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第3部   科学技術の振興に関して講じた施策
第2章  科学技術の重点化戦略
第2節  国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化
[1]  ライフサイエンス分野



(1) ライフサイエンスの推進

 ライフサイエンスは,生物が営む生命現象の複雑かつ精緻なメカニズムを解明する科学であるとともに,その成果は,医療の飛躍的な発展や,食料・環境問題の解決につながるなど,国民生活の向上及び国民経済の発展に大きく寄与するものである。

(ライフサイエンス研究の基本的推進方策)

 我が国においては,従来よりライフサイエンスを積極的に推進してきているが,平成13年3月に閣議決定された第2期科学技術基本計画(以下「基本計画」という。)においては,ライフサイエンスは,重点的に推進する必要のある4分野の1つに位置付けられ,重点的・戦略的に取り組むこととされた。

 基本計画を受けて総合科学技術会議では,平成13年9月にライフサイエンス分野の「分野別推進戦略」を策定し,以後5年間の重点領域,研究開発目標及び推進方策を明確化した。本推進戦略においては,「国民の健康を守る」ための技術開発として,{1}活力ある長寿社会実現のためのゲノム関連技術を活用した疾患の予防・治療技術の開発,{2}国民の健康を脅かす環境因子に対応した生体防御機構の解明と疾患の予防・治療技術の開発,{3}こころの健康と脳に関する基礎的研究推進と精神・神経疾患の予防・治療技術への応用,「競争力と持続的発展のための技術開発」として,{4}生物機能を高度に活用した物質生産・環境対応技術開発,{5}食料供給力の向上と食生活の改善に貢献する食料科学・技術の開発,「共通基盤」として,{6}萌芽・融合領域の研究及び先端技術の開発,{7}先端研究成果を社会に効率良く還元するための研究の推進と制度・体制の構築が重点領域として示された。

 こうした基本計画等を踏まえ,文部科学省では,科学技術・学術審議会において,平成14年6月に「ライフサイエンスに関する研究開発の推進方策について」が取りまとめられた。本推進方策においては,先述の重点領域に対応する形で,文部科学省として今後推進していくべき具体的な研究開発課題の抽出を行い,またその一方で,そうした研究開発のための基盤強化及び環境整備の必要性を指摘するなど,国としての長期的視点に立った戦略や我が国の研究開発全体を俯瞰した研究開発推進の具体的な考え方について示している。

(産業化に向けた取組等)

 ライフサイエンスの産業化への取組の強化のため,平成11年1月にバイオテクノロジーの研究開発とその産業化の促進に取り組む旨,関係5大臣(科学技術庁長官,文部大臣,厚生大臣及び農林水産大臣及び通商産業大臣〔いずれも当時〕)が,「バイオテクノロジー産業の創造に向けた基本方針」を申し合わせ,同年7月には,その具体化を図るため,関係5省庁が「バイオテクノロジー産業の創造に向けた基本戦略」を策定した。これらに基づき,さらに平成12年度から,高齢化社会に対応し個人の特徴に応じた革新的医療の実現及び豊かで健康な食生活と安心して暮らせる生活環境を実現するため,ミレニアム・プロジェクトに着手し,平成16年度までに以下の事項を達成することを目標としている。

 1)痴呆,がん,糖尿病,高血圧等の高齢者の主要な疾患の遺伝子の解明に基づくオーダーメイド医療を実現し,画期的な新薬の開発への着手
 2)生物の発生等の機能の解明に基づく,拒絶反応のない自己修復能力を利用した骨・血管等の再生医療の実現
 3)疾患予防,健康維持のための植物の高品質化によるアレルゲンフリー等高機能食物及び農薬使用の少ない稲作の実現

 同プロジェクトの実施に当たっては,第三者の有識者より構成される評価・助言会議が設けられ,プロジェクトの評価が毎年実施されており,また,平成14年度はプロジェクトの中間年にあたるため,中間評価が行われたところである。

