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学習指導要領 一般編‐試案‐(抄)(昭和二十二年三月二十日)

目次

序論

一 なぜこの書はつくられたか

二 どんな研究の問題があるか

三 この書の内容

第一章 教育の一般目標

第二章 児童の生活

一 なぜ児童の生活を知らなくてはならないか

二 年齢による児童生活の発達

第三章 教科過程

一 教科課程はどうしてきめるか

二 小学校の教科と時間数

三 新制中学校の教科と時間数

第四章 学習指導法の一般

一 学習指導は何を目ざすか

二 学習指導法を考えるにどんな問題があるか

三 具体的な指導法はどうして組みたてるべきか

第五章 学習結果の考査

一 なぜ学習結果の考査が必要か

二 いかにして考査するか

附 予備調査及び知能検査

序論(略)

第一章 教育の一般目標(略)

第二章 児童の生活(略)

第三章 教科課程

一 教科課程はどうしてきめるか われわれは、前に教育の根本目的をもとにして、社会の要求を考え、そこから教育目標をどこにおくべきかを考えた。この教育の目標に達するためには、多面的な内容をもった指導がなされなくてはならない。この内容をその性質によって分類し、それで幾つかのまとまりを作ったものが教科である。このまとめ方にはいろいろな立場があるので、教科といっても、そのたて方にはいろいろあるわけである。ともかくも、こういったものが教科であるから、各教科は、それぞれの内容によって、教育の目標を達成するために、責任を分かち合って、指導につとめなくてはならないのである。しかし、教育の実際にとりかかろうとすると、これらの教科をただ児童青年にあてがいさえすればよいと考えてはなるまい。前にもいったように、教育の実際には、児童青年の現実の生活と、その動きとに即して考えなくてはならないものがある。そう考えてみると、教科の中には、その性質によって、どの学年でやってもよいものと、そうでないものとがある。また、どの学年で課してもよい場合でも、その内容の上で、課する学年に先後の順序のあるものもある。そこで、われわれは、実際の指導にはいる前に、いろいろな教科について、それを課する学年を考え、更に、一つ一つの教科の内容をどんなふうに学年を追って課するかを考える必要が出て来る。このようにして、どの学年でどういう教科を課するかをきめ、また、その課する教科と教科内容との学年的な配当を系統づけたものを、教科課程といっている。教科課程は、このように、社会の要求によって考えられるべきものであり、また児童青年の生活から考えられるべきものであるから、社会の変化につれて、また、文化の発展につれて変わるべきものであるし、厳密にいえば、その地域の社会生活の特性により、児童青年のその地域における生活の特性によって、地域的に異なるべきものである。教育が地域地域の社会に適切なものとなるには、どうしても、そうならなくてはならないはずである。だから、教科課程は、それぞれの学校で、その地域の社会生活に即して教育の目標を吟味し、その地域の児童青年の生活を考えてこれを定めるべきものである。ただ、そうはいっても、わが国の各地域で、教育の目標がさして異なるということもないし、また児童青年の生活も、全く違ったものをみるということもないので、わが国の教育として、一応の規準をたてることはできる。ことに、どういう教科を課するかということについては、教育の骨組みをなすものとして、その規準をたてる必要があるのである。

二 小学校の教科課程と時間数 このような必要から昭和二十二年度から実施されることになった小学校の教科と、その時間の配当はつぎのようである。

いま次に、この教科表について注意すべき点を挙げてみよう。

(1) ここに見られる教科で、これまでと違っているのは、

1 従来の修身・公民・地理・歴史がなくなって、新しく社会科が設けられたこと。

2 家庭科が、新しい名まえとともに、内容を異にして加えられていること。

3 自由研究の時間が設けられたこと。

などである。

(2) この社会科は、従来の修身・公民・地理・歴史を、ただ一括して社会科という名をつけたというのではない。社会科は、今日のわが国民の生活から見て、社会生活についての良識と性格とを養うことが極めて必要であるので、そういうことを目的として、新たに設けられたのである。ただ、この目的を達するには、これまでの修身・公民・地理・歴史などの教科の内容を融合して、一体として学ばれなくてはならないので(学習指導要領社会科編参照)それらの教科に代わって、社会科が設けられたわけである。

(3) 家庭科は、これまでの家事科と違って、男女ともにこれを課することをたてまえとする。ただ、料理や裁縫のような、内容が女子にだけ必要だと認められる場合には、男子にはこれに代えて、家庭工作を課することに考えられている。

