二 学術振興の諸施策

学術研究機関の新設・拡充

 戦後、わが国の研究機関の状況は、軍関係、財閥関係の研究機関は解体ないし活動を中止され、また、民間にあって特色ある研究を行なっていた公益法人の研究機関は、経済条件の急変によりその維持すらおぼつかなくなってきた。したがって、軍関係以外の国立研究機関がわが国の研究力において占める比重が一段と大きくなり、特に国立大学およびその附置研究所は基礎研究の水準を維持する上で、重要な位置を占めることとなった。また、昭和二十四年から発足した新制大学の学部は教育面に重点が置かれたので、特に、もっぱら研究に専念しうる旧帝国大学の附置研究所が研究面において大きな意味をもつようになった。

 このような背景のもとで、文部省は、まず戦時研究に関連した目的を有する研究所を廃止するとともに、運営の利便を考慮して研究所の統合を図り、さらに新しい研究領域の開拓あるいは産業経済と国民生活の向上のために必要とされる研究所を新設することをもって、国立研究機関再編の基本方針とし、この方針に沿って逐次具体的措置を講じていった。すなわち、二十一年から二十七年にかけて、所轄研究所二、国立大学附置研究所四が廃止されたほか、統合六件、移管一件、改称四件が数えられるとともに、新たに所轄研究所三、国立大学附置研究所一四が新設された。

 特にこれら新設された研究所のうちには、戦前ほとんど顧みられなかった人文・社会科学に関するものが多数創設・整備されたことが注目される。また、法制上も、二十四年、文部省設置法および国立学校設置法の制定に伴い、従前、官制(勅令)によって設置されたこれらの研究所は、その目的、性格に従って、文部省あるいはそれぞれの国立大学の組織のなかに、法律に基づいて位置づけられることとなった。

 次に、戦後処理の一つとして、民間の研究所に対する施策があげられる。戦前、基本財産からの果実により活発な研究活動を行なっていた民間の公益法人研究所は、戦後その経営が窮迫し、その機能を停止するの危機に直面した。この実態に対処し、文部省では、これら民間研究所のうち、優秀なものに対しては二十二年以来補助金を交付し、その維持・存続を図ったが、二十六年六月、「民間学術研究機関の助成に関する法律」が制定され、法律に基づいてこれら機関に対し国の財政的援助を行なうことが可能となった。

 ところで、占領時代が過ぎ、わが国の国力の回復に伴い、わが国学界も国際的な交流と刺激を通じて、研究活動が活発化するとともに、早くも新しい学術の激しい進展の流れに乗り入れていた。新しい研究の特色としては、研究用機器の精度の向上、実験装置の大型化等研究手段・方法の著しい発達による研究の高度化・高速化を背景として、研究の総合化・組織化がきわめて重要となったことである。日本学術会議は、この動向に対して、新構想のもとに共同研究体制を確立することを要望した。文部省では、この要請をふまえて、二十八年、国立学校設置法を改正して従来の附置研究所以外に、当該大学の専属研究者のほか、広く同一研究に従事するその他の研究者にも共同して利用させるため、いわゆる国立大学附置の共同利用研究所の制度を創設した。この新しい型の研究所の最初のものとして、同年七月、宇宙線観測所が東京大学に、基礎物理学研究所が京都大学に設置されたが、学界の要望に沿って、その後しだいにその数を増し、現在七一の国立大学附置研究所のうち一三を数えるに至っている。

 さらに、巨大な素粒子加速器の建設と利用が数年間懸案とされ、そのための研究体制については種々論議されたが、従来の共同利用研究所の構想を一歩進めて、特定の大学に附置しない国立大学の共同利用の研究所として、国立学校設置法を改正して、四十六年筑波研究学園都市に高エネルギー物理学研究所が設置された。これにより、基礎科学のための国立研究所として、いっそう新しい形の研究体制が確立されるに至った。

 なお、共同研究を推進するためには、研究者が、共同研究の行なわれる研究機関に流動的に集まって研究に従事することが必要であるが、三十四年から日本学術振興会が政府の補助金で、住所を離れて長期間特定の研究機関に滞在して共同研究に従事する研究者に対して、滞在費、旅費を交付する流動研究員制度を実施して、共同研究に参加する道を開いた。

