわからない。

○ 三学期になったら学校へ行こうと思っている。卒業もしたいし、中学校にも行きたい。長い間休んでいるので行きにくいし、友達がどう思っているか心配である。けれど学校に行きたい。

○ 担任の先生は、時々家庭訪問をしてくれ、また、養護の先生も親切にしてくれるので大変うれしい。学校へ行かなくてはいけないと思っているが、親しい友達もなく不安である。最近学校の夢を何度もみる。

(二) 中学校

○ 学校に戻りたくない。この施設で卒業まで過ごしたい。教室に戻ってもみんな知らない人ばかりで、みんなに会うのがいやだ。(前に在籍していた学校の)行事があったら教えてほしい。友達からの手紙がほしい。

○ 長い間、学校へ行ってないので、今さら気になる友人もおらず関心がないし、学校でも何もやっているのかあまり知りたいとも思わない。センターに来ている友達がそれぞれの学校へ行っているので自分もその気になっている。

○ 学校は嫌い。校舎を思い出すだけでもイヤ。友達もいや。信じられない。本当の友達が欲しい。

○ いつも学校へは、いかなくてはいけないと思っているけど、すすんでは行きたくない。長い間休んでいるのでやはり行くのがおっくうな気がする。学校へ行って授業を受けていると、学習がすごく進んでいるので、クラスのみんなは、よくわかって学習していると思えてきて、気持ちが苦しくなる。

○ 先生は、活発な子、頑張る子だけを認め、おとなしい人にはあまり声をかけてくれない。先生に合う人だけひいきする。学校に行ってみたいと思うんだけれどなかなか行けない。

○ 学校はいいところだし、友だちもよく考えたらあまりひどいことをしなかったと思う。自分がただ考えすぎだったかもしれないと思う。早く教室に出なくてはと思うが、級友に顔を見せたくないので、無理だと思う。勉強もしていないので急に教室に出ても全く分からない。高校へはできれば行きたい。(級友のいない学校で少し勉強をしたい。学校への要望は特にないが、無理に教室に出すのはやめて欲しい。)

○ 学校の友達みんなが心配してくれるけど明日こそは行こうと思い、次の日になると学校に行くと思うといろいろなことを考えたりするのでいけなくなる。来学期からはなるべくなら行こうと思ってる。

三 二以外で登校拒否が継続している児童生徒の意見

(一) 小学校

○ もう少しきまりや服など自由になるといいな。登校班で世話をするのが大変だからやめて欲しい。自分のしたいことができる時間があるといい。

○ 学校のことは何も考えていない。学校に行こうかなという気持ちも時々出てくるが、いざとなるとやっぱりいけない。

(二) 中学校

○ 自分がこんなふうにならず真剣に勉強したらみんなと同じ成績をあげる自信がある。けれども自分にとって勉強というのは何かわからない。父の家業を継ぐか、そうでなくても学校での勉強がそれほど役に立つとは思わない。生きていくことに影響がなければよい。学校に対して特に不満はないけれど、自分にとやかく注意されると腹が立つ。

○ 学級担任の家庭訪問や学級の友達の働きかけ等がみられるが、自分としては、特に迷惑とも有り難いとも感じていない。

○ 自分は学校へ行きたくても、朝になるとお腹がいたくなって学校に行けないのに、クラスのみんなの中にはずる休みをしていると言う人がいるのはとてもいやだ。みんなに会わなくていいなら学校へ行ってもいい。

○ 学校へ行かないと欠席日数が増え、進学することを希望しているが不利。そのことを考えると落ちこんでしまい、ますます学校へ行きたくなくなる。登校しなくてもよくて欠席日数が増えない方法を考えてしまう。学級の友達の目を気にはしないがなんとなくいやだ。

○ 高校へ進学したいと思っているので、登校しなければと思っているが、学校の友達には会いたくない。前日には、明日は登校しようと思っているが、翌朝になると体調が悪くなって起きられなかったり、制服に着替えて用意はするが玄関が出られないということもある。

○ 学校に対しては、何もない。プリントなどを届けてくれて、自分で解いたりしているが、だんだん難しい内容になってきて、今、自分が学校で授業を受けても分からないだろうと思う。友だちや担任の先生には会いたいなあと思う時があるが、登校するのはやはりつらいと思う。

○ 登校したい気持ちはあるが、朝、間に合うように起床することがなかなかできない。教室にはまだ入れず、時間通りには登校できないが、職員室や相談室なら行けると思う。

○ 学校については何も思っていない。登校しているのは、高校受験のためには出席日数が重要だからで、できれば学校へは行きたくない。

最近、登校していないのはテストが続き、そのことが気になって動けない。今は、学校へ行くのは面倒臭いし、学校の先生からは、あまり関わらないでほしい。学校やテストのことを忘れようとしているのに、電話や家庭訪問をされるととても嫌だ。

登校したときの居場所としての保健室は、入れ替わり生徒が来るので落ちついていられない。静かな相談室みたいな場所があるといい。

第七節 保護者と本人が相互に思っていること

「児童生徒が家族に対して思っていること」及び「保護者が児童生徒に対して思っていること」について、それぞれアンケート調査及び面接調査により聞いた結果を、児童生徒及び保護者に分けて例示すると以下のとおりである。

(一) 小学校

[cir1 ] 「児童生徒が家族に対して思っていること」

○ お母さんは家のことをしてくれればいいのに、趣味みたいな気持ちで学校へ勤めたり、塾をしたりしている。家庭料理を食べたいが望めない。学校から弁当を持ってくるようにとか、調理の材料を持ってくるようにとか言われても、すぐ準備してもらえないから普通の家庭とはとても違う。

○ やさしい言葉をお母さんはかけて。

○ 家族でどこかに行きたい。

○ 家族みんなでどこか旅行などに行きたい。

○ 仲のよい友達の家庭に憧れている。

○ おばあちゃんがもっとやさしくしてくれるといい。

○ お母さんが泣いたり怒ったりしたとき、申し訳なく思う。

○ (学校へ行くようにという)親の言うことはよく分かるし、その通りだと思うのだが、現実には学校へは行けない。

○ 学校に行かない時、幼稚園のバザーの手伝いに連れていってもらいうれしかった。

[cir2 ] 「保護者が児童生徒に対して思っていること」

○ あまり神経質にならないで欲しい。

○ 何でも不平不満をよくいう子である。そういう形で甘えているのかもしれないが、子どもがあれだけ休み、たっぷり子どもと向き合えてよかったと思っている。子どもはいろいろなことを家族に対して提案してくれた。

○ 普通の子のように登校してほしい。親の方から無理に登校するようにとは言わず、子ども本人が、自分から学校へ行きたいと言うまで待つようにしている。

○ 登校させたいと強く思ってはいるが、中学への進学に大きな不安を持っている。

○ 初めは、学校に行かせたくて、かなり力を入れた。無理やり引っ張ったり、引きずったりした。朝も早く起こし、朝食を食べさせたが、学校に行かなければという気持ちにならなかった。その時は、かなりあせりもし、精神的に不安になったが、今は、一人でできるようにならなければと考え、朝起きるのは、本人にまかせている。朝食も遅く起きた時は、かたづけてしまい、後は本人が作っている。これは、子どもが夜遅くまで起きているためだが、自分が内職で遅くまで仕事をしているので、自分が寝るまで寝ない。前は、かなりきつく寝かせようとしたが、眠れないと言ってまた起きて、自分のそばでテレビをつけて見ている。今は、本人の責任で行動させている。

○ 小学校三、四年生のときは、家庭内暴力という最悪の事態に落ち込んだので、今はただ人に迷惑さえかけずに生きていてくれればよいという気持ちになっている。勉強をさせたいとか、学校へ行かせたいとかは性急には望まない。子どもの目が覚め、その気になってくれるまで、じっくり待つしかないと考えている。

○ 前よりもゆったりと本音でつきあえるようになったし、待てるようになった。お互いに、気を使っていたのかもしれない。少しずつステップをふんで、いい方向に来ている。あれだけ拒否していたのに、今では、学校の話もするようになり、不思議だ。ゆくゆくは学校に行けるようになるんじゃないかと思うが、本人の気持ちが一番だ。

○ 友達も多くなり、特別クラブに入ってから、学校にいくのが楽しくなったようだ。毎日友達が迎えにきてくれるのがうれしい。今まではずっと家にいたが、現在は休みの日、家にいたことがない。

○ 現在は登校しているので、特に言うことはないが、今の先生のようにやさしく見守って、子どもの個性にあった教育をして欲しい。

(二) 中学校

[cir1 ] 「児童生徒が家族に対して思っていること」

○ 父親があんまり好きじゃない。

○ 細かいことにうるさい父親があまり好きではない。

○ お父さんがすぐ怒るのでやめて欲しい。

○ 父親はわがままで、自分の言うことを全然聞いてくれないのでいやだ。

○ 父親はもっと自分の話を聞いて欲しい。

○ 父親は無関心、母親はうるさいだけで本当に自分のことを考えてくれていない。

○ 父は無関心であり、母親はセンターに行くときだけしかうるさくいわず、普段はかまってくれない。

○ 人のやることにいちいちケチをつける。人と比較して文句をいうのはやめてほしい。約束したことは、父は守って欲しい。母は、自分の言いたいことだけしゃべらないで人の言うことを聞いて欲しい。

○ 私がすることに対してなにかと口を出す。もっと認めて、援助や協力をして欲しい。中学生なので仕方のない点もあるが、自分のしたいことがさせてもらえない。

○ 何を言っても必ず反対のことを言って、自分の気持ちを理解してくれない。

○ 家族なんかきらいだ。

○ 共働きのため、五人家族がばらばらになって生活しており、家族がすれ違っている。家族で出かけることが少なく、食事も楽しくない。今の生活になれてしまったので、一人でいようが、四人でいようが関係ない。一人でいるほうが、気が楽である。

○ 家族がみんなばらばらだと思う。家族が仲が良かったらそれでいい。

○ 父親が仕事の関係で、休日は火曜日なので、一諸に遊んだり、話し合うことができない。家族で城巡りの旅行がしたい。

○ お母さんが仕事にいくので家にいて欲しい。家族みんなで休みには旅行にいきたい。

○ 自分一人の部屋が欲しい。

○ 進路に関して、自分の思っていることを受け入れてくれない。今までの環境を変えていきたいのだが、理解してくれない。自分の意思を通していきたい。

○ 休んでいた頃は、両親とはほとんど話さなかった。今は、少しは話すようになっている。

○ 三年生になり、家庭内も落ち着き、家族(父、祖父、兄、私)揃って夕食を食べれるようになり、夕食のときなど父が、私達兄弟に「母親がいないのだからがんばってくれ」と話をしてくれるようになり、以前のように暗い雰囲気はなくなった。公立高校入学めざし、がんばりたい。

○ 両親に対しても不満はない。むしろ登校拒否になってしまい、両親に申し訳ないと思っている。同居している祖父母に対しては、育った時代が違うので考え方も違い、話をしているとうまくいかないと思っている。

○ 今のままで良い。無理に登校させないようにして欲しい。

○ ちゃんと話をしてくれる。

[cir2 ] 「保護者が児童生徒に対して思っていること」

○ 家にこもっていると仲間ができず、人とのつきあい方を学べないことが、一番心配である。

○ 登校させたい気持ちでいっぱいだ。はじめのうちは二度ほど、手をあげてたたいたこともあったが、今はできるだけそういうことを避けようという気持ちで接している。学校に行かないだけで、あとは子供として悪いことをするわけでもなし、言うことはよく聞いてくれる。最近、ちょっと不満に思うことは、朝起きるがまた遅くなってきたこと。

○ ただ、学校に行ってくれさえすればと思っている。学校に行った日は安心する。

○ 家庭内暴力になるのが一番いやであるので、本人が穏やかに生活し、普通に登校し、高校めざしてがんばって欲しい。

○ 自分に忍耐が不足していることを自覚して、直すように努力して欲しい。感情をもっと安定させ、わがままを抑えられるようになって欲しい。

○ 本人の自覚を強く求める。

○ 朝、起こし登校するように言うと怒って、物にあたったりするので困るし、もう母親の手におえない。母親の仕事の都合で毎朝きまった時間に起こせない。一人で起きて欲しい。きちんと登校して欲しい。

