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平成22年版 科学技術白書 第1部 第1章 第3節

1 基礎研究の重要性

約440万年前のラミダス猿人(アルディピテクス・ラミダス)の化石の発見は、1992年(平成4年)に諏訪教授自身が発見した一片の臼歯に始まった(写真はラミダス猿人の頭骨を復元したもの) 写真提供:諏訪元・東京大学教授

約440万年前のラミダス猿人(アルディピテクス・ラミダス)の化石の発見は、1992年(平成4年)に諏訪教授自身が発見した一片の臼歯に始まった(写真はラミダス猿人の頭骨を復元したもの)
写真提供:諏訪元・東京大学教授

 我が国における基礎研究の成果は、1999年(平成11年)からの10年間に、米国に次ぐ8人の自然科学分野のノーベル賞学者を輩出するという形で国際的にも高い存在感を示してきた。また、サイエンス誌10大ニュースにおいて、2008年(平成20年)及び2009年(平成21年)における「科学進歩ベスト10」の第1位に、それぞれ山中伸弥・京都大学教授らによる「iPS細胞研究に基づく細胞の再プログラミング化」及び諏訪元・東京大学教授らを含む国際研究チームによる「約440万年前の猿人(初期人類)の化石の発見」がそれぞれ選ばれている。
 宇宙や物質の成り立ち、生命現象等についての人類の理解は、人類自身の知的好奇心や探究心に根ざした研究を足場としてきた。地道で真摯な真理探求と試行錯誤から生まれた新たな原理・現象の発見は、長い年月をかけて知識として整理・体系化され、古典力学から量子力学、分子生物学といった人類の共通の資産として蓄積されてきた。また、それらの研究は人々の自然観や人間観などの思想にも大きな影響を与え、個々の人間の行動や社会の在り方を大きく変えてきた。これらの資産が豊富にあることは国民や人類の豊かさに通ずる。
 基礎研究は人類の英知を生み知の源泉となり、さらに、イノベーションの源泉となる知識を創出する。多様性を増し、急速に変化し続ける現代社会において、基礎研究の振興は人類活動の基盤となるすべての科学・技術の源として重要な役割を担うものであり、その重要性は今後も一層高まっていく。
 我が国は、基礎研究、とりわけ研究者の自由な発想に基づく研究を進めるに当たって、これまでも基盤的経費や科学研究費補助金等による研究を推進してきた。また、第3期科学技術基本計画(平成18年3月閣議決定)においても、研究者の自由な発想に基づく研究については、萌芽段階からの多様な研究や時流に流されない普遍的な知の探求を長期的視点の下で推進することが示されている。
 この点に関連して、「科学技術の状況に係る総合的意識調査(定点調査2009)総合報告書(平成22年3月)」(以下「定点調査2009(※1)」という)によると、2001年(平成13年)ごろと比べて「日本全体としての基礎研究の多様性」が減少しているとの認識が示されている。また、「長期の時間をかけて実施する研究」「計量標準、材料試験など基盤的な研究」及び「新しい研究領域を生み出すような挑戦的な研究」が少なくなっているとの回答が多い(第1‐1‐19図)。加えて同調査では、基盤的経費による研究資金の減少が、世界トップレベルの成果を生む可能性の高い若年者の独創的かつ創造的研究を阻害する可能性があるとの意見も挙がっている(※2)。

第 1‐1‐19 図 基礎研究の多様性の状況[2001年(平成13年)ごろとの比較](※3)

第 1‐1‐19 図 基礎研究の多様性の状況[2001年(平成13年)ごろとの比較]

資料:科学技術政策研究所「科学技術の状況に係る総合的意識調査(定点調査2009)総合報告書」を基に文部科学省作成

 基礎研究は、得られた知見を実用的な技術の開発に応用することを必ずしも直接目的とする訳ではないが、その成果は、場合によっては20年以上の研究開発期間を経て実用化、製品化され、経済社会のイノベーションを生む源泉にもなっている(第1‐1‐20表)。例えば、2009年には「光ファイバー(※4)の実用化に繋がる研究」に対して、元香港中文大学長のチャールズ・カオ博士がノーベル物理学賞を受賞した。カオ博士らは1966年に、ガラスファイバーの光の減衰の原因を不純物による吸収や散乱であるとし、不純物を取り除くことにより光の損失が低減されること等を理論的に証明した。その後米国企業が、カオ博士らの発表を基に1キロメートルの光ファイバーを開発することに成功し、予測が現実のものとなった。1988年には、米国と欧州との間に約6,000キロに及ぶ最初の海底光ケーブル(※5)が敷設される等、実用化は急速に進んだ。現在、光ファイバーは情報通信において広く使用されている。

