一 臨時教育会議における小学校教育改善の方針

臨時教育会議における改善方針の要点

 「小学校教育ニ関シ改善ヲ施スヘキモノナキカ若シ之アリトセハ其ノ要点及方法如何」という諮問に対して、臨時教育会議は大正六年十一月一日、同年十二月六日、大正七年五月一日の三回にわたり、次の諸点に関して答申している。すなわち、第一回の答申は市町村立小学校教員俸給は国庫および市町村の連帯支弁とし、国庫支出金額はその半ばに達すること、および国庫支出金の分配支給は最も有効な方法によることを要望したものであった。第二回の答申は、1)小学校教育の根本方針、2)小学校教員の資格改善、3)視学機関の完備、4)補習教育の改善、5)義務教育年限延長に関する方針の各項に関するものであり、第三回の答申は、1)尋常小学校の学科課程、2)高等小学校の教科目を地方の実情に適切ならしめること、3)小学校の教科書は国定の方針によること、4)小学校教育が中学校入学の準備教育に力を注ぐ弊風を改めること、5)学校教育と家庭および社会との連絡・協力に関するものであった。以上の答申においては小学校教育の改善に関して必要と考えられるあらゆる内容がもうらされており、これらの方策に従って、それから大正末年にかけての初等教育改善の方策が決定されたのであって、答申のおもな内容をたどることによって当時の初等教育改善の方針を明らかにすることができる。

 このうち、第一回の答申は教育費に関するものであって、当時市町村費の中における小学校教育費の著しい増加に対し、教員俸(ほう)給の半ばを国庫から補助して市町村財政を助け、これによって教育財政の基礎を確立しようとする方策を示したものである。小学校教育の改善に関し、まずこのことが答申されたのは、当時の実情において緊急解決を要すべき問題であったからである。

小学校教育方針の確立

 第二回答申の第一項は小学校教育の根本方針に関するものであって、1)小学教育においては国民道徳の徹底を期し、児童の道徳的信念を鞏(きょう)固にし、ことに帝国臣民たるの根基を養うにいっそうの力を用うべきこと、2)児童身体の健全な発達を図るため適切な方法を講ずること、3)知識・技能の教授において児童の理解と応用を主とし、不必要な記憶によって心力を徒費する弊風を一掃すること、4)諸般の施設および教育の方法は画一の弊風を脱して、地方の実情に適切ならしむべきこと、の四つの方針を示している。これらの基本的方針は、小学校令第一条にあげられた目的に関する規定ときわめて密接に連関していて、それを特に強調したようであるが、そのいずれも当時の国民教育一般の趨(すう)勢を基礎として提出された方策であり、第一次世界大戦後における社会情勢に対して特別の意義を持つものであった。すなわち、国民道徳の徹底を期し、児童の道徳的信念を強固にすることは、大戦後の国内・国外の動揺、なかんずく社会思想の勃(ぼつ)興に対してとられた方策であり、これが改善の大眼目となっていたのである。体育の方法に関して改善を要望したのも、第一次世界大戦中において国民の体力が強盛であることが、国家を維持・発展せしめる基礎であることを痛切に感ぜしめられたからである。また、知識・技能に関しては、従来不必要な記憶による詰め込み主義に堕していて、ただちに国民生活の必要に応じ得なかった事情を問題とし、これを改善するための方策を提出したのである。また、教育の施設および方法については、それが国民生活の実際や地方の実情に応じないので、画一的に行なわれていた当時の弊風を打破しようとしたのである。

 また、第二面の答申において、小学校における上級学校入学準備教育に伴う弊害の改善を強く要望したことは、当時中等学校進学希望者の急激な増加により深刻な入学難を生じ、そのため入学試験に対する過度の準備教育が行なわれて小学生の心身をそこなうばかりでなく、小学校教育そのものにも悪影響を及ぼす実情にあったことによるのである。

学科課程の改善と教科書

 答申によれば、学科課程および教科書に関する改善の方策は、教育内容の構成を根本から改めることを要望するものではなく、従来の基本方針を承認して、その取り扱いに関する改善事項を掲げ、これをますます拡充するという方針であった。教科の構成とその内容に関する根本的な吟味およびそれに基づく再編成は、昭和十二年教育審議会成立に至るまで、この点についての方策は提案されなかった。

 尋常小学校に関してはその学科課程を整理・排列し、児童の心身の発達に適応させようとした。ことに第五学年から教科が急激に増加する方針を改めて、地理・歴史・理科のような新たに加えられる教科目はこれを第四学年以下から課して、急激な教科の増加を緩和しようとしている。さらに国史を重視し、それによって国民道徳の振興に資せしめようとして時間数を増加するとともに、その教授方法を改善する必要のあることを指摘している。これは特に当時の思想問題の実情に対処して方法を講じようとしたものである。

 高等小学校については、ここに学ぶものはすでに義務教育を終了し、まもなく実際生活にはいるべきものであるという見地から、教科目の取捨選択の範囲を広くし、実際生活上において必要な教科目を授けるくふうを求めている。特に、農業・工業・商業等の実業に関する教科目は地方の産業生活と最も密接に関係するものであるから、その選択を自由にすることはもちろん、これらの教科内容に関しても大いに取捨伸縮の自由を許し、地方の実情に適切な教科内容の編成を行なうことができるようにし、教育の実際化を図る方針を明らかにした。

 小学校教科書の行政については、明治三十七年来の国定教科書制度はこれを適切な制度と認めたが、教科書の内容に関してはますます改善を加えて、小学校教育の目的を実現するに適切なものとするとともに、内容の排列に関しても相互に均衡を保たせるようにしなければならないとした。また、これらの教科書の改善に際しては小学校の教職にある実際家の経験がじゅうぶん活用されなければならないとした。

義務教育年限延長の方策

 臨時教育会議において義務教育年限延長は議題とされたけれども、年限延長に関してはこれを希望するが、時期尚(しょう)早なりとして採択されなかった。この会議において義務年限の問題が検討された時、わが国の制度では満十四年までを学齢としているが義務教育年限六年をもってしてはまだこれを満たし得ない、六か年の義務教育をもって普通教育を一応終えることがかえって児童の負担となる、欧米における教育制度が多く八か年の義務教育制度を実施していることと比較して、二か年の差があり、特に第一次世界大戦後の各国における教育改革の一方策として義務教育年限延長を唱導している事実があるなどの事情から、わが国においてもこの際適切な方策を樹立すべきであるとして、義務教育年限の延長はこれを全委が希望していたのである。ところが、当時、市町村財政に対して延長に伴う負担の加重が問題であり、さらに本科正教員の俸給をじゅうぶんに支給し得ないこと、さらに児童の父兄に対する負担の加重を考慮した結果、今すぐにこれを実施することが適切でないと判定されたのである。

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