 さらに,平成14年7月より内閣総理大臣主宰のBT(バイオテクノロジー)戦略会議が開催され,12月には,2010年(平成22年)を見据え,{1}研究開発の圧倒的充実,{2}産業化プロセスの抜本的強化,{3}国民理解の徹底的浸透の3つの戦略とこれらについての具体的な行動計画を示した「バイオテクノロジー戦略大綱」が決定された。この戦略の策定に当たって,総合科学技術会議においても,研究開発について専門的な立場から検討し,同年12月に「BT研究開発の推進について」が取りまとめられた。その内容は,この戦略大綱にも反映されている。

(ライフサイエンスの分野別研究の推進)

{1}ゲノム科学研究の推進

 平成12年6月に,人間の遺伝情報であるヒトゲノムの解読作業を進めてきた日米欧などの科学者の共同チームである国際ヒトゲノムシーケンス決定コンソーシアムが,ヒトゲノムの全塩基配列の約90%の概要解読を終了したことを発表し,さらに平成13年2月には,概要解読の解析結果を発表した。我が国が中心となって解読を進めたヒトの21番,22番染色体については,DNA塩基配列の精密な解読を完了し,疾患に関連する遺伝子を発見するなど,その成果が高く評価されている。また,平成12年12月に,科学技術会議政策委員会ポストゲノムの戦略的推進に関する懇談会において「ポストゲノム戦略の推進について」(以下「ポストゲノム戦略」という。)が取りまとめられ,ポストゲノム研究として早急に取り組むべき,基本的な戦略が示された。

 同コンソーシアムでは,平成15年4月にヒトゲノムの30億の塩基配列の精密解読を終了することを目標に,取組を進めており,我が国においても関係研究者による解読完了の報告や記念シンポジウムの開催等を実施することとしている。

 文部科学省においては,国際的取組の一翼を担い,ヒトゲノムの精密解読の完了に貢献してきたところであるが,ポストゲノム戦略を踏まえて,ゲノム創薬等につながるタンパク質の構造・機能解析や,個人個人の遺伝情報を活用した革新的な医療技術の開発等のポストゲノム研究の着実な推進に努めている。また,ミレニアム・プロジェクトの一環として,科学研究費補助金や,未来開拓学術研究推進事業により,大学等における本分野の基礎研究の重点的な推進を図っている。平成14年度には,理化学研究所においては,ヒトのモデル動物として医学的に重要な役割を果たすマウスについて,その完全長cDNA( )の60,770クローンの塩基配列及び機能情報を公開した。

 厚生労働省では,平成12年度から,ミレニアム・プロジェクトの一環として,痴呆,がん,糖尿病,高血圧,ぜん息等の高齢者の主要な疾患に関連する遺伝子の解明により,病気の予防,治療法の確立や画期的新薬の開発を目指した研究開発を推進している。また,平成14年度からは,萌芽的先端医療技術推進研究として,近年のゲノム科学の急速な進展を踏まえ,医薬品候補化合物等について,迅速・効率的に安全性(毒性,副作用)を予測する基盤技術(トキシコゲノミクス)に関する研究開発に着手した。

 農林水産省では,農業生物資源研究所等を中心に,イネ,動物等を対象として,イネいもち病抵抗性遺伝子等農業生産上有効な遺伝子の単離,DNA利用技術の開発及びその成果を体系的に収集・蓄積・提供するジーンバンク事業を実施している。特に,イネ・ゲノム研究は主要穀物をはじめとする作物研究の基礎となる重要なものであり,世界に先駆けて平成3年度から着手している。平成10年度からは,イネ・ゲノムの全塩基配列解読及び有用遺伝子の機能解明を中心とする第2期イネ・ゲノム研究を推進しているが,これについてはミレニアム・プロジェクトにも位置付けられており,世界的な評価を受けている。

 特に,イネの全塩基配列の解読については,日本がリーダーとなり,10の国と地域からなる国際コンソーシアムで推進しているが,我が国は解読の約6割を担当する等,中心的役割を果たしており,我が国の主導の下,重要部分の高精度解読を終了するに至り,平成14年12月18日,小泉総理が世界に向けた解読宣言を行った。

