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第1部 第3章 今後の科学技術イノベーションの展望

 第1章及び第2章においては、我が国のこれまで約20年間にわたる科学技術イノベーション活動と支援策を具体例で紹介し、また、科学技術イノベーション政策を振り返り、その実績を概説してきた。そこから見えてくるように、科学技術イノベーションは、我が国そして世界の持続的な発展の根幹であり、今後も強力かつ戦略的にそのための施策を推進していく必要がある。
 平成28年度からは、新しい第5期基本計画の下で、科学技術イノベーション政策が推進されることになる。今後の政策推進に当たっては、日々変化する社会経済の状況を踏まえつつ、我が国の中長期にわたる将来像を展望することが重要である。
 このため、本章では、まず第1節において、我が国の科学技術イノベーションを取り巻く社会経済の状況を整理し、今後の我が国の科学技術イノベーションにとって特に重要となる変化を抽出する。次に、第2節においては、こうした変化等を考慮した上で、今後当面の科学技術イノベーション政策に関する方向性を整理するとともに、第5期基本計画の策定に向けた政府内外の検討状況を紹介する。最後に、第3節においては、第5期基本計画の最終年度に当たる2020年(平成32年)、さらにはその10年先の2030年(平成42年)頃までを見据えた、我が国の科学技術イノベーションの姿についての展望を行う。

第1節 将来を展望した社会経済の変化

 我が国の社会経済は、現在、大きな変革期にある。この大きな変化は、科学技術イノベーション政策の今後の方向性を左右するだけでなく、科学の進め方をはじめとする、将来の科学技術イノベーション活動の在り方そのものにも大きな転換をもたらし得る。
 本節では、まず、科学技術イノベーションに関連する主な社会経済の状況及び変化について、三つの観点から整理していきたい(※1)。

1 人口構造の変化

将来の我が国の姿を展望する上で、まずは何よりも、我が国の人口構造の変化に着目する必要がある。

(1)人口減少社会の進行

 現在、我が国では少子化が急速に進んでおり、総人口についても、2010年(平成22年)の1億2,806万人をピークに減少に転じている。総人口は、2030年(平成42年)には1億1,662万人まで減少し、2048年(平成60年)には1億人を下回ると推計されている(※2)。少子化の進行に伴うこうした人口減少は、我が国の経済規模や国民の生活水準の持続的な維持・向上に対する大きな脅威となっている。
 少子化の状況について、大学の入学段階に当たる18歳人口を見ると、第1‐3‐1図のとおり、2017年度(平成29年度)までは、約10年間にわたって120万人前後で維持されるのに対し、2018年度(平成30年度)以降は、再び長期の減少過程に入り、2030年(平成42年)には101万人となることが予測されている。これは、2014年度(平成26年度)に40歳を迎えた1992年度(平成4年度)18歳人口の半数を下回る人数である。こうした若年人口の大幅減少は、我が国において、科学技術イノベーション活動を担う人材の量的確保が今後困難になっていくことを示している。このことは、否が応でも科学技術イノベーション活動の現場に変革を迫るものと考えられる。

 第1‐3‐1図/18歳人口の推移と予測
第1‐3‐1図/18歳人口の推移と予測
 資料:文部科学省「学校基本調査」(2026年度までの数値)及び「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)(2027年以降の数値)を基に文部科学省作成


  • ※1 本章での将来展望は、現在の社会経済の状況及び変化を捉えた上で、その延長線上にある姿を展望したものである。現在政府においては、科学技術イノベーション政策のほか、少子化対策や地方創生、財政健全化など、将来我が国が直面し得る様々な課題の解決に向けての検討を実施しており、それらの検討を踏まえた取組の実施状況によっては、こうした将来展望が大きく変化・改善する可能性を有している。
  • ※2 日本の将来推計人口(平成24年1月国立社会保障・人口問題研究所)

