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二 国宝・重要文化財の保護

国宝・重要文化財の調査指定の推進

 新しい文化財保護法の制定とこれに続く法改正により、国の文化財保護体制は着実な軌道を歩み出したといえる。

 国宝・重要文化財は、旧国宝から移行したものと重要美術品の中から選ばれたもののほかに、その後指定、調査を充実して進めるにつれて重要な物件が次々に判明し、逐年その指定件数は増加し、昭和四十七年一月現在で、新たに重要文化財に指定された物件は、美術工芸品で一、六四二件、建造物で四六四件、七四三棟に達している。この結果、同月現在、重要文化財の数は一万一五五件を数えるに至っている。なお、新国宝は文化財保護法の重点保護の方針を反映して、「世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝」たるにふさわしいものを重要文化財のうちから厳選して指定しており、その数は一、〇一三件に及んでいる。これらの種類別内訳は、表90のとおりである。また、これら国宝・重要文化財の時代別内訳は、表91・92のとおりである。

表90 国宝・重要文化財の指定件数一覧(昭和47年1月27日現在)

表90 国宝・重要文化財の指定件数一覧(昭和47年1月27日現在)

表91 国宝・重要文化財(建造物)の時代別棟(とう)数(昭和47年1月27日現在)

表91 国宝・重要文化財(建造物)の時代別棟(とう)数(昭和47年1月27日現在)

表92 国宝・重要文化財(美術工芸品)の時代別件数(昭和46年1月27日現在)

表92 国宝・重要文化財(美術工芸品)の時代別件数(昭和46年1月27日現在)

新しい分野の指定・保存

 文化財保護行政も時代の進展に即応して発展しなければならない。この意味で、明治以降の建築、美術や民家の調査、指定も着々実施されることとなった。明治洋風建築で現存するものは全国で約一、二〇〇棟あるが、最近の急激な近代化と市街地再開発によって急激に改築、取りこわしが進行している。こうした事態に対処して重要建築を保存するため、昭和三十一年以降積極的に指定を促進した結果、現在までに四五件、六一棟の明治建築が重要文化財に指定されている。この中には、浦上天主堂のように旧法時代にすでに指定されていたものもあるが、そのほとんどは最近の指定によるものである。

 一方、明治以降の美術工芸品の評価も現在ようやく定着しつつあるが、その散逸、損傷は予想外に早く、また海外への流出の傾向も強まってきている。そこで、その保存対策として、三十・三十一年の両年度で狩野芳崖筆の絹本著色悲母観音ほか五件を重要文化財に指定したが、さらに総合的に保存策を講ずるため、三十八年から五年計画で明治美術等の基礎調査を実施し、これに基づいて調査を進めた結果、四十二年度以降、日本画七件、洋画九件、彫刻三件、計一九件の指定が行なわれた。この中には、横山大観筆絹本墨画生々流転図、岸田劉生筆麗子微笑等七件の大正期の作品が含まれている。民家の調査、指定は、文化財保護委員会発足以来部分的に行なってきたが、近年の生活環境の変化に伴い古い民家が急激に取りこわされる傾向が強まったため、この保存対策として、四十一年度以降計画的に民家緊急調査を国庫補助事業により実施し、これに基づいて全国的視野から指定を進めている。四十七年二月までに指定された民家は一五三件、二七八棟に達している。

国宝・重要文化財の保存修理事業

 まず、建造物の保存修理事業では、昭和二十五年度から四十六年度までの間に、解体修理六〇〇棟、半解体修理一〇三棟、屋根替工事六一九棟、塗工事および部分修理一四〇棟、災害復旧工事等九五棟、計一、五五七棟の修理事業を実施してきた。これらの事業のうち特に大規模なものとしては、姫路城の修理がある。これは二十五年度から開始し、三十九年六月一日完成式を行なった大事業であった。その他、松本城(二十五年から三十年十月)、熊本城(二十七年から三十七年三月)、中尊寺金色堂(三十七年から四十三年七月)、日光二社一寺(二十五年から四十一年度に一応完了、さらに四十三年から第二期第一次八か年計画実施中)、東大寺大仏殿(四十五・六年度修理調査、四十七年度着工)等の修理があげられる。

 美術工芸品の保存修理は、古く明治三十年の古社寺保存法制定当時から宝物類の修理として行なわれてきたが、新制度の下で積極的にこの事業が推進された。これらのうち、京都府妙法院所有の木造千手観音立像一、〇〇一体の修理のごとく、昭和十一年から三十一年までの二十一年間、修理工延べ七、四〇〇人余をかけて完成したような大事業や、また、奈良県薬師寺の月光菩薩像を含む国宝薬師三尊像の修理等これまで世人の記憶に残る重要修理事業が行なわれている。

 文化財の保存修理は特殊な専門的業務であって、技術者の養成確保が重要な問題である。現在、美術工芸品および建造物の修理技術者は、全国でそれぞれ約一〇〇人を数えるに過ぎない実情である。そこで、国ではこれら専門の修理技術者の確保を図るため、二十八年から養成者講習会を開きその対策に当たってきた。特に、建造物の修理については、その技術者の身分の安定を図り、また、その後継者の養成確保が急務であることにかんがみ、四十六年六月、財団法人文化財建造物保存技術協会が設立され、技術者の多くがこの法人の職員となりその身分の安定を図る措置がとられ、同時に、この法人の主要事業の一つとして、技術者養成の事業が開始された。