○ 学歴社会である現代で、学校へ行けないということが、子供の将来にどう影響するかが心配である。児童相談所の方には、学校に行くことが問題の解決になるわけではないので、学校にあまりこだわらないように言われている。そう思うように努力しているのだが、ずっとこのままの状態が続くのでは、と思うとやはり不安である。親としてできることは、子供が学校以外の場でも生きる道をみつけていけるように、なるべく多くのことを体験させることだと考えている。

○ 登校してほしい気持ちは強いが、あまり言わないようにしている。父親は何も言わない。なぜこのようになったのか、どこでまちがったのか、そのことを知りたい。朝早く起きる強い意志をもって欲しい。精神的に強くなって欲しい。研究所へも自分から行くので喜んでいる。

○ 休んでいた頃はどうしてよいのかわからなかった。子供が心配で、母親は一時仕事を休み、父親は何か子供に言えば手を出してしまうと子供を避けていた。子供も、何もせずにただボーッとして毎日を過ごしていた。

今は、進学をめざし勉強もするようになり、親子の対話もできるようになっている。しかし、昨年の事を考えると、親として子供に強いことは言えずにいるが、もっと気の強い子になって集団生活もできるようになって欲しいと思っている。

○ 休みはじめたころにはどうして学校に行かないと言ったり、行けないというのだろうという思いから、子供を責めたてていた。とにかく朝起きた時から顔を合わせるたびごとに学校に行かないことへの不満が口から出て、仕事を持っているため、忙しい時、ストレスがたまった時には知らず知らずのうちに子供にあたっていたと思う。現在は、いくらか余裕がでてきて、大きな気持ちで接するようにしているが、やはり不満が出る。登校して欲しいという願いは、口に出す数は少なくなったが、かえって強くなってきている。

○ 登校させたいとは思っているが、無理強いはしないようにしている。妹と二人とも家にいるので、できるだけ家の中が暗くならないようにと母親は強いて努めてはいるが、本人はあまり話さない。

○ 学校に行ってもらいたいという気はあるが、無理だと思っている。

○ 中学一年生の時は登校をうながすと暴れ、父親は殴って、学校に行くよう強く言った。現在、父親を避けており、注意はしないように努力しているが、つい小言を言ってしまう。母親は、迷惑をかけないように言い続けてきたが、今は反省している。

○ 本人を見守ってやらなければいけない。本人の自覚が変わるまで待つしかない。

○ 学力よりも、自立できるようになって欲しい。

○ 自分自身のことをよく考え好きなことを元気でやって欲しい。

○ あせらず気長にみていこう。

○ できれば行ってほしいと思うが、強制するのもどうかと思っている。勉強の方も気になる。

○ 子どもが、自分から学校へ行く気持ちになることを待っている。強制的に登校させることはしない。ただ修学旅行以降しばらく学校へ通っていたこともあり、機会をみつけて、登校するようにうながしたい。

○ 成長してきたと思う。今まで通り、学校はあたたかく子供を見守っていて欲しい。

○ 自分の生きる道、やりたいことをこの時期にじっくりと考えて見つけて欲しい。

○ 現在は情緒も安定し、自分のことを言うようになり、明るくなったので、自分で立ち直り、登校できる時期を待っている。

○ 小さい頃から子供に対し、様々に注意しすぎた。子どもなりに、今の状態をきりぬけてくれると思う。

○ 親としての責任を果たしていないので強くいえないのだが、真面目に正直に生きて欲しい。悪いことをしないように生きて欲しい。

○ 家の中がもっとよかったら、本人もしっかりやれるように思っている。自分自身もしっかりせんとダメだと考えている。

○ 現在立派に立ち直り、高校への進学を希望し頑張っており、また家のこともやってくれており、子供に対して言うことがない。

第八節 面接調査担当者の所見

面接調査者の保護者及び登校拒否児童生徒本人に対する所見について例示すると、以下のとおりである。

(一) 小学校

[cir1 ] 保護者に対する所見

a 「学校生活に起因する型」

○ 信頼できる教師には思いを話す。学校へ行かせたいという願いは強く持っているが、無理をするとよい影響を与えないと考え、わが子の思いを尊重していこうと心がけている。母親自身、親しく話せる相手がなかったため、教育相談センターの先生との懇談が大きな位置を占めている。

家庭の在り方、母親の現状など問題はあるがそういう点を指摘していくと母親が心を閉ざすばかりである。現状を認め、受け入れ、共感していくことが第一歩である。母親を動揺させると敏感に子どもがそれを感じとって動揺してしまうので、母親を安心させる環境が大切である。中学校進学に対しては、強い不安を抱いており、行ってほしいという願いは持っているものの、子どもの状態を見て、無理であればセンターへの通所だけになってもと考えている。

b 「あそび・非行型」

該当例なし

c 「無気力型」

○ 母親は学校へ行かなくても時期が来れば、力がつき生活には困らないと考えている。学校へ行かせなければいけないという気持ちが希薄である。学校や教師に対しても批判的な目で見ている。

子どもの躾に対しても、あまり厳しく叱ることは少なく、自由に好き勝手に行動させている。親の価値観にずれを感じるが、担任と協力して学校生活の意義を訴えていかねばならないと考えている。

○ 母親は、子どもが学校を休みがちになることにかなり心を傷めているようであり、登校を促しているが本人の意志を尊重し、あまり強くは言っていない。父親にも関わってほしいと時々相談を持ちかけるが無関心であることが多い。父親は、毎日忙しく働いているため、ほとんど子供と関わることはない。親子関係における父親の大切さを話し合ったが「わかりました。」というだけで、その後の進展はないようである。

d 「不安など情緒的混乱の型」

○ 親として、一日でも早くという気持ちは強いが、今は、本人の気持ちを尊重し、本人が自信を持って行動できるようになるのを待っている。最近、本人の口から「やっぱり学校に行かなければいけないんだ」といった言葉が出たり、明るい表情を多く見せたりしていることから、かなり期待できるところまできている。

父親とも話したが、強制的に何かさせるといったこともせず、一緒に散歩したり学習をしたりしている。以前よりは、随分、父親とも気楽に話ができるようになってきているように感じた。

以上のことから、本当にもう一歩で登校できるところまできているのかもしれないと思う。しかし、時々、学校へ来る時には、必ず、側には母親がおり、本人が何か困る点があると母親に目を向け、母親もそれに応えるといった場面がしばしば見られるので、その点を克服できるまでには、もう少し時間がかかりそうである。

○ 教師はこうあるべきだという教師像をはっきり持っているため、学級経営の善し悪しが子どもの心の安定に影響すると考えている。今は、休むことなく学校に来ており、表情も明るくなり喜んでいる。客観的に見れば、必ずしも要因はそればかりではないのだが、何よりも教師と家庭との信頼関係で結ぶことが大切と思われる。

e 「意図的な拒否の型」

○ 担任の温かい指導を見て、母親の学校に対する考え方が少しずつ変化してきた。

「担任と心が通じあえた」という言葉がそのことを表している。母親は、自分なりに思い、悩み、学び、子どもの見方や接し方、育て方について、かなり自信をつけることができたのではないか。

本人が登校しているとはいえ、母親の教育に対する見方や考え方には現実以上に厳しいものが感じられる。担任が母親の気持ちをありのままに受けとめていく努力が大切である。

f 「複合型」

○ 今では、かなり心を開いて話をしてくれるようになり、何でも話してくれるし、表情も柔らかくなった。子どもを広い心で見られるようになった。

母の変化は、子どもにも敏感に伝わっているようで、子どもも安定した気持ちで過ごせるようになってきている。あせらず、本人の気持ちを大切にしながら、一つ一つのステップを乗り越えていきたい。

○ 母親は、決して焦らず期が熟すのを待って、子どもを登校させたいと考えているようであるが、家庭の中を見つめ、改善しようとまでは考えていないと思われる。また、両親の子どもに対する考えは全然ちがう。両親とも生活に追われ、子どもの生活に目を向け、願いを聞いたりする心のゆとりがないように思われる。

○ 親は、子どもに対する見方や考え方について数多くの体験を持ち、ゆったりとした気持ちで本人に接することができるまでになっている。

現在は、母親も働きにでているため、本人に登校や通室をまかせている。一歩離れて、子どもを見られるゆとりが本人の自立に大切なことに母は気付きはじめている。

g 「その他」

該当例なし

[cir2 ] 本人に対する所見

a 「学校生活に起因する型」

○ 教師は、教師の役目のみならず、母親的な何でも受け止める寛大な態度が必要であろう。本人の言い分を十分聞いて、それに合わせることは、わがままを増長させるばかりでいいのだろうかと不安を感じる。しかし、この子については、これまでの経過を踏まえると何でもいえる人間関係づくりが大切であり、わがままな言動と捉えず広い心で接したい。

b 「あそび・非行型」

該当例なし

c 「無気力型」

○ 学校へ行くということに意義を持っていないし、母親もそのことを強要しないため、短期間で登校を促すことは大変難しいと感じた。

しかし、友達については否定的な見方をしていないし、友達とも仲良く遊んでいるので、そのことからでも学校とのつながりを持たせていきたいと考えている。また、担任としては、いつ、この児童が登校してもクラスの仲間たちが温かく受け入れられる体制を作っておかなければならないと感じた。

d 「不安など情緒混乱の型」

○ 学校を休んでいたときは、友達と遊べなく、つまらなかったし、嬉しいことは一つもなかったと話しており、一方では、自分から会いたいとか、遊びたいとかの気持ちにもなれなかったと述懐している。友達に会うことを極度に恐れているようでもあるが、学校からの情報には嬉しいと感じていたようである。

交友関係の狭さ、劣等感、神経質で潔癖な性格などにより心の居場所を失い登校拒否に陥ったと思われる。

○ 話しかけると笑顔で応えてくれるが、ゲームやテレビの話から学校の話題に変えると、下を向いたり無口になる。朝は、早く起きるときもあるが、普段はなかなか起きられず、生活が乱れている。生活のリズムを確立するとともに、母親からある程度独立しようという意識が芽生えなければ今の状態は続くと思われる。母親がいつまでも自分の側にいて、母親の傘の中で暮らしているのが一番だと感じているうちは、学校には来れないだろう。

○ 母親とは、気楽にはなしていたが、こちらからの質問には緊張した表情で、小さな声で返事をしたり、小さくうなずいたりしていた。答えに困ったときや「忘れた」と話す時には、必ずといっていいほど母親の顔に目を向けていた。やはり、依然として、母親への強い依存心が感じられた。

また、登校できなくなった理由については、忘れてはいない様子であったが、「忘れた」としか話さなかった。まだ、自分の心を開こうとはしていないように感じた。

○ 笑顔で応答するが、不登校の理由についてはなかなか本心をいわない。自分の中ではもう片付いたことなので気にしないといいながら、はっきりと言葉にしない。わたしがクラスの様子を話はじめると思い出したように話してくれた。

本人は自分を押さえられるものが嫌いで、「自由に動ける学校だったら行きたい」という。母親の考えに強く支配されているように思われた。

○ 小さいことでも、ほめることの積み重ねが本人を自信づけ、上向きの方向へ導くものであり、また、絵画会で金賞をとったことが本人にとって心の励み、自信につながったと受けとめている。このように登校し始めの頃の学校の対応は重要な意味をもっている。子どもの心の居場所を確保してやることであり、そのことを子ども自身に感じさせる日常の学校、学年、学級経営があってしかるべきであり、そうした家庭の温かい雰囲気がなければならない。子どもは、表面上は社会生活に合わせているが、心の中では必ずしも適応しているとは限らない。自分を処理していくことのできる子、全てにわたって個々の子どもの理解に徹し、教育を適応の面と心を鍛える面とをはっきり区別し、指導することの必要を感じた。

e 「意図的な拒否の型」

○ 本人に会って面接したが、登校している現在、以前のことを聞かれるのが快くないのかあまり話そうとしなかった。毎日登校し、みんなと同じように参加している本人にはむしろ学校に行けなかったときのことなどは思い出したくないのかもしれない。しかし、担任の先生が家に来てわからない勉強を教えてくれたり、温かく迎えてくれたことがとても嬉しかったと述べていた。

f 「複合型」

○ 学年が変わってからは、節目の行事を大事に考えるようになり、運動会、校外学習、発表会など、従来なら休んでいたであろうが、自分なりの参加の仕方をしている。従って、出席率は落ちてきているが、心の底には立ち直りたいという願望を持っていると思われる。「やってみよう」という気持ちを時々持つようであるが、体がついていかないというジレンマに陥っているらしく、最近は卒業に向けてのあせりもあって、表情が暗いことがある。