(2)超高齢社会の進行と地方の活力低下

 第1‐3‐2図に示すように、我が国の高齢者人口(65歳以上)は年々増加を続け、2030年(平成42年)には3,685万人に達すると推計されている。その結果、高齢者1人に対する生産年齢人口(15~64歳)は、2010年(平成22年)時点の約2.8人から2030年には約1.8人へと減少し、2050年(平成62年)には約1.3人まで減少することが見込まれている。こうした超高齢社会の一層の進行により、労働力不足、医療不足、介護負担の増大や、社会保障費の増大等の問題が進むことが懸念される。また、高齢化は、少子化や都市への人口集中、それに伴う地方の過疎化の進行ともあいまって、地域経済の活力低下を引き起こす要因にもなっている。なお、第1‐3‐3図は、厚生労働省が推計した社会保障給付費の将来推計であるが、将来に向けて、医療費や介護費が大幅に増大していくことが読み取れる。こうした社会保障費の増大は、将来の財政を大きく圧迫することが予想されている(※3)。このため、我が国の持続的発展に向けて、持続可能な社会保障制度の構築にも資するような、超高齢社会を克服するイノベーションの創出が喫緊の課題となっている。
 他方、世界を見れば、高齢化や都市への人口集中といった問題は、我が国固有の問題ではないことが分かる。例えば、第1‐3‐4図に示すように、今後、多くの主要国において、我が国と同様に高齢化が進行することが予想されている。我が国は、高齢化や都市への人口集中に関する「課題先進国」であり、世界に先駆けて新たな解決モデルを提示することが不可欠となっている。見方を変えれば、今後、優れた解決モデルを提示することができれば、労働力の向上や財政再建につながることのみならず、新たなビジネス等を通じて世界の市場を獲得していく機会を有していると言える。

 第1‐3‐2図/高齢者人口及び生産年齢人口の推移と予測
第1‐3‐2図/高齢者人口及び生産年齢人口の推移と予測
 注:左軸は高齢者人口及び生産年齢人口、右軸は高齢者人口1人当たりの生産年齢人口を示している。
 資料:総務省「国勢調査」(2010年までの数値)及び「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)(2020年以降の数値)を基に文部科学省作成

 第1‐3‐3図/社会保障給付費の将来推計
第1‐3‐3図/社会保障給付費の将来推計
 資料:「社会保障費用統計(平成24年度)」(社会保障・人口問題研究所)及び厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について(平成24年3月)」を基に文部科学省作成

 第1‐3‐4図/主要国における総人口に占める高齢者人口の割合の推移
第1‐3‐4図/主要国における総人口に占める高齢者人口の割合の推移
 資料:United Nations “World Population Prospects: The 2012 Revision”(日本以外)及び「日本の将来推計人口」(平成24年1月国立社会保障・人口問題研究所)(日本)を基に文部科学省作成


  • ※3 内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(平成27年2月16日経済財政諮問会議提出資料)によると、2023年度の国の歳出に占める社会保障関係費は約40.5兆円と、2013年度比で約38.7%増加することが見込まれている。

(3)社会の成熟化

 人口構造の変化とともに、社会の成熟化が進んできていることも忘れてはならない。第1‐3‐5図を見ると、1980年代以降、国民の価値観は大きく変化し、単なる「物質的豊かさ」よりも「心の豊かさ」が重視されている傾向が分かる。多くの国民が、生活の上で求めるものについて、ハードであれ、ソフトであれ、それを使ってどういうサービスが受けられ、心に満足感を得られるものであるかという視点で考えるようになっており、国民一人ひとりが持つ多様な価値観やニーズに対応していくことが、イノベーション創出において求められるようになってきている。

 第1‐3‐5図/今後の生活で重視する事項の推移
第1‐3‐5図/今後の生活で重視する事項の推移
 注:「心の豊かさ」は、「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」、「物質的豊かさ」は、「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」を選択した者の割合
 資料:内閣府「国民生活に関する世論調査」

2 グローバル化及び知識基盤社会の一層の進展

 グローバル化や知識基盤社会の一層の進展は、我が国の科学技術イノベーションの創造プロセスに大きな変革をもたらしており、以下にその状況を概説する。

(1)グローバル化の進展

 グローバル化の進展により、様々な活動が国境を越えて展開され、情報や人の移動が活発化している。
 民間企業は、急速に進むグローバリゼーションの中で、企業活動を世界で積極的に展開している。例えば、第1‐3‐6図は、我が国の民間企業(製造業)における海外現地生産比率を示しており、その比率は年々増加していることが読み取れる。他方、こうした状況の中で、グローバル社会に身を置く民間企業は厳しい国際競争にもさらされており、企業の合併や買収等が進行していくことで、我が国の持つ重要技術の優位性の低下や知的財産の海外流出の発生、国内の高付加価値生産活動の減少といったことが懸念されている状況にある。
 また、グローバル化が進展する中で、世界に広がる様々な知識・技術や優れた人材の能力をいかに活用するかが、競争力に大きな影響を及ぼすようになってきている。このため、国際的な頭脳獲得競争が激化しており、例えば、第1‐3‐7図に示すように、世界の高等教育機関に在籍する外国人学生の総数がこの10年間で2倍以上に増加しているなど、学生の国を越えた移動も活発化している。
 今後、世界各国が更にグローバル化し、社会・経済活動の範囲と国境との関係が一層不明瞭になっていくように思われる。今後の科学技術イノベーションの推進に当たっては、こうした状況をあらゆるステークホルダーが意識し、常に国際的視点を持って取組を進めていく必要がある。

