二 教育審議会と改革の方針

教育審議会の成立

 教育審議会は満州事変後における内外諸情勢の著しい変化に基づいて、教育の制度・内容の全般に関する刷新振興の方策を審議するという重大な使命をもって、昭和十二年十二月に設置された機関である。そののちに行なわれた教育の著しい改革は、ほとんどすべてこの審議会の答申した改革の基本要項に従って実施された。したがって十四年以後の教育を理解するためには、教育審議会の成立の事情と答申に示された改革の方策を明らかにしなければならない。すでに述べたように、学制の改革と教学の刷新とは、昭和初年以来各方面から要望されていたのであるが、満州事変以後はこの要望が急速に強まってきたのである。文部省においてもすでに述べたような方策を講じてきたのであるが、時局の進展は、文教についてのいっそう強力な刷新振興を求めるようになった。八年三月には衆議院において「教育の制度及び内容の革新に関する建議案」が可決され、また十年三月には貴族院において「政教刷新に関する建議案」が可決された。教学刷新評議会は、翌十一年十月に「我が国内外の情勢に鑑み、教学の指導並に文政の改善に関する重要事項を審議するため、内閣総理大臣統轄のもとに、有力なる諮詢機関を設置せられんことを望む」との建議を行なった。

 このように教学刷新と学制改革とは、十年前後における国家の文教方策の基本となるべき重要な問題として注目され、その解決が強く要望されていたのである。ここにおいて、内閣に強力な審議機関を設けて、教育の制度および内容の全般に関する改革の方策を審議することとなり、十二年十二月十日特に上論が付せられた官制の公布によって「教育審議会」が成立したのである。

 官制によれば、教育審議会は内閣総理大臣の監督に属し、その諮問に応じて教育の刷新振興に関する重要事項を調査審議し、あるいはこれらの事項に関して内閣総理大臣に建議することのできる機関であって、総裁一人、委員六五人、臨時委員若干人をもって構成され、文部大臣は会議に出席して意見を述べることができると定められた。総裁には荒井賢太郎(総裁には枢密院副議長をもって充てる慣例となり、のち、原嘉道、次いで鈴木貫太郎が総裁となった。)委員に原嘉道ら六五人が任命された。

教育審議会の審議の経過

 この総会において諮問第一号として「我国教育ノ内容及制度ノ刷新振興ニ関シ実施スベキ方策如何」が示され、それに次のような説明が付されたのである。

 近時ノ学術・文化ノ発展ト内外情勢ノ推移トニ稽へ、教育ノ各方面ニ亘り、刷新振興ヲ図ルコトハ刻下緊切ノ要務ナリトス。依ッテ教育ノ内容及制度ノ全般ニ関スル事項、各種ノ学校教育及社会教育ニ関スル事項、教育行政ニ関スル事項等ニ就キ、一層我ガ国教育ノ本義ヲ徹底シ、国運ノ伸暢ヲ図ルニ必要ナル方策ヲ求ム。

 教育審議会はただちに審議を開始したのであるが、昭和十三年四月十四日の第八回総会において三〇人の特別委員に答申案の作成を付託した。

 特別委員会は田所美治が特別委員長となり、その内容を初等教育・中等教育・高等教育・社会教育・教育行政および財政の五部門に分けて逐次審議を行ない、その具体的答申案の作成はさらに特別委員の中から指名された整理委員を委嘱して進めたのである。整理委員会は各部門ごとに組織され、各部門を通じて林博太郎が委員長として、答申原案の作成に当たった。

 教育審議会は十二年十二月設置以来、十六年十月十三日第十四回総会をもって、審議を終了するに至るまで三年十一月を要したのである。その間特別委員会を開くこと六一回、整理委員会を開くこと一六九回であった。

教育審議会の答申の概略

 教育審議会の答申は初等教育・中等教育・高等教育・社会教育・各種学校その他の事項、教育行政および財政にわたるものであって、それらの各部門の制度・内容・方法などについて詳細な改善の方策を要項としてしるしており、それぞれに改革の趣旨を明らかにしているものである。

 教育審議会はその諮問事項に明らかなように、教育の内容および制度の刷新振興について実施すべき方策を求められたのであるから、あらゆる教育問題についての方策を樹立することができるようになっている。しかし改善の要項として答申されたものは、多くは教育の基本精神と、それに基づく内容および方法の改善に関する事項である。学校制度についてはだいたい従来の構成を基本とし、これを著しく改革するような方策を示してはいない。しかし、制度についてもいくつかの改善方策が提出されているのであって、それらのうち、主要なものとして次の方針をあげることができる。