 また,平成11年度から開始した,「イネ完全長cDNAライブラリーの整備事業」により,平成14年度までに約3万種のイネ遺伝子を収集している。

 経済産業省では,産業技術総合研究所におけるゲノム機能の研究・技術開発,製品評価技術基盤機構における産業有用微生物のゲノム解析等を実施しているほか,新エネルギー・産業技術総合開発機構を通じ民間活力を利用することにより,遺伝子情報解析のための技術開発等を行っている。なお,「ヒト完全長cDNA構造解析」により平成13年度までに新規ヒト遺伝子3万個の取得を終了し,現在その解析を実施中である。

 環境省では,独立行政法人国立環境研究所において,生物多様性の保全研究及び有害化学物質による健康影響研究へのゲノム技術の活用に関する研究を行っている。


■注 cDNA:complementary DNA(相補デオキシリボ核酸)の略。

メッセンジャーRNA(mRNA)を鋳型に逆転写酵素などによってつくられたDNAのことを示す。cDNAはDNAのうち遺伝子領域のみにより構成され,完全長cDNAは,ひとつの遺伝子情報をすべて含んだもの。

a)タンパク質の構造・機能解析の推進

 タンパク質の構造・機能解析は,その研究成果が医療への応用や産業利用へ直結することから,ポストゲノム研究の中でも最も重要な分野の1つである。

 文部科学省では我が国発のゲノム創薬等の実現を目指し,平成14年度より,世界有数の設備である大規模NMR(核磁気共鳴装置)施設やSPring-8(大型放射光施設)を活用するなど,産学官の研究能力を結集して,約1万種といわれるタンパク質の基本構造のうち約3分の1(3,000種)以上について構造・機能解析を行うとともに,その成果の特許化を行う「タンパク3000プロジェクト」を推進している。


 農林水産省では,イネ・ゲノム研究の1つとしてイネタンパク質の網羅的な解明研究を推進しており,ゲノム解析センターにおいて,遺伝子からタンパク質を発現させ,その立体構造等を既知のタンパク質と比較することで機能を予測する研究を行っている。

 経済産業省においては,生物情報解析研究センターに産学官の研究者を結集させ,生体内で特に重要な役割を果たしていると考えられている膜タンパク質の構造解析に関する研究開発「生体高分子立体構造情報解析」やヒト完全長cDNA構造解析から得られた成果を活用しヒト新規遺伝子の機能解析を進めるため「タンパク質機能解析」等の研究開発を行っている。

 厚生労働省では,メディカルフロンティア戦略の一環として,働き盛りの国民にとっての2大死因であるがん及び心筋梗塞,要介護状態の大きな原因となる脳卒中,痴呆,骨折について,予防と治療成績の向上を果たすため,質の高い大規模臨床試験の実施,疾患関連タンパク質の機能や相互作用等の解明に関する研究開発を進めている。

b)バイオインフォマティクスの推進

 近年のゲノム科学研究の進展によって大量に生み出されたゲノム関連情報を効果的に活用する手段として,ライフサイエンスとIT(情報技術)との融合分野であるバイオインフォマティクスの推進が重要である。

 文部科学省においては,科学技術振興事業団バイオインフォマティクス推進センターにおいて,バイオインフォマティクスの展開に不可欠なデータベースの高度化・標準化・拡充や,生物系と情報系の研究者の協働によるゲノム解析ツール開発等を実施しているほか,世界3大拠点の1つである,国立遺伝学研究所が運営するDDBJ(日本DNAデータバンク)をはじめとするゲノム関連データベースの整備を進めている。また,ミレニアム・プロジェクトの一環として,科学研究費補助金等により,大学等における本分野の基礎研究の重点的な推進を図っている。さらに,平成14年度には科学技術振興調整費により,大学及び国立研究機関等を対象としたバイオインフォマティクス分野の人材養成に係るプログラムを実施した。

 農林水産省においては,イネ・ゲノム研究の1つとして「イネ・ゲノムシミュレーターの開発」研究に取り組み,イネ・ゲノム研究からもたらされる塩基配列データ,有用遺伝子機能解析データに加えて,従来からのイネ育種学,栽培学研究データ等を相互に関連付け統合し,コンピュータ上でイネ等農作物の品種改良を可能とする仮想実験システムの開発が行われている。

