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(五) 中央教育審議会(抄)

第一回答申(昭和二十八年七月二十五日)

義務教育に関する答申

 六・三制の堅持とその内容の整備充実、教育委員会制度の現状維持と設置単位・委員選任方法における問題点の検討、市町村立義務教育学校教員の身分の都道府県の公務員化など、学校制度、教育委員会制度および教員に関し、戦後の教育制度の再検討の結論を示した。

第二回答申(昭和二十八年八月八日)

社会科教育の改善に関する答申

 教育課程審議会の「社会科の改善に関する答申」について、賛意を表し、あわせて、社会科教員の資質の向上など留意すべきことがらを指摘した。

第三回答申(昭和二十九年一月十八日)

教員の政治的中立性維持に関する答申

 公務員の身分を有する教員は、他の一般公務員とひとしく、国家公務員法または地方公務員法によって、政治的行為の制限を受けているが、さらに教育基本法はすべての教員に対し、一定の政治的活動禁止の規定を設けている。これは教育の中立性を重視し、教員をして特定の政治的活動から、中立を守らしめようとする趣旨にいでたものである。ことに高等学校以下の生徒・児童は、あえて説くまでもなく、心身未成熟の理由から、あるいは経済上の能力を、あるいは法律上の能力を制限されているものである。したがってその政治意識においても、正確な判断をするにはいまだ十分に発達をしていないのであるから、教育のいかんによっては、容易に右とも左ともなりうるものである。しかるにかれらに対して、強い指導力・感化力を有する教員が、自己の信奉する特定の政治思想を鼓吹したり、またはその反対の考え方を否認攻撃したりするがごときは、いかなる理由によるも許さるべきことではない。教員の政治的中立性に関する諸問題は、すべてこの原則を基本として、解決されなければならないと考える。

 もとより一切の表現の自由は、憲法上すべての国民に対し、保障されているものであるから、教員をして政治的中立性を守らしむる範囲も、公共の福祉のために必要な程度に限定すべく、なるべく学生・生徒・児童に対する直接の活動の範囲にとどむべきものであり、現行法令の制約もだいたいこの点に限界を設けているのである。

 しかしながら、たとえ間接の政治的活動といえども、近来のように教員の組合活動が、政治的団体の活動と、選ぶところがない状態となつてきたのでは、いまだ批判力の十分でない高等学校以下の生徒・児童に対する影響は、まことに看過するを得ないものがある。

 教員の政治的活動が、今日いかなる実情にあるかについて、本審議会としては法務または警察当局の助力を求めて、いまだ公表せられざる事実を調査するがごときは、これを避くべきことと信ずるので、あえてこれをなさず、もっぱら周知の資料のみによることとした。

 その資料の一は日本教職員組合運動であるところの全国大会において、決議した運動基本方針および闘争目標である。本答申に添付したその要項について見るに、特に説明を加える必要もないが、その多くが政治的活動であり、かつ、これが特定の政党を支持するものであるかどうかは別として、著しく一方に偏向していることは否定することを得ない。なお、そのうち一九五三年度の基本方針の中で「再軍備を基としたファッショ的な文教政策からこどもを守るため」にとあるは、原案では「天皇制復活を主軸としたファッショ的な文教政策からこどもを守るために」とあつたものを討議の結果修正されたものであるが、いずれにしても文教政策に対するかような考え方は、中立であるとは言えない。

 その資料の二は、日本教職員組合の文化活動であるところの教育研究大会の第二回大会報告書「日本の教育」である。この教育研究大会の趣旨性格は、右の「日本の教育」について明白にされており、特定の政治的意図のもとに、組合員たる教員が教育を行うことを期待しているのである。(もちろんこのことは各部門の報告研究の教育的価値を否定するものではないことを付記する。)当時の日教組中央執行委員長岡三郎氏は「刊行によせて」と題する「日本の教育」序文において「教育の軍国主義化を確立するために躍起となっている反動陣営の文教政策と対決」するために、この報告書に集約された研究活動の成果を活用されることを要望しているが、こういう断定はあまりにも政治的であり、またあまりにも一方的である。

 また本文「本書の内容について」の中に「教研大会がわれわれ教師の基本的歴史的課題として、平和と独立のための教育体制の確立を目ざして行われたということが、本書の内容を決定している。安保条約と行政協定とを抱き合せとして成立した片面講和条約の結果として、われわれ日本人が現在当面している状況が、政治・経済のあり方ばかりでなく、いかに深く教育の場面にそれをゆがめるように作用しているかを究明することを通じて、日本の国民とこどもの真の幸福のため、われわれはどのように教育のしくみを変えていかなければならないかを追求するのが本書の課題である。」と説明している。平和・安保両条約に賛成し、または反対し、あるいはその一つに賛成して他に反対した政党があるのだから、右は明らかに特定政党の政策を支持しているものと見られる。

 また、両条約成立の結果、教育をゆがめていると結論することは一つの意見であるが、しかし一方に偏した政治的見解であり、すくなくともかかる考え方で、年少者に対する教育をなすことはきわめて不穏当である。現に社会科の教科書においては、右両条約を研究および討論の課題として示しているものもあるから、この場合、組合の研究大会において指導されている組合員たる教員の指導が、その生徒・児童の政治意識に対して、いかなる影響を与えるかはあえて説明するまでもない。

 教員の政治的中立性に関する問題のうち最も重要なるは、高等学校・中等学校・小学校教員の大部分を包容する日教組の行動があまりに政治的であり、しかもあまりに一方に偏向している点と、その決議、その運動方針が組合員たる五〇万の教員を拘束している点とその教員の授業を受ける一、八〇〇万の心身未成熟の生徒・児童の存在する点とにある。

 日教組が地方公務員法に基く職員団体の任意の連合体であり、その結成そのものはもとより自由であろうが、その活動の現状をみるに前述のとおりであつて、その組合員たる教員が、組合の政治的方針を学校内に持ち込んで、直接教育に当ることあるを考えれば、まことに憂慮にたえないものがある。もちろん、現在すべての教育がかくのごとくであるとは信じないけれども、これを放任することは、やがて救うべからざる事態を惹起するであろう。

 したがって教員の組織する職員団体およびその連合体が、年少者の純白な政治意識に対し、一方に偏向した政治的指導を与える機会を絶無ならしむるよう適当な措置を講ずべきである。

 なお、前述の外、教育の政治的中立性確保のために、左の諸項の実現を期することも必要であると考える。

 イ 協議会の開催等の方法により、文部省と教育委員会との連絡をいっそう緊密にすること。

 ロ 教育委員会委員の選挙に関し、教職員は退職後、一定期間経過しなければ立候補できないものとすること。(本項については第一回答申においてもすでに述べたところである。)

 ハ 教科用図書以外の図書、たとえば夏休み日記のごときものを使用しようとするときは、あらかじめ校長から教育委員会に届いでしむること。なお、右に関する文部省または委員会の権限を規定すること。

第四回答申(昭和二十九年二月八日)

医学および歯学の教育に関する答申

 医学部および歯学部の修業年限を進学課程二年(以上)、専門課程四年とするよう提案したほか、進学課程および専門課程の入学資格ついて答申した。

第五回答申(昭和二十九年八月二十三日)

義務教育学校教員給与に関する答申

 公立義務教育学校の教員給与について、根本的な再検討が必要であるとし、職務の特殊性に応じた給与制度を樹立すべきこと、地方財政の困難により不当な影響を受けないようにすべきこと、給与問題と関連して、教員定数を含む学校基準を策定すべきことなどを答申した。

第六回答申(昭和二十九年十一月十五日)

大学入学者選考およびこれに関連する事項についての答申

 大学入試に関して、高等学校の記録の尊重、学習指導要領に基づく学力検査の実施その他の改善のための施策を提案するとともに、短期大学制度の恒久化や短期大学の課程と高等学校の課程とを包含する学校組織を認めることなどについて答申した。

第七回答申(昭和二十九年十二月六日)

特殊教育およびへき地教育振興についての答申

 特殊教育に関しては、対象児童生徒の実態はあく、盲・ろう学校への就学援助の強化、養護学校・特殊学級の設置の促進等について、へき地教育に関しては、小規模学校の統合の促進、へき地基準の再検討等について、具体的施策の樹立実施を求めた。

第八回答申(昭和二十九年十二月二十日)

かなの教え方についての答申

 小学校児童に、ひらがなから教えることについては、国語審議会ならびに教育課程審議会に付議して、その取扱を慎重に研究すべきことを答申した。

第九回答申(昭和三十年九月十二日)

私立学校教育の振興についての答申

私立学校教育の振興について

 わが国の私立学校の本領は、建学の精神に基く独特の学風と伝統のもとに特色ある教育を自主的に行うとともに、自立の経済的基礎を有することにあり、今日まで多くの私立学校は、この本領を発揮しつつ、国立および公立の学校と並んで人材の育成に多大の貢献をしてきた。

 しかるに戦災および戦後の経済的変動ならびに新学制の実施は、今日私立学校の自力のみによる経営整備を困難ならしめ、ために、その存在意義をなす特色すらおびやかされようとしている。

 他方私立学校は、国立および公立の学校と同様公の性質をもつものであって、自主性が尊重されるとともに、公共性が確保されなけばならたい。しかるに一部の私立学校では、この点において遺憾な事例が見うけられる。

 私立学校の業績と教育上に占める地位ならびにその現状を見るとき、国が積極的にこれを助成し、必要な財政的援助を与えるとともに、その公共性確保を図ることが現在強く要請されている。

 私立学校教育の振興策については、国立・公立および私立を含む全体の教育計画の一環として考慮されなければならないことは当然であるが、以上の見地から、特にその自主性と経済的自立とをそこなわないように、必要な財政的援助と公共性確保の方途が講ぜられなければならたい。もとより私立学校の根本的性格、特に国と私立学校との関係については、さらに一段の検討を要するものがあるが、下記の諸点についてすみやかに適切な処置を講ぜられたい。

1 財政に関するもの

一 私立学校振興会に対する政府出資金については、少なくとも応急処置としての既定の五か年計画をすみやかに実施し、さらに実情を勘案して恒久的計画を樹立しその実現を図ること。

 私立学校振興会の私立学校に対する貸付金については、すえおき期間を設定し、かつ貸付利率の引下げを行うとともに、実情に応じ逐次貸付期間の延長を図ること。

二 国が特に必要とする教育・研究を行う私立学校に対しては、その教育・研究の振興をはかるために、必要な経費について国は助成を行うこと。

三 理科教育振興法・学校図書館法による補助金その他国立・公立および私立を区別する理由のない補助金については、私立学校をも対象とすること。

四 学校施設の災害復旧費に対する国庫補助を行うこと。

五 補助金・貸付金の配分については、画一的形式的でなく、有効適切な効果が期待できるように重点的にこれを行うこと。なお、私立学校も国の助成等のみに依存することなく、自己財源の増強に努めること。

六 学校法人に対する寄付を容易ならしめるため、所得税・法人税等に関する免税処置を強化すること。なお、学校寄宿舎等については、非課税処置を講ずること。

七 私立学校教職員共済組合については、福利施設の設置等事業の改善強化を図り、未加入者の加入をも促進すること。

 なお、私立学校教職員の業務災害保障・失業爆険等についても検討すること。

3 行政に関するもの

一 学校(学部を含む。)の位置の変更、分校の設置廃止(位置の変更を含む。)および学校法人の基本財産の処分については、認可制とすること。

二 学校および学校法人が法令の規定に違反し、または正常な授業の停止、施設設備の不備、定員の超過その他教育上著しい支障があると明らかに認められるときは所轄庁が勧告しうるようにすること。

三 入学の際の寄付金・学校債等については、あらかじめ入学志願者その他関係者に周知させるような方法をとるとともに、教育の機会均等をそこなわないようにじゅうぶん留意すること。

四 学校法人の予算決算および専任教員組織の異動その他私立学校教育振興上必要な事項については、所轄庁に報告させるようにすること。

五 高等学校以下の学校に対する指導助言制度および所轄庁の一元化ならび私立学校審議会の組織構成等の改善については、その必要性はじゅうぶん認められるが、教育行政制度改善の根本問題とも関連するので将来検討すること。

 なお、私立学校審議会の組織については、学識経験者の委員に教育委員会関係者から少くとも一名を加えることが望ましい。

六 大学(学部学科、大学院)の設置については、条件付認可のものは、すみやかにその条件を充足させるとともに、卒業生の就職状況等にもかんがみ、今後の新設にあたっては、設置基準を厳守して、原則として条件付認可は行わないこと。

 なお、このことについては、国立および公立も同様である。

七 私立大学の教員の学内における地位の確立、身分の保障等については、大学自治の原則上じゅうぶん尊重されることが望ましい。

八 各種学校については、その学校数および種類がきわめて多く、質的にも千差万別の現状であるので、これが実態をすみやかに調査し、本制度の健全なる発達について今後じゅうぶん検討を行うこと。

第十回答申(昭和三十年十月三日)

教科書制度の改善方策についての答申

 教科書制度の基本的性格は維持すべきであるが、現行法規には不備な点があるとし、また、教科書の内容・価格と採択の適正確保、発行供給の円滑・公正等実施面でも改善の必要があるとして、検定、採択、発行・供給、価格等につき改善策を示し、適正な処置を講ずるよう求めた。

第十一回答申(昭和三十一年七月九日)

教育・学術・文化に関する国際交流の促進についての答申

 留学生・研究者の受入れおよび派遣、学術文献・資料の交流、東南アジア地域に対する協力、人物交流等のための中央機関の設置、日本語教育方法の改善等につき、とるべき方策を示した。

第十二回答申(昭和三十一年十一月五日)

公立小・中学校の統合方策についての答申

 町村合併の機運とあわせて、小規模校の統合を積極的、計画的に促進するよう、学校統合の基本方針と統合の基準を明らかにするとともに、統合に必要な施設、交通機関等に対する国の助成について答申した。

第十三回答申(昭和三十一年十二月十日)

短期大学制度の改善についての答申

 短期大学制度を恒久的な制度とするよう提案するとともに、その目的・性格・修業年限・教育内容等に関する考え方を明らかにし、また、高等学校の課程を包含する短期大学を認めるべきであることなどについて答申した。

第十四回答申(昭和三十二年十一月十一日)

科学技術教育の振興方策についての答申

第一 大学の学部、大学院および附置研究所における科学技術教育について

一 科学技術系大学学部卒業者の質の向上

 戦後躍進した科学技術の特徴は、各専門分野が高度に細分化してゆく反面、おのおのが密接な連係を保ちながら進歩してゆくことである。このような情勢の中にあって、産業の推進力たる科学技術者としては、広い教養を持ち、確固とした基礎学力を備え、高い専門技術を持つことが必要である。大学卒業者の質に対する産業界からの要請は、産業の規模と種類によって相当幅があるが、大学学部の卒業者についての要請の帰するところは、大学卒業後数か年の経験を加えることによって、産業技術の将来をになうに足る専門技術者となりうる素養を持つことにある。

 現在の大学教育が科学技術者養成においてふじゅうぶんであるおもな原因は、戦後現行制度の実施にあたって、従前の高等専門学校を母体として組織された大学については、教職員の数と質、施設・設備等が準備不足のまま発足したこと、一方、旧制大学の転換したものについては、老朽の施設・設備が未更新のまま現在に至っており、教職員の数あるいは教授方法が旧態依然のものが多いことなどによるものと考えられる。したがって、科学技術系大学卒業者の質を向上させるためには、現行の教育方針の徹底を図るとともに、次の諸施策を、具体的な年次計画をもって実施することが必要である。

(一) 教育内容および教育方法の改善

現在の大学卒業者における数学・物理学・化学・外国語および国語等の一般基礎学力と専門基礎学力の不足ならびに実験・実習・設計・研究等の訓練のふじゅうぶんな点を補い、かつ、専門学力の向上を図るため、一般教育・基礎教育および専門教育科目の単位の基準・単位数・教授方法・授業計画等の改善を図ること。その際、一般教育を軽視することのないように留意すること。

(二) 教職員の充実と質の向上

A 国立大学および附置研究所の教職員の充実と質の向上を図ること。特に助手その他実験実習補助員が不足しているのでこれの充実を図ること。

B 優秀な教員を確保するため、教員の待遇を改善すること。

C 在外研究員の増加、内地留学の促進を図ること。

(三) 施設・設備の充実A 国立大学および附置研究所の施設・設備は、なお、ふじゅうぶんであり、かつ、老朽化したものが多いので、その充実・更新を図ること。

B 公・私立大学の施設・設備の充実ならびに新・増設について、さらに積極的に助成の方途を講ずること。

(四) 研究費等の増額教官研究費・学生経費・科学研究費・教官研究旅費・学生実習指導旅費等、大学の教育と研究を発展させる基となる諸経費の増額を図ること。

(五) 大学入学者の基礎学力の向上

高等学校および中・小学校の数学(算数)・理科教育等の教育課程の改善を行い、大学入学者の基礎学方の向上を図ること。

(六) 大学と産業界との連係

大学の教育と研究とに産業界の要望を反映させ、また、学生の工場実習に産業界の協力を求めるなど、努めて大学と産業界との接触を密にし、相互の協力を促進すること。

二 科学技術系大学学部卒業者の数の増加現在、国・公・私立大学を通じて、科学技術系の大学卒業者が不足しており、また、将来も産業の拡大に伴ってますます不足することが予想されるので、次のような処置によって、その必要数の確保を図る必要がある。

(一) 養成計画の樹立

A 確固とした産業振興政策を樹立し、それに準拠して科学技術者養成の年次計画をたて、これを実行するに必要な処置を講ずること。

B 科学技術者養成の年次計画をたてるにあたっては、さきに文部省が実施した「杜会的要請に基く教育計画立案のための調査」(この調査は、今後さらに改善を加えること)などを参考にし、将来の経済発展に即応する科学技術者の必要数について、できるだけ正確な測定を行うこと。

(二) 学部・学科等の拡充と学生定員の増員A 科学技術者養成の年次計画に準拠して、物理・化学・機械・電気・応用化学・化学工学等の基礎的な学部・学科をはじめ、その他必要な学部・学科の学生定員の増員を行い、これにともなって教員組織・施設・設備の充実を図る。この場合、これらの施設・設備をできるだけ効率的に運用することを図るとともに、また、必要に応じては、学部・学科・短期大学等の増設を行うこと。その際、その大学の特色をできるだけ生かすようにすること。

B 原子力・電子工学等最近特に躍進した科学技術に対処するための養成を図ること。

C 公・私立大学が上記A、Bの処置によって科学技術系学生数を増加する場合には、積極的に助成すること。

三 大学院の充実

(一) 高度の科学技術者と優秀な教育者・研究者を養成する大学院の任務の重要性にかんがみ、その施設・設備および教員組織を充実整備するとともに、大学院学生に対する奨学資金を拡充増額すること。

(二) 大学院の修士課程においては、技術者養成の目標をも有することを明らかにするとともに、産業界の現職技術者を受け入れて、再教育する方途を講ずること。

四 大学附置研究所の協力

(一) 大学附置研究所の研究部門を整備し、施設・設備を充実更新し、また、広く全国の研究者の利用に応じうるように意を用いるとともに、学部および大学院における授業と指導にも附置研究所がいっそう協力するようにすること。(二) 大学附置研究所は産業界と相互に協力し、研究成果の促進・向上を図るとともに、産業界の現職技術者に対する再教育を行いうるようにすること。

第二 短期大学における科学技術教育について

 今日、産業界において、旧制工業専門学校の卒業者に相当する技術者の要望が強いが、現在、理工系の短期大学は、数も少なく内容もふじゅうぶんで、科学技術教育の面で大きた寄与をしているとはいい難い。

 わが国においては、大企業と並んで中・小企業も大きな部分を占めているので、このような技術者の養成は急務と思われる。そのためには、さきに答申したとおり、次の処置が必要である。

一 短期大学の目的・性格を明らかにし、その制度および内容の改善を図ること。

二 短期大学と高等学校とを合わせた五年制または六年制の技術専門の学校を早急に設けること。

 なお、公・私立短期大学が理工系教育の拡充を行う場合には、必要な助成を行うこと。

第三 高等学校および中・小学校における科学技術教育について

一 高等学校および中・小学校卒業者の質の向上

 高等学校および中学校の卒業者は、上級学校へ進学する者と直ちに職業または家事に従事する者とに分かれる。進学者については、特に基礎学力の向上が望まれ、就職する者については初級の技術者・技能者としての資質の向上が切望されている。

 このためには、高等学校および中・小学校を通じて、基礎学力ないし科学技術の基礎である数学(算数)・理科教育等を強化するとともに、高等学校においては産業教育、中学校においては職業に関する基礎教育を強化する必要がある。

 しかして、数学・理科教育および産業教育の実施においては、生徒の進路の多様性に留意して、その志望と能力に応ずる指導がなされることが必要である。

 以上の観点から、次の対策がとられなければならない。

(一) 教育内容および教育方法の改善

a 数学(算数)・理科および技術に関する教科においては、内容を精選して基本的・原理的事項が系統的にじゅうぶん学習されるようにするとともに、外国語・国語等についても指導を徹底すること。

b 中・小学校の教育課程において、数学(算数)・理科教育を強化するとともに、工作等の学習を改善充実して、技術的・実践的態度の育成を図ること。

c 中学校においては、義務教育の最終段階にあることにかんがみ、高学年においては、いっそう進路・特性に応ずる教育を行うことができるように、教育課程を改善すること。

d 高等学校および中学校においては、進路指導をいっそう強化すること。

e 高等学校の各課程の特色をいっそう生かすようにするとともに、普通課程においては、進路に応ずる教育を充実するため、コース制を強化すること。

f 高等学校の定時制課程において、その目的・性格を明らかにし、いっそう職業教育を重視し、地域産業との関連をさらに密接にするとともに、通信教育においては、職業に関する教科の実施科目をいっそう拡充すること。

g 義務教育終了後、進学することなく直ちに就職する者に対し、短期の技能教育を施すため、高等学校の別科の制度を活用して産業科を設けること。

h 指導の徹底を図るため、中・小学校においては、一学級あたりの生徒・児童数を五〇人以下とするように必要な処置を講ずること。

(二) 教職員の充実と質の向上

a 高等学校および中・小学校における教職員の定数の増加を図ること。特に理科・工作・産業教育関係教員の必要数を確保する処置を講ずるとともに、高等学校にあっては、実習助手を置くことを促進すること。

b 優秀な人材を多数教員として迎えるため、産業教育関係教員のうち、特に必要と認められる者については、その待遇について、特別の考慮を払うとともに、産業教育関係教員になろうとする者に対し、特別に奨学の処置を講ずること。

c 高等学校および中・小学校の理科・工作・産業教育関係教員の資質を高めるために、教員養成諸学校におけるこれらの教科についての教育を充実強化するとともに、教員養成制度・教員免許制度を再検討してその改善を図ること。

d 次の方法によって、教員の現職教育を行うこと。

(a) 科学教育研究室を拡充強化し、教員の長期研修に資すること。

(b) 産業教育関係教員に対して、特に現場実習の機会を与えること。

(c) 理科・産業教育関係教員に対して、年次計画をもって、実験・実習を中心とした現職教育講座を開設すること。

(三) 施設・設備の充実

 高等学校および中・小学校における科学技術教育に必要な施設・設備を急速に整備充実すること。

 このため、理科教育振興法にもとづき、理科教育に必要な実験・実習の設備を年次計画をもって、急速に整備充実すること。

 なお、学校において備うべき実験・実習の機械・器具等の研究を助成し、もって能率的なよい教材・教具の奨励・普及につとめること。

 また、産業教育振興法による国の財政的援助を強化し、設備の更新、産業の進展に応ずる特別設備の充実に対しても助成すること。

(四) 研究費の増額

 理科・産業教育関係教員に対して、その研究意欲を増進させるために、科学研究費のうちから研究奨励金を交付する制度をいっそう拡充すること。

(五) 教育制度の改善

 工業に関する初級の技術者の資質を高めるため、高等学校工業課程に中学校を付設して一貫教育を行いうるようにすること。ただし、政府は、この実施にあたっては、義務教育あるいは他の課程との関連を慎重に考慮すべきである。

また、高等学校工業課程の教育を充実するために、専門によっては、専攻科制度の活用を促進すること。

(六) 高等学校と産業界との連係

a 生徒の工場実習、教員の現場実習の機会を得るために、産業界との連係を密にし、相互の協力を促進する方策を講ずること。

なお、高等学校定時制技能者養成施設との連係を密にすること。

b 産業界における技術者の協力を得るために、それらの技術者を容易に教員(講師を含む。)に採用できるように、資格・待遇について必要な処置を講ずること。

二 高等学校職業課程卒業者の数の増加

 高等学校工業課程卒業程度の技術者の数は、大学卒業・短期大学卒業程度の技術者の必要数に応じて多数必要であり、また、将来著しく不足するものと予想されるから、その数の増加のため、以下の対策の講ぜられることが必要である。

(一) 養成計画の樹立

大学卒業程度の技術者の場合と同様に、産業の進展に伴う社会的需要、専門分野別必要数等を調査測定して、年次養成計画を樹立すること。

(二) 職業課程の増設

 高等学校工業課程卒業程度の技術者は、将来特に著しく不足するものとみられているから、新設または普通課程からの転換によって、職業課程特に工業課程の増設を図ること。このためには、国はその施設・設備のために大幅に財政的処置を講ずること。

第四 社会教育における科学技術教育について

 国民の間に科学技術尊重の思潮を育成し、また、科学技術に関する知識・技能を普及向上させるためには、学校教育における科学技術教育と並んで杜会教育が大きな役割を果すものであることはいうまでもない。

