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第1部 第1章 「超スマート社会」の到来

 自動車や公共交通機関の発達、家電製品の改良・普及など、モノの発達によって、我々には、移動時間の短縮、肉体労働の軽減、家事時間の短縮などの恩恵がもたらされてきた。また、ラジオ、テレビ、コンピュータの出現、さらには1990年代以降の爆発的なインターネットの普及は、世界中から様々な情報を即座に入手することを可能にした。近年では、通信速度の高速化と大容量化が飛躍的に進み、スマートフォンやタブレットの普及とあいまって、従来は別々の端末から得ていた映像、音楽等のメディア機能、インターネット検索などの機能が、1つの端末でいつでもどこでも得られるようになった。さらには、コンピュータの処理能力の向上、ビッグデータ解析技術、人工知能等の進展と相まって、モノと情報を組み合わせた新たなサービスが次々と生み出され、我々の生活をますます豊かなものに変えてきている。
 本章では、まず、ネットワークの高度化、ビッグデータ解析技術及び人工知能等の発展により、サイバー空間と現実空間の融合が進展することにより、未来では我々の生活がどのように変わっているのか、今日我が国が解決を迫られている社会的課題に即して「超スマート社会」の具体的な現れ方を構想する。そして、そこで浮かび上がってくる「超スマート社会」の共通項を明らかにすることを通じて、サイバー空間と現実空間が高度に融合した「超スマート社会」の輪郭を描出する。また、もたらされるであろう経済活動や社会システムの大きな変化を提示し、経済的な波及効果等についても考察する。

第1節 我が国の未来社会像

 本節では、ある家族を主人公に、国民生活に身近な視点から、20年程度先の未来社会像について構想する。
 我が国は、既に高齢化による社会保障費の増大、生産年齢人口の減少による労働力不足、地域活力の減退といった課題に直面しているが、20年後の2035年頃には、団塊ジュニア世代が、高齢者と呼ばれる65歳に達し始める。一方、世界に目を向けると、発展途上国の人口が大幅に増え、2035年には世界人口は約88億人になると予測(※1)されており、生活水準の向上や気候変動等の影響もあり、エネルギー、資源、食料などあらゆる物が不足するおそれが指摘されている。このような国内外の様々な課題に対して、科学技術イノベーションはどのように貢献することができるのだろうか。現在の萌芽(ほうが)的研究が実用化される可能性の高い20年後に当たる2035年頃の社会像を構想する。
 なお、ここで構想する未来社会像のそれぞれは、可能性のある未来像の一つであり、言わば「超スマート社会」の断片と言えるものである。上述の既に見えている社会的課題と、それらを解決に導こうと進んでいく未来社会の姿は、そのように「なる」ことがある程度明らかなものである。だが、それらは未来社会の一部分であり、未来社会の大部分は、我々が楽しみや好奇心を追求し、「欲しい」「やってみたい」「変えたい」と望むことにより「作る」ものであることを忘れてはならない。


  • ※1 国際連合 World Population Prospects:The 2015 Revision

 <主人公家族>
 父:増田マサシ(50歳)、母:ミキ(48歳)、娘:アイ(22歳)、息子:セオ(11歳)、母方の祖父:シュン(78歳)の3世代5人家族。2035年の東京都に暮らしている。父は、災害管制センターの職員で、母は、建設会社で働く建築士である。娘は大学4年生で、現在就職活動中、息子は小学6年生である。更に増田家には、家族のほかに、家庭内で活躍しているロボットたちの司令塔となっているロボット、ゲンナイがいる。
 また、父方の祖母:チエ(90歳)が、父の故郷である地方都市で、兄家族の家の近くにある介護施設に入居して暮らしている。
 <名前の由来>
 1956年、米国ニューハンプシャー州のダートマス大学で、「ダートマス会議」が開かれた。本会議で「人工知能」という言葉が生まれたとされている。主人公家族の名前は、この会議の名称と、そこに集った研究者達の名前等から取った。

  • ダートマス会議 ⇒増田家
  • ジョン・マッカーシー(※2) ⇒ マサシ(父)
  • マービン・ミンスキー(※3) ⇒ ミキ(母)
  • 人工知能(AI) ⇒ アイ(娘;ダートマス会議で生まれた(産まれた)という意味)
  • ロジック・セオリスト ⇒ セオ(息子;同会議で示された初の人工知能プログラム)
  • クロード・シャノン(※4) ⇒ シュン(祖父)
  • ナザニエル・ロチェスター (※5) ⇒ チエ(祖母)

(注)

  • ※2 計算機科学者で認知科学者。ダートマス会議の主要メンバー。人工知能の名付け親。
  • ※3 コンピュータ科学者で認知科学者。マサチューセッツ工科大学の人工知能研究所の創設者の1人。
  • ※4 電気工学者で数学者。情報理論の生みの親。
  • ※5 世界で初めて大量生産された汎用型コンピュータ、IBM701開発チームの中心メンバー。

主人公家族

1 一品物と快適なサービスを手に入れる

<休日のガレージにて>

休日のガレージにて

 休日の朝、マサシは、自宅のガレージで、愛車の電気自動車に「調子はどうだい?」と声をかけた。愛車から、「夕べ、自動運転機能のソフトウェアのアップデートが完了しました。タイヤの空気が減っているのでお出かけなら充 が必要です。タイヤの摩耗(まもう)が進んでおり、交換のお知らせが届いています。走行することが多い路面に合った品質のタイヤが用意されています。交換してよろしいでしょうか。」との返事が返ってきた。マサシは、「ああ、お願いするよ。」と答えた。今日か明日には新しいタイヤと交換作業ロボットが到着するだろう。
 彼は若い頃から、車を自分好みに改良して長く乗るのが好きだ。同居している義理の父のように、地域でシェアしている小型車で十分快適という人が多いが、やはり愛車を持ちたい。この車は最近、10年以上ぶりに買い換えたものだ。前の車は基本的な操作は自動で行われるが、緊急時などは彼が操作する必要があった。今回は完全自動運転の車だ。近年はほとんどの車が完全自動運転となり、人が運転に関与する車に対し人々が不安の目を向けるようになってきたことが買換えの動機だった。

<愛車が到着するまで>

愛車が到着するまで1

愛車が到着するまで2

 彼は購入過程の変わりように驚いた。彼がインターネットの無料サイトで車のデザインやパーツを閲覧すると、デザイナーから幾つかのデザイン案が送付されてきた。彼が目をとめたデザインを基に、これまでに蓄積された、顧客の反応と提案デザインへの評価結果を解析して、彼が好みそうなデザインを提案してきたのだ。彼はそれを実物大の3D画像で映し出し、全方向からチェックした後、再度送られてきたデザインに決定した。
 そのデザインは組立工場に送られ、注文からほんの数日で自宅に新車が届いた。同じ工場では、他の人がデザインした車も同時並行で製造されている。様々な部品が必要な作業を行うロボットの前を通り、車へと組み立てられていく。一昔前は、モデルごとに決められたラインと行程により製造されていたが、現在は、臨機応変に一台一台デザインの異なる車を同時に製造することが可能となったそうだ。お陰で、個別にデザインされた車でも既製デザインの車でも、ほぼ同じ価格で購入できるようになり、妻の小言も少し減った。

<エネルギーや資源の節約にも貢献>

エネルギーや資源の節約にも貢献

 車に乗り込み行き先を伝えると、交通管理センターから、最も効率的に目的地に到着するルートが提案され、画面上に表示された。同センターでは、膨大な数の車両の現在位置情報や目的地、日頃のデータを基にした稼働予測等を踏まえたルート提案を行っており、走行中もルートが変更されることがある。
 彼はあらかじめ、安全性、電費(※6)向上、車の寿命延伸を重視する設定としており、過去の事故発生地点や路面状況なども加味したルートが通知される。彼の車の安全性、走行距離や電費に関する情報はメーカーに送られ、成績が向上すればするほど、サービス料が安くなる仕組みである。事故の際の損害賠償責任の補償と、修理費の延長保証を組み合わせたようなサービスで、車両の走行状況に応じて料金を変動しようというものである。
 メーカーでは、モータやブレーキ等が故障する前のわずかな兆しも把握して、修理の提案をしてくれる。以前は、多数のパーツを組み合わせて作る必要があった部品も、3Dプリンタを使って一体成形することにより、精密に素早く、耐久性が高くて軽量な部品を作ることが可能となっている。また、部品は修理の効率性も考慮してモジュール化(※7)され、必要最低限の交換で済むようになっている。外観に飽きた場合には、可能な限り内蔵の部品はそのままに、外装のモデルチェンジをすることもできる。


  • ※6 電気自動車を動かす際の電力消費率。ガソリン車の「燃費」に相当。
  • ※7 機能的に独立した各パーツ(モジュール)を組み合わせることで製品が完成するよう内部設計が変化すること。

2 エネルギーの地産地消で街作り

<暮らしとエネルギー>

 マサシの愛車の電気自動車は、エネルギーの効率利用にも貢献している。増田家では、昼間に太陽光で発電したエネルギーの余剰分を電気自動車に充電して、夜間の暮らしのエネルギーとして利用している。災害による停電時には地域の分散電源として活用される。
 「今日もいい湯だった。」風呂から上がったマサシは満足げにリビングに横たわり、本を読み始めた。我が家ではゲンナイが家庭内のエネルギー需給管理を行っており、入浴時間や各人の好みに応じて温度と湯量を無駄なく調整する。また、家族の行動、体温、位置を把握し、各人の周辺を適切な温度・明るさに調整してくれるため、以前のように、部屋の温度と電気代のことで妻と喧嘩(けんか)になることもなく、科学技術は、家庭円満にも一役買っている。

<地域でのエネルギー・マネジメント>

 増田家が住む街では多分に漏れず、オフィスビル、商業施設などの施設が、太陽光発電を行ったりバイオマス熱などを利用したりしている。発電した電力は大型蓄電池に蓄えており、地域のエネルギー管理センターが街全体のエネルギー需給状況を把握して、建物間で電力を相互に融通し合うシステムが導入されている。
 例えばオフィスビルでの電力需要が高まる平日昼間は、需要が低くなる商業施設から電力を融通し、逆に商業施設での電力需要が高まる休日は、オフィスビルから電力を融通する。災害等による停電が長引くときは、これらの大型蓄電池から増田家にも電力が供給され最低限の生活ができるようになっている。
 以前は、各施設が個別に電力会社から電力供給を受けていたが、発電施設の設置コストの低下、発電と蓄電能力の飛躍的な向上、地域内での電力融通システムの発達により、現在は、地域内で可能な限り地産地消を図った上で、電力会社から必要な電力を購入するシステムが定着している。

3 自分好みの農作物を注文栽培

<増田家の夕食の準備>

増田家の夕食の準備

 日曜の昼下がり、ゲンナイはマサシに、「そろそろ夕食の献立を決めてください。」と声を掛け、ウェアラブル機器や食事の様子から得た家族の体調や好み、食材の在庫や市況、インターネット上に無数にあるレシピを解析し、「お父さんは胃がお疲れですね。魚と野菜中心のこんな献立はいかがですか。虎ノ門農園に作ってもらったキャベツが合うと思います。」と提案した。
 更にゲンナイは、「栽培記録や農薬の残留検査結果などの情報も、希望条件を満たしています。」と補足した。調理だけでなく献立決めや食材注文もロボット任せの家庭が多い中、ミキは自分が最終判断を行う主義なのだが、今日は仕事で不在だ。マサシは「いいよ。」と答えた。
 注文を受けた虎ノ門農園の倉庫では、ロボットが迅速に梱包(こんぽう)し、近場への少量の配達にはドローンを使うため、夕方にはキャベツと農園からの礼状が届いた。ゲンナイは、お料理ロボットに今日の献立に必要なソフトウェアをインストールした。

