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特集1 我が国の教育水準と教育費

はじめに

 今,私たちを取り巻く社会経済のあらゆる面が大きく変化しており,その中で生涯にわたる学びの重要性はますます高まっています。新たな未来を切りひらいていくのは,最終的には「人」であり,その知識,知恵によるものです。知的・文化的価値に基づく「ソフトパワー」が一層重要な役割を果たし,知識が社会・経済の発展の源泉となる「知識基盤社会」が本格的に到来しようとしており,教育に求められる役割はますます大きくなっています。
 今後,国民一人ひとりが,潜在的な力を最大限に発揮し,幸福を実感し,それを次世代へと引き継ぐことができるように,教育の充実を図っていかなければ,各人の豊かな生活はもとより,社会の継続的発展は望めないでしょう。
 そもそも,資源に乏しい我が国が,現在の豊かな社会を築くことができたのも,これまでの時代の変革期にあって,社会の存立基盤である教育に大きな力を傾け,成果を上げてきたからこそと考えられます。その背景には,他の社会資本整備に先駆けて教育については諸条件の整備を図ってきたと同時に,社会全体で教育を支えるという風土が根付いていたことが我が国の特徴です。
 例えば,江戸時代には,全国各地に各藩が設立した藩校だけではなく寺子屋という地域で支える教育システムがありました。明治の学制の発布に先駆けて,京都の町衆の力によって自発的に学校が設立されたことは,今でも語りつがれています。また,戦後,教育基本法と学校教育法の成立により,新制中学校が地域の多大な熱意と努力の下に整備されてきた歴史があります。これまで,学校制度が発展充実していく中,教育行政のみならず,学校,保護者,地域が相互に協力し合いながら,社会総がかりで子どもの育ちを支えてきました。そこでは,子どもの教育を,子ども本人任せ,保護者任せ,行政や学校任せにせず,行政・各学校・地域社会・企業・各家庭など社会の構成員全てが,教育の当事者であるという意識を持ち,子どもや地域社会の未来を考えようという土壌がありました。
 今後とも,教育関係者だけでなく,国民一人ひとりが,教育はどうあるべきか,また,教育環境の整備を図るために教育費の負担の在り方はどうあるべきかなど様々な点について考え,社会的合意を得られた可能な方策は速やかに実行していくことが求められています。 そこで,本年度の文部科学白書の特集では,国民各位に,教育の現状と将来について十分なご理解をいただけるよう,我が国の教育水準やそれを支える教育費の現状について取り上げていきます。

〈本特集の問題意識〉

 これまで教育は我が国の発展に大きな貢献を果たしてきました。また,我が国の教育制度は,特に,初等中等教育については,教育の機会均等を実現しながら高い教育水準を確保する稀有な成功例として,国際的にも高い評価を得てきています。国民一人一人が,その能力を存分に発揮できるようにするためには,経済的・社会的な事情にかかわらず,誰に対しても能力に応じて等しく教育を受ける機会が確保されることが何よりも重要です。そのため,従来から,教育費用については,学習者本人や子育て家庭だけでなく,国民全体の負担により支えてきました。そしてこのような教育への投資の社会的な有効性や必要性については,例えば,OECDでは,教育投資に対する経済的リターンは大きく,学生1人が大学などの高等教育を修了するために政府が投資する額に対して,それが社会にもたらす経済的リターン(所得税の増加,社会保障費用の低下に伴うものなど)は2倍以上に達するなど,経済的・社会的効果は大きいとしています(※1)。
 一方,日本の教育をめぐっては,子どもたちの学習意欲や学力の低下が指摘されるなど,教育の水準や機会に関する様々な課題が生じているのが現状です。
 2006~7年時点の国際的な学力調査(※2)などによれば,全体として日本は上位にあるものの,読解力の低下や学習意欲・学習習慣について課題が明らかになっています。特に,読解力は近年のOECD(経済協力開発機構)のPISA調査から,学力の高い層・低い層の割合の推移を見てみると,学力の最も高い層の割合に変化はないものの,それに次ぐ層が減少し,学力の低い層が増加するなど,低位層へのシフトが見られ,それが全体の平均を引き下げる要因となっています。
 また,知識基盤社会の到来の中,国際競争力の観点からも,社会の変化や科学技術の発展に対応するため,高度な知的人材の養成・活用が求められます。中でも大学院は,社会の変化に対応し,社会が求める新たな価値を創造できる人材を育む場として重要ですが,我が国の大学院教育の修了者は,理工農系については他国と遜色ない水準であるものの,人社系については非常に少ない状況にあるなど,人材養成に課題も見られます。
 さらに,教育を受ける機会に関しても問題が生じています。近年行われた調査では,両親の年収が低いほど,高校生の4年制大学への進学が低くなり,高校卒業後就職する割合が高くなるという結果が示されています(※3)。各種統計・調査からは,経済的な格差は緩やかな拡大傾向にあり,低所得層の割合も増加しつつあることが示されており(※4),経済的困難による進学の断念が増加することや,そのような状況が世代を超えて固定化していくことの懸念が指摘されています。
 これらの教育の水準や機会に関する課題・問題点については,教育内容や指導の在り方,制度に関する課題が関わっていますが,これに加え,学習者本人や子育て家庭が負担する費用や,教育活動を支える公的な支出の在り方に関する問題なども関わっているのではないでしょうか。
 このような問題意識を出発点に,本年度の文部科学白書では我が国の教育費を切り口に,教育の現状と課題を分析することとしました。次章以降では,まず家計の教育費負担の現状について確認するとともに,格差の問題や学力低下との関係について考察します。その上でこれらの解決のために,具体的にどのような課題があり対応が必要とされているのかについて考えていきます。