生活のリズムを整えさせることが、この子にとって今一番大事なことだと思い、そのための働きかけをしているが、それが負担になることもあるようで、指導は困難を極めている。

○ 担任や養護教諭と協議して、現在では強い登校刺激を避け、担任との人間関係を深めながら、本人をとりまく人的環境を整えていくことによって、心の活力を充実させるべく家庭、学校、相談機関が連携を図りながら対応を進めて行くことにしている。相談室からは、協力員を派遣して心を開くように働きかけている。親および本人は、相談室への通室を希望しているので、学校との協議の上、受け入れたいと考えている。

○ 学校へは、友達関係で何か目的があるときに登校して来る。勉強をしようとか学校生活を楽しもうなどという考えはない。自分の価値観でやりたいことだけをやり、ルールなどには縛られたくないという考えが強い。早く社会に出て、仕事につきたいと考えている。

○ 学級では、授業や係活動等で本人の良さが光れるよう、学級経営上の配慮が必要である。教室への抵抗を強く持っていて、保健室からほとんど出られないのが実情である。しかし、次第に校内での活動範囲も広がっているため、登校が安定しはじめた時期を見計らって、本人の教室へと段階的に近づけていく計画を立てる必要がある。

多忙な父親とは、最近、触れ合うことが増えたようである。ただ、少々無理をすれば、本人との触れ合いをもっと増やせるようであり、父親が一層必要となる時期でもあるので家庭に依頼したい。

g 「その他」

○ 現在、青少年相談室に通っている。当初は、母親同伴で通室していたが、相談室に慣れてきたことと、母親への甘えが強く見られたので母親と話し合い、本人だけで相談室での生活ができるように指導を進めた。また、相談室が適応指導の一環として計画した宿泊、栽培、社会見学等の体験学習に喜んで参加した。

母子同伴であるが学校へ入れるようになってきた。給食がおいしかった。また給食を食べに行くといっている。担任に対して好感を持っていて、訪問をしてくれることを心待ちしている。養護教諭との人間関係もできており、学校へ復帰できる日は遠くないと見ている。

○ 体を動かし、元気に遊ぶことを何より好んでいる。可能な限り、本人の希望を取り入れ、休み時間に一緒に遊んだり、学校生活の楽しさを十分味わえたりするよう努めている。学習の遅れを取り戻すことも大事であるが、それ以上に友達と楽しく遊んだり、交流していくことに留意することにより、現在の好ましい状況は続くと思われる。

朝、元気に挨拶をかわしたり、授業中発表するようになったり、忘れ物がなくなったり等々、学校生活に変化が見られるようになってきた。これらの良さを認め、賞賛し励ますことを続けながら、友達関係に細心の注意をはらって見守っていきたいと考えている。

○ 面接中、よくあくびをするなど、眠そうにしていた。基本的生活習慣が確立されていない。短期間に改善させようとするには無理で、そうすれば別の問題が起こってこよう。両親は仕事で忙しい。今の本人の状況を何としても変えねばならないが、急にはできない。当面は、研究所でのカウンセリングを継続し、本人と母の内面的な変革を待つしかない。研究所のカウンセラーとも連絡をとりつつ、継続していきたい。

(二) 中学校

[cir1 ] 保護者に対する所見

a 「学校生活に起因する型」

○ 友達の力を借り、遅刻しながらでも登校しているので喜んではいるが、どのように指導するのか手だてが見つからず困っているようで、ただおろおろしているだけで改善のきざしが見えてこない。他人の力にすがる気持ちが強く、親としてのなすべき努力を忘れているようにも思える。

○ 一人息子を過保護に育てている。子供への期待が大きすぎるので、この際、如何にして登校させることができるか。�学校は怖い所�という気持ちを取り除くにはどうすればよいか。冷静に判断してもらいたい。センターへ週一回通所しているので、心の変化を期待したい。

b 「あそび・非行型」

○ 父親はきびしいところがあるが、その場限りの指導に終わりがちで、普段、子どもの面倒を見ることが少ない。そのため子どもについては母親に任せることが多く、母親がむずかしさを感じているようである。

○ 体も大きく体力もあり、母親の言うことを聞かず、家庭での指導は期待できない。怠学傾向が強く、朝訪問しても施錠して会おうとしない。夕方や夜間には、ぶらぶら外出する。学校も指導に苦慮している。児童相談所と連携をとりながら指導にあたりたい。

○ 子どもの逸脱行動に目をつぶり、できるだけ受入れてほしいという要望が強い。親自身も子どもを教育していくことをある程度あきらめている。面接に際しても形式的に受け答えをするだけで消極的である。

c 「無気力型」

○ 関係機関への相談もすすめてみたが、保護者は、あまり乗り気でない。これからも、学校と家庭との連携という名のもとに、学級担任や学年主任の負担がますます大きくなるであろうと考えられる。現状では、学級担任の関わりを続けていくことが最適であると思われる。と同時に、子どもの自立に向けての家族での指導のあり方について、保護者への相談や啓発を強めていかねばならないと思われる。また、学校としては、過重負担になりがちな学級担任に対し、校務分掌上の負担の軽減等を考えたい。

○ 親は本人に対して、腫れものにでもさわるような態度で接し、親の言い辛いことなどを学校に依頼することが多い。それに対して、我々がどのように対応していくかが難しいところである。また、不登校をおこしたわが子に対し、親としてどのような信念と教育方針をもっているのか、なかなか返答されないケースが多く、教師としてどのような手助けをしたらよいのか迷う場面が多かった。学校で方針を決定してもらい、それに親が加わるというのが親の本音であるようだ。

○ 本人が病気を理由としながらも、自分の授業不参加によって増す学習に対する不安感をつのらせているのは、家庭の中での進路に対する考え方や成績についての一貫した見方ができていないことや、家庭内で一致した協力態勢がとりにくいことにも遠因があるのではないか。

○ (面接担当者と)面識がなかったので、初めは会話が進まなかったが、訪問を重ねるにつれ、TVの話題について話しができるようになった。二週間余は、学校のことは抜きにして接した。父親は温和であるが、子どもとは接触が少なく子どもに強く登校を勧めることができない。子どもの教育は専ら母親であるが、登校してくれることを熱望しているものの、方法がわからず、何もしていない。また、不登校と思われる状況が現れてきた段階でも、子どもからその心を聴いたり、学校への相談などもしていない。最近、子どもの登校を特に強く望むようになっており、朝だけは早く起こして生活のリズムの回復のための努力を強く要望している。

○ 母親は、何とか登校させたいと焦りが見られ、欠席が続くことより学習の遅れについて気にしている。母と子が共にセンターへ相談に出かけるようになってから、母親は少しずつ自信をとりもどし、情緒も安定してきているように思われる。父親のことにふれた際、「父親は仕事が忙しくて子どものことは相談にのってくれない」と言われたが、子育てについて両親でよく話し合い相談し合うことが欠けているようだ。親の過保護、過干渉で子どもの自立心が育たないところがあったのではないかと思われる。

○ 両親とも働いており、昼は子どもだけの生活になりがちである。父母とも登校させようという意識は比較的強く、時には学校まで送ってくることもあった。しかし本人の改善があまり見られないため、ややあきらめがちである。

○ 県の巡回教育相談を一年生から継続して受けており、両親の本人に対する態度は変わりつつある。また、学校(担任)と家庭との関係も良好である。

母親は面談中も明るく、本人についてあまり神経質になっておらず、気長に直していこうという考えを持っている。現在の本人の状況は良好ではないが、少しは登校するなど前進も見られ、時間はかかるかもしれないが、登校拒否解消に向けて明るいものがある。

d 「不安など情緒的混乱の型」

○ 母親自身が、子どもとは別に児童相談所へ通っていることもあり、不登校への意識を変えるようにずいぶん努力している。学校へ行かないことで、子どもの将来に傷がつくのではないかという心配は拭いきれないようであるが、今、子どもにとって一番必要なことは何か、親としてできることは何かをしっかり考えて、子どもと向き合おうとしている。子どもが学校に行かない以上、親が果たすべき責任は大きく、そのことに対してのとまどいも見られる。だが、とにかく深刻になりすぎることなく、子どもがよい方向に向かうまで気長に待つよう自分に言いきかせるようにしているようである。

これからも、保護者からは子どもの様子を聞くとともに、保護者自身の子供に対する気持ちも聞いて共通理解をはかっていきたい。

○ 母親は、一人一人の子供を尊重した指導がされていないのではないか、登校拒否傾向を示す子供への配慮が足らないのではないか、という思いを強く抱き、学校教育全般への不信と不満へと拡がっている。

本校は、登校拒否及び登校拒否生徒への理解を深めるため率先して研修に取り組んでいる学校であり、登校拒否の生徒の親に対しても前向きに援助指導を行っている。それでも親の気持ちからすれば面接での言い分も十分理解できるものである。

一人一人の、その子らしさを大切にするきめ細かな姿勢が学校にも教師にも求められている。

○ 母親には、学校以外の公的私的な不登校児にかかわる施設などを紹介したり、不登校児に関する施設を訪れたり、案内した講演会にもよく出席して何とかしようという気持ちは強い。父親と本人との関わりがうすく、担任と父親の話合いをお願いするが、ほとんど実現していない。これからは、父親にもっと子育てに参加してもらうよう父親へのアプローチを強めたいと思う。

○ 両親は、本人のことを深く考えて対応しているようだが、あまりにも慎重になりすぎる傾向があるようだ。本人の意志を大切にしてのことと思うが、はれものにさわるようなところがある。親の考えで子どもに強要することはあまりないようだ。子に対して親の姿勢を示すことも大切ではないかと思う。

○ 快く面接及び調査に応じてもらった。子どもの教育に真剣に取りくみ、子どもの立場に立って無理なくじっくりと取りくんでいる。その時、不登校の原因を親としていろいろと考え、決して学校のせいや友だちのせいなど他への転換をせず、親自身も自分をしっかりみつめながら取りくんでいると感じた。

そして、親としてできることは何かを真剣に考え、試行錯誤しながらも、少しずつ実践してきている。ただ、家庭内の不協和はまだ十分に解決しているようには思えないのが気になる。しかし、子どもが精神的に成長し、親の生活や働く条件などを(勤務地が離れていて一緒に生活しづらいなど)少しずつ理解できるようになってきているので、乗り越えられるものと思われる。

親も希望していたが、社会性を身につけるためにも、不登校の生徒が通えるような教育施設が近くにあると、解決の仕方ももう少し改善されるのではないかと考える。教師側の指導の継続性、連続性をいかに保っていくかも重要なことであると思った。

○ 本人が登校しなくなった時は、父母とも精神的に大混乱に陥ったようである。本人との会話が成立せず、原因も対策もわからず悩む日々が続いたという。

学校からの紹介で相談員が家庭訪問し、本人と話ができるようになってから本人ばかりでなく両親が少しずつ精神的に落ちつき、家族関係が少しずつ改善された。

その後、相談員によるカウンセリングや学級担任による家庭訪問、本人との相談活動が行われ紆余曲折はあったものの、次第に本人の状態が快方に向かっていった。

現在も時々欠席があるが、一応学校生活に適応している。学校と関係機関、家庭との連携がうまくいった例である。

e 「意図的な拒否型」

○ はじめのうちは、「何でうちの子が」という気持ちばかりが先立ち、責めたててしまったことをとても悔いていた。どうして休むようになったか理解することもなく、一方的に責め立て、ようやく気持ちが落ち着いた頃、弟(中学生)も休むようになった。兄のときに責め立ててますます閉じこもらせてしまったことを体験しながら、弟の方も同じく追い込んでいった気がすると反省いっぱいの母親であった。

常に子どもの立ち上りを信じてやまない母親の態度はきっと子どもにいつか伝わるだろうと感じさせられた。また、両親ともに同じ気持ちで子どもたちに接していることを聞かされ、なおさら強く感じた。

f 「複合型」

○ この生徒の行動を毎日観察していると、何かにおびえ常に萎縮している。厳格な父が出張中はほぼ学校を休み、出張のない日は登校する状態である。仕事に追われている父は、子どものしつけの不足を別の面で、力で押さえこんでいたと考えられる。そこに愛情の欠如が重なり、精神的不安要素を生み出していると考えられる。