 第1‐3‐6図/我が国製造業の海外現地生産比率の実績と見通し
第1‐3‐6図/我が国製造業の海外現地生産比率の実績と見通し
 資料:内閣府「平成26年度企業行動に関するアンケート調査」を基に文部科学省作成

 第1‐3‐7図/世界の高等教育機関における外国人学生総数の推移
第1‐3‐7図/世界の高等教育機関における外国人学生総数の推移
 資料:OECD“Education at a Glance 2014”を基に文部科学省作成

(2)知識基盤社会の進展とオープンイノベーションの本格化

 21世紀は、新しい知識・情報・技術があらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す「知識基盤社会」の時代である。知識には国境がないことから、グローバル化を一層進展させるとともに、知識は日進月歩であり、かつ、新しい知識はパラダイム転換を伴うことも多いことから、社会の変化のスピードが加速される。こうした変化は、知のフロンティアの拡大ともあいまって、新たに生じる課題の予見が以前より困難になっていることを示している。新たな課題が発生した際には、これまでよりもスピード感を持って機動的・弾力的に対応することが求められるようになり、基礎研究、応用研究、開発研究と直線的に技術を育てていく産学官のリニアモデルが機能しにくい場合も見られている。
 また、知識や価値の創出の在り方が大きく変化してきている。グローバル化及び知識基盤社会の進展は、知のフロンティアの拡大や情報通信技術の飛躍的な発展・普及といった状況とあいまって、知識や情報の量を加速度的に増加させており、個人や一つの組織において、求められる全ての知識・技術を備えることが困難になってきている。このため、チームや複数の組織によって活動することの重要性が増している。
 民間企業においては、厳しい国際競争の中で生き残っていくため、第1‐3‐8図に示すように、社内の研究開発を以前よりも短期化せざるを得ない傾向にある。このため、民間企業は、これまでの自前主義による研究開発から、外部の知識・技術を積極的に活用する「オープンイノベーション」の取組への関心を高めてきている。第1‐3‐9図は、プロダクト又はプロセス・イノベーションのための情報源としての大学又は公的機関の重要性に関するアンケート調査結果の国際比較であるが、我が国では、「重要度・大」と答えた企業の割合が10.4%と欧州主要国と比較して多く、民間企業のイノベーション創出において、とりわけ大学や公的研究機関の持つ知識・技術の重要性が強く認識されている傾向が伺える。
 このように、グローバル化や知識基盤社会の進展は、産学官連携の在り方をはじめとする科学技術イノベーションの創造プロセスを大きく変化させており、こうした変化に対応できる新しいイノベーションシステムの構築が不可欠となっている。

 第1‐3‐8図/民間企業における研究開発の性格の変化
第1‐3‐8図/民間企業における研究開発の性格の変化
 注:中長期的な研究開発(5~10年程度)と、短期的な研究開発(1~4年程度)の費用の比率について、10年前との比較を質問した際の回答の結果。回答数は858社。
 資料:経済産業省「平成22年度産業技術調査」を基に文部科学省作成

 第1‐3‐9図/プロダクト又はプロセス・イノベーションのための情報源として大学等又は公的機関を重要度・大とした企業の割合(国際比較)
第1‐3‐9図/プロダクト又はプロセス・イノベーションのための情報源として大学等又は公的機関を重要度・大とした企業の割合(国際比較)
 注1:数値は母集団でのプロダクト又はプロセス・イノベーションのための活動を実施した企業に占める割合の推計値。大学・公的機関には、大学等の高等教育機関、政府、公的研究機関を含む。
 注2:日本の数値は国際比較のために他国と同様の基準に合わせて、CIS2010 の中核対象産業のみを含めた全産業(中核)の推計値。
 資料:科学技術・学術政策研究所「第3回全国イノベーション調査」 (日本)及びOECD“Science, Technology and Industry Scoreboard 2013”(日本以外)を基に科学技術・学術政策研究所作成

