第2章 基礎研究が社会にもたらす価値

 本章では、研究者の斬新な発想や常識を覆す発見により新たな市場を創出したり、領域全体の進展により応用範囲が広がることで社会に大きな価値をもたらしたりした基礎研究の事例を取り上げる。
 第1章第1節で述べたとおり、知のフロンティアを開拓する営みである基礎研究は、その性質上、目に見える成果が現れるまで長い時間を要したり、その成果がどのような役に立つのかが直ちに分からなかったりすることが多い。しかし、その結果として解明され、創出された「真理」、「基本原理」や「新たな知」こそ、既存の技術の限界を打破し、かつてない画期的な製品やサービスを生み出す可能性を秘めている。
 本章で取り上げる事例の中で、研究者は純粋な知的好奇心や世界をより良くしたいという明確なビジョンに基づき、あえて困難な道に挑み、これまでにない新しい科学的な価値を創造した。そして、その新たな価値が経済的・社会的なインパクトをもたらし、ノーベル賞をはじめ国内外で権威ある賞を受賞した研究も多い。同時に、このような華々しい成果は、数多くの先行研究や類似研究を通じて研究者が互いに切磋琢磨(せっさたくま)する中で創出されたものであり、多様な基礎研究の支援が重要であることは言をまたない。

1 青色発光ダイオードの実現によるLED時代の到来

 照明や信号機、液晶ディスプレイのバックライトなどに使用される発光ダイオード(LED(※1))は、省エネ効果(一般電球の約8分の1)に優れ、長寿命(同約40倍)(※2)である。このため、「21世紀はLED照明により照らされる」(※3)と言われており、世界のLED市場は2025年に約2兆円まで拡大すると見込まれる(※4)。かつて、赤色と黄緑色のLEDは1960年代に実現し、高効率青色LEDが開発できれば、光の三原色がそろい、ディスプレイなどに応用できると考えられていた。光の三原色の中で唯一欠けていた高効率青色LEDを多くの研究者が不可能と考えていた窒化ガリウム(GaN)により実現させ、2014年(平成26年)にノーベル物理学賞を受賞したのが、赤﨑勇氏、天野浩氏及び中村修二氏の3氏である。
 GaNは安定性が高く実用化に有利な点があるものの、高品質な結晶を得るのが難しく、多くの研究者は他の材料による青色LEDの開発を目指していた。一方、赤﨑氏は、日本の産業への貢献を目指し、GaNこそ青色LEDの開発に不可欠であると見定め、研究開発を進めた。赤﨑氏の研究室においてGaNの高品質結晶を作製し、世界で初めて青色LEDとして発光させることに成功したのが、天野氏である。元日を除く364日実験に打ち込み、1年半で1,500回以上もの失敗を重ねた日々について、天野氏は「どうしたら結晶を作れるかと考えること自体が楽しくて、実験に明け暮れていた」と振り返る(※5)。一方、日亜化学工業株式会社で研究を進めていた中村氏は、「競合他社が実現できない、全く独自のやり方で発明、製品化しなければならない」という厳しいルールを自らに課し、市販の巨大な結晶作製装置を自ら大改造しては実験する日々を根気よく続けた。そして、GaNにインジウム(In)を添加したInGaN結晶を、GaNにアルミニウム(Al)を添加したAlGaN結晶とGaNそのもので挟んだ構造を用いて、当時販売されていた炭化ケイ素(SiC)による青色LEDより100倍明るい高効率青色LEDの発明、製品化に成功した。
 こうして、3氏のたゆまぬ努力により高効率青色LEDが実現し、白色LED開発への扉が開かれた。これを、青色LEDと青色の補色である黄色の蛍光体を組み合わせるという、全く新しい方法によりいち早く実現させたのが、日亜化学工業であった。高輝度白色LEDは、太陽電池でも十分な明るさを長時間保てることから、ノーベル財団も「電力網へのアクセスがない15億人もの人々の生活の質の向上が期待できる」としている。また、私たちの日常を照らすだけでなく、内視鏡の光源や植物工場の照明などにも利用されている。さらに、GaNは、優れた物性を有するため、次世代の高速通信や電力制御のためのデバイスなどにも利用が広がっている。

 青色LED約30万球使用のイルミネーション
 青色LED約30万球使用のイルミネーション
 提供:十和田市(アーツ・トワダ ウィンターイルミネーション)