 以上のような研究所のほかに、戦後、国立大学には学部附属の多数の研究施設が設置された。それらは、一講座では行ない得なくなった規模の特定の研究を行なうことを目的とするもの、将来は研究所たるべき準備段階のもの等、種々の性格のものが見られるが、特に研究技術の高度化に伴い、近代的な研究設備の必要から、これらの設備を中心にしたものが多い。さらに続いて、低温センター、放射線同位元素センター、生物環境調節センター等学内共同利用施設が生まれ、地区別に配置された大型電子計算機センター等、全国共同利用の、これまた新しい型の施設が発足したことも、研究の速度と精度を争う時代の要請にこたえるものである。

科学研究費等の拡充

 研究を推進するためには、各種の研究環境の整備とともに、研究者に研究費をじゅうぶん与えてその能力を発揮させることが必要であることはいうまでもない。その点で文部省の科学研究費が、わが国の学術の発達に果たしている役割はきわめて大きいものがある。

 科学研究費の起源は古く、大正七年に遡(さかのぼ)るのであるが、戦後は昭和二十年技術院の廃止に伴い、同院所管の研究費のうち、戦後も引き続いて推進を要すると認められた試験研究費を統合する等幾多の変遷を経たが、四十年に科学研究費交付金、科学試験研究費補助金、研究成果刊行費補助金を統合し、科学研究費補助金となり、さらにその後も曲折を経て科学研究費と研究成果刊行費の二つに大別されることとなった。

 科学研究費は、すぐれた学術研究を格段に発展させることを目的とする研究助成費であって、研究者が自発的に計画する基礎的研究のうち、わが国の学術の現状に即して、特に重要なものを取り上げ、研究費を配分し、高度の研究成果を期待するものである。また、研究成果刊行費は、重要な研究成果および学術資料の刊行を円滑にするため、学術的価値は高いが、市販性に乏しいため刊行が困難な研究成果や学術資料の刊行を援助するための刊行助成費である。

 科学研究費は、研究の目的・性格・研究組織等により、特定研究、総合研究、一般研究、試験研究、奨励研究、海外学術調査の六種目に分かれている。このうち特定研究は、社会的あるいは学術的に要請のきわめて強い研究領域を特に指定し、その領域の基礎的研究を年次的かつ集中的に推進するため、三十八年から設けられたもので、原則として三年間継続して当該領域の研究に集中的に研究費を配分し、その領域の研究の進展を図ろうとするもので、特定研究創設後現在までの九年間に二四領域が取り上げられ、当該領域の研究の画期的な発展に寄与してきた。

 補助金予算額の推移等は表88・89のとおりであるが、四十三年度以降は毎年大幅に増額し、四十七年度は一〇〇億円に達した。

表88 科学研究費補助金額の推移

表88 科学研究費補助金額の推移

表89 科学研究費補助金の申請・採用状況

表89 科学研究費補助金の申請・採用状況

 この科学研究費の運用について、文部省は、配分の基本方針を日本学術会議に諮問し、配分は学術奨励審議会科学研究費分科審議会に諮問し、その答申に基づいて行なっていた。しかし、その後審査の合理化を図る上から、学術審議会に検討を求め、学術審議会は四十二年十二月文部大臣に対し「科学研究費補助金の運用上の改善策について」答申した。文部省は、この答申の趣旨に沿って、四十三年度の補助金から改善策を実施した。

 改善のおもな点は、科学研究費の種目の整理・再編制と配分審査の組織および方法の改革の二点であるが、特に、専門分科ごとに申請一課題に対し、三人の審査委員が個別に内容を検討し、五段階評価制により評点を付する書面審査(第一段審査)と、専門分野別に構成された委員会組織により、審査委員が第一段審査の評点結果をもとにして総合的観点から最終判断を行なう合議審査(第二段審査)のいわゆる二段審査方式を採用したことが大きな改革といえる。

重要基礎研究の推進

 文部省は、研究所の整備・充実、研究体制の整備等の方策を考究することを主眼として、大学学術局に国立大学研究所協議会を設置したが、この協議会は、研究所に関する諸問題について意見を具申するとともに、特殊な研究または重要な基礎研究と考えられる研究事項について具体的に検討し、昭和三十年八月、脳・がん・ウイルス・超高層物理学の研究の推進方策について意見を提出した。そのなかで、いわゆる「目に見えない研究所」という新しい研究体制が提唱され、脳・がんの研究については、文部省で科学研究費に特別のわくを設けるとともに、特色ある研究成果を期待できる大学について、医学部に研究施設の新設を行ない、あるいは研究所の研究部門を整備する等研究組織の整備を行なって全国的に有機的な連絡と総合化を図りながら研究を推進する方策を講じ、新しい構構想の一部を具体化した。

