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第七節 社会教育

社会教育と社会教育行政の転換

 戦時中、教化的性格を強めていた社会教育は、戦後の民主化動向の下で、人々の自発的な学習活動を基盤にするその本来の姿に立ち返ろうとした。昭和二十年十月文部省に社会教育局が復活し、同年十一月の大臣訓令及び次官の依命通牒「社会教育振興ニ関スル件」を基に活動を開始した。米国教育使節団の報告書においても、日本の民主化を進める上での成人教育の重要性が指摘された。二十一年五月、文部省及び都道府県・市町村に社会教育委員が設けられ、次いで七月文部省は「公民館設置運営の要綱」を通達し、我が国独特の社会教育地域拠点となる公民館の開設を勧奨した。

 教育刷新委員会は、社会教育に関する数多くの建議を行った。特に二十三年四月の「社会教育振興方策について」の建議では、国及び地方公共団体における社会教育費の飛躍的増額を期待するとともに、社会教育関係立法の急速な実現を要望しており、後の社会教育関係法の基盤となった。

社会教育関係法の整備

 教育基本法及び学校教育法においても社会教育の振興について規定されたことに関連して、文部省は学校教育に並ぶ分野として社会教育に関する独自の法制を整備する必要を感じ、先述の教育刷新委員会からの社会教育関係立法の急速な実現を要望する建議を受けて、社会教育法案の立案作業に着手し、昭和二十四年六月、「社会教育法」が制定を見るに至った。

 社会教育法は、社会教育に関する国及び地方公共団体の任務を明らかにすることを目的とし、社会教育関係団体、社会教育委員、公民館、学校施設の利用及び通信教育など社会教育全般にわたって社会教育と社会教育行政との関係を規定したものであって、我が国で初めて社会教育行政に法的根拠を与えた画期的な法律であった。なお同法では、社会教育関係団体の官公庁依存の傾向を是正するため、ノーサポート、ノーコントロールの原則が示され、これにより社会教育団体の自主性の確保が図られた。図書館・博物館については、更に詳細な規定が必要であったので、別にそれぞれ単独法が制定されることとなり「図書館法」は二十五年に、「博物館法」は二十六年に制定された。

社会教育施設の整備

 戦後の社会教育行政は、国民が自主的に学習できるような環境を醸成し、条件を整備することを最大の任務としたので、社会教育施設の充実・整備はそのための重要な役割を担うこととなった。その中でも中心的な存在となったのは公民館である。公民館は、我が国独自の構想により、文部省が提唱してその設置を奨励した総合的な社会教育施設であり、CIEからも支持を受けて、全国的に普及した。昭和二十四年六月、「社会教育法」公布の時点において、当時の市町村数一万余のうち実に四、〇〇〇余の市町村が既に公民館を設置していた。ただ、当時は厳しい地方財政の窮迫や資材の不足等の中にあって、施設を持つことよりもむしろ活動そのものにアクセントが置かれ、二十五年現在でなお公民館の半数が独立した施設を持っていなかった。このような中、社会教育法の制定により公民館の運営に国庫補助の道が開かれ、漸次施設の設置、職員や設備の充実が進められた。

 図書館、博物館は、公民館に比べると、いずれも長い歴史的沿革を持つ専門的施設であるが、戦禍を受けたものが少なくなかった上に、復旧も遅れがちであった。二十五年四月に公布された図書館法においては、図書館の在り方を従来の保存、管理にウェイトを置く静的なものから、積極的に利用者へのサービスを図る動的なものへ移行させ、さらに、司書、司書補の専門職制の確立、公立図書館に対する国庫補助、公立図書館の無料公開、私立図書館の独自性の尊重などが規定された。他方、二十六年十二月に公布された博物館法は、歴史・民俗・科学・郷土などのほかに、天文館・美術館・宝物館・動植物園・水族館なども博物館の中に包含し、それら博物館の動的な教育的機能を明示するとともに、専門的職員としての学芸員の設置、公立博物館に対する国庫補助などを規定した。

社会教育関係団体の再編成

 文部省は昭和二十年九月「新日本建設の教育方針」の中で、郷土を中心にした自発能動、共励切磋(さ)の団体として新しい青少年団体の設置を提唱し、続いて次官通牒でその育成の方途を明らかにした。これに応ずるように、青年の間に新しい地域青年団結成の動きが全国的に活発となり、二十六年には地域青年団の全国的な連絡協議組織として日本青年団協議会が結成された。また、戦前からの歴史を持つ各種青少年団体も、その組織を改編して相次いで再発足し、戦後新たに設立された団体とともに、それぞれ独自の活動を展開し始めた。

 次に、婦人団体については、戦後、男女平等の立場から、婦人の資質と能力の向上のために新しい婦人組織の育成が要望された。二十年十一月、文部省は民主的な婦人団体の結成を促し、その育成助長を目指す通牒を発した。地域婦人団体の結成は急速な勢いで進み、二十七年には全国地域婦人団体連絡協議会の結成を見るに至った。

