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二 小学校制度の整備

明治三十三年の小学校令

 日清戦争後明治三十年代初頭におけるわが国は、明治維新以来目ざしていた近代国家体制の整備を如実に国民の目の前に示した。それによって国民の自覚も高まり、産業をはじめ社会の各方面にわたってさらに新しい進展を見たのである。わが国の近代生活はその基本構造をその時期において明瞭(りょう)にした。教育の分野においても、近代学校制度の整備について三十年代の初めが重大な意義をもったのである。すなわち三十年代の前半期はわが国の学校制度全般に対する改正が行なわれたのであって、このころに小学校の制度もいっそう整備されることとなったのである。

 明治三十三年八月二十日小学校令が改定公布された。この小学校令は、第一条の目的規定は二十三年の小学校令の第一条をそのまま受け継ぎ、改めていないが、その他の点では全面的な改正を行なっている。全文七十三条からなり、第一章総則、第二章設置、第三章教科及編制、第四章設備、第五章就学、第六章職員、第七章費用負担及授業料、第八章管理及監督、第九章附則の九章から構成されている。またこれに基づいて新しく「小学校令施行規則」が制定され、小学校教育が統一整備されるに至ったのである。

 制度上の最も著しい改革は、尋常小学校の修業年限を四年として従来認められていた三年のものを廃止したことである。これは明治十九年の小学校令制定の際に企図されていた方策が実現したものであって、簡易な初等教育をもって義務教育が修了したとみなすことは、これ以後においては全く許されなくなったのである。この改定小学校令では尋常小学校の年限を四年に統一しただけでなく、将来の義務教育年限延長に備えて、二年制の高等小学校をなるべく尋常小学校に併置することを奨励し、尋常小学校と高等小学校第一・二学年の学科課程の関連を図った。これによって近い将来に義務教育年限六年の制度を実現するための準備としたのである。

 この小学校令および同令施行規則の制定に際し、文部省は訓令を発してその趣旨を説明しているが、修業年限に関して次のように述べている。

 「修業年限ニ於テハ義務教育ノ年限即チ尋常小学校ノ修業年限ハ三年若ハ四年ニシテ此ノ年限内ニ於テ小学校ノ本旨トスル道徳教育及国民教育ノ基礎竝二生活二必須ナル普通ノ知識技能ヲ授クルハ蓋シ為シ難キ所ナリ之ヲ欧州諸国二於ケル義務教育ノ年限ニ比スルニ短キコト三四年ナルノミナラス言語文字ノ学習ニ於テ我ハ彼ニ比シ数倍ノ困難アリ故ニ尋常小学校ノ修業年限ハ之ヲ延長スルノ要アルニ似タレトモ国度民情ニ考ヘ義務教育普及ノ実況ヲ察スレハ未タ遽カニ四年以上ニ延長スルヲ許サヽル事情アリ是ヲ以テ従来三年ナリシモノヲ四年ニ改正スルニ止メラレタリ是レ義務教育ヲシテ今日ノ国度民情ニ適合シ且其ノ普及上支障少カラシメンコトヲ期スルカ為ナリ

 修業年限ノ延長ハ直ニ之ヲ今日ニ実行シ難キモ将来ノ為ニ豫メ其ノ準備ヲ為スハ当ニ務ムヘキ所ナリ従来修業年限ニ長短アルニ拘ラス同一ノ教科ヲ授クルノ制ナリシヲ改正シテ高等小学校ニ於テハ修業年限ニ応シテ其ノ教科目ヲ斟酌スルコトヲ許シタリ故ニ二年ノ高等小学校ノ教科目ヲシテ成ルヘク尋常小学校ノ教科目ト相連絡セシメンコトヲ期シ以テ尋常小学校ニ二年ノ高等小学校ヲ併置スルノ便ヲ図レリ従来補習科ノ名義ヲ以テ高等小学校ニ類似セル教科ヲ置キタル場所ノ如キハ成ルヘク之ヲ二年程度ノ高等小学校ノ編制ニ改メテ尋常小学校ニ併置スルノ方決ヲ講スヘシ而シテ高等小学校ヲ増設スルニ当リテハ資カヲ量ラスシテ濫ニ修業年限ノ長キモノヲ設ケンヨリモ寧ロ二年程度ノモノヽ設量ヲ奨励スヘシ」

 右のように、尋常小学校を四年とし義務教育を四年にとどめたけれども、将来六年に延長する準備として、二年制の高等小学校を尋常小学校に併置することを奨励しているのである。なおこの小学校令では、次に述べるように、義務就学の規定を厳密にしたこと、公立の尋常小学校では特別の場合を除き授業料を徴収してはならないと規定して、義務教育無償の原則を明示したことなど、重大な改革が行なわれている。

