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第1部   これからの日本に求められる科学技術人材
第3章  科学技術人材の育成・確保のあり方
第2節  創造性に富む科学技術人材の育成
[1]  研究者としての創造性をかん養する高度な専門教育



(1) 大学院教育の充実に向けて

(大学院の位置付け)

 大学・大学院等の高等教育機関は,我が国の基礎研究を担う中核的な研究機関であると同時に,次代を担う研究者・技術者の教育・養成機関でもある。中でも大学院は,その目的を,修士課程では「専門知識・能力を有する人材の養成」,博士課程では「専門分野で自立した研究者の養成」とする大学院研究科(自然科学系)が大半を占めている( )。また,平成10年10月の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策について」においては,今後の大学(学部)と大学院との役割分担として,学部教育では教養教育及び専門分野の基礎・基本を重視した教育を行うことにより専門的素養のある人材として活躍できる基礎的能力や生涯学習の基礎等を培うこととし,大学院では継続的な専門性の一層の向上を行うことを基本とすることとされている。

 実際の研究者自身も,大学院における教育は優れた研究者の育成のために必要な条件であると考えており,研究者としての素養を習得していく上で最も重要な時期であると言える( 第1-3-51図 )。

第1-3-51図 研究者の育成に必要な条件

 我が国の大学院における教育研究の一層の高度化,特に世界の第一線に伍した水準の高い教育研究を積極的に推進していくためには,量的な充実のみならず,質的充実にも重点を置いた整備を図ることが喫緊の課題となっている。

 このため,昭和63年以降数次にわたる大学審議会答申の趣旨等を踏まえ,これまで多くの大学院が,その運営を学部に依存していたものを,大学院独自の立場から運営を行っていくため,大学によっては,学部ではなく研究科を教育研究上の基本組織として位置付け,教員の意識改革と学内での活性化を図る(いわゆる大学院重点化)とともに,各大学院が多様な発展の方向を選択し,その質的充実を図ることが可能となる研究科以外の組織形態を取り得るようにするなど,制度の弾力化を図った。

 また,大学院制度が発足した当初は,研究者養成が中心であったが,その後,急速な技術革新,社会経済の高度化・複雑化・グローバル化などの状況変化を踏まえ,大学院における高度専門職業人の養成というニーズが高まってきた。

 これにこたえるため,修士,博士の課程の目的に職業人養成を加えるとともに,平成11年には,専門大学院制度(修士課程)を創設した。さらに,平成14年8月の中央教育審議会答申を踏まえ,この制度を更に発展させ「高度で専門的な職業能力を有する人材の養成」に特化した実践的な教育を行う専門職大学院(プロフェッショナルスクール)制度を創設したところである。

 このほか,社会人の積極的な学生受入れを図っていくため,修士課程の1年制コース,長期在学コースや通信制大学院の設置など様々な制度の弾力化を図っているところである。また,大学院においては,課程制の設置を踏まえ対応する教育課程の見直し,授業計画(シラバス)の作成,複数教員による研究指導体制の実施,ファカルティ・ディベロップメント( )(FD)の実施や学生による授業評価の実施等の改革が進められてきている。


■注 (財)大学基準協会「大学院改革の実施状況に関するアンケート調査」(平成9年)


■注 教員が授業内容・方法を改善し,向上させるための組織的な取組の総称。具体例として,新任教員のための研修会の開催,教員相互の授業参観の実施,センター等の設置などがある。

(大学院における教育の充実)

 先に述べたように,大学院が急速に拡大してきている中で,大学院の修了者は実際に研究者として必要な能力を大学院で習得してきているのだろうか。研究者に対し,理想の研究者が有する素養・能力とは何かについて尋ねたところ,創造性,専門分野の知識,課題設定能力,探究心に多くの回答が集まった。一方,指導的立場にある研究者に対し,最近の若手研究者の能力への評価について尋ねたところ,専門分野の知識と探究心については高い評価を受けているが,創造性,課題設定能力についての評価は低いものであった( 第1-3-52図 )。創造性や課題設定能力を養うことが,若手研究者の供給源である大学院の教育にも求められていると言えよう。