<虎ノ門農園の経営戦略>

虎ノ門農園の経営戦略

 虎ノ門農園の農業機械は、昼夜を問わず耕うん、除草などの作業を自動運転で続けている。また、稲の生育状況に応じ田んぼごとに水利施設の自動制御を行ったり、ドローンから送られる畑や果樹園の様子を基に、ロボットが畦畔(けいはん)の補修や除草等を行ったりして、広範囲に分散する広大な面積の圃場(ほじょう)を使って超省力・大規模生産を行っている。
 経営者は、ビッグデータ解析による各国の消費者ニーズの把握や需要量予測、作物の収量・収穫時期・品質の予測などを人工知能に任せ、それらの結果を基に、何をどこでどれくらいいつ生産するのかといった経営戦略を練ることに時間の大半を使っている。また、受発注システムを通じた商取引も活用しながら、生産から販売まで一貫して行い、必要な量を必要な時に生産・出荷することにより、フードロスを低減しつつ世界各地へ作物を輸出している。

<母と農園との協働>

 虎ノ門農園では、消費者との協働による細かいニーズに対応した作物の生産を進めている。ミキは昨年、農園の広告に応募して、協働者の一人となった。
 農業データベースには、いろいろな品種の染色体地図が共有されており、特徴的な味や食感などの品質と、それに対応する遺伝子の部位が特定されている。また、多くのベテラン農家が持つ栽培手法と品質に関する「匠(たくみ)の技」もデータ化されて蓄積されており、求める品質に最適な品種と栽培条件の組合せが解析できる。虎ノ門農園は、ミキの嗜好(しこう)データと、それらの解析結果を基に、幾つかの野菜の味のサンプルを提案してきた。ミキはそのデータを基に味を再現する装置を使ってバーチャルに試食し、「おいしい!」と返答した。
 こうして虎ノ門農園は、ミキの嗜好(しこう)に応じた野菜の栽培に着手した。農業機械が、耕うん時に土壌の成分を測り、最適な栽培条件に合わせて肥料を配合し施肥(せひ)まで完了する。また、詳細な気象情報から得られた病害虫発生予察を基に、ミキが気にしている農薬も、農業機械が適時に必要量を散布することで最低限に抑えられている。同じく個々人の嗜好(しこう)に応じて生産された作物でも、より栽培条件が管理しやすい植物工場で栽培され、より安価に購入できるものを好む人もいるが、ミキは太陽の光を浴びながら土の上で育った作物が好きだ。
 様々な顧客ニーズに合わせた生産を行うという考え方が農業にも取り入れられているのである。ゲンナイが注文したキャベツに礼状が付いていたのは、こういう訳であった。

<地球規模課題への貢献>

 虎ノ門農園も活用していた農業データベースは国際的に共有されている。前述の染色体地図とDNAマーカーを活用した育種(※8)により、以前は長くかかっていた品種改良が短期間で可能となっており、高温障害、塩害や病害虫等に強い品種、既存のものよりも何倍もの収量のある品種などのデータが蓄積されている。これらのデータを活用することにより、世界各地で、温暖化による気象条件の変化に対応した品種への移行がスムーズに行われるようになっている。


  • ※8 重要な形質に関わる遺伝子を目印にして、簡便に目的の品質等を持つ系統を選抜する育種方法。公益財団法人国際科学技術財団Japan Prize News No.55(Jan.2016)

4 暮らしながら健康管理

<ベッドが大活躍>

ベッドが大活躍

 ミキの父シュンが朝目覚めると、ベッドから天井に向かって投影されたグラフと数字が目に飛び込んできた。彼が寝ている間の血圧、心拍数などだ。呼気から分析した糖尿病リスクなども、安定した数字で一安心だ。額にシートを貼って測定した睡眠状態も「良好」である。シュンが快適に眠れるようベッドが寝返りや体位を調整してくれているお陰だ。マサシは自分好みの車を注文したが、シュンはこのベッドを自分好みのデザイン、重視したい健康管理に合わせて作ってもらった。購入後もいろいろなソフトをインストールして、寝心地や測定機能などを試している。
 先日、高校の同窓会で再会した友人が、半年ほど前、夜中に救急車で病院に搬送されたという話をしていた。一人暮らしで高齢となったこともあり、センサ付きのベッドを購入した矢先のことだった。友人は、就寝中に脳梗(こう)塞(そく)を起こし意識がなかったが、ベッドが感知したデータは、瞬時に交通管理センター(「 1 ‐品物と快適なサービスを手に入れる」参照)の救急部門に通報された。センターの人工知能は、彼が緊急搬送の優先度が高いと判断し、一番近くにいた救急車に、彼の自宅までの最適ルートと、地域の救急病院の状況を分析して決めた搬送先を指示した。
 友人はあらかじめ、緊急車両到着時には一時的に玄関ロックを解除する権利を消防隊員に与えるように設定していたため、搬送もスムーズだったらしい。彼は、薬剤で塞栓(そくせん)を溶かす治療により、全く後遺症を残すことなく快復していた。この治療方法を医師が迷わず選択できたのは、彼のデータが搬送予定の病院にも共有され、発症時間が明確だったためだ(※9)。
 また、ウェアラブル機器等で測定した様々なデータを病院に送って健康状態を監視してもらうことができるため、短期間で退院することができ、通院の必要もないそうだ。


  • ※9 国立循環器病研究センター循環器病情報サービス[63] 脳梗塞の新しい治療法(http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/brain/pamph63.html)

<家族の健康を支える科学技術>

 他にも、ゲンナイが家族の居場所を各々の適温に調整してくれたり、お風呂にお湯を張る間に脱衣所の温度を調整してくれたりすることにより、血圧急上昇や心筋梗塞(こうそく)などのリスクが低減されている。また、トイレが感知した排泄物中の成分、お掃除ロボットが吸い取ったゴミや洗濯機の洗浄水に含まれるアレルゲン、ベッドやウェアラブル機器が計測したデータなど、様々な情報が個人情報保護活用センターに蓄積される。個人情報保護活用センターは、大量に収集された個人に関する情報を、特定の個人に結び付かない形に加工処理して様々なサービス向けに提供する機関だ(第2章第2節参照)。
 病気を発症した患者のこうしたデータを解析することにより、現在では様々な疾患について、健康な状態から発症に移る直前の生体現象が解明されており、的確な診断や先制治療が可能となっている。認知症も、発症のメカニズムが解明され、効果的な新薬が開発されたことで、症状の進行を大幅に遅らせたり、場合によっては発症そのものを防いだりすることも不可能ではなくなっている。
 ベッドやウェアラブル機器は、病気の兆しかどうか医師による診断が必要と判断すると、データを病院に送信する。先日、シュンのところにも、医師から、最近やや血圧が高いとして、食習慣の改善や運動を促す行動計画が届けられた。増田家のゲンナイにもこの計画は共有されており、医師の指示を踏まえつつもおいしい料理が提案されているお陰で、血圧は落ち着いている。
 このようなサービスにより、家にいながら医師による遠隔診断や治療を受けることができる。さらに、昔とは比較にならないほど多くの人が病気の重症化や慢性化から救われている。
 また、ビッグデータ解析技術や人工知能等の発達により、遠隔診断や治療等の基盤が整備され、専門の医師がいない地域においても、良質な医療を安全に受け取ることができるようになっている。
 ちなみにマサシも、ウェアラブル機器を活用して運動不足解消や食生活の改善に努めている。いかに機械の助けがあっても健康管理を継続するのは難しいものだが、彼は、自分の行動データが保険会社に送信され、医療保険料が安くなることを楽しみに励んでいる。
 シュンは、科学技術の進展が医療費や介護費の低減に随分貢献していると感じている。

<自分の持ち場で能力を発揮>

 シュンは若い頃、日本料理屋で働いていた。科学技術のお陰で通院や治療に時間を割く必要もなく、まだまだ働きたいという思いから、知人と共にそば打ち、七草がゆなど日本の伝統的な食文化を伝える市民講座の講師をしている。小学校などでの出前餅つき大会は人気で、かまどでの餅米炊きから教えている。顔見知りになった子供たちと挨拶を交わすのも散歩のときの楽しみの一つだ。
 講座の予定は交通管理センターに登録しており、今日もタイミング良く二人乗りの小型電気自動車が自宅に迎えに来た。知人も既に乗っている。家族そろっての遠出にはマサシの愛車もいいが、小型自動車はよりエネルギー消費量も少なく、地域での移動の足には最適で、シュンはとても気に入っている。

5 施設での日々の楽しみ

<家族やロボットとともに楽しむ>

 マサシの母チエは、90歳近くなるまで大きな病気にかかることなく過ごしてきた。しかし、2年ほど前転倒してけがをしたことが原因で、ベッドから起き上がりトイレに行くにも介助が必要となった。兄夫婦は二人とも働いており、自宅にいる時間が不規則で介護できる時間も限られているため、チエは機能回復の目的も兼ねて近所の介護施設に入居している。
 家族と別々に暮らしていても、息子や孫たちを相手にいつでもおしゃべりを楽しめる。チエの室内には、マサシの家の居間の様子が映し出され、セオのはしゃぐ声も聞こえてくる。自分もそこに一緒にいるかのようである。
 チエはまた、施設でのイベントを楽しむ時間が大好きである。施設にいるエンターテイナーはロボットで、カラオケ大会での絶妙な司会やマジックショー、ボール遊びやおしゃべりの相手など、日々、入居者を楽しませている。病気になる直前の生態現象の解明等により、昔より認知症やうつ病などの診断・治療技術は向上しているが、こうしたロボットの活躍によって病気が予防されていることも多そうだ。

<孫の結婚式に出席>

孫の結婚式に出席

 チエは先日、マサシの兄夫婦の息子、つまり孫の結婚式に出席した。久しぶりに顔をそろえた親族たちと乾杯し、キャンドルサービスで回ってきた孫に「おめでとう。」と声を掛けることもでき、長生きして良かったと心から思った。これもロボットのお陰である。チエは施設から出て会場へ赴くのは無理であったため、チエが思うとおりに動くロボットを使って出席したのである。ロボットの顔にはチエの顔が映し出されていた。一方、施設のチエの室内には会場の様子が3D映像で映し出され、顔を動かせば周りを見渡すことができ、まるで会場にいると錯覚してしまうほどであった。孫には、「本当におばあちゃんがいるみたいでうれしかった。」と喜ばれた。

<入居者を支えるロボット>

入居者を支えるロボット

 チエは毎日、リハビリ支援ロボットを付けて、自力で座り続けたり、歩いたりする訓練を行っている。ロボットはチエの意思を感知して動きを補助してくれる。最近ではベッドにしばらく自力で座っていることも可能となり、ロボットを自分で装着することもできるようになってきた。ロボットが昔より格段に軽くなっているお陰でもある。少しずつでも毎日歩くことで、入居した当時より少し長く歩けるようになり、再び長生きするぞという意欲が湧いてきた。今は自宅に戻ることを目標に頑張っている。
 また、施設には、病気で身体が不自由になった人も入居している。リハビリ支援ロボットは、彼らの動きを補助しながら機能回復を助ける。また、その人の体調や、データベースに蓄積された膨大な症例とリハビリ効果に関するデータを瞬時に解析しながら、そのときその人にとって最も効果が高い方法と強度でのリハビリを提案する。歩行の補助以外にも、その人の意思を感知してロボットが腕を動かす、動いている自分の腕を見る、といったことが脳への刺激となり機能回復を早めている。チエは、車いすで入居してきた人が再び歩けるようになって、本人や家族が涙を浮かべて喜ぶ姿を何度も目にしてきた。