※1 OECD「Education at a Glance 2009:OECD Indicators , Summary of key findings(Japan)」(2009)より
 1.経済危機と教育
 教育の経済的・社会的効果は大きい
 ○ (略)教育投資に対する経済的リターンは高等教育段階で大きい。例えば,(略)男子学生1人が大学などの高等教育を修了するためには,政府はOECD 平均で27,936 ドル投資する必要があるが,それが社会にもたらす経済的リターン(所得税の増加,社会保障費用の低下に伴うものなど)はその2倍以上の79,890 ドルに達する。(略)
 ○ また,(略)教育が社会全体に及ぼす効果が高いことも示している。例えば,後期中等教育(高校など)を卒業することにより「健康の度合い」が高まることの相関関係が証明されているほか,高等教育を卒業することにより,「政治的関心度」や「人的信頼度」が高まることの相関関係も示されている。
 ○ さらに,教育は「景気変動が労働市場に与える影響」を緩和する役割も果たすことが考えられる。(略)
 ○ こうした教育投資の経済的・社会的効果をよく認識し,政策に反映している諸国では,教育を最低限維持すべき社会的インフラとしてのみならず,国家の経済・社会的発展に有効な手段としてとらえ,積極的に取り組んでいる。
 また,我が国においても,学生1人が大学などの高等教育を修了するためには,約232 万円の公的な支出が必要であるのに対し,それが社会にもたらす経済的効果(税収増や失業給付の抑制など)は約475 万円となることや,高等教育への財政支出の拡大は国内総生産を押し上げる効果があるという調査結果もある。
※2 近年実施された国際的な学力調査としては,2006 年のPISA 調査(15 歳児を対象に,読解力,数学的リテラシー,科学的リテラシー等について調査),2007 年のTIMSS 調査(小学4年生を対象に国語,算数,中学2年生を対象に国語・数学等について調査)などがある。これらからは,限られた調査項目ではあるが,全体として日本は上位にあるものの,読解力の低下や学習意欲・学習習慣について課題が明らかになっている。特に,読解力についていえば,PISA 調査から,学力の高い層・低い層の割合の推移を見てみると,2000 年の結果ではレベル3~5の学力の中位~高位の層が全体の7割近くを占めていたが,2003年,2006 年の結果と比較すると,学力の最も高い層(レベル5)の割合に変化はないものの,それに次ぐ層(レベル4,3)が減少し,レベル2以下の割合が増加するなど,低位層へのシフトが見られる(参照:第1章第1節3)。
※3 高校卒業後の予定進路について,両親の年収が400 万円以下の場合,4年制大学進学が31.4%,就職などが30.1%であるのに対し,1,000万円超の場合は4年制大学進学が62.4%,就職などが5.6%となっている(東京大学大学院教育学研究科 大学経営・政策研究センター「高校生の進路追跡調査第1 次報告書」(2007 年)より)。(参照:第1章 図表1-1-14)
※4 各種調査にみるジニ係数や相対貧困率は緩やかに上昇。年間所得別の雇用者の割合を見ると,299 万円以下の雇用者の割合が増加(参照:第1章 図表1-1-5,1-1-6,1-1-15)。

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生涯学習政策局政策課教育改革推進室

(生涯学習政策局政策課教育改革推進室)

-- 登録:平成22年08月 --