一 終戦直後の処理

 第二次大戦中、わが国の体育行政機関は文部省と厚生省に分かれ、社会体育については厚生省が所管していたが、終戦直後の昭和二十年九月五日、学徒動員局に吸収されていた体育局が復活し、体育・勤労・保健の三課が置かれ、翌二十一年一月厚生省所管の社会体育行政が文部省に統合され、同局に振興課が設けられることとなり、わが国の体育行政は文部省に一元化された。

 学校体育については、体錬科の内容から軍事的色彩を除去するため、まず、二十年十月銃剣道と教練を禁止し、次いで、同年十一月「終戦に伴う体錬科教授要項(目)取扱に関する件」ならびに「武道の取扱に関する件」の通牒(ちょう)を発し、軍事的色彩をもつ教材の削除、武道(剣道・柔道・なぎなた・弓道)の授業を中止した。特に、武道は戦時中軍事訓練の一つとして戦力増強の立場から取り扱われたということから、教科だけでなく課外の活動としてもその実施を中止した。

 社会体育については、二十一年八月「社会体育実施に関する件」の通達が出され、同時に文部省から「社会体育実施の参考」を公表し、戦後の社会体育振興についての方針を明らかにした。

 学校保健については、二十年九月「臨時身体検査施行に関する件」の通牒を発し、応召ならびに勤労学徒の身体検査を実施させ、次いで翌二十一年二月「学校衛生刷新に関する件」の通牒を発し、終戦直後の環境の不潔と体位の低下に対処し、特に学校衛生を刷新するように指示した。

 学校給食については、前記の「学校衛生刷新に関する件」で、終戦直後の食糧不足が児童の体位に及ぼす影響の重大性にかんがみ未利用の食糧源の利用や食糧自給等による学校給食の普及・奨励が指示された。

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