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第1部   これからの日本に求められる科学技術人材
第3章  科学技術人材の育成・確保のあり方
第2節  創造性に富む科学技術人材の育成
[2]  社会のニーズに適合した科学技術人材の育成



(1) 企業における人材ニーズの変化とそのニーズへの対応

 ここでは,社会のニーズとして,経済活動を支える企業が求める研究者についての要求と,科学技術人材の中でも,大学等の教育機関により育成されて企業に採用される研究者との関係を資質面から取り上げることにする。

(企業からみた大学院の評価)

 近年,研究開発期間の短縮化や,グローバリゼーションの進展に伴う国際競争の激化によって,企業の研究開発活動の戦略が変化しつつある。人材の育成・確保についても,これまでは企業内教育が重視され,大学での教育が軽視されてきたが,近年は企業においても,より即戦力の人材を求める傾向が増えてきたと言われている。また,企業における研究活動の水準の向上に伴い,高度に専門化された知識・技術を有する博士の活躍が,我が国全体の科学技術の進展にとって今後ますます重要になってくると考えられる。

 我が国の研究者の6割が所属し,多くの大学院学生の受入先でもある民間企業の側からは,大学院新卒採用者の資質が期待していたレベルよりも下回るという厳しい意見が見られる( 第1-3-64図 )。具体的には,特に大学院の教育内容に関連するものでは,「専門分野における研究の企画・立案,実験,データ処理,論文作成等の実践教育が不十分」,「指導教官の研究補助的な作業が多く自らの研究経験が不足している」といった意見が挙げられており,研究者の資質として重要な「独創性」や「創造性」を育むための教育に企業が満足していない状況がうかがえる( 第1-3-65図 )。

第1-3-64図 大学院新卒採用の研究者に期待する資質とその評価

第1-3-65図 大学院新卒採用者の資質が期待を下回る理由

 このほかにも,大学教育では時に博士課程の教育内容が狭い分野に限られ,しかも学生が主体となって研究を遂行するような教育方法になっていないとの批判があり,企業から大学・大学院の学生への教育に望むこととして,「知識を与えるよりも,考える力をつけさせる」,「入試を単に知識の量を評価する形から,思考力,関心,素質などを多面的に評価する方式に変える」等,知識偏重の教育内容からの脱却を望む声が多く挙げられている( 第1-3-66図 )。

第1-3-66図民間企業が大学・大学院に望むこと

 また,インターンシップ制の拡大や民間人講師の活用など教育面での産学連携にも期待がかかっており,大学,国立試験研究機関及び企業等が連携を図る連携大学院制度( )の活用もひとつの方策となり得る。


■注 大学院が教育上有益と認めるときは,大学院の学生が研究所等において必要な研究指導を受けることが認められており(大学院設置基準第13号),連携大学院方式は,この制度を組織的に実施するもの( 第3部第3章第2節参照 )。

(博士課程修了者等の採用)

 我が国においては,博士号は,「末は博士か大臣か」という言葉に現れているように,一代を成した偉大な学者の称号のイメージが強かったが,今後はその専門性を若いときから発揮して社会のニーズにこたえていくことが求められている。

 米国の国立科学財団の調査(1999年)によれば,米国においては,研究開発に携わっていると答えた科学技術人材のうち,営利企業では,6.6%が博士号を取得している。一方,科学技術研究調査(平成14年 総務省統計局)によれば,我が国の企業等における研究者のうち,博士号取得者の割合は3.5%に過ぎないが,民間企業に対する調査では,我が国においても徐々にではあるが企業における博士課程修了者やポストドクターの採用が進んでいることはうかがえる( 第1-3-67図 )。

第1-3-67図 民間企業における博士課程修了者,ポストドクターの採用実績

 博士課程修了の研究者,ポストドクターについての評価を見てみると,「専門分野における知識や経験が研究現場を活性化させた」等,実際に博士課程修了の研究者やポストドクターを採用した経験のある企業からは高い評価を得ている。一方,専門分野の知識・技術や経験については期待,実績ともに高いものの,独創性については期待に対して実績が伴っておらず( 第1-3-68図 ),活躍度の観点からも,博士号を取得していない研究者を含めた若手研究者全体と比較しても突出したものは見当たらず,大差がない( 第1-3-69図 )。また,企業の中には,「企業における研究活動においては,博士課程修了の研究者やポストドクターを必要とするような高度なものはそれほど多くはないため,採用の必要性がない」や「学部卒業の研究者や修士課程修了の研究者に対する教育・訓練によって社内の研究者の能力を高めるほうが効果的である」という理由で採用を行わない企業も多い( 第1-3-68図 , 第1-3-70表 )。