母親もなかなか厳しく、子どもにとって気の休まるところがないまま育ち、期待に応えられない重圧に負けたとも考えられる。

○ 家族も温かく包んでくれているので、登校はできなくても、明るく毎日がすごせていることはいいことだと思う。その陰には研究所における本人及び母とのカウンセリングが効を奏しているといえる。あせってはいけないだろう。研究所とも連絡をとりながら、本人、親へのカウンセリングを学校としても継続することが、本人の精神面へのプラスになろう。そうすれば必ず自立するものと信じている。

○ 学校を休み始めたころ、登校拒否の勉強をして本を読んだり登校拒否の子ども達の面倒をみてくれる施設を探したり、本人を連れて見学に行ったりしており、だいぶ苦しんだようである。

徐々に現実を受け入れて、焦らず急がず、子どもの成長を待つようになり温かい目で見守るようになった。

現在は、他人と進度や過程が違っても本人の納得する生き方をしてほしいと願っているようである。学校に対しては、相談学級開設など様々な援助体制を整備してもらいありがたかったと感じているようである。

○ 母親と父親が力を合わせて、本人を学校に通わせることについての真剣な話し合いがもたれていないようである。「母親のひざのぬくもり」を解くように話すと「かわいそう」「だれがみるか」の発言が出てくる。「もう一二歳」を強調すると頭ではわかるが心がついてこない。

○ 母親は週に一~二週個人のカウンセリングやエンカウンターを受けており、息子との接し方、自分の心の持ち方なども安定している。

父親も何度か面接を受けたエンカウンターに参加している。さらに夏休みには不登校児対象の宿泊学習に共に参加したり、遊ぶようにしている。

祖父母を含めた大人四人の微妙な人間関係が与えた影響が原因の一つではあるものの、現在は全員が本人のために心を合わせている。

本人の力が十分にたくわえられ、行動を起こす時期を家族全員が待っている状態にある。

g 「その他」

○ 子どもの教育に無関心であるとの印象を受けた。子どもが自信をなくしているとき、一番身近にいる母親の存在は重要である。

また、つらい思いをしながら登校してきたときの担任のひとことが逆に不登校の原因をつくることがある。

校内研修の中で事例研究を通して教職員が共通理解することの重要性を再認識する面接であった。

○ 学校を欠席しているわが子をみて、「何とかしなければ」と一番真剣に考えているのは母親である。

子どもと接する時間をとりたいと願いながら、仕事の関係でできない心のあせりが、子どもに影響しているのではないだろうか、の思いが感じられた。

親の立場、子の立場を理解して相談にのれば、親の心もほぐれ、学校や担任の信頼につながり子どもも安心して登校するのではないだろうか。

○ 不登校が解消し、母親は大変よろこんでいる。

一学期は、また不登校がはじまるのではないかとかなり心配していたが、本人が毎日たいへん楽しそうに学校のできごとを母親に話すようになり、母親もしだいに息子の登校を信じ安心していったようだ。

母親は、学校に対し信頼感をもち、非常に協力的である。欠席の連絡は必ずしてくれるし、懇談会等への出席もよい。子どもの話をよくし、温かく見守っている様子が感じられる。不登校時のつらい経験や気持ちを話してくれた。今の状態が長続きするよう、母親自身努力する気持ちを強く持っている。しかし、家庭内で子供の養育に対して父親の存在が薄いように感じられる。

[cir2 ] 本人に対する所見

a 「学校生活に起因する型」

○ 現在この生徒は明るくいきいき学校生活を過ごしている。

担任や教頭の家庭訪問では明るく応対する日と泣いて自分の気持ちを表現できない日をくりかえしていた。

教育相談推進員のカウセリングを受けながら徐々に和らぎだし、この中で生徒のわがままや独占欲の強いことが判明した。自己中心主義の排除にむけてのカウセリングが何か月か続いた。

一二月からは教育センターに通所しながら、学習指導にも取り組まれた結果、登校への意欲がみられるようになった。

○ 学校に対する不満もいろいろあるらしいが、「自分だけが目をつけられている」という不信感をあらわにする点、気持ちの上ではまだまだ解放されきってないし、相互信頼関係についてもいま一つものたりなさがある。愛情的には欠乏が感じられるので、その辺のことに関し、学校の一層の理解と対応の工夫が必要であろう。

○ この施設での生活も半年近くになり、うまく適応している様で楽しいという。多くの人間がいる所より、少人数の方が自分には合うということで、学校へもどりたがらない。

以前は自分の考えを言うことはほとんどなかったが、自分の考えをはっきり言うようになった。

明るく笑顔を絶やさず、自信のようなものを感じた。以前は、劣等感や無力感におしつぶされているような生徒であった。

b 「あそび・非行型」

○ 夜の外出、友人と深夜まで遊び、外泊し、疲れて翌日は起きられなくて休む。そんな生活が続くと将来の夢も希望もなく、遊び仲間との交流の深みにはまっていったようだ。しかし本人はいつも「これではいかん」という気持ちが心の片隅に残っているようだ。

担任も精一杯頑張ったが、救いきれない現状にあり、姉との連絡をとり、姉の力も借りながら何とかしたいと指導を続けている。母のことも含め、今後の本人の生きる道を何としても開拓してやらねばならないと思っている。

○ 学校や親に対してうるさいという不満でいっぱいで、自由気ままにしたいという考え方が強く、人から干渉されたり指導されたりすることが嫌で、根本的にわがままな面が強い。父親と母親から常にダメだと言われ続けてきたようで、投げやりで何かをやろうとする意欲が全くない。人の善意を素直に受け取ることができず、ものの考え方、感じ方に偏りがある。

c 「無気力型」

○ 学校のことを話題にしても、もはや全く自分とは関わりのない世界のことのように受けとめており、「学校へ行きたいと思わない」ときっぱりと言っている。

児童相談所への通所については、今のところ活動も楽しく、行くのは嫌ではないとのこと。とにかく本人にとっては、現在の状況が居ごこちのよい状況となっているようだが、今後は児童相談所の担当指導員との連携を図り、少しでも何かできることを考え、取り組んでいきたいと考えている。

○ 本人にとって学級が居ごこちのよいものになるように学級づくりを進めると共に、家庭と連携をとりつつ、本人の自立を促す必要があろう。

現状から考えて、担任の負担は重くなるが、学級担任および他の教師との人間関係を軸に、家庭訪問や電話による登校刺激を与え続けて登校させることが、最適な方法であるかも知れない。

○ 気軽に、はきはきと答えた。

昨年までの不登校が信じられない程、現状は普通の生徒と変わりはない。学級担任は、何もしていないと言っているが、中二になって本人が登校する気になったことは、友人関係など学級の雰囲気づくりなどに配慮があったと思われる。

d 「不安など情緒的混乱の型」

○ 二階から降りてきて面接したが、少しでもこちらが「学校へ行ったほうがいい」というニュアンスの話をすると顔色が変わった。ついには、突然二階へかけ上がってしまい降りて来なかった。

○ 研究所の先生が言われる「幼児性」については強く感じない。それよりも、むしろ、ありのままの自分を出せない。自分をより良く見てほしいという心が強く、ハダカの自分を出せない(人間だれしもそうだろうが、それが強い子は不登校生に多い)ところに問題ありと感じた。これはカウンセリングによる治療がベターだと思う。研究所への通所が継続しているので安心した。あせってはいけない子だと思う。(母の心配性が影響していることも両者の面接から感じとられた。)

○ 学校を休みだした理由を尋ねると、ポツリポツリと話し出したが、途中から自分が体験したこと(嫌なこと)を、次から次へと話してくれた。それも楽しそうに。もっと早くそういった部分を聞いてあげる人が、彼女には必要だったのかもしれない。いろいろと話してくれた後、すっきりした表情になり、笑顔さえ見せてくれた。教師とはあまり話したがらない彼女だが、今日ばかりは担任以外の教師に対しても、照れくさそうに笑顔を見せながら、少し会話できたことは大変な進歩だと思う。勉強する意欲は、彼女なりに持っていて自分で勉強している。もっといろんな人に会い、話しをする機会をたくさん与えてやりたいという気もする。

○ 午前中は、教室で学習するようになったが、「体育」の時間は、保健室に下りているので、その折に面接を行った。数日前に不安げな表情も消え、落ち着いた表情で受け答えしている。質問にもゆっくりであるがきちんと答える。

面接が終わると一人で教室にもどっていった。先日まで、校舎内の一室から一歩も出られなかったことなど考えられない程の変わりようである。自主的に動ける ”自分“ に向かって歩みはじめている。このペースが続いていくことを切に願っている。

e 「意図的な拒否型」

面接不能等により記述なし

f 「複合型」

○ 問いかけにも余り話したがろうとせず、窓や壁の方を見て沈黙を続けることが多かった。考えたり思い出したりすることにも積極的でなく、時折、「うんうん」「別にない」「なんとなく」「やさしい」など単発的に答える程度で、くわしい内容までの話をしようとしない。

現在はかなり登校が増え、本人なりの努力をしている様子。さしさわりのある言葉、いやな思い出を避けているように思われる。

○ 当初からだれが行っても逃げたり、トイレにかくれたり、風呂に入ったりして直接会うことができなかった。面接の協力の依頼をして家庭訪問したができなかった。

○ 登校拒否の原因は、本人もよくわからず、環境の変化にとまどって順応できにくいうちに病気がちになり、欠席が続くなかで、だんだん登校しにくくなったということではなかろうか。以上のようなことから、図書館通学を次第に増やしていき、教育相談室への登校に切り換えていくなかで、家庭との連携のもとにゆるやかな登校刺激を与えてみてはどうだろうかと考える。もちろん受け入れ体制に万全を図っておくことは言うまでもない。

○ めったに登校しないようであるが、現在の中学校の教師による本人への対応は好ましい感じである。ただ、本人も訴えているように、登校できた時の居場所となる現在の部屋は、本人にとっては居心地の悪い所のようである。その場所の改善について、中学校へ早急に連絡する必要がある。

本人は、現在近くの少年育成センターへ通所している。

○ 両親は熱心に子供の将来のことを考えている。親子の会話がほとんどないため、本人が何を悩み、苦しみ、不安がっているかわからなかったようである。

不登校になった頃に比べれば、昨年は親子の会話は多くなった。また、夕食後の後片づけ等、手伝いも少しずつ出来るようになった。学校等の指導により、親の子供への対応も変化してきており、登校出来る兆しもあるので、親のいっそうの援助が望まれる。

g 「その他」

○ 幼いころからの母親の過保護が大きな原因の一つである。いつも最後には子どもの言うことを聞いてやっているようである。今年になって、子どもがほしがっているものを、高いお金を出して買ってやったが、今は大事にしないとこぼしていた。父は、「ほっておけ」というばかりで、余り協力してくれないようである。保護者の一致した子育てが必要である。

○ 家庭事情による不登校であったが、学校側、とくに学級担任のもう少しきめ細かな指導と相互信頼を得るような指導ができたら不登校が続かなかったのではないかと考える。

○ 自分の考えをあまり語ろうとせず、こちらの問いかけに対し、答えが返ってくるまで、かなりの時間がかかったが、現在は他の生徒と同じくらいあるいはそれ以上に自分の気持ちをうまくまとめて、語ることができ始めた。現在、進路選択に関して、家庭の意見と自分の意見が対立しており、やや精神的に不安定である。

家庭・本人の意思を尊重しながら、よりよい自立を目指して指導・援助を行っていきたいと考えている。

資料編

登校拒否指導事例集

はじめに

一 この事例集は、小・中学校、教育センター、適応指導教室、青少年教育施設、民間施設等の協力を得て、登校拒否児童生徒を指導した事例の概要を集録したものである。

二 各事例は、原則として、(一)指導の組織・体制(二)登校拒否の状況(三)指導の経緯と学校復帰のきっかけの三つの項目に沿ってまとめられている。

三 また、各事例は、登校拒否の詳細な事例研究の材料となることを目的としたものではなく、様々な機関において、どのような指導体制により、どのような指導が行われているかという観点に立って学校教育関係者等の参考となるようまとめられているものである。

目次

[Roman1 ] 学校と教育センターが連携して指導に当たった例(一)

[Roman2 ] 学校と教育センターが連携して指導に当たった例(二)