第 1‐1‐20 表 ノーベル賞の成果が実用化につながった事例
実用化 ノーベル賞
MRI(磁気共鳴診断装置) ブロッホほか(1952年物理学賞)
ラウターバー、マンスフィールド(2003年生理学・医学賞)
半導体(トランジスタ) ショックリー、バーディーンほか(1956年物理学賞)
インシュリン サンガー(1958年化学賞)
半導体(トンネル効果) 江崎玲於奈ほか(1973年物理学賞)
CT(断層撮影装置) コルマック、ゴトフリーほか(1979年生理学・医学賞)
モノクローナル抗体 イェルネ、ケーラーほか(1984年生理学・医学賞)
導電性ポリマー(携帯電話のバックアップ用電池) 白川英樹ほか(2000年化学賞)
不斉合成(メントールの製造) 野依良治ほか(2001年化学賞)
タンパク質分析装置 田中耕一ほか(2002年化学賞)
GMRヘッド(HDDの再生ヘッド) フェール、グリュンベルク(2007年物理学賞)
ノックアウト動物 カペッキ、エバンスほか(2007年生理学・医学賞)
GFP蛍光マーカー 下村脩ほか(2008年化学賞)
CCD(電荷結合素子) ボイル、スミス(2009年物理学賞)
光ファイバー カオ(2009年物理学賞)

資料:文部科学省作成


※1 定点調査2009は、平成18年度から毎年、日本の代表的な研究者・有識者を対象とし、同一の回答者に、同一のアンケート調査を実施することで、日本の科学・技術の状況を問う意識調査である。当該調査は、科学技術システム定点調査と分野別定点調査の2つから構成されている。前者の調査対象者は約420名で、大学などの機関長、審議会の委員など科学・技術政策立案に携わった経験のある方を対象としている。後者の調査対象者は重点推進4分野及び推進4分野の各分野で学協会などから推薦された約120名(8分野合計約960名)である。
※2 定点調査2009(うち科学技術システム定点調査)の問3「研究資金についての全般的な意見」に寄せられた意見
※3 当該調査項目については、平成18年度から毎年実施しているものではなく、平成21年度調査における追加調査として実施したものである。また、本図では、科学技術システム定点調査と分野別定点調査の両方の集計結果を合計している。うち、科学技術システム定点調査については併せて実感の有無についても質問し、「実感有り」とした回答者の回答を集計対象としている。質問への回答は、6段階から最も相応(ふさわ)しいと思われるものを選択する(6段階評価)方法による。6段階評価を10ポイント満点で指数化し、0を中間点とした-5から5でのスケールで結果を示した。
※4 光を用いて情報を伝達する際に、光の伝送路として用いる細いガラスファイバー
※5 光ファイバーに保護被覆を施しケーブルにしたもの

2 基礎科学力の強化に向けて

(1)論文成果に見る我が国の基礎科学力

 各国の基礎科学力を把握するための指標の一つとして、論文数や論文の被引用回数(他の論文に引用される回数)、研究者数当たりの論文数に見る論文生産性等がしばしば用いられる。
 最近では審良静男・大阪大学教授が、自然免疫の機能の解明に関する研究により、2004‐2005年(平成16‐17年)及び2005‐2006年(平成17‐18年)において、被引用回数の高い論文を世界で最も多く発表している研究者として選ばれている(※1)ほか、神原陽一・東京工業大学特別研究員らが発表した鉄系新高温超伝導体に関する研究論文は、2008年(平成20年)における世界での最多被引用(※2)となっている。
 また、科学技術政策研究所では、国により、研究費や研究者数の統計の取り方に違いがあること等を踏まえ、我が国、米国、英国及びドイツの高等教育部門における研究者数や論文数の国際比較性を向上し、我が国の基礎研究の中核を担う高等教育部門(※3)について、研究者数あたりの論文生産性に関する分析を行った(※4)。
 その結果、我が国の高等教育部門、なかでも理工農系における研究者1人当たりの論文数は1997年(平成9年)から2005年(平成17年)にかけて増加し、2005年(平成17年)においても英国やドイツを上回る0.58となっており、健闘していることが明らかとなっている(※5)。一方、臨床医学系における研究者1人当たりの論文数は米国、英国及びドイツと比べて唯一低下傾向にあり、2005年(平成17年)において0.21となっている(第1‐1‐21図)。