 ミャンマーの寺子屋を照らすソーラーランタン
 ミャンマーの寺子屋を照らすソーラーランタン
 提供:パナソニック株式会社


  • ※1 Light Emitting Diode
  • ※2 一般社団法人日本照明工業会より(https://jlma.or.jp/akari/led/tokuchou.html)
  • ※3 ノーベル財団プレスリリース(2014年10月7日)より
  • ※4 株式会社富士キメラ総研「2018 LED/LD関連市場総調査」より
  • ※5 JSTnews 2011年7月号

2 土壌中の細菌が作り出す物質による寄生虫感染症の撲滅(※6)

 寄生虫感染症は、発展途上国を中心に多くの人々が罹患し、命を落としたり後遺症に苦しんだりする原因となっている。国連はSDGsにおいて「すべての人に健康と福祉を」を目標の一つに掲げ、2030年までに伝染病の根絶と感染症への対処を目指している。2015年(平成27年)にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智氏の研究は、アフリカや中南米で何億もの人々を苦しめてきた寄生虫感染症の特効薬の基となった「エバーメクチン」の発見に関するものであった。
 大村氏の研究スタイルは、ノーベル賞受賞直後の会見で述べた「いつも財布の中にビニール袋を入れて持ち歩いている」という言葉に表れている。それは、未知なる有用な天然有機化合物を求めて様々な場所から土を採取し、土壌中の微生物の培養と産出された物質の分析を繰り返す地道なものであった。大村氏は、世の中の役に立つ研究をすること、人の真似は絶対にしないことを信条に、たとえ失敗を繰り返そうともいつか必ず成功することを信じて研究を続けた。その結果、500余種もの新規化合物を発見し、そのうち26種類をヒトや動物用の医薬品、研究用の試薬などとして実用化につなげた。大村氏が昭和54年に発見したエバーメクチンは、静岡県伊東市のゴルフ場近くから採取した土壌の中に生息している微生物から抽出されたものである。
 エバーメクチンを基に大村氏の共同研究先である米国の製薬会社が開発した「イベルメクチン」は、牛やイヌ、ヒトを宿主とする様々な寄生虫の駆除に絶大な効果を発揮した。これによりアフリカ及び中南米で蔓延(まんえん)していたリンパ性フィラリア症(※7)が2020年に、河川盲目症(※8)が2025年に撲滅されると予測されている。ノーベル生理学・医学賞の授与機関であるカロリンスカ研究所も「(イベルメクチンの)発見が、病気による苦しみを和らげ、人類の健康を向上させたことによる影響は計り知れない」と賛辞を贈っている。

 河川盲目症から救われた子供たちの歓迎を受ける大村氏
 河川盲目症から救われた子供たちの歓迎を受ける大村氏
 提供:大村智・北里大学特別栄誉教授


  • ※6 馬場錬成著「大村智物語‐ノーベル賞への歩み」(2015年)中央公論新社をもとに執筆。
  • ※7 蚊から感染する線虫によって引き起こされ、慢性の腫脹を起こし、生涯にわたり障害を起こす。
  • ※8 ブユから感染する線虫によって引き起こされる感染症で、網膜で炎症が起きて視力が低下し、最悪の場合失明する。

3 豊富な鉄元素から世界最強の永久磁石の開発

 現在、世界最強の永久磁石(※9)は、ネオジム、鉄、ホウ素から成るネオジム磁石である。その世界生産量は、2018年には6万トンを超え、2025年には10万トンに迫ることが見込まれている(※10)。ネオジム磁石は、1982年(昭和57年)に住友特殊金属株式会社(現・日立金属株式会社)と米国のゼネラル・モーター社がそれぞれ開発した。住友特殊金属株式会社においてネオジム磁石の発明や大量生産法を開発したのが、佐川眞人氏である。
 佐川氏の当初の研究テーマは、当時世界最強だったサマリウム・コバルト磁石の性能向上であった。その一方、なぜ資源が豊富な鉄で強力な永久磁石ができないのか疑問を持ち、独学で鉄をベースにした研究を進めた。当時はコバルトを使用しないと永久磁石ができないことが常識とされていたが、ネオジムと鉄に微量のホウ素を混ぜることでサマリウム・コバルト磁石の性能を上回る画期的な素材を開発した。磁石の専門家ではなかった佐川氏だからできた常識にとらわれない柔軟な発想と言える。佐川氏は当時勤めていた企業を退職してまでこの磁石の開発にこだわり、住友特殊金属株式会社においてネオジム磁石の商品化を成し遂げた。ネオジム磁石は開発されて35年以上経過した今なお、世界最強の永久磁石であり続けている。
 ネオジム磁石はモーターなどに使用され、電気自動車の省電力化や風力発電施設の高効率化に貢献している。また、ハードディスクの磁気ヘッドの駆動装置に用いることにより、ハードディスクの大容量化にもつながっている。近年は、ネオジム資源の偏在やネオジム磁石の耐熱性向上に必要な希少元素の確保など、ネオジム磁石の課題が顕在化している。佐川氏のような独創的で柔軟な発想により、これらの課題を解決できる新たな材料の開発が期待されている。

