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第1編   進む『教育改革』 はじめに
  第1部
第4章  諸外国の教育改革の動向
2  世界的潮流となっている教育改革


1980年代,教育改革はアメリカやヨーロッパ諸国で,そして我が国を含むアジアの諸国で一斉に巻き起こりました。改革のテーマや内容に各国が固有に持つ問題が含まれているとはいえ,こうした改革の動きは決して偶然ではなく,言わば世界史的な流れを持つ一つの潮流です。

アメリカ合衆国では1983年に教育の危機的状況を訴えた連邦政府報告書「危機に立つ国家」が発表され,これをきっかけに全国的な教育改革運動が起こりました。イギリスでもサッチャー首相の保守党政府による改革が1988年の1教育改革法」にまとめられ本格化しました。フランスは,ミッテラン大統領の下で1989年「新教育基本法」(ジョスパン法)を制定し,以後の改革の基礎を固めました。ロシアでも,1980年代後半のソ連邦時代に始まった社会経済の立て直しをするペレストロイカの中で教育改革が提起されました。

目をアジアに移せば,我が国では1984年に臨時教育審議会が設置されて,明治以来の第三の改革が論議されるようになりました。中国でも1985年に共産党から「教育体制改革に関する決定」が出され,現代化を目指す「改革・開放」政策の重要な柱として教育改革が開始されました。韓国も,1985年に大統領の諮問機関「教育改革審議会」を設置して幅広い改革案を取りまとめました(表1-1-4-1)。

表1-1-4-1  諸外国の教育改革の展開

これらの改革への動きは現在も続き,それぞれ新たな局面を迎えて進められています。

このような各国の教育改革の潮流を形作った背景としては地球規模で起こった社会経済の急激な変化が,その一つとして挙げられます。

その急激な変化の第一は,経済の面での国際競争が激しくなったことです。交通や通信手段の発達とともに国境を越えた経済活動が活発となりました。東西冷戦の終結はそのグローバルな活動を更に加速し,国際競争を激化させました。この1980年代から90年代にかけて景気が悪化したり,失業が増加した国も多く,各国は経済力競争で優位に立つには,経済活動を支える科学技術の発展と幅広い人材の育成が重要な事柄であることを認識するようになりました。各国の教育改革を促す動機として共通するのは,このような経済発展という観点から,教育の役割を重視するようなったことです。

第二は,科学技術の進歩,情報化の進展や国際化といった社会で様々に起こっている急速な変化です。ヨーロッパではまた「EU統合」が各国に大きな波紋を投げ掛けていて,各国はこれへの対応を迫られています。私たちの生活や社会システム,産業構造などでかつてない速度で進むこれらの変化に対し,どのように今持っている知識や技能を更新させるか,あるいはこのような変化の中でいかに生きていくかといった問題が教育の中でも問われるようになりました。

また,第二次世界大戦後,だれもが教育を受けられる「教育の機会均等」を保障するために量的な拡大を図ってきた各国が,これを一応達成した後,今度はその質的な中身に関心を移すようになったことも,教育の内側から見た共通の傾向として認められます。

このような問題からの改革要請に教育がどのような体制と内容をもってこたえるかは,各国の教育がそれまで歩んできた道によって,あるいは現在置かれている社会・経済的な環境によって当然異なってきます。しかし,このような取組によって,来る21世紀の国の繁栄と人々の豊かな生活が保障されると思われます。


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