 したがって、社会教育においては、社会生活・家庭生活に必要な科学的知識・技能を普及向上させることを目標として、次のような対策の講ぜられることが必要である。

 一 国民の科学知識・技能の向上を図るために、現行の科学講座・科学関係の社会通信教育の内容・方法(特に実験・実習)等を充実してその振興を図ること。

 二 ラジオ・テレビ(特に教育テレビ)が科学技術知識の普及・向上において果す大きな機能に着目し、それらの番組の編成にあたっては、科学技術教育に関するものを奨励するとともに、公民館等の社会教育施設に対してラジオ・テレビその他科学知識・技能の普及向上に資する設備の増設を図ること。

 また、科学知識・技能に関する映画・幻灯・録音教材の製作・利用も同様の趣旨から、大いに奨励助成すること。

 三 科学博物館の設置を奨励するとともに、内容の充実および運営等については、諸外国における好例をも参考として、さらに検討の上改善すること。

 四 科学技術教育の普及・振興は、一般国民とりわけ青少年に対して行われることがたいせつであるから、特に青年学級等における科学技術教育の充実を図ること。

 以上の対策が効果をあげるためには、関係各方面の社会的な理解と協力にまたなければならないことに留意して、運営上の適切な処置が講ぜられる必要がある。

第十五回答申(昭和三十三年四月二十八日)

勤労青少年教育の振興方策についての答申

 高等学校定時制課程、大学・短大の夜間部・通信教育、各種学校、青年学級等各種勤労青少年教育機関の改善、技能教育施設と高等学校定時制課程との連けい等各機関相互の関連、勤労青少年教育に対する社会の協力理解等につき、とるべき施策を答申した。

第十六回答申(昭和三十三年七月二十八日)

教員養成制度の改善方策についての答申

 教員の養成は、国の定める基準によって大学で行なうこと等教員養成の基本方針を明示したほか、学校種別ごとに必要とされる教員の資質とその育成、教員養成大学の目的・性格、教育課程の基準、国立の教育大学(学部)の養成対象、配置などについて答申した。

第十七回答申(昭和三十四年三月三日)

育英奨学および援護に関する事業の振興方策についての答申

 機会均等、英才育成、人材確保の三目標とそれに応ずる方法(学資貸与金の貸与、育英給与金の給与、研究奨励金の給与および貸与金の返将来著しく不足するものと予想されるから、その数の増加のため、以下の対策の講ぜられることが必要である。

(一) 養成計画の樹立

 大学卒業程度の技術者の場合と同様に、産業の進展に伴う社会的需要、専門分野別必要数等を調査測定して、年次養成計画を樹立すること。

(二) 職業課程の増設

 高等学校工業課程卒業程度の技術者は、将来特に著しく不足するものとみられているから、新設または普通課程からの転換によって、職業課程特に工業課程の増設を図ること。このためには、国はその施設・設備のために大幅に財政的処置を講ずること。

第四 社会教育における科学技術教育について

 国民の間に科学技術尊重の思潮を育成し、また、科学技術に関する知識・技能を普及向上させるためには、学校教育における科学技術教育と並んで杜会教育が大きな役割を果すものであることはいうまでもない。

 したがって、社会教育においては、社会生活・家庭生活に必要な科学的知識・技能を普及向上させることを目標として、次のような対策の講ぜられることが必要である。

 一 国民の科学知識・技能の向上を図るために、現行の科学講座・科学関係の社会通信教育の内容・方法(特に実験・実習)等を充実してその振興を図ること。

 二 ラジオ・テレビ(特に教育テレビ)が科学技術知識の普及・向上において果す大きな機能に着目し、それらの番組の編成にあたっては、科学技術教育に関するものを奨励するとともに、公民館等の社会教育施設に対してラジオ・テレビその他科学知識・技能の普及向上に資する設備の増設を図ること。

 また、科学知識・技能に関する映画・幻灯・録音教材の製作・利用も同様の趣旨から、大いに奨励助成すること。

 三 科学博物館の設置を奨励するとともに、内容の充実および運営等については、諸外国における好例をも参考として、さらに検討の上改善すること。

 四 科学技術教育の普及・振興は、一般国民とりわけ青少年に対して行われることがたいせつであるから、特に青年学級等における科学技術教育の充実を図ること。

 以上の対策が効果をあげるためには、関係各方面の社会的な理解と協力にまたなければならないことに留意して、運営上の適切な処置が講ぜられる必要がある。

第十五回答申(昭和三十三年四月二十八日)

勤労青少年教育の振興方策についての答申

 高等学校定時制課程、大学・短大の夜間部・通信教育、各種学校、青年学級等各種勤労青少年教育機関の改善、技能教育施設と高等学校定時制課程との連けい等各機関相互の関連、勤労青少年教育に対する社会の協力理解等につき、とるべき施策を答申した。

第十六回答申(昭和三十三年七月二十八日)

教員養成制度の改善方策についての答申

 教員の養成は、国の定める基準によって大学で行なうこと等教員養成の基本方針を明示したほか、学校種別ごとに必要とされる教員の資質とその育成、教員養成大学の目的・性格、教育課程の基準、国立の教育大学(学部)の養成対象、配置などについて答申した。

第十七回答申(昭和三十四年三月三日)

育英奨学および援護に関する事業の振興方策についての答申

 機会均等、英才育成、人材確保の三目標とそれに応ずる方法(学資貸与金の貸与、育英給与金の給与、研究奨励金の給与および貸与金の返還免除)ならびにその事業内容を示すとともに、事業の実施体制その他についての改善の方策を定めて答申した。

第十八回答申(昭和三十四年十二月七日)

特殊教育の充実振興についての答申

 特殊教育諸学校および特殊学級の対象、養護学校および特殊学級の設置に関する施策、就学奨励、教員の養成等に関し、特殊教育の充実振興方策を答申した。

第十九回答申(昭和三十八年一月二十八日)

大学教育の改善についての答申

 新制大学割度の実施状況と最近の産業経済および科学技術の発展にかんがみ、大学の目的・性格、設置・組織編成、管理運営、学生の厚生補導、入学試験、財政など大学教育のすべての分野にわたり、改善のための施策について答申した。

第二十回答申(昭和四十一年十月三十一日)

後期中等教育の拡充整備についての答申

第一 後期中等教育の理念

一 後期中等教育の拡充整備の必要性

 今日、世界各層は、開発途上にある国々はもとより、先進国家群も、自国の繁栄と国民生活の向上のために、こぞって教育改革に力を傾けている。これらの教育改革のめざすところは、それぞれの国情によって異なる点を含んでいるが、そのいずれの場合にも、中等教育の改革が共通に重視されていることは、注目に値する。このことは、新しい時代の発展に備えて、教育の機会均等の徹底強化を期するとともに、国家社会の形成者として、またその経済的、杜会的発展のにない手として、もっとも大きな割合を占める青少年に対し、初等教育の基礎の上に、さらに充実した個性と能力を発揮させる機会を提供することが、今日の重要な国家的課題であることを示すものといえよう。

 現在、わが国の青少年は、義務教育修了後、その約六〇%が全日制高等学校に進学し、その地の者は勤労に従事している。この勤労青少年の約半数は、定時制高等学校、各種学校、各種職業訓練機関、青年学級等において教育訓練の機会をもっているが、他の半数は、まったくそのような経験をもっていない。しかも、その大部分は、職業または実際生活に必要な知識・技能あるいは一般的な教養を身につけることを希望しながら、さまざまな事情によって、その機会に恵まれない状態である。

 他方、義務教育修了者の約七〇%を受け入れている全日制、定時制および通信制の高等学校では、さまざまな生徒の能力と将来の進路に応じた教育が施されているとはいいがたく、教育課程をじゅうぶんに消化できなかったり、ほとんど職業に対する準備もなく就職したりする多くの生徒のあることが指摘されている。また、生徒の適性・能力が多様であるとともに、高等学校の卒業者に対する社会の要請も多様であって、一方では専門的な技術教育が要求されながら、他方では、一定の熟練度を身につけさせる技能教育の必要性が強調されている。

 さらに、勤労青少年に対する教育訓練機関についても、その質的な水準の向上を図るとともに、勤労青少年の生活の実態に即して、その修学条件と教育内容を改善することが強く要請されている。

 現在わが国の教育は、世界に注目されるほどの発展をみるにいたっているが、他面、上述のような要請にこたえて後期中等教育の拡充整備を推進するためには、わが国の教育界と一般社会とにしばしば見受けられるかたよった考え方を改める努力が必要である。すなわち、学校中心の教育観にとらわれて、社会の諸領域における一生を通じての教育という観点を見失ったり、学歴という形式的な資格を偏重したりすることをやめなければならない。職業に対して偏見をもち、人間の知的能力ばかりを重視して、技能的な職業を低く見たり、そのための教育訓練を軽視したりする傾向を改めなければならない。また、上級学校への進学をめざす教育を重視するあまり、個人の適性・能力の自由な発現を妨げて教育の画一化をまねくことは、民主主義の理念に反するばかりでなく、個人にとっても社会にとっても大きな不幸であることを、深く反省しなければならない。

二 人間形成の目標としての期待される人間像

 後期中等教育のあり方を検討するにあたっては、上述のような各種の要請について配慮するとともに、さらに一歩を進めて、今後の日本を背負うこれらの青少年に対する教育は、究極においてどのような理想をめざすものであるかについても考えてみなければならない。

 いうまでもなく、教育は人格の完成をめざすものであり、人格こそ、人間のさまざまな資質・能力を統一する本質的な価値である。すなわち、教育の目的は、国家社会の要請に応じて人間能力を開発するばかりでなく、国家社会を形成する主体としての人間そのものを育成することにある。

 それでは、主体としての人間のあり方について、われわれはどのような理想像を描くことができるであろうか。そのような理想像は、国民各個人がみずからの人間形成の目標として希求するものであるとともに、人間形成を媒介する教育の仕事に従事する者が教育活動の指針とするにふさわしいものでなければならない。それを、われわれは期待される人間像と呼ぶ。教育の究極の理想を探究することは、このような期待される人間像を追求することにほかならない。

 このような観点から、後期中等教育の理念を明らかにするため、今後の国家社会において期待される人間像はいかなるものかについて検討し、その公表された中間草案に対する各方面の意見も考慮して、別記の「期待される人間像」をとりまとめた。この検討にあたっては、わが国の憲法および教育基本法に示された国家理想と教育理念を根底にするとともに、われわれ日本人が今日当面している重要な課題はつぎの三つであると考え、これに対処できる人間となることを目標として、そのためとくに身につけなければならない諸徳性と実践的な規範とをあげて期待される人間像の特質を表わすこととした。

(1) 技術革新が急速に進展する社会において、いかにして人間の主体性を確立するか。

(2) 国際的な緊張と日本の特殊な立場から考えて、日本人としていかに対処するか。

(3) 日本の民主主義の現状とそのあり方から考えて、今後いかなる努力が必要か。

 本審議会は、別記の「期待される人間像」が、広く一般国民、とくに青少年の教育に従事する人々が人間像を追求しようとする場合、あるいは、政府が基本的な文教施策を検討する場合に、参考として利用されることを期待するものである。

三 後期中等教育の目的・性格

 以上のような観点から、今後わが国において拡充整備すべき後期中等教育は、つぎのような目的・性格をもつものとすべきである。

(1)十五歳から十八歳までのすべての青少年に対し、その能力を最高度に発揮させるため、義務教育修了後三か年にわたって、学校教育、社会教育その他の教育訓練を通じて、組織的な教育の機会を提供する。

 なお、将来において、十八歳までなんらかの教育機関に就学する義務を課することの可能性について検討する。

(2)教育の内容および形態は、各個人の適性・能方・進路・環境に適合するとともに、社会的要請を考慮して多様なものとする。

(3)すべての教育訓練を通じて、人間形成上必要な普通教育を尊重し、個人、家庭人、社会人および国民としての深い自覚と社会的知性を養う。

第二 後期中等教育のあり方上述の後期中等教育の理念に基づきその拡充整備を図るにあたっては、国立、公立および私立の各種の教育訓練機関がそれぞれの役割を発揮できるよう、総合的、全体的な観点にたって、づぎのような具体的方策を講ずる必要がある。

一 高等学校教育の改善

(1)普通教育を主とする学科および専門教育を主とする学科を通じ、学科等のあり方について教育内容・方法の両面から再検討を加え、生徒の適性・能力・進路に対応するとともに、職種の専門的分化と新しい分野の人材需要とに却応するよう改善し、教育内容の多様化を図る。

(2)職業または実際生活に必要な技能または教養を、高等学校教育の一部として短期に修得できる制度を考慮する。

(3)勤労青少年の修学を容易にするとともに、教育効果を高めるため、定時制と通信制の併修形態を拡大する。また、定時制と通信制の課程を併置する勤労青少年のための独立の高等学校の設置を計画的に推進するとともに、各課程ごとの学校についても、その整備充実を図り、必要に応じて独立校とする。とくに農山村等に定着する勤労青少年のための定時制の課程については、積極的に整備を図る。

二 各種学校制度の整備

(1)各種学校の健全な発展とこれに対する指導育成の基礎を固めるため、その目的・性格を明らかにする。

(2)各種学校のうち後期中等教育段階の青少年を対象とする課程については、必要な基準を整備し、各種学校としての特色を生かしながら全般的な水準の維持向上を図る。この場合、その卒業者が、できるかぎり各種の職業上その他の資格を取得できるよう配慮する。

(3)前項の課程において充実した教育が行なわれるよう必要な奨励措置を講ずる。

三 勤労青少年に対する教育の機会の保障

(1)十五歳から十八歳までの青少年であって、現にいずれの教育訓練機関(文部省所管以外の職業訓練施設等を含む。)にも在籍していないすべての者に対して、後期中等教育の機会を保障するため、別種の恒常的な教育機関を設置する。

 この場合における設置は、地方公共団体の任務とし、国はそれに対して必要な助成措置を講ずるものとする。なお、地方公共団体以外の者がこの教育機関を設置することを妨げない。

(2)この教育機関は、青年学級制度を改善して、主として勤労青少年に対し、その適性・能力・環境に応じて職業、家事などに関する知識・技能を修得させるとともに、その教養を向上させることを目的とする。

四 社会教育活動の充実各種の後期中等教育機関の拡充によって、この年齢層のすべての青少年をいずれかの教育訓練機関において教育すると同時に、それらの青少年の自主性を尊重して、有意義な集団活動を通じて心身を鍛練し、協同の精神と社会的能力を高める機会を提供する必要がある。

 そのため、青年の家その他青少年活動の拠点となる施設を整備し、青少年のための各種の研修事業を拡充し、青少年の団体活動を助長するなどの方法によって、これらの青少年を対象とする社会教育活動の充実を図る。

五 その他の方策

(1)特殊教育機関の拡充

 盲学校、聾学校および養護学校についても、中央教育審議会の「特殊教育の充実振興について」の答申の趣旨にそって全般的な充実をすみやかに実現するとともに、高等部の拡充を促進する。

(2)普通教育の徹底

 後期中等教育の段階にある青少年は、心身の発達においてきわめて重要な時期にあるので、これに対するすべての教育訓練機関においては、普通教育のための教科の指導その他の教育訓練を通じて、豊かな人間性を育成するための教育指導を行なうものとする。

(3)女子に対する教育的配慮

 後期中等教育機関の拡充にあたっては、女子に対する教育の機会は、男子と均等に確保されなければならないが、その教育の内容については、女子の特性に応じた教育的配慮も必要である。

 そのため、高等学校においては、普通科目についても、女子が将来多くの場合家庭生活において独特の役割をになうことを考え、その特性を生かすような履修の方法を考慮する。また、今後における女子の社会的な役割の重要性にかんがみ、その社会性を高めるための教育指導を行なうとともに、女子の特性に応じた職業分野に相応する専門教育の充実を図る。

(4)高等学校の単位の認定

 後期中等教育機関の拡充に伴い、各種の教育訓練機関における学習の成果を一定の条件のもとに高等学校の単位として認定する道を開くことは、とくに複雑な事情のもとに学習しなければならない勤労青少年の向学心を高め、その学習の成果を学校教育制度の上で正当に評価できる効果がある。

 そのため、現在の高等学校と技能教育施設との連携制度の趣旨を拡大して各種学校や三で述べた勤労青少年のための教育機関にまでその対象を広げるとともに、認定できる科目の範囲を拡大する。

(5)就学奨励

 後期中等教育機関を拡充するとともに、これらへの就学を容易にするため、つぎのような措置を講ずる。

ア 高等学校およびその他の後期中等教育機関に在籍する者に対し、奨学制度の拡充その他の就学奨励の措置を講ずる。

イ 勤労青少年が、週一日程度昼間に就学できるよう適切な措置をとることを検討する。なお、現状においても、それらの者が、夜間の授業に定時に出席できるよう措置を講ずる。

ウ 雇用主の理解と協力のもとに、勤労青少年が一定の期間ごとに勤労と修学とを交互に行なうことができる方途を積極的に拡大する。

第三 後期中等教育の拡充整備に伴う諸問題

一 中学校における観察指導の強化

 後期中等教育の多様化に伴い生徒の適性・能力・環境に応じて、適切な進路を選択させることがますます重要となる。そのため、中学校において生徒の適性・能力を適確にはあくする方法を開拓するとともに綿密な観察を行ない、その結果に基づいて適切な指導を行なう体制を整備する必要がある。

二 入学者選抜制度の改善

 高等学校における入学者の選抜制度は、中学校における観察指導の結果を尊重するとともに、それぞれの分野にふさわしい適性・能力等を有する者を弁別できるよう改善する必要がある。

 大学における入学者の選抜制度は、高等学校教育のあり方に重大な影響を与えるので、中央教育審議会の「大学教育の改善について」の答申の中に述べられた大学入学者選抜制度の改善方策によって、すみやかにその実効をあげる必要がある。さらに、高等学校の学習成績が大学入学後における能力の発展と密接な関連のある事実にかんがみ、高等学校の調査書を入学者選抜の際に活用する方法について、関係当事者の間で積極的に検討する必要がある。

 また、高等学校の職業教育を主とする学科の卒業者が進学するのにふさわしい大学の学部学科においては、それらの高等学校の履修科目をいっそう考慮して入学試験科目を定める必要がある。

三 小学校、中学校、高等学校の教育の関連性

 小学校、中学校および高等学校の教育課程は、児童・生徒の発達段階に応じて編成され、相互に密接な関連をもつべきものであるにもかかわらず、その点において多くの問題が認められる。

 現在の小学校教育では、基礎的教育において徹底を欠くうらみがあり、中学校教育ては、画一的教育に流れ、しかも教育課程は生徒にとって負担過重の傾向がある。

 これらの点については、高等学校における教育の内容・方法との相互関連を考慮して検討する必要がある。

 なお、中等教育を一貫して行なうため、六年制の中等教育機関の設置についても検討する必要がある。

四 特別教育に対する制度的考慮

 知的、芸術的その他の面で高度の素質を有する者に対しては、特別教育を効果的に行なう必要がある。そのためには、教育制度の弾力的な運用とその特別な教育方法について検討する必要がある。

五 教員養成に対する要請

 初等中等教育に従事する教員の養成については、教科に関する指導能力のみならず児童・生徒の人間形成の指導者としての資質をさらに向上させる必要がある。また、とくに中学校の教員については、生徒の適性・能力に応じた教育指導を行なうための観察指導の知識・技術をいっそう修得させることを配慮するとともに、高等学校に関しては、後期中等教育の多様化に伴い必要となる教員の養成確保および現職教員の再教育について検討する必要がある。

六 学習成果の社会的公認

 個人の努力によって身につけた能力を社会的に正しく評価することは、青少年の向上心を高め、自信と誇りを与えるとともに社会的要請である人材の開発を促進する道である。このためには、一定の知識・技能の水準を保持していることを公的に検定し証明する制度を拡大することについて検討する必要がある。

七 青少年に対する社会環境の浄化

 心身の発達期にある青少年に対するマス・コミュニケーション(映画・放送・新聞・雑誌等)の影響はきわめて大きい。

 映画、放送番組などについては、優秀で、教育上有益なものの制作を積極的に奨励するとともに、その鑑賞や利用の方法の指導について適切な措置を講ずる必要がある。

 またマス・コミュニケーションその他の社会環境のうちには、青少年に有害な影響を与えるものが少なくないことが指摘されているので、各業界の自主的規制を強化し、地域社会における対策を推進することなどによって、社会環境の浄化を図る必要がある。

八 継続教育としての社会教育の充実

 後期中等教育の拡充整備を推進するとともに、その成果をさらに継続発展させることができる教育的な環境条件を整備することは、一生を通じての教育という観点からきわめて重要である。

 そのためには、青年および成人を対象とする各種の社会教育の講座、社会教育施設、職場における研修などの充実を図る必要がある。

九 教育に関する基礎的研究の拡充

 後期中等教育に関する各種の施策を効果的に推進するためには、教育に関する基礎的、実験的な研究を必要とするものが少なくないので、すみやかにこれらに関する研究体制を整備する必要がある。

「別記」期待される人間像

まえがき

 この「期待される人間像」は、「第一部当面する日本人の課題」と「第二部日本人にとくに期待されるもの」から成っている。

 この「期待される人間像」は「第一後期中等教育の理念」の「二人間形成の目標としての期待される人間像」において述べたとおり、後期中等教育の理念を明らかにするため、主体としての人間のあり方について、どのような理想像を描くことができるかを検討したものである。

 以下に述べるところのものは、すべての日本人、とくに教育者その他人間形成の任に携わる人々の参考とするためのものである。

 それについて注意しておきたい二つのことがある。

(1)ここに示された諸徳牲のうち、どれをとって青少年の教育の目標とするか、またその表現をどのようにするか、それはそれぞれの教育者あるいは教育機関の主体的な決定に任せられていることである。しかし、日本の教育の現状をみるとき、日本人としての自覚をもった国民であること、職業の尊さを知り、勤労の徳を身につけた社会人であること、強い意志をもった自主独立の個人であることなどは、教育の目標として、じゅうぶんに留意されるべきものと思われる。ここに示したのは人間性のうちにおける諸徳性の分布地図である。その意味において、これは一つの参考になるであろう。

(2)古来、徳はその根源において一つであるとも考えられてきた。それは良心が一つであるのと同じである。以下に述べられた徳性の数は多いが、重要なことはその名称を暗記させることではない。むしろその一つでも二つでも、それを自己の身につけようと努力させることである。そうすれば他の徳もそれとともに呼びさまされてくるであろう。

第一部 当面する日本人の課題

「今後の国家社会における人間像はいかにあるべきか」という課題に答えるためには、第一に現代文明はどのような傾向を示しつつあるか、第二に今日の国際情勢はどのような姿を現わしているか、第三に日本のあり方はどのようなものであるべきかという三点からの考察が必要である。

一 現代文明の特色と第一の要請

 現代文明の一つの特色は自然科学のぼっ興にある。それが人類に多くの恩恵を与えたことはいうまでもない。医学や産業技術の発展はその恩恵のほどを示している。そして今日は原子力時代とか、宇宙時代とか呼ばれるにいたっている。それは何人も否定することができない。これは現代文明のすぐれた点であるが、それとともに忘れられてはならないことがある。それは産業技術の発達は人間性の向上を伴わなければならないということである。もしその面が欠けるならば、現代文明は跛行的となり、産業技術の発達が人類の福祉に対して、それにふさわしい貢献をなしがたいことになろう。社会学者や文明批評家の多くが指摘するように、人間が機械化され、手段化される危険も生ずるのである。

 またその原因は複雑であるが、現代文明の一部には利己主義や享楽主義の傾向も認められる。それは人類の福祉と自己の幸福に資することができないばかりでなく、人間性をゆがめる結果にもなろう。

 ここから、人間性の向上と人間能力の開発という第一の要請が現われる。

 今日は技術革新の時代である。今後の日本人は、このような時代にふさわしく自己の能力を開発しなければならない。

 日本における戦後の経済的復興は世界の驚異とされている。しかし、経済的繁栄とともに一部に利己主義と享楽主義の傾向が現われている。他方、敗戦による精神的空白と精神的混乱はなお残存している。このように、物質的欲望の増大だけがあって精神的理想の欠けた状態がもし長く続くならば、長期の経済的繁栄も人間生活の真の向上も期待することはできない。

 日本の工業化は人間能力の開発と同時に人間性の向上を要求する。けだし、人間性の向上なくしては人間能力の開発はその基盤を失うし、人間を単に生産手段の一つとする結果になるからである。

 この際、日本国憲法および教育基本法が、平和国家、民主国家、福祉国家、文化国家という国家理想を掲げている意味を改めて考えてみなければならない。福祉国家となるためには、人間能力の関発によって経済的に豊かになると同時に、人間性の向上によって精神的、道徳的にも豊かにならなければならない。また、文化国家となるためには、高い学問と芸術とをもち、それらが人間の教養として広く生活文化の中に浸透するようにならなければならない。

 これらは、いずれも、公共の施策に深く関係しているが、その基礎としては、国民ひとりひとりの自覚がたいせつである。

 人間性の向上と人間能力の開発、これが当面要請される第一の点である。

二 今日の国際情勢と第二の要請

 以上は現代社会に共通する課題であるが、今日の日本人には特殊な事情が認められる。第二次世界大戦の結果、日本の国家と社会のあり方および日本人の思考法に重大な変革がもたらされた。戦後新しい理想が掲げられはしたものの、とかくそれは抽象論にとどまり、その理想実現のために配慮すべき具体的方策の検討はなおじゅうぶんでぱない。とくに敗戦の悲惨な事実は、過去の日本および日本人のあり方がことごとく誤ったものであったかのような錯覚を起こさせ、日本の歴史および日本人の国民性は無視されがちであった。そのため新しい理想が掲げられはしても、それが定着すべき日本人の精神的風土のもつ意義はそれほど留意されていないし、日本民族が持ち続けてきた特色さえ無視されがちである。