 また、科学研究費においても、三十年以降逐次「総合研究」、「機関研究」において化学・物性・エレクトロニクス・生化学・放射線・がん・アジア地域の社会経済構造・原子力・超高層物理・数理科学・防災科学等の別わく研究あるいは特定分野が設けられ、さらに、三十八年以降は、これら重要基礎研究を前記「特定研究」として取り上げ、重点的に研究費を交付しており、四十六年度では、がん・災害科学・脳障害・情報処理・分子科学・環境問題等の研究が指定されている。

 これら重要基礎研究の領域の選定については、学問自体の発達への内在的要請と外在的な社会的要請との両面について考慮されている。

研究規模の巨大化

 最近の学術研究の特色は、研究活動の組織化・総合化が進み、研究規模が巨大化してきていることである。たとえば、宇宙科学、原子力、原子核の研究のごときは、いずれも過去に例を見ない巨額の経費を必要としており、これらのいわゆるビッグ・サイエンスを遂行する裏づけは、主として国立大学予算のうち特別事業費としてまかなわれている。特に宇宙科学については、国際地球観測年(昭和三十二年~三十三年)を契機として、東京大学においてロケットによる超高層の物理諸現象の直接観測が始められた。その後ロケットと観測器の性能向上に伴い、すぐれた研究成果(X線星の発見など)が生まれているが、さらに科学衛星による科学観測の必要性から、衛星および打ち上げロケットの研究開発が進められ、四十六年九月、第一号科学衛星「しんせい」が実現した。現在までの宇宙科学関係経費(三十年度~四十六年度)は、二五三億八、六四九万円である。

学術情報活動の充実等

 戦後急激に進展する学術に関して、研究の動向、文献資料等に関する情報を組織的・系統的に収集し、提供する必要が痛切となり、昭和二十六年四月、日本学術会議は文部省所轄の下に国立学術情報所を設置することを要望した。これに対して文部省は、二十七年八月、従来学術課の一部で行なっていた学術情報に関する業務を分離して、新しく大学学術局学術情報室を独立させ、学術情報事業の強化を図った。

 戦後、文部省で行なった学術情報に関するおもな業務と施策は次のとおりである。

(一)学術雑誌総合目録の刊行

 国立大学をはじめ各種の研究機関が所蔵する学術雑誌についての学術雑誌総合目録(人文・社会科学および自然科学についてそれぞれ和文編、欧文編)を編集刊行している。

(二)ドキュメンテーション講習会の開催

 学術情報の効率的な収集、処理および利用に関する知識の普及と技術の向上を図るため、三十六年度から、学術情報に関与する者を対象として、ドキュメンテーション講習会を開催している。

(三)文献センターの設置

 三十八年度から四十一年度にかけて、学術文献資料を収集し、広く研究者の利用に供する施設として、外国法文献センター(東京大学)、日本経済統計文献センター(一橋大学)、経営分析文献センター(神戸大学)、東洋学文献センター(京都大学)、東洋学文献センター(東京大学)の五つの文献センターが設置された。

(四)学術用語の制定・普及

 複雑難解な学術用語を整理・統一するため、二十二年以来学術奨励審議会(現在の学術審議会)を中心にこの事業を進め、関係学協会、国語審議会等の協力を得て、これまでに一国の専門分野について制定を終え、文部省編「学術用語集」のシリーズとして刊行し、その普及に努めている。

 また、学術情報に関与する大学図書館等の職員の資質の向上を図るため、大学図書館職員講習会等を三十九年度から開催している。

 なお、学術情報室は四十年四月から情報図書館課に改組されたが、これは新しい大学教育のもとで大学図書館の使命がきわめて重要であり、かつまた学術情報の円滑な流通の上にも大きな役割を負っているにもかかわらずその整備がはなはだ遅れでいたので、大学図書館行政を強化してその近代化を推進するための措置であった。この措置によって、国立大学附属図書館の図書の充実、設備の近代化が、格段に進展するに至った。

 また、学術に関する各種の学術資料を良好に保存し、研究者の利用の便を図ることも、学術行政の重要な業務である。これについても、次のような施策が講ぜられた。

(一)史料館の設置

 戦後の混乱期に、廃棄、散逸のおそれのある近世以降の文献資料を学術史料として収集保存するため、二十六年東京都品川区に史料館を設けた。なお、史料館は昭和四十七年度に創設される予定の国文学研究資料館の組織に組み入れられることになっている。

(二)学術標本等の保存・維持

 国立大学における学術上価値の高い特定の標本の保存・管理の改善を図り、また生物学の研究上必要な動植物等の系統を保存するため特別措置を講じた。

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-- 登録:平成21年以前 --