3 科学技術の進化に伴う大変革時代の到来

 情報通信技術の発達等により、インターネット上につくられたサイバー空間と呼ばれる仮想的な空間が飛躍的に発展し、我が国の社会・経済活動に近年大きな変化をもたらしている。こうした様々な科学技術の進化は、我が国、そして世界の社会経済の構造を大きく変革させ、また、科学の進め方をはじめとする科学技術イノベーション活動の在り方そのものに対しても変革を促している。

(1)サイバー空間の飛躍的発展

 1990年代に入り、情報通信環境が急速に変化し、インターネット上にサイバー空間という新しい空間が存在し始めた。それ以降、デジタル情報機器、センサ技術やネットワーク技術の著しい発展と普及により、サイバー空間に大量かつ多様なデジタルデータ、いわゆるビッグデータが生み出され、ネットワークを通じて大量に発信・流通されるようになってきている。第1‐3‐10図は、国際的なデジタルデータ量の増加予測である。デジタルデータ量は年々飛躍的に増加し、2020年(平成32年)には、2010年(平成22年)と比較して約40 倍(40ゼタバイト(※4))となることが予測されている。
 近年のスマートフォンの爆発的な普及も大きな変化である。第1‐3‐11図に示すように、我が国におけるスマートフォン普及率(世帯普及率)は、平成22年末の9.7%から平成25年末には62.6%まで急増している。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に関して、例えばFacebookのユーザー数(※5)は、平成27年3月末時点で約14.4億人(※6)に達しているように、サイバー空間には、中国やインドの人口規模を超えるような、巨大な社会・経済活動の空間が存在するようになってきている。サイバー空間は、現実空間とは異なり、地理的・時間的制約を受けにくいことから、サイバー空間における社会・経済活動は、今後も急速に拡大していくことが予想される。

 第1‐3‐10図/世界のデジタルデータ量の増加予測
第1‐3‐10図/世界のデジタルデータ量の増加予測
 資料:総務省「ICTコトづくり検討会議報告書(平成25年6月)」P15より抜粋

 第1‐3‐11図/我が国のスマートフォン普及率(世帯普及率)の推移
第1‐3‐11図/我が国のスマートフォン普及率(世帯普及率)の推移
 資料:総務省「平成25年情報通信利用動向調査」を基に文部科学省作成

 こうしたサイバー空間の拡大とともに、近年、センサーネットワークが進化することで、世界中のヒト同士、ヒトとモノ、モノ同士が常にネットワークでつながるIoT(※7)が台頭してきている。
 また、サイバー空間は人々のあらゆる活動に不可欠なものとなってきており、ウェアラブルセンサ技術等の登場によって、サイバー空間と実空間の一体化、融合化によるサイバーフィジカルシステム(CPS(※8))が生じてきている。ビッグデータの拡大と人工知能(AI(※9))技術の発展等により、サイバー空間の側で知的な情報処理が実行されるようになり、例えば、人の状態や希望を自動で察知し、先回りして有用な情報・知識等を提供するサービス(アンビエントサービス)が米国を中心に登場するなど、新たなサービスや価値の創出に、サイバー空間の果たす役割が増大してきている。
 こうした中で、従来は機械として捉えられていたロボットの概念についても、今後は柔軟に捉えていく必要がある(※10)。
 さらに、ビッグデータ解析技術やIoT、AI技術等は今後も劇的な進化を遂げていくことが予想されている。こうした技術の進化による、サイバー空間と実空間の関係の変化(※11)は、これまで実空間を中心に構築されてきた、生産・流通・販売、交通、健康・医療、公共サービス等の幅広い産業構造の変革をはじめ、今後の社会経済の在り方を大きく変革していくことを示唆している。また同時に、サイバー空間での活動が拡大・発展することで、サイバーセキュリティの問題や、新たな社会問題として、サイバー空間による判断の法的責任をどう考えていくのかといった問題などが発生することも予想される。
 諸外国を見ると、こうしたサイバー空間の急激な発展による新しい社会の到来を「第4次産業革命」と称し、新時代を先導するための科学技術イノベーション政策の競争が繰り広げられており、ドイツにおける「インダストリー4.0(コラム1‐12参照)」などがそれに当たる。我が国でも、こうした世界の潮流から取り残されることなく、官民を挙げて、新たな価値やサービスの創造に向けた取組を、サイバーセキュリティの取組や、必要となる社会制度の検討、人材の育成・確保の取組と一体となって進めていくことが喫緊の課題である。