 戦後新しく発足し、急速に進展して、我が国最大の社会教育関係団体となったものに、PTA(父母と先生の会)がある。PTAは父母と教員とが協力して、家庭と学校と社会における児童、青少年の幸福な成長を図ることを目的とした団体であり、米国教育使節団報告書は、教育は学校だけでなく、家庭や地域社会の協力において行われるべきであり、そのためにPTA活動を行うことが望ましい、と勧告していた。文部省はCIEと協力してPTAの研究に着手し、二十二年には資料「父母と先生の会―教育民主化の手引」を、さらに翌二十三年には「父母と先生の会」参考規約を作成して全国に配布し、その趣旨の普及と結成の促進とを図った。二十七年には、日本父母と先生の会全国協議会(後に日本PTA全国協議会と改称)及び全国高等学校PTA協議会が結成された。

社会教育の諸活動

 民主主義についての国民啓発施策として社会教育行政がまず担当したものに公民啓発運動と新憲法普及運動とがあった。前者は、昭和二十年十二月の衆議院議員選挙法により、選挙権年齢が二十歳に引き下げられ、婦人に初めて選挙権が与えられることとなったため、その新しい有権者層を主たる対象として政治教育を行うものであり、後者は、日本国憲法の精神を国民に浸透させることを目的としたものであった。

 社会教育の方法としては、いわゆる学校開放講座が活発に進められたことは注目に値する。学校開放の事業は、米国教育使節団報告書においても勧告されていたが、文部省もこれを奨励し、小・中学校や大学等において学級・講座などが実施され、学校教育と社会教育との密接な提携が実現を見た。

 また、戦後の混乱の時期において、教育上憂慮すべき事象として青少年の不良化及び男女の不純な交遊の問題があった。二十四年六月には青少年問題に関係のある各省庁間の連絡・調整を行い、青少年対策を推進するための機関として、内閣官房に青少年問題対策協議会(後に中央青少年問題協議会と改称)が設置された。また、純潔教育について、二十四年一月には「純潔教育基本要項」が発表された。

 新教育制度が実施されるとともに、従前の青年学校は二十三年三月限りで廃止され、勤労青年のための教育制度は空白状態となった。そうした中で、二十二年末ごろから、東北地方などで農村に働く青年たちの自発的な学習活動が活発に行われるようになり、これらの学習活動は青年学級と呼ばれて次第に全国に普及した。

 婦人のみを対象とする教育については、婦人だけを特別扱いすることは差別することになるというCIEの示唆もあったが、地方の現場においては、現実の必要から婦人のみによる学級が設けられ、それぞれ任意に婦人学級、生活学級等と名付けられて順調な展開を見せた。

社会通信教育・視聴覚教育 

 戦後我が国に導入された新しい社会教育の方法の中でその後重要な役割を担うようになったものとして、社会通信教育と視聴覚教育の二つが挙げられる。

 社会通信教育とは、学校教育法に基づく学校通信教育以外の通信教育で、広く社会人がそれぞれの職業や生活の必要に即して、希望する課程を自由に選び、随時受講できるものである。昭和二十二年に「通信教育認定規程」が制定され、次いで、二十四年の社会教育法に通信教育の認定に関する事項が規定された。認定された通信教育は、数々の特典が得られることとなった。

 視聴覚媒体によって広く人々の啓発と民主化を図る目的をもって、二十三年にCIEがナトコ映写機及び多数のCIEフィルム等を日本政府に貸与し、これを全国の都道府県に配布して上映させた。これに対応して都道府県では、社会教育主管課に視聴覚教育係を置き、視聴覚ライブラリーを設けるなどして、視聴覚教育を促進する態勢を整えた。これより先、二十二年文部省に「教育映画等審査委員会」が設けられ、その審査結果を公表し、利用者の選択の便に供するとともに、作品の質的向上を図ることとした。また、二十五年には放送法が制定されて、公共放送のほかに民間放送が行われることになって、放送番組が著しく多様化するとともに国民に及ぼす影響も一段と大きくなったので、文部省は社会教育と学校教育の両面にわたる視聴覚教育を振興するため、二十七年社会教育局内に視聴覚教育課を設け、その行政を一元化した。

社会教育指導者の養成

 社会教育と社会教育行政の改革に当たって、その指導者の養成が新たな課題となった。文部省は昭和二十二年の社会教育研究大会、二十三年からの教育指導者講習(IFEL)の一環としての青少年教育指導者講習会等により、指導者の養成に努めた。

 社会教育主事については、教育委員会法、社会教育法の規定が不十分だったので、二十六年六月社会教育法の一部改正により、その職務や資格要件が明らかにされた。それに基づいて同年以降、文部大臣の委嘱する各大学において社会教育主事講習が開催されることとなった。

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