 経済産業省においては,平成12年度より膨大なバイオテクノロジー関連のデータやミレニアム・プロジェクト等の成果を研究や産業化に活用できるよう,独自の情報や高度検索・解析ツールを付加したデータベース(統合データベース)の構築を実施している。また,マイクロサテライトやSNPs( )等の遺伝子多型情報から,効率的に疾患等に関連する遺伝子の探索が可能となるソフトウェア等の整備を実施するため「遺伝子多様性モデル解析事業」を平成12年度(補正予算)より実施している。


■注 SNPs:Single Nucleotide Polymorphisms(一塩基多型)の略。ゲノム上の塩基配列の中で人種や個人(例えば健康な人と病気の人)で異なる塩基を持っている現象及びゲノム上のその部位。

c)遺伝子多型研究の推進

 疾患に関連する遺伝子を解明し,個人個人に合った効果的な医療の実現を目指し,各省において以下の研究開発を推進している。文部科学省では,理化学研究所遺伝子多型研究センターにおいて,ミレニアム・プロジェクトの一環として,疾患関連遺伝子の探索を実施するとともに,東京大学医科学研究所と科学技術振興事業団との共同研究により,ヒトの一塩基多型(遺伝情報の個人差,SNPs)の探索を実施し,平成15年3月現在,JSNPデータベース( )を通じて,約20万か所のSNPsのデータを公開している。また,経済産業省では,探索されたSNPsのデータについて,東京大学医科学研究所と社団法人バイオ産業化コンソーシアム(JBiC)が共同で遺伝子多型の頻度解析(アレル頻度の解析)を実施し,現在,JBiCバイオデータベースシステム及びJSNPデータベースを通じて,SNPsの場所のデータと併せて公開されている。これら我が国のSNPs解析における速度と精度は,世界最高水準であり,特に遺伝子領域におけるデータは,将来のテーラーメイド医療実現に不可欠なものとして注目されている。さらに,科学研究費補助金において,本分野における大学等の基礎研究の重点的な推進を図っている。

 厚生労働省では,ミレニアム・プロジェクトの一環として,痴呆,がん,糖尿病,高血圧及びぜん息等の疾患関連遺伝子並びに薬剤反応性関連遺伝子の遺伝子多型の探索を推進している。

 また,農林水産省では,平成14年度より遺伝子多型を活用した効率的な農作物の品種育成システムを開発することを目的として,農作物のSNPsマーカー開発を行っている。


■注 JSNPデータベース:ミレニアム・プロジェクトの一環として,東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターと科学技術振興事業団との共同推進による,ヒトゲノム全体に分布する遺伝子領域中のSNPsに関するデータベース(http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp)。

{2}脳科学研究の推進

 脳科学研究は,多くの可能性を秘めている大きなフロンティアであり,積極的な研究開発が進められてきており,その成果を通じて,社会生活の質の向上や医学の向上,新技術・新産業の創出につながることが期待される分野である。このため,平成9年5月には,科学技術会議ライフサイエンス部会脳科学委員会が,我が国の脳科学研究推進に関する長期計画として,「脳に関する研究開発についての長期的な考え方」を取りまとめ,同計画に基づいて,我が国における脳科学研究の大幅な強化が図られ,「脳を知る」,「脳を守る」,「脳を創る」領域を柱として,府省の枠を超えた多くの大学,国立試験研究機関の能力を最大限に活用した研究開発が進められてきた。

 文部科学省では,「脳を知る」,「脳を守る」,「脳を創る」等の分野の研究として,理化学研究所脳科学総合研究センターや,科学技術振興調整費及び科学技術振興事業団の公募型研究推進事業を活用し,脳研究を推進している。また,ミレニアム・プロジェクトの一環として,科学研究費補助金により大学等における研究の重点的な推進を図っている。

 さらに,厚生労働省では,「脳を守る」分野の研究として,アルツハイマー病等の精神疾患やパーキンソン病等の神経疾患の病態解明や治療法の開発に向けた研究が進められているほか,農林水産省の家畜の脳神経系機能研究,総務省の生命の情報通信機能の解明と適用の研究等の研究が各府省において実施されている。

 また,我が国が昭和62年6月のベネチアサミットにおいて提唱したヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)においては,「国際」「学際」「若手重視」の原則に基づき,脳機能をはじめとする「生体の複雑な機能」の解明に寄与する研究を対象に,国際的枠組みによる研究助成が行われている。