[Roman3 ] 適応指導教室が学校と連携して指導に当たった例

[Roman4 ] 母子関係の改善と学校における指導の改善により立ち直った例

[Roman5 ] 教育センターが登校拒否の要因を分析し、適切なプログラムに基づき指導に当たった例

[Roman6 ] 青年の家が野外活動中心のプログラムにより指導に当たった例

[Roman7 ] 学校、家庭、相談機関、大学の連携により対応した例

[Roman8 ] 民間研究所と学校が連携して指導した例

[Roman1 ] 学校と教育センターが連携して指導に当たった例(一)

一 指導の組織・体制

(一) 子どもの成長に大きな影響を持つ親、担任、養護教諭そしてセンター相談員によって、子どもの共通理解を図るため円卓会議を開催する。

(二) 学校では、担任を中心として校長、教頭、生徒指導主事、養護教諭がプロジェクトチームを作り役割分担を決める。

(三) センターでは、以下のような役割を持つ。

[cir1 ] 子どもの状況に合わせて学校訪問し、親、学校、センターによる情報交換を行う。これによりそれぞれが子どもとの接し方の方向性を見出すようにする。

[cir2 ] 学校と家庭のパイプ役として、親の指導にあたる。具体的には、学校批判、友達批判をしがちな親に対して、感謝することの大切さを気付いてもらうよう努力する。また、「ありがとう」「はい」「ごめんなさい」など日常会話を交わし合い、家庭生活の中に明るさを取り戻すよう働きかける。

[cir3 ] 教師や親にとっては、ゆきづまり感、焦燥感を和らげる場として、子ども自身にとってはやすらぎの場、自己形成の場、体験を広げる場等として、また、本人と級友等との人間関係づくりの場として、センターを位置付ける。

二 登校拒否の状況等

(一) 登校拒否の状況

小学校五年生女子A子。小学校四年六月のプール開きの日に頭痛を訴え早退したのに引き続き欠席が続く。その際、二度にわたって検査のため入院するが身体的な異常はないと診断される。

五年生になり、新担任による家庭訪問(学習指導が中心)が続いた。二学期はじめ一時登校したが、再び登校できなくなり、学校から紹介されて母子が当センターを訪れた。「自室に鍵をかけ窓枠にガムテープを貼り巡らして家族に顔を見せなくなった」と母親が語っている。

(二) 本人の状況、家庭の状況

[cir1 ] A子の生まれ育った環境は人情の厚い農村地帯であり、家族は両親・祖父母・姉二人で、本人は末っ子であり、母親に大切に育てられた。

[cir2 ] 学校では「おとなしいがしっかりしていて、クラスでもリーダー的存在である」と、小学校三年まで評価されている。

[cir3 ] 登校拒否となったきっかけは、親友でありライバルであった友達とトラブルが生じたことにある。そのことが解消できず長引くうちに次第に学級で孤立感が深まっていった。学習に集中できなくなり、朝になると頭痛・下痢症状がおこりついに登校できなくなってしまった。

本人は、家にいると家族の心配やアドバイスが負担となり、なおさら部屋から出られなくなったと話している。

三 指導の経緯と学校復帰のきっかけ

(一) 小学校五年生の九月、学校の紹介により当センターに親子で訪れた。面接の印象は、「淋しそうな表情で口を閉ざしているが、情緒的混乱というより、様々な想いが交錯し整理できずにとまどっている様子」であった。

(二) A子は、芯が強く、人に指示されるより自分で判断して行動することを好む努力家なので、あせらず待ちの姿勢で、心理的な援助を重視した指導を行うようにした。また、自信回復が指導のポイントであると考えられたので、英語の先取り学習やクラブ活動(卓球)の機会を設け、将来への夢(音楽関係の仕事など)を失わせないように配慮した。

母親が冷静さを失うことが、A子にとって最も心の負担になることなので、家庭訪問や面接を通じて母親自らの意志で外に仕事をもつことを勧めたり、くつろいだ雰囲気の家庭とはどういうものかについて一緒に考えたりした。

(三) 三ケ月後、A子は「センターに来ないで家から学校にいくようにがんばる」と突然決意した。

(四) 学校では、校長室がA子の居場所となった。そこで学習する、級友と会う、卓球を楽しむなど、生活の基盤が完全に校長室に移った。校内では、プロジェックトチームが積極的にA子に関わった。そして、秋の運動会には、A子は、準備に積極的に参加し、完全に立ち直ったと思われた。

しかし、教室の様子を時折垣間見ては「教室に入りたい」と涙するのみで、体が硬直してしまい教室に入ることは卒業式前日までできなかった。

(五) 卒業式当日、なんとか開始時間にも間に合い感動的な卒業式を味わうことができた。A子は「母が可哀想だから勇気を出そうと思った」とポツリと後日話した。この日の挑戦はその後の中学三年間の様々な障害を克服するきっかけとなった。

四 まとめ

(一) 日常の学校生活の中でクラスの中に誰かがつまづきを生じた時、子ども集団が見過ごすことなく語り合ったり善処する訓練ができていることが望ましい学級の姿である。しかし実態は、子どもたち一人一人が人間として生きるということがどういうことなのか分かっていないため、収まるところに収まらなくて、最終的にあきらめていくことが多い。小四のA子の最初のつまずき(友達関係についての訴え)に対して担任や親だけで解決できず、そのまま放置したことがA子の傷を深くするきっかけとなったようである。

(二) 子ども同士の感化により子どもたちは成長することを念頭において場づくり(保育実習・球技大会・宿泊訓練など)をしたり、タイミングよく思い出に残る場面を作り出すことも効果的であった。

(三) A子は中二の秋、センターへの手紙の中で「悩みを人に言うことは発散できていいことだが、最後は自分で解決すべきだと気付いた」旨の感想を述べている。

[Roman2 ] 学校と教育センターが連携して指導に当たった例([Roman2 ])

一 指導の組織・体制

学校のプロジェクトチーム(学級担任、学年主任、養護教諭)と、教育センター教育相談部(専門相談員)との連携により相談・指導を行う。

具体的には、学校では、学級担任を中心とした学年教職員全体による家庭訪問や電話連絡、空き時間での学習指導や教育相談を行い、教育センターは、家庭での本人の様子等を探るとともに、母親面接、本人との面接などを行うことを通じて学校での指導をバックアップする。

二 登校拒否の状況等

(一) 登校拒否の状況

中学校三年生男子A男。嫌なことがあるとじっと壁に向かっていたり、部屋をカーテンで閉めきって真っ暗にしたり、クローゼットに閉じこもったりする。また、パジャマ等着ているものを毎日頻繁に取り替えて母親に洗わせたり、芳香剤を振り撤くようなこともある。

学校のことが話題になると母親にティッシュペーパーの箱を投げつけたり突き飛ばしたりするなど暴力も伴っている。

(二) 本人の特徴、家庭の状況

性格は、自己中心的と考えられる。また、おしやべりであるが、同年代の子との遊び方や接し方を知らないためか孤立気味である。

父親は仕事で帰りが遅く子どもの教育に関しては全く口出ししない。母親は何でも子どもの先廻りをして世話してあげてしまい、かつ何でも指示してしまうところがある。したがって、子どもの話しや意見にじっくり耳を傾けることが少なく、子どもに対して一方的に話すことが多い。

幼少のころから家の中で遊ばせることが多く、「仲のよい友達と戸外で思いきり遊んだというような経験はほどんどもっていない。」(本人談)。「小学校に入学して間もないころ、やっと出来た友人に習字の墨をシャツにつけられて帰ってきた。偶然、その日にその友達が遊びに来たので、墨をつけられたことに対し、私が文句をいってしまった。それ以来、友達ができなくなった。また、小学校五年生の時に現在地へ転校して来たが、クラスでいじめにあった。そのとき、学校に行くのを渋ったので、好きなものを買ってあげると言ってだましながら登校させていた。」(母親談)。

(三) 登校拒否の直接のきっかけ

中学一年の五月の連休あけから三七度台の微熱が続くようになり、頭痛、めまい、腹痛、気分が悪いなどの症状を訴えて登校を渋るようになった。しばらくすると、廊下では人を避けるように壁に沿って横歩きするようになり、九月の運動会を前にして不登校の状態になった。

病院で精密検査を受けたところ、「自律神経失調症」と診断されて入院したが、入院中は熱もなく身体異常もないため約一カ月半で退院した。しかし、その後、夜二時~三時頃に就寝、朝一〇時頃に目を覚まし一二時頃起床という生活に陥ってしまう。

三 指導の経緯と学校復帰のきっかけ

(一) 学校では、中学一年生の一一月、病院から退院後、校内に設けられている教育相談室への登校をはたらきかけたところ、登校することができた。登校時刻・在校時間・学習内容等は本人の意思に任せたもので、担任・学年職員・養護教諭が主にその指導・相談にあたった。

(二) しばらくの間は週に一~三日の割合で登校していたが、友達に会わないように登下校し、教育相談室に閉じこもっているといった状態であり、二月頃になると再び登校できなくなった。

登校への働きかけが、A男の精神的な回復を十分に図らずに、形式的に行われたため、再び登校拒否に陥らせてしまったものと思われる。症状も重くなり、自分の部屋を真っ暗にして閉じこもったり、異常に潔癖な様子を見せるなど神経症的な様相を呈してしまった。

(三) 中学二年の四月に、学校から勧められて、母親が教育センターを尋ねてきた。

当初、A男は来所することができず、母親とだけの面接がはじまった。母親の話を聞くと、子どもとの接し方について問題があり、日を重ねるごとに少しずつそのことについてのアドバイスを与えていった。

(四) 二カ月も経過すると、センターの相談担当者とA男が電話で会話ができるようになり、「来所する」と意思を示してきた。

A男との面接では、興味を持つ鉄道を話題にしたり、UNOを中心とするカード遊びをしたりして、まず互いの信頼関係を築くことに努めた。一カ月ほどで来所も抵抗なくできるようになり、特に鉄道に関しては相談員がうなづくたびに得意になって自信たっぷりに話すようになった。

(五) そのような状況の中で、家庭内での暴力も起こらず気持ちが安定しはじめ、二~三カ月後には登校への意欲も口にするようになってきた。

(六) 中学二年の一一月、センターと学校との協議の際、「落ち着いてきている」と判断し、同学年にいるもう一人の登校拒否生徒と二人組になって、学校の教育相談室へ登校するようはたらきかけた。

最初はとまどいを感じていたようだが、二人であることがよかったのか、担任も驚くほど活発な言動を見せるなど、好ましい変化が著しくみられた。

(七) そして、三年生になることをきっかけに教室に復帰、学級への適応ができるようになった。

[Roman3 ] 適応指導教室が学校と連携して指導に当たった例

一 本センターの特色

本センターは学校又は家庭からの申込みにより教育相談、治療を行う機関である。センター内に「相談学級(適応指導教室)」を設けてあり、本人の希望により入級が可能である。

二 登校拒否の状況等

(一) 登校拒否の状況

中学校二年生男子K男。

中学校入学後、厳しい美術の先生に恐怖と反感を持ち、得意であった美術の授業に対して抵抗を感じはじめた。中学一年生の二学期より扁桃腺による発熱のため欠席がちになり、三学期に手術のため入院した。その後登校をしぶり始め、やがて全く登校しなくなってしまった。

中学二年生の九月より、兄のいる音楽事務所へギターのレッスンに通い始めた。最初は母親が付き添ったが、一二月にK男の目前で交通事故にあい負傷したので、それ以後、父親が同行するようになった。しかし、いっこうに改善の兆しが見えないため、母親は学級担任と相談し、当センターへ相談を申込み来所することになった。

(二) 本人の状況、家庭の状況

父親、母親、一〇歳離れの兄との四人家族。K男が二歳半の時に、父親の会社が倒産、父親の病気入院のため母親の勤めが始まり、託児所に預けられている。四歳から保育園通いをはじめている。

小学校一年生の頃より扁桃腺肥大のためたびたび発熱しているが、休みはなかった。二年生でいつも遊んでいた友人が転校し、その後、吃音症状が出ている。しかし六年生までは学校を休むことはなく、得意な図工や野球部において活動していた。

母親は支配的で、父親によると猪突猛進型ということである。それに対して、父親は何かあると黙る、怒鳴るなどの行為で応じる。また、賭事が好きで、それが原因でたびたび転職している。父親と母親は結婚当初よりいさかいが多かったようであり、K男の目の前で幾度も派手なけんかをしている。