 ネオジム磁石(左)と一般的な磁石(右)
 ネオジム磁石(左)と一般的な磁石(右)
 提供:物質・材料研究機構


  • ※9 外部からの磁場や電流などを受けずに、自ら安定した磁場を長期にわたり発し続ける磁石
  • ※10 株式会社富士経済「精密小型モータ市場実態総調査2018」より

4 ポータブル機器を普及させた充電可能なリチウムイオン電池

 携帯電話、ノートパソコン、タブレットやデジタルカメラなどのポータブル機器の普及の背景には、小型で大容量の蓄電池が欠かせない。しかし、ニカド蓄電池や鉛蓄電池などの水性電解液を用いた蓄電池では十分な電圧が得られないという課題があった。この課題に基礎研究段階から取り組み、充電可能なリチウムイオン電池(以下「リチウムイオン電池」という。)の開発につなげたのが、旭化成株式会社の研究者である吉野彰氏であった。

 第1‐2‐1図/リチウムイオン電池の仕組み

 吉野氏は、1980年代初め頃から、「ポータブル」や「ワイヤレス」という言葉の流行を察知し、将来的には電子機器を持ち歩く時代がやってくるという確信を持っていたという。当時から金属リチウムを使用した充電のできない電池は既に実用化されていたが、同じ反応原理で充放電を繰り返し行うことは技術的なハードルが高かった。そのため吉野氏は、リチウムイオンが化学反応を起こさずに正極と負極の間を行き来することにより、安定して充放電を行える全く新しい仕組みを考案した。正極の材料も、金属リチウム電池には適さないために注目を浴びていなかった新規材料が、自らの考案した仕組みには最適であることを見抜き、その材料を取り入れた(※11)。開発から市場拡大まで15年の月日を要したが、ICT社会の実現とIoT社会の到来に大きく貢献したリチウムイオン電池の開発は、正に私たちの社会を大きく変えた基礎研究の成果であったと言える。
 リチウムイオン電池の市場規模は、2017年の約3兆円から、2022年には約7兆円に急成長することが見込まれ(※12)、電気自動車向け車載用蓄電池としての需要が伸びている。その一方、最終製品はもちろん、電極やセパレーターなどの部素材も含め、中国企業が大きくシェアを伸ばしている。これに対して、我が国ではより大容量、高出力で安全性の高い次世代蓄電池である全固体電池(電解質が液体ではなく固体のもの)の研究開発を精力的に進めており、近い将来の実用化が期待されている。


  • ※11 「ぶんせき」(2013年10月号)日本分析化学会
  • ※12 株式会社富士経済「2018電池関連市場実態総調査No.2」より

5 体細胞の初期化(iPS細胞)による新たな再生医療実現の可能性

 あらゆる臓器や組織を対象とした再生医療の実現にはいろいろな種類の細胞に変化できる多能性幹細胞が重要な役割を果たす。しかし、受精卵由来の胚(はい)性幹細胞(ES(※13)細胞)を用いる方法では、作製段階で胚(はい)を壊すという生命倫理面での課題や、移植される患者の免疫による拒絶反応のおそれがあるといった課題がある。それら課題の解決を目指し、患者本人の細胞から作製した多能性幹細胞による再生医療実現の道を切り拓(ひら)いたのが、体細胞を初期化してiPS(※14)細胞を作製する手法を発見した山中伸弥氏である。
 もともと整形外科医であった山中氏は、現在の医療では救えない患者を目の当たりにし、基礎研究を通じて患者を救うことを志した。平成10年に世界で初めてヒトES細胞が作製され、多能性幹細胞を用いた再生医療実現に道が開けたのと同時に倫理面での課題等が浮き彫りになった。それをきっかけに、山中氏はこれらの課題を解決すべく、皮膚細胞を初期化してES細胞のような多能性幹細胞を作製するビジョンを掲げ、研究に打ち込んだ。平成18年に山中氏が発表した、わずか四つの遺伝子を導入することでマウスの皮膚細胞を初期化できるという成果は、当時の生命科学の常識を覆す画期的なものであった。この成果により2012年(平成24年)に山中氏がノーベル生理学・医学賞を受賞したことは周知のとおりである。
 我が国は平成19年のヒトiPS細胞樹立の発表後、国を挙げて将来的な臨床応用も見据えた研究支援、安全指針や倫理規定等の基準策定に取り組んできた。この結果、平成26年に世界初の臨床研究の事例として、iPS細胞から作製した網膜の細胞の移植が行われた。平成30年にはiPS細胞由来の脳の神経細胞の移植も実施されたほか、心臓、脊髄、血小板、角膜など様々な臓器や組織等を対象とした臨床研究も計画されている。また、患者由来のiPS細胞を用いた病態解明や創薬研究も行われている。
 iPS細胞による再生医療は、安全面やコスト、それらに対する国民理解など、まだまだ解決すべき課題は多い。しかし、再生医療の実現による社会的、経済的価値は非常に大きく、一日も早い成果の還元が期待される。