 (一)国民学校について義務教育八年制の実施を決定したこと。

 (二)政府が先に決定した青年学校義務制を承認し、これを実施するための方策をたてたこと。

 (三)師範学校の修業年限を三か年とし、中等学校卒業程度をもって入学資格とすることに決定したこと。

 (四)中等教育制度に関し、中学校・高等女学校・実業学校をあわせて中等学校と称し、その第二学年以下において相互転校の道を開く方針を決定したこと。

 (五)女子のために女子高等学校の制度を認め、その内容は男子高等学校に準ずるようにしたこと。

 (六)大学令による女子大学を創設し、新しく女子に大学教育を受ける道を開くようにしたこと。

 教育の基本精神およびそれに基づく内容・方法の改善については、詳細な実施の方策が示されている。まず、教育の基本精神としては皇国の道をもととし、よく国家有為の人材を育成する方法をたて、国民として負荷の大任を果たしうる者を錬成することを主眼目とした。この基本精神をもってすべての教育を一貫し、各学校についてもその種別に応じてこれを教育目標として明示し、その実現を期しうるような実際教育の確立を要望している。そしてこの基本精神は教育の内容および方法に関する答申要項のどの部分にも認めることができるのである。

 教育の内容に関しては従来分化していた学科課程を改めて、これを国民生活に即応させて総合的に取り扱い、皇国の道を修錬するという目標に帰一させる方針をとった。国民学校においては、この内容改善の方策に従って教科目の編成に関する方針を詳細に示して、ほかの学校における内容改善の基準とした。中等学校・師範学校・高等学校においても国民学校の方針と同様な教科制度を立てた。高等学校以外の高等教育機関については具体的な方策を示していないが、教育内容に関する基本方針は全く同様であると考えられていた。

 教育方法については、心身を一体とした皇国民錬成の方法を確立することを求めているのであって、国民学校における基礎的錬成を確立する方針、師範学校において特に訓練方法を重視した方針、また中等学校において実践鍛錬および団体訓練を重視した方針、これらはいずれも方法改善についての新しい方針を示したものである。

 教育審議会の答申のうち、社会教育に関しては学校に対する方策とは異なるものが提出されているが、その基本精神は全く同様であって、国民文化の向上を図り、健全有為な国民の修養態勢を作りあげることを眼目としている。その答申においては社会教育の主要な分野を、青年学校・青少年団・成人教育・家庭教育・文化施設の五つにわかち、そのおのおのについて詳細に答申した。

 教育行政については、企画・実施・監督の各部面にわたり、機構の整備・強化とその機能の敏活・公正を企図し、国体の本義に基づく教学の刷新・振興を基本として、行政諸部局の事務の統一と連絡調整に努め、もって各教育機関の全一的指導を全うすることを要望した。教育財政に関しては、教育の刷新振興上重点とするところに対して資源を供給すること、特に学術・文化の向上、体育の発達普及、私立教育機関の助成などのために財政上の援助を図ることが急務であると答申している。

大東亜建設審議会の文教政策

 教育審議会は昭和十六年十月をもって審議を完了し、その答申に基づく残された学制刷新の仕事は、十七年二月設置された大東亜建設審議会によって引き継がれることとなった。大東亜建設審議会は十七年五月に「大東亜建設に処する文教政策」を発表した。この文教政策は大東亜建設に対処する文教基本政策をなした最初のものであり、その後に進展する文教政策の基礎をなすもので、それは同時に高等教育にも至大の関係をもっている。そのうちの「皇国民の教育錬成方策」の部分のみを掲げてみる。

 皇国民の教育錬成方策については国体の本義に則(のっと)り、教育に関する勅語を奉体し、大東亜建設の道義的使命を体得せしめ、大東亜における指導国民たるの資質を錬成するをもって根本義とし、

 一 文武一如の精神を基とし、剛健なる心身の錬成と高邁(まい)なる識見の長養とに努め、知行合一をもって雄渾(こん)なる気宇と強靭(じん)なる実践力とを養い悠(ゆう)久なる民族発展を図る

 二 教育は原則として国家自らこれを運営すべき体制を整備し、もって大東亜建設の経綸(りん)を具現すべき人材の育成に努む

 三 国防・産業・人口政策など各般の国策の総合的要請に基き、一貫せる教育の国家計画を樹立し、学校・家庭および社会を一体として皇国民の錬成を行う教育体制を確立す

 四 学術を振興し、創造的智(ち)能の啓培に努め、科学・技術はもとより広く政治・経済・文化にわたり不断の創造・進展を図る

 五 師道の昂(こう)揚を図るとともに教育者尊重の方途を講ず

 以上の要項を基本方針とし、これにのっとって歴史教育の刷新、敬神崇祖の実践、真の日本諸学に基づく大学の改革、勤労青年教育の充実ならびに母性教育の徹底に重点をおく教育内容の刷新を図り、国家の必要とする人材の養成計画の設定、国土計画の見地よりする学校の地方分散、修業年限の短縮、大学院の整備・拡充、私立学校教育の改善、教育制度の刷新を期す等の方策を決定した。

 この文教政策において注意すべきことは、国防・産業・人口政策などそのほか各般の国策の総合的要請に基づく総合的な教育計画の必要が論じられこれまでの教学刷新を中心とする文教政策が総合的国土計画的な文教政策に切り替えられたことである。

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