 日本および日本人の過去には改められるべき点も少なくない。しかし、そこには継承され、発展させられるべきすぐれた点も数多くある。もし日本人の欠点のみを指摘し、それを除去するのに急であって、その長所を伸ばす心がけがないならば、日本人の精神的風土にふさわしい形で新たな理想を実現することはできないであろう。われわれは日本人であることを忘れてはならない。

 今日の世界は文化的にも政治的にも一種の危機の状態にある。たとえば、平和ということばの異なった解釈、民主主義についての相対立する理解の並存にそれが示されている。

 戦後の日本人の目は世界に開かれたという。しかしその見るところは、とかく一方に偏しがちである。世界政治と世界経済の中におかれている今日の日本人は、じゅうぶんに目を世界に見開き,その複雑な情勢に対処することができなければならない。日本は西と東、北と南の対立の間にある。日本人は世界に通用する日本人となるべきである。しかしそのことは、日本を忘れた世界人であることを意味するのではない。日本の使命を自覚した世界人であることがたいせつなのである。真によき日本人であることによって、われわれは、はじめて真の世界人となることができる。単に抽象的、観念的な世界人というものは存在しない。

 ここから、世界に開かれた日本人であることという第二の要請が現われる。

 今日の世界は必ずしも安定した姿を示していない。局地的にはいろいろな紛争があり、拡大化するおそれもなしとしない。われわれは、それに冷静に対処できる知恵と勇気をもつとともに世界的な法の秩序の確立に努めなければならない。

 同時に、日本は強くたくましくならなければならない。それによって日本ははじめて平和国家となることができる。もとより、ここでいう強さ、たくましさとは、人間の精神的、道徳的な強さ、たくましさを中心とする日本の自主独立に必要なすべての力を意味している。

 日本は与えられる国ではなく、すでに与える国になりつつある。日本も平和を受け取るだけではなく、平和に寄与する国にならなければならない。

 世界に開かれた日本人であることという第二の要請は、このような内容を含むものである。

三 日本のあり方と第三の要請

 今日の日本について、なお留意しなければならない重要なことがある。戦後の日本は民主主義国家として新しく出発した。しかし民主主義の概念に混乱があり、民主主義はなおじゅうぶんに日本人の精神的風土に根をおろしていない。

 それについて注意を要する一つのことがある。それは、民主主義を考えるにあたって、自主的な個人の尊厳から出発して民主主義を考えようとするものと階級闘争的な立場から出発して民主主義を考えようとするものとの対立があることである。

 民主主義の史的発展を考えるならば、それが個人の法的自由を守ることから出発して、やがて大衆の経済的平等の要素を多分に含むようになった事実が指摘される。しかし民主主義の本質は、個人の自由と責任を重んじ、法的秩序を守りつつ漸進的に大衆の幸福を樹立することにあって、法的手続きを無視し一挙に理想境を実現しようとする革命主議でもなく、それと関連する全体主義でもない。性急に後者の方向にかたよるならば、個人の自由と責任、法の尊重から出発したはずの民主主義の本質は破壊されるにいたるであろう。今日の日本は、世界が自由主義国家群と全体主義国家群の二つに分かれている事情に影響され、民主主義の理解について混乱を起こしている。

 また、注意を要する他の一つのことがある。由来日本人には民族共同体的な意識は強かったが、その反面、少数の人々を除いては、個人の自由と責任、個人の尊厳に対する自覚が乏しかった。日本の国家、社会、家庭において封建的残滓と呼ばれるものがみられるのもそのためである。また日本の社会は、開かれた社会のように見えながら、そこには閉ざされた社会の一面が根強く存在している。そのことが日本人の道徳は縦の道徳であって横の道徳に欠けているとの批判を招いたのである。確固たる個人の自覚を樹立し、かつ、日本民族としての共同の責任をになうことが重要な課題の一つである。

 ここから、民主主義の確立という第三の要請が現われる。

 この第三の要請は、具体的には以下の諸内容を含む。

 民主主義国家の確立のために何よりも必要なことは、自我の自覚である。一個の独立した人間であることである。かっての日本人は、古い封建性のため自我を失いがちであった。その封建性のわくはすでに打ち破られたが、それに代わって今日のいわゆる大衆社会と機械文明は、形こそ異なっているが、同じく真の自我を喪失させる危険を宿している。

 つぎに留意されるべきことは社会的知性の開発である。由来日本人はこまやかな情緒の面においてすぐれていた。寛容と忍耐の精神にも富んでいた。豊かな知性にも欠けていない。ただその知性は社会的知性として、人間関係の面においてじゅうぶんに伸ばされていなかった。

 ここで社会的知性というのは、他人と協力し他人と正しい関係にはいることによって真の自己を実現し、法の秩序を守り、よい社会生活を営むことができるような実践力をもった知性を意味する。それは他人のために尽くす精神でもある。しいられた奉仕ではなく、自発的な奉仕ができる精神である。

 さらに必要なことは、民主主義国家においては多数決の原理が支配するが、その際、多数を占めるものが専横にならないことと、少数のがわにたつものが卑屈になったり、いたずらに反抗的になったりしないことである。われわれはだれも完全ではないが、だれでもそれぞれになにかの長所をもっている。お互いがその長所を出しあうことによって社会をよりよくするのが、民主主義の精神である。

 以上が民主主義の確立という第三の要請の中で、とくに留意されるべき諸点である。

 以上述べてきたことは、今日の日本人に対してひとしく期待されることである。世界は平和を求めて努力しているが、平和への道は長くかつ険しい。世界平和は、人類無限の道標である。国内的には経済の発展や技術文明の進歩のかげに多くの問題を蔵している。今日の青少年が歩み入る明日の世界情勢、社会情勢は、必ずしも楽観を許さない。新たな問題も起こるであろう。これに対処できる人間となることが、わけても今日の青少年に期待されるのである。

 以上、要するに人間としての、また個人としての深い自覚をもち、種々の国民的、社会的問題に対処できるすぐれた知性をそなえ、かつ、世界における日本人としての確固たる自覚をもった人間になること、これが「当面する日本人の課題」である。

第二部 日本人にとくに期待されるもの

 以上が今日の日本人に対する当面の要請である。われわれは、これらの要請にこたえうる人間となることを期さなければならない。

 しかしそのような人間となることは、それにふさわしい恒常的かつ普遍的な諸徳性と実践的な規範とを身につけることにほかならない。つぎに示すものが、その意味において、今後の日本人にとくに期待されるものである。

第一章 個人として

一 自由であること

 人間が人間として単なる物と異なるのは、人間が人格を有するからである。物は価格をもつが、人間は品位をもち、不可侵の尊厳を有する。基本的人権の根拠もここに存する。そして人格の中核をなすものは、自由である。それは自発性といってもよい。

 しかし、自由であり、自発的であるということは、かって気ままにふるまうことでもなく、本能や衝動のままに動くことでもない。それでは本能や衝動の奴隷であって、その主人でもなく、自由でもない。人格の本質をなす自由は、みずから自分自身を律することができるところにあり、本能や衝動を純化し向上させることができるところにある。これが自由の第一の規定である。

 自由の反面には責任が伴う。単なる物には責任がなく、人間にだけ責任が帰せられるというのは、人間は、みずから自由に思慮し、判別し、決断して行為することができるからである。権利と義務とが相関的なのもこれによる。今日、自由だけが説かれて責任は軽視され、権利だけが主張されて義務が無視される傾きがあることは、自由の誤解である。自由の反面は責任である。これが自由の第二の規定である。

 人間とは、このような意味での自由の主体であり、自由であることがさまざまな徳性の基礎である。

二 個性を伸ばすこと

 人間は単に人格をもつだけではなく、同時に個性をもつ。人間がそれぞれ他の人と代わることができない一つの存在であるとされるのは、この個性のためである。人格をもつという点では人間はすべて同一であるが、個性の面では互いに異なる。そこに個人の独自性がある。それは天分の相違その他によるであろうが、それを生かすことによって自己の使命を達することができるのである。したがって、われわれはまた他人の個性をも尊重しなければならない。

 人間性のじゅうぶんな開発は、自己だけでなされるのではなく、他人の個性の開発をまち、相伴ってはじめて達成される。ここに、家庭、社会、国家の意義もある。家庭、社会、国家は、経済的その他の意味をもつことはもとよりであるが、人間性の開発という点からみても基本的な意味をもち、それらを通じて人間の諸徳性は育成されてゆくのである。

 人間は以上のような意味において人格をもち個性をもつが、それは育成されることによってはじめて達成されるのである。

三 自己をたいせつにすること

 人間には本能的に自己を愛する心がある。われわれはそれを尊重しなければならない。しかし重要なことは、真に自己をたいせつにすることである。

 真に自己をたいせつにするとは、自己の才能や素質をじゅうぶんに発揮し、自己の生命をそまつにしないことである。それによってこの世に生をうけたことの意義と目的とが実現される。単に享楽を追うことは自己を滅ぼす結果になる。単なる享楽は人を卑俗にする。享楽以上に尊いものがあることを知ることによって、われわれは自己を生かすことができるのである。

 まして、享楽に走り、怠惰になって、自己の健康をそこなうことがあってはならない。健全な身体を育成することは、われわれの義務である。そしてわれわれの一生の幸福も、健康な身体に依存することが多い。われわれは、進んでいっそう健全な身体を育成するように努めなければならない。古来、知育、徳育と並んで体育に重要な意味がおかれてきたことを忘れてはならない。

四 強い意志をもつこと

 頼もしい人、勇気ある人とは、強い意志をもつ人のことである。付和雷同しない思考の強さと意志の強さをもつ人である。和して同じないだけの勇気をもつ人である。しかも他人の喜びを自己の喜びとし、他人の悲しみを自己の悲しみとする愛情の豊かさをもち、かつそれを実行に移すことができる人である。

 近代人は合理性を主張し、知性を重んじた。それは重要なことである。しかし人間には情緒があり、意志がある。人の一生にはいろいろと不快なことがあり、さまざまな困難に遭遇する。とくに青年には、一時の失敗や思いがけない困難に見舞われても、それに屈することなく、つねに創造的に前進しようとするたくましい意志をもつことを望みたい。不撓不屈の意志をもつことを要求したい。しかし、だからといって他人に対する思いやりを失ってはならないことはいうまでもない。頼もしい人とは依託できる人のことである。信頼できる人のことである。互いに不信をいだかなければならない人々からなる社会ほど不幸な社会はない。近代人の危機は、人間が互いに人間に対する信頼を失っている点にある。

 頼もしい人とは誠実な人である。おのれに誠実であり、また他人にも誠実である人こそ、人間性を尊重する人なのである。このような人こそ同時に、精神的にも勇気のある人であり、強い意志をもつ人といえる。

五 畏(い)敬の念をもつこと

 以上に述べてきたさまざまなことに対し、その根底に人間として重要な一つのことがある。それは生命の根源に対して畏敬の念をもつことである。人類愛とか人間愛とかいわれるものもそれに基づくのである。

 すべての宗教的情操は、生命の根源に対する畏敬の念に由来する。われわれはみずから自己の生命をうんだのではない。われわれの生命の根源には父母の生命があり、民族の生命があり、人類の生命がある。ここにいう生命とは、もとより単に肉体的な生命だけをさすのではない。われわれには精神的な生命がある。このような生命の根源すなわち聖なるものに対する畏敬の念が真の宗教的情操であり、人間の尊厳と愛もそれに基づき、深い感謝の念もそこからわき、真の幸福もそれに基づく。

 しかもそのことは、われわれに天地を通じて一貫する道があることを自覚させ、われわれに人間としての使命を悟らせる。その使命により、われわれは真に自主独立の気魄をもつことができるのである。

第二章 家庭人として

一 家庭を愛の場とすること

 婚姻は法律的には、妻たり夫たることの合意によって成立する。しかし家庭の実質をなすものは、互いの尊敬を伴う愛情である。種々の法的な規定は、それを守り育てるためのものともいえる。また家庭は夫婦の関係から出発するにしても、そこにはやがて親子の関係、兄弟姉妹の関係が現われるのが普通である。そして、それらを一つの家庭たらしめているのは愛情である。

 家庭は愛の場である。われわれは愛の場としての家庭の意義を実現しなければならない。

 夫婦の愛、親子の愛、兄弟姉妹の愛、すべては愛の特定の現われにほかならない。それらの互いに性格を異にする種々の愛が集まって一つの愛の場を構成するところに家庭の本質がある。家庭はまことに個人存立の基盤といえる。

 愛は自然の情である。しかしそれらが自然の情にとどまる限り、盲目的であり、しばしばゆがめられる。愛情が健全に育つためには、それは純化され、鍛えられなければならない。家庭に関する種々の道徳は、それらの愛情の体系を清めつつ伸ばすためのものである。道を守らなくては愛は育たない。古い日本の家族制度はいろいろと批判されたが、そのことは愛の場としての家庭を否定することであってはならない。愛の場としての家庭を守り、育てるための家庭道徳の否定であってはならない。

二 家庭をいこいの場とすること

 戦後、経済的その他さまざまな理由によって、家庭生活に混乱が生じ、その意義が見失われた。家庭は経済共同体の最も基本的なものであるが、家庭のもつ意義はそれに尽きない。初めに述べたように、家庭は基本的には愛の場である。愛情の共同体である。

 今日のあわただしい社会生活のなかにおいて、健全な喜びを与え、清らかないこいの場所となるところは、わけても家庭であろう。大衆社会、大衆文化のうちにおいて、自分自身を取りもどし、いわば人間性を回復できる場所も家庭であろう。そしてそのためには、家庭は清らかないこいの場所とならなければならない。

 家庭が明るく、清く、かつ楽しいいこいの場所であることによって、われわれの活力は日々に新たになり、それによって社会や国家の生産力も高まるであろう。社会も国家も、家庭が健康な楽しいいこいの場所となるように、またすべての人が家庭的な喜びを享受できるように配慮すべきである。

三 家庭を教育の場とすること

 家庭はいこいの場であるだけではない。家庭はまた教育の場でもある。しかしその意味は、学校が教育の場であるのとは当然に異なる。学校と家庭とは協力しあうべきものであるが、学校における教育が主として意図的であるのに対し、家庭における教育の特色は、主として無意図的に行なわれる点に認められる。家庭のふんい気がおのずからこどもに影響し、健全な成長を可能にするのである。子は親の鏡であるといわれる。そのことを思えば、親は互いに身をつつしむであろう。親は子を育てることによって自己を育てるのであり、自己を成長させるのである。また、こどもは成長の途上にあるものとして、親の導きに耳を傾けなければならない。親の愛とともに親の権威が忘れられてはならない。それはしつけにおいてとくに重要である。こどもを正しくしつけることは、こどもを正しく愛することである。

四 開かれた家庭とすること

 家庭は社会と国家の重要な基盤である。今日、家庭の意義が世界的に再確認されつつあるのは、そのためである。

 またそれだけに、家庭の構成員は、自家の利害得失のうちに狭く閉ざされるべきではなく、広く社会と国家にむかって開かれた心をもっていなければならない。

 家庭における愛の諸相が展開して、社会や国家や人類に対する愛ともなるのである。

第三章 社会人として

一 仕事に打ち込むこと

 社会は生産の場であり、種々の仕事との関連において社会は成立している。われわれは社会の生産力を高めなければならない。それによってわれわれは、自己を幸福にし、他人を幸福にすることができるのである。

 そのためには、われわれは自己の仕事を愛し、仕事に忠実であり、仕事に打ち込むことができる人でなければならない。また、相互の協力と和合が必要であることはいうまでもない。そして、それが他人に奉仕することになることをも知らなければならない。仕事を通じてわれわれは、自己を生かし、他人を生かすことができるのである。

 社会が生産の場であることを思えば、そこからしてもわれわれが自己の能力を開発しなければならないことがわかるであろう。社会人としてのわれわれの能力を開発することは、われわれの義務であり、また社会の責任である。

 すべての職業は、それを通じて国家、社会に寄与し、また自己と自家の生計を営むものとして、いずれも等しく尊いものである。職業に貴賎(せん)の別がないといわれるのも、そのためである。われわれは自己の素質、能力にふさわしい職業を選ぶべきであり、国家、社会もそのために配慮すべきであるが、重要なのは職業の別ではなく、いかにその仕事に打ち込むかにあることを知るべきである。

二 社会福祉に寄与すること

 科学技術の発達は、われわれの社会に多くの恩恵を与えてきた。そのことによって、かつては人間生活にとって避けがたい不幸と考えられたことも、技術的には解決が可能となりつつある。

 しかし、同時に近代社会は、それ自体の新しい問題をうみだしつつある。工業の発展、都市の膨張、交通機関の発達などは、それらがじゅうぶんな計画と配慮を欠くときは、人間の生活環境な悪化させ、自然美を破壊し、人間の生存をおびやかすことさえまれではない。また、社会の近代化に伴う産業構造や人間関係の変化によってうみだされる不幸な人々も少なくない。しかも、今日の高度化された社会においては、それを構成するすべての人が互いに深い依存関係にあって、社会全体との関係を離れては、個人の福祉は成り立ちえない。

 民主的で自由な社会において、真に社会福祉を実現するためには、公共の施策の必要なことはいうまでもないが、同時にわれわれが社会の福祉に深い関心をもち、進んでそれらの問題の解決に寄与しなければならない。

 近代社会の福祉の増進には、社会連帯の意識に基づく社会奉仕の精神が要求される。

三 創造的であること

 現代はまた大衆化の時代である。文化が大衆化し、一般化することはもとより望ましい。しかし、いわゆる大衆文化には重要な問題がある。それは、いわゆる大衆文化はとかく享楽文化、消費文化となりがちであるということである。われわれは単に消費のための文化ではなく、生産に寄与し、また人間性の向上に役だつような文化の建設に努力すべきである。そしてそのためには、勤労や節約が美徳とされてきたことを忘れてはならない。

 そのうえ、いわゆる大衆文化には他の憂うべき傾向が伴いがちである。それは文化が大衆化するとともに文化を卑俗化させ、価値の低迷化をもたらすということである。多くの人々が文化を享受できるようにするということは、その文化の価値が低俗であってよいということを意味しない。文化は、高い方向にむかって一般化されなければならない。そのためにわれわれは、高い文化を味わいうる能力を身につけるよう努力すべきである。

 現代は大衆化の時代であるとともに、一面、組織化の時代である。ここにいわゆる組織内の人間たる現象を生じた。組織が生産と経営にとって重要な意味をもつことはいうまでもないが、組織はえてして個人の創造性、自主性をまひさせる。われわれは組織のなかにおいて、想像力、企画力、創造的知性を伸ばすことを互いにくふうすべきである。

 生産的文化を可能にするものは、建設的かつ批判的な人間である。

 建設的な人間とは、自己の仕事を愛し、それを育て、それに自己をささげることができる人である。ここにいう仕事とは、農場や工場に働くことでもよく、会社の事業を経営することでもよく、学問、芸術などの文化的活動に携わることでもよい。それによって自己を伸ばすことができ、他の人人に役だっことができる。このようにしてはじめて文化の発展が可能となる。

 批判的な人間とは、いたずらに古い慣習などにこだわることなく、不正を不正として、不備を不備とし、いろいろな形の圧力や権力に屈することなく、つねによりよいものを求めて前進しようとする人である。社会的不正が少なくない今日、批判的精神の重要性が説かれるのも、単に否定と破壊のためではなく、建設と創造のためである。

四 社会規範を重んずること

 日本の社会の大きな欠陥は、社会的規範力の弱さにあり、社会秩序が無視されるところにある。それが混乱をもたらし、社会を醜いものとしている。

 日本人は社会的正義に対して比較的鈍感であるといわれる。それが日本の社会の進歩を阻害している。社会のさまざまな弊害をなくすため、われわれは勇気をもって社会的正義を守らなければならない。

 社会規範を重んじ社会秩序を守ることによって、われわれは日本の社会を美しい社会にすることができる。そしてその根本に法秩序を守る精神がなければならない。法秩序を守ることによって外的自由が保証され、それを通じて内的自由の領域も確保されるのである。

 また、われわれは、日本の社会をより美しい社会とし、われわれのうちに正しい社会性を養うことによって、同時によい個人となり、よい家庭人ともなることができるのである。社会と家庭と個人の相互関連を忘れてはならない。

 日本人のもつ社会道徳の水準は遺憾ながら低い。しかも民主化されたはずの戦後の日本においてその弊が著しい。これを正すためには公共心をもち、公私の別を明らかにし、また公共物をだいじにしなければならない。このように社会道徳を守ることによって、明るい社会を築くことに努めなければならない。

第四章 国民として

一 正しい愛国心をもつこと

 今日世界において、国家を構成せず国家に所属しないいかなる個人もなく、民族もない。国家は世界において最も有機的であり、強力な集団である。個人の幸福も安全も国家によるところがきわめて大きい。世界人類の発展に寄与する道も国家を通じて開かれているのが普通である。国家を正しく愛することが国家に対する忠誠である。正しい愛国心は人類愛に通ずる。

 真の愛国心とは、自国の価値をいっそう高めようとする心がけであり、その努力である。自国の存在に無関心であり、その価値の向上に努めず、ましてその価値を無視しようとすることは、自国を憎むことともなろう。われわれは正しい愛国心をもたなければならない。

二 象徴に敬愛の念をもつこと

 日本の歴史をふりかえるならば、天皇は日本国および日本国民統合の象徴として、ゆるがぬものをもっていたことが知られる。日本国憲法はそのことを、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」という表現で明確に規定したのである。もともと象徴とは象徴されるものが実体としてあってはじめて象徴としての意味をもつ。そしてこの際、象徴としての天皇の実体をなすものは、日本国および日本国民の統合ということである。しかも象徴するものは象徴されるものを表現する。もしそうであるならば、日本国を愛するものが、日本国の象徴を愛するということは、論理上当然である。

 天皇への敬愛の念をつきつめていけば、それは日本国への敬愛の念に通ずる。けだし日本国の象徴たる天皇を敬愛することは、その実体たる日本国を敬愛することに通ずるからである。このような天皇を日本の象徴として自国の上にいただいてきたところに、日本国の独自な姿がある。

三 すぐれた国民性を伸ばすこと

 世界史上、およそ人類文化に重要な貢献をしたほどの国民は、それぞれに独自な風格をそなえていた。それは、今日の世界を導きつつある諸国民についても同様である。すぐれた国民性と呼ばれるものは、それらの国民のもつ風格にほかならない。

 明治以降の日本人が、近代史上において重要な役割を演ずることができたのは、かれらが近代日本建設の気力と意欲にあふれ、日本の歴史と伝統によってつちかわれた国民性を発揮したからである。

 このようなたくましさとともに、日本の美しい伝統としては、自然と人間に対するこまやかな愛情や寛容の精神をあげることができる。われわれは、このこまやかな愛情に、さらに広さと深さを与え、寛容の精神の根底に確固たる自主性をもつことによって、たくましく、美しく、おおらかな風格ある日本人となることができるのである。

 また、これまで日本人のすぐれた国民性として、勤勉努力の性格、高い知能水準、すぐれた技能的素質などが指摘されてきた。われわれは、これらの特色を再認識し、さらに発展させることによって、狭い国土、貧弱な資源、増大する人口という恵まれない条件のもとにおいても、世界の人々とともに、平和と繁栄の道を歩むことができるであろう。

 現代は価値体系の変動があり、価値観の混乱があるといわれる。しかし、人間に期待される諸徳性という観点からすれば、現象形態はさまざまに変化するにしても、その本質的な面においては一貫するものが認められるのである。それをよりいっそう明らかにし、あるいはよりいっそう深めることによって、人間をいっそう人間らしい人間にすることが、いわゆる人道主義のねらいである。そしてまた人間歴史の進むべき方向であろう。人間として尊敬に値する人は、職業、地位などの区別を越えて共通のものをもつのである。

第二十一回答申(昭和四十四年四月三十日)

 当面する大学教育の課題に対応するための方策についての答申

第一 大学紛争の要因とこの答申の課題

 本審議会は、昭和四十二年七月以来、「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」の諮問に応じ、大学教育についても多面的に検討を進めてきたが、昨年十一月、大学における異常な事態が激化する傾向にかんがみ、標記の課題について重ねて諮問を受けた。

 いまこの答申を行なうにあたって、本審議会として、今日の大学紛争の由来するところをどう考え、この答申の課題を大学教育の基本問題との関連においてどうとらえたかについて述べたい。

 もとより、今日の事態は、その背後に個々の大学を越えて既存の社会秩序の変革をめざす運動があり、単に大学問題としてとらえるだけではふじゅうぶんであるが、この答申はもっぱら大学および政府の文教政策の範囲内の問題を取り扱うこととした。

一 大学紛争の根底にあるさまざまな要因

 今日、わが国の多くの大学で見られる紛争は、その発端の事情や事態の推移はそれぞれ異なっているが、その根底には多くの共通する要因があるように思われる。また、大学紛争が学内の問題にとどまらず、政治的、社会的な問題と密接に関連していることは、わが国はもとより欧米諸国でも共通に見られる現象である。しかもそのことが、経済的には高い水準にあり高等教育についても長い伝統と高い普及率をもつ国々で顕著になってきたことは、注目に値する。