<介護士もサポート>

 科学技術は介護する人の負担も軽減している。要介護者の移乗(いじょう)や抱き上げなど、介助作業における重労働は、介護士の代わりにロボットが行い、介護士の仕事の一割以上をロボットが負担している。また、ロボットが入居者を楽しませ、リハビリをサポートすることで、介護士はより手助けを必要としている人の介護に専念することができる。また、介護時に気付いた点をスマートフォンにつぶやくと、情報を選別して必要な情報を看護師や事務局員など伝えるべき人に伝え、介護記録も作成して家族に送ってくれる。記録はデータベース上に保管され、スタッフ間の引継ぎや、介護サービス向上のための業務分析にも活用されている。このシステムは、介護施設だけでなく在宅介護の場合も、要介護者とその家族、地域のボランティア、支援センター、かかりつけ医を素早く効率的につなぐシステムとして活躍している。

6 建築物の企画から維持管理まで

<打合せがスムーズに>

 ミキは今、ある街の公・職・遊・食の各機能が集まる交流スペースの設計を担当している。日曜の昼下がり、彼女は地域住民や関係者との最終的なプラン打合せの場にいた。建物の3D画像を室内に映し出し、質問への回答もビジュアルに行い、その場でイメージを共有しながら設計や工期の変更を行うなど、以前より合意形成の速度が格段に速くなっている。
 これも企画・設計から資材調達、施工、維持管理までの情報をひとまとめにした建設管理システムのお陰である。このシステムは、設計や資材量の算出に必要な計算なども自動で行ってくれる。ミキは、この仕事を始めた頃に比べ、建物の独創的な機能や美しいデザインの創造に多くの時間を割けるようになり、ますます仕事が楽しくなったと感じている。

<工事もスマート化>

工事もスマート化

 最終プランも決まり、いよいよ工事開始である。現場をドローンが飛び、その高精度な測量結果を基に3Dの現況図面が作られる。この図面と3Dの施工完成図面を重ね合わせてできる高低差を、自動制御の建機が精確に切り盛りしていく。
 建物の工事が始まると、日々の工事の進捗状況や現場で生じるわずかな施工誤差などをドローンが測量し、建設管理システムに送信する。以前は、現場で誤差を調整しながら部材をつないでいく作業方法が主流であったが、今は、資材工場で、ロボットがシステムからの3D情報を基に、現場の誤差に合わせて幾つかの部材を一体化している。資材工場は住宅街近くにあるが、ロボットによる精密な操作により騒音やほこりも最低限に抑えられており、今のところ苦情は出ていない。
 こうして誤差調整済みの資材が、必要なときに必要なだけ現場へ搬送されてくるので、以前のように近隣に部材置場を確保する必要がなくなった。現場では、重い資材をロボットが保持し、人と協働して設置・接合している。
 また、過去の労働災害の発生状況に関するデータ解析から、あらかじめこの現場での危険箇所も割り出されており、作業員に注意を促している。最近は全国の建築現場での労働災害件数も格段に減っているそうだ。

<維持管理もサポート>

 建築に使われた部材や、幾つかの部材を一体化した資材には、小型で省電力なセンサを取り付け、建物完成後も劣化状況やズレなどの情報をシステムに蓄積したり、トレーサビリティを確保したりしている。そして、工事の施工主に、建物完成後も適切な資材取替え時期の提案や、改装時の資材の再利用などのサービスを提供している。特に、大きな地震の後、速やかに、省力的かつ効率的で信頼性の高い点検・保守を行うことができ、非常に喜ばれている。

<既存インフラの長寿命化>

既存インフラの長寿命化

 既存の道路、トンネル、橋梁(きょうりょう)などの維持管理を担当しているミキの同期も、建設管理システムとロボットやセンサのお陰でかなり仕事が変わったと言っていた。
 ヘビのように細長いロボット、壁面に吸着しながら歩くロボット、遠くからでも劣化の状況を高速で検査できる技術などの登場で、これまで人が見に行けなかった場所でも、検査したり、劣化部を剥(は)がしたりすることが可能になったそうだ。システムには、各施設の建築時の情報から、利用状況、これまでの災害や点検・修繕等の履歴まで蓄積されており、点検ロボットから送られる劣化や損傷の状況を基に、修繕の時期や内容など、各施設間の優先順位を考慮して決定してくれるらしい。

7 様々なシステムを防災・減災サービスに共用

 マサシは災害管制センターで働いている。災害発生時に、救助ヘリ、救急車両や支援物資運搬車両などに指示を出す仕事である。通勤不要の仕事も増えた昨今だが、彼の職場には常に人が勤務している必要がある。
 マサシは若い頃はビッグデータの解析技術を研究する研究者であった。最近の若い人たちは皆、高校や大学で基本的なデータ分析の知識を学習しているせいか、ビッグデータ研究の世界で生きていこうという若者の能力は、平均して高くなっている気がする。マサシは3年前、最先端の研究の世界は若い者に任せ、ビッグデータ解析で得られた情報が直接、実社会に役立てられている今の仕事に転職したのだ。
 日々、いち早く人々に災害予報を提供すべく、災害監視システムによって、気象や地震等の観測データ、人工衛星から送られる地表の画像、火山周辺のガス成分やインターネット上のつぶやき情報などが解析され、災害の予兆等が監視されている。また、高精度なシミュレーション技術によってあらかじめ被害を予測し、実際に災害が発生した際に、被害を最小化し都市機能を維持するための具体的な対策が検討されている。

様々なシステムを防災・減災サービスに共用

 ひとたび災害が起これば、救助活動や市民の避難に必要な情報が解析される。災害ではこれまで道だったところが、土砂や浸水、建物の倒壊などで通行不能となる。人工衛星、ヘリやドローンからの情報、人々のインターネット上のつぶやき情報、建設管理システム(「 6 建築物の企画から維持管理まで」参照)から算出した建物倒壊予測、交通管理センター(「1 一品物と快適なサービスを手に入れる」参照)からの車両位置情報など、様々な情報を解析し、リアルタイムに災害地図が作成・変更される。また、人々のウェアラブル機器等から集めた行動情報についても、個人情報保護活用センター(「4 暮らしながら健康管理」参照)からの提供を受けて解析され、救助や支援が必要な人がどこにどれくらいいるのか、センターの災害地図上に表示される。
 東日本大震災では、複数の機関から多数のヘリが出動し、大きな成果を上げたが、災害本部と各ヘリとの連絡は無線で行われ、お互いの情報を共有することが難しかったことから、より効率的な救助活動を行うための研究開発が進められてきた。現在は、各ヘリの位置や活動内容がセンターの地図画面上に表示され、ヘリとセンターの間、ヘリとヘリの間でも各々の位置情報や任務状況の共有ができる。
 こうしてセンターでは、救助ヘリや救援物資を積んだ車両の位置、現地の状況、救助や支援が必要な人々の所在地などを考慮しながら、適切な指示ができるのだ。
 災害地図はインターネット上で誰でも閲覧できる。また、各個人に対し、スマートフォンの地図上に、安全な避難ルート、避難施設や医療施設に関する情報を自動的に配信し、最適な避難場所へと誘導する。
 なお、個人情報保護活用センターから提供された情報を基に人の行動情報を把握する技術は、平常時には観光にも活用されている。例えば、国籍、性別、年齢、好みの旅行スタイルなどの属性の違いに応じて、観光の際に、どういった場所を好んで訪れるのか、どこで長い時間を過ごしているのか、といった情報を解析する。こうした解析結果を基に、観光客は、自分の属性や好みをスマートフォンに入力すると、自分にぴったりの観光ルートや土産物店、飲食店などの情報を得るというサービスを受けることできる。
 これまで本節では、第5期基本計画に掲げられた我が国の社会的課題に即し、未来社会像を構想した。しかし、科学技術の進歩により、その他の生活の様々な場面においても変化がもたらされると考えられる。

<アイとセオの生活から>

アイとセオの生活から1

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会で4,000万人を超えた訪日観光客は、更に増え続け、6,000万人を優に超え、今では東京に限らず、地方でも様々な国の観光客を見かけることは本当に日常風景になった。2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会では、様々な国からの訪日客に対応するため、空港や公共機関・施設、観光地に人工知能も活用した様々な自動翻訳機器が整備されたが、今ではウェアブル機器などの携帯端末を通じて、誰もが気軽に自動翻訳サービスを使っていて、日本の旅行先としての魅力を高める一助となっている。
 無論、自動翻訳機能が発達した今でも、最後は生身の人と人とのコミュニケーション能力、人間力が大事なことに変わりはないことを、また、グローバル社会の中で、相手を尊重しながら、自分の力で直接、外国語を使って互いの考えや気持ちを伝え合ったり、外国語と日本語との違いを知り言葉の面白さや豊かさに気付いたり、多様な言語と文化があり、多様なものの見方や考え方があることに気付いたりすることの重要性を、アイは大学のゼミで留学生たちとの議論のたびに痛感させられる。
 大学4年生のアイは、大学に入学後も就職に備えて人工知能を使った双方向の英語学習サービスを利用している。学習者の進度やレベルに応じて自宅で授業を受けられるので、大学の授業等で忙しいアイは重宝しているのだが、最近はレベルの高いコースの受講者が増えているらしい。アイが小学生のころに英語教育が充実されたが、今では、英語指導助手の数も一層増え、また、ICTを活用したデジタル教材等を使って効果的な授業を行うことにより、日本人のヒアリングやスピーキングへの苦手意識も大分減ってきているらしい。

アイとセオの生活から2

 アイの弟の小学6年生のセオが通う小学校の授業でも急速な情報化への対応が進んでいる。セオの小学校では、情報活用能力の育成のため、飛躍的に整備が進んだ電子黒板やタブレット端末等のICT環境を活用したアクティブラーニングや、教科に応じたICTの活用、学習支援ソフトの活用により、子供たち一人ひとりのニーズに応じたより分かりやすい学習が容易になった。これにより、子供たちの学習への意欲や関心が引き出され、セオを見ても(自分のときよりも)予習や復習にも積極的に取り組んでいるように見える。もっとも、学校から帰ってくると、カバンを玄関に置いて、すぐに友達と遊びに出かけるところは自分の頃と余り変わらない。宿題なども自分のときより効率的にやれているからなのかは分からないけれども。
 ICTにできることがあることを、人間にしかできないことがあることを、忘れてはならない。

<シュンの趣味>

 シュンには、長年の趣味がある。それは鉄道模型だ。新幹線が北海道から九州を結ぶようになり、最近では、東京‐名古屋間にリニア中央新幹線が開業するなど、鉄道の高速化は行き着くところまでいった感がある。
 20年ほど前に、当時ブルートレインと呼ばれていた長距離寝台列車が姿を消したときには、駅のホームに大勢の鉄道ファンが駆けつける様子がよくテレビに映し出されていた。
 シュンは、子供の頃に家族旅行で乗った路線や列車を中心にNゲージ(※10)をコツコツと集めている。以前は、模型メーカーが何年かごとに製造し、在庫がなくなると何年も再製造を待たなければならなかったし、廃盤製造中止になり二度と手に入らなくなるようなこともあった。しかし、今では、3Dの車両データサービスからデータをダウンロードして自宅の3Dプリンタで模型を作れるようになったので、自分でモータ等を組み合わせてどんなモデルも作れるようになった。データサービスには、「何年頃どの路線で運用されていた編成」等の詳細な情報も含まれていて、細かい仕様の違いにも対応できるようになっている。
 シュンは、棚に並べたコレクションを満足げに眺めると、バーチャルリアリティ(VR(※11))システムに手を伸ばした。以前の鉄道模型の楽しみ方といえば、ジオラマを製作して走らせるしかなかったが、今では普及したVRを使って、既になくなっている列車も含め、自分のお気に入りの列車の乗車体験をいつでも楽しむことができる。もちろんシュンは、自宅に自分が作ったジオラマも置いてあるが、子供たちが小さい頃列車で行った家族旅行を思い出したいときなどは、VRシステムで楽しむことにしている。


