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第二節 中等教育

新制中学校の発足

 戦後の学制改革の特色の一つは、中等教育の統合化と義務教育の年限延長である。学校教育法により、新たに三年課程の義務制の中学校が発足し、ここに九か年の義務教育制度が成立することとなった。

 新制中学校は昭和二十二年四月から発足し、学年進行によって二十四年度に全学年の義務就学制が完成した。発足当初の中学校は、予算や資材の不足から、校舎、設備、教材、教具のすべてにわたり、また教員組織についても、極めて不満足な状態であった。

 中学校教育の機会を保障するために中学校通信教育も実施された。関係者の非常な努力によって、二十三年度の就学率は九九・二七%に達したが、敗戦後の生活困窮や家族離散等のために長期欠席者の数も多く、また、昼働く学齢生徒のために夜間に学級を開設する中学校が現れた。このような困難な事情の下で出発した新制中学校も、相次いで講じられた学校施設、教員の給与、定数等に関する改善・充実の措置によって逐次整備され、数年のうちに前期中等教育学校として一応の充実と安定を見ることとなった。

中学校の教育内容

 新制中学校の教科は、昭和二十二年学校教育法施行規則によって必修教科と選択教科とに分けられ、前者は国語・社会・数学・理科・音楽・図画工作・体育及び職業を基準とし、後者は外国語・習字・職業及び自由研究を基準とした。文部省は、教科課程・教科内容及びその取扱いについての基準となるべき学習指導要領一般編(試案)を同年三月に発表し、引き続き各教科編を発表した。

 このようにして新制中学校の教育が始められたが、実施の結果を考慮して二十四年に体育は保健衛生をも合わせて指導するよう保健体育に改め、職業科は実生活に役立ち得るように項目を詳しく分け、名称も職業・家庭と改めた。自由研究は新たに特別教育活動の時間を設けたことにより廃止した。二十六年の改訂では、道徳教育振興を重視した。また、生徒指導(ガイダンス)及び職業指導は学校教育における重要な任務として取り上げられ、中学校・高等学校の中には、そのために専任の教員(カウンセラー)を置くものが次第に増加した。

新制高等学校の発足

 新制高等学校は、中学校に接続して中等教育の後期段階を構成し、高等普通教育のみでなく、専門教育を併せ行うものとされた。

 高等学校は、教育の形態により、全日制、定時制、通信制の課程に分かれ、また、教育の内容により普通教育を主とする学科、専門教育を主とする学科に分かれ、さらに修了者のための専攻科と中学校卒業者の簡易課程として別科が定められた。

 ところで、新制の高等学校の教育水準等に関連して、当初は、旧制高等専門学校程度のものを期待する考えがなかったわけではなく、制定当初の学校教育法では、全日制の課程の修業年限は三年とされたものの、特別の技能教育を施す場合には三年を超えるものを認めていた。しかし、実態としては、旧制の中等学校がほとんどそのまま移行して新制高等学校が成立し、その教育水準もそれに即して定着した。そこで昭和二十五年学校教育法が改正され、全日制は三年課程に統一された。

 新制高等学校は学校教育法の施行後一年間の準備期間を経て二十三年度から発足した。その発足に当たり、CIEから旧制の中学校と高等女学校や中学校と実業学校の間の格差を是正し教育の民主化及び機会均等の理念を実現し、高等学校の普及を図る趣旨に基づき学区制、男女共学制及び普通教育課程と専門教育課程とを併置する総合制の三原則が強調された。文部省は必ずしもこの三原則の一律実施を指導しなかったが、地方によっては、当時の地方軍政部の意向により、その統合改編が強力に実施され、かなりの混乱を起こしたところもあった。

定時制・通信制教育

 中学校を卒業して業務に従事するなどの理由で全日制の高等学校に進めない青少年に対し、高等学校教育を受ける機会を与えるために定時制の課程が設けられた。制定当初は、夜間に授業を行う課程と特別の時期及び時間に授業を行う課程とに区別され、その修業年限は三年を超えることができるとされていたが、昭和二十五年の学校教育法一部改正により、この両課程を合わせて定時制の課程とし、その修業年限を四年以上とした。定時制の課程は、全日制の課程と同等の教育を施し同一の資格を与えるものとし、勤労青少年の教育機関として大きな役割を果たした。

 高等学校の発足とともに創設された高等学校の通信制教育は、全日制や定時制の課程と同一の教育目標・内容を持ち、その修得単位の効力も同一であったが、制度上の制約から実施教科・科目には制限があり、通信制教育のみでは高等学校卒業資格は得られなかった。

高等学校の教育課程

 高等学校の教育課程は、昭和二十二年の学習指導要領一般編の補遺として示された通達「新制高等学校の教科課程に関する件」によって初めてその基準が定められた。この基準は、その後、更に内容が補足修正され、「学習指導要領一般編」(試案)に含まれることになった。

 高等学校の教育課程の特色は、選択教科制と単位制にあった。これは、生徒の多様な進路に対応することと、生徒の個性に応じた学習を可能にすることとの二つの要件を満たす措置であった。選択教科制との関連において国語、社会、数学、理科、保健体育の五教科はすべての生徒に対し共通に必修とし、また、選択の多様性に統一的な基礎を与えるために単位制を採るものとした。発足当初から設けられていた「自由研究」は、二十六年中学校と同様に、「特別教育活動」に改められた。

高等学校入学者の選抜

 高等学校入学者の選抜については、当初、入学志願者数が入学定員を超過した場合にのみ、入学試験を行うことができるという立場が採られていた。

 文部省は、新制高等学校の発足に先立ち、昭和二十三年二月入学者選抜の具体的方法を通達した。それは、高等学校側における入学試験を廃止し、出身学校からの報告書のみに基づく選抜とするものであった。この報告書のみによる選抜方法は、学区制の基盤の上に、志願者の特定の学校への集中を避け、高等学校の学校差をなくし、受験準備の弊害をなくすこと等を目指すものであった。

 二十五年度からは、中学校修了者が一斉に高等学校に入学することとなり、志願者数が次第に増加してきたことに伴って、志願者が特定校へ集中する傾向が顕著になり、高等学校側も自主的に選抜方法を定め実施しようとする要求が強まった。文部省では、このような実情にかんがみ、二十六年九月、高等学校側の学力検査を認めるが、それは、都道府県ごとに同一問題で一斉に実施すべきことを通達で明らかにした。

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