第1-3-68図 博士課程修了の研究者,ポストドクターの学部卒業の研究者や修士課程修了の研究者と比べての期待と,発揮された能力・実績等

第1-3-69図 若手(35歳以下)研究者の活躍度

第1-3-70表 博士課程修了の研究者,ポストドクター採用の問題

 現在の我が国の企業においては,今後ますます高い付加価値の創造を行っていかなくてはならない状況であり,そのため,博士号取得者のような高度の専門人材を適切に評価し,有効に活用していくことが求められている。

 一方,大学としても,企業のニーズを踏まえ,大学院博士課程での教育内容及び方法を,さらに創造性をかん養するものへと改革していくとともに,幅広いニーズに対応できる人材を育成するような独自性を持った取組が求められる。また,博士課程に進学する学生自身も,目的意識を持って自らの付加価値を高めていくことが重要である。

(研究分野のニーズ)

 次に,人材の研究分野から見た社会ニーズであるが,企業における研究の対象そのもの,あるいは研究分野の重要度の変化によって,「ライフサイエンス」,「情報通信」,「環境」,「ナノテクノロジー・材料」の重点4分野のほか,「製造技術」分野でも人材が不足している一方で,余剰となっている分野は少ない( 第1-3-71図 )。研究者の不足の要因としては, 第1-3-72表 に示すものを挙げる企業が多く,研究者が不足している場合, 第1-3-73表 のような対応をとる企業が多い。

第1-3-71図研究者の研究分野と不足状況等

第1-3-72表 研究者の不足の要因

第1-3-73表 研究者の不足への対策

 研究者の不足の要因として,「研究者採用の事情等により研究者の絶対数が不足している」が半数近くを占めていることから,企業としては,採用したい人材はあっても,何らかの事情により,思うように採用できないと感じていることがうかがえる。

 一方,2番目の要因として,「専門分野が多様化しているため,対応できる研究者が,新規採用者を含め不足している」が挙げられていることから,採用したくとも,それに見合った人材が存在しない場合も多いものと考えられる。一方,大学・大学院に「分野別の入学定員枠を社会の要請に即して柔軟に変更する」ことを望む企業は比較的少なく( 第1-3-66図 ),「幅広い分野に柔軟に対応できる適応力」を期待する声が比較的多い( 第1-3-64図 )ことから,企業は今でも新卒者については比較的長期の雇用を前提に,将来的に必要となる研究分野の変化への対応も視野に入れて採用する人材を選抜しており,大学・大学院卒業者には,そのような変化に対応できる基礎的な素養・能力が高く,応用力のある柔軟な人材が求められていると考えられる。

 なお,国公私立の大学院においては,ライフサイエンス分野,情報通信分野などの重点4分野を中心として入学定員の整備が進められつつあり,今後ともさらに社会のニーズを踏まえた対応を進めることが望まれる。

(再教育の重要性)

 今後,企業の事業構造の転換や製品・サービスの多様化・高度化に伴って,企業が求める研究開発のニーズと,既存の個々の研究者が保有する能力とのギャップが広がっていくことが予想される。一方では,個人の能力を仕事を続けながら磨いていこうという意識の高まりや,転職の機会の増大によっても,社会人教育へのニーズは拡大していくものと見られ,様々な再教育の機会が提供されていく必要がある。

 民間企業における,研究者を対象とした教育制度の状況について見ると,教育のアウトソーシングが進んでいるほか,専門分野を深化させるために,出向・派遣,国内外への留学を取り入れていることが分かるが,配置転換,研究テーマの改廃等,専門分野の転換に伴う何らかの教育制度がある企業は半数以下であり( 第1-3-74図 ),この点からも,研究者自らが主体的に知識,能力を身に付けるようにしていく必要がある。

第1-3-74図 民間企業における研究者を対象とした教育制度の状況

 上記のような状況にあって,大学院の学生数における社会人の割合は,拡大傾向であり( 第1-3-75図 ),企業が研究者を対象とした社会人教育の充実を大学に望む声は,今後増加していくものと考えられる。また,研究者個人としても,自己のスキルの向上,あるいは新しい分野のスキル獲得のため,転職に対する意識の変化も相まって,教育機会の要求は高まっていると見られ,社会人の教育の受入先として,大学への期待は大きい。