  • ※10 レールの幅(ゲージ)が9mmの鉄道模型
  • ※11 Virtual Reality

コラム1‐2 1964×2020(カラーテレビ×競技空間まるごと伝送技術)

 昭和39年(1964年)東京。新幹線や高速自動車道路等の整備が進み、東京は近代都市へと大きく変貌を遂げた。その起爆剤となったのは東京オリンピックである。敗戦で打ちひしがれた日本社会に光を与え、国民の自信を取り戻すとともに、戦後日本の目覚ましい復興・発展の姿を世界に示すことで、その後の日本経済発展につながる起爆剤となった。東京オリンピックから約半世紀が経過した2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会では、私たちの身の回りにどのような変化が起きるだろうか。本コラムでは、1964年当時の我が国の社会状況を振り返るとともに、2020年ではどのような変化が予想されるのか、科学技術の進展と併せて考察する。

1964×2020(カラーテレビ×競技空間まるごと伝送技術)

 1964年の東京オリンピックは、世界初の「テレビオリンピック」とも言われ、オリンピック初の衛星放送中継が開始される等の大きな変化があった。また、昭和35年(1960年)より放送が始まったカラー映像でのテレビ中継も同大会から行われ、世界に我が国の放送技術の高さを示すとともに、我が国でカラーテレビが急速に普及する契機になったことでも知られている(※12)。
 2020年、あたかもその場にいるかのような超高臨場感な映像をリアルタイムに届ける時代の到来を目指した取組が行われている。
 日本電信電話株式会社(NTT)では、イマーシブテレプレゼンス技術「Kirari!」の研究開発に取り組んでおり、あたかもその場にいるかのような超高臨場な体験をリアルタイムかつ遠隔で実現することを目指している。選手等を実物の大きさで伝送しつつ、それ以外は伝送先に合わせた情報に変えて伝送し再現するものである。その実現に向けて、NTTでは下記を技術課題とし、解決するための研究開発に取り組んでいる。

  1. 競技会場における試合の模様からリアルタイムで選手の映像や競技の音声を切り出す技術の精度向上
  2. 切り出された選手の映像や競技の音声に加え、リアルタイムに合成した試合全景の映像や音声情報など様々な情報の同期伝送と、遠隔地での臨場感の高い再現

 NTTは2020年に向け、イマーシブテレプレゼンス技術「Kirari!」によって、遠隔の複数の会場において競技空間をまるごと伝送・再現することで、遠隔地にいる世界中の観戦者の目の前で、競技場等で繰り広げられる競技をリアルタイムに観戦することができ、「速い!」「高い!」といったスポーツの感動を共有することを目指している。また、地方の祭りなどの無形文化財や伝統芸能、遠隔ゆえにこれまで多くの方が鑑賞することが困難だったライブイベントなどに関しても、イマーシブテレプレゼンス技術「Kirari!」により超高臨場感視聴体験という新しい価値を提供できるよう検討を進めている。

 イマーシブテレプレゼンス技術「Kirari!」のコンセプト
 提供:NTT


  • ※12 平成27年版情報通信白書

第2節 超スマート社会の姿

 本節では、第1節で構想した各分野の未来社会像から共通して浮かび上がってくる要素を踏まえ、超スマート社会の姿や、超スマート社会というビジョンを我が国全体で共有し、世界に先駆けて実現する必要性について考察する。
 また、こうした変化がもたらす経済・社会等の大きな変化を考察するとともに、諸外国の政策や民間企業による取組状況等について、我が国の取組と併せて紹介する。

1 超スマート社会の実現に向けて

(1)未来社会における共通項

 今日の我が国が解決を迫られている社会的課題に即して構想した未来社会から導き出される共通項を以下に明らかにすることを通じて、超スマート社会の輪郭を描出する。
 1節で見た7つの場面における未来社会に共通する要素は大きく以下の3点にまとめられる。
 1点目は、莫大(ばくだい)な量のデータを背景に、従来は分野ごとに構築・運用されていたバリューチェーン(価値連鎖)が相互に作用し、あらゆる人に高度なサービスの提供が可能となっている点である。未来社会のあらゆる場面(生活空間、作業現場、農園、健康情報、走行距離等)でデータが収集され、サイバー空間を通じ、これまでにない付加価値をもたらす産業やサービスとなって、私たちへ次々と創出・提供される。こうしたサービスは、食料、医療、地域、インフラといった分野にとどまらず、それぞれのシステムが相互に作用することにより、自律化・自動化の範囲が広がり、社会の至る所でその恩恵を受けることを可能としている。
 2点目は、人工知能技術やロボット技術等の革新に伴い、従来は人間が行ってきた危険な場所での労働や肉体労働、知識集約型の専門的業務における作業支援等労働の一部代替による安全性向上や生産性向上等が進み、人間が創造的な仕事への注力等が可能となっている点である。また、こうした労働環境の変革のみならず、例えば、高齢のため外出困難だった人が、自らの脳波を感知して動くロボットを使って親族の結婚式に出席することが可能になったり、重症化して入院する前に予防医療が実現されることで通院や入院時間が不要になるなど、年齢や物理的距離等の様々な違いを乗り越え、有意義な時間を過ごすことが可能となっている。こうした変革は、創造的な仕事への注力や世代間交流の増加、文化・伝統の継承等を可能とし、活(い)き活(い)きと豊かな生活を送ることを可能とする。
 3点目は、こうした未来社会を可能としている鍵となる科学技術として、IoT、ビッグデータ、人工知能、ロボットなどが挙げられる点である。未来社会においてデータ化の対象となるものは、SNS等のインターネット空間での活動から生じるデータに加え、血圧や脈拍、脳波といったふだんの何げない生活から生ずるものや、老朽化した構造物の内部情報等多岐にわたる。そのため、こうしたあらゆるものから即座にデータ化して収集・蓄積するセンサ技術、あらゆるものがデータ化されたビッグデータを解析する技術、ビッグデータ等に基づき医師による治療の判断の必要性や過去の点検結果等との比較による効率的な修繕計画を提案する人工知能技術等が重要な役割を果たす。さらに、未来社会では、今よりも多くのロボット技術が登場する。例えば、お料理ロボットやお掃除ロボット、認知症等の予防として話し相手になってくれるロボット、動きを補助するロボット等多種多様である(ここで構想した未来社会を支えている科学技術は一部であり、詳細は2章1節で解説する)。

(2)超スマート社会に向けたビジョンの共有

 超スマート社会は、大きな潮流をもたらす。
 1節で構想した未来社会では、多様なシステムが相互作用することで、あらゆる人に高度なサービスが提供されていた。これが意味することは、現在行われている生産・流通・販売、交通、健康・医療といった各分野の中で機能している製品やサービスが、分野を超えた連携・協調が可能となることで、あらゆる製品やサービス形態が創出され、現在の産業構造の変革がもたらされることを示唆している。また、産業構造の変革をはじめとした社会経済の在り方や労働の在り方等といったものまで覆す可能性を有するとともに、個人情報やサイバーセキュリティへの対策、規制改革等これまでの社会のルールの見直し等も求められる。
 これまで全く想定されていなかった新たなアイディアや消費者のニーズに合わせた様々なサービスが一旦生み出されると、一気に世界規模で市場を獲得する。これは、サイバー空間では、地理的・時間的制約を受けにくいためであり、産業競争力ひいては国自体の競争力が大きく変化し、ゲームチェンジが頻繁に起きることを示唆している。このような第4次産業革命とも言うべき大きな変革に対して、世界各国でも既に挑戦的な取組が行われている。具体的には、ドイツの「Industrie 4.0」、米国の「先進製造パートナーシップ」、中国の「中国製造2025」等が挙げられ、それぞれの国の強みを活(い)かした形で、官民協力の下に進められている。
 我が国は、様々な課題を世界に先駆けて抱えている。直面している経済・社会的課題は、少子化や超高齢化といった社会構造の大きな変化の中で顕在化しているため、従来のアプローチでは対応が難しい。それゆえ、製造業にとどまらず、様々な分野で超スマート社会としての先導的取組の萌芽(ほうが)が見て取れる。このように、我が国の弱みに対して、我が国独自の最適な解決策を提示することは、結果として、経済・社会的課題に対する解決策を世界に先駆けて示すこととなり、今後の世界の有り様(よう)を先導するものとなる。
 超スマート社会を世界に先駆けて実現するためには、こうした未来社会の姿を国全体でビジョンとして共有し、必要な取組を進めていかなければならない。そのため、本節では、超スマート社会がもたらす経済・社会等の大きな変化を示すとともに、諸外国の政策状況や民間企業による取組、また、超スマート社会に向けた我が国の状況や課題について解説する。

2 超スマート社会がもたらす経済・社会等の大きな変化

 本項においては、超スマート社会がもたらすであろう経済・社会等の変化のうち、特にその影響が強いことが予想される産業構造と雇用環境の変革について記述する。

(1)産業構造の変革

1.データを基にした産業のサービス化

 現在、国際的なデジタルデータ量が飛躍的に増大しており、2011年の約1.8ゼタ(※13)バイト(1.8兆ギガバイト)から2020年には約40ゼタバイトに達すると予想されている(第1‐1‐4図)。また、CPU(※14)の速度、ストレージの容量、ネットワークの速度は指数関数的に進化している(第1‐1‐5図)。さらに、人工知能をはじめとした技術の革新的進展が予想されている。

 第1‐1‐4図/世界のデジタルデータ量の増加予測
第1‐1‐4図/世界のデジタルデータ量の増加予測
 注1:1EB(エクサバイト)は10億GB(ギガバイト)、1ZB(ゼダバイト)は1兆GB
 注2:総務省「ICTコトづくり検討会議」報告書
 資料:「平成26年版情報通信白書」(総務省)

 第1‐1‐5図/ハードウェアの進化
 第1‐1‐5図/ハードウェアの進化

 資料:「平成26年版情報通信白書」(総務省)

 こうした技術の革新は、今後、産業構造にどのような変革をもたらすのだろうか。
 産業構造に変革をもたらす要因の一つに、SNS等のサイバー空間での活動から生じるバーチャルデータにとどまらない、データの収集・蓄積とその利用方法等が新たな付加価値の源泉となることが挙げられる。センサ技術の高度化とIoTの台頭に伴い、健康情報や走行データ、製品の稼働状況等や個人・企業の実世界での活動に関するデータを取得することが可能となってきていることから、こうしたリアルデータの活用可能性が一層高まる。これに伴い、後述する各企業の取組に見られるように、工場等における効率性の飛躍的な向上や、消費者の個別要望にコストを増大させることなく応えるマスカスタマイゼーション等の加速が進むことが示唆される。そのため、こうしたリアルデータを取得し、自らの持つ強みと戦略的に結び付け、今まではつかむことができなかった顧客ニーズに基づく革新的なサービスや製品を生み出す者が、新たな競争優位を確立することが予想される。
 競争優位を確立するための鍵は、リアルデータを生み出し続ける顧客との接点をいかにして獲得するかである。その理由は、顧客接点の獲得による

  • (1)消費者情報から細かな嗜好(しこう)に至るまで、大量のリアルデータの取得、利活用、それを
  • (2)企画・開発にフィードバックし、「強み」を活(い)かした製品・サービスの高付加価値化、その結果として更なる「リアルデータ」の取得という好循環

 といったビジネスモデルの構築が可能になるためである。

第1‐1‐6図/グローバルな産業構造の姿
 顧客接点の獲得による好循環ビジネスモデルの形成のイメージ図
 資料:産業構造審議会新産業構造部会の資料を基に文部科学省作成