{3}発生・分化・再生科学研究の推進

 発生・分化・再生領域の研究は,個体が創られていくプログラム,生物が個体として総合的に機能するルールといった高次の生命現象が産み出される基本メカニズムの解明及びその応用につながるものである。特に,近年の幹細胞研究の急速な進展やES細胞(胚性幹細胞)の作成技術の確立に伴い,拒絶反応のない細胞移植技術の開発(骨髄・皮膚等)等,再生医療面での応用の見通しが具体的に立ちつつある。

 文部科学省においては,理化学研究所発生・再生科学総合研究センターにおいて,ミレニアム・プロジェクトの一環として,生物の発生・分化・再生の基本メカニズムを解明し,先進的な再生医療に資するための研究を実施するとともに,戦略的創造研究推進事業や未来開拓学術研究推進事業などの競争的資金により,大学等における発生・分化・再生研究の推進を図っている。

 さらに,厚生労働省では,再生医療の実現に資するため,ミレニアム・プロジェクトの一環として,厚生科学研究費補助金において,脳こうそく,床ずれ,骨折等の高齢者の主要な5大疾患の発生機構の解明に関する研究を推進するとともに,国立研究機関(国立がんセンター,国立精神・神経センター等)を中心として移植後の拒絶反応の回避や,ヒト体細胞が有する自己修復メカニズムを用いた後遺症の回避等に関する研究を行っている。

 経済産業省では,平成14年度より再生医療の実用化を支援する機器開発を進めており,(財)先端医療振興財団を中心に,ヒト幹細胞の増殖・分化過程を遺伝子レベルで人為的に制御・培養する技術及びそのための機器の開発を実施している。


{4}植物科学研究の推進

 ゲノム科学の発展に伴い,植物ゲノムの構造・機能解析も進展しつつあり,これらの成果をもとに植物機能をコントロールすることにより,食生活の向上等に資する植物を開発することが期待されている。

 イネ・ゲノム研究は主要穀物をはじめとする作物研究の基礎となる重要なものであり,農林水産省は,イネ・ゲノムの全塩基配列解読及び有用遺伝子の機能解明,特許化を中心とする第2期イネ・ゲノム計画を推進しており,世界的な評価を受けている。

 イネの全塩基配列の解読については,日本がリーダーとなり,10の国と地域からなる国際コンーシアムで推進してきたが,外国企業等がイネ・ゲノム塩基配列の概要解読を終了したとの発表を受け,平成13年8月,当初計画を2年余り前倒しし,その加速化を図ることとした。

 この結果,平成14年12月18日,イネ・ゲノムの重要部分の高精度解読を終了し,小泉総理大臣から世界に向けて解読宣言が行われた。国際コンソーシアムの解読データはHP上で公開されており,穀物ゲノム研究における最重要な情報資源(ゴールデンリファレンス)として世界中の研究者に閲覧されている。

 なお,農林水産省では,塩基配列の解読と並行し,ポストゲノムシーケンス研究を進めており,農業生物資源研究所を中心に,遺伝地図・ミュータントパネル等の手法により,平成14年度末現在,40以上のイネ有用遺伝子を単離・機能解明している(平成16年度末までに100個以上単離・機能解明する予定)。

 文部科学省では,理化学研究所植物科学研究センターにおいて,ミレニアム・プロジェクトの一環として,植物における分子・細胞・個体・集団レベルにおける植物の高次機能と遺伝子の関連性に関する研究を実施している。また,未来開拓学術研究推進事業により植物遺伝子研究の推進を図っているほか,大学等において広範な基礎的研究が実施されている。

{5}バイオリソースの整備

 バイオリソースは,遺伝資源の保存のみならず,新たな研究領域の活動をひらく上で重要なものであり,国家的視点に立って開発,収集,保存,提供を進めていく必要がある。

 文部科学省では,平成14年度から,実験動植物(マウス等)や各種幹細胞,各種生物の遺伝子材料等のバイオリソースのうち,国が戦略的に整備することが重要なものについて,体系的に収集,保存,提供等を行うための体制を整備することを目的として,ナショナルバイオリソースプロジェクトを実施している。