第1-3-52図 理想の研究者が有する素養・能力と若手研究者の能力

 一方,大学側でも,平成3年のいわゆる大学設置基準の大綱化以降,各大学において教育内容や教育方法の見直しを進めているところである。これについて,大学基準協会が平成9年に実施した「大学院改革の実施状況に関するアンケート調査」からその内容を見てみる(以下,特にことわりのない限り,理系研究科のみの結果である)。

 まず,教育課程に関する改革については,調査時点で既に約半数の研究科で実施されており,その内容としては「学際的分野,生成途上の分野に対応」が全体の4分の3近くに上り,以下「学部-大学院の一貫教育」,「新たな社会の要請に対応」と続いている( 第1-3-53図 )。

第1-3-53図 理系研究科における教育課程の改革の内容

 また,教育研究の指導方法については,「対話討論方式による教育方法を採用」,「少人数の講義を増やした」等の工夫や,さらに,指導教員による研究指導については「研究室で指導する時間を増やした」,「学外の研究機関等に研究指導を委託」,「複数指導教員制を採用した」等の工夫を実施している。

 その他,教育研究指導方法改善のための改革として「シラバスの公表と学生による授業評価」,「教員の資格要件,資格審査の再検討」等を実施した研究科が多い。

 このように,各大学がそれぞれ独自に見直し等を進めてきているものの,こうした改革を実施した大学でさえ「大学院に相応しい講座・科目への組替え」が十分に行われたと考えている研究科は理系では4割強に過ぎず,「やや不十分であり引き続き見直す」など将来の課題として認識している大学も約3割に及んでおり,大学自身もまだまだ改善の必要があると考えている( 1-3-54図 )。

第1-3-54図 大学院重点化を実施した理系研究科の自己評価

 このほか,国立大学教員に対するアンケート調査結果によると,所属する大学院の教育面の状態が悪いと考えている理工農系の教員が全体の3割強( )にも上っており,その改善充実方策として「研究指導の充実実施」や「研究会・ワークショップ等の充実実施」を挙げている( 1-3-55図 )。

第1-3-55図 国立大学教員の考える大学院教育の改善充実方策

 以上のような調査結果から,大学院における教育改革は着実に進んでいるものの,まだ途上にあると言えるだろう。今後は,さらに「創造性」,「課題設定能力」等の研究者として必要な素養・能力を習得できるよう教育内容や教育方法の充実を図る必要がある。

 大学改革の一環として検討が進められてきた国立大学の法人化については,平成12年7月から有識者等の「国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議」において本格的な検討が始まった。平成13年6月に文部科学省が公表した「大学(国立大学)の構造改革の方針」においても国立大学法人への早期移行が位置付けられ,平成13年9月には調査検討会議による中間報告が,また平成14年3月には最終報告「新しい『国立大学法人』像について」が取りまとめられ,平成15年2月に「国立大学法人法案」が国会に提出されたところである。

 国立大学の法人化により,これまでの国による予算・組織・人事等の運営面での諸規制が緩和されることとなり,大学運営についてより自律性が確保され,それぞれの創意工夫により「個性ある大学づくり」が可能となるものである。これにより,国立大学における教育研究の更なる高度化・活性化や国際競争力のある大学づくりが期待される。


■注 国立大学協会「国立大学大学院の現状と課題」(平成8年3月)所属大学院の教育面における次の4項目の現状について,「非常に悪い」又は「悪い」と回答した教員の割合

{1} 講義・演習・実験実習等と研究指導とのバランス(36.5%)
{2} 指導方法・内容の当該専門分野の現代の進展への対応(41.2%)
{3} 当該専門分野の性格上望ましいと考えられる講義・演習・実験実習等の割合(33.6%)
{4} 教育内容,研究指導面における教員相互間の連絡・協調(29.1%)

COLUMN

大学の創造教育への取組

 旧文部省の「大学の理工系分野における創造的人材の育成のための産学懇談会」が平成8年にとりまとめた「創造的人材育成のために」において,

・社会の複雑化が進展しており,専門分化した学問分野の知識や技術だけでは,種々の課題への対応が困難となっている。
・このような中で,理工系人材には,先導的・独創的な研究開発や技術創出で世界をリードする豊かな創造性が求められ,これまで以上に,総合的・学際的な教養と,自らの研究課題と現実社会や人類とのかかわりについて問題意識や哲学をもって自ら考え判断していく態度が求められる。