 このことは、今日の世界における大学紛争が現代という時代の特有な性格に基因していることを示している。たとえば、既成のいろいろな政治的・社会的体制への不信、経済的には豊かな社会における精神的な空白、高度に技術化された社会における人間疎外など、さまざまな要因が多くの論者によって指摘されている。

 さらに、それらの要因と関連して、今日の青年層とくに学生の意識や行動様式の中に、次のような大きな変化が起こったといわれている。

(一)その一つは、世代による価値観の相違、さらには世代間の対立の意識である。世代間の闘争と呼ばれる現象は、社会の転換期にしばしば見られるが、今日の社会の急激な変化とマス・メディアの発達が刺激と暗示を受けやすい青年に強く作用して、その現象をいっそう激化させている。また、かれらの中には新しい独自の文化へのあこがれがある。それは、享楽的、虚無的な行動として現われることもあるが、さらに大学改革や社会改革をめざす反抗となることもある。そして、大学生が量的に膨張したことや、都市生活における孤独感からのがれて集団に帰属感と充実感を求める傾向がかれらの中に増大したことが、いわゆるスチューデント・パワーの結集を容易にした一つの要因とされている。

(ニ)さらに、わが国では戦後社会の特質に関連のある特徴もみられる。伝統的な権威の崩壊と民主化の過程における権利意識の高揚と責任感の軽視、イデオロギーの対立による社会生活各般にわたる過度の政治意識、青少年の訓育に対する成人の自信喪失と過保護の傾向などによって、青少年の中に自己主張の態度と行動力が育ってきた反面、責任転嫁の傾向と自己統御力の不足などが目だつようになった。

(三)とくに戦後の学校教育においては、教育界における思想的な混乱、大学入学者選抜方法の欠陥による高等学校以下の教育のひずみなどが、青少年の正常で豊かな人間形成を妨げてきた。また、高等教育の急速な普及の効果は認められるが、それに応じた制度の改革、教育内容・方法の改善および教育条件の整備が立ちおくれたため、学生の中にいろいろな不満が蓄積されてきたことも否定できない。

 上に述べたことは、広く現代社会の特質に関連するものであり、今後の文教政策の重要な課題を含んでいる。

二 大学の特異な構造に由来する混乱の原因

 大学紛争は、上述のようなさまざまな要因により具体的な事件をきっかけとして発生するのであるが、それが収拾困難に陥る原因の一つは、大学関係者の中に伝統的な大学のあり方が維持できないと感じながらも新しいあり方の見通しがはっきりしないという苦悩があることであろう。そのような問題が生ずるおもな原因は、大学のもつ特異な構造に由来すると思われる。

 大学は、管理者、教員、職員および学生という異責な構成員からなる多元的な社会である。しかも大学の性格、機能は多面的であり、公共的な管理のもとにある社会的機関という面、学術研究者の自由な活動の場という面、知識・技術や資格を付与する機関という面、師弟と学友の教育的な人間関係の場という面など、さまざまな側面をもっている。そして、それぞれの側面において、各構成員の役割と相互関係は異なるべきものである。

 このような大学の多元性と多面性が時代の進展とともにしだいに顕在化してきたのが今日の状況である。そして、この多面性を無視してそれを一面的にとらえ、その側面だけから構成員の役割を規定し、たとえば大衆化した大学を教育的な人間関係だけで律したり、あるいは大学を単なる契約的な社会とみたりするところに大学象の混乱の原因がある。大学紛争の中で学生が、一方では強い権利の主張を行ないながら、他方では教師の学生に対する無関心に不満を表明するのもこのことと関連がある。

三 新しい大学のあり方と大学制度の基本的課題

 本審議会は、すでに昭和三十八年一月の「大学教育の改善について」の答申において、新しい大学はかつての「象牙の塔」ではなく、社会的な機関としての性格をもつべきことを指摘した。それは個人と社会の教育に対する要請に即応できる大学であり、社会からの批判とその建設的な協力に道を開いた大学であり、公費の大幅な支援を受けるとともに学問研究を通じて社会に奉仕する大学であるという点において、いわば「開かれた大学」とも称すべきものであろう。

 同時に、新しい大学は今後さまざまな類別化を必要とするであろうが、知識の伝達以上に新しい価値の創造を期待する大学においては、そこにおける教育的な人間関係の重要性を見落とすことはできないであろう。この関係は、多元的な大学という社会をまとめる中心であり、そこに人間的な統合を回復する場がある。このことは、ともすれば人間疎外に陥りやすい現代社会において、今後ますます重要な意味をもつと考えるべきである。

 また、本審議会は、一昨年以来、学校教育を総合的に再検討するため、現状の問題点を明らかにする作業を進めてきた。その審議の過程において、現在の大学制度には次のよう基本的な課題のあることが指摘されている。

(一)高等教育の普及に伴い、一方では多数の学生の多様な能力と要請に即して効果的な教育を行なうとともに、他方では学術研究の体制をいっそう高度化するため、高等教育機関の類別化、教育内容の多様化、大学の組織、編成および規模の適正化をはかること。

(ニ)国立、公立および私立の大学という制度上の区別の意義を再検討し、公費負担による教育費の拡充と高等教育機関の計画的整備に関する公的な調整機能の充実とにより、高等教育全体の質的水準の向上をはかるとともに、その全体規模、専門分野別の割合、地域的配置などの適正化をはかること。

(三)研究の自由を確保しながら現代の変化に応ずる社会的要請を進んで取り入れ、自治に伴う責任を自ら負担して教育・研究活動の効率化を自律的に行なうことができるような大学の新しい形態を検討すること。

(四)人事の閉鎖性による社会からの遊離と沈滞を防ぐため、教員の人事交流を活発にするとともに、その教育・研究活動に不断の刺激を与えるような教員の選考方法、任用期間、身分保障などの制度上大学教員にふさわしい待遇とについて検討すること。

 本審議会は、この答申に引き続いてこれらの大学制度に関する基本的課題の検討を行ない、その大綱についてなるべくすみやかに結論を得たいと考える。

四 この答申の課題

 この答申では、大学紛争の根底にあるさまざまな要因と大学制度の基本的課題について上述のような認識に立ち、当面の事態に関する次のような問題点を中心として、これに対応するための方策を検討した。これは、当面の対策であるとともに、今後の根本的な改革の基礎づくりであると考える。

(一)大学の組織の複雑化と巨大化に対して管理運営の機能の改善が著しく遅れているため、大学紛争が生じたとき収拾困難に陥りやすいこと。

(二)学生の地位と役割について大学側の検討がこれまでふじゅうぶんであったため、学生自治会や学生の政治的活動に対する指導方針が確立されず大学の秩序維持が困難になったり、学生参加の要求に対処する考え方が定まらなかったりすること。

(三)紛争がいつまでも継続して収拾困難に陥った場合にも、大学や政府の責任においてとるべき特別な措置について明確な方針が定まっていないこと。

 なお、今日の大学問題の根本には教育の内容・方法の改善という重要な課題があるが、これは、上述の大学制度の基本的課題と切り離すことができないので今後の検討にゆだねることとした。

第二 大学問題の解決について関係者に期待するもの

 次章以下で具体的な方策を取り上げるまえに、今日の大学問題に直接関係のある大学教員、大学管理者および政府に対して本審議会が期待するところを述べたい。それは、たとえどのような方策を講ずる場合にも、大学問題の解決については、当事者の自覚と反省に基づく積極的な態度がなければその目的を達することはできないと考えるからである。

一 大学教員のあり方

 今日の大学紛争の根底には、教員に對する学生の不満の蓄積があることは見のがせない。大学の現状においては、教員の処遇その他にも不満足な点の多いことはいうまでもないが、少なくとも次のような点についてはまず、教員自身の自覚を強く期待したい。

(一)今日の学生は多様な興味と関心をもち、社会の現実についても希望と不安をいだいている。かれらの意識と態度に留意しながら学問的刺激を与えてその勉学の意欲を引き出すことは、今日の大学教員に要求される重要な任務である。

(二)今日の学生は、他律的な制約を強く拒む態度を示しながら、他面では、教師との接触によって自己啓発の手がかりを得ることを渇望している。謙虚で誠実な一個の先達として、教師が学生に接することが要請される。

(三)教員は、本来、研究者としては自由で独立した立場にあるが、教育者としては大学の教育計画に従ってその実施にあたることが要求され、組織の中で一定の地位を占める者としては自ら大学の規律を守るとともに、大学管理上の責任を分担することが求められる。さらに、国・公立大学の教員は、公務員としての地位と責務を有していることに留意しなければならない。

(四)学問の自由を守るためには、学外からの不当な圧迫を排除するばかりでなく、学内においては、あらゆる思想に対して寛容であると同時に、個人の思想と良心の自由を侵す行為に対して勇気と信念をもって立ち向かう責任がある。

(五)大学教員は、その社会的な地位と影響力にかんがみ、個人的な立場からの言動についても、一般社会の信頼にこたえるよう慎重な配慮が望ましい。

二 大学管理者の役割と責任

 大学問題の解決のため他に先んじて改善の努力を払うことは、大学管理者に課せられた社会的責任であり、そのすぐれた指導性が発揮されなければ多数の大学関係者の善意と努力も正しく結実するものではない。次章以下に述べる方策は、多年にわたる大字の慣行を改めなければならないものを含んでおり、その実施に多くの困難が予想されるが、大学管理者が確信と勇気をもってそれにとり組まないかぎり問題の解決は期しがたいと考える。

 大学紛争が激化した場合における力の抗争が生み出す荒廃は、大学にとって深刻な事態であるとともに国家社会にとっても重大な損失である。大学管理者は、学内の総力をあげてその解決に努めるとともに、必要な場合には、閉鎖的な自治の考えにとらわれることなく学外からの協力を求めるべきである。また、大学管理者は、紛争の収拾を急ぐあまり、不当な圧力や要求に妥協的な態度を示すことは、かえって全学の信頼と協力を失う原因となることに留意する必要がある。

 とくに公費に依存する国・公立大学は、その存立の基盤を国民または住民におくものだけに、その管理者は責務のいっそう重大なことを強く自覚すべきである。また、国立大学は、その設置者が国であることを考え、政府との間に緊密な協力関係を維持すべきである。

三 政府の任務

 大学の自治と自主性は尊重されなければならない。しかし、そのために政府の大学政策が消極的に過ぎたり、また、大学がその自治と自主性を閉鎖的に考えて政府に対して不必要な反発を示したりする傾向が見られた。今後、政府は、その施策を進めるにあたって、まず、大学との間の協調関係に立って大学改革への自覚と努力を促すとともに、ともすれば社会に対して閉鎖的になりがちな大学に対し、一般国民の期待するところにこたえながら積極的に行政上の責任を果たすべきである。

 さらに政府は、今日の世界のすう勢にかんがみ、その重要な施策の一として、高等教育に対する財政支出を拡充して、高等教育の計画的な整備充実をはかるべき時期に際会している。とくに私立大学においては、その経営が学生の経費負担に大きく依存していることが、紛争の大きな要因であるとともに、今後の発展に対する障害となっていることに留意しなければならない。本審議会は、目下、学校教育の総合的な拡充整備計画を検討しているが、このような教育の長期計画は、総合的、国家的な観点から強力に実施されることが期待される。

第三 大学における意思決定とその執行

 本審議会は、さきに昭和三十八年一月の答申において大学の管理運営の改善に必要な提案を行なった。そこで述べた考え方は今日も基本的には変わらないが、ここでは、大学紛争を契機としてとくに顕著となった大学の自治能力の欠陥を是正し、積極的な大学の改革を進めるために必要な当面の改善方策をあらためて取り上げる。

 なお、大学の管理運営に一般社会の声を反映させる具体的な方策や私立大学の経理について適切な監査と合理化の方法を取り入れることなど、重要な課題については、さらに今後検討を進める必要がある。

 大学の管理運営については、現行の法令で具体的に規定したものは少なく、各大学の慣行に任されているので、もっぱらその機能の改善のために必要な方策を提案する。その具体的な適用ついては、国・公立大学と私立大学の管理方式の相違、各大学の性格、規模などによる差異をじゅうぶん考慮する必要がある。

一 大学の中枢的な管理機関における指導性 の確立

 学部自治を重視するこれまでの大学の管理体制では、大学紛争のような全学的な問題を処理することはきわめて困難であり、まして、全学の意思を結集して大学の改革を進めることは期待できない。

 これを改めるには、学長を中心とする全学的な管理機関が、大学の現状の問題点を的確にとらえ、その解決のための具体策を提案し、その実施について適切な指示を与えるとともに、全学的な意思の統合をはかることについて指導的な役割を果たす必要がある。そのような中枢機能を充実する方法として次のことが考えられる。

(一)学長の職務の執行や全学的な基本問題の企画調査について、学長を補佐するため、副学長またはその他の機関を設ける。これらは大学の規模その他の事情に応じて複数とし、たとえば教務、学生、広報その他の分野を分担する。その選考は、教職員または学外の適任者の中から学長が行なうこととする。

(二)前項の企画調査のため、学内から広く適任者を集めて合議制の機関を設ける。そのうち、次章で述べる学生参加の領域の問題を取り扱うものについては、学生の参加を認めることも考えられる。

二 大学管理機関の機能的な役割分担の徹底

 大学内の各種の機関の役割分担とその相互関係が明らかでないため、管理運営が非能率的になったり、混乱したりすることが少なくない。たとえば、多人数からなる合議制の機関で執行上の細目まで審議するため時宜を得た処置がとれなくなったり、執行機関の責任の範囲が明らかでないため独断に過ぎるとして学内の支持を失ったりすることがある。また、大学全体として責任の所在が不明確になることがある。このような欠陥は、各機関がその取り扱う問題に関し、基本方針の決定から執行までの過程のうちどの部分について権限と責任をもつかが明らかでないことに起阻する場合が多い。

 そこで、各機関の特質に応じて、次のような機能的な役割分担を徹底させる必要がある。

(一)学長、学部長などの執行機関は、合議制の審議機関の承認した基本方針の範囲内で、個別的な事案の処理については大幅な自由裁量と専決が認められるべきである。これらの機関には行政上の識見のある者が選ばれ、相当な期間その仕事に専念できるようにする必要がある。また、それらの機関に必要な補佐機関や事務組織も整備されるべきである。

(二)評議会、教授会などの合議制の審議機関は、もっぱら基本方針を定めて執行機関に方向づけを与える役割を担当し、執行上の細目の判断には関与すべきでない。その代わりに、執行の結果に重大な問題が生じたときには執行機関の責任をただすこととする。

 なお、有効な協議を行なうためには、構成員数に限度があることを考え、代議制、委員会制などを活用すべきである。

三 意思決定手続きの合理化多くの大学では、事の軽重や種類を問わず教授会の議を経るため、時間と労力が浪費されたり学部教授会の拒否などにより、大学の総意がまとまらなかったりすることがある。また、取り扱う問題の性格に関係なく、意思決定に参加する者の範囲を広げることにより、妥当な結論が得られなくなる場合もある。

 このような不合理を改めるには、各大学の実情に応じ、意思決定に関する事案をその性格に応じて区分し、それぞれにふさわしい異なった意思決定の手続きをとることが望ましい。その区分の例としては、各部局の意見を徴したうえで全学的な統一方針として決定すべきもの、全学的な方針に基づいて各部局で決定すべきもの、各部局ごとの判断だけで決定すべきもの、執行機関の判断により決定すべきものなどが考えられる。

四 全学的な協調の確保

 大学の組織の複雑化と規模の膨張に伴い、次のような方法により、全学的な協調の確保に努める必要がある。

(一)学内広報活動の充実

 大学の方針や現状について適時正確な情報を広く学内に提供するため、学長に直属する学内広報機関を設ける。この場合、大学の財政状況に関する適切な情報についてもあわせて考慮する。

(二)学内の希望や意見の反映

 前述の企画調査機関などが、随時組織的に意見調査を行なったり、公聴会を開いたりして、教職員や学生一般の希望、意見、不満などを大学の意思決定に反映させる道を開く。

五 その他の必要な改善方策

 上述のほか、次のような点に改善を加える必要がある。

(一)学生生活指導の充実

 学生の生活指導を充実するため、さきに述べた企画調査機関において具体的な実施方策を立て、全学的な統一方針を確立すべきである。その実施については、全学的な協力のもとに、次章に述べる学生に対する措置を含めて広く学生生活全般にわたり、学生部がその役割と責任を果たすことができるようにする。

(二)秩序違反に関する学生処分の審査機関の一元化

 次章に述べるように、客観的に公示された大学の規律に違反した学生の処分については、全学的な立場から公平に審査するため学長に直属する機関を設ける。

(三)学内監査機能の充実

 学内関係者の批判をくみとり、それを大学の管理運営の改善に反映させるため、必要に応じて大学管理者に勧告する学内監査機関を設ける。この機関には学外者を参加させることも検討する必要がある。

(四)教職員に対する部局長の指導の徹底

 教職員は組織の中で一定の地位を占めるものとして、大学の方針に基づく職務上の命令を守る義務があり、部局長は、これに必要な指導を与えるとともに、の義務に違反した者については的確にその責任を問うべきである。

(五)大学管理者の資質の向上

 大学の執行機関の地位を占める者に要求される資質は、教育・研究に従事する者のそれとは異なるものである。そのような資質の向上をはかるため、相互研修その他の方法について検討すべきである。

(六)事務機構の整備と職員の資質の向上

 大学の管理運営を能率化するためには、大学の事務機構の近代化、合理化と事務系その他の職員の資質の向上とが重要である。今後は、大学行政に識見を有する行政職員および専門職員の計画的な養成をはかるとともに、その地位と待遇の改善についても検討すべきである。

第四 大学における学生の地位と役割

 今日の大学紛争においては、その多くの場合、大学管理者と学生との間にきびしい対立が生じ、師弟関係や大学の秩序が従来のままでは維持できないような事態がみられる。その背景には、先に述べたとおり、現代社会の政治的・社会的条件が複雑にからみあっているが、同時に、大学自体において、現代の学生に対して適切に対応する用意に欠けるところがあったことも否定できない。

 これらの紛争をとおして学生からさまざまな要求が出され、それを大学がどのように受け止めるかが問われている。また、大学は、ときに逸脱する学生の集団行動に対処して大学の秩序をどのように維持するか、さらには、大衆化した今日の大学において、大学管理者・教職員・学生の間の意思疎通をよくするためにはどうするかなどの問題に直面している。これらの問題を考えるためには、大学において学生は、本来どのような地位を占めるものであるかを明らかにする必要がある。

 この場合、学生の地位からみてその活動に一定の制約があることを明らかにするばかりでなく、大学紛争の底にある学生の大学改革に対する期待に適切にこたえる方法を考えることが、今日の事態に対処する正しい態度といえよう。わが国の将来をになう者は学生であり、それだけに、その過誤はきびしく正すと同時に、その問題提起の中から正しい発展の可能性を見いだす態度をもって、学生に期待すべき積極的な役割をあわせて検討する必要がある。

一 大学における学生の地位についての考え方

 学生の地位については、学生を大学という公共の施設の単なる利用者にすぎないとしたり、共同体としての大学において管理者および教職員と対等な構成員とするなど、学主の地位を一面的にとらえる見方が多く、そのために、学生に正当な要求があることを軽視したり、逆に学生に過大な権利を認めようとするなどのかたよった考え方が生じやすい。さらには、今日の社会における世代間の対立意識を利用して、特定の政治的な意図のもとに大学に要求したり、その秩序に反抗したりする動きもみられる。これらが、学生の地位についての考え方を混乱させている。

 本来、大学における学生の地位は、次のような諸側面から総合的に考えられるべきである。

(一)学生の地位は、大学という社会的機関へ学生が自らの選択によって志望し、これに対して大学が入学を許可することによって生ずるものであり、学生はその在学期間、大学において教育を受け、その施設・設備を利用する権利が認められると同時に、大学がその機能を営むうえに必要な規律に従う義務を負うものである。

(二)学間の教授と学習という面からみれば、学生は、本来学ぶ者として教師の学識を信頼し、大学の定める教育上の計画と指導に従うことが求められる。同時に、とくに大学においては自主的に学ぼうとする学生の態度が尊重され、教育の内容・方法や教育環境の改善について学生の意見が取り入れられるよう配慮されるべきである。

(三)学生の学園生活という面についてみれば、学園は、自律性のかん養や学生相互の啓発のために学生にとって豊かな体験の場であり、また多数の青年が学園生活を健康的に営むための場でなければならない。したがって学生は、自己の責任において規律のある諸活動を行なうことが期待される。同時に大学は、それに必要な環境を整備し、必要に応じて指導と助言を与えるように努めなければならない。

 なお、大学院学生の地位については、わが国の学術研究体制のあり方に関連する面もあり、今後さらに検討する必要がある。

二 学内学生団体と学生自治会

 今日の大学にはさまざまな学生団体があり、学生の自主的な運営によって、文化・体育・レクリエーション・福利厚生などの諸活動が行なわれている。これらは、学園生活を内容豊かなものとし、学生の人間形成にとっても貴重な体験の場を提供する点において重要な意味をもっている。そのために、ほとんどすべての大学は、これらの活動に対して積極的な指導と援助を与えている。

 また、多くの大学には、一般に学生自治会と呼ばれるものがある。それは、上述のような各種の学生団体を包括した組織であったり、独立の団体であったりする場合もあるが、通常、次のような点で一般の学生団体とは異なった性格をもっている。すなわち、それは、大学に入学した学生全員を自動的に会員として会費を徴収し、学生大会という形式で全学生の意思を代表する決議を行ない、大学当局と交渉する特別な地位をもっていることである。

 ところが、わが国の大学の学生自治会の中には、戦後の社会情勢を反映して、さらに別の特異な性格をもつようになったものが少なくない。すなわち、それらの自治会は大学外の組織に加盟し、その統一的な指令のもとに全学生を特定の学生運動に動員するための学内組織として、少数の学生活動家により利用されるようになった。しかもこの場合、その運動が全学生の総意の名のもとに、学生一般に有形無形の拘束を与える結果となっている。

 本来、学生団体の運営は、その構成員の総意によって自治的に行なわれるべきものであるが、同時に、構成員各個人の自主性はあくまで尊重されるべきで、集団の名において不当な支配が行なわれてはならないものである。とくに全学生を自動的に会員とし、個人の脱退を予定しないような団体においては、個人の基本的な自由を侵すことのないようその活動の領域に厳密な制限がなければならない。このような原則を守ることは、まず学生一般の自覚と努力にまつべきであるが、諸大学の現状ではそれだけに期待することはむずかしく、大学は教育指導上の責任からみても、次のような措置をとる必要がある。

(一)学生団体一般については、任意加入制を前提として、その目的・組織・経理その他の基本的な事項について、大学が公認するために必要な条件を定め、構成員の意思が正しく反映されるよう必要な指導を行なうとともに、大学の施設の利用その他について援助を与える。このような公認の条件に適合しないものに対しては、大学の施設の利用等について公認団体に与えられる特典は認められないものとする。

(二)全学生の自動加入制をとる学生自治会を認めようとする場合には、たとえば会議の際の定足数、議事手続きなどをいっそう具体的に明記させるとともに、その活動の領域については大学の存立の目的に反したり、学生個人の基本的な自由を拘束したりすることのないよう明らかな条件をつけるものとする。全員加入制をとりながらこのような条件を満たさなくなった学生自治会は、公認が取り消され、その地位と特典を失うことはいうまでもない。学生自治会が任意加入制をとる場合は、前項の学生団体一般の取り扱いによるものとする。

(三)学生一般とくに新入生に対しては、大学の公認する団体についての実状を周知させる方法を講じ、正しい認識をもってそれらへ加入できるようにすることが望ましい。

三 学生の政治的活動と大学の秩序維持

 個人としての学生は、一般市民と同じような政治活動の自由をもっている。また、今日の社会において、学生が政治問題に強い関心を示すことは、むしろ当然であろう。

 しかしながら、現在の大学紛争の中心には、大学の現状の改革よりは既存の秩序の破壊をめざす政治的な学生の集団のあることに留意し、それに対して一切の暴力を排除し、大学の秩序を守る方策が考えられなければならない。大学の現状にどれほど改革を必要とするものがあるとしても、単なる破壊からは解決の道は開かれず、あくまで理性的な判断に基づいて大学の新しいあり方を探究すべきである。そのような建設的な努力を可能にし、必要な改革を実施するためにも、秩序の確立が当面の重要な課題である。

 したがって、本来、学生の政治的活動には、学生の地位および教育基本法の精神にかんがみ、次のような制約のあることがあらためて確認されなければならない。

(一)学園は本来政治的な宣伝の場として利用されてはならないのであって、学問の教授と研究に必要な自由で寛容な知的ふんい気を乱し、個人の思想および良心の自由に有形無形の圧迫を与えるような活動は許されない。

(二)大学の施設を政治的活動の拠点として乱用したり、大学の教育と研究の正常な実施を妨害したりする活動は許されない。

(三)学園外においても、大学の公認する団体の名において不法な手段で行なう活動は許されない。

 これまで多くの大学では、学生の政治的活動について明確な方針が定まらず、秩序が破壊されたり、暴力的な行動が発生したりして、教育的な指導の限界をこえたと認められる事態においても、警察などの協力を求めることに消極的な態度をとってきた。これ社、かつて、教員の人事などについて政府と大学との間に紛争のあったことなどから生じた閉鎖的な大学自治の考え方に由来しているが、今日の大学においては、そのためにかえって、学園が暴力的な政治活動に利用されるという弊害が生じている。よってこの際、大学は、次のような措置を講ずる必要がある。

