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四 学科課程の整備

「小学校ノ学科及其程度」

 明治十九年の小学校令に基づいて同年五月二十五日「小学校ノ学科及其程度」が定められ、新しい小学校の学科課程の基準が示された。これは小学校令に「小学校ノ学科及其程度ハ文部大臣ノ定ムル所二依ル」(第一二条)と定められていることに基づいて制定されたものである。従前の小学校教則綱領は、これに準拠して府知事県令が地方の実情を考慮して小学校の教則を編成するための基準として定められていたものであるが、「学科及其程度」は文部大臣が直接に教育課程の基準を定め、全国の教育を統一する性質をもつものであった。「学科及其程度」は全文一〇条からなり、尋常小学校および高等小学校の修業年限、学科、学級編制、休業日、毎日の授業時間、各学科の毎週授業時間、各学科の程度などについて定めている。

 まず学科について見ると、尋常小学校の学科は修身・読書・作文・習字・算術・体操とし、土地の状況によっては図画と唱歌を加えることができるとした。次に高等小学校の学科は修身・読書・作文・習字・算術・地理・歴史・理科・図画・唱歌・体操・裁縫(女児)とし、土地の状況によっては英語・農業・手工・商業を加えることができ、唱歌を欠くことができるとした。これを明治十四年の小学校教則綱領と比較すると、読書の中の作文が独立の教科となったこと、高等科の幾何と経済が省かれたこと、工業に代わって手工が設けられ、英語が加えられたこと、自然関係を総合して理科が設けられたことなどが主要な変化である。ことに博物・物理・化学・生理を統合して理科を新しく設け、また英語を加えたことは注目すべきであろう。

 次に各学科の毎週教授時数について小学校教則綱領の小学初等科と尋常小学科を比較すると、算術の六時間は同様であるが、修身の六時間が一時間三〇分に減少し、読書(読方・作文)・習字あわせて一六時間(または一七時間)が読書・作文・習字あわせて一四時間に減少している。一方尋常小学科では唱歌・体操に六時間があてられている。修身の時間数が激減したことは、小学校教則綱領における修身教育に対する考え方と森文相時代の修身教育観との相違を示すものとして注目される。

 各学科の程度については、まず修身について「小学校二於テハ内外古今人士ノ善良ノ言行二就キ児童二適切ニシテ且理念シ易キ簡易ナル事柄ヲ談話シ日常ノ作法ヲ教へ教員身自ラ言行ノ模範トナリ児童ヲシテ善ク之二習ハシムルヲ以テ専要トス」と定めている。ここにも小学校教則綱領との差異を見ることができる。次に読書・作文・習字・算術等について教授内容を示しているが、特に体操については「体操ハ幼年ノ児童ニハ遊戯稍長シタル児童二ハ軽体操男児二ハ隊列運動ヲ交フ」と定めている。この「隊列運動」は二十一年一月の改正で「兵式体操」と改められており、森文相の教育政策と関連をもっているといえよう。

 「小学校ノ学科及其程度」とともに、同日小学簡易科要領が定められ、小学簡易科の学科課程等の基準の要綱が示された。なおこれには、「小学簡易科ハ左ノ要領二依り土地ノ情況ヲ考へ其教則ヲ定ムヘシ」とあり、教則は府県で定めるものとしている。この簡易科要領によれば、修業年限は三年以内とし、学科は読書・作文・習字・算術の四科である。授業時間は毎日二時間以上三時間以下で、その半(なか)ば以上を算術に充てるものと定めている。

小学校教則大綱の制定

 明治二十三年の小学校令では、従前は「学科」と呼んでいたものを「教科目」と称することとした。また学科課程の全体を「教科」と呼び、たとえば「尋常小学校ノ教科ト高等小学校ノ教科トヲ一校二併セ置クコトヲ得」のように用い、三十三年の小学校令ではこれを尋常高等小学校と称した。「教科」および「教科目」についてのこの呼称はその後長く使用された。

 二十三年の小学校令では、教科目についても定め、尋常小学校の教科目は、修身・読書・作文・習字・算術・体操とし、土地の状況によっては体操を欠くことができ、また日本地理・日本歴史・図画・唱歌・手工の一科目もしくは数科目を加え、女児のためには裁縫を加えることができるとした。高等小学校の教科目は、修身・読書・作文・習字・算術・日本地理・日本歴史・外国地理・理科・図画・唱歌・体操とし、女児のためには裁縫を加えるものとした。なお土地の状況により外国地理・唱歌の一科目もしくは二科目を欠くことができ、また幾何の初歩・外国語・農業・商業・手工の一科目もしくは数科目を加えることができると定めている。そして小学校教則の大綱は文部大臣が定めるものとし、府県知事はこれに基づいてその府県の小学校教則を定め、文部大臣の許可を受けることとした。

 右のように、文部大臣が教則の大綱を定め、これに基づいて府県で小学校教則を編成することは、十四年の小学校教則綱領すなわち十九年の小学校令以前の形式であり、この点については文部省の政策の変化を認めることができる。それはともかく、二十三年の小学校令では文部大臣が小学校教則の大綱を定めることと規定されたので、これに基づいて二十四年十一月十七日に省令をもって小学校教則大綱が定められたのである。

