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第一節 学術行政

学術行政の開始

 明治期における学術研究は、高等教育と未分化の関係に置かれていた。当初は帝国大学と諸官庁設立の高等教育機関において、外国人教師の指導の下に学術研究が着手された。大正期に入って東京帝国大学伝染病研究所や東北帝国大学金属材料研究所など、大学に研究所が附置されるようになり、既存の官庁の試験研究機関とともに、学術機関の高等教育機関からの相対的な独立化が始まった。

 学位制度は明治二十年の学位令により発足した。当初は博士・大博士の二種があったが、三十一年の改正により博士だけとなり、大正九年更に改正されて学位は文部大臣の認可を経て審査に当たった官公私立の大学から授与されることとなった。

 欧米諸国のアカデミーを模して明治十二年東京学士会院が発足したが、三十九年にこれは「文部大臣ノ管理ニ属シ学術ノ発達ヲ図リ教化ヲ裨補スル」帝国学士院に改組された。その会員は学士院の推薦により勅旨をもって任ぜられた。四十三年皇室から賞典費として毎年一定額が下賜され、これによって研究奨励のために帝国学士院授賞規則を定め、翌年この第一回恩賜賞が木村栄の「地軸変動の研究特にZ項の発見」に授与された。この年三井家と岩崎家からの寄附金により帝国学士院恩賜賞とは別に帝国学士院賞が創設され、翌四十五年高峰譲吉の「アドレナリンの発見」に対して第一回授賞が行われた。

 第一次大戦を機に科学研究の国際交流を進めるために各国学術研究会議の連合体として万国学術研究会議が発足し、我が国もこれに加盟することになったので、大正九年官制をもって学術研究会議を創設した。これは、文部大臣の管理に属し、同会議の推薦により内閣の任命する学識経験者の会員から構成され、関係各大臣の諮詢(じゅん)に応じて意見を開申し、科学とその応用に関し関係各大臣に建議する権限を与えられていた。その後終戦時まで一貫して存続し、国の科学振興政策の推進に大きな役割を果たした。

 昭和期に入り学術行政上重要な役割を果たした機関に、日本学術振興会があった。満州事変以降産業・国防の基礎として科学技術の振興が重視され、帝国学士院や議会から学術研究の振興に関して建議が行われた。このような時期に当たり、皇室から学術奨励のために一五〇万円が下賜されたので、御下賜金を基金に政府からの補助金をもって昭和七年十二月財団法人日本学術振興会が設立された。それは、皇族を総裁、総理大臣を会長、帝国学士院長を理事長とする特別な組織で、基金に政府補助金と民間からの寄附金とを加えて、研究者への研究費補助、研究委員会の設置運営、及び学術文献の刊行などを行った。特に研究費補助は、後述の文部省科学研究費交付金が支出される十四年以前にあっては、最大の規模の補助金として研究の発展に寄与した。

学術行政の展開

 上述の日本学術振興会の成立に見るように、国防国家体制構築の基礎として科学の振興が強調され、そのための行政施策が精力的に展開された。

 文部省は大正七年科学研究の奨励のためにまず自然科学研究奨励金の交付を始めたが、昭和四年には国体観念の涵養に資するため日本及び東洋の精神文化に関する研究奨励のため精神科学研究奨励金を交付した。しかしその金額は当初一四万円以上であったのが六年度以降七万円程度に減額されるという状態であった。十四年文部省は前年に設置した科学振興調査会の答申に基づき、科学研究費交付金三〇〇万円を計上した。これは前年の科学研究奨励金額の実に四〇倍に相当するものであった。当初は自然科学だけが対象であったが、十六年からは逐年増額の上人文科学にも拡大された。

 また十一年文部省は、「日本精神ノ本義ニ基キ」「我ガ国独自ノ学問、文化ノ創造、発展ニ貢献シ延テ教育ノ刷新ニ資スル」ことを目的に人文科学・社会科学関係研究者を集めた日本諸学振興委員会を設立した。

 文部省は、十五年二月専門学務局内に科学課を設置し、十七年十一月これを科学局に拡充した。科学局は科学研究費の運用や研究機関の連絡、研究者の研究事項調査など科学行政全般を担当した。政府全体としても科学振興を重視し、十三年内閣に科学審議会を設け翌十四年企画院内に科学部を置いたが、更に十七年一月内閣に技術院を設置し、この技術院を中心とし文部省をも包含する科学動員体制が形成された。文部省は、十八年学術研究会議を改組し人文科学部門を加え、研究動員委員会を設けて学術研究動員の中心機関とした。また同年九月大学院特別研究生制度を創設し、優れた能力ある大学院生を選定し学資を給与して研究要員の確保を期した。十八年十月内閣に研究動員会議が設置され、また、重要研究課題に従事する研究者をすべて内閣が任命し研究に没頭させるという臨時戦時研究員設置制が公布された。しかし本土にも戦火が及ぶようになった十九年以降は研究用の資材も払底し、督励のシステムは整えられても肝心の研究の遂行は不可能になっていった。

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