 と提言されている。

 これを踏まえ,文部科学省においては,

{1} 学生の創造性を育成するためのプログラム開発や理工系分野の魅力の青少年や社会に対する情報発信
{2} ものづくりを中心に据えた実践的な教育
{3} 企業と大学が共同して行う教育プログラムの開発・実施
{4} 学生の企業等におけるインターンシップ(就業体験)

 等の予算措置等により各大学を支援するなど,その推進を図っているところである。

 各大学においても,創造性豊かな理工系人材育成のため,次に例示するような種々の取組を行っている。

●大阪大学基礎工学部

・学生の自主的な取組により問題を解決していく学習法である「プロブレム・ベースド・ラーニング(PBL学習)」を全コースで実施。
・また,学生の専攻分野の枠を超えて,広く科学技術について考え,科学者・技術者の使命と社会的責任について自覚を促すことを目標とし,先端の科学技術をはじめ,科学技術倫理,科学ジャーナリズム,認識論,企業における研究活動,ベンチャー企業,福祉と技術など,企業人,ジャーナリスト,経済学者,哲学者など科学技術者以外の講師を含めた学内外の講師による,多様な視点から時代の要請に即したテーマの講義を取り入れている。

●徳島大学工学部  ファカルティ・ディベロップメントの一貫として,教育の資質向上や,教育組織の機能向上のため,スタンフォード大学教授による「Eight kinds of Creativity」というテーマでの創造教育に関する講演をはじめ,他大学の教員を招いて「PBL学習」についての研究会,複数の企業人による「企業はどのような人材を求めるか」というテーマでの講演,卒業生,企業へのアンケートとその結果のフィードバックのための討論会を行うなど,年間を通じて,継続的・組織的に創造性をかん養するための教育の向上に努めている。

(2) 大学院学生に対する経済的支援の充実

(博士課程学生の生活の現状)

 研究者養成の中核となる大学院博士課程においては,上記に述べた教育上の問題点のほかにも,学生の生活面でも様々な問題を抱えている。

 博士課程は,研究活動に専念し,研究者に必要な能力を養う重要な時期であると考えられるが,文部科学省「学生生活調査結果」によれば,大学院博士課程に在籍する学生でアルバイトに従事している者は63%であり,そのうち家庭からの仕送りのみで修学が可能な者を除くと,全体の58%の学生が,アルバイトなしには学生生活が不自由又は困難な状況にある( 第1-3-56表 )。また,居住形態別の収支状況を見ると,自宅や下宿等を問わず,アルバイトによる収入を除くと支出額のほうが上回るという結果になっている( 第1-3-57表 )。

第1-3-56表 大学院博士課程学生のアルバイト従事割合(平成12年)

第1-3-57表 大学院博士課程学生の居住形態別の収支状況(平成12年)

 文部科学省が行った大学院博士課程に在籍する学生に対する活動時間に関する調査結果によれば,博士課程の学生は,平均で1週間のうち約63時間を大学院生として活動しており,そのうち研究活動時間は約45時間と活動時間全体の71%を占めている。このうち博士論文の作成のためのいわゆる自らの研究活動については全活動時間の約58%にとどまっており,これ以外の活動としては指導教授の研究活動の支援といったその他の研究活動が約13%,授業や学部生の指導など,研究活動以外の大学院生としての活動が約15%,学協会の運営の補助など自分の専門分野に関連する活動が約14%となっており,自らの研究活動に十分な時間を充てられない状況にあると言える( 第1-3-58表 )。

第1-3-58表 大学院博士課程学生の研究活動時間の内訳

 大学院生に対する経済的支援の1つである奨学金について見ると,日本育英会奨学金の貸与人数及びその大学院在籍者に占める割合は増加傾向で推移しており,その充実が図られてきている( 第1-3-59図 )。特に有利子奨学金については,平成11年度に貸与額の選択性の導入や,貸与に係る学力及び家計基準の緩和を図るとともに,事業規模を抜本的に拡充している。