(4) 自由研究も、新しい教科課程で、はじめてとりあげたものであるが、この時間を、どんなふうに用いて行くかについては、少しく説明を要するかと思う。後に述べるように、(指導法一般参照)教科の学習は、いずれも児童の自発的た活動を誘って、これによって学習がすすめられるようにして行くことを求めている。そういう場合に、児童の個性によっては、その活動が次の活動を生んで、一定の学習時間ではその活動の要求を満足させることができないようになる場合が出て来るだろう。たとえば、音楽で器楽を学んだ児童が、もっと器楽を深くやってみたいと要求するようなことが起るのがそれである。こういう時には、もちろん、児童は家庭に帰ってその活動を営むことにもなろうし、また、学校で放課後にその活動を営むことにもなろう。しかし、そのような場合に、児童がひとりでその活動によって学んで行くことが、なんのさしさわりがないばかりか、その方が学習の進められるのにも適当だということもあろうが、時としては、活動の誘導、すなわち、指導が必要な場合もあろう。このような場合に、何かの時間をおいて、児童の活動をのばし、学習を深く進めることが望ましいのである。ここに、自由研究の時間のおかれる理由がある。たとえば、鉛筆やペンで文字の書き方を習っている児童のなかに、毛筆で文字を書くことに興味を持ち、これを学びたい児童があったとすれば、そういう児童には、自由研究として書道を学ばせ、教師が特に書道について指導するようにしたい。つまり、児童の個性の赴くところに従って、それを伸ばして行くことに、この時間を用いて行きたいのである。だから、もちろん、どの児童も同じことを学ぶ時間として、この時間を用いて行くことは避けたい。こうして、児童青年の個性を、その赴くところに従って、のばして行こうというのであるから、そこには、さまざまな方向が考えられる。ある児童は、工作に、ある児童は理科の実験に、ある児童は書道に、ある児童は絵画にというふうに、きわめて多様な活動がこの時間に営まれるようになろう。このような場合に、児童が学年の区別を去って、同好のものが集まって、教師の指導とともに、上級生の指導もなされ、いっしょになって、その学習を進める組織、すなわち、クラブ組織をとって、この活動のために、自由研究の時間を使って行くことも望ましいことである。たとえば、音楽クラブ、書道クラブ、手芸クラブ、あるいはスポーツクラブといった組織による活動がそれである。このような用い方は、要するに、児童や青年の自発的な活動のなされる余裕の時間として、個性の伸長に資し、教科の時間内では伸ばしがたい活動のために、教師や学校長の考えによって、この時間を用いたいというのであるが、なお、児童が学校や学級の全体に対して負うている責任を果たす一たとえば、当番の仕事をするとか、学級の委員としての仕事をするとか一ために、この時間をあてることも、その用い方の一つといえる。こうして、自由研究の内容としては、さまざまなものが考えられ、その時間も多く要求されるが、ただこの時間を無制限に多くすることは、児童の負担を過重にするおそれがないのでもないので、その凡その規準を挙げておいた。もちろん、それは凡その規準であるから、児童の負担を考えて、その伸縮をすることは、これまた、教師や学校長の判断に委せたい。

(5) 次に、表にあげてある各教科の指導時間は、これまでと違って、一年間に用いられる総時間数が示してある。(括弧の中は一週間の平均時間数である。)この時間数は、一年間最小限三十五週の指導を要求するものとしての標準時間数を示したものである。(だから、三十五週以上の指導をする場合には、児童青年の負担が過重にならない程度に、この総時間数は増してもよい。この点については、学校長の裁量に委せることとしたい。)

各教科時間表

各教科時間表

(6) このように、一年の時間数をまとめて示したのは、ただ理由なしにそうしたわけではない。教師が児童を導いて行くにあたって、まず、最初に考えなくてはならないのは、一年間のおもだった計画をたてることである。教師はよく見とおしをつけて、児童の活動として、どんなことが教育的な価値を持っているかを判断して、それらのために必要な時間を、あらかじめとっておくようにしなくてはならないし、また教科の指導と季節の関係を考えておくこともたいせつだし、また教科の内容によっては、ある時には続いて多くの時間をとり、ある時はこれを少なくして行くという調節をすることもたいせつであろう。これらを考えて、一年間の計画に従って、指導の時間をたくみに配当して、はじめて効果のある指導ができるのである。たとえば、学芸会、全校運動会、農繁期の手伝いといったことの教育的価値を認めるならば、そのために、十分の時間をとっておくようにしなくてはならないし、理科の指導は、自然の活動の盛な時に、多くの時間をあてるように計画することもたいせつであって、そういった工夫の加わった計画があって、はじめて指導は効果をあげることができる。毎週いつでも同じ時間割で、何となしに指導して行くようなことは、決してよいことではない。こういつたことを考えるには、一年の時間数を、まず、あたまにおくことが大切なのである。

(7) 時間数に弾力性を持たせてある教科については、その地域の事情、児童の要求によって、最高の限度まで指導時間を増すことができるようにしてあるわけである。ただ、総時間数は、児童の負担を考えて、ここに示してある最高総時間を越えないようにしたい。(授業週数が三十五週を越える時は、負担を過重にしない範囲で、総時間数の最高限度も、これに応じて増してもよいものとする。)このいろいろな教科の増加時間と総時間数との関係について具体的に考えてみると次のようになる。