 今後のグローバルな産業構造の変革の中では、こうした企業・産業が新たな顧客ニーズを顕在化させながら大きく成長する可能性がある。そのため、顧客接点に近く、顧客接点を活かした好循環の形成によるインパクトが大きいと期待される産業群(第1‐1‐6図における3.、4.、5.、6.)及びこれらの産業群との間で「顧客接点を有する事業者との戦略的連携等」を行う産業群(上記に加えて2.)が成長していく可能性が示唆される。

 第1‐1‐6図/グローバルな産業構造の姿
第1‐1‐6図/グローバルな産業構造の姿

 資料:産業構造審議会新産業構造部会(平成28年2月)

2.プラットフォーマーの台頭

 リアルデータを生み出し続ける顧客との接点を獲得する過程で、更なる産業構造の変革が予想される。例えば、これまで把握・対応しきれなかった顧客ニーズの実現を目指して、他の事業領域に進出し、新たな事業領域の組合わせによる事業展開を行う動きである。それに伴い、既存の産業間の垣根の低下が進展し、顧客ニーズを起点とした新たな市場・産業群へと再編性される可能性がある。このような産業構造の変革を起こす者はプラットフォーマーと呼ばれている。
 こうしたプラットフォーマーは、各産業分野においては従来からその産業構造の中において存在してきた。しかしながら、インターネット検索を中核に成長した米国グーグル社が自動車の自動走行の分野に進出を始めているように、既存の産業構造を超えてサービスを提供する動きが見てとれる。超スマート社会は、サイバー空間を介してあらゆる産業分野の壁を超えてつながる社会である。そのため、現在行われている自動車、エレクトロニクス、産業機械、対事業所サービスといった各分野の中で機能している製品やサービスといった産業分野の横串を刺す仕組みを構築し、消費者にサービスを提供した者が競争優位性を高めていくことが予想される。
 プラットフォーマーの台頭の動きは、ドイツや米国における製造業の領域において見ることができる。以下に取組事例を紹介する。

プラットフォーマーの台頭のイメージ図

 プラットフォーマーの台頭のイメージ図
 資料:産業構造審議会新産業構造部会の資料を基に文部科学省作成

<ドイツにおけるプラットフォーマー>

 ドイツを代表する大企業であるシーメンス社は、元々工場内の制御機器やそれを動かすための制御系ネットワークを有するが、より上位系である、工場での生産実行管理を行う領域へと進出し、当該ツールも含めた生産ラインのサプライヤーとして、一つひとつの工場内の情報を統合・デジタル化する部分に強みを有している。また、ソフトウェア企業であるSAP社は、製品のライフサイクルに関する情報と併せて、素材や部品の受発注ツールを担うトップベンダーの一つであるが、Industrie 4.0において、異なる工場間又は企業間の受発注等の情報のやりとりをベースとして、生産計画を指示する領域にもビジネスを拡大している。
 このように、生産現場から上位系へと拡大してきたシーメンス社と、上位系から生産現場に関心を示してきたSAP社とがプラットフォーマーとしても競争することによって、ドイツ全体のIndustrie 4.0に向けた取組がより活性化していると見ることもできる(※15)。

<米国におけるプラットフォーマー>

 米国においては、ゼネラル・エレクトリック社(GE社)、インテル社、シスコシステムズ社、IBM社、AT&T社の5社により、インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)が2014年3月に発足している(2015年において、米国を中心として250社以上が参画)。
 インダストリアル・インターネットとは、製造業にかかわらずあらゆる産業用機器やコンピューターをネットワーク化することにより取得した膨大なデータを解析することで、産業を効率化し、利益を増大させる構想である。その標準化をGE社が提唱している。GE社はインフラ向けの産業機器を中心とした米国の複合企業であり、航空エンジンのような機器の製造販売等を通して成長した巨大企業である。しかし、GE社は近年、ソフトウェア部門に重点を置くことでビジネスモデルを大きく転換し、インダストリアル・インターネットに対する取組のため、ソフトウェア事業を強化し、センサやソフトウェアにより様々な産業用機器の情報を共有・収集・解析することで設備の稼働率向上を主眼に置いている。GE社の最新航空エンジン「GEnx」は数十個のセンサから毎秒5,000種類の温度や油差圧といったデータを収集し、飛行機の状況を常に把握することができる。これはメンテナンスや燃費向上に有利に働き、大幅なコスト削減につながる。エネルギー分野においても、立地条件や風向きといった風力発電に関するデータを大量に収集することで効率良く稼働する方法を電力会社に提示しており、ドイツの電力会社エーオン社はGE社のソフトウェアにより風力発電所の発電量を年間4%向上させた。
 このようにGE社はインダストリアル・インターネットによって、デジタル化の進んでいなかったインフラ機器運用の効率化に取り組んでおり、こうしたシステムを、直接の顧客以外にも広く提供し、各ユーザー企業の使用情報を束ねたビッグデータを持つことで、産業分野の資産管理という切り口からプラットフォーマーとなることを目指している。

GE社の工場で用いられているセンサによる現場の最適化
 GE社の工場で用いられているセンサによる現場の最適化
 提供:GEジャパン株式会社

3.経済的効果

 これまで見てきた産業構造の変革を可能としている大きな要因の一つには、IoTによって、あらゆるモノがインターネットでつながり、莫大(ぼうだい)な量のビッグデータの収集・蓄積が可能となることである。さらに、人工知能の発達により、こうしたビッグデータの効果的な解析が可能となるなど、ビジネスにとどまらず社会分野等の幅広い分野での活用の可能性が期待されるところである。
 超スマート社会の実現による経済効果の全体像は、現時点においては把握することは難しい。しかしながら、民間のシンクタンクにおいて、人工知能、ビッグデータ、IoTがもたらす世界全体及び諸外国における経済効果について調査がなされており、(第1‐1‐7図)それぞれ経済効果は極めて大きいことがわかる。

 第1‐1‐7図/人工知能、ビッグデータ、IoTがもたらす経済価値見通し
第1‐1‐7図/人工知能、ビッグデータ、IoTがもたらす経済価値見通し

 資料:文部科学省作成

 また、科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業(SciREX)では、IoT関連技術が、製造業の生産工程プロセスへの影響を通じて、我が国の経済に及ぼす波及効果の分析を行っている。当該分析では、(1)様々なセンサを活用することによる機械稼働状況等のリアルタイム把握・分析、(2)工場内で働く熟練技術者の知見・ノウハウのモニタリング等による暗黙知のデータベース化、(3)保守、営業・販売からマーケティングに至るまで一連の生産プロセスをデジタル化するプラットフォーム構築、の3つに分類し、投資規模に比した試算を行っている(第1‐1‐8図)。その結果、特に(3)について、製造業内のみならず最終的には産業横断的なプラットフォームを構築することで、生産性が抜本的かつ長期的に向上することが期待されることから、投資額の増加率以上に大きな経済波及効果を示すことが分析された(※16)。

 第1‐1‐8図/IoT/ICT関連技術の進展と政策案による生産プロセスへの影響
第1‐1‐8図/IoT/ICT関連技術の進展と政策案による生産プロセスへの影響
 資料:科学技術振興機構研究開発戦略センター資料(※17)を基に文部科学省/政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター)作成


  • ※13 国際単位系(SI)における接頭辞の一つで、基礎となる単位の1021倍の量
  • ※14 central processing unit
  • ※15 製造基盤白書(ものづくり白書)2015年版
  • ※16 黒田、池内、原「科学技術イノベーション政策における政策オプションの作成 ‐政策シミュレーターの構築‐」(モデル構築編)(2016)SciREXセンターワーキングペーパー(http://id.nii.ac.jp/1295/00001341/)
  • ※17 科学技術イノベーション政策の科学における政策オプションの作成~ICT分野の政策オプション作成プロセス~調査報告書 CRDS-FY2015-RR-07(平成26年3月 科学技術振興機構研究開発戦略センター)

(2)雇用環境の変革

 超スマート社会による産業構造の変革がもたらす経済的効果については、前項でも見たように、数兆~十数兆ドル単位で経済価値見通しとなっている一方、雇用環境に与える影響については、必ずしも定量的・包括的な見通しが得られているわけではなく、多様な影響や見方が予測されている。ここでは、諸外国の例なども用いつつ、超スマート社会において起きるであろう雇用環境の変革について考察する。

1.IoT/ビッグデータ/人工知能等による雇用構造の変化

 超スマート社会においては、人工知能等の急速な発展に伴い、単純労働を中心に、現在ある多くの職業が影響を受け、労働者に求められる能力に変化が生じることが予測されている。
 人工知能等の影響を受け得る職業の分析としては、野村総合研究所がマイケルA.オズボーン・オックスフォード大学准教授およびカール・ベネディクト・フレイ・同大学研究員との共同研究(※18)が挙げられる。この共同研究は、「『2030年』から日本を考える、『今』から2030年の日本に備える。」をテーマに行っている研究活動の一つであり、人口減少に伴い、労働力の減少が予測される我が国(第1‐1‐9図)において、人工知能やロボット等を活用して労働力を補完した場合の社会的影響に関する研究である。

 第1‐1‐9図/我が国の人口動態と将来推計
第1‐1‐9図/我が国の人口動態と将来推計

 資料:2010年までは総務省「国勢調査」(年齢不詳人口を除く)、2014年は総務省「人口推計」(12月1日確定値)、2015年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」(出生中位・死亡中位推計)

 同研究によると、我が国における601種類の職業について、それぞれ人工知能やロボット等が代替できる確率を試算した結果、10~20年後に、我が国の労働人口の約49%が技術的には人工知能やロボット等で代替できるようになる可能性が高く、これは欧米と同様に高い水準であるとされている(第1‐1‐10図)。また、第1‐1‐11図に示すように、人工知能等での代替が難しい傾向がある職業と人工知能等で代替できる可能性が高い傾向にある職業について分析を行い、「創造性、協調性が必要な業務や非定型な業務は、将来においても人間が担う」としている。

 第1‐1‐10図/人工知能やロボット等による代替可能性が高い労働人口の割合(日本、英国、米国の比較)
第1‐1‐10図/人工知能やロボット等による代替可能性が高い労働人口の割合(日本、英国、米国の比較)

 提供:野村総合研究所・オックスフォード大学

 第1‐1‐11図/人工知能等での代替が難しい傾向がある職業、人工知能等で代替できる可能性が高い傾向にある職業
第1‐1‐11図/人工知能等での代替が難しい傾向がある職業、人工知能等で代替できる可能性が高い傾向にある職業

 資料:野村総合研究所・オックスフォード大学をもとに文部科学省作成

 また、2016年に開催されたダボス会議(World Economic Forum)2016でも、第4次産業革命とその影響について多角的な議論が行われ、経済学者のエリック・ブリニョルフソン・マサチューセッツ工科大学教授とアンドリュー・マカフィー・同大学スローン経営大学院主任研究員は、

  • 第4次産業革命は労働市場を破壊し、大きな不平等をもたらす可能性があること
  • 自動化によって機械が雇用を奪うことが考えられる一方、労働者の安全が担保され、やりがいある仕事に集中できる環境が生まれるかもしれないこと

 などと指摘している。
 これらから示唆されるのは、

  • 人工知能等の急速な発展に伴い、単純労働を中心に、現在ある職業が失われる可能性も含め大きな影響を受けること
  • 他方で、創造性、協調性が必要な業務や非定型な業務を行う重要性が高まること
  • 労働の安全性の向上、やりがいある仕事に集中できる環境が生まれること