(一)学内施設の利用の方法、学生団体の公認の基準、大学管理者との交渉の手続きなどについて明確な規程を設けて、上記のような学生および学生団体に認められない活動が生じないよう適切に運用するとともに、これらの規程に違反した行為に対しては、学生団体の公認を取り消すなど、その責任を問うこと。

(二)どのような学生団体もその決議を理由に学生の授業への出席を妨害したり、授業の実施を妨げたりすることは許されず、そのような行為は、学生の授業を受ける権利を侵し、大学の秩序を乱すものとしてその責任が問われなければならないこと。とくに全員加入制の学生自治会については、授業放棄の決議をすること自体、その活動として許されるべき範囲を逸脱するものであること。

(三)上記のような大学の措置が効果を発揮せず、大学だけの力では秩序の回復が困難となり、かつ、明らかに不法な行為が認められるとき社、大学は、公的な性格をもつ社会的な機関としての責任を果たすため、警察力による規制を求めること。

四 学生に対する処分制度

 従来、大学においては、教育手段としての懲戒処分の一環として、大学の秩序を乱す行為に対する処分が行なわれてきた。また、多くの大学においては、授業料の滞納者や長期の留年者に対して除籍という処分も行なわれてきた。

 ところが、大学における懲戒またはその他の処分についてこれまでの事例を見ると、とくに学生の政治的活動に伴う秩序違反の行為をめぐって、次のような問題が生じている。

(一)処分の対象となる行為の範囲が明らかでなかったり、それに対する警告や指導がじゅうぶんに行なわれないままに処分されたりしたため、処分の意図するところが何であるかについて学生のがわに疑問の生ずる場合がある。

(二)日ごろ見過ごされている行為が、ある時だけ処分されたり、同じ行為が同一の大学内で別々の基準で処分されたり、処分の審査が公正を欠いていると思われたりして、大学の処分を学生一般が公正なものと信じなくなる場合がある。

(三)懲戒処分の教育的な意味を誤解して寛大にすぎたり、処分に伴う学生の反発を考えて不問に付したりする場合がある。

 このような問題を解決するためには、各大学において、全学的な立場から学生処分が公平かつ的確に行なわれるとともに、当事者の主張が、公正に処分に反映されるような手続きと慣行を確立する必要がある。この場合において、問題の生ずる大きな原因としては、学生の政治的活動に伴う秩序違反の行為を一般的非行と同様に取り扱うのに疑問が生じやすいこと、また、そのような行為に対する処分が運動の不当な抑圧と誤解されるのをおそれることなどが考えられるので、次のような点について考慮すべきである。

 すなわち、まず、従来の懲戒については、それが真に学生に対する教育指導の手段として効果を発揮するように適切に運用される必要がある。さらに大学の秩序を保ち大学の機能を守ることを目的とし、学生としての基礎条件を欠いたものを大学から排除する処分の方式を考える必要がある。このような処分の事由に該当する行為については、その目的や動機ではなく、それが大学の秩序を乱し機能を妨げることを問題とする観点に立ち、その範囲をできるだけ客観化されたかたちであらかじめ明確に公示することが望ましい。処分の事由に該当する行為をした者に対しては、的確に警告または指導を与えるとともに、なお一定の限度を越えて違反をくりかえす者は、学生としては基本的な義務に違反し、その資格を欠いた者として、大学を去るのが当然であるという考え方が学内に徹底される必要がある。

五 いわゆる「学生参加」の意義と限界

 今日の大学紛争の根底にある問題の一つは、大学の規模が急速に膨張し、組織が複雑化し、学生の社会的な意識が大きく変化したにもかかわらず、学生・教職員・管理者の間の意思疎通をはかる努力が払われず、学生の正当な要請を適切に受け止める道が開かれていなかったため、しばしば不満が蓄積したり、誤解が広がったりして、大学全体に相互不信の気持ちが流れる場合があるということである。このような状態では、秩序の維持や教育と研究のいきいきとした活動も期待されないであろう。

 今日いわゆる「学生参加」が新しく大学の問題として大きく取り上げられているのも、この状態に対処するための一つの試みである。しかしながら、学生参加が所期の効果をあげるためには、学生一般がこれに対して積極的、建設的な意欲をもつことが期待され、大学自体においても、提起された問題に適切に対応できる態勢が整備されなければならない。

 学生参加については、諸外国においてもいろいろな事例が、みられるが、各国における大学の成り立ちや学生の気風その他の歴史的・社会的背景が異なるので、これらの事例がかならずしもそのままわが国の大学にあてはまるものではないことに留意する必要がある。

 以下、わが国の大学において学生参加を実行に移す場合に考えなければならない諸点を掲げることとする。

(一)学生参加の意義

 学生参加とは、大学における学生の地位とその役割にかんがみ、その正当な要請を大学が適切に受け止めるための恒常的な体制を整え、全学的な意思疎通の道を開くとともに、学生の希望や意見を大学の意思形成の過程に取り入れて、大学の運営と教育・研究の活動を積極的に改善する契機とすることであり、あわせて、学生参加の体験を通じて学生の社会的成熟が助長されることを期待するものである。

(二)学生参加の領域と限界

 学生の希望や意見を積極的に取り入れることが適当な領域を考える場合には、上記のような学生参加の意義からみて、それぞれの分野の問題について学生がどの程度の知識・経験・責任能力をもつものと期待できるかを判断の基準とすべきである。学生の課外活動や福利厚生事業と修学環境の整備ならびに教育計画と授業の内容・方法の改善などの分野については、取り上げる問題が適切であれば学生参加の効果が期待できるものと考えられる。しかしながら、教職員の人事、学業成績の評価、学校財政などの分野は、学生参加の領域に含めることは不適当である。なお、学長、学部長等の候補者の選考について学生の信任投票を行なうことなどを大学の正規の手続きとすることも、不適当である。

 ただし、学生参加の問題とは別に、すべての領域のことについて常時学生一般の中に生じうるさまざまな希望・不満・苦情などが適切に処理され、また、大学内の諸問題に関する正確な情報が的確に学生に伝達されるような方法を検討する必要がある。

(三)学生参加の形態と条件

 上記の学生参加の領域に含まれる問題について学生を参加させる形態としては、大別して次のようなものが考えられるが、それぞれの特質を生かすためにはそれにふさわしい条件が整っていなければならない。また、それらの領域のうちどの問題についてどの形態を適用するかについても、各大学の事情に応ずるよう適切な配慮が必要である。

ア 意見聴取

 これは、組織的に全学生の意向を調査したり、公聴会を開いたりする方法などである。この場合には、問題の取り上げ方について学生の希望をあらかじめじゅうぶんに取り入れるべきであり、結果の処理についても、学生に周知させることが望ましい。

イ 代表参加

 これは、前述の学生参加が適当と思われる領域に含まれる問題を取り扱う大学の公式の機関に、正式の構成員として学生の代表を加える方法である。この場合の学生代表は、代表となるための所定の条件を具備した者の中から、問題の性格に応じたいろいろな学生の選出単位ごとに、投票権をもつ者の大多数の意思表示によって公正自由に選出された者とする。この代表は、特定の学生団体の利益だけを代弁する者であってはならないし、また、その参加した機関の構成員としての規律に服する義務を負うものとする。この方法は、学生の意見を取り入れることを制度的に保障することであるが、学生代表と学生一般との間の意思疎通が途絶しないよう配慮すべきである。

 学生代表を参加させる機関としては、意思決定機関の諮問を受けてそれに答申する機関や特定の事案の事前審議により意思決定に参与する機関などが考えられる。しかし、学生の地位からみて、大学の実質的に最終的な意思決定機関に学生が参加し、またはその機関の決定に対して学生が拒否できる制度を認めることは、適当でない。

 また、協議会等の名において、学生団体の利益を代表する者と大学管理者が相対立する立場においていわゆる「交渉関係」をもつことは、機関の構成員が一定の役割とそれに伴う責任を分担する「代表参加」とは異なるものである。この場合の交渉は、いうまでもなく労使関係の交渉とは本質を異にしており、その協議が整わないかぎり大学の意思決定が行なえないものとすることは、許されない。

第五 当面する大学紛争の終結に関する大学と政府の責任

 前述のとおり、大学紛争の要因は複雑であり、大学に内在する問題もきわめて深刻であってその根本吋解決を得なければ、当面する紛争の解決も完全を期しがたいであろう。しかし、今日の事態の収拾は焦眉の課題であり、このことについて大学当事者の自覚と努力に期待するところはきわめて大きく、まさに大学自治の試練の時であると考えられる。

 このような大学の努力にもかかわらず、紛争が激化して長期にわたり、大学の入学・卒業が正規の時期に行なわれなくなったときは、大学当事者ばかりでなく、紛争に直接責任のない一般社会にまできわめて重大な被害を及ぼすこととなる。そのような事態は、もはや大学自治の範囲内の問題としてその責任だけに任せておくことはできない。これを未然に防止するとともに、一定の限度を越えて長期化することを阻止するため、紛争終結に関する特別措置を検討する必要がある。このことは、とくに制度的保障のうえに安住しやすい国・公立大学について強く要請される。

 本審議会は、そのような特別措置として、次のことを提案する。

一 大学においてとるべき措置

 本来、教育と研究を目的とする大学は、組織的・計画的な秩序破壊の運動にじゅうぶんに対抗できる体制を備えていない。したがって、紛争の終結を促進するため大学が自主的にとるべき措置は、そのような事態に対処する機能を臨時的に強化することである。

 たとえば、大学の教育・研究の機能が相当の期間停止したり、また入学・卒業が正規の時期に行なわれないおそれが生じたときは、事態収拾を的確迅速に行なうのに必要な範囲内で、大学の意思決定とその執行の権限を適当な大学管理者に集中する必要がある。この場合、その管理者は、全学一体となって事態の収拾にあたるため、学内の協力体制を乱すことをやめようとしない教職員があるときはこれを一時的に職場から遠ざける措置をとる必要がある。

二 政府においてとるべき措置

 政府は、大学の自治能力の回復とその自力による紛争の終結を助けることを主眼として、状況に応じて次のような措置をとる必要がある。

(一)上記のような大学のとるべき措置について大学管理者に勧告すること。

(二)大学管理者が、その施設を保全しながら、妨害を排除して教育・研究の再開の準備に専念するため、大学の設置者が六か月以内の期間休校または一時閉鎖をすることができるようにすること。

 この場合、政府のとるべき措置に関し公正な世論を反映させるための権威ある第三者的機関を設ける必要がある。なお、必要な場合にはこの機関が紛争の解決についてあっせんを行なうことも考えられる。

 もし、大学紛争が極端に悪化した場合には、大学自身が崩壊の危機に立ちいたるであろう。したがって大学は、そのような事態をあくまで回避するため、上記の措置によって紛争解決に全力を尽くすとともに、政府としても、大学の自治能力を回復するために、大学に対してあらゆる指導と援助を与える責任がある。しかもなお、不幸にして大学が実質的に崩壊状態となり大学としての存在理由が失われるにいたると認められる場合には、政府は、第三者的機関の意見を聞いて、その最終的な処理のため必要な、適切な措置を講ずべきである。

第二十二回答申(昭和四十六年六月十一日)

 今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策についての答申

前文

 中央教育審議会は、昭和四十二年七月以来、標記の諮問事項について検討を重ね、ここに、これまでの中間報告をも含めて最終的に答申をとりまとめる運びとなった。

 この諮問は、戦後の学制改革以来二十年の実績を反省するとともに、技術革新の急速な進展と国内的にも国際的にも急激な変動が予想される今後の時代における教育のあり方を展望し、長期の見通しに立った基本的な文教施策について答申を求めたものである。これまでわが国では、明治初年と第二次大戦後の激動期に教育制度の根本的な改革が行なわれたが、今日の時代は、それらとは別の意味において、国家・社会の未来をかけた第三の教育改革に真剣に取り組むべき時であると思われる。本審議会が、四年という異例の長期間にわたって慎重に審議を行なったのは、まさにそのためである。

 これまでの審議は、三つの段階に区分される。その第一段階は、まず、明治以来のわが国の教育発展の実績を多面的に分析評価し、その中に含まれる問題点を究明することであった。その成果は、昭和四十四年六月に中間報告を行なったが、この答申の付属資料がそれである。第二段階は、第一段階の検討の結果をふまえて、今後における教育改革の中心的な課題とその解決の方向について本審議会の提案をとりまとめることであった。その結論は、昭和四十五年五月と十一月に中間報告を行なったが、それに若干の補正を加えたものをこの答申の第一編第二章および第三章とした。

 第三段階は、この提案による改革を実施するとともに、学校教育全般の総合的な拡充整備を計画的に推進するため、政府としてとるべき行政上・財政上の基本的施策について検討することであった。また、今後の社会における学校教育の役割を広い視野から展望することであった。それらの結論は、この答申の第一編第一章および第二編として新たに付加された。

 この四年間にわたる審議は、七つの特別委員会の百五十九回の会合と七十二回の小委員会、五回の公聴会、七十以上の関係諸団体・審議会・官公庁からの意見聴取、十回の総会によって行なわれた。その間に、昭和四十四年四月には「当面する大学教育の課題に対応するための方策」について別途に答申を行なった。その答申は、大学紛争の要因、大学の内部管理の改善および大学における学生の地位と役割について本審議会の基本的な考え方を示している点において、今回の答申と密接な関連がある。なお、今回の答申の中で基本的な考え方は述べたが、その実施方策についてはさらに専門的・技術的な検討を要するものがいくつかある。いわゆる生涯教育の観点から全教育体系を総合的に整備すること、教員の給与・処遇の改善について具体案を作成すること、高等教育の新しい教育課程の類型を作り出すこと、教育行政体制の再検討を行なうことなどがそれである これらの課題について、政府がすみやかに適切な措置をとることを期待する。

 わが国の学校教育は、これまでも急激な膨脹を遂げてきたが、さらに今後十年以内に、個人および国家・社会の要請にもとづき、後期中等教育の普及率は九十パーセントを突破し、高等教育も三十パーセントを越えることが予想される。しかも今日の社会は、人間の可能性の開発をますます重視し、自主的・創造的な人間の育成を要求する方向に発展しつつある。今後の学校教育は、そのような量的な拡張に伴う教育の質的な変化に適切に対処するとともに、家庭・学校・社会を通ずる教育体系の整備によって、新しい時代をになう青少年の育成にとってのいっそう本質的な教育の課題に取り組まなければならない。この答申は、そのような観点から、今後実現に努力すべき学校教育の改革について提案したものである。

 およそどのような改革も、それに伴う障害を克服する熱意と勇気なしには、その実現を期しうるものではない。当面の利害から現状維持を固執したり、現実に目をおおって観念的な反対だけを唱えたり、実行を伴わない改革論議に時を移したりして、教育がますます時代の推移から取り残されるようになる危険を深く考慮し、この改革の実現に対して、教育関係者が積極的な努力を開始し、国民的な支持の盛り上がることを心から期待する。また、この教育の改革と拡充整備は、国家的に巨大な資源を必要とするが、わが国の今後における社会・経済発展の見通しを考慮すればけっして実現困難なものではなく、それを実行できるかどうかは、もっぱら政府の決意と努力のいかんにかかっている。政府の勇断を切望するものである。

第一編 学校教育の改革に関する基本構想

 この編では、答申付属資料の検討の成果にもとづいて、わが国の学校教育が今後どのような方向に改革される必要があるかを取り扱うこととした。その場合、今日の社会では、学校教育はさまざまな教育活動の一部であり、その全体との関連において学校教育のあり方を展望する必要があるので、まず、第一章でその点を検討した。次に、そのような観点をふまえながら、第二章と第三章では、初等・中等教育と高等教育のそれぞれの段階で今後の改革の方向としてとくに重要と思われるものを「基本構想」として提案した。

 なお、答申付属資料に列記した今後の検討課題のうち、基本構想で取り扱わなかったその他の課題については、今後の行政において適切な解決の努力を期待したい。

第一章 今後の社会における学校教育の役割

一 今後の社会における人間形成の根本問題

 教育は人格の完成をめざすものであり、人格こそ、人間のさまざまな資質・能力を統一する本質的な価値であることは、変わることのない原則である。ところが、現代社会に生きる人間を取り巻く環境の急激な変化に伴って、主体としての人間のあり方があらためて問われ、教育の役割がますます重要なものと考えられるようになった。今後における学校教育のあり方を再検討するためには、まず、人間形成そのものの意味と、これからの環境の中で、人間形成にとってどんなことがいっそう重要な問題になるかとを考えてみる必要がある。

(一)人間形成の多面性と統一性

 人間は、過去・現在・未来にわたる人類の歴史の中で、その生きる環境に適応したり、それに働きかけて自分自身を実現しようと努力したりすることによって、たえず成長・発達を続けていくものである。そのような人間形成の過程は複雑微妙であるが、そこにおける問題を多面的に理解するためには、それを次のように異なった側面から考えてみる必要がある。

〔A〕自然界に生きる人間として、みずから自然の法則に適応して個体および種族の生命を健全に維持発展させるとともに、自然と人間の関係を正しく理解し、自然と調和した豊かな生活を作り出せるようになること。

〔B〕社会生活を営む人間として、さまざまな人間関係を結び、社会的活動に進んで参加し、その中で、自分と他人をともに生かことができるような社会的な連帯意識と責任ある態度・行動能力とを体得すること。

〔C〕文化的な価値を追求する主体的な人間として、歴史的に継承され、発展してきたさまざまな価値に対する理解力・批判力・感受性を傭え、次の時代への使命感をもって自主的・創造的に活動できるようになること。

 このような側面は互いに有機的な関連をもっているが、それらが均衡のとれた発達を遂げ、自然と生命に対する愛と畏敬の念にささえられて統一的にはたらくところに、人間形成の真の姿がある。教育の問題を考える場合にも、このような人間形成の多面性と統一性が重視されなければならない。

 なお、人間形成の問題を考える場合、回避できないものとして男女の性別の問題がある。男女が人間として平等であることはいうまでもないが、人類とその文化の維持発展のために、それぞれの特性に差異のあることを認めながら、共にその可能性を発揮できるようにすることは、今後の重要な課題である。

(二)社会環境の人間に対する挑戦

 上述のような人間形成のさまざまな側面に対して、急激に変化する今日および今後の社会が、人間の生きる環境としてどんな問題を投げかけるかを考えてみなければならない。

ア 科学技術の進歩と経済の高度成長に伴い、自然と人間との間の不調和が人間生活の根底を脅かしつつある。経済的・時間的な余裕の増大によって、個人が自主的に充実した生活を営む自由と責任の範囲は増大しつつある。同時に、たえず更新される知識・技術を積極的に吸収し、それを人間と社会の進歩に役だてる英知が要求されている。

イ 社会の都市化・大衆化によって、自然環境から隔絶された過密な生活環境の中で、心身の健康を維持しながらたくましく生きていく力が要求されつつある。また、都市生活に伴う連帯意識の衰退を防ぎ、公共心の自覚を高める必要が強調されている。大衆的な組織の中で自分を見失わない主体性と能動的な社会性が重要となっている。

ウ 家庭生活と血縁的な人間関係の変化が、乳幼児や青少年の人間形成の基盤に重大な影響をもたらしている。人間の基本的な性格・心情の形成に対する家族の教育的な機能を、どのようにして高めるかが緊急な課題となっている。

エ 人間の寿命の伸長と社会の労働需要に応じて、高年齢層の人々が健康で充実した人生を送る可能性と必要性が増大し、そのための新しい人生設計を可能にする方策が要求されている。

オ 女子教育の普及に伴う女性の社会的参加の要求に応じ、また、家庭生活の時間的な余裕と労働需要に応じて、家庭の外にもさまざまな活動の場を求めようとする女性が増大している。

カ 国際交流の高まりとマスメディアの発達によって、世界の出来事と異質な文化が日常生活にたえず新しい刺激をもたらし、価値観にも大きな動揺を与えている。しかもわが国では、敗戦に伴う国家観の混乱もあって、今日なお、生活と文化の基盤としての国家や民族の意義があいまいにされ、民主社会のあり方についてもしばしば意見の分裂と対立が生じている。

 このような人間の生きる環境は、われわれの祖先が経験したことのない新しい課題を含むのであり、この中で人間形成の真の姿をいかにして実現するかが、今後の社会の最大の問題である。もとより、環境は単に与えられるものではなく、それを人間にとって好ましいものに改造し、国民全体の福祉と向上をめざすことは、教育政策はもとよりすべての政策の共通課題でたければならない。

 ところが、そのような人間の努力によって作り出された新しい環境を、人間の自由と責任においてどこまで正しく生かすことができるかは、人間自身の課題である。主体としての人間形成に問題があるときは、たとえば、高度の福祉社会という人間にとって望ましいと思われる環境でさえ、逆に生活の意味喪失感を生むことがある。また、これまで人間の行動を規律していた外的な諸条件が変化したとき、目的を一挙に実現したり、欲求を無制約に充足したりすることが、直ちに人間の自由と権利であるかのように考える傾向が生じやすい。今日、一部の青年に見られる逃避的傾向や暴力と性の問題は、これからの人間形成のあり方に根本的な問題を提起している。

二 教育体系の総合的な再検討と学校教育の役割

 人間形成とは、上述のように、人間が環境とのかかわり合いの中で自分自身を主体的に形作っていく過程であるが、教育とは、そのような過程において、さまざまな作用を媒介として望ましい学習が行なわれるようにする活動であるといえる。したがって、教育の問題を考えるためには、人間の一生を通じて、さまざまな場面で、意識的または、無意識のうちに人間形成に影響を与えているものを考慮に入れなければならない。現にわれわれは、学校のような教育機関以外に、家庭・職場・地域社会における生活体験を通じて、また、マスコミや政治的・宗教的・文化的な諸活動の影響のもとに、いろいろなことを学習しつつある。

 近年、いわゆる生涯教育の立場から、教育体系を総合的に再複討する動きがあるのは、今日および今後の社会において人間が直面する人間形成上の重要な問題に対応して、いつ、どこに、どんな教育の機会を用意すべきかを考えようとするものである。

 これまで教育は、家庭教育・学校教育・社会教育に区分されてきたが、ともすればそれが年齢層による教育対象の区分であると誤解され、-人間形成に対して相互補完的な役割をもつことが明らかにされているとはいえない。そのような役割分担を本格的に究明し、教育体系の総合的な再編成を進めるには、今後次のような点に学問的な調査・研究が必要である。

 すなわち、(a)前項で述べたような人間形成のいろいろな側面は、いつごろ、どんな学習体験をもつことによって、その成長・発達がもっとも効果的に促進されるか、(b)そのための教育的なはたらきかけには、適切な環境を用意すること、しつけること、感化を与えること、教え導くこと、訓練すること、仲間関係の中で体験させること、カウンセリングを行なうことなどさまざまな態様があるが、どんな目的にどの態様のものが適当か、(c)家庭・学校・社会における人間の生活時間、人間関係の特質、期待できる教育的なはたらきかけ、その場の自然な学習意欲などを考慮して、それぞれの主要の役割をどのように定めたらよいかという問題である。

(一)学校教育の役割と他の教育活動との相互関係

 学校教育は、すべての国民に対して、その一生を通ずる人間形成の基礎として必要なものを共通に修得させるとともに、個人の特性の分化に応じて豊かな個性と社会性の発達を助長する、もっとも組織的・計画的な教育の制度である。その特質は、ある年齢まで一定の教育計画にもとづく学習を制度的に保障していること、同年齢層の比較的同質的な集団と一定の資格をもつ教員が、学園という特別な社会を形作っていること、勤労の場を離れ、社会の利害関係から直接影響を受けない状態のもとで、原理的・一般的な学習活動に専念できることにあるといえる。

 このような特質は、学校教育が国民教育として普遍的な性格をもち、他の領域では期待できない教育条件と専門的な指導能力を必要とする教育を担当するものであることを示している。同時に、これまでともすれば学校教育に過大な期待を寄せ、かえって教育全体の効果が減殺される傾向があったことを反省し、次のような点については、家庭教育や社会教育がいっそう重要な役割を果たす必要のあることを強調しなければならない。

ア 家庭教育に期待すべきもの

 家庭は、単に衣食住の場であるばかりでなく、人間としての精神的成長の基盤でもあることにかんがみ、幼年期から青少年期を通じて、基本的な生活習慣と行動の節度を学ばせることによって自制心をつちかうこと。また、自然と生物に対する愛情を育て、親密な家族生活の間におのずから人に対する敬愛の念と敬虔な心とを養い、生活と勤労に対する真剣な態度などを体得させること。

イ 社会教育に期待すべきもの

 学校環境の制約を離れて、自然やすぐれた文化遺産との接触によって豊かな人間形成を助長すること。さまざまな年齢層との接触や多様な目的をもつ集団活動に参加して、社会性の豊かな発展をはかるとともに、学校における学習に伴いがちな思考の抽象化や現実社会からの疎外感を克服できるようにすること。職場において人間の活動意欲と職務遂行能力を高める機会を用意するなど、学校教育の基礎の上に一生を通ずる学習の機会を提供すること。

(二)学校教育自体の改善の方向

 前述のような役割分担ということは、学校教育が、人間形成のある側面の教育を他の教育活動に任せて顧みないという意味に誤解されてはならない。もし、さまざまな教育活動の間に有機的な連携が失われたときは、教育という具体的な人間を対象とする仕事は、その本質的な意義を失うであろう。むしろ、これからの学校教育では、これまでかならずしもじゅうぶんではなかった次のような点に改善をはかり、すべての国民に対して、多面的な人間形成の基礎をつちかうという本来の役割を、適切に果たすことに努めるべきである。