1 第四学年では、算数・音楽、図画工作、自由研究は、それぞれ、その時間数の最高限度まで指導時間を増すことができるが、この学年の指導総時数は年一、〇五〇時間を越えることは望ましくないので、そのため、これらの教科で増すことのできる時間は、合計七十時間になるのであって、その範囲で、適当に時間をあんばいするようにしたい。

2 第五・六学年では、国語・杜会・理科・音楽・自由研究に対して、上の要領で、総時間数年一四〇時間を増すことができるので、その範囲で適宜あんばいして、その指導時間を増すことができる。

(8) このような、一年の計画がきまると、各学期のおもな計画もできるし、その月の計画もできよう。そこにはまた、週の計画もおもなものはきまる。ここで、こまかく週の時間割をきめる段取りになるが、その場合には、学級会、・学校園や農園の手入れ、競技会・遠足・見学・学校放送(放送の聴取はその内容によって教科の学習時間にあて得る)のような児童の活動をどこに、組み入れるか、また教科の指導を、その週の学習の進行によってどう配置するかを工夫し、更に特別教室や運動場の使用を、ほかの学級とぶつからないようにするとか、専科の教師の時間の都合を考えるとか、一週間の学習能率の変化(一週のはじめと終りとは学習能率が下がるとされている)を考え合わせるとかして、十分考えられた計画のもとに時間割を作る必要がある。教師は、ここで、その週の指導にどんな問題があるかを知り、児童の要求をどうしてみたして行くかを考えることができて、指導の効果をあげることができるようになる。こうしてみると、週の時間割は、凡そのことは、ある期間を通じたものがたてられようが、ほんとうは、毎週毎週考えて行かなくてはならないことが知られよう。

(9) 第三学年以下では、表に見るように、この一週の時間数は少ないので、その地域の事情から考えて、児童が一週六日登校することが負担がおも過ぎると思われる場合は、学校長の裁量で、これらの時間を五日間に配当して、児童には二日の休日を与えることを妨げない。

(10) ここで示した時間は、総時間であるから、これを二〇分ずつ三つに分け、あるいは三〇分ずつ二つに分けるなどして、違った教科の学習時間にあてることも、児童の発達、教科の性質によって考えられるべきである。

(11) 週の指導計画(以下略)

三 新制中学校の教科と時間数 次に、昭和二十二年度から新たに実施される新制中学校の三学年、すなわち第七学年から第九学年までに課せられる教科と、その時間数とは、次のようである。

この教科表で注意さるべきことをあげてみると、次のようである。

(1) 小学校で独立の教科だった家庭科は、中学校では職業科の中の一つの科目になって、生徒は、農、商、工、水産、家庭のうちの一科目又は教科目をきめて学習することになっている。この場合、男子が家庭科を選ぶ場合は、小学校での取り扱いと同じにする。これら職業科の科目については、職業科の「学習指導要領」及び職業指導の「学習指導要領」を参照して、学校の設備や生徒の希望を考え合わせて、それらに適合した科目をできるだけ多く設けるようにしたい。そして、生徒がどの科目を選択するかについては、その将来の生活について、十分考えるように指導して、これを決定させたいものである。(2) 社会科、自由研究を設けたわけは、すでに小学校の場合に述べたと同様である。

(3) この教科表で一番注意されるのは、必修科目と選択科目とを設けたことであろう。必修科目は、もちろん、どんな生徒でも必ず学ばなければならない科目で、時間も表にあるとおりにすることを原則とする。選択科目は、習字、外国語、職業(必修で課せられるものより、いっそう深いことを学ぶ)及び自由研究である。これらのどれを選ぶかは、生徒の考えできめるのを本来とするが、学校として生徒の希望を考慮してきめてもよい。その時間はいろいろにきめることができよう。たとえば(週平均として)外国語二時間、職業科二時間をあてることもできるし、自由研究に四時間をあててもよい。要は、その時間が一年間に一四〇時間(三五週としてみて)を越えない範囲で生徒の希望、その地域の事情、学校の設備などからみて、適当と思われるように、その学習時間をきめればよい。ただ、生徒の負担が過重でないと認めるならば、校長の裁量で、この時間は六時間(一年二一0時間)までは増すことができる。

(4) そのほか、一年を規準とした時間数をどんなふうに用いて行くか、時間割の編成をどうするか、といったことについては、小学校の場合と同じような注意を払ってもらいたい。

なお、高等学校の教科及びその時間の割当は、その実施が昭和二三年度からになっているので、ここでは、その説明を省くことにする。ただ、その要領については、別に文部省から発表されたものによって承知されたい。

教科表 00075001

第四章 学習指導法の一般(略)

第五章 学習結果の考査(略)

教科表

教科表

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