 等雇用構造に大きな変化がもたらされることが予想されるということである。

2.IoT/ビッグデータ/人工知能等による生産性向上と新たな雇用の創出

 上述したとおり、雇用構造の変化の一つの予測・見方として、ロボット技術等の革新に伴い、従来は人間が行ってきた作業が代替されることによる労働の安全性向上等が予測されている。このことは、特に高齢化が進む我が国における人手不足の解消等に寄与するとともに、個々の人にとっても、年齢や性別による肉体的制約を超えて、自らが望む限り活(い)き活(い)きと働き続けることを可能とする。
 また、やりがいのある仕事に集中できる環境が生まれることが予想される。人工知能やビッグデータ等の革新により、特に知識集約型の専門的な業務を行う産業において生産性向上が見込まれる。例えば、専門知識の知識データベース化やデータ駆動型研究等の科学技術イノベーション手法の革新が進み、判例検索や材料探索等の時間が短縮されることで、弁護士や研究者等の時間が確保され、専門的業務に集中することが可能になる。このことは、ある一つの仕事・職業が、代替される業務と代替されない業務に分かれていく変化が生じる中で、より創造的な業務へ専念することが進み、これまで以上に新たな付加価値の創出が可能になることを示唆している。

 第1‐1‐12図/Industrie 4.0による雇用の増減(業種・産業別、2015年から2025年の変化)
第1‐1‐12図/Industrie 4.0による雇用の増減(業種・産業別、2015年から2025年の変化)

 提供:ボストン コンサルティング グループ

 超スマート社会における雇用構造を定量的に予測・記述することは困難であるが、ボストン コンサルティング グループが行ったIndustrie 4.0による雇用の増減に関する調査(第1‐1‐12図)によると、ベースシナリオ(Industrie 4.0による売上げの年平均成長率1.0%、Industrie 4.0の技術の普及率が50%)で、2025年までにドイツ全体で35万人分(現在の全労働者数約700万人の約5%)の雇用が増加するといった予測がなされている。具体の内訳としては、組立て・生産分野を中心に61万人分の雇用が減少する一方、IT・データサイエンス領域を中心に96万人分の新たな雇用が創出されると見込まれている。増加する96万人分の雇用のうち、IT、データアナリティクス、研究開発領域における高度なスキルが求められる仕事は21万人分、Industrie 4.0による売り上げ成長によって生まれる雇用は76万人分と推測されている(※19)。
 また、前述のSciREX事業による我が国製造業におけるIoT関連技術がもたらす経済波及効果に関する分析によると、一般機械や民生電子などの企業内情報処理部門の雇用が減少する一方で、インターネット関連産業、特に企業内研究部門での雇用が増加する。また、長期的な人口減少のトレンドに従いマクロ的な雇用数は総じて減少するものの、製造業と情報サービス産業を中心にしたサービス業等の間での雇用調整が見込まれること等が導き出されている(※20)。
 こうした分析からは、

  • 製造業での雇用が単純労働を中心に減少すると同時に、情報サービス産業を中心にしたサービス業の雇用が増加すること
  • 短期的な調整過程では雇用の不均衡が起きるものの、長期的には産業構造の調整が進み、情報サービス産業やサービス業が雇用の受け皿の役割を果たすこと

 等が示唆される。

3.雇用構造の変化への対応

 このように、超スマート社会では、雇用構造が大きく変化することが想定されるが、我々はどのように備えればよいだろうか。
 1つ目は、人工知能等の急速な発展に伴い、単純労働を中心に現在ある職業が失われる可能性が予想されていることから、現在の就労者について、eラーニング等も活用した再教育訓練を促進し、新たに生まれる職業に転職できるための支援をはじめ、様々な支援策を講ずることが必要である。
 特に、教育訓練の重要性については諸外国でも議論がなされている。例えば、Industrie 4.0のワーキンググループでは、「今後、スマート工場における労働者の役割は大きく変化する。そのための継続的な専門能力の開発が必要になり、生涯学習と継続教育訓練を有効に組み合わせて、推進すべきデジタル学習技術などを調査する必要がある(※21)」とされている。また、ドイツの人材育成支援策の一つである「アカデミーキューブ」と呼ばれる人材マッチングと訓練のための総合支援サイトは、主にコンピューターサイエンスやIT、エンジニアリング分野における求人のマッチングサイトとして機能している。また、求職者に一部不足している技能や知識を補うため、eラーニングによる教育訓練を実施するものでもある。さらに、2016年に開催されたダボス会議(World Economic Forum)2016においても、元SAP社幹部でインフォシス社の最高経営責任者であるヴィシャル・シッカ氏は、「『デジタル革命は、人間的革命』であり、最大の課題は、最大急速なデジタル化に過去300年の教育システムは対応できないだろう。それ故、Infosysは世界最大の企業内大学を構築、最大1万5,000人がデジタル教育を受講可能である。」と報告するなど、取組が進めらている。
 2つ目は、人工知能等の革新に伴い、各産業のサービス化やプラットフォーマーの台頭等が予想されることから、これからの時代を担う人材の育成が必要である。なお、こうした人材育成や生涯学習の必要性については、第2章第3節で詳説する。
 我が国における超スマート社会における雇用環境の変革への対応については、誰もが活躍できる社会の実現により個人の豊かさや幸せを向上させるとともに、生産性・企業価値の向上を通じた持続的で豊かな経済成長を可能とすることが求められていることを踏まえ、一人ひとりの事情に応じた多様な働き方が可能となるような社会への変革を目指して、官民挙げて検討を進めていくことが重要である。

アカデミーキューブ
 アカデミーキューブ
 提供:労働政策研究・研修機構


  • ※18 「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に~601種類の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算~」(平成27年12月 野村総合研究所)
  • ※19 「Man and Machine in Industry 4.0: How Will Technology Transform the Industrial Workforce Through 2025」(2015)The Boston Consulting Group
  • ※20 黒田、池内、原「科学技術イノベーション政策における政策オプションの作成‐政策シミュレーターの構築‐(モデル構築編)(2016) SciREXセンターワーキングペーパー(http://id.nii.ac.jp/1295/00001341/)
  • ※21 「インダストリー4.0と労働の未来」(平成27年 労働政策研究・研修機構)

3 超スマート社会に関連する諸外国の動向

 本項では、超スマート社会を巡る各国政府の政策状況や、諸外国の民間企業による取組等について記述する。

(1)諸外国の政策動向

1.米国

 2011年に、産学官を結び付ける国家的枠組みである「先進製造パートナーシップ(AMP:Advanced Manufacturing Partnership)」を新設し、AMP運営員会において重点的に研究開発を行うべき技術の特定や実施すべきシステム改革の内容を特定している。これに基づき、関係府省の下、産学のコンソーシアム組織(製造革新機構:IMI)を設置したうえで、先進複合材料やパワーエレクトロニクス、3Dプリンタなど多岐にわたる研究開発を推進している。中でも、デジタル製造・設計分野に関しては、国防総省が主導官庁となり、DMDII(Digital Manufacturing and Design Innovation Institute)というIMIを設置し、CPS(※22)を用いて製造を高度化し、コスト削減や生産性向上を図っている。なお、2017年度予算では、AMPの中核をなすプログラムである「米国製造イノベーションネットワーク」に義務的予算として19億ドルが計上されている。
 さらに、2015年10月には基本戦略「米国イノベーション戦略2015」が公表され、基礎研究や人材育成をはじめとする「イノベーションの基盤的要素への投資」に加え、「国家的優先課題に対するブレイクスルーの促進」として先進製造技術の研究開発の推進やスマートシティの建設等が位置付けられている。

米国イノベーション戦略2015の構成要素
 米国イノベーション戦略2015の構成要素
 資料:A Strategy for American Innovation 2015を基に科学技術振興機構研究開発戦略センター作成

2. 欧州

 ドイツでは、2011年11月に、包括的なものづくりのデジタル化イニシアティブである「Industrie 4.0」が提案された。Industrie 4.0は、ドイツ政府の科学技術イノベーション基本政策である「ハイテク戦略」のアクションプラン、「未来志向プロジェクト」の一つとして位置付けられている。Industrie 4.0ではIoTや生産の自動化技術を駆使し、単なるスマート工場の実現ではなく、工場内外のモノやサービスと連携することで、新たな価値やビジネスを創出することが期待されている。これは、IoTや生産の自動化(Factory Automation)技術を駆使し、スマート工場同士をつなぎ、ドイツの製造業全体があたかも一つの大きなスマート工場であるかのように機能する姿を描いている。このような取組が進められた結果として、高付加価値製品を大量生産品並みの低価格で顧客ごとに受注、提供するマスカスタマイゼーションへの対応が可能となる。

つながる工場のイメージ図
 つながる工場のイメージ図
資料:Final report of the Industrie 4.0 Working Groupを基に科学技術振興機構研究開発戦略センター作成

 この実現のためには、製品、生産設備設計、生産、メンテナンスに至るバリューチェーン全体を網羅した、多種多様な基盤が必要である。そのため、2025年頃を目標に設定し、M2M(Machine to Machine)やセンサ、アクチュエータを含むCPS、機器のインターフェースの高度化、ビッグデータ技術やクラウドコンピューティング、通信ネットワークやサイバーセキュリティに関する研究開発を推進している。
 Industrie 4.0では、プロセス自動化と工場自動化では標準が業界ごとに異なり、ICTやロボット技術などの各種テクノロジーについても多くの産業団体、規格・標準化団体が関与している。つながる工場実現のため、統一したアーキテクチャモデルを緩やかな標準(※23)の定義が急がれている。

マスカスタマイゼーションのイメージ
 マスカスタマイゼーションのイメージ
 資料:文部科学省作成

 英国では、研究開発のいわゆる「死の谷」を克服するための産学連携の場として、特定の技術分野において世界をリードする技術・イノベーションの拠点(カタパルト・センター)を構築する「カタパルト・プログラム」が実施されてきた。2011 年に設立された高価値製造業(High Value Manufacturing)カタパルト・センターを通じて、ICTを用いた製造業の自動化を含む関連プロジェクトが実施されている。さらに、2014年12月に発表された基本戦略「成長プラン:サイエンスとイノベーション」においては、この高価値製造業カタパルト・センターに対して、2016~2021年の5年間で6,100万ポンド投資することが明記されるなど、英国において製造業への支援が高い優先度で実施されていることが分かる。加えて、同戦略においては、重点的に進めるべき8大技術に、「ビッグデータ」、「ロボティクスと自律的システム」等が挙げられている。

英国におけるカタパルト・センターの所在
 英国におけるカタパルト・センターの所在
 提供:科学技術振興機構研究開発戦略センター

 フランスにおいては、2012年の政権交代を契機とし、2013年に高等教育・研究法が施行され、Horizon 2020との整合性を重視した基本戦略「France Europe 2020」が策定された。同戦略は、2015年3月に更新され、製造業の高度化やIoT、ビッグデータの利用に関する研究開発が重要事項として位置付けられている。

3.アジア

 中国では、2015年5月、ICTの発展を受けた製造業の高度化に向けた先進諸国の動向や中国国内労働コストの上昇など、国内経済をめぐる状況等を背景として、今後35年間を見据えた最初10年間の製造業発展のロードマップを示した「中国製造2025」が打ち出された。同戦略では、中国を、2025年に製造大国から製造強国にするために、イノベーション環境の整備による製造業のデジタル化、ネットワーク化、スマート化を促すとともに、品質の向上やサービス型の製造業への構造転換を図ることとしている。
 2015年7月には、大手IT企業(バイドゥ社、アリババ社、テンセント社)が所有する技術によって、従来の製造業の情報化を促進することを目指した「インターネット・プラス・アクションプラン」が打ち出された。このプランにおいて、2018年までにインターネットをベースにしたサービスの充実や実体経済とのリンクを更に密にさせる上で、2025年までに、インターネットを中心に、ネットワーク化、スマート化、サービス化、連動型の新しい産業エコシステムの構築を図ることとしている。