 厚生労働省では,国立医薬品食品衛生研究所(細胞)及び国立感染症研究所(遺伝子)にマスターバンクを設置(これらの統合も視野に入れ平成13年度より「医薬基盤技術研究施設」を整備中)し,医学,薬学分野の研究に必要なヒトや動物由来の培養細胞及び遺伝子の収集・保存を行うとともに,(財)ヒューマンサイエンス振興財団を通じ,研究者等に提供している。なお,同財団では,生命倫理問題にも配慮しつつヒト組織の分譲を開始した。また,薬用植物の収集・保存及び提供,医学実験用カニクイザル等の繁殖・供給を行っている。

 農林水産省においては,ジーンバンク事業として農林水産業等に係る植物,動物,微生物,林木,水生生物及びDNA等の生物遺伝資源について,収集,分類・同定,特性評価及び増殖・保存を行うとともに,生物遺伝資源及び生物遺伝資源情報を国立試験研究機関,独立行政法人,民間,大学等に提供している。また,イネ・ゲノム研究等の成果であるゲノムリソースの整備を進め,保存及び民間等への提供体制の一層の充実を図ることとしている。

 また,経済産業省では,我が国における中核的な微生物等の生物遺伝資源機関として,製品評価技術基盤機構に生物遺伝資源センターを設置し,生物遺伝資源の探索,分離,収集,同定等を行い,これを保存するとともに,これらの資源に関する情報(微生物学の系統的位置付けに関する情報,塩基配列情報,遺伝子に関する情報等)を収集・整理し,生物遺伝資源と併せて提供を行っている。また,この一環として,東南アジアの生物遺伝資源へのアクセスを確保するため,生物多様性条約を踏まえた取組を行っている。

 環境省では,絶滅のおそれのある野生生物の細胞等を保存する環境試料タイムカプセル化事業を平成14年度より実施している。また,独立行政法人国立環境研究所においては,藻類の収集・保存・提供及びデータベースの構築を行っている。

{6}食料科学・技術

 食料安全保障や豊かな食生活の確保のためには,農林水産物の安定的・持続的な生産・流通システムの構築を図るとともに,国民の健康増進に寄与する機能性食品の開発等を推進していく必要がある。

 このため,農林水産省において,麦,大豆,飼料作物等食料自給率の向上に資する農作物の新品種育成と生産技術の開発,クローン等畜産関係技術の開発等を引き続き促進しており,さらに平成14年度から,生鮮野菜の輸入急増に対応するため,栄養・機能性成分に富んだ野菜の新品種育成や品種判別技術の開発等を行うとともに,新たな機能性食品の開発に資するため,食品素材の組合せによる生体調節機能の解明等に関する研究の加速化を図っているほか,バイオマーカー(簡易な生物指標)等を活用して食品の持つ効能を科学的に評価し,健康維持に効果のある食品の製造技術の開発を支援している。

 また,食の安心・安全の視点に立って,羊のプリオン病研究の成果をもとに,農業技術研究機構動物衛生研究所,大学等において取り組んでいるBSE(牛海綿状脳症)研究については,英国との共同研究の実施等を通じて強化を図っている。

 厚生労働省においては,バイオテクノロジーを応用した健康の維持増進に役立つ高機能食品の開発のための基礎的研究を行うとともに,遺伝子組換え食品等の安全性に関する調査・研究を引き続き行っている。

{7}がん関連研究の推進

 がんは我が国の総死亡数の約30%を占めており,現在,「がん克服新10か年戦略」(平成5年6月がん対策関係閣僚会議において決定)に基づき,がんの本態解明及びその研究成果を活かした新しい予防法・診断法・治療法の解明を進めている。

 本戦略の下,文部科学省においては,放射線医学総合研究所で難治性がんに対する画期的な治療法として期待されている重粒子線がん治療装置の臨床試験を行っているほか,ミレニアム・プロジェクトの一環として,科学研究費補助金により大学等における研究の重点的な推進を図っている。