 小学校教則大綱には、まず第一条に学科課程の全体に通ずる原則をかかげている。すなわちその第一項において、「小学校二於テハ小学校令第一条ノ旨趣ヲ遵守シテ児童ヲ教育スヘシ」と一般的な基本原則をあげ、次に第二項では「徳性ノ涵養ハ教育上最モ意ヲ用フヘキナリ故二何レノ教科目二於テモ道徳教育国民教育二関連スル事項ハ殊二留意シテ教授センコトヲ要ス」を述べ、すべての教科目に共通して道徳教育と国民教育に留意して教授すべきことを強調している。第三項では「知識技能ハ確実ニシテ実用二適センコトヲ要ス故二常二生活二必須ナル事項ヲ撰ヒテ之ヲ教授シ反覆練習シテ応用自在ナラシメンコトヲ務ムヘシ」と教授方法上の原理をかかげ、最後の第四項においては、「各教科目ノ教授ハ其目的及方法ヲ誤ルコトナク互二相連絡シテ補益センコトヲ要ス」と述べている。

 第二条以下には各教科目の教授要旨、教授内容、教授方法について詳細に示しており、その後の学科課程に関する法令に一つの範型を示した。この教則大綱は教育勅語発布後に定められたものであり、したがってその影響があらわれている。特に修身について顕著に示され、「修身ハ教育二関スル勅語ノ旨趣ニ基キ児童ノ良心ヲ啓培シテ其徳性ヲ涵養シ人道実践ノ方法ヲ授クルヲ以テ要旨トス」と定めている。また教授内容についても「孝悌、友愛、仁慈、信実、礼敬、義勇、恭倹等」の徳目をあげ、「尊王愛国ノ志気」の養成を強調し、女児については「貞淑ノ美徳」の涵養を求めている。

 この教則大綱で注目すべきことは、第二十条に「小学校長若クハ首席教員ハ小学校教則二従ヒ其小学校二於テ教授スヘキ各教科目ノ教授細目ヲ定ムヘシ」と規定したことである。これによって各学校は地域の実情に即応して「教授細目」を定めることとなった。このことについて文部省は次のように説明している。

 「凡小学校二於テ教授スヘキ事項ノ大要ハ小学校教則大綱二従ヒ地方長官二於テ規定スヘキハ勿論ナリト雖モ其細目二至リテハ土地ノ情況二依り取捨増減シテ各其宜シキニ適シ教授ノ時日二応シテ適度ノ分量ヲ定メ相連絡統一センコトヲ要ス故二小学校長若クハ首席教員ハ小学校教則ノ程度二従ヒ教科書ノ有無二拘ハラス前以テ各教科目ノ教授細目ヲ作リ之ヲ学期及各週二配当スルハ頗ル緊要トス是レ第二十条ノ規程アル所以二シテ教授ノ前途之二依リテ明瞭二教授ノ順序方法之二頼リテ秩然タルヲ得ヘキナリ之二加フルニ教授週録ヲ製シ各教科目二就キ毎週教授シタル事項ヲ登録シテ教授上ノ参考二資スルカ如キハ其有益ナルコト固ヨリ論ヲ俟タス乃チ教授細目ハ教授ノ予定ニシテ教授週録ハ教授ノ確定ナレハ之二資リテ繁簡難易ヲ斟酌シテ漸次教授ノ事項及順序方法ヲ改良スルヲ得ヘク又学校監督者ノ巡視アルモ直二其教授ノ既往ノ経歴将来ノ順序等ヲ示スコトヲ得ヘキナリ」

 このように各学校で作成する教授細目および教員の実践記録としての教授週録についてその意義と重要性を述べている。このことは教育課程の編成と教授方法の進歩を示すものであるが、同時に国の基準としての小学校教則大綱、府県の定める小学校教則、学校長の作成する教授細目、そして教員の記録する教授週録という整然とした学科課程の管理組織の確立を意味するものとして注目すべきである。

 小学校教則大綱の制定と討時に毎週教授時間の制限について定め、尋常小学校は毎週一八時以上三〇時以下とし、高等小学校は二四時以上三六時以下と定めている。これは児童の心身の発達を考慮して、児童に過重な負担を負わせないよう配慮したものである。また同時に文部省は通牒(ちょう)をもって府県に対して「小学校各教科目毎週教授時間配当一例」を示している。これによれば、尋常小学校の毎週教授時間は二七時、高等小学校は三〇時を通常とし、各教科目に対する配当例を掲げている。これを十九年の「小学校ノ学科及其程度」と比較対照して示せば上の表のとおりである。