第1-3-75図 大学院の学生に占める社会人の割合


(2) 科学技術を社会に役立てるための多様な人材の育成

(多様な科学技術関連人材)

 我が国が,科学技術創造立国を実現していくためには,研究者だけでなく,科学技術にかかわる多様な人材が,その能力を発揮していくことが必要である。

 民間企業においては,研究者のほか,知的財産関連やその他の技術系の職種(生産,サービス,品質管理関連等)といった,研究関係以外の人材が不足している( 第1-3-76図 )。

第1-3-76図 科学技術関連人材の比率と不足状況等

 このように,科学技術人材に関しては,技術の分かる経営者,研究の価値を的確に判断できる評価者(目利き人材)や法律の知識や能力を併せ持った知的財産権にかかわる人材(弁理士だけでなく,大学,研究機関や企業における知財担当者),研究成果を事業につなぐ起業支援人材,ますます複雑化・細分化していく科学技術を世の中の人に分かりやすく伝えるインタープリター等の不足が言われている。本項では,これらの科学技術人材の中でも,企業の研究開発戦略に大きくかかわってくる技術経営人材と知的財産関連人材について論じることとする。

(MOT(技術経営)教育)

 研究開発を行う企業にあっては,経営者に技術のセンスと経営のセンスの両方を持つことが求められてきているが,このような人材は,これまでの教育システムでは養成され得ず,専ら経営者個人の資質や努力に負ってきたところである。これに対し,最近,MOTと呼ばれる分野が脚光を浴びている。MOTとは,技術を事業の核とする企業や組織における,次世代の成長のエンジンとなる連続的なイノベーションによる事業創出を目指した経営であり,MOTプログラムでは,企業経営上に必要な専門領域を横断的に学ぶこととなる。米国では,すでに全米の200を超える大学や大学院でMOTの教育コースが設けられ,数千名以上の修了者があると推定されている( 第1-3-77図 )。

第1-3-77図 米国の大学におけるMOTプログラム数の推移

 また, 第1-3-66図 でも,民間企業が大学・大学院に望むこととして,「MOT(技術経営)教育など実践的な人文・社会分野の重視」を挙げる企業が17.1%となっており,そのニーズは着実に高まりつつあると言われている。我が国でも,経済産業省が中心となって,産業界と大学,民間教育機関による技術経営コンソーシアムを形成し,技術経営の普及・促進等の活動を開始しているほか,MOTコースを設ける大学も,急速に増加してきている( 第1-3-78表 )。また,人材開発すべき職位として,30代の事業開発リーダーを挙げる企業が最も多く( 第1-3-79図 ),単に技術の完成を目指すリーダーや技術・研究開発担当部署を統括するマネージャーにとどまらず,事業としての成功を目指す,起業家センスのある人材の育成への期待が高いと見られる。このため,その教育内容として,技術事業化・産業化マネジメント戦略やプロジェクト管理・リスク管理など,MOTに関するものについてのニーズが高いと考えられる。

第1-3-78表 技術経営・知的財産関連教育の動き

第1-3-79図 わが国の科学技術重点4分野関連業界が人材開発すべきと考える職位

(知的財産専門人材の養成)

 近年の我が国産業の国際競争力低下への懸念や,ITの急速な進歩に伴う情報の模倣や無断複製による創作者利益の侵害の増加を背景として,知的財産を産業競争力の強化の源泉とするため,「知的財産立国」の実現に向けた国家戦略が打ち出されている。平成14年7月には,知的財産戦略大綱が策定され,同年12月には知的財産基本法が公布された。これらにおいては,科学技術の成果の権利化や紛争処理,知的財産ライセンス契約等の高度な専門サービスを提供する専門人材の養成が必要とされている。

 知的財産戦略大綱においては,知的財産関連人材の養成に関して,

1.法科大学院における知的財産法をはじめとするビジネス関連法分野の教育の強化
2.ビジネスに理解の深い技術系人材の供給
3.弁理士等の専門人材の充実と機能強化

 の実施が求められており,法科大学院の設置に向けた制度設計などの施策が進められているなど,我が国の知的財産戦略を担う人材育成への期待が持たれる。


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