ア 人間形成を特定の能力の伸長だけで評価することなく、その多面的・総合的な発達をいっそう重視すること。

イ 学校における教育のさまざまな態様に即応し、たとえば、社会性の発達を助長する集団活動や個人に対する適切な指導のためのカウンセリングなどの方法を充実すること。

ウ 社会の情報化に伴う教育環境の混乱に対応して、学習意欲の正常な発達を促進し、雑多な知識・経験を再整理して基礎的な能力の定着をはかること。

エ 義務教育以後の学校教育を一定の年齢層の者だけに限定せず、国民一般が適時必要に応じて学習できるようにできるだけ開放すること。

第二章 初等・中等教育の改革に関する基本構想

 初等・中等教育については、これまでいろいろな角度から改革の必要性が論じられてきたが、問題の取り上げ方やその由来するところについては、かならずしも共通の理解ができあがっている状態ではない。そこで、改革を考える前提として、今日の学校教育がどんな事情のもとにいかなる問題を包蔵しているかについて、本審議会の見解を明らかにしたいと考えた。それが「第一 初等・中等教育の根本問題」である。

 わが国の近代的な学校教育は、百年の歴史をもち、先人の努力によって諸外国にもひけをとらない内容を具備してきたとみることもできる。しかし、その伝統の上に安住して将来への積極的な努力を怠るときは、学校教育は時代の進展の原動力となりえないばかりでなく、その重大な障害ともなるであろう。また、敗戦後の占領下という特殊な事情のもとに取り急いで行なわれた学制改革によって生み出されたものを、いつまでも唯一の望ましい学校教育として維持すべきであると考えることは、教育な生々発展する社会的機能の一環としてとらえることを拒むものといえよう。今日われわれが直面しつつある問題は、人間社会がこれまで経験したことのない新しい時代からの挑戦であるともみられる。教育が百年の計であるとすれば、今日指摘されている問題だけでなく、これからの問題を予測し、それらに対して弾力的に対応できるような態度をもって、積極的な改革にいまから着手しなければならない。そのための提案が「第二 初等・中等教育改革の基本構想」である。

第一 初等・中等教育の根本問題

 さきに第一章で述べた人間形成の根本問題は、今日の時代がひとりひとりの人間によりいっそう自主的、自律的に生きる力をもつことを要求しつつあることを示している。そのような力は、いろいろな知識・技術を修得することだけから生まれるものではなく、さまざまな資質・能力を統合する主体としての人格の育成にまたなければならない。そのための教育がめずすべき目標は、自主的に充実した生活を営む能力、実践的な社会性と創造的な課題解決の能力とを備えた健康でたくましい人間でなければならない。また、さまざまな価値観に対して幅広い理解力をもつとともに、民主社会の規範と民族的な伝統を基礎とする国民的なまとまりを実現し、個性的で普遍的な文化の創造を通じて世界の平和と人類の福祉に貢献できる日本人でなければならない。

 戦後の学制改革によって九か年の義務教育が定着し、教育の機会均等が大きく促進されて国民の教育水準はめざましく向上した。このことがそれまでの長年にわたる教育の蓄積とあいまって、わが国の社会・経済の発展に重要な貢献をしたことは疑いない。しかし、今日の学校教育は、量の増大に伴う質の変化にいかに対応するかという問題に直面している。また、敗戦という特殊な事情のもとに学制改革を急激に推し進めたことによる混乱やひずみも残っている。

 このような過去への反省と新しい課題への対応という立場から学校教育の課題を考えれば、初等・中等教育の改革に関する中心的な目標は、次のように要約することができる。

一 初等・中等教育は、人間の一生を通じての

 成長と発達の基礎づくりとして、国民の教育として不可欠なものを共通に修得させるとともに、豊かな個性を伸ばすことを重視しなければならない。そのためには、人間の発達過程に応じた学校体系において、精選された教育内容を人間の発達段階に応じ、また、個人の特性に応じた教育方法によって、指導できるように改善されなければならない。

二 公教育の内容・程度について水準の維持向上をはかり、教育の機会均等を徹底し、国民的要請に即応して学校教育の普及充実に努めることは政府の任務であって、そのためには広く国民の理解と支持を得て、長期にわたる見通しのもとに計画的に適切な施策の推進をはからなければならない。

三 とくに初等・中等教育においては、教育の実質に大きな影響を与えるものは教育者である。これからの時代が教育に期待するところがきわめて重いにもかかわらず、すぐれた教員を確保することはますます困難となりつつあることを考慮し、高度の専門性を備えた教員が教職に自信と誇りをもっていきいきと活動できるようにするため、総合的かつ抜本的な施策を講ずる必要がある。

第二 初等・中等教育改革の基本構想

一 人間の発達過程に応じた学校体系の開発

現在の学校体系について指摘されている問題の的確な解決をはかる方法を究明し、漸進的な学制改革を推進するため、その第一歩として次のようなねらいをもった先導的な試行に着手する必要がある。

(一)四、五歳児から小学校の低学年の児童までを同じ教育機関で一貫した教育を行なうことによって、幼年期の教育効果を高めること。

(二)中等教育が中学校と高等学校とに分割されていることに伴う問題を解決するため、これらを一貫した学校として教育を行ない、幅広い資質と関心をもつ生徒の多様なコース別、能力別の教育を、教育指導によって円滑かつ効果的に行なうこと。

(三)前二項のほか、小学校と中学校、中学校と高等学校のくぎり方を変えることによって、各学校段階の教育を効果的に行なうこと。

(四)現在の高等専門学校のように中等教育から前期の高等教育まで一貫した教育を行なうことを、その他の目的または専門分野の教育にまで拡張すること。

〔説明〕 昭和四十四年六月の中央教育審議会の中間報告は、現在の学校体系には人間の発達過程からみて、次のような問題のあることを指摘している。すなわち、幼稚園と小学校の低学年、小学校高学年と中学校の間には、それぞれ児童・生徒の発達段階において近似したものが認められること、中等教育が中学校と高等学校とに細かく分幇されているのは、青年斯の内面的な成熟に好ましくない影響を及ぼすおそれがあることなどである。同時に学校段階のくぎり方は、その学校を構成する異なった発達段階の児童・生徒の相互作用にも教育上重要な意味のあることを指摘している。

 このような教育制度上の各種の問題を学校体系の抜本的な改革によって一挙に解決しようとするいろいろな提案があるが、いずれもその改革の効果については仮説的なものであり、その実効を保障する具体的な条件の検討が必要である。これまでわが国では、諸外国の実例を参考としながら一挙に学制改革を行なったこともあるが、上記のような学校制度上の諸問題については、今日いずれの国でも適切な解決の方途を一歩一歩探究中である。したがって、改革に伴う混乱を最小限にとどめるとともに、積極的にわが国の実情に適合した学校体系を開発するためには、新しい方式をくふうしなければならない。

 先導的な試行という方式は、学問的に根拠のある見通しに立って、現行の学校体系の中ではじゅうぶんに検証することのできない人間の発達過程に応じた新しい学校体系の有効性を明らかにするため、学校制度上特例を設けて、将来の学制改革の基礎となる新しい試行を積み重ねようとするものである。このような試行は、その成果を見きわめるために必要な期間としてほぼ十年程度にわたり実施するものとし、その学校体系を全国的な学制改革にまで拡大するか、現行制度と並列的なものとして制度化するかなどについては、その間における成果と各種の事情とを考慮してあらためて判断すべきものである。

 なお、先導的な試行の実施にあたっては、次の点に留意しなければならない。まず、綿密な準備調査による科学的な実験計画を立案するとともに、その成果については、教育者・研究者・行政担当者の協力による専門的な組織によって継続的に厳正な評価が行なわれるような体制を整備する必要がある。また、その実施校が特定の地域だけにかたよったり、特別な生徒だけを収容したりしないこと、その実施校の修了者が現行制度の学校に円滑に移行できること、公立の実施校を設ける場合には、その学区内で入学を希望しない者は通常の学校を選択できるようにすることなどがたいせつである。

(一)のねらいは、幼年期の集団施設教育のさまざまな可能性を究明するためであって、現在の幼稚園と小学校の教育の連続性に問題のあること、幼年期のいわゆる早熟化に対応する就学の始期の再検討、早期教育による才能開発の可能性の検討などの提案について、具体的な結論を得ようとするものである。

(ニ)については、中学校と高等学校が中等教育を短く分割しているため、青年前期の内面的な成熟が妨げられ、じゅうぶんな観察と指導による適切な進路の決定にも問題があることが指摘されている。また、入学試験による選別によらず教育指導によって個人の特性に応じた教育を徹底するため、具体的な方法をくわしく検討する必要がある。

(三)は、上記の(一)、(ニ)とは別の観点から、小学校高学年と中学校、中学校高学年と高等学校を接続する新しい学校のくぎり方をとって、それぞれの学校が生徒の発達段階に応じてよりいっそうまとまった教育を行なうための具体的な方法を究明するためである。中学校、高等学校をそれぞれ四年とすることなどいろいろな提案はあるが、(一)、(ニ)の試行との関連や現行制度の学校との対応など実施上の問題について慎重な検討を行なう必要がある。

(四)については、これまでの高等専門学校の成果にかんがみ、さらに多くの専門分野にもこれを拡張すべきこと、大学入学試験の幣害を排除して青年期の人間形成に重点をおく別種の学校として特色を発揮すべきことなどがいわれている。前者の拡張については高等学校職業科との関係について、後者の先導的試行については高等学校制渡との関係について慎重に配慮しながら新しい可能性を開発する必要がある。

二 学校段階の特質に応じた教育課程の改善

 学校教育は、そのすべての段階を通じて一貫した教育課程をもち、国民として必要な共通の基本的な資質を養うとともに、創造的な個性の伸長をめざすものでなければならない。また、その教育課程は、標準的かつ基本的なものとして補選された教育内容をしっかり身につけさせることに重点をおく段階を経て、個人の能力・適性などの分化に応じて多様なコースを選択履修させる段階に移るべきである。そのような観点から、とくに次の諸点について改善方策を検討すべきである。

(一)小学校から高等学校までの教育課程の一貫性をいっそう徹底するとともに、とくに小学校段階における基礎教育の徹底をはかるため、教育内容の精選と履修教科の再検討を行なうこと。また、中学校においては、前期中等教育の段階として基礎的、共通的なものをより深く修得させる教育課程を履修させながら、個人の特性の分化にじゅうぶん配慮して将来の進路を選択する準備段階としての観察・指導を徹底すること。

(ニ)生徒の能力・適性・希望などの多様な分化に応じ、高等学校の教育内容について適切な多様化を行なうこと。この場合、コースの多様化と同時に、個人の可能性の発揮と志望の変化に応じてコースの転換を容易にし、また、さまざまなコースからの進学の機会を確保すること。

三 多様なコースの適切な選択に対する指導の徹底

 教育は、個人の可能性の発揮について不断の希望をもちながら、しかもできるかぎり客観的に個人の特性を見きわめて、教育の適当な段階ごとに適切なコースを本人が選択できるよう指導するという重要で困難な仕事を担当しなければならない。しかもそれを効果的に行なうためには、家庭や社会の理解と協力が欠くことのできない条件である。

四 個人の特性に応じた教育方法の改善

 教育の成果は、形式的に何を履修したかではなく、実質的に何を修得したかによって決まるものであり、それは教育の内容・程度の適否とともに教育方法の良否が大きく影響する。したがって、すべての学校段階を通じて、個人の特性に応じた教育方法を活用して教育目標の達成をいっそう確実なものとする必要がある。そのため、とくに次の諸点について適切な実施方策を検討すべきである。

(一)教育の目標と個人の特性に応じて教育を効果的にするため、グループ別指導など弾力的な学級経営を行なうこと。

(二)個人の特性に応じてもっとも合理的な勉学ができるような個別学習の機会を設けること。

(三)生徒の指導を学年別に行なうことを固定化せず、弾力的な指導のしかたを認めること。

(四)一定の成熟度に達した上級の段階では、能力に応じて進級・進学に例外的な措置を認めること。

五 公教育の質的水準の維持向上と教育の機会均等

 国は、すべての国民に対して適切な内容と程度の教育を受ける機会を均等に保障するため、とくに次の諸点について行政上・財政上の措置を整備充実する必要がある。

(一)教育課程の基準その他の教育条件を適当な水準に維持するとともに、時代の進展に応じて絶えず再検討しながら改善充実すること。

(二)公教育の重要な役割を分担する私立学校の公共性を確保するとともに、そこにおける教育条件の整備と修学上の経済的負担の軽減をはかること。

(三)勤労条件の多様化に応じて勤労者の修学条件を弾力的に改めること。

六 幼稚園教育の積極的な普及充実

 幼児教育の重要性と幼稚園教育に対する国民の強い要請にかんがみ、国は当面の施策として次のような幼稚園教育の振興方策を強力に推進する必要がある。

(一)幼稚園に入園を希望するすべての五歳児を就園させることを第一次の目標として幼稚園の拡充をはかるため、市町村に対して必要な収容力をもつ幼稚園を設置する義務を課するとともに、これに対する国および府県の財攻援助を強化すること。

(ニ)前項の措置と並行して、公・私立の幼稚園が公教育としての役割を適切に分担するよう、地域配置について必要な調整を行なうとともに、教育の質的な充実と修学上の経済的負担の軽減をはかるため、必要な財政上の措置を講ずること。

(三)幼児教育に関する研究の成果にもとづいて、幼稚園の教育課程の基準を改善すること。

(四)個人立の幼稚園は、できるだけすみやかに法人立へ転換を促進すること。

〔説明〕 幼児教育は、人間の一生に対して重大な影響があるといわれており、家庭・学校を通じてこれをどのように充実するかがこれからの重要な課題である。とくに小学校就学前の幼児に対して、家庭だけでは得がたい集団生活の体験を与えることは、幼児のさまざまな発達に対してたいせつであることが認められている。この分野における将来の新しい可能性を究明するため、さきに第二の一の(一)で述べたような先導的試行について提案したのもこのためである。

 ところが、そのような試行は、その性質上、今後相当長期間にわたって特例的に実施され、その成果について結論を得るまでにはかなりの年月がかかるとみなければならない。したがって、幼児教育の中心である現行の幼稚園に対しては適切な振興方策を講ずる必要がある。現に幼稚園入園に対する国民の要請は強く、就学前教育として均等な教育の機会を望む声はきわめて高い。その普及率の地域的な格差を解消し、すみやかに機会均等をはかるため、希望するすべての五歳児の就園を第一次の目標として、幼稚園教育の拡充を促進する必要がある。

 そのための施策を進めるにあたって重要なことは、公立と私立の幼稚園の関係および幼稚園と保育所の関係をどうするかということである。現在、幼稚園の七十パーセントは私立が占めており、幼稚園全体の地域的分布には大きなかたよりがある。したがって、すべての希望者を入園させるためには、公立と私立の幼稚園の地域配置を調整しながら、収容力の不足する分について市町村が公立幼稚園を設置するように義務づける必要がある。同時に、公・私立幼稚園の質的な充実をはかるとともに、希望しないものを除き、私立幼稚園に対しては、父兄の経済的負担が公立と同程度で、教育水準は公立と同等以上を維持できるよう措置する必要がある。そのため、国と府県は、市町村および私立幼稚園に対して強力な財政援助を行なうべきである。この場合、地方公共団体は、地方教育計画にもとづく公・私立幼稚園の収容力の総合調整や私立幼稚園の水準確保について必要な行政指導を充実すべきである。なお、この際、三、四歳児の就園についてもできるだけの配慮を行なうものとすべきである。

 さらに、保育所との関係については、経過的には”保育に欠ける幼児”は保育所において幼稚園に準ずる教育が受けられるようにすることを当面の目標とすべきである。しかしながら、”保育に欠ける幼児”にもその教育は幼稚園として平等に行なうのが原則であるから、将来は、幼稚園として必要な条件を具備した保育所に対しては、幼稚園としての地位をあわせて付与する方法を検討すべきである。

 このような幼稚園教育の普及をはかることと並行して、さまざまな幼児教育に関する研究を重ね、その成果を取り入れて、幼稚園の教育課程の基準をよりよいものに改めることを検討すべきである。また、これと関連して、幼稚園教員の養成を格段に充実する必要がある。

 なお、私立幼稚園のうち個人立のものは、その法的な基礎を確立するため、できるだけすみやかに法人立に転換するよう促進すべきである。

七 特殊教育の積極的な拡充整備

 すべての国民にひとしく能力に応ずる教育の機会を保障することは国の重要な任務であって、通常の学校教育の指導方法や就学形態には適応できないさまざまな心身の障害をもつ者に対し、それにふさわしい特殊教育の機会を確保するため、国は、次のような施策の実現について、すみやかに行政上、財政上の措置を講ずる必要がある。

(一) これまで延期されてきた養護学校における義務教育を実施に移すとともに、市町村に対して必要な収容力をもつ精神薄弱児のための特殊学級を設置する義務を課すること。

(二) 療養などにより通学困難な児童・生徒に対して教員の派遣による教育を普及するなど、心身障害児のさまざまな状況に応じて教育形態の多様化をはかること。

(三) 重度の重複障害児のための施設を設置するなど、特殊教育施設の整備充実について国がいっそう積極的な役割をになうこと。

(四) 心身障害児の早期発見と早期の教育・訓練、義務教育以後の教育の充実、特殊教育と医療・保護・社会的自立のための施策との緊密な連携など、心身障害児の処遇の改善をはかること。

八 学校内の管理組織と教育行政体制の整備

 各学校が公教育の目的の実現に向かってまとまった活動を展開し、その結果について国民に対して責任を負うことができるような体制を整備するため、とくに次の諸点について適切な改善方策を検討すべきである。

(一) 各学校が、校長の指導と責任のもとにいきいきとした教育活動を組織的に展開できるよう、校務を分担する必要な職制を定めて校内管理組織を確率すること。

(二) 公立学校と私立学校に関する地方教育行政の一元化をはかること。

(三) 国の教育施策の結果について広く国民一般の批判と要望を聞き、それを行政施策の改善に直接反映させることができるくふうを行なうこと。

九 教員の養成確保とその地位の向上のための施策

 今後ますます重要な役割をになう学校教育にすぐれた教員を確保するとともに、その教育活動の質的な水準と教員の社会的・経済的地位の向上をはかるため、次のような施策を総合的に実施する必要がある。

(一) 初等教育の教員は、主として、その目的にふさわしい特別な教育課程をもつ高等教育機関(以下「教員養成大学」という。)において養成をはかり、中等教育の教員のある割合は、その目的に応じた教員養成大学において養成をはかるものとすること。他方、一般の高等教育機関卒業者で一定の要件を具備したもののうちから広く人材を誘致して、すぐれた教員の確保をはかること。この場合、教員の全国的、地域的な需給の調整を円滑にする方策を講ずること。

(二) 国は前項の教員養成大学の整備充実に力を注ぐとともに、とくに義務教育諸学校の教員を確保するため、その計画的な養成と奨学制度の拡充について適切な措置を講ずること。また、一般の高等教育機関で教員としての資格を得るための基準についても、適切な改善をはかること。

(三) 教員としての自覚を高め、実際的な指導能力の向上をはかるため、まず新任教員の現職教育を充実するとともに、その的確な実施を保障するため、特別な身分において一年程度の期間任命権者の計画のもとに実地修練を行なわせ、その成績によって教諭に採用する制度を検討すること。

(四) 一般社会人で学識経験において学校教育へ招致するにふさわしい人材を受け入れるため、検定制度を拡大すること。

(五) 教員のうち、高度の専門性をもつ者に対し、特別の地位と給与を与える制度を創設すること。そのための一つの方法として、教育に関する高度の研究と現職の教員研修を目的とする高等教育機関(「高等教育の改革に関する基本構想」第二-一の第四種(「大学院」)に属する。)を設けること。

(六) 教員の給与は、すぐれた人材が進んで教職を志望することを助長するにたる高い水準とし、同時により高い専門性と管理指導上の責任に対応するじゅうぶんな給与が受けられるように給与体系を改めること。

 なお、国民は、教育を尊重し、教員に大きな期待をよせている。したがって、教員の地位が高い専門性と職業倫理によって裏づけられた特別の専門的職業として、一般社会の尊敬と信頼を集めるためには、教員が自主的に専門的な職能団体を組織し、相互にその研さんに務めることが必要である。教員自身が、そのような教育研修活動を通じ、不断にその資質の向上に務めるならば、その建設的な意見は社会的に評価され、国民の期待するところにこたえることになろう。

十 教育改革のための研究推進措置

 時代の変化はきわめて急速であり、教育の質的な発展に対する要請はますます切迫していることを考慮し、教育の専門的な水準の向上と実践的な教育方法の開発によって前述のような改革を実質的に推進するため、これと関連のある教育に関する研究を総合的かつ集約的に促進するためのセンターと協力組織を整備する必要がある。

第三章 高等教育の改革に関する基本構想

 この基本構想をまとめるにあたって、本審議会がとくに留意したのは、今日および今後の社会において、高等教育の伝統的な理想と社会的な現実とをいかに調和し、高等教育全体として、その役割と使命をじゅうぶんに果たすことができるような制度上のわく組みをどのように構成するかという問題であった。これまで大学は、高度の学術の研究と教育を通じて文化の継承とその批判・創造に寄与することを最高の使命としてきた。同時に、大学に対しては、人間性の尊厳に根ざした豊かな教養をつちかい、高度の知識・技術を身につけた人材を育成して国家社会の発展と人類の福祉に貢献することが要請され、さらに今日では、国民的・時代的な要請から、より多様な教育的機能が期待されている。このようなさまざまな要請を今日の高等教育全体の機能の中に生かすためには、複雑高度化した現代社会に対応する新しい制度的なくふうが必要である。とくに、学問研究の自由に対する保障は、あくまで人間理性の自由な活動から生れる提言と批判を通じて大学が社会に貢献するための基本的な条件である。しかし同時に、大学は、進んで歴史的・社会的な現実に直面し、そこから研究と教育を発展させる創造的な契機をくみとることができるような社会との新しい関係を作ることによって、その社会的な役割をじゅうぶんに果たすことに努めるべきであろう。

第一 高等教育改革の中心的な課題

 近年における大学紛争を契機として、高等教育の制度を根本的に再検討する必要のあることが広く一般に認められるようになった。大学紛争の問題は、昭和四十四年四月の本審議会の答申に述べられたとおり、さまざまな政治的、社会的な要因と関連があり、高等教育の制度自体の問題とは一応区別して考える必要はあるが、同時に、制度上の基本的な課題が未解決であることによって、紛争の根本的な解決が困難になっていることも事実である。

 高等教育の改革についてはすでに多くの提案がある。しかしながら、改革について建設的な論議を進めるためには、まず、その提案が解決しようとしている中心的な課題が何であるかについて、共通の理解を深め、国民的合意を作り出すことが必要である。そこで、この点についての本審議会の考え方を明らかにしておきたい。

 本審議会としては、これまでの高等教育に対する考え方やその制度的なわく組みが、高等教育の普及と社会の複雑高度化に伴って、次のような複合した要素を含んだ要請に適切に対応できなくなったため、これに対する新しい解決策を見つけることがこの基本構想の中心的な課題であると考える。

一 高等教育の大衆化と学術研究の高度化の要請

 これからの高等教育機関は、全体として、一方では多数の国民のさまざまな要求に応ずる教育を効果的に提供するとともに、他方では学術研究の水準を高め、あわせてそれを継承発展させる教育・研究者を育成するという役割を果たすことができるよう整備充実されなければならない。

二 高等教育の内容に対する専門化と総合化の要請

 これからの高等教育は、中等教育と緊密な関連を保ちながら、将来の社会的進路に応じた高度の専門性を身につけるのに役だつとともに、時代の進展に即応して複雑な課題の解決に取り組む総合的な能力と基礎的な教養を養うものでなければならない。

三 教育・研究活動の特質とその効率的な管理の必要性

 高等教育機関においては、教育・研究活動に対してそれぞれの専門的な判断を尊重する自由なふんい気が保障されなければならないが、同時に、その専門の細分化によって組織がしだいに複雑化し、規模も巨大化する傾向にかんがみ、組織・編制を合理化するとともに効率的な管理機能を確立して全体としてのまとまりを確保することがいっそう重視されなければならない。

四 高等教育機関の自主性の確保とその閉鎖性の排除の必要性

 学術の教授と研究を重要な使命とする高等教育機関においては、その研究と教育の活動を自主的に行なうための制度的な保障が必要であるが、同時に、その自主性を強調するあまり、社会から遊離してその社会的な使命をじゅうぶんに果たさなくなったり、閉鎖的な独善に陥る傾向がみられる。今後は開かれた大学として、教育・研究活動が内部から衰退しないような制度上のくふうが必要である。

五 高等教育機関の自発性の尊重と国全体としての計画的な援助・調整の必要性

 高等教育機関の整備充実を進めるにあたっては、当事者の自発的な創意と努力が尊重され、それが生かされるような制度的配慮を加えるとともに、国民全体の立場から計画性をもって調整と援助を行なうことが必要である。

第二 高等教育改革の基本構想

 上記のような中心的な課題を解決するための具体的な方策は、いろいろな角度から慎重に検討すべきであろう。しかしながら、新しい変化と発展の要請にこたえるような改革は、まず、大局的な問題のはあくと、それに対応する基本方針の確立とを必要とするものである。本審議会はそのような観点から、次の各項目に述べるものを高等教育の改革に関する基本構想として提案する。

一 高等教育の多様化

 今後におけるわが国の高等教育の多様化を図るため、次に示すとおり、教育を受ける者の資格および標準的な履修に必要な年数によって高等教育機関を種別化するとともに、教育の目的・性格に応じて教育課程の類型を設けることが望ましい。同時に、それらの種別および類型の間では、学生が、必要に応じて、容易に転学できるような体制が用意されるべきである。