第 1‐1‐21 図 高等教育部門における研究者1人当たりの論文数の推移

第 1‐1‐21 図 高等教育部門における研究者1人当たりの論文数の推移

注:
1.論文数はエルゼビア社SCOPUSカスタムデータに基づき科学技術政策研究所が集計
2.3年移動平均による。例えば1997年は1996、1997、1998年の平均値である。
3.日本の研究者数は総務省統計局「科学技術研究調査報告」による。その他は各国統計に基づき科学技術政策研究所が集計
4.英国においては、大学病院の研究者数が含まれていない。
資料:科学技術政策研究所「第3期科学技術基本計画のフォローアップに係る調査研究日本と主要国のインプット・アウトプット比較分析」


※1 トムソン・ロイターの発表による。過去2年間に出版された論文のうち、直近2か月間に引用された分野別の論文のトップ 0.1 パーセントを基準として選考される。
※2 トムソン・ロイターの発表による。2008年(平成20年)に出版された論文のうち、同年において最も多く引用された論文である。
※3 当該調査では、日本の科学技術研究調査における大学の学部(大学院の研究科を含む)の研究本務者に対応するデータを、米国、英国、ドイツについても教育統計等を用いて整備することで、高等教育部門の研究者数を求めている。
※4 先行研究では、我が国の高等教育部門における研究者当たりの論文生産性は、米国、英国及びドイツに比べて低いことが指摘されている。なお、大学等においては論文の作成を通じて多くの人材が輩出されるという教育的な側面があるため、論文数のみが大学等における活動の指標でないことに留意する必要がある。
※5 同報告書によれば、我が国の理工農系における1997年(平成9年)から2005年(平成17年)までの論文数の伸びは1.19倍となっており、米国、英国及びドイツのいずれよりも高くなっている。他方、臨床医学系における論文数の伸びは同期間で0.99倍と微減となっている。

(2)我が国の基礎科学力の強化に向けて

 主要国では、予算の数値目標を設けるなど、基礎研究の強化に向けた取組を実施している。米国オバマ政権においては、科学が国家の繁栄、米国民の安全・安心、健康等のために重要であるとの考えの下、2009年9月に発表した「米国イノベーション戦略」において、持続的な成長と質の高い雇用の創出に向けた重要3項目のうちの一つとして基礎研究等を位置付けている。また、同戦略等において、ハイリスク・ハイリターン研究や若手研究者支援等のため、研究関係機関[NSF、DOE科学局、国立標準技術研究所(NIST(※1))]の予算を97億ドル(2006年)から195億ドル(2017年)へ倍増する計画が示されているほか、試験研究費の税額控除の恒久化、科学・技術・工学・数学(STEM(※2))教育の支援等を掲げる等、基礎研究強化に向けた総合的な取組を実施している。
 EUでは、加盟国間の共同研究等への支援を行う第7次フレームワークプログラム(FP7)において、FP6(※3)と比較して期間中の研究予算を年平均で65%増額する目標を掲げている(※4)。そのうち、欧州研究会議(ERC(※5))を通じた個人研究者への助成については、2013年までの総額で74.6億ユーロが投じられることとなっており、欧州の基礎科学力強化に大きく貢献するものと期待されている。具体的には、若手研究者に対する支援と基礎研究を含めた先端研究やハイリスク研究への支援を重点的に行うものであり、非常に高い競争率となっている。
 他方、文部科学省においては、有識者から成る「基礎科学力強化委員会」において我が国の基礎科学力強化に向けた集中的な議論を進め、平成21年8月には「基礎科学力強化に向けた提言」を取りまとめた。同提言では、基礎科学の意義や特徴等の基礎科学力強化のための基本的な考え方をまとめるとともに、それらを踏まえ、人材育成、公的資金の抜本的拡充、研究推進システムの3点から基礎科学強化の進め方について言及している。今後、我が国の大学や研究機関の教育・研究力を世界トップレベルまで引き上げ、「科学技術の力で世界をリードする」ことを目指し、基礎研究への投資や研究基盤の整備、人材育成等の取組等を科学・技術システムとして一体的に進めていくことが不可欠となる。我が国の科学・技術システムの現状と課題については第2章で示す。


※1 National Institute of Standards and Technology
※2 Science, Technology, Engineering and Math
※3 the Sixth Framework Programme for Research and Technological Development
※4 FP6、FP7の実施期間はそれぞれ2003-2006年、2007-2013年である。
※5 European Resuscitation Council

コラム3 先端研究支援のための研究資金制度の在り方

 最先端研究開発支援プログラムの中心研究者として選ばれた細野秀雄・東京工業大学教授に、研究成果を出すまでの道のりや苦労、先端研究支援のための研究資金制度の在り方について話を聞いた。