第1-3-59図 日本育英会奨学金貸与人数(大学院生)と貸与割合の推移

 また,日本育英会のほかに公益法人や地方公共団体あるいは学校や民間会社等においても,幅広く奨学金事業が行われている。

 なお,大学側としてもRA(リサーチアシスタント)制度やTA(ティーチングアシスタント)制度の導入など学生に対する経済的支援を行っているところであるが,こうした経済的支援が更に充実されれば,結果として学外におけるアルバイト等に充てている時間を自らの研究活動に振り替えることが可能となり,創造性や課題設定能力など,研究者としての素養の習得につながっていくことになる( 第1-3-60図 )。

第1-3-60図 大学院学生に対する経済的支援の実施状況

 科学技術・学術審議会人材委員会「世界トップレベルの研究者養成を目指して(平成14年7月)」によれば,米国における大学院生の約4割が,フェローシップ等により授業料及び生活費相当額の給付による十分な経済的支援を受けている一方で,我が国では,十分な支援を受けて勉学や研究に打ち込める博士課程学生は6%(日本学術振興会特別研究員)と少ない状況にある。

 以上のことから,先に述べた大学院における教育内容の充実はもちろんのこと,大学院生が十分に研究活動に専念できるための経済的支援といった環境整備も併せて整備・充実させていくことが必要である。また,各種の経済的支援制度について,より柔軟な活用が図られるような制度改革や,各大学における運用の工夫も併せて行っていくことが重要である。

(博士課程進学の経済的期待値)

 博士課程への進学が魅力的になる経済条件について検討するため,修士課程修了後,博士課程に進学し3年間在学したときの機会費用を推計してみることとする。例えば国立大学の博士課程であれば授業料等で178万円かかるが,その一方で,修士課程修了後直ちに就業した場合には3年間で約1,082万円( )の収入が見込まれるとすると,博士課程進学に関する機会費用は約1,260万円となる。博士課程修了後直ちに職を得たとしたとき,経済的な側面から見て博士課程進学が魅力的となる条件とは,博士課程進学者の生涯賃金が,博士課程に進学しなかった場合の生涯賃金を1,260万円以上上回ることである。

 これに対して,民間企業においては,博士課程卒業者の初任給は,学士,修士より優遇していると回答した企業の割合(45.8%)より,学士,修士とほぼ同等か差を設けていないとする企業の割合(49.4%)が多くなっている( 第1-3-61図 )。また,40歳前後の同年齢の研究者を比較した場合でも,昇進・昇格や賃金面での差は,業績や能力を反映した人事考課や経験年数によってつくとする企業が多く,学位を挙げる企業は少ない( 第1-3-62図 )。このように,入社直後には学位による優遇策があったとしても,入社年数が経過すると,実力や成果主義による待遇が一般化している状況下で,企業における博士号取得者の多くが上述の機会費用を上回る収入を得ているかどうかが問題であろう。

第1-3-61図 取得学位による初任給の差

第1-3-62図 同年齢(40歳前後)の研究者間の昇進・昇格や賃金の差

 米国の科学技術人材のうち,民間企業に多くが所属している技術者について,学位取得後の経過年数別に平均年収を見ると,取得学位によって明らかに差があり,博士号取得者は修士号取得者に比べると取得後19年までを比較しても,総収入は約11%多くなっている。このことは博士課程に進むことによって,その後の経済的なメリットも享受できていると言えるだろう( 第1-3-63図 )。

第1-3-63図 米国における取得学位別・学位取得後経過年数別の平均年収

 もちろん,このような経済的な期待だけで博士課程への進学することはないと思われるが,我が国が科学技術創造立国を実践していくためには,博士課程で高い知識,技術,創造力を育み,磨きをかけた人材が,実社会でその能力をいかんなく発揮するとともに,それに見合った高い収入が得られるようになることが肝要である。


■注 人事院「民間給与の実態(平成14年)」による,新卒技術者(大学院修士課程修了)の平均初任給月額(21万6,287円)及び賞与及び臨時給与の平均月数4.68か月を用いて試算した年収の3年分(昇給は考慮していない)。


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