(一) 第一種の高等教育機関(仮称「大学」)

 後期中等教育を修了した者に対して、三~四年程度の教育を行なう高等教育機関であって、その中に、おおむね次のような教育課程の類型を設けるものとする。

(A) 将来の社会的進路のあまり細分化されない区分に応じて、総合的な教育課程により、専門的な教養を身につけさせようとするもの(総合領域型)。

(B) 専攻分野の学問体系に即した教育課程により、基礎的な学術または専門的な技術を系統的に修得させようとするもの(専門体系型)。

(C) 特定の専門的な職業に従事する資格または能力を得させるため、その目的にふさわしい特色のある教育課程と特別な修練により、職業上必要な学理と技術を身につけさせようとするもの(目的専修型)。

(二) 第二種の高等教育機関(仮称「短期大学」)

 後期中等教育を修了した者に対して、原則として二年の教育を行なう短期の高等教育機関であって、その中に次のような教育課程の類型を設けるものとする。

(A) 将来の社会的進路のあまり細分化されない区分に応じて、総合的な教育課程により、一般社会人として必要な教養を深めさせようとするもの(教養型)。

(B) 専門的な職業に従事する資格または能力を得させるため、その目的にふさわしい特色のある教育課程により、職業上必要な知識と技術を身につけさせようとするもの(職業型)。

(三) 第三種の高等教育機関(仮称「高等専門学校」)

 前期中等教育を修了した者に対して、将来、特定の専門的な職業に従事するための資格または能力を得させるため、または他の特別な目的のため、後期中等教育の段階を含めて五年程度の一貫教育を行なう高等教育機関

(四) 第四種の高等教育機関(仮称「大学院」)

 第一種の高等教育機関を修了した者またはこれと同等以上の能力のある者に対し、特定の専門分野について、二~三年程度の高等の学術の教授を行なうとともに、一般社会人に対し同じ程度の再教育を行なう高等教育機関

(五) 第五種の高等教育機関(仮称「研究院」)博士の学位を受けるにふさわしい高度の学術研究を行なう者に対し、研究修練の場を提供するとともに、その研究に指導を与える高等教育機関

二 教育課程の改善の方向

 上記のような第一種および第二種の高等教育機関(「大学」および「短期大学」)における教育課程は、その目的・性格に即して総合的な専門教育または特殊な専門教育を行なうにふさわしく編成されなければならない。その場合、これまでの大学の一般教育のねらいとしたものは、次のような改善によって、その効果的な目的達成をはかることが望ましい。

(一) これまでの一般教育科目の教育がねらいとした諸学の総合理解、学問的方法の自覚、文化史的な問題や人間観、価値観のはあくなどの目標については、それぞれの教育課程の中に含めて総合的にその実現をはかる。

(二) 専門のための基礎教育として必要なものは、それぞれの専門教育の中に統合する。

(三) 外国語教育は、とくに国際交流の場での活用能力の育成に努めることとし、必要に応じて学内に設けた語学研修施設によって実施し、その結果について能力の検定を行なう。(外国語・外国文学を専攻する者については別途考慮する。)

(四) 保健体育については、課外の体育活動に対する指導と全学生に対する保健管理の徹底によってその充実をはかる。

三 教育方法の改善の方向

 高等教育における教育方法は、その指導形態に応じて次のように改善することが望ましい。

(一) 講義による体系的な学理の教授は、放送、VTR(ビデオ・テープレコーダー)その他の教育工学的な方法を積極的に活用して、その質的な水準の向上と効率化をはかる。

(二) 同時に、少人数ごとの演習・実験・実習などを増強し、講義内容の消化と実際的な応用能力の増進をはかる。

(三) 学園における体育的、文化的な活動については、そのための指導センターに専門家を置いて充実した学生生活を享受できるよう指導と援助を与える。

四 高等教育の開放と資格認定制度の必要急激に変化する今後の社会に生きる国民に対して、適時その必要とする教育を受ける機会を提供するため、高等教育は、一定年齢層の学生や特定の基礎学歴のある者だけではなく、広く国民一般に対して開放される必要がある。そのためには、すべての高等教育機関において再教育のための受け入れを容易にするとともに、学校教育の伝統的な履修形態以外の方法による教育の機会も拡充する必要がある。また、各種の高等教育機関で認定された個別的な単位が一定の基準に達した者は、高等教育に関する資格が取得できるようにすべきである。

 なお、これまでの学士の称号および修士・博士の学位については、それぞれについて現に設けらている種別を廃止し、または簡素化することについて検討する必要がある。

五 教育組織と研究組織の機能的な分離

 高等教育機関における教員の教育と研究の活動の調和をはかるため、すべての高等教育機関の教員組織は、まず、学生の教育を実施するための組織として整備されなければならない。同時にすべての教員に対しては、その高等教育機関の目的・性格にふさわしい研究の環境が用意されるべきである。この場合、第四種および第五種の高等教育機関(「大学院」および「研究院」)では、教育上の組織と研究上の組織とを区別して、それぞれ合理的に編成されることが望ましい。それによって教員の任務が具体的な場面に即して明確にされ、教育と研究のそれぞれの目的に応じた強力体制が確立される必要がある。

六 第五種の高等教育機関(「研究院」)のあり方

 「研究院」は、博士の学位を受けるにふさわしい高度の学術研究を行なう者の研究修練のための指導・管理組織であり、通常、それは、専任の教員を含む教員組織をもつものとする。したがってこれを他の機関に併置する場合には、それを置くのにふさわしいすぐれた研究指導体制を備えた第四種の高等教育機関(「大学院」)または研究所のいくつかに置かれるものとする。その場合、そこで研究修練に従事することを認められた者のうち、「研究院」またはその他の高等教育機関の教育・研究活動の補助者として選ばれた者に対しては、適当な処遇を与えることが望ましい。

七 高等教育機関の規模と管理運営体制の合理化

 高等教育機関は、学校経営上の必要だけから巨大化したり、それ自体が完結した研究機関になろうとすることを避け、教育機関としてまとまった活動を行なうのに適した規模のものとすべきである。研究上の必要のためには、高等教育機関や研究所の間に連携協力の関係を結んで活発に交流できるようにすべきである。

 高等教育機関の管理運営については、その内部組織の割拠を避けるとともに、学の内外におけるさまざまな影響力によって、その教育・研究の一体的・効率的な活動が妨げられることなく、自主的・自律的に運営できる体制を確立すべきである。そのためには、教務・財務・人事・学生指導などの全学的な重要事項については、学長・副学長を中心とする中枢的な管理機関による計画・調整・評価の機能を重視するように改善を加える必要がある。また、そのための適当な機関に学外の有識者を加えたり、適当な領域の問題について学生の声を聞いたりして、管理運営を積極的に改善する契機とすることもくふうすべきである。

八 教員の人事・処遇の改善

 高等教育機関は、その目的・性格と教育または研究の組織上の地位とにふさわしい者を教員として確保するとともに、人事の閉鎖性から教育・研究活動の停滞が生じることを防止するため、教員の選考や業績評価については学外の専門家の参与を求め、同じ地位にとどまる場合にはその任期に限度を設け、同じ学校の出身者を採用する場合の数を制限するなど、人事の取り扱いに特別のくふうが必要である。

 同時に、優秀な人材を高等教育機関に吸収するとともに、広く学外との人物交流を容易にするため、教員の給与および処遇を抜本的に改善する必要がある。なおその場合、教員の教育的努力を助長するような給与制度とすることが望ましい。

九 国・公立大学の設置形態に関する問題の解決の方向

 高等教育機関のうち、とくに国・公立の大学は、現在の制度では広義の行政機関としての性格をもつものとされながら、その運営に特別な配慮が必要なため、その設置者である国または地方公共団体の管理権との関係において問題を生じやすい状態にある。また、そのような設置形態のためにかえって大学が制度上の保障の上に安住し、自律性と自己責任をもって管理運営されるようになることが妨げられているともみられる。そこで今後は、それらの大学が設置者との関係を明らかにするとともに、真に自律性と自己責任をもって運営されるものとなるためには、次に掲げる二つの方法があり、それぞれの大学の目的・性格にふさわしい方向に改革することが望ましい。

(一) 現行の設置形態を改め、一定額の公費の援助を受けて自主的に運営し、それに伴う責任を直接負担する公的な性格をもつ新しい形態の法人とする。

(二) 大学の管理運営の責任体制を確立するとともに、設置者との関係を明確化するため、大学の管理組織に抜本的な改善を加える。

十 国の財政援助方式と受益者負担および奨学制度の改善

 高等教育の発展とその水準の維持向上のため、国は、長期にわたる教育計画にもとづき、適当な私立の高等教育機関に対して、その目的・性格に応じて合理的に積算された標準教育費の一定の割合を助成金として交付するとともに、その弾力的、効率的な使用を認めることが望ましい。このような方式は、国・公立の高等教育に対する財源交付についても準用することを検討する必要がある。この場合、授業料などの受益者負担額が妥当な程度の金額となるよう配慮するとともに、設置者や専攻分野の違いによって極端な差異が生じないようにすべきである。

 これらに関する国の施策を検討する場合には、教育の機会均等をはかるとともに、必要な分野に人材を誘致するため、国家的な奨学制度のあり方についてもあわせて根本的に検討を加える必要がある。

 なお、高等教育機関の社会的な役割にかんがみ、国以外の一般社会からも大幅な資金的援助が得られるようにすることが望ましい。

十一 高等教育の整備充実に関する国の計画的な調整

 今日および今後の社会において充実した高教育機関の設置経営には、国費の援助が不可欠であることを考慮すれば、一定の国の財源によってその援助の効果を最大限に発揮するためには、高等教育の全体規模、教育機関の目的・性格による区別・専門分野別の収容力の割合、地域的配置などについて長期の見通しに立った国としての計画がなければならない。そこで、国民全体の立場に立ってそのような計画を立案し、その実現を推進する公的な新しい体制を確立し、その基本構想による高等教育の改革と整備充実をはかる必要がある。

十二 学生の生活環境の改善充実

 高等教育機関における教育を真に実りあるものとするためには、以上のような改革と並行して、課外活動の充実や生活環境の整備によって豊かな学生生活を保障し、学生の人間形成を助長するための方策を促進することが重要である。とくに学寮は、従来このような面で重要な役割を果たしてきたものであり、これをさらに改善充実していくことは、高等教育機関の重要な仕事である。しかし、今日および今後の社会において、すべての高等教育機関がそのような学寮を持ち得ない場合もあろう。したがって、一般的には、これまで学寮に期待された共同生活の教育的意義は他の方法によって生かすことを考えるとともに、勉学中の多数の学生に対し、相互の人間的な交流を深めたり、適当な食・住の便宜を供与したりするための生活環境を整備することを別途に検討すべきである。そのことが高等教育機関だけではじゅうぶんになしえないとすれば、国としても別に適当な方策を考える必要がある。

十三 大学入学者選抜制度の改善の方向

 大学入学者選抜制度がわが国の学校教育全般に及ぼす重大な影響にかんがみ、今後は、中等教育の段階で、その本来の目的に応じた勉学に専念した者の学習成果が公正に評価され、選抜に合格することだけを目的とした特別な学習をしないでも、能力・適性に応じた大学に入学できるようにすることを目標として、大学入学者選抜制度の改善をはかる必要がある。その場合、選抜方法の改善については、次のような考え方をとるべきである。

(一) 高等学校の学習成果を公正に表示する調査書を選抜の基礎資料とすること。

(ニ) 広域的な共通テストを開発し、高等学校間の評価水準の格差を補正するための方法として利用すること。

(三) 大学がわが必要とする場合には、進学しようとする専門分野においてとくに重視される特定の能力についてテストを行ない、または論文テストや面接を行なってそれらの結果を総合的な判定の資料に加えること。

第二編 今後における基本的施策のあり方

 第一編では、主として、これからの学校教育がどんな方向に改革されることが望ましいかについて述べた。そこで、この編では、それらの改革の基本構想を実行に移す場合、政府としては、どのような政策上の目標を中心として、各種の施策を総合的に推進する必要があるかを述べることとした。その場合、必要なものについては、その実施方策や具体化の方法にも触れた。それが「第一章 総合的な拡充整備のための基本的施策」である。

 ところが、政府の基本的施策としては、さらにそれらの各種の施策の確実な実行を保障するに足る実施計画の裏付けが必要である。そのような計画の基本的な考え方について述べたものが「第二章 長期教育計画の策定と推進の必要性」である。

 教育改革の実施にあたってとくに重要なことは、以下に述べる諸施策を長期にわたって一貫した方針のもとに遂行できる文部省自体の体制を確立することである。これまでの行政の体制では、学術研究の不断の進歩に対応し、また、教育に関する学問的な研究開発と緊密な連携を保ち、その成果にもとづいて適切な行政施策を企画立案することが、しだいに困難となりつつある。また、文教施策について長期の見通しを立て、それにもとづいて行政の実績をたえず評価し、基本的な目標に向かって総合的・計画的に仕事を進めるための体制も、じゅうぶんに整備されていない。政府は、これらの点についての行政のあり方をきびしく反省し、この編の各項目の中で具体的に提案したことをじゅうぶん考慮して、まず、責任をもって教育改革に取り組む実施体制を確立すべきである。

「注〕 この編の記述において、「基本構想1」または「基本構想2」というのは、それぞれ、第一編第二章第二の「初等・中等教育改革の基本構想」または第三章第二の「高等教育改革の基本構想」を意味する。第一章 総合的な拡充整備のための基本的施策

一 新しい学校体系の開発と現行学校教育の内容的な充実

 政府は、今後の初等・中等教育の段階における学校制度の改革は、実証的な研究を基礎として段階的に推し進めることを基本方針とし、将来の学制改革の基礎となる新しい学校体系の開発を目的とする先導的な試行に着手するとともに、現在の学校教育の内容的な充実に努めるべきである。

〔説明〕 教育改革については、これまでともすれば、いま直ちに学校体系の抜本的な改革を行なうべきか、それとも、現行制度を維持して内容の充実をはかるべきかを、二者択一のものと考える論議が多かった。

 本審議会が基本構想1で取り上げた改革の進め方は、それとは考え方を異にしている。すなわち、実証的な根拠なしに、一挙に学制改革を行なおうとする考え方を排すると同時に、現行制度を最善のものとみなして、新しい可能性の開発を拒むような考え方も不適当だと考える。基本構想1の一にいう先導的な試行とは、そのような観点に立つ新しい施策である。これによって、社会の変化と学問研究の進展に応じてよりすぐれた学校体系の開発に努めることが、今後の時代における教育改革の正しい進め方である。

 先導的な試行の実施について政府の果たすべき役割は、基本構想1の一で述べた考え方に留意し、わが国の学校制度に不必要な混乱を生じさせることなく所期の目的を達成できるよう、国・地方公共団体・学校の緊密な協力体制を確立することである。すなわち、(a)全国の地域性を考慮し、必要な数の実施校で適当な内容の試行に着手するための総合的な実施計画を立案すること、(b)設置者がわの計画や希望を考慮し、国・公・私立にまたがる適当な実施校を選定すること、(c)それらの実施校を特例的な学校として、独自の教育課程と教員組織によって運営するとともに、現行制度の学校との接続が円滑に行なわれるよう必要な法制上の措置を講ずること、(d)実施校の運営について適切な財政措置を講ずるとともに、そこにおける研究開発に指導と援助を与えながら、その成果を継続的に評価できる中央および地方の協力体制を整備することである。

 他方、基本構想1の二から五までに述べた教育課程の改善、指導の徹底、教育方法の改善、質的水準の維持向上などの施策は、学校体系のいかんを問わず、初等・中等教育の実質を高めるうえに根本的な重要性をもつものである。そのために必要な教育条件の整備と研究開発の推進については、政府として積極的な実施計画を定め、すみやかにその実現をはかるべきである。

二 教育改革の推進と教育の質的水準向のための研究開究

 政府は、今後の社会において教育が重要な役割を果たすためには、教育の理論・方法の発展によって、教育改革の適切な推進と教育の質的な水準の向上をはかることが緊急な課題であることに留意し、関連学問領域の総合的な連携のもとに、教育者・研究者・行政担当者の協力による研究開発を、強力に推進できる体制を確立すべきである。

〔説明〕 第一編第一章ですでに述べたように、今後の社会では、教育がますます人間形成の根本的な課題に取り組まなければならない。そのような課題に対応するためにも、また、基本構想1で述べた教育改革を推進しながら教育の質的な水準の向上をはかるためにも、教育はその理論および方法において飛躍的な発展が要請されている。

 ところが、教育研究の発展を妨げている大きな原因は、学問の専門的な分化によって、人間に関する幅広く深い知見を教育の発展に役だてることが、ますます困難になっていることである。また、教育研究は、生きた人間を対象とするにもかかわらず、理論家と実際家の緊密な連携のもとにその研究が進められているとはいえない。さらに、教育の新しい研究開発を促進し、その成果にもとづいて教育制度の質的な改善をはかることは、行政の重要な役割であるが、これまではそのような機能がじゅうぶんに発揮されていない。

 そこで、基本構想1の十で述べた考え方によって、関連学問領域の緊密な連携協力のもとに、学理面・実践面・行政面の努力を結集して共通の課題解決に取り組むことができる研究開発の推進体制を、確立しなければならない。そのような推進体制とは、単一の研究所を設立したり、特定の機関に研究者を集結したりすることではなく、全国の学校・研究所・大学などに現に研究意欲をもって活動している人々の間に共通の課題意識にもとづく役割分担と協力の関係を作り上げることである。

 基本構想1の十にいう「教育研究開発のセンター的機能」とは、そのような推進体制の中核として、教育改革のために必要な課題研究について、研究協力体制を組織し、関係者相互の連絡と情報交換をあっせんし、研究費を配付するとともに、その成果を行政施策の改善に生かす機能を意味する。そのような機能は、これからの行政にはきわめて重要なものであって、これを文部省の組織の中に適切に位置づけることを検討すべきである。前項に述べた教育改革のための先導的試行についても、このセンター的機能が重要な役割を果たすべきであろう。

 また、このような研究開発の推進体制がじゅうぶんな機能を発揮するためには、それに参加する研究所や都道府県の教育委員会とその研究機関についても、その体制の整備充実を促進する適切な措置が必要である。

 このように国をあげて教育の分野で意欲的に研究開発に取り組むことは、教育の質的な水準の向上に必要であるばかりでなく、教育という無限の可能性をもつ分野にすぐれた若い青年が生きがいを感じ、進んで教職に志すようになるために必要な条件である。

三 教員の資質の向上と処遇の改善

 政府は、教育の実質を決定する最大の要素が教員の資質であることを考慮し、教育に関する研究開発の成果にもとづき、教員が意欲と使命感をもっていきいきとした活動を展開するよう、その養成・研修・再教育の体制を整備すべきである。また、そのためには、教員の職制・給与・処遇をそれにふさわしく改善しなければならない。

〔説明〕 教職は本来「専門職」でなければならないといわれる理由は、それがいわゆるプロフェツションの一つであって、次のような点において一般的な職業と異なった特質をもつことにあるといえる。すなわち、その活動が人間の心身の発達という基本的な価値にかかわるものであり、高度の学問的な修練を必要とし、しかも、その実践的な活動の場面では、個性の発達に即する的確な判断にもとづく指導力が要求される仕事だからである。

 このような職業にふさわしい資質は、教員の一生を通ずる不断の努力によってしだいに養われるものであって、基本構想1の九で初等・中等教育の教員の養成確保とその地位の向上について提案したのも、この考え方にもとづいている。すなわち、教員養成大学の整備充実に力を注ぐとともに、教員としての資格を得るための基準を再検討し、また、新任教員に対する一年程度の実地修練の制度化を検討し、教員の再教育を目的とする第四種の高等教育機関(「大学院」)を創設することである。

 この「大学院」は、今後におけるわが国の教育水準を高めるため重要な任務をもつものであるから、それにふさわしい第一級の権威者を迎えて新しく創設する必要がある。そこにおける再教育は、教職におけるすぐれた実績にもとづいて任命権者が推薦した現職者に対して、二年間、教職に必要な高度の一般的・専門的な教養に加えて、教育課程の理論、教育に関する実際的な指導技術、教科の専門的な教育方法または学校経営について研究修練を行なわせるものとすべきである。

 さらに、これまで行なわれている国および任命権者による教員の研修を体系的に整備し、教員が進んでその資質の向上に努める機会を拡充することが重要である。

 このようなきびしい不断の修練を必要とする教員の職制・給与・処遇は、それにふさわしく改善されなければならない。また、基本構想2の八で述べた高等教育の教員の給与・処遇の抜本的な改善も同時に行なわれなければならない。本審議会としては、それらについて下記のような改善措置を講ずる必要があると考える。政府としては、この趣旨にそって専門的・技術的な検討を行ない、教員の資質向上のための各種の施策とあいまって、できるだけすみやかにその実現をはかるべきである。

「職制・給与・処遇に関する改善措置」

(一) 初等・中等教育の教員の給与の基準は、学校種別によっては差等を設けないこととする。また、教頭および「大学院」で再教育を受け、またはその他の方法によって、高度の資質を身につけたと認定された教諭に対しては、別種の等級を適用できるようにする。

(二) 初等・中係教育の教員の初任給は、大学卒業者の職業選択の動向に関する現状分析の結果によれば、教職への人材誘致の見地から、一般公務員に対して三十~四十パーセント程度高いものとする必要がある。なお、校長の最高給は一般行政職の最高給まで到達できる道を開く必要がある。

(三) 教員の研修を体系的に整備し、その適当な課程の修了者には給与上の優遇措置を講ずる。また、教頭以外の校内の管理上、指導上の職務に従事する者についても特別の手当を支給する。

(四) 第一種、第四種および第五種の高等教育機関(「大学」、「大学院」および「研究院」)の教員については、助手(基本構想2の五の〔説明〕参照)の初任給は教諭と同等とする。講師以上の給与は、教育・研究者として優秀な人材を確保できるよう高い水準とし、早い時期に最高給に近づくことができる体系とすべぎである。なお、教授の最高給は、一般行政職の最高給まで到達できるものとする。この場合、教員の教育的・研究的努力が適切に助長されるような給与制度を考慮することが望ましい。

(五) 第二種および第三種の高等教育機関(「短期大学」および「高等専門学校」)の教員の給与は、「大学」に準じたものとする。

(六) 教員の処遇の改善は、給与のほか、研修休暇、住宅、税制上の特典などについても考慮する。とくに高等教育の教員には、海外留学制度を拡充し、また、長期間研究に専念できる制度を創設する。

四 高等教育の改革と計画的な整備充実の推進

 政府は、高等教育の改革を促進するよう制度を弾力的なものに改めるとともに、高等教育の整備充実に関する国の基本計画を策定し、段階的に目標年次を定めて、必要な新しい高等教育機関の設置と改革案の決定した既設のものの改組充実に対して、優先的に財政支出を行ない、高等教育全般の改革をできるだけすみやかに実現すべきである。そのためには、高等教育の改革と計画的な整備充実に関する行政体制を整備するとともに、政府と既設の大学・短期大学との緊密な協力関係をまず確立すべきである。

〔説明〕 高等教育について基本構想2で述べたような改革を進めることは、既設の大学・短期大学を具体的にどのように改組し、その整備充実をはかるかということと切り離しては考えられない問題である。しかもそれらは、各大学の努力だけでも、また、政府の制度上の改革だけでも、その実効を期しがたい問題である。すなわち、政府と大学・短期大学の当事者がそれぞれの役割を分担し、互いに協力することが、この改革を進めるための基礎的な条件である。

 この場合において政府の果たすべき役割は、(a) 基本構想2の一で述べた高等教育の多様化を促進するため必要な法令を改正し、各大学の創意とくふうによる新しい教育課程の試行を認めるよう設置基準の運用を弾力化すること、(b)基本構想2の十一で述べたように、国・公・私立にまたがる全高等教育機関の整備充実に関する国の基本計画を策定すること、(c)段階的に目標年次を定めて、準備の整ったものから重点的に財政支出を行なって先行的に整備充実を進め、高等教育全般の改革を促進することである。

 ここにいう基本計画とは、高等教育の全体規模、教育機関の目的・性格による区別、専門分野別の収容力の割合、地域的配置などについて長期の目標を定めたものであり、今後における高等教育機関の設置認可の指針であると同時に、国としてその整備充実に必要な財政支出を行なう対象の範囲を示すものでなければならない。また、この基本計画の策定にあたっては、地域内における教育機関の連携協力によって教育・研究活動の発展をはかることを基本的な前提とすべきである。すなわち、その地域内では、各教育機関がそれぞれ独自の特色をもって整備充実され、学生の教育や教員の研究を効果的にするための人的な交流が活発に行なわれなければならない。とくに、そこにおける第四種・第五種の高等教育機関(「大学院」・「研究院」)は、特定の第一種の機関(「大学」)だけに接続するものとはせず、地域内の各「大学」を包括する研究体制の中枢的な役割を果たすことを原則とすべきである。

 このような基本計画にもとづく改革の実施には、いろいろなものが含まれる。これまでになかった新しい構想による高等教育機関の新設や特定の社会的需要にもとづく高等教育の拡充などは、政府が積極的にその推進をはかるべきものである。しかしながら、もっとも重要なものは、既設の高等教育機関の改組充実であり、これを大学当事者との緊密な協力によって実現することは、政府の重大な任務である。

 この場合における既設の大学・短期大学の役割は、弾力化された設置基準に即し、かつ、国の基本計画のわく内において、地域内の各教育機関との連携協力を前提として、その目的・性格や教育課程においてどのような特色を発揮すべきかについて、自発的に創意をめぐらし、その改組充実の方向について政府と協議し、具体的な結論を生み出すことである。