 線維芽細胞から樹立したヒトiPS細胞のコロニー(集合体)
 線維芽細胞から樹立したヒトiPS細胞のコロニー(集合体)
 提供:京都大学iPS細胞研究所

 第1‐2‐2図/iPS細胞から移植用の網膜色素上皮細胞の作製


  • ※13 Embryonic Stem
  • ※14 induced Pluripotent Stem

6 ゲノム情報の自在な編集を可能とする新たなツール

 生命体が持つ全遺伝情報であるゲノムの人為的な改変は、基礎研究をはじめ、医療、工業、農業等の様々な分野で利用される重要な技術である。動植物の品種改良を例に取ると、これまでも放射線や化学薬品などを用いて改変が行われていたが、こうした手法ではゲノムの改変は無作為に起きるため、目的の品種開発には多大な労力とコストを要した。1990年代に開発されたゲノム編集は、DNA(※15)を思いどおりの箇所で切断し、遺伝子配列の一部を効率的に変化させることを可能にした。特に2012年にジェニファー・ダウドナ氏とエマニュエル・シャルパンティエ氏が開発した「CRISPR(※16)/Cas9(※17)」と呼ばれるゲノム編集ツールは、従来の手法と比較してコストや利便性が格段に高く実用的であるため、ゲノム編集の急速な利用拡大につながった。我が国でも、機能性成分GABA(※18)(ギャバ)を多く含んだトマト、超多収のイネ等が開発され、実用化に向けた取組が進められている。

 第1‐2‐3図/CRISPR/Cas9の構造

 CRISPR/Cas9は、もともと大腸菌などの原核生物が自身に感染したウイルスなどの外部由来DNAを選択的に切断する細胞内免疫機能を担っている。CRISPRとは、昭和62年に大阪大学に在籍していた石野良純氏が大腸菌の研究で発見した、ゲノムに含まれる特殊な塩基配列を持つ領域である。今では多くの原核生物のゲノムに含まれることが分かっているが、発見当時はCRISPRの機能が全く予測できず、その解明には至らなかった。海外の研究者が基礎研究を続けてCRISPR領域とCasと呼ばれる酵素がDNAを切断する機構を明らかにし、ゲノム編集ツールとして確立させるまで実に25年を要した。
 このような有用な技術が微生物の生命機能を解明する中で見いだされたことは特筆に値する。これは、一見すると何の役に立つか分からないような研究であっても、根本的な原理を理解することにより、思いもよらない応用が見つかるという基礎研究の本質を表す好事例である。石野氏も「CRISPRを発見した時にそれがゲノム編集に利用可能であることは誰も想像しておらず、CRISPRの機能解明自体が素晴らしい研究成果であるが、さらに、それを利用して実用的なゲノム編集技術開発につなげた研究者の応用力に深い感銘を受けた」(※19)と述べる。ゲノム編集は、遺伝子治療など医療に応用した場合の安全性や生命倫理、動植物を改良した場合の生態系への影響、社会的受容性など課題も多いが、応用範囲の広い重用な技術であり、研究者と社会が対話を重ねながら研究開発と社会還元を進めていくことが期待される。

 超多収に向けたシンク能改変イネ
 超多収に向けたシンク能改変イネ
 提供:農業・食品産業技術総合研究機構


  • ※15 Deoxyribonucleic Acid
  • ※16 Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats
  • ※17 CRISPR associated proteins 9
  • ※18 Gamma Amino Butyric Acid
  • ※19 「化学と生物」(Vol.56(2018年)No.4)日本農芸化学会