 この表から明らかなように、尋常小学校の場合、修身の時数が増加して体操の時数が減少している点などに相違が見られる。

表12 尋常小学校の教科目別週間教授時数

表12 尋常小学校の教科目別週間教授時数

小学校令施行規則と学科課程

 明治三十三年八月に小学校令が改定されたが、この小学校令と同時に小学校令施行規則が制定され、小学校の制度が整備された。これに伴って学科課程も改訂された。まずこの小学校令では、尋常小学校の教科目は修身・国語・算術・体操とし、土地の状況により図画・唱歌・手工の一科目または数科目を加え、女児のためには裁縫1加えることができるとした。高等小学校では修身・国語・算術・日本歴史・地理・理科・図画・唱歌・体操とし、女児のためには裁縫を加えることとした。また二年制の高等小学校では理科・唱歌の一科目もしくは二科目を欠き、または手工を加えることができ、三年制の高等小学校では唱歌を欠き、または農業・商業・手工の一科目もしくは数科目を加えることができ、四年制の高等小学校では英語を加えることができるとした。この小学校令および小学校令施行規則による改革では、児童の負担を軽減して心身の発育に即応させることを配慮し、教科目の数の減少も図られているが、右においても従前の読書・作文・習字が国語の一科目に統合されている点が注目される。

 小学校令施行規則は、先に述べたように、小学校令の施行に関する細則であるが、その中に従前の小学校教則大綱の内容にあたる教育課程の基準も含まれることとなった。ただしその法制上の性格には重大な変化が認められる。すなわち教則大綱は府県で定める小学校教則の基準を示したものであったが、施行規則の場合は、小学校令中に小学校教則は文部大臣が定めるものとしており、十九年の「小学校ノ学科及其程度」と同じ性質のものとなった。つまり小学校教則の制定権は再び文部大臣に移されたのである。

 小学校令施行規則によれば、毎週教授時数を尋常小学校は一八時以上二八時以下、高等小学校は二四時以上三〇時以下と定めている。この最高時数はいずれも従前より減少している。また各学年の修了または卒業の際には従前は試験を行なっていたのであるが、これを改めて平素の成績を「考査」して認定することとした。さらに小学校で使用する漢字の数を制限し、かなづかいを簡易にしている。これらはいずれも児童の負担を軽減して、心身の発達に即応させ、また教育の実質的な効果をあげようとした施策であるが、同時に当時における就学率の上昇と関連をもっている。

 次に尋常小学校の各教科目の学年別毎週教授時数を示せば上の表のとおりである。なお高等小学校は各学年とも、修身(二)、国語(一〇)、算術(四)、日本歴史・地理(三)、理科(二)、図画(男二、女一)、唱歌(二)、体操(三)、裁縫(三)で計(男二八、女三〇)となっている。

表13 尋常小学校(4年制)の教科目別週間教授時数

表13 尋常小学校(4年制)の教科目別週間教授時数

義務教育年限延長による改正

 明治四十年義務教育年限が延長されたため、尋常小学校の修業年限は六か年、高等小学校は二か年となり、学科課程全般にわたって改訂が行なわれた。まず尋常小学校の教科目は修身・国語・算術・日本歴史・地理・理科・図画・唱歌・体操とし、さらに女児のための裁縫を、また土地の状況によっては手工を加えることができるとした。右のうち日木歴史・地理・理科が新しく加えられたことは年限延長により従前の高等小学校の第一、二学年が尋常小学校の第五、六学年に移されたことによるものである。また手工を重視し、改正の趣旨説明によれば「手工ハ従来教育上ノ効果顕著ニシテ将来ハ必設ノ科目ト為スノ期至ルヘキヲ以テ務メテ其加設ヲ奨励センコトヲ望ム」とあり、これはこのころからの学科課程に対する重点の置き所が変わってきたことを表わしていると見られる。

 高等小学校の教科目は従来と同様な科目のほか、手工・農業・商業の一科目または数科目を加えることとした。また土地の状況によっては英語を加えることができるとし、農業・商業・英語は随意科目となすことができるとした。小学校令の改正と同時に小学校令施行規則の改正を行ない、各教科目の内容に関しては、日露戦争後の諸情勢に基づき検討が加えられている。これを詳細に考察するならば、小学校の学科課程はこの改正をもって一つの時期を画したということができる。尋常小学校および高等小学校の各学年・各教科目の時間配当は前ページに示す表のとおりであり、この学科課程がながくその後の小学校における教科編成の基準となった。

表14 尋常小学校(6年制)の教科目別週間教授時数

表14 尋常小学校(6年制)の教科目別週間教授時数

表15 高等小学校の教科目別週間教授時数

表15 高等小学校の教科目別週間教授時数

 その後高等小学校についてはその教科内容を実際生活にそわせるよう改善する方針をとり、四十三年十二月二十四日の訓令においては、農業または商業の科目の重要性を強調し、四十四年七月三十一日には、小学校令および小学校令施行規則を改正して教育内容の実際化の方針を明らかにした。すなわち高等小学校においては手工・農業・商業のいずれか一つを必修科目として課することとし、またその授業時間数を増して教授の効果を高めようとした。また従来独立の科目としてあった英語を、商業のうちに加えて授けることができるとして、実用上いっそう適切な内容とした。このようにして義務教育が六年となった新制度のもとにおいて、高等小学校が単に尋常小学校教育の延長ではなく、この二か年の教育を国民生活の実際に応ずるように改め、まとまった教育内容を授けることとしたのである。

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