 このような政府と大学当事者との緊密な協力による改革の推進には、双方の積極的な意欲と根気強い努力が必要であろう。しかし、急速に変動する社会は、高等教育の改革をいつまでも猶予することを許さない。したがって、政府は法制の整備の時期、政策的優先度などを考慮して、段階的に目標年次を定め、できるだけすみやかに高等教育の改革を実現しなければならない。

 上述のような政府の役割を適切に果たすためには、文部省自体の内部組織に必要な改革を行なうとともに、(a)国の基本計画の策定とその実施計画の大綱、(b)実施成果の評価、(c)大学の設置基準のあり方と設置認可、(d)既設の大学・短期大学の改組充実方針について、文部大臣に答申または建議を行なう新しい審議機関を設ける必要がある。また、国・公立の大学および短期大学の改革については、全学の意思を結集して改革案を取りまとめ、その実現を強力に推進する一貫した指導性の確立が重要な要素である。したがって、学長を助けて改革の仕事に相当な期間専念できる常任の委員を置くことができるよう措置すべきである。

 このような行政体制の整備、国・公立の大学および短期大学の常任委員の設置、上述のような基本計画の策定および既設の大学・短期大学の改組充実に関する政府と大学との協力関係など、大学改革を推進するために必要な体制の確立については、政府は所要の立法措置を講ずることも検討すべきである。

五 国・公立大学の管理運営に関する制度的な改革

 政府は、これまでの国・公立大学の管理運営には幾多の欠陥のあることが指摘されており、その根底には、現行の設置形態がかえって真に大学の自律性と自己責任による運営の発展を妨げている面もあることに留意し、前項による高等教育の改革を推進する過程において、学内管理の合理化と新しい理事機関の設置または大学の法人化のために必要な法制の整備を促推すべきである。

〔説明〕 本審議会は、昭和三十八年一月および昭和四十四年四月の答申において、国・公立大学の管理運営には幾多の欠陥のあることを指摘した。とくに大学紛争を契機として、大学の組織の複雑化、巨大化に対応して、大学における公的な意思決定を適切に行ない、それを的確に実施する機能がじゅうぶんに発揮されていないことがいっそう明白となった。これに対する大学当事者の反省や一般社会の批判によって、その改善が検討され始めたが、今日までほとんど具体的な成果はあがっていない。

 これまで、大学の内部管理に関する法制はじゅうぶんには整備されず、多くは各大学の慣行に任されてきた。その結果、割拠的な学部自治の考え方が大学全体の管理運営の立場と衝突したり、学外に対する閉鎖的な自治意識が一般社会の意見を謙虚に受け入れることを妨げたりすることが多く、そのような多年の慣行が、今日でも大学の自律的な改革を困難にしていると思われる。

 本審議会は、基本構想2の九において、このような欠陥が生じる根源には、現行の設置形態の問題があることを指摘した。

 しかしながら、この問題の解決には、政府と大学との間の基本的な信頼関係が不可欠であり、それを深める努力がまず先行しなければ、この多年の慣行を改める制度改革は実効を期しがたい。

 本審議会が前項で提案した大学改革の推進体制を整備し、その実施を進める過程は、まさに政府と大学との緊密な協力によって、そのような信頼関係を確立する好機である。改革案を取りまとめ、それを実行に移し、その実現をみるまでの過程において、何が大学の自主的判断の範囲であり、何が政府の役割かを具体的に明らかにし、両者の正しい協力関係を確立しなければならない。

 このような政府と大学との緊密な協力関係の中で、政府は確信をもって大学の内部管理体制と設置形態の改革に関する必要な法制の整備を提案し、その実現をはかるべきである。

 その場合、大学の内部管理体制の合理化については、基本構想2の七および本審議会の昭和四十四年四月の答申の趣旨によるべきである。その際とくに重要な問題は、基本構想2の五に述べた教育組織と研究組織の機能的な分離について検討し、基本構想2の八で述べた教員人事の閉鎖性の打破を実現することである。それを制度上保障するためには、たとえば、同一大学内の継続勤務年数に限度を設けること、職種ごとに最高年齢を定めること、期限付きの任用ができるようにすることなど、人事制度の改革を行なうべきである。なお、四項で述べた地域内の大学の連携協力組織は、大学間の人事交流を活発にするうえに重要な役割を果たすであろう。

 また、大学の設置形態の改革について基本構想2の九で提案した「新しい形態の法人」とは、通常の特殊法人とは異なり、国の財政援助は、基本構想2の十に述べた標準教育費による定額補助の方式によるものとし、事業計画・給与水準・収入金については相当大幅な弾力性が認められ、自主的な運営努力によって独自の特色を発揮できるようにしようとするものである。また、「新しい管理機関」の提案は、設置者から大幅な権限の委任を受けて責任をもって管理運営にあたる理事機関を大学の中に創設し、事務配分の合理化によって、大学と設置者との間の管理上の責任と権限の所在について、疑義が生じないようにしようとするものである。

 これらのいずれの形態をとる場合にも、国・公立大学の公的な性格にかんがみ、その理事機関は、大学内部から選ばれた者のほか、設置者が選んだ者、学外から選ばれた適任者を含む三者構成とすべきである。

六 教育の機会と教育条件の保障に関する総合的な施策

 政府は、すべての国民に対してその能力に応ずる教育の機会を均等に保障するとともに、教育条件にいちじるしい格差が生じないよう措置することに、その重大な任務があることに留意し、奨学制度の充実、必要な教育機関の拡充と適正な地域配置および私立学校に対する助成について、抜本的な施策を講ずべきである。

〔説明〕 わが国の奨学事業は、その長い歴史にもかかわらず、今日では、教育の機会均等を保障するためにも、また国家社会の必要とする分野に人材を確保するためにも、なおじゅうぶんな効果をあげているとはいえない。政府は、次に述べる諸施策との関連を深く考慮し、奨学制度のあり方を根本的に再検討すべきである。

 教育の機会均等の趣旨を徹底する第一歩は、必要な教育機関を拡充するとともに、その地域配置を均衡のとれたものとすることにより、収容力や地理的条件によって教育を受ける機会が大きく左右されないようにすることである。基本構想1の六、七で述べた幼稚園教育の普及充実と特殊教育の拡充整備および基本構想2の十一で述べた高等教育の計画的な整備充実は、そのような観点から政府としてまず力を注がなければならない重要な施策である。

 ところが、教育の機会がどれほど用意されても、実際の就学が能力・適性以外の要因によって妨げられたり、受けられる教育水準や修学上の経済的負担にいちじるしい不均衡があったりすれば、機会均等の本来の趣旨は生かされているとはいえない。今日、幼稚園・高等学校・大学・短期大学については私立学校が大きな役割を占め、国・公立の学校との間の教育条件や修学上の経済的負担の格差がしだいに増大していることが大きな問題となっている。また、大学進学率が家庭の所得水準によっていちじるしく相違していることも重大な問題である。

 今日の状況では、私立学校当事者の努力だけでは、その経済的基盤の制約のため、教育を受ける者に相当重い経済的負担を求めないで教育条件を改善することは、きわめて困難である。しかも、今日の私立学校の大部分は、特別な希望者だけを対象とするものでなく、修学上の経済的負担の水準にも限度があるため、結果としては教育条件の一般的な低下を免れない。

 本審議会は、このような現状を改めるため、政府の私学政策に新しい転換が必要であると考える。すなわち、私立学校の自主性はあくまで尊重しながら公教育の機会と教育条件の保障に対する国民の要請にこたえるため、私立学校との間に新しい関係を樹立すべきであると考える。その具体的な方法は、公教育に対する国民の要請に対応して次のような各種の私学助成の方式を用意し、私立学校が自主的にそれを選択できるようにすることである。

「方式A」 公的な教育計画にもとづき、公立の学校とともに、地域住民に対して教育の機会を均等に保障する役割を分担しようとする場合、その教育条件の確保と修学上の経済的負担の水準および通学圏・収容力について、公的な調整を受けることを条件として、公立の学校と同等程度の財政援助を経常的に提供する。

「方式B」 公的な教育計画にもとづき、一定水準以上の教育の機会を一定量確保する役割を分担しようとする場合、または、特定の専門分野の人材育成の役割を分担する場合、その教育条件の確保と修学上の経済的負担の限度および収容力について公的な調整を受けることを条件として、国・公立の学校に準ずる財政援助を経常的に提供する。

「方式C」 公的な教育計画の範囲内で、適当な教育条件のもとに特色のある教育を担当しようとする場合、その援助の効果について定期的に厳正な評価を行なうことを条件として、合理的に積算された標準教育費の一定の割合を助成金として交付する。

「方式D」 社会的要請にもとづく特定分野の教育・研究を振興するため、公的な計画にもとづき、特定の経費を指定して奨励的な補助金を交付する。

 基本構想1の五、六および2の十でこれらの私学助成の方式について述べたが、いずれの方式がどの学校段階にふさわしいかは固定的に考えるべきではなく、同じ学校段階でも異なる方式を選択できるようにする必要があろう。

 現在行なわれている私学助成は、私立学校の当面の問題を緩知するうえに一応の効果をあげており、その拡充が強く要請されているが、今後、わが国の学校教育全体の健全な発展を期するためには、なるべく早い時期に上述のような方式を確立すべきである。そのためには、方式A、B、Cについて、まず公的な教育計画を樹立することが先決である。

 上述のような私学助成の方式のうちいずれをとり、その財政援助の水準をどの程度とするか、また、私立学校との間の格差の縮小に配慮して、国・公立の学校に対する公費の負担をどの程度とするかによって、受益者負担額の水準が定まる。その負担額の水準と国民の所得水準の相対的な関係から、教育の機会均等を保障するために必要な奨学事業の規模が定まる。政府は、今後、国・公立の学校と私立学校に対する財政支出を検討する場合には、それと不可分の関係にある奨学事業の規模を総合的に検討すべきである。

 その際、約半数の者が自宅を離れて進学する高等教育については、学生の食・住に関する生活環境の整備が奨学事業と密接な関係をもっている。したがって、基本構想2の十二に述べた考え方によって、学寮をその本来の目的に向かって改善充実するとともに、それによりがたい場合には、個人との契約にもとづく厚生福祉事業としての学生宿舎の整備を促進すべきである。今日、既設の学寮のうち多くの問題をかかえているものは、そのいずれの方向に充実整備すべきかについて、すみやかに方針を決定すべきである。

 教育の機会均等をいっそう徹底するため、就学前教育および後期中等教育の段階まで義務教育の年限を拡張すべきだとの意見がある。本審議会としては、国民に就学の義務を課することは、その教育の目標とするものが全国民の教育として必須のものであり、すべての者に例外なくその履修を求める必要があり、その実施によって就学上・財政上その他の点に重大な支障が生じない場合に限るべきであると考える。したがって、就学前教育については、将来、その普及と内容の充実および基本構想1の一による先導的試行の成果を見定めたうえで、これを義務教育とする必要性と可能性を検討すべきであるが、後期中等教育の段階は、一律に就学の義務を課するよりも、さまざまな教育の機会を確保するとともに、その就学のための諸条件を整備することによって、その趣旨の実現をはかるのが先決であると考える。

 なお、これまで特別な事情によって義務教育を修了できなかった者に対しては、特例的な措置によってその履修を奨励すべきである。

七 教育制度における閉鎖性の是正

 政府は、義務教育以後の学校教育では、個人の特性の分化に応じて効果的な教育が行なわれるよう、教育内容・教育課程の多様化を進めるとともに、個人の能力と学習意欲に応じて適切な履修が容易になるよう、学校間の移動と進学の道をひらくことに努めるべきである。また、学校教育の機会を一定の年齢層の者だけに限ることなく、必要に応じて適時教育が受けられるよう、その機会をできるだけ広く国民に開放すべきである。

〔説明〕 義務教育以後の教育は、基本構想1の二および2の一で述べたように、個人の特性の分化に応じて多様化を必要としているが、そのことによって個人の将来の勉学の機会と社会的な進路が固定化される場合には、その特性に応じたコースの選択が行なわれず、多様化の本来の目的は達成されない。したがって、教育の多様化を進めるためには、学校間の閉鎖性や進学・再教育のあい路を是正することをあわせ考えなければならない。

 そのためには、まず、高等学校のさまざまなコースから進学できる機会を確保するため、高等教育のがわにそれと接続する教育課程を設け、適当な数の定員のわくと適切な選抜方法を用意すべきである。

 第二種および第三種の高等教育機関(「短期大学」および「高等専門学校」)の卒業者に対しては、第一種の機関(「大学」)に上述の場合と同様な用意をするほか、それらの者の進学または再教育を引き受ける特別な第四種の機関(「大学院」)を創設するのが適当である。その場合、特定のコースに異質なコースを接続することをくふうするばかりでなく、より高度の修学の道としては、理論的な学習に重きを置くコースのほか、実践的な探究を重視するものを開発するなど、多様化の意義を生かすようにすべきである。

 また、適当な高等教育機関の間で連携組織を作り、履修単位の相互承認を行なうようにすることが必要である。四項で述べたように、高等教育の整備充実に関する基本計画を策定する場合、広域的な連携協力関係の実現をはかることによって、その実施が促進されるであろう。

 高等教育の開放性は、基本構想2の四で述べた考え方により、その実現をはかるべきである。そのためには、これまでの聴講生の制度を改めて、これを選択履修の学生とし、その受け入れに必要な定員上・指導体制上の措置を講ずるとともに、特定の科目または科目群について履修単位の認定を行なうべきである。また、その受け入れは、学歴・職業などによって差別することなく、入学許可と単位認定の際に能力の検定を厳密に行なうことによって、その制度の適切な運用をはかるべきである。

 このような高等教育の開放がじゅうぶんな効果をあげるためには、履修の形態についても、夏学期制、夜間制、通信制、放送制などの多様化を進める必要がある。また、履修の成果に対する社会的評価を保障するため、履修単位の総数と内容の構成が一定の基準に達した者に対しては、適当な公的認定機関の審査によって、各種の専門的職業に関する資格を取得するための基礎資格を付与できるようにすべきである。

八 大学入学者選抜制度の改革

 政府は、大学入学者選抜制度が、学校教育全般の適切な運営を保障し、教育の社会的な役割が正しく発揮されるようにするうえに、重大な影響のある公共的な制度であることにかんがみ、これまでの慣行による弊害をすみやかに是正するため、本審議会の提案の方向に向かって、関係者の積極的な努力を助長しながら制度的な改革の実現を促進すべきである。

〔説明〕 入学者選抜制度は、単に各学校がその方針にもとづいて入学者を選定する一般的な手続きであるばかりでなく、教育の過程にある青少年が、学校段階のくぎりをもっとも適切に移行できるようにする、広義の教育制度とみるべきものである。したがって、この制度は、本来各学校だけの都合によって運用されるべきものではなく、その公共性が重視されなければならない。現にその適否は、各段階の学校教育に実質的に影響を及ぼしているばかりでなく、学校を取り巻く一般社会にもさまざまな問題を投げかけている。

 とくに大学入学者選抜制度は、これまで各大学の相当大幅な自由裁量によって運用されてきたが、もっぱら選抜に合格することを目的とする特別な学習の激化、選抜結果の妥当性に対する疑義、入学後の学習よりは受験競争の勝敗を重視する傾向、大量の浪人の蓄積など、幾多の弊害のあることが指摘されており、そのすみやかな改善が各方面から強く要望されている。

 このことについて本審議会が基本構想2の十三で提案した改善措置は、これまで行なわれた多くの研究成果の結論とその方向が一致しており、近年、大学・高等学校の関係者の間でも、ほぼ同様な考え方によって解決の努力が払われつつある。しかしながら、政府は、この問題が多年の懸案であって、その前途にはなおいろいろな障害のあることを考慮し、それらの関係者の努力に対し適切な援助を与えるとともに、その実効を保障するため必要があるときは、立法措置を講ずることも検討すべきである。

 同時に、この問題の背景には、固定化された学歴主義に由来する特定大学への志願者の過度な集中という特別な事情のあることを忘れてはならない。さきに四項で述べたとおり、各大学がそれぞれ独自の特色をもって並存するよう、今後における高等教育の整備充実に関する基本計画を策定し、その実現を推進することは、この観点からも政府の重要な施策でなければならない。

 また、六項で述べた私学助成の新しい考え方によって、私立学校の経済的基盤を確立することと並行して、それらの学校の入学者選抜および入学の際における過大な経済的負担を是正する措置を講ずべきである。

第二章 長期教育計画の策定と推進の必要性

一 長期教育計画の必要性と政府の役割

 第一章で述べた総合的な拡充整備に関する基本的施策は、初等・中等・高等教育の全段階にまたがる根本的な課題の解決をめざすものであって、政府としては、今後相当長期にわたって、強い決意のもとにその実現に取り組まなければならないものである。

 わが国は、明治初年に近代的な学校制度を創設して以来、つねに将来に対する見通しのもとに、先行的な重点施策として、教育の普及充実に努めてきた輝かしい歴史をもっている。さらに今日では、世界の主要国が、いずれも国の重要施策の一つとして、長期教育計画の策定とその実施に取り組んでいる。そのおもな理由は、教育が国家・社会のあらゆる面における発展の原動力であるばかりでなく、教育の機会均等の徹底と質的な充実によって、すべての個人が、今日の時代に、主体的な人間として充実した生き方ができるようにすることが、いっそう切実な問題になってきたからである。

 とくに、公教育の発展に対する国の役割はますます重視されつつある。それは、次のような事情にもとづいている。すなわち、(a)国・公・私立の教育機関を通じて、公教育が量的・質的に均衡のとれた発展を遂げるためには、公的な計画にもとづく総合的な調整が必要になってきたこと、(b)教育の拡充整備は巨大な資源を必要とし、そのための財政支出は、国の社会的・経済的な発展と適切な均衡が維持されなければならないこと、(c)今日では、教育の量的な拡張に伴ってその質的な刷新が強く要請され、それに応ずる研究開発を国家的な規模で進める必要が生じていること、(d)教育施策の成果が現われるまでには長い年月が必要であって、社会の変化が急速なほど、ますます長期の見通しが要求されることなどである。

 すなわち、今日、長期教育計画といわれるものは、単に外的な教育条件の整備という狭い範囲内のものではなく、広い国際的な視野に立ち、その国家・社会のめざす理想にもとづいて公教育の量と質を、どんな目標に向かって発展させるべきかを考えようとするものである。

 このような計画は、教育に対する国民的要請、社会の人材需要および教育の効率化に関する客観的な調査研究にもとづき、学校教育・社会教育その他の教育活動全般について、少なくとも今後十年間における拡充整備の目標を明らかにし、その実現に必要な行政上、財政上の措置の大綱を示したものでなければならない。

 政府は、第一章で述べた基本的施策を総合的に実施するための長期教育計画を策定し、その的確な推進をはかることに努めるべきである。

二 計画の基礎としての予測計量の意義

 上記のような長期教育計画の立案は、広範な調査研究を基礎としなければならないが、その成果を総合して具体的な政策上の指針となるものを作成するには、適切な予測計量の方式を開発する必要がある。

 そのためには、まず、これまでの客観的な資料の分析にもとづき、将来の見通しを立てる前提となる外的な要因の動向を適切に予測する必要がある。そして、外的な要因により支配されるものと、政策的な選択により変動するものとの組み合わせによって、将来の教育活動の規模と必要な資源を、定量的に見積もることができる試算方式を樹立する必要がある。

 このような方式を用いることによって、教育計画の立案において政策的に対処できるものとそうでないものとを合理的に区別し、同時に、そのような計量化が不可能な要因にも重要なものがあることを深く配慮しながら、望ましい目標に向かって適切かつ実現可能な政策決定を行なうことが、今後の行政においてはとくに重要である。

 いうまでもなく、どのような予測も外的な要因の動向を完ぺきに見通せるものではなく、また、ある政策的な選択もつねに予期した成果を収めうるとはかぎらない。しかし、予測計量を行なうことの重要な意義は、実際に生じた結果とのくい違いを検討することによって、それまで見落とされていた要因を発見したり、施策の効果を公正に評価したりすることが可能になるところにある。そして、必要に応じて計画そのものに変更を加えながら、変動する時代に対応して、それに先行する施策を推進することがたいせつである。

三 予測計量に関する試算

 本審議会は、上述のような長期教育計画の策定に必要な予測計量の一つの方式を示すため、第一章で提案した基本的施策について参考資料に示すような「総合的な拡充整備のための資源の見積もり」を試みた。

 この試算は、この答申が取り扱った学校教育の分野だけについて行なったものであり、長期教育計画の基礎として必要なものの一部にすぎない。また、巨視的な見通しを立てるため、簡略化された仮定を用いており、今後さらに専門的な検討を必要とするが、一応次のような方針によって試算を行なった。

 なお、沖縄については、資料の関係もあり、また、別途に検討されている問題も多いので、この試算には含めなかった。

(一) 基準推計値

 各学校段階ごとに、外的な与件に関する変数(外生変数)と政策的に決定すべき変数(政策変数)との組み合わせによって、教育規模と教育投資額を計算できる算式を作り、過去十年程度にあてはまるよう係数を定める。この式によって将来を予測するため、外生変数には、別途に求めた予測値を与え、政策変数には、政策上格別の選択を行なわない場合の過去の実績にもとづく一定値または傾向値を与えて、昭和五十五年度まで推計する。

(二) 課題別推計値

 独立した新しい政策上の課題については、上記の算式によらず、別途の方法により、仮定を設けて昭和五十五年度までの経費を推計する。

(三) 政策変動値

 基準推計値の算式に含まれる政策変数に、ある政策上の選択にもとづく値を適用した場合の、基準推計値からの変動量を求める。この場合の試算は、ある仮定に対応する数量的な規模を推定するための暫定的なものである。

(四) 教育投資総額

 すべての政策変数にある順序で政策上の選択を行なった場合の、基準推計値と課題別推計値からの変動量を計算し、それらを基準推計値に加算して昭和五十五年度までの教育投資総額を求め、国民所得と比較する。

(五) 負担区分推計値

 ある試算方法を仮定して受益者負担額を求め、それを教育投資総額から控除して公費負担額を求める。また、一定の仮定のもとに、受益者負担額の水準に対応する奨学事業の規模を求める。

(六) 教員需給推計値

 上述の教育投資総額に対応する各学校段階の教育需要数を求め、それに対する供給の見通しを検討する。

四 試算結果から指摘される問題点

(一) 基準推計値の教育規模は、昭和四十五年度を基準とした場合、義務教育では、昭和四十五年ごろまでに、児童・生徒数が十四パーセント程度増大し、高等学校、短期大学および大学の入学者数は、それぞれ十七パーセント、八十八パーセント、四十九パーセント程度増大することが見込まれている。これらは、過去十年間の中学校卒業者の上級学校進学率(付図1)、および短期大学・大学入学者数(付図2)から予測したものであって、該当年齢に対する進学率は、それぞれ九十五パーセント、十五パーセント、三十二パーセント程度となっている。

 このことは、上級学校への進学が過去と同じ傾向をたどると仮定した場合の、教育に対する需要の高まりを意味するものであって、これをどのように評価し、どのような目標を望ましいものとして学校教育の量と質の整備充実をはかるかは、教育計画を立案する場合の政策上の重要な課題である。

(二) 他方、基準推計値の教育投資額は、そのような量的な膨張が進行したとしても、その国民所得に対する比率は低下の傾向を示し、昭和四十五年度における四・八パーセントが昭和五十五年度には四・五パーセント程度となる。これに対して、試算に示す程度において、この答申で提案した新しい政策上の課題を実行に移し、また、給与の改善、教育の質的な充実、「大学院」・「研究院」の拡充などに必要な措置を講じたとすれば、その比率は六・三パーセント程度となる。さらに、この場合の公費および奨学事業の全体規模は、昭和五十五年度で五・九パーセント程度であって、これらを含めた公財政支出教育費の国民所得に対する比重は、付図4に示すような国際的な比較からみれば、今後の見通しとして必ずしも過大であるとはいえない。

(三) しかしながら、この試算から予想される他の重要な課題は、教育の量的な膨張と質的な充実を並行的に行なおうとする場合の、教員の需給調整をどうするかということである。

 これまでの教職への就職率が変わらないと仮定した場合の標準新規就職者数に対して、幼稚園、小学校、中学校では、それぞれ、三五パーセント程度の増加がなければ試算のような改善措置は実現できないであろう。そのためには、教員養成大学による計画的な養成を充実すると同時に、教員の処遇の改善により教職への人材誘致を強化することが先決である。

 とくに、高等教育の拡充整備は、「大学院」、「研究院」の拡充が先行しなければ、教員の需給関係から行きづまりを生じるであろう。試算のように、それらを相当大幅に拡充してもなお、教員需要数の四十~五十パーセント程度は、一般社会の専門的・技術的職業の従事者からの供給に期待しなければならない。このことは、上の(一)で述べた高等教育に対する需要の増大を考慮してその基本計画を立案する場合、まず、高等教育の伝統的な履修形態以外の方法による教育の機会を拡充するとともに、教員確保の見通しを前提として高等教育の質的水準を維持するよう、その規模の拡大に一定の限度を設けることについて、あるいは、基本構想2の一と三で述べた標準履修年数や教育方法の改善について、真剣に検討する必要のあることを意味している。

〔参考資料〕 総合的な拡充整備のための資源の見積もり 略

〔付属資料〕 わが国の教育発展の分析評価と今後の検討課題(昭和四十四年六月三十日中間報告) 略

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