 厚生労働省においては,肺がんの早期発見に資するヘリカルCTの開発や,内視鏡による,患者の負担の少ない安全ながん治療法の開発などが行われた。平成13年8月に,両省は,「今後のがん研究のあり方に関する有識者会議」を設置し,従来のがん研究の成果を総括するとともに,平成15年3月「今後のがん研究のあり方について」を取りまとめた。「がん克服新10か年戦略」後のがん研究の中長期的な方策については,同取りまとめをもとに検討が進められる予定である。

{8}免疫・アレルギー・感染症研究の推進

 免疫・アレルギー・感染症研究の推進については,国民の30%が悩んでいると言われる花粉症,アトピー性皮膚炎,関節リウマチ等の免疫・アレルギー疾患の根治的治療法の創出や,感染症の克服のため,従来のアプローチに加え,免疫学との更なる連携の下,総合的な研究を推進する必要がある。

 文部科学省では,こうした状況を踏まえ,理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターにおいて,免疫性疾患の抜本的対策の開発に向けて,免疫システムの基礎的・総合的解明のための研究を行っている。また,科学研究費補助金においても大学等における本分野の基礎研究の重点的な推進を図っている。

 また,厚生労働省においては,リウマチ,気管支ぜん息,花粉症,アトピー性皮膚炎等の免疫・アレルギー疾患の病態解明や治療法の開発に向け,国立相模原病院に臨床研究センターを設置するとともに,主に臨床面に重点を置いた研究を推進している。

{9}その他の研究開発等の推進

 生物は一般に,効率的にエネルギーを変換することが可能であり,常温常圧の反応でエネルギー消費が少ないことから,経済産業省では「生物機能活用型循環産業システム創造プログラム」として,ゲノム情報に基づき生物機能を有効に活用し,産業システムへの利用を拡大するための基盤技術の開発に着手した。

 また,生物機能の多様な側面で重要な働きをしていると考えられている糖鎖についても,文部科学省では,補正予算の活用等により,大学等における施設・設備の整備等研究基盤の強化を進めてきている。経済産業省では,糖鎖の自動合成装置や糖鎖合成関連遺伝子の網羅的取得機能解析に向けた研究開発を実施している。

 なお,ライフサイエンス分野の研究開発については,特定の地域の優れた研究能力を活用・強化することによって,効果的な推進が図られるものもあり,平成13年8月,都市再生本部における都市再生プロジェクト第2次決定において,「大阪圏におけるライフサイエンスの国際拠点形成」が,また,平成14年7月における第4次決定では,「東京圏におけるゲノム科学の国際拠点形成」が盛り込まれた。文部科学省では,同決定に従い,大学等における施設・設備の充実や,産学官連携によるトランスレーショナルリサーチ(基礎研究から応用研究までの橋渡し研究)等の推進により,ライフサイエンス研究拠点形成や各拠点間の相互連携体制の構築に取り組んでいる。また,厚生労働省では,大阪圏において,画期的な医薬品等の開発に関する基盤技術の拠点的研究機関の整備等を進めている。

 平成14年度に実施された主なライフサイエンス研究を各府省別にまとめると, 第3-2-1表 のとおりである。

第3-2-1表 ライフサイエンス分野の主な研究課題(平成14年度)


(2) 生命倫理・安全に対する取組

(生命倫理問題に関する取組)

 近年のライフサイエンスの急速な発展は,医療等の分野に革新的成果をもたらすことが期待される一方,新たに人の尊厳や人権にかかわるような生命倫理の問題を生起させる可能性がある。このため,それらの問題に適切に対応すべく,総合科学技術会議の生命倫理専門調査会においては,生命倫理に関する基本方針や重要事項についての調査・検討を行っており,文部科学省等においては,必要な法令・指針等を整備するとともに,適宜検討を行っている。

 ヒトクローン技術に関しては,文部科学省において,「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」(平成12年法律第146号)及び同法に基づく,「特定胚( )の取扱いに関する指針」(平成13年文部科学省告示第173号)により,クローン人間の産生禁止及び人クローン胚等の適正な取扱いの確保を図っている。