義務就学規定の明確化と授業料の廃止

 明治三十三年の小学校令は、日清戦争後における教育振興の気運に乗って小学校教育の著しい整備を企図したものであった。義務教育の就学率は三十年代になってからしだいに高まったのであるが、新しい小学校令には就学の規定を従来よりも明確に掲げ、これを運用して数年間に著しく高い就学率に到達させようとしたのである。すなわち「学齢」については、「児童満六歳ニ達シタル翌月ヨリ満十四歳ニ至ル八箇年」と定め、また就学の始期と終期を明確にし、「学齢児童ノ学齢ニ達シタル月以後ニ於ケル最初ノ学年ノ始ヲ以テ就学ノ始期トシ尋常小学校ノ教科ヲ修了シタルトキヲ以テ就学ノ終期トス」と定めた。次に「学齢児童保護者ハ就学ノ始期ヨリ其ノ終期ニ至ル迄学齢児童ヲ就学セシムルノ義務ヲ負フ」と定め、その「保護者」についても規定を明確にし、「学齢児童保護者ト称スルハ学齢児童ニ対シ親権ヲ行フ者又ハ親権ヲ行フ者ナキトキハ其ノ後見人ヲ謂フ」と定めている。このように就学義務について責任の所在を明確にしたのである。このほか、就学の義務を免除する条項と就学を猶予する条項とを区別して掲げ、病弱または発育不完全等の理由によって就学を遅延させ、結局不就学者となることを防いだ規定や、あるいは雇庸者に対して学齢児童を雇庸することによって就学を妨げてはならないと規定して、義務教育と児意労働の関係をはじめて明確にしたことなどにおいて、義務就学に対する政府の厳重な方策を認めることができる。

 義務就学の規定の明確化とともに、この小学校令において特に注目すべきものは、公立小学校においては原則として授業料を廃止し、義務教育の無償制を確立したことである。すなわち「市町村立尋常小学校ニ於テハ授業料ヲ徴収スルコトヲ得ス」と規定し、特別の事情により授業料を徴収する場合には府県知事の認可を受けなければならないと定めたのである。従前は授業料を徴収することが原則であり、当時の地方財政の窮乏と関連をもって授業料が増額され、これが就学を妨げる重大な原因となっていた。そこで授業料の廃止と義務教育費の国庫補助が当時において教育関係者等の強い要望となっていた。このような状況のもとに、この小学校令においてはじめて授業料廃止の原則が立てられたのである。

 授業料の廃止と関連をもつ義務教育費の国庫補助もこの時期にようやく実現された。すなわち二十九年に「市町村立小学校教員年功加俸国庫補助法」、三十二年には「小学校教育費国庫補助法」が制定され、さらに三十三年にはこれらをあわせて「市町村立小学校教育費国庫補助法」が成立している。右のように義務就学の規定の明確化とともに財政的側面からも義務教育の実施が裏づけられ、義務教育制度の確立を見ることとなったのである。このようにして小学校がいよいよ整備・充実され、やがて義務教育六年制が成立する基礎が固められた。

小学校令施行規則の制定

 明治三十三年八月二十日勅令をもって小学校令が改定公布されたが、その翌日すなわち八月二十一日省令をもって「小学校令施行規則」がはじめて制定された。これは小学校令を施行するために必要な細則を総括的に定めた省令である。従前は小学校令を基本規定として、学科課程については「小学校教則大綱」、設備については「小学校設備準則」などのように、それぞれ独立の省令で定められていたが、小学校令施行規則はこれらを総括・統一し、一つの省令として定めたのである。その点で小学校令施行規則の制定は小学校制度の整備の上から見て画期的な意義をもつものである。なお、その後「中学校令」や「高等女学校令」についても「施行規則」が定められており、勅令による学校令をうけて省令による施行規則を制定する形式は小学校令施行規則に始まっている。

 小学校令施行規則は、十章・二百二十三条および附表からなっている。第一章は「教科及編制」で、「教則」・「学年、休業日及式日」・「編制」・「補習科」・「図書審査及採定」の五節から構成されている。「教則」は学科課程の基準を示したもので、各教科目の教授要旨を掲げ、各学年別の教授の程度、毎週教授時数は別表で示されている。その詳細については後に述べる。次に「学年」は四月一日に始まり三月三十一日に終わると規定し、学年始めを四月とした。二十年代から全国の小学校で四月学年始が実施されていたが、文部省が省令によって明確に定めたのは小学校についてはこれが最初であろう。「編制」は学級編制について定めたもので、一校の学級数、一学級の児童数などについて基準を示している。「補習科」では、目的・教科目・教科書・修業年限などについて定め、「図書審査及採定」は、審査委員会および採定の手続きなどを定めたものである。

 第二章は「設備準則」で、三十二年改正の小学校設備準則の内容がほとんどそのまま取り入れられている。第三章は「就学」で、学齢簿、保護者への就学通知、就学および出席の督促などについて定め、小学校令をうけて義務就学についての細部にわたる手続きが示されている。第四章は「教員検定及免許状」で、教員の検定試験、免許状の授与資格などについて定めている。第五章は「職員」で、学校長および教員の進退、職務および服務、懲戒処分、俸(ほう)給、旅費などについて詳細に規定し、教員の月俸額の基準をも示している。また代用教員についても定めている。第六章は「授業料」で、授業料を徴収する際の授業料月額の基準、授業料の免除等について定めている。第七章は「学務委員」で、学務委員の人数・職務・任期等について定め、第八章は「代用私立小学校」、第九章は「幼稚園及小学校ニ類スル各種学校」、第十章は「附則」である。

 右のように、小学校令施行規則は小学校教育の全般にわたる詳細な規程であり、これによって小学校は著しく整備されるとともに全国的に統一化されることとなった。

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