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一 教員の給与

教員の待遇改善の動向

 昭和四十六年六月の中央教育審議会答申「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」は、教員の資質向上のための基本的提言の中で、義務教育の教員の初任給を一般の公務員より三~四割高くすることを提案している。これは、当時の教員の給与水準は、一般行政職公務員の給与水準及び民間企業の給与水準と比較しても、決して高いものではなく、また、目覚ましい産業経済の発展等もあって、優秀な人材が教職以外の職域を目指し、我が国の将来を担う青少年を育成する教育の場に人材が集まらなくなる傾向が出てきたことが背景となっている。

 戦後における教員独自の処遇改善措置は、四十六年制定の「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」に基づく四十七年一月からの教職調整額の支給措置(超過勤務手当を支給しない代わりに俸給の四%相当額を支給するというもの)に始まったと言ってよい。この制度の創設をめぐって、教員の勤務態様の特殊性や教職の専門性・重要性が論議され、ひいては教職への人材確保と教員給与の抜本的改善の必要性に各方面の大きな関心が寄せられるようになった。自由民主党においても、教員の待遇の抜本的改善等についての提言がまとめられた。

人材確保法による待遇改善

 このような状況を踏まえ、文部省は、特に義務教育は国民としての基礎的資質を養うものであることから、優れた人材を確保し、学校教育の水準の維持向上に資するため、昭和四十八年二月、「学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法案」(いわゆる人材確保法案)を国会に提出した。この法案については、政府部内でも他の公務員との均衡が崩れるという懸念から法案作成段階で議論があり、国会に提出してからも、この法律による給与改善計画が四十六年の中央教育審議会答申が提言した五段階給与の導入につながるとして野党や教育界の一部から強い反対があった。最終的には、五段階給与は考えないことを明確にし、必要な修正を行った上で、国会提出以来ちょうど一年を経た四十九年二月成立した。この法律は、教員給与の抜本的改善を計画的に進めるためのものであり、教員の資質向上を図る上で画期的な内容を持つ措置であった。

 この人材確保法の趣旨に沿って、四十八年度以降三次にわたる教員の給与の計画的な改善が行われた。その内容は、まず、第一次改善として四十九年三月に初任給、最高号俸の引上げを含む平均九%の給与引上げを行う人事院勧告がなされ、四十九年一月に遡(そ)及して実施された。この結果、教員の初任給は、一般行政職のそれに対し、一五・一%高くなり、また、改善前は初任給は一般行政職より八・六%高いものの、以後経験年数を経るごとにこの高い額が減少し、十五年後には逆転、最高に達しても行政職俸給表(当時)の五等級(県の係長相当)と四等級(県の課長補佐相当)の中間水準であったものが、常に行政職の四等級を上回るように改善された。

 第二次は、五十年一月に実施された。それは、俸給表の改定により平均三%、義務教育等教員特別手当(俸給月額の四%相当の定額手当)の新設により、合計で平均七%の改善が行われた。

 なお、四十九年九月に施行された学校教育法の一部改正によって、教頭の職が法律上明確化されたことに伴い、俸給表の等級構成(三等級別制)の一部を改め特一等級を新設することとし、教頭については、一等級が適用され、校長については特一等級が適用された。

 第三次は、二回に分けて実施された。第一回目は、五十二年四月に義務教育等教員特別手当が引き上げられ(俸給月額の六%相当の定額手当)、また、主任手当、部活動手当が創設されて学校運営における主任の職務や部活動指導の重要性が給与上評価されることとなった。

 第三次の第二回目については、五十三年四月に中堅教員の俸給表改善及び義務教育等教員特別手当が引き上げられ(平均月額の二〇%増)、また、主任手当の支給対象拡大、大規模校の校長、教頭に係る管理職手当の引上げが行われた。

 これらの給与改善の結果、改善前には例えば校長の場合、行政職の課長補佐と同程度の水準であったのが、部次長と部長の中間水準までになった。また、義務教育等教員特別手当、主任手当、部活動手当などの新設や管理職手当の引上げ等によって、学校教育活動に取り組む教員の待遇改善が図られた。

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