 なお,同法附則第2条に基づき,「ヒト受精胚の人の生命の萌芽としての取扱いの在り方」について,総合科学技術会議生命倫理専門調査会で調査・検討が進められている。

 また,国連において,人クローン個体の生成を国際的に禁止する条約の策定について検討が行われており,我が国は,従来から,その検討に積極的に取り組んでいる。平成14年9月には条約作成のための作業部会が開催され,我が国は,条約を早期に策定するため,条約の範囲を世界各国が意見の一致をみている人クローン個体の生成の禁止に限定するとの独仏の提案を支持したが,人クローン胚研究も禁止すべきとする意見もあり,今後更に検討することとなっている。

 ヒトES細胞( 注1 )研究に関しては,文部科学省において,「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」(平成13年文部科学省告示第155号)に基づき,樹立計画及び使用計画について,指針への適合性の審議等を行っている( 第3-2-2図 )。平成14年4月には我が国で初めて,樹立計画及び使用計画の指針への適合性を確認した。

第3-2-2図 ヒトES細胞の樹立及び使用の流れ

 疫学研究( 注2 )に関しては,大量の個人情報を収集・利用し,比較的長期にわたり当該情報を保存することもあり,研究対象者の人権の保護や情報の適切な管理等が必要となることから,文部科学省及び厚生労働省が共同で,平成14年6月に「疫学研究に関する倫理指針」(平成14年文部科学省・厚生労働省告示第2号)を策定した。


■注 特定胚:ヒト胚分割胚,ヒト胚核移植胚,人クローン胚,ヒト集合胚,ヒト動物交雑胚,ヒト性融合胚,ヒト性集合胚,動物性融合胚及び動物性集合胚の9種類をいう。


■注1 ヒトES細胞:人の体のあらゆる部分に分化する可能性を持つ万能細胞であることから,医療への応用が期待される一方,ヒトの受精卵を滅失して樹立(作成)されるという倫理的問題がある。


■注2 疫学研究:疾病のり患をはじめ健康に関する事象の頻度や分布を調査し,その要因を明らかにする科学研究をいう。

(ライフサイエンスにおける安全性の確保への取組)

 組換えDNA技術は,基礎生物学的な研究はもとより広範な分野において応用されている技術であるが,生物に新しい性質を持たせるという側面がある。文部科学省では,「組換えDNA実験指針」(平成14年文部科学省告示第5号)に基づき,組換えDNA実験の安全性確保を図っている。また,この指針において,高等学校等でも初歩的な組換えDNA実験が取り組めるよう配慮した「教育目的組換えDNA実験」の枠組みを新たに設け,この枠組みの下,スーパーサイエンスハイスクール実施校等において取組がなされた。

 産業応用分野においては,この技術により得られた遺伝子組換え生物の利用目的に応じて,厚生労働省,農林水産省,経済産業省において,安全確保のための指針の運用をそれぞれ行っている。また,遺伝子組換え技術の実用化に当たっては,国民の理解を得ることが重要であることから,農林水産省では,パンフレットの配布や研修会の開催等を行うとともに,組換え体の安全性等に関する市民からの要請・提案にこたえていくための取組として,「遺伝子組換え農作物を考える市民会議」を開催し,得られた市民の提案を参考とした調査研究を実施している。

 さらに,遺伝子組換え生物等の使用等による生物の多様性への影響を防止するための国際的な枠組みである「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」( 注1 )については,早期締結に向けて,必要な国内措置を講ずる法律案について関係省の連携の下で検討を進めている。

 遺伝子治療( 注2 )の確立を目的とする臨床研究については,文部科学省及び厚生労働省が共同で策定した「遺伝子治療臨床研究に関する指針」(平成14年文部科学省・厚生労働省告示第1号)に基づき,研究実施計画の指針への適合性の確認等を行っており,研究の科学的妥当性及び倫理性の確保を図っている。


■注1 バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書:生物多様性条約の下,平成12年1月に採択された。議定書の目的は,生物の多様性の保全等に悪影響を及ぼす可能性のある遺伝子組換え生物について,特に国境を越える移動に焦点を合わせて,その安全な利用等の分野において,十分な水準の保護を確保することである。議定書は,50か国の締結後90日目に発効することとされている(平成15年3月4日現在で,44か国及び欧州共同体が締結している)。


■注2 遺伝子治療:疾病の治療を目的として,遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与する治療法をいう。現段階では確立された治療法ではなく,臨床研究の一環として実施されている。


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