 次に、文化財の防災については、法隆寺金堂の炎上が大きな教訓となって、二十五年度に、国宝修理補助金のうちから約二、〇〇〇万円を緊急に流用して防災事業の補助を実施することになり、文化財の集中地域である京都、奈良に自動火災報知機を重点的に設置し、中尊寺、日光二社一寺等にも自動火災報知機を設置した。また、美術工芸品についてもこの補助金によって京都、奈良を中心とする火災報知器の設置が行なわれた。文化財保護法によって修理以外にも補助を行なうみちが開かれたことともあいまって、ここに初めて国宝・重要文化財の防災施設事業が正式に開始されたのである。

 その後、逐年防災事業を拡充・実施してきており、防災施設費補助金も年々増額し、四十七年度では、建造物について約四億三、七〇〇万円、美術工芸品について約一億五、二〇〇万円に達している。この間、四十一年には消防法施行令の改正により、文化財建造物の防火対象物に対して自動火災報知設備の設置が義務づけられ、四十三年、四十四年の両年度で全国にその設備を完成する等の経緯もあり、四十六年度末までに建造物の防災施設設置状況は著しく進歩しているが、報知機、水利施設、避雷針の三者を備えるいわゆる総合防災施設を必要とするもの九六四か所に対し、既施設は三一五か所で約三分の一という状況である。また、美術工芸品の防災施設としては、火災と盗難の対策を兼ねた収蔵庫の建設が進められ、現在では美術工芸品関係の防災予算の半ばはこれに当てられるようになっている。

公開、模写、買い上げ等

 美術工芸品の公開には、国が行なう公開、所有者自らが行なう公開、所有者以外の第三者が行なう公開の三種がある。第三者の行なう公開の中では、昭和二十七年にある新聞社の主催で東京のデパートで開かれた「春日・興福寺展」を皮切りとして、その後新聞社等の主催によって各地のデパート等で盛んに開催されているいわゆるデパート国宝展が注目される。このようなくわだでは、文化財の活用、文化財愛護思想の普及のためには有意義なことではあるが、材質のぜい弱、形状等の関係で取り扱い上危険な物件も少なくないため、現地からの移動を禁じ、あるいは公開日数等を制限する必要のあるものについては、「公開取扱注意品目」を定め、制限を加えている。現在、これに該当する品目は、四十四年十二月に定められた五六七件がある。

 次に、文化財の保存上、普及活用上からする対策の一つとして模写、模造がある。二十九年度から三十一年度にかけて行なわれた宇治平等院鳳凰堂の壁画模写を初めとして現在までに多数の美術工芸品、建造物の模写が実施され、また、三十二年度からは建造物の模型制作も行なわれ、四十七年度までに計二二件の国宝等の模型(縮尺原則十分の一)が作成されている。

 また、美術工芸品の国内における散逸や海外流出を防止し、その保存・活用を図るため、文化財保護法の規定による国への売り渡しの申し出の制度があるが、申し出があった場合の買い上げのほか、場合によっては未指定品の買い上げも積極的に進める必要がある。二十五年度から四十七年一月末までに国が買い上げた物件は、国宝四三件、重要文化財五六件、重要美術品一件、その他九件、計一〇九件にのぼり、これらは東京、京都、奈良の国立博物館に移管して館の公開展示に活用している。

美術刀剣類の登録と製作の承認

 昭和二十一年の銃砲等所持禁止令の後、二十五年に銃砲刀剣類等所持取締令(三十三年銃砲刀剣類等取締法となる。)が制定され、これによって美術品として価値のある刀剣類等は、その所持について許可の対象から外され、文化財保護委員会の登録を受けることとなり、この登録事務は都道府県の教育委員会に委任された。これによって四十六年三月末までに登録を受けた数は一四二万六、〇二四本で、最近の例でも毎年約七万本の登録件数がある。なお、美術刀剣の製作については、文化庁長官の承認制をとっているが、この承認を受けている刀匠は約三六〇人、年間製作本数は、四十四年度で一、二六六木、四十五年度で一、六三三本である。

国立博物館および国立文化財研究所の現況

 東京国立博物館の東洋館が昭和四十三年に、京都国立博物館の新陳列館が四十年に、そして奈良国立博物館の新館が四十七年にそれぞれ完成し、国立博物館の装いも一新した。それとともに陳列品購入、特別展等の事業内容も年々充実してきている。また、東京文化財研究所は、二十七年度に芸能部、保存科学部が新設され、二十九年七月に東京国立文化財研究所と改称した。奈良文化財研究所も同じく二十九年七月、奈良国立文化財研究所と改称し、三十八年度に平城宮跡発掘調査部を新設した。この二つの国立文化財研究所はその事業がしだいに拡充強化されて今日に至っている。

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