  • ※4 1ゼタバイト(ZB)=1,000エクサバイト(EB)=100万ペタバイト(PB)=10億テラバイト(TB)=1兆ギガバイト(GB)
  • ※5 月1度でもサービスにログインするユーザーの数。
  • ※6 “Facebook Reports First Quarter 2015 Results”
  • ※7 Internet of Things(モノのインターネット)
  • ※8 Cyber Physical System
  • ※9 Artificial Intelligence
  • ※10 「ロボット新戦略」(平成27年2月10日 日本経済再生本部決定)では、「従来、ロボットとは、センサー、知能・制御系、駆動系の3要素を備えた機械であると捉えられてきたが、デジタル化の進展や、クラウド等のネットワーク基盤の充実、そしてAIの進歩を背景に、固有の駆動系を持たなくても、独立した知能・制御系が、現実世界の様々なモノやヒトにアクセスし駆動させるという構造が生まれてきている。今後、さらに、IoTの世界が進化し、アクチュエーター等駆動系のデバイスの標準化が進めば、知能・制御系のみによって、社会の様々な場面で、多様なロボット機能が提供できるようになる可能性もある。そうなれば、3要素の全てを兼ね備えた機械のみをロボットと定義することでは、実態を捉えきれなくなる可能性がある。次世代のロボットを構想する上では、そのような広がりのある将来像も念頭におくことが必要である。」としている。
  • ※11 例えば、文部科学省科学技術・学術審議会総合政策特別委員会「我が国の中長期を展望した科学技術イノベーション政策について(中間取りまとめ)」(平成27年1月)では、こうした、サイバー空間の急速な発展に伴い、現実社会の補完・代替のほか、サイバー空間内において現実社会を超える様々な活動が自律的に行われ、実空間の一体化・融合とあいまって、現実社会に大きな影響を及ぼすようになった社会について、「超サイバー社会」として位置付けられている。

コラム1‐11 人工知能研究のナショナルセンターの挑戦

 今、海外では、大手IT企業を中心に、様々な人工知能の要素技術を組み合わせたこれまでにない性能を持ち合わせる人工知能の研究開発、そして事業化が進みつつある。例えば、カメラ、センサ、GPSなどを組み合わせて自律走行できる自動車は、正に革新的な人工知能と言うことができ、こうしたものが、従来、人々の移動時間として使われていた時間を仕事や余暇の時間として振り替えることを可能とし、生活スタイルを変革させていくように考えられる。
 このような研究開発に、世界中から優れた研究者が集められ、参画している。その結果開発された人工知能は、実社会で使われ、そこで豊富な知見が蓄積し、再び実社会から基礎研究へのフィードバックがなされるという好循環が形成されている。
 他方、我が国を見ると、こうした人工知能に関する研究は、これまで個別には様々な取組が実施され、研究そのものとしては優れたものが多い。しかし、こうした研究を統合し、実社会で使われるような革新的な人工知能を開発するという動きは少なかったのではないだろうか。
 こうしたことを背景に、経済産業省は、国内外の多様な人工知能研究のトップ・新進気鋭の研究者や優れた技術を集結し、先進的な人工知能の開発・実用化と基礎研究の進展の好循環を生むプラットフォームの形成を目指して、平成27年5月、「人工知能研究センター」を産業技術総合研究所に整備した。この人工知能研究センターは、「様々な技術を統合し、ユーザー企業と連携して実用化を加速し、実世界の課題解決やビジネスにつなげる。その結果をフィードバックしてさらに技術を進化させる」「様々な一線の研究者により、実世界の課題を解決する大規模な基礎研究を実施する。研究成果の実証により、基礎研究を加速する」「評価手法やベンチマークデータセットの整備など、公的研究機関として人工知能研究のベースアップに貢献する」「開発された成果や知的財産について、事業化やカーブアウト(※12)を実施する。企業との共同研究だけでなく、アカデミアと産業界のハブとなる」といった役割を果たすことを目的としている。
 今後、人工知能研究センターにおいて行われる研究開発によって、我が国、そして世界の社会経済に大きな変革をもたらすような、日本発の人工知能技術が加速度的に生み出されることが期待される。