7 超伝導の発見と医療、交通分野等での応用

 超伝導とは、物質を冷やしたときに、転位温度と呼ばれる温度を下回ると電気抵抗が急激に低下し、ゼロに等しくなる現象である。その歴史は古く、オランダの物理学者オンネス氏が超伝導を発見したのは1911年である。超伝導現象を説明する理論が構築されたのは、それから40年以上経過した1957年であった。そして次のブレイクスルーが訪れたのはその約30年後、1986年の銅酸化物超伝導体の発見である。これは、初めて金属以外の超伝導体が発見されたこと、当時の理論で予想されていた転位温度の限界を大きく上回る転位温度(90K(約‐180℃))を達成したことの二点において画期的な成果であり、高温超伝導研究を切り拓(ひら)いた。平成20年には東京工業大学の細野秀雄氏が超伝導に向かないとされる鉄を主体とする物質で高温超伝導現象を確認し、金属と銅酸化物系に次ぐ新たな元素による超伝導物質を発見した。
 超伝導の身近な応用例は、医療用核磁気共鳴画像法(MRI(※20))や令和9年に開業予定のリニア中央新幹線などが挙げられる。MRIは、生体に強くて均一な磁場をかけて生体の任意の断面画像を得る手法で、磁場を発生させるために超伝導磁石が用いられている。また、リニア中央新幹線では、車体に搭載された「超電導磁石」とガイドウェイの両側壁に設置された電磁石との相互作用により推進・浮上する。このほか、未来のエネルギーといわれる核融合や未来のコンピュータとされる量子コンピュータにおいても、超伝導が重要な役割を果たしている。
 超伝導は、発見から応用までに50年以上の歳月を要し、100年以上経過した今日でさえ、その全てを解明したとは言えず、基礎研究が続けられている。しかしながら、その成果は今日の社会に大きな価値をもたらし、また将来の私たちの生活を劇的に変える可能性を秘めている。これこそが基礎研究の本質であり、短期的な成果の有無に捕らわれず、息の長い取組を継続していくことが重要である。

 医療用MRI
 医療用MRI
 提供:国立病院機構甲府病院

 山梨実験線を走る超電導リニア
 山梨実験線を走る超電導リニア
 提供:JR東海


  • ※20 Magnetic Resonance Imaging

8 宇宙の起源を探る素粒子物理学とその身近な応用

 素粒子は物質を構成する最小の単位であり、電子や光子も素粒子の一つである。多くの研究者による理論的予想と実験による観測を経て、その存在が徐々に明らかになり、その過程で多数のノーベル賞受賞者が輩出されてきた。誕生直後の宇宙は素粒子で満たされていたと考えられている。したがって、素粒子の運動法則を理解する素粒子物理学は、宇宙の起源の解明にもつながる。
 近年は素粒子の運動法則を利用した身近な応用事例が出てきている。例えば、宇宙線により絶えず生成されて降り注ぐ素粒子であるミューオンを、それが通過するとその飛跡が見える特殊な写真フィルムを用いて観測することにより、様々な構造物の内部を透視することが可能となった。名古屋大学はこの手法でクフ王のピラミッドの中心部に未知の巨大空間を発見し、東京大学は火山や地下断層を透視して災害や事故防止に向けた研究を進めている。また、素粒子である電子と陽電子(※21)が衝突するとガンマ線(光子。素粒子の一種)を放出する現象が、がん検査の一つである「PET(※22)検査」に応用されている。
 2015年(平成27年)のノーベル物理学賞受賞者である梶田隆章氏が受賞直後のインタビューで素粒子の研究について「すぐに役に立つものではないが、人類の知の地平線を拡大するもの」と述べたとおり、素粒子物理学はいまだ多くの謎が残る基礎研究である。しかしながら、素粒子の運動法則が明らかになり、それらを自在に制御・観測することが可能となるにつれて、前述のようにこれまで観測・検知できなかったものが見えるようになってきた。このような成果は、絶えず基礎研究を続け基本原理を解明することで初めて可能になったものであり、基礎研究が知的フロンティアの開拓にとどまらず、私たちが日常的に実感できる価値をもたらした好事例と言える。

 第1‐2‐4図/薩摩硫黄島火山の内部イメージング

 第1‐2‐5図/観測されたクフ王ピラミッドの内部構造イメージ

 第1‐2‐6図/X線検診、CT検診、PET検診の比較


  • ※21 素粒子の一つで、電子と正反対のプラスの電荷を持ち、電子と同じ質量とスピンを持つ。
  • ※22 Positron Emission Tomography

お問合せ先

科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)

-- 登録:令和元年07月 --