写真提供:細野秀雄・東京工業大学教授

写真提供:細野秀雄・東京工業大学教授

○研究成果を出すまでの道のりや苦労
 私は、昭和57年に東京都立大学の学部・大学院(博士)を出て、名古屋工業大学で助手・助教授などを経て平成11年に現在の職に就きました。科学研究費補助金(100‐2000万円)や民間の財団(100‐300万円)の支援を受けて、セラミックスの光・電子機能の発現について研究してきました。その成果が科学技術振興事業団(現科学技術振興機構)の担当職員や学会の先生方の目にとまり、平成10年(当時、東京工業大学助教授)に同事業団のERATO(創造科学技術推進事業)という大きな基礎研究プロジェクトに提案をしてみないかと誘われ、自分の研究で温めていたアイディアを思い切って書いてみました。電気が通らない白い粉であるセラミックスを半導体に変えるという提案でした。びっくりしたことに高い競争率であったにもかかわらず採択されました。そして平成11年から「細野透明電子活性プロジェクト」を開始しました。私はいわゆる有名研究室の出身ではありませんし、当時は粗削りのアイディアとそれの基になった論文(これはトップの論文誌に掲載)が幾つかあっただけですので、よくこの段階でERATOの総括責任者に選んでくれたものだと思います。相当に勇気ある決断だったと想像します。ERATOは研究者個人の名前が冠となる年間3‐4億円という競争的資金では最大規模のプロジェクトで、総括責任者が研究構想はもとより、研究員の人選、進め方など研究面の全責任を負う性格を持ち、「人に賭ける」ということが特徴です。私は選ばれたとき、「人生1回、失敗を考えずにやりたいことをやるしかない」と開き直って、覚悟を決めて始めたのを憶えています。
 参集した若い研究者たちと集中した結果、セメントを電気がながれる透明金属に変身させることができました。石灰とアルミナという絶縁体の代表からできた物質に電気を流すことができたのです。ありふれた元素を使って、希少な元素でしかできなかった機能を発現することが工夫次第でできるのではないかという考えが生まれました。これが資源の少ない日本の固有の方針である「元素戦略」という政策につながりました。
 また、ガラスを半導体に変えようという試みにも挑戦し、今の液晶ディスプレイやTVを駆動させているトランジスタよりも20倍の性能のトランジスタができるようになり、平成22年くらいから次世代の液晶TVなどに応用されようとしています。一説によると3兆円市場だそうです。
 そして、一番世間を騒がしているのが鉄の超伝導物質の発見です。鉄は超伝導にはならないというのが研究者の常識でしたが、私たちは鉄の化合物で超伝導を示す物質を発見し、しかもかなりその温度が高かったのです。この発見に世界の研究者が一斉に反応し、2008年(平成20年)に発表された論文の中で私たちの論文は世界No.1の被引用回数となりました(※1)。世界各国で政府支援の研究プロジェクトが立ち上がっています。20年前の高温超伝導の騒ぎと違うのは、競争は欧米だけでなく、中国、インドが強力なライバルになっていることです。私たちは「発見者」という名誉は確保したのですが、実用を目指してもっと温度の高い物質を求めて勝ち抜く必要があります。革新的超伝導は低炭素社会を実現するかぎの一つです。何とか日本の英知を結集して頑張ろうと思っています。

○先端研究支援のための研究資金制度の在り方について
 これまでの流れを振り返ると以下の重要性を痛感します。
(1)研究の支援はその時期に応じた性格の異なったものが必要。芽を出す時期には、自由な発想で行える科学研究費や民間の財団の支援が有効。大きなお金はいらない。
(2)新しい大きく伸びそうな芽が出たら、組織的な体制で集中的に取り組むことが必要。科学技術振興機構の戦略的創造研究は適している。科学研究費補助金を何回受けても、前出のトランジスタのディスプレイ応用の研究が今のように急進展することはなかったでしょう。
(3)産業化での展望がある程度見えてきたら、企業と連携した応用を目指した組織的研究が必要。新エネルギー・産業技術総合開発機構の公募型研究費が適している。
 研究資金制度(ファンド)の種類はこのように性格が異なるものがないと、新しい成果が社会還元につながりません。これは3種類あるから無駄ということではなく、逆にどうしても必要だということです。


※1 第1部第1章第3節2(1)で述べた、神原陽一博士らの研究論文の世界における最多引用と同一の事実を指す。

お問合せ先

科学技術・学術政策局調査調整課

(科学技術・学術政策局調査調整課)

-- 登録:平成22年08月 --