 韓国においては、5年間の計画となる科学技術基本計画が定められている。現行では、第3次科学技術基本計画(2013~2017年)となっている。同基本計画の下位計画となる「第6次産業革新5か年計画」においては、ウェアラブル・スマートデバイス、自動走行車等のシステム産業等が未来産業のエンジンとして重点化されている。さらに、政策をシームレスにつなげるため、科学技術、ICT、中小企業、知財や研究開発に関する予算編成などの機能を一元化した「未来創造科学省」を創設し、省庁間の壁を排している。

 シンガポールにおいては、スマートネーション(Smart Nation)プログラムが2014年から政府によって推進されている。人々が安全で暮らしやすい街をつくるための、人材育成、産業集積、ICTの具体的な活用を描いている。情報通信開発庁(IDA)が所掌してSmart Nation Platform(SNP)というデータ基盤を構築、収集した様々なセンサデータを公共交通、エネルギー供給、ヘルスケアなどのサービスに反映する試みとなっている。
 こうした諸外国の政策動向をまとめると、(第1‐1‐13図)のようになる。

 第1‐1‐13図/諸外国の政策動向のまとめ
第1‐1‐13図/諸外国の政策動向のまとめ

 資料:科学技術振興機構研究開発戦略センター資料を基に文部科学省作成


  • ※22 Cyber Physical System
  • ※23 インダストリ4.0リファレンスアーキテクチャモデル(RAMI 4.0)

(2)欧米企業の動向

 欧米企業の戦略は、大きく2つに分けて見ることができる。
 一つは「ネットからリアル型」である。これは、米国を中心にIT企業のものづくりへの進出が見られるように、検索・広告や商取引等の様々なサービスで培ったサイバー空間上の強みを基に、現実空間における事業分野(ロボット・自動車等)へ拡大するものである。

欧米企業の動向
 欧米企業の動向
 (ネットからリアルvsリアルからネット)
 資料:平成26年度ものづくり基盤技術の振興施策

米アマゾン社によるドローン商品配達
 米アマゾン社によるドローン商品配達
 提供:アマゾン ジャパン株式会社

 インターネットからリアルに進出している企業業種の一つに、モビリティ・物流分野が挙げられる。この分野においては、グーグル社が自動運転車による公道テストに次々と着手していることに加え、ドローンといった新規デバイスの活用やシェアリングといった新たなビジネスモデルの構築等大きな革新が起こっている。また、アマゾン社では、ドローンを活用した商品配達を行うことで、注文から配達までの時間を30分以内とすることを目指している。
 また、シェアリングエコノミーの例として、個人が所有する自動車とドライバーの空き時間を活用し、移動手段が必要な人とマッチングする「Uber(※24)」という配車サービスが台頭している。Uberは、スマートフォンアプリからボタンを押すと、安価かつ安全、簡単に車を呼ぶことができるサービスである。また、Uberを通してドライバーは自家用車を利用し空き時間で収入を得ることができる。
 もう一つは「リアルからネット型」である。これは、例えばドイツを中心に、ものづくり企業のソフトウェア産業化の動向が見られるように、現場の生産設備やロボット等の現実空間上の強みをもとに、現場データのネットワーク化をサイバー空間へ拡大するものである。

スマートフォンアプリUberで車を呼ぶ
 スマートフォンアプリUberで車を呼ぶ
 提供:Uberジャパン株式会社

 シーメンス社は、製造業の生産工程を包括的に管理するシステムを企業に提供している。このシステムにより、企画や設計、生産、出荷後のサポートといった製品工程の管理や、部品や人といった現場情報の管理が最適化される。イタリアにあるマセラティ社の工場では、シーメンス社のシステムを導入し、製造現場のデジタル化を通じて生産性の向上が行われている。
 また、ボッシュ社では、世界265か所の自社生産施設を全てネットワーク化するIoTプラットフォーム「IoTスイート」を開発、導入し、生産性の向上を目指している。また、同プラットフォームにとって必要なビッグデータを格納・分析するクラウド「Bosch IoT Cloud」等を開発、導入し、センサにより、駐車スペースを知らせてくれるサービスや地中温度の情報をスマートフォンで常時モニタリングできるスマートアグリサービス等が挙げられている。

ハノーバ・メッセ2015シーメンス社のブースで展示されたマセラティ社の車
 ハノーバ・メッセ2015シーメンス社のブースで展示されたマセラティ社の車
 提供:マセラティ ジャパン株式会社

「Bosch IoT Cloud」による運用事例
 「Bosch IoT Cloud」による運用事例
 提供:ボッシュ株式会社


  • ※24 東京では、ハイヤーやタクシーの会社と提携をしたサービスを展開しており、個人の自家用車を活用した配車サービスは行われていない。

4 超スマート社会に向けた我が国の状況と課題

 諸外国では、第4次産業革命とも言うべき大きな変革を先導し経済競争に打ち勝つという観点から、それぞれの国の強みを活(い)かした挑戦的な取組が官民協力の下で進められている。本項では、我が国における政府の検討の状況や民間企業による取組を紹介する。

(1)政府における検討の状況

 第5期基本計画は、平成28年1月22日に閣議決定され、同年4月からの5か年計画として同計画に基づいて科学技術の振興を図っていくこととなる。
 第5期基本計画で位置付けられた「Society 5.0」は、ドイツの「Industrie 4.0」や米国の「先進製造パートナーシップ」がものづくりへの取組であるのに対して、ものづくり等の産業分野のみならず、社会の様々な分野に広げ、社会変革につなげていく取組であり、我が国が課題先進国であることを強みに変える取組であることが特徴である(第1‐1‐14図)。

 第1‐1‐14図/第5期基本計画と米国・ドイツの取組との比較
第1‐1‐14図/第5期基本計画と米国・ドイツの取組との比較

 資料:科学技術振興機構研究開発戦略センター資料等を基に文部科学省作成

 総合科学技術・イノベーション会議においては、超スマート社会の実現に必要な技術的課題、社会実装に向けた課題と留意事項等について検討を行うべく、同会議に「システム基盤技術検討会」を設置し、同計画の第2章及び第3章に提示された取組について調査・検討等を実施している。
 さらに、第5期基本計画で位置付けられた方向性を踏まえ、各年度に特に重点を置くべき施策を科学技術イノベーション総合戦略において位置付けることとしている。科学技術イノベーション総合戦略2016については、総合科学技術・イノベーション会議に設置された科学技術イノベーション政策推進専門調査会において検討が進められ、第5期基本計画で掲げたSociety 5.0を初年度から強力に推進し、我が国の競争力を維持・強化していくため、Society 5.0の特徴を整理するとともに、共通プラットフォームの構築、各分野のシステムの高度化等を具体化し、重点的取組として位置付けている。
 さらに、政府においては様々な分野にまたがる計画や戦略等で、超スマート社会の実現に関連した政策や施策を位置付けている。以下に、主なものを紹介する。

  • 「日本再興戦略」改訂2015(平成27年6月30日閣議決定)
     未来投資による生産性革命として、IoT、ビッグデータ、人工知能時代における産業構造・就業構造変革の検討や、サイバーセキュリティの確保に向けた基盤の強化やIT利活用の推進等を掲げている。また、平成28年1月に示された成長戦略の進化に向けては、「『超スマート社会』への取組(Society 5.0)が求められている」とした上で、IoT/ビッグデータ/人工知能に係る研究開発の一体的推進やIoTに対応したモバイル、ワイヤレス分野の環境整備を行うこととしている。
  • 「世界最先端IT国家創造宣言」(平成27年6月30日閣議決定)
     成長戦略の柱としてITを経済成長のエンジンと位置付け、閉塞感を打破して再生する我が国を牽引(けんいん)するため、政府のIT戦略として策定している。同宣言は、平成27年6月に改訂され、IoTや人工知能等の技術を用いて世界でも類を見ない「課題解決型IT利活用モデル」を構築し、国民が実感できる真の豊かさを実現することとしている。
  • 「サイバーセキュリティ戦略」(平成27年9月4日閣議決定)
       安全なIoTシステムの創出をはじめとする経済社会の活力向上や国民の安全・安心、国際社会の平和・安定等に向けて、横断的施策として、攻撃検知・防御力向上のための研究開発や人材の育成・確保を実施することとしている。

(2)我が国企業等の取組

 超スマート社会の実現に向けては、我が国の企業等においても取組が進められている。以下、「システム基盤技術検討会」で報告された、超スマート社会の実現に向けた我が国の企業等の取組のうち、主なものについて紹介する。

1.人工知能技術による社会課題の解決

 株式会社日立製作所では、製造業における高齢化に伴う世代交代等によるベテラン作業員の不足や活気ある社会の実現といった社会課題に対して、人工知能等の技術でその解決を図る取組を進めている。
 その一つに、同社が開発した人工知能「Hitachi AI Technology/H」が挙げられる。例えば、経営データや業務データ、現場の人間行動や現場の製品の動きといった大量かつ複雑なデータをコンピュータに読み込ませる。そうすると、人工知能「H」が売上げやメンテナンスコスト、生産効率等ビジネスにとって重要な経営指標(KPI)との相関性が強い要素を発見し、改善施策の仮説を効率的に導き出してくれる。この技術により、従来はKPIとの関係が薄いと考えられ、分析や仮説の立案に使用されていなかったデータであっても、重要な要素が発見され、改善施策が立案される。

Cyber‐PoCによる価値の検証
 Cyber‐PoCによる価値の検証
 提供:株式会社日立製作所

 また、新たな改善施策を実際に検証するのが「Cyber‐PoC」である。これは、顧客の持つデータを用いて導き出された改善施策が真に正しいかどうか検証するプログラムである。例えば、鉄道の敷設場所を検証する場合、過去のインフラ構築を通じて同社が得た鉄道利用者数や初期・運用コスト等の予測値を算出し、想定している運賃に応じた投資額の回収年数等の試算を可能としている。

2.次世代ものづくりを目指した「e‐F@ctory」

 「Industrie 4.0」がドイツ政府から提案されたのは2011年であるが、三菱電機株式会社は、それより以前の平成15年(2003年)から、「人・機械・ITの協調」をキーワードにFA(Factory Automation)技術とICT技術を活用したFA統合ソリューション「e‐F@ctory」を提唱している。
 e‐F@ctoryの基本コンセプトは工場の最適化によって、開発・生産・保守の全般にわたるTCO(Total Cost Ownership)削減を行うことである。生産現場には生産、品質等に関する様々なデータが存在する。これらのデータをリアルタイムに収集して、そのデータを分析・解析し、結果を生産現場にフィードバックする。このように生産現場とITシステムを連携させることで、生産現場のデータを生産情報、品質情報、環境関連情報、安全関連情報として活用し、生産性、品質、環境性、安全性、セキュリティを向上させる。

FA‐IT情報連携
 FA‐IT情報連携
 提供:三菱電機株式会社

 情報連携のために、これらをシームレスに接続する通信プロトコルは、ネットワークの階層や境界を意識せずに通信することを目的としたSLMP(Seamless Message Protocol)である。これによって、統一した方法で機器のパラメータ設定や保全情報の収集等を行うことができる。
 IoT技術の進化により、生産現場から得られるデータが増大する。これまでのように全てのデータをITシステムに渡して処理する方法では、生産現場からITシステムの間の通信帯域がひっ迫する。これを解決するのが、小規模なコンピューティング能力を分散配置するエッジコンピューティングと言われている。エッジコンピューティングを生産現場のデータ分析・解析を行うプラットフォームとして活用することに加えて、将来的には故障予測や作業者の行動分析に基づく事故の削減の可能性も期待できる。