兄は高卒後、友人と音楽関係の事務所を共同経営しており、K男の良き相談相手となっている。

三 指導の経緯と学校復帰のきっかけ

中学二年生の一月より母子並行面接で週一回のカウンセリングを実施し、中学三年生の三月の終結まで、親は三二回、K男は四九回の面接を行った。なお母親(時々、父親が来所した)については、第一一回より女性の相談員から男性の相談員に引き継がれ、K男は女性の相談員が担当した。

(一) 第一期(中学校二年の一月~中学校三年の四月)

初対面のK男はにこにこと笑顔で応対していた。相談員の印象は、「小学生っぽい雰囲気と大人びた様子が同居している生徒」というものであった。

第八回までは母子で来所。毎回、約束の時間より早く来て、面接後も運動場でゆっくり親子でくつろいで話し合っていた。第九回で初めて父親と共に来所した。K男は「父親の良いところは優しいところ、母親は怖いところがあるが家には必要な人」と語っていた。面接で父母はそれぞれ、互いの欠点を非難した。

K男との面接では、各種ゲームや卓球を取り入れラポール作りに中心をおいた。自分の意思を伝えるのに箱庭がよく用いられた。これらにより、日を追うごとに確実に吃音症状が少なくなっていった。

(二) 第二期(五月~九月)

K男は自主的に当センターの相談学級に入級した。入級後は朝の起床時間が早くなり生活のリズムも整い、すぐに友達もできた。

面接では、父母への不満と兄への憧れ、従兄弟の結婚に参列して深い感動を覚えたりしたこと、親戚の人たちとともに旅行に行きとても楽しかったことなど、家族について語ることが多くなり、K男の登校拒否には父母の仲をなんとかしたいという気持ちも関係していると推測できるようになった。

学校復帰に向けてのチャレンジ週間に、K男が登校の意志を示した。そこで相談学級部の指導員と学校の担任とで連絡を取り合った上、K男、父親、指導員そして学校とで登校時の具体的な事柄(部屋、時間、げた箱、通学路など)について話し合った。

九月にK男は四日間の相談室登校ができた。勉強をしたり、学級担任と卓球をしたことによって学校に心理的に一歩近づいたようであった。

(三) 第三期(一〇月~一二月)

父親が母親とけんかをして家出し、一か月間所在不明となった。K男は帽子をかぶって来所するようになり、服装にも変化が表れ、だらしない印象が目立った。吃音も再び始まり、登校しない状況になった。

一か月後、当センターに父親から「K男に会いたい」との連絡があり、そのことを面接時に伝えるとK男の表情が急に明るくなった。そして、「野球はつまらないけれども、勉強がしたい」という気持ちを持つようになり、相談員はそれに応えるよう努力した。

父親が母親と別居するようになってから父親の生活も規則正しいものとなったようであり、母親も精神的に安定しているため、K男はこの状態を受け入れ、日曜日ごとに父親を訪れ行動を共にするようになった。二学期の終業式が近づく頃、「相談室ではなく保健室に登校したい」と再び登校意欲をみせたため、教務主任の先生に依頼し全教職員の理解をお願いした。その結果、終業式の四日前ではあるが登校することができた。

(四) 第四期(一月~三月)

K男は三学期に入っても続けて登校できた。正月に「父親と兄との三人で一緒にボウリングに出かけた」こと、「兄が買ってくれたジグソーパズルを毎日楽しんでいる」こと、「兄が大阪に勤務先が変わったが、寂しさに耐えられるようになってきた」こと、「卒業後は、昼間は英語の専門学校、夜は夜間高校と決めた」ことなど面接ではっきりした口調で話している。

保健室にいるK男に対して養護教諭は大きな心の支えとなった。また学級担任の呼び掛けにより、クラスの友達が保健室へ尋ねて来てくれることが大きな励みとなった。

(五) 第五期(卒業後~現在)

学校復帰においては、相談学級の相談員と学校側が連絡を取り合い、無理をせずに段階的に登校準備を進めたことが再登校の要因になったと思われる。その後、父親は家に戻り、家族も安定した生活となり、K男は、通学して二年経過した現在も元気に学校に通っている。

[Roman4 ] 母子関係の改善と学校における指導の改善により立ち直った例

一 指導の組織・体制

当センターでは受理面接を行い登校拒否の状態のみならず、原因を分析して個々の状況に応じた対処法を考えていくことを指導の方針としている。その際、当該児童生徒の在籍する学校及び家庭との連携を図り、それぞれの意識の啓発を行う。

二 登校拒否の状況等

(一) 登校拒否の状況

中学校三年生女子B子。初期のころは家を出て近くの神社や倉庫などで半日過ごしていた。その後の状況は、夜になると「明日は行くから」と言うが、朝になると「熱がある」と言って登校しないものである。

(二) 本人の特徴、家庭の状況

父母、曾祖父、祖父母、兄、弟、本人の八人家族。父親は会社員、母親は祖父が経営する事業を手伝っている。B子の性格はおとなしく、家でも学校でもまわりに対して気を使い、自分の感情をあまり外に出さない。

(三) 登校拒否の直接のきっかけ

中学二年の三学期に風邪を理由に一週間程度欠席した。その後、学校で友達から劇の台詞の内容のことや性格・体型のことでからかわれたことをきっかけに、家を出て近くの神社や倉庫などで過ごすことを覚えていった。

三 指導の経緯と学校復帰のきっかけ

(一) B子は病気が治ってからも、「登校すると、また同じようなこと(登校拒否のきっかけとなったこと)を言われるかもしれない」と思ったという。学級内でからかわれているB子が認識していることに対して、学級担任はいじめ・からかいという意識で捉えてはいない。そのことが、B子が学校へ行かずに神社等で過ごしていたことの発見の遅れにも関連している。

(二) またB子は、友人からからかわれていることについて母親に相談しても「そんなこと気にしないで頑張って行きなさい。」と取り合ってくれないだろうと考えている。

父親は、B子が一〇数日間学校へ行っていなかったということを全く知らなかった。また、両親は、学校に行っていないことについて「嘘をついた」としてB子を厳しく叱った。その後両親は「義務教育だから行きなさい。」と説諭したが、B子は何も言わず登校しなかった。

(三) 以上のようなことがセンターの面接で明らかになったため、センターでは、登校拒否となった原因は、家庭においては「子どもに対する理解の不足」、学校においては「人間関係の深まりの不足」と考えた。従って、相談員、母親、担任教師の三者の連携を図ることを最も重要な課題として対処することとした。

[cir1 ] センターではこの家庭の場合、母親の言動が大きな影響力を与えているため、母親と本人との関係を改善すれば、家庭全体の人間関係も徐々に好転するという判断に立ち、「子どもとの接し方」についてセンター相談員による母親のカウンセリングを行った。

具体的には話法について考えた。まず、批判・指示・命令等をせずに出来るだけ受容、傾聴する「本人を受け入れる言動」を勧めた。次に、例えば、「朝、もっと早く起きなさい。」(あなた~しなさい)と言う代わりに、「朝、もっと早く起きると、一日のリズムが健康的になるので、お母さんはその方がいいと思うな。」(私は~と思う)といった会話法へと導いた。相手の話は意見をはさまずに傾聴し、自分の考えを言うときは、“私メッセージ“で言うことにより、会話による対立が少なくなると考えた。

[cir2 ] 学級担任からは学校での様子について、センターからは家庭内の状況について、互いに話題を提供し合い、担任と相談員との協議を行った。そして、やはり、問題の解決に向けて学校が能動的でなければならないことを理解しあった。

(ア) 二泊三日修学旅行に参加させることを当面の目標とした。具体的には「一緒のグループになりたい友達について配慮する。」「(学校へ)」登校した時に友人がB子にいやみなどを言わないよう学級を指導する。」等を確認した。

(イ) 進路について本人の希望を聞き、担任はそれに該当する情報提供をすることにした。それによって本人の意識を少しでも学校へ向けさせるようにした。

(ウ) B子と登校をともにする友人を探すことと、その友人にB子が学校を欠席した際の情報伝達の役割を果たしてもらうこととした。

[cir3 ] 担任は母親に学校・学級行事等の予定について詳しく連絡した。B子が関心を持った行事については、担任と母親の両方から登校刺激を与えた。また、学習全般については、両親が不安に思う「学習の遅れ」や「進学」について的確な情報を伝えてもらった。

母親には、担任が家庭訪問を終えて帰った後に、必ず担任の先生のことについて、B子と話し合いを持つように勧めた。担任に対してのプラスの反応については担任に伝え、担任のB子に対する気持ちの変化を促すようにした。

(四) 母親のこれらの努力は功を奏し、本人から「お母さん、あのね・・・」という語りかけを生むことになった。B子は、母親に対して「最近やさしくなった」と良い評価の言葉を発するようになり、「なぜ学校に行きたくないか」、「自分の将来について」等についても話し始めた。

(五) こうした指導の結果、修学旅行にも参加することができ、以来、欠席がなくなっている。

[Roman5 ] 教育センターが登校拒否の要因を分析し、適切なプログラムに基づき指導に当たった例

一 指導の組織・体制

本教育センターは、相談の申込みを受け面接を行った後、登校拒否の要因を分析し、適切なプログラムを編成し、指導にあたる。

二 登校拒否の状況等

(一) 登校拒否の状況

中学校一年生女子K子。体育祭と文化祭の日だけは、友達の誘いがあって登校している。登校できない理由については「男子がいじめる」としている。担任の先生が何度となく家庭訪問をして登校を勧めると、その場では「明日は行きます」と答えるのだが、結局登校できない。

(二) 本人の特徴、家庭の状況

家では三人の妹の前で大威張りで、大きな声で命令したりしているが、学校では別人のようにおとなしく、思ったことが言えない。小学校のころから学習成績はよいのだが授業中の発言はほとんどない。また、人に心を許すということができなくて、友達とよべるような関係の人は極端に少なく、集団への所属感を失い、劣等感や焦燥感を感じている。

両親、妹三人、祖母、本人の七人家族。会社員の父親はまじめに働くのだが子どもとの関わりは少ない。母親は農業をやっており、朝早くから夕方遅くまで畑で働いている。やはり子どもとの関わりは少なく、子どもの要求にすぐに応じてしまうなど耐性を育むことやしつけについて関心が低かった。

(三) 登校拒否の直接のきっかけ

中学校に入学後、一学期は普通に登校していたが、二学期に入って一週間ほど登校した後は登校を渋りはじめた。そして、週に一~二日程度、しかも一時間だけ授業を受けるだけで下校するということがしばらく続いた。父親が車で送ってきたこともあったが、校門の近くまで来ると「頭が痛い」と言って車から降りようとしない。医師に診てもらったこともあるが、「何ともない」とのことであった。その後、一〇月からは完全に登校できない状態となる。

三 指導の経緯と学級復帰のきっかけ

(一) 学校では「怠け」ととらえており、家庭訪問をして強引に連れ出そうとしたが、逆に興奮状態となって、動かなくなってしまうばかりであった。そこで、教育センターの相談員と学校とが連携して指導を行うことにした。

(二) 教育センターでは本人に神経症的症状がでていることを考慮し、登校刺激を一時的に中止し、指導のプログラムを組んで指導援助を行うということで学校との間で指導方針の確認をした。


指導援助プログラム

[cir1 ] 「当分の間、学校に行ってはいけない。」と指示をする。

[cir2 ] 朝八時に起きる。その後の生活は自由。

[cir3 ] 朝八時に起き、食事をとる。その後の生活は自由。

[cir4 ] 朝八時に起き、食事をとり、家の手伝いをする。その後の生活は自由。

[cir5 ] 朝八時に起き、食事をとり、家の手伝いをし、教育センターへ行きプレールームで相談員と遊ぶ。

[cir6 ] 朝八時に起き、食事をとり、家の手伝いをし、教育センターへ行きプレールームで相談員と遊び、好きな教科の学習をする。

さらに、友達との人間関係をつくりにくく、トラブルが対処できずに興奮してしまうという弱い部分を解消させるために、ロール・プレイングでトラブルへの対処の仕方を体験させた。

具体的には本人がいじめられる場面を想定して相談員と一緒にロール・プレイングを繰返し実施して、負けずに強く言い返すということを体験させた。家庭に対しては、父親に「本人にとって今が一番大切な時期である。」といったことを認識してもらい、プログラムを組んでの指導援助に協力を求めた。また、子どもとの関わりを増やしてもらうようにした。母親には、子どもの要求に対して何でもすぐに応じてしまうということを止めてもらった。さらに、祖母を含め、両親が一致した態度・姿勢で子どもに接してもらうようにした。