FAネットワーク
 FAネットワーク
 提供:三菱電機株式会社

3.社会インフラのスマート化による国際競争力向上

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会や地方創生に向けた日本電信電話株式会社(NTT)の取組「2020×地域創生」を紹介する。
 NTTと福岡市では、福岡市無料公衆無線LANサービス「Fukuoka City Wi‐Fi」により、訪日外国人向けサービスや、福岡の観光モデルルートの提案サービスに取り組んでいる。また、訪日外国人が多数訪れる「博多どんたく港まつり」や「博多祇園山笠」で観光情報を発信する拠点としてWi‐Fi機能付きの飲料の自動販売機を設置している。この自動販売機は、災害時には無料で飲料水を取り出せる機能を有しており、防災ステーションとしての活用も可能である。
 また、羽田空港国際線・国内線旅客ターミナルにおいて、画像解析技術やビッグデータ分析技術等の最先端技術を使った「おもてなしUI・UX(ユーザインタフェース・ユーザエクスペリエンス)」の実現に向け、以下の研究開発及び実証実験に取り組んでいる。

福岡市とNTTの包括提携による新サービス
 福岡市とNTTの包括提携による新サービス
 提供:NTT

 (1)空港では多くの看板等が日英等の主要言語に限られ、交通移動手段や見慣れない日本食の原料等を調べる手段が即座に思い付かないことが課題として挙げられる。そのため、到着ロビーの看板・案内板や料理サンプル・商品にスマートフォンのカメラを向けるだけで有用な情報を得られる取組を進めている。

画像解析技術を用いたかざすUIによる情報提供
 画像解析技術を用いたかざすUIによる情報提供
 提供:NTT

 (2)空港における混雑解決に向けて、混雑状況を先読みし、動的に案内サインを変化させることで施設内での混雑を回避し、最適な人の流れの誘導の実現に取り組んでいる。また、従来は音声アナウンスで対応しているシーン(緊急案内等)に示す情報を視覚化することで、聴覚障がい者などへの情報提示手法としての有効性の確認を行っている。

 (3)視覚障がい者の移動を支援するため、トイレ等で音声案内を行う「音サイン」があるが、周囲の雑音等で必ずしも十分に活用されないことから、整備が進んでいない。そのため、雑音があっても聞き取りやすい音声案内を行うことや音サインが騒音とならない「インテリジェント音サイン」の実用化に取り組んでいる。
 NTTは、羽田空港に加え、東京駅やその周辺においても、国土交通省と連携し、屋内外シームレス測位サービスの実証実験を通じた屋内外シームレス地図の整備・流通に向けた検討を行っている。また、ビルの設計~施工~ファシリティマネジメントに至る膨大な情報を一元管理するBIM(ビルインフォメーションモデリング)の仕組みを社会インフラに応用し、地域全体をスマート化する取り組みを進めている。

BIMの活用による情報マネジメント
 BIMの活用による情報マネジメント
 提供:NTT

4.「Human Centric Intelligent Society」で実現する豊かな未来

 富士通株式会社では、業界・企業を超えた共創(きょうそう)、人と人との共創を支えるICT基盤として最新の技術とノウハウを結集したビジネス・プラットフォーム「MetaArc(メタアーク)」を提供している。MetaArcの特長は、モバイル、ビッグデータ、IoT、人工知能等を活用するとともに、人やモノをつないで新たな価値を生み出すシステム「SoE(Systems of Engagement)」と従来の企業内のデータを記録し業務処理を行う情報システム「SoR(Systems of Record)」の連携を可能としている点である。

業種間の連携による価値創造に向けて
 業種間の連携による価値創造に向けて
 提供:富士通株式会社

 富士通株式会社では、こうした基盤を用いた業種間の共創による価値創出を進めており、取組の一つに、高齢化社会への対応が挙げられる。我が国を含む世界の各国で進行する高齢化社会において、健康寿命を伸ばし自立した生活を支援する仕組みが望まれる。現在、電子カルテシステムや地域医療連携ネットワークなどを通じて、地域の効率的な医療の提供に向けた取組を行っている。加えて今後は、モバイルやセンサーネットワーク等を活用することで、高齢者あるいは慢性疾患を抱える人が自宅で安心して自立した生活を送れる社会や、個人に最適な薬の処方、個人に応じた予防など健康・生活面のアドバイスが受けられる社会を目指す。このような社会の実現には、病院・介護施設や研究機関、関連産業が共創し、画像を含む診療情報やゲノム情報といったビックデータの解析が不可欠である。また、必要なものを必要な時に届ける物流の革新等、人々の生活の利便性を向上させる仕組みが合わせて進展していくものと考えられる。このように、富士通株式会社では、様々な業種の知と知をつなぎ、社会の課題解決や新たなイノベーション創出に向けた活動に取り組んでいる。


高齢化社会への対応
 高齢化社会への対応
 提供:富士通株式会社

(3)超スマート社会をビジョンとして共有するために~科学技術イノベーションと社会との関係深化~

 超スマート社会においては、私たちの生活を豊かなものとなるのみならず、経済・社会にも従来の延長上だけでは対応が困難な大きな影響が及ぼされることが予想される。そのため、こうした社会においては、これまで以上に科学技術イノベーションと社会との関係を一層深化させる必要がある。
 本項では、科学技術と社会とを相対するものとして位置付けてきた従来型の関係を、研究者、国民、産業界、政策形成者等といった様々なステークホルダーによる対話・協働、すなわち「共創」を推進するための関係に深化させるために必要な取組について以下に記述する。

1.超スマート社会における倫理的・法制度的・社会的取組

 超スマート社会の進展に伴い、個人情報等プライバシー保護の問題や人工知能等による事故等に係る責任関係等、倫理的・法制度的な様々な課題について、社会としての意思決定が必要になる事例の増加が予想される(第2章第2節参照)。また、超スマート社会の核となる人工知能技術等の研究開発を行うに際しては、その高度な機能が人や社会が良くなるためという、基本原則のもとに進められる必要がある。
 そのため、超スマート社会が適切に社会実装されるためには、多様なステークホルダー間のコミュニケーションの場を設けつつ、倫理的・法制度的・社会的課題について、人文社会科学及び自然科学の様々な分野が参画する研究を進めることが必要である。また、社会における科学技術の利用促進の観点から、科学技術の及ぼす影響を多面的に俯瞰(ふかん)するテクノロジー・アセスメントや、規制等の策定・実施において科学的根拠に基づき的確に予測、評価、判断を行う科学に関する研究、社会制度等の移行管理に関する研究の促進が必要である。
 人工知能等の先端研究の進展に伴い、必要に応じて倫理ガイドライン等の策定を行うことも有用である。総務省情報通信政策研究所が平成27年6月に公表したインテリジェント化が加速するICTの未来像に関する研究会「報告書2015」では、ICTインテリジェント化(※25)の進展段階を展望(※26)した上で、インテリジェントICT(※27)に係る高度な機能は、人や社会が良くなるためという基本原則の下に進められる必要があり、そのためには、研究開発に係る原則を明らかにするとともに、発生し得る負の側面を限りなく小さくする仕組みを構築しなければならないとしている。同報告書では、研究開発に係る原則として、ロボットはどのようにあるべきかを示すことで、その研究開発の原則を示したアイザック・アシモフのロボット3原則(※28)が参考になるとし、インテリジェントICT、とりわけ高度な認知、判断、創造を行う力をもった人工的な知性についても同様の原則を打ち立てることが必要となっていると考えられるとしている。
 さらに、総務省情報通信政策研究所では、「報告書2015」を踏まえ、2040年代に向け、ICTインテリジェント化の中心を成すAIネットワーク化(※29)の進展を見据え、目指すべき社会像及びその基本理念を検討するとともに、AIネットワーク化が社会・経済にもたらすインパクト及びリスクの評価を行い、当面の課題(※30)及び今後中長期的に注視し又は検討すべき事項を整理することを目的として、平成28年2月から、AIネットワーク化検討会議(座長:須藤 修 東京大学大学院情報学環教授)を開催している。

2.ステークホルダーによる対話・協働

 サイエンスカフェ等研究者が自ら参画して行うアウトリーチ活動の取組が広まっているが、今後は、アウトリーチ活動の充実のみならず、科学技術イノベーションと社会との問題について、研究者自身が社会に向き合うとともに、多様なステークホルダーが双方向で対話・協働し、政策形成や知識創造に結び付ける「共創」を推進することが重要である。
 このため、多様なステークホルダーを巻き込んだ円卓会議や科学技術に係る市民参画型会議など対話・協働の場を設け、得られた意見等を国の政策形成の際に考慮することが必要である。また、シチズンサイエンスの推進を図り、研究者が国民等と共に研究計画を策定し、研究実施や成果普及を進めるような方法論の創出と環境整備等を促進することが必要である。

3.共創に向けた各ステークホルダーの取組

 ステークホルダー間の共創を進めるためには、社会側のステークホルダーである国民の科学技術リテラシーの向上と研究者の社会リテラシーの向上が重要である。
 そのため、初等中等教育の段階から、科学技術の限界や不確実性、論理的な議論の方法等に対する理解を深めることが肝要である。また、社会教育施設において、科学コミュニケーター等の活用により、双方向の対話・協働が促進されることが期待される。
 他方、研究者は、分野を超えた知識・視点を駆使して研究内容等を分かりやすく説明することが求められる。また、自らの研究と社会との関わりの重要性について認識を深める観点から、人文社会科学及び自然科学の連携等が望まれる。

4.超スマート社会における政策形成への科学的助言

 超スマート社会においては、サイバーセキュリティの確保など、政策形成において科学技術が果たす役割はこれまで以上に大きくなることが予想される。
 このため、研究者は科学的助言の質の確保に努めるとともに、不確実性や異なる科学的見解が有り得ることなどについて、社会の多様なステークホルダーに対して明確に説明することが求められる。一方、各ステークホルダーは研究者は独立の立場から科学的な見解を提供できることを認識することが期待される。また、科学的助言は政策形成過程において尊重されるべきものであるが、それが政策決定の唯一の判断根拠ではないことを認識することも重要である。


  • ※25 「ICTインテリジェント化」とは、ICTと呼ばれるコンピュータや通信ネットワーク、それらの上で動く人工知能や活用される多様なデータ、これら技術と人間との間のインターフェース技術の高度化等によってもたらされる変化をいう。
  • ※26 ICTインテリジェント化については、次のような進展段階を経るものと展望されている。
    1. インテリジェントICTが、他のインテリジェントICTとは連携せずに、インターネットを介するなどして独立して機能し、人間を支援
    2. インテリジェントICT相互間のネットワークが形成され、社会の各分野における自動調整・自動調和が進展
    3. 人間の潜在的能力がインテリジェントICTによって引き出され、身体的にも頭脳的にも発展
    4. 人間とインテリジェントICTとが共存
  • ※27 「インテリジェントICT」とは、ICTインテリジェント化を支える技術やシステムの総体をいう。
  • ※28 アシモフ博士のロボット工学3原則
     第一法則:ロボットは人間に危害を加えてはならない。またその危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
     第二法則:ロボットは人間から与えられた命令に服従しなくてはならない。ただし、与えられた命令が第一法則に反する場合はこの限りではない。
     第三法則:ロボットは前掲の第一法則、第二法則に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。
  • ※29 「AIネットワーク化」とは、AIを構成要素とする情報通信ネットワークシステムの構築及び高度化をいう。
  • ※30 AIネットワークに関する研究開発の原則の策定、イノベーティブかつ競争的なエコシステムの確保、利用者の保護、社会の基本ルールに関する検討、AIネットワーク化をめぐる諸課題に関する継続的な議論のための枠組みの整備等

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(科学技術・学術政策局企画評価課)

-- 登録:平成28年07月 --