学校では、担任の先生が家庭訪問をして学校とのパイプを切らないようにしてもらった。また、再登校に備えて、学級の受入れ体制(環境面での配慮、いじめがないような指導を行うこと等)を十分に整えてもらった。

(三) 以上のような指導援助のもとに、学期末試験(自分の好きな教科の試験がある日)に合わせて登校刺激を行った。

(四) 具体的な指導の経過

(一〇月)

K子は、わがままで気紛れで気弱なため、学校では孤立しがちであった。家庭では、K子は父親に反抗し、母親は祖母から子どもの躾がなっていないと責められて、家の中が騒然としている。そのような中でK子の不登校がおきてしまった。

(一一月)

「当分の間、学校に行ってはいけない」と指示をして、プログラムに従って生活をさせる。教育センターに毎朝やってきて、相談員と一緒に遊び、感情を発散させるようになる。

(一二月)

起床時間が不規則になってきたので、生活リズムを取り戻させる。教育センターでは、好きな教科を学習することを付け加えさせる。また、母親には子どもから要求されたことに対して何でもすぐに応じないようにしてもらう。(一二月後半)

学期末の試験に合わせて登校刺激を与える。さらに、再登校したときに友達とトラブルが発生したことを想定してロール・プレイングを行い、友達に強く言い返すことの練習をした。また、再登校する日の前夜からの行動を順次、ロール・プレイングを行うことによって確認をした。

試験当日、事前にロール・プレイングで練習したとおりに行動をして登校し、試験を受けたが、休み時間に男子生徒との間でトラブルがあり、翌日からまた欠席してしまった。しかし、仲のよい友達の誘いにより、学期末の四日間は続けて登校できた。その間に、クラスの女子がクリスマス会を開き、仲間に誘われてみんなと話ができたことにより、自分の存在感が認められたと実感したようだ。帰宅後、母親に「楽しかった。三学期は頑張るからね。」と言った。そして、その言葉通り、三学期は始業式から休まず登校し、現在にいたっている。

四 まとめ

この指導のポイントは、ロール・プレイングを重ねることによってトラブル解決能力が身についていったことにある。家族において、子どもに対する充分な指導が期待できないとなると、最終的には本人自身を変容させるしかない。その点、ロール・プレイングを取り入れたことは、本人を変容させる意味において効果的であった。さらに、登校予定日を決めて指導援助をプログラム化したことは、本人の興奮を下げて、冷静な判断のできる状態で一歩ずつ再登校に近付けていくことができて効果的であった。

[Roman6 ] 青年の家が野外活動中心のプログラムにより指導に当たった例

一 指導の組織・体制

本事業は、当青年の家の主催事業としては初めてであり、当該児童生徒の指導についての専門家を有さない状況の下で実施した。従って、必ずしも万全の効果は得られなかったが、将来に向かっての課題を見つけることができたことが有意義であった。

(一) 指導のための組織・体制

[cir1 ] 主任専門職員、専門職員、業務係によるチームをつくり指導に当たった。

(必要に応じて事務系職員の協力を得た。)

[cir2 ] 事前に関係機関(県立中央児童相談所、県立総合精神保健センター、県立教育センター)と協議し、指導方法等について助言を得た。

(二) 指導方法

[cir1 ] 事業内容

登校拒否をしている児童生徒は、平素、家に閉じこもりがちで対人接触も少なくなっている。本事業では彼らが自然に恵まれた環境の中で、保護者や友人とともに自ら体を動かし活動することを重視した野外活動中心のプログラムによる活動を行った(計四回の事業を実施した)。

<第一回>「フィッシング」(一泊二日)

一日目は、ディスクゴルフ、交歓ゲームで不安や緊張感をほぐし、二日目はカッターで遊覧しながら魚釣り。釣った魚は野外炊飯で試食。準備は全員で行う。

<第二回>「無人島キャンプ」(二泊三日)

無人島でのテント設営、トイレづくり、イカダづくりとイカダ遊び、魚釣り、水泳、竹の食器づくり、花火大会、野外炊飯、ポンブラ飯づくり等を行う。全員で活動に取り組む。

<第三回>「いも堀と登山」(一泊二日)(雨天のため登山はクラフトに変更)

一日目は、カセイソーダを使い、ひいらぎもくせいの葉を葉脈のみにし、好みの着色をし、美しいしおりをつくる。夜はスポーツで交流。二日目は近くの畑でいも掘をし、営火場で落ち葉を集め、焼きいもをつくり試食。

<第四回>「陶器づくりとお別れバーベキュー」(一泊二日)

一日目は、陶器づくり(粘土で各自思い思いの陶器や動物を作る。)、夜はファイヤーを囲んでのお別れバーベキュー。二日目は陶器づくり[Roman2 ](素焼きの湯飲みに絵付けをして焼く。)、竹トンボづくり。

[cir2 ] 指導上留意した点

○ 登校拒否児童生徒のみを対象としないで、家族、友人を参加させ、共に活動することをとおして、対人理解・対人関係の向上を図ることとした。

○ 事業のプログラム設定にあたっては、参加者が自由に選択できるように多様なものを準備することとし、参加者の状況や希望を十分考慮して、設定したプログラムを画一的に強制しないこととした。

○ 青年の家での生活時間については参加者の実態を考慮し、通常の生活時間を適用せず、研修や就寝等について特別に設定した時間により実施した。

○ 参加者の表情や行動に注意し、集団の中での自主的活動や交流が多くなるように留意した。

○ 指導スタッフは、参加者全てに、同じようにできるだけ話しかけるとともに、作業等については、一緒に行いながら指導することとした。

○ 食事、入浴については、参加者個人の状況に応じて、友人あるいは家族とのみ一緒にするなどの配慮をした。

二 登校拒否の状況等

(一) 登校拒否の状況

当主催事業に参加した児童生徒は一〇人であったが、その登校拒否の状況について六名について取り上げる。ただしその状況は、本人からではなく、父母から得た情報をまとめたものである。

[cir1 ] 中三男(本事業第一、二、三回参加)

中二の六月から登校拒否。きっかけは野球部でのトラブルと思われる。その後は、家に閉じこもり、口数も少なくなり、イライラしていた。また外出の回数も少なくなっていた。保護者は、児童相談所の相談活動に参加させようとしたが、バスによる通所は困難で、母親が自家用車で送迎し通所した。週二回の予定であったが、時々しか通所できなかった。

[cir2 ] 中三男(本事業第一、二、三回参加)

中一、二年とも一学期は登校。二~三学期はほとんど欠席。中二の一二月から児童相談所へ通所(週二回)したが休みがちであった。中三になって登校拒否の状態がひどくなり家に閉じこもり、ほとんど外出しなかった。家族との会話も極端に少なかった。

[cir3 ] 中三女(本事業第一、二回参加)

中二の一学期末から登校拒否(ほとんどを欠席)。

原因は、部活動(新体操)で、二年生で正選手に選ばれたことによる三年生とのトラブルと思われる。ほとんど外出せず、家に閉じこもりがちであった。また家族との会話も極端に少なくなった。中三に進級し、登校しようとしたが、担任教員が代わっていたこともあり、クラスにうまくとけこめなかった。児童相談所の相談活動には参加していた。

[cir4 ] 小五女(本事業第一、二、三、四回参加)

小三の二学期から登校拒否。始めは週に二日程度であったが、その後はほとんどを欠席していた。本人は身体が弱く、うまくクラスに溶け込めなかったようである。家に閉じこもり、家族との会話も少なかった。

[cir5 ] 小三男(本事業第一、二、三、四回参加)

小二の二学期から登校拒否。小三からは全部欠席。原因は社会性が充分身についておらず、クラスに溶け込めなかったことであると思われる。登校拒否に陥ってからは家に閉じこもり、誘っても外出しなくなった。また、ふさぎ込み、会話も少なかった。

[cir6 ] 小二男(本事業第一、二、四回参加)

小一の二学期から欠席がち。小二の二学期から登校拒否の日数が増加した。登校拒否中は、家に閉じこもり、会話も少なかった。教育センターの相談室の相談活動に参加していた。

三 指導の経緯と学校復帰のきっかけ

(一) 指導の経過・結果

○ 中三男 本事業第一、二、三回参加

運動には自信があり、活動的であった。特に無人島キャンプでは小学生の世話をさせたが頼られることにより自信が付いたようである。一回目では会話が少なかったが、次第に活動的になり三回目には相手の顔を見て聞き、話すようになった。中三の三学期から登校した。

○ 中三男 本事業第一、二、三回参加

一回目では、人前に出ることを嫌い活動にも消極的。二回目の無人島キャンプでは炊飯作業等に積極的に取り組んだ。小学生の世話をするようになった。キャンプ終了後には、家族にその様子をよく話すなど明るくなった。また、外出もできるようになった。児童相談所にも通所できるようになった。中学校卒業後専門学校へ進学。

○ 中三女 本事業第一、二回参加

おとなしい性格で、口数が少なかったが、特に二回目の無人島キャンプでは、小学生に頼られ、その世話をしたことが大きな自信になったようである。その後は児童相談所にも通所するようになった。自分の考えをはっきり話すなど積極性がでてきた。中学校卒業後高校へ進学。

○ 小五女 本事業第一、二、三、四回参加

一回目、会話をせず活動も消極的。二回目のキャンプでは、指示をすれば手伝うようになった。海に入り泳いだ。三回目から表情に変化がでてきた。四回目の陶器づくりでは数種類のものをつくった。この頃から声をかけると返事が返るようになった。

○ 小三男 本事業第一、二、三、四回参加

四回とも参加(父親と一緒)したが、父親のそばを離れなかった。父親がほとんど世話をしていた。この事業に参加後、外出できるようになった。小四に進級後四~六月は半分程度登校した。

○ 小二男 本事業第一、二、四回参加

一回目、自分のことのみしか考えず活動に入れない。二回目、釣りができたことにより感激したのか、少しは活動した。しかし他の仲間入りはできない。四回目、陶器づくりに取組み、作品を作った。少しは他の児童と話すようになった。事業に参加し、多くの人とのふれあいにより、対人関係にある程度自信を得たようである。小三に進級後登校している。

(二) 効果的と思われる指導のポイント

本事業は登校拒否児童生徒が自然を体感する活動を通して、望ましい人間関係づくり、集団や社会への適応力を高めることを目的として実施したものであり、友人や家族、教師と共に魚釣りや無人島キャンプ等の野外活動や創作活動を宿泊を伴うプログラムによって、年四回に分けて実施した。その結果、次のような効果があったと思われる。

○ 家に閉じこもりがちな登校拒否の児童生徒を自然の中へ連れだし、様々な野外活動や創作活動を行うことにより、感動体験や失敗・成功の経験から課題解決への意欲を持たせることができた。

○ 家族のほか、友人、教師等の参加を認めたことにより、自分の家族以外の人とふれあいができ、対人関係の向上につながり、事業参加後、家での外出や遊びができるようになった。

○ 性急な評価をしなかった(アンケート、感想文、登校の可否等)ことが、該当の児童生徒に対し、不安感や緊張感を抱かせないで、本事業に参加させることができ、伸び伸びとした活動につながったと思われる。

○ 事業を継続的に、しかも宿泊を伴うプログラムで実施したことが、参加者相互の親近感を抱かせコミュニケーションの発展につながった。

○ 班編成を異年齢構成としたが、このことは年長者にとっては、リーダー的な立場で活躍の機会となり大きな自信となった。

(三) 課題

○ 一回のみの参加者がいるが、十分な活動ができず、またその個人の特徴をつかめず、指導が困難であるので、連続しての参加を働きかける必要がある。

○ 当青年の家では、職員構成上、専門職員(中・高校の教員経験者)が主として指導にあたっているが、登校拒否児童生徒の指導法について、一層研究する必要がある。

○ 当該児童生徒の所属校と密接な連絡をとり、事業への参加や実施プログラムについての事前の検討、事業終了後の追跡調査等について協力を得る必要がある。

○ 当該の児童生徒の保護者相互及び指導スタッフとの情報交換の機会を設け、悩みや意見の交換を行い、個々の児童生徒の状況に即した指導を行う必要がある。

○ 児童相談所等の職員の参加があれば、適切な指導・助言が得られ、より一層の効果が得られるものと考えられる。

[Roman7 ] 学校、家庭、相談機関、大学の連携により対応した例

一 指導の組織・体制

(一) 本生徒(中学校二年生女子)の心理的背景には、[cir1 ]個性としての過敏性(乳児期の夜泣き、人みしり、ストレスによる微熱)、[cir2 ]社会性のつまずき(保育所入所時の分離不安)、[cir3 ]対人関係における緊張の高さ(ことに男性に対する恐怖)、[cir4 ]能力は高く、自尊心も強い、等がある。

これらを鑑み、指導方針を次のように定めた。

[cir1 ] 本生徒の個性を受容することにより信頼関係を深めること

[cir2 ] 体験を増やし精神的・社会的発展を促すこと

[cir3 ] 対人関係の経験を広げること

[cir4 ] 自己像の改善と自信の獲得を促すこと

(二) 四者([cir1 ]親(家庭)、[cir2 ]担任教師、養護教諭(学校)、[cir3 ]児童相談所の心理士、福祉士(相談機関)、[cir4 ]指導教官、大学生(大学))の連携によるチームプレイ(L作戦)として、家庭においては親の子どもへの理解、学校においては担任教師の家庭訪問や担任教師・養護教諭による時間外指導や保健室指導、相談機関においては心理士によるカウンセリングやグループ治療または福祉士の家庭訪問、大学においては大学生による訪問指導と指導教官によるスーパーヴァイズを行うこととした。

二 登校拒否の状況等

(一) 登校拒否の状況

中学校二年女子C子。

小学三年の連休後、学校に行きたがらず微熱も続いた。内科医に受診したが、特に身体に異常は認められず、児童相談所に行き、三カ月間通所指導(遊戯療法)を受けた。それ以降は、二、三日行っては休むというパターンが続き、登校拒否の状態が徐々に重くなっていった。中学入学後一カ月間は登校。しかし五月より再び登校拒否に陥った。

(二) 本人の特徴、家庭の状況

父、母、本人、妹(二歳年下)の四人家族。父は会社員だったが四、五年前に独立し、印刷の自営業を始める。仕事中心で子どもとの接触は少ない。母はC子出産まで会社勤めをしており、出産後仕事を止めたが、C子が四歳の時再び働きに出ている。母は、物事にこだわらずさっぱりした性格で、子育てより仕事が好きとはっきり言う。妹は活発で父母に甘えるのが上手い。

C子は、乳児期より過敏で夜泣き、人みしりが強く、なかなか人になつかなかった。特に男性を怖がり父のそばに寄らず、父方の祖父には最後まで泣いて抱かれなかった。

四歳の保育所入所当時、母と別れることがつらく、その年の秋頃まで、朝になると泣いていた。小学校入学当初は、一週間程、涙ぐみながら校門をくぐる日が続いたが、小学一、二年の学級担任が三〇歳代の女の先生であったためか、ほとんど休まず通学した。

(三) 登校拒否の直接のきっかけ

登校拒否の発端は、小学三年の担任の教師(若い独身男性)が大声で叱るので、他の児童がおこられている時でもわがことのように怖がり、教室に入れなくなったのだと本人は話している。登校しなくなってからは、そうじ、洗濯、料理を覚えて家事をこなし、勉強も自分でやり中学になってもそれほど学習の遅れはない。

三 指導の経緯と学校復帰のきっかけ

(一) 中学校二年四月よりL作戦を開始した。

(二) 中学二年はほとんど登校できなかったが、C子の生活空間が広がり、対人関係の広がりが進んだ。

(三) 中学三年になり新しい担任となってから、夏休み中より登校し始める。二学期が始まると放課後担任教師や養護教諭に会いに来るようになり、C子のために特別に用意したドリルや宿題を保健室でするようになった。

(四) 結局、中学終了まで正規の授業には出られなかったが、私立高校三校を受験し、一校に合格した。現在高校一年に在籍しており、休まず登校し、成績もよい。

四 効果的と思われる指導のポイント

(一) 生活空間の広がりを体験させること

社会全体の広がりを増やすこと。できるかぎり多くの場に本生徒を誘導すること。最初は嫌がっても根気強く、また方法を変え、関わる人間を変えて試みること。例えば児童相談所の遊戯療法には早くから参加できた。グループには最初なかなか参加できなかったが、お菓子づくりのグループをつくり、リーダーにしたことから参加できるようになった。また大学生(家庭訪問による支援)とともに近所のサイクリング、山登り、大学の文化祭、銭湯に行く等も経験した。

(二) 多様な人間関係を経験をすること

L作戦の特徴はなるべく多くの場の中で、多くの人間が各々独自の持味をもって本人に迫るところにある。例えば[cir1 ]児童相談所の福祉士は、家庭訪問をして、母が家庭でC子の良さを見つけて、家事労働を引き受けてくれていることに感謝するようざっくばらんに話す。[cir2 ]中二の担任教師(男性)は、自分の考えからどうしても登校させようと熱心に家庭訪問する。C子はそれを重荷とし、児童相談所のカウンセラーに苦情を言うとカウンセラーはC子の気持ちを十分聞き、受け入れつつも担任教師の心情について一緒に考える。[cir3 ]中三の担任は若い女性教師でC子は親しみを感ずるが、中三になった後、中二の担任教師も良い人だったと気付き、先生にもいろいろの人がいると感じるようになる。[cir4 ]大学生は学習支援をする中で、子どもとともに考えるチャンスを持ち、若者同志がお互いに心を通わせる、等である。

(三) 思春期の登校拒否児には自信と自尊心(プライド)を持たせること。

自立しようとする時だけに、自己像の改善、自信の獲得が大切。特長を伸ばすこと、人に褒められ、感謝される経験をもつこと等が大切である。

[Roman8 ] 民間研究所と学校が連携して指導した例

一 指導の組織・体制

両親からの依頼があり、相談員(民間研究所)の訪問指導が開始される。担任を中心として、校長・教頭・生徒指導主任・養護教諭・学年の先生方による指導・援助チームが相談員の助言の下に組織される。このチームは研究組織としても機能し、事例研究等の推進の一助となっている。

相談員による訪問指導は、漸近的な登校訓練を中心に、家族への個々の面接や家族療法、本人への行動療法的カウンセリングなどを適宜行うものとなっている。また、担任に対する援助も随時行われている。

二 登校拒否の状況等

(一) 登校拒否の状況

中学校三年男子。夜には時間割を見て学習用具を揃え、朝には制服を着て登校しようとするのだが、どうしても家から一歩を踏み出すことができないでいる。「微熱があって、なかなか下がらない」、「頭が重くてふらふらする」といった理由をつけて、欠席を続けている。

時には担任の先生が朝から訪問してくれて、力強く登校させようとしてくれるのだが、説得されればされるほど足が動かなくなる。学校へ行ったら皆になんて言われるかと思うと、どうやって学校に行ったらよいかわからなくなってしまう。何んとなく身体の具合が悪く休んでしまったことに加えて、今ではまわりの人たちがどう思うかが気になって一歩も動けないでいるという状態である。

(二) 本人の状況

小学校の時も「勉強が遅れてしまう」と焦りながらも、学校へ行くのが何となく億劫で休んでしまい、中学一年の最後も「もう少しで終わるのだから」と自分に言い聞かせても身体が重いような気がして登校できなかった。二年の時は無理して行こうと思ったが、友達もいないし行ってもすることがないような気がして学校に行けなくなってしまった。勉強はしたいし、高校にも行きたいと思っているから学校へ行きたい、と思っている。

今までにも何度となく、担任の先生やセンターの相談員の先生に連れられて学校の近くまで行けたことはあったが、夜、暗くなってからのことではあるし、校舎の中には一歩も入れなかったことを思うと「昼間、皆のいるときに学校へ行くなんて自分にはできない」という気持ちが、登校したいという気持ちに反比例して大きくなっていった。

中学二年生の六月中旬の運動会への参加を最後に、三年生の五月中旬まで約一一カ月間欠席を続けているが、高校進学のこともあり何とか登校し勉強したいと思っている。

(三) 登校拒否の直接のきっかけ

小学生六年生の二学期、利き腕である右手を骨折したのをきっかけに休みがちとなった。

三月から教育センター内の教育相談室に通うようになり中学生活も順調だったかに見えたが、これといったきっかけのないまま中学一年の三学期の後半から再び休みがちとなった。中学一年の修了式や二年生の始業式には出席したが、中学二年になって第二週以降は間歇欠席が目立つようになり、六月の運動会の前に二日続けて休んだ。運動会当日は担任や級友の働きかけがあったためか出席したが、翌日から一切登校できなくなってしまった。

三 指導の経緯と学校復帰のきっかけ

(一) 小学校六年生の時は担任が学年主任や校長と相談しながら、電話で欠席の理由を確認したり家庭での様子を聞いたりしていた。三月に入って、母親と本人が教育センター(公立)に通所するようになり、センターの相談員と担任とが連絡を取り合いながら、卒業式に出席できることを目標に指導・援助に当たった。センターでの面接回数は二回と少なかったが、本人の「卒業しなければ」という思いも強く、担任の細やかな配慮の下に、卒業式には出席できた。

中学に進級してからしばらくは安定した生活が続いていたので、教育センターでは終結とし、中学校でも特段の指導・援助体制はとらなかった。

(二) 中学一年の三学期には断続的に約二〇日、二年の六月以降は連続して欠席しており、その間、学校では担任が中心となって家庭との連絡を密にしたり、訪問したりするなど指導・援助に当たった。

(三) 中学二年の夏季休業中に、母親が再び教育センターを訪れてセンターの相談員と担任とが連絡を取り合いながら、訪問による指導・援助体制をとることになる。

二学期からセンターの相談員の訪問が始まったが、一〇月中旬まで本人には会えなかった。また、担任が本人に会えるようになったのが一一月に入ってからであり、定期的(水曜日はセンターの相談員、金曜日は担任)に訪問指導が行われるようになったのは一一月中旬以降であった。センターと学級担任とで漸近的に登校訓練を行い、定期的・継続的な登校には結びつかなかったものの、修了証書を貰いに校長室に行くことができた。

なお、新学期からセンターの担当者が替わり、訪問指導の体制はとられなくなった。

(四) 担当者がその都度変化するような学校やセンターの体制に対して、本人は「やはり学校には行けない」という気持ちを持ち、自信を失った。三年生の始業式の朝から担任は訪問し登校を促したが、一時間余りの説得にも関わらず家を出ることができなかった。担任は定期的な訪問を続けるとともに、一年生の時の友達に依頼し、電話をかけさせたり訪問させたりしたが動きは見られなかった。

(五) 中学三年の五月、両親からの依頼を受けた当教育相談研究所(私立)の相談員は、翌日すぐ両親と本人に面接を行い、その日のうちに放課後の教室まで同行した。

最初は面接を拒んだが、相談員が「君、その声の調子じゃあな。背中を見てごらん。見えないか、じゃあ、ちょっと見てあげよう」という言葉に部屋の戸を開け、相談員を受け入れた。さらに「これから学校の様子を見て来るが、途中で同級生に出会ったらすぐに計画は中止だ。決して挨拶なんかするなよ」という言葉に従って、相談員の後に続いて家を出たのである。

教室の後ろの出入口に近い自分の机を確認して、ほっとした様子であった。(前日相談員が学校と連絡を取り、担任に机の移動や下駄箱の名札の確認など、細かな配慮を依頼しておいた。)

(六) 翌日の朝、家庭訪問した相談員は「教室に行きたい気持ちは分かるが、まだ本調子ではないから自分だけの判断で勝手に教室に行ってはいけない。また、担任以外の先生とは言葉を交わしてはいけない」と言って先に家を出た。相談員の後ろに隠れるようにして登校すると既に一時間目が始まっており、静かになった廊下を二人で相談室へと急いだ。その日はそこで自習をし、給食前に下校した。以後、登校の時間をずらしながら相談室への登校が続いた。四日目からは一人で登校し、休み時間には級友が相談室を訪れ、保健室や印刷室や図書室などへ行けるようになった。

(七) 登校してから二週目に入り、相談員は「教室に入ること」以外の禁止を解除した。約三週間後の中間試験の日から一年ぶりに学校生活に完全復帰し、一学期終了まで休むことなく登校し、高校進学を目指して勉強に励んでいる。登校訓練のステップの組み方と禁止令がポイントとなった事例と考えられる。

-- 登録:平成21年以前 --