 なお、サイバー空間の急激な発展は、社会経済の在り方のみならず、科学技術イノベーション活動の在り方そのものにも大きな変革をもたらしつつある。特に現在、研究成果やデータへの容易なアクセス・利用を可能とし、知の創出に新たな道を開くとともに、効果的に科学技術研究を推進することでイノベーションの創出につなげることを目指した新たな科学の進め方が世界で浸透してきている。これはいわゆる「オープンサイエンス」と呼ばれており、本章第3節で詳述するが、世界的なオープンサイエンス化の流れは、2030年頃の科学技術イノベーション活動の在り方に大きな影響を及ぼすことが想定されることから、我が国における、戦略的かつ大胆な取組が必要な状況にある。


  • ※12 企業が、将来的に有望な事業を分離し、社外の投資家からも資本参加などを受けながら、新会社として独立させること

コラム1‐12 ドイツのインダストリー4.0が目指すもの

 インダストリー4.0とは、ドイツ政府が2011年に発表した、製造業のデジタル化推進のためのアクションプランの一つである。サイバーフィジカルシステム(CPS)を活用して、次世代のモノづくり技術で世界をリードするという野心的な構想となっている。
具体的には、製品設計・開発から、生産設計、生産管理、販売・保守に至る一連のサイクルをデジタルデータで一貫して統合し、リードタイム短縮や省エネルギー化を図った上で、高付加価値の製品を低コストで実現するとしている。生産の自動化そのものは1980年代から研究開発が進められ、日本国内でも既にスマート工場を実用化している企業はある。しかし、ドイツのインダストリー4.0では、デジタル化した工場がネットワークやソフトウェアでつながって全体が最適化することを目指している。一つの工場あるいは1企業に閉じたシステムではなく、製造機械・装置をネットワーク化するには、オープンなプラットフォームが不可欠である。
 ドイツ政府は、2025年頃を目処(めど)にインダストリー4.0を達成するロードマップを発表している。その第一フェーズで取り組むのが標準化である。参加ルールをまず明確にし、大手企業だけでなく国内企業の9割を超す中小企業を巻き込むためにも標準化を最重要課題としている。次に取り組むのはセキュリティの問題である。ネットワークでつながる以上、データ保護は最大の懸案事項であり、この両分野の成功がインダストリー4.0の命運を握ると言っても過言ではないだろう。

つながる工場のイメージ図
 つながる工場のイメージ図
 資料:Final report of the Industrie 4.0 Working Groupを基に科学技術振興機構作成

(2)様々な革新的技術の進化

 2030年頃を見据えると、社会経済の在り方に大きな影響を与える技術の進化は、サイバー空間の発展にとどまらない。
 例えば、3Dプリンタに関しては、近年、その市場規模が大きく拡大してきており、第1‐3‐12図に示すように、部品等の製造に直接用いられる可能性を有するプロ向けのものから、量販店での販売も始められた個人向けのものまで、様々な3Dプリンタが販売されるようになってきている。今後、3Dプリンタ技術の高度化・多様化・低価格化が進み、市場が拡大するとともに、必要となる社会制度等を整えていくことで、例えば、工場のみならず家庭においてモノづくりが可能となるなど、企業の生産活動の在り方を大きく変革させる可能性を有している。
 また、機械翻訳技術についても着実に高度化してきている(コラム1‐13参照)。機械翻訳技術の進化によって、多言語翻訳が実現可能となれば、世界中の人々のコミュニケーションが格段に進むこととなる。そして、我が国のイノベーション創出において、一般的に大きな壁として認識されている「語学」の壁を容易に乗り越える可能性を有している。同時に、語学教育の在り方について、見直しが求められる可能性も有している。
 ロボットスーツ技術や自動運転技術等の高度化は、人々にとって効率的で便利な社会の構築を実現することにつながる。一方で、サイバー空間の発展と同様に、人々の働き方や雇用の在り方に対して、大きな変革をもたらす可能性を有している。
 ここで挙げた技術はあくまでも一例であるが、こうした革新的技術の発展状況を注視しながら、我が国の将来の社会経済の姿を先取りし、今後の科学技術イノベーション政策を検討していくことが肝要である。なお、本章第3節においては、上述のオープンサイエンスとともに、こうした科学技術の進化がもたらす科学技術イノベーション活動の変化についての展望を詳述する。

 第1‐3‐12図/3Dプリンタの現状
第1‐3‐12図/3Dプリンタの現状
 注:パーソナルユース、プロユースの分類については、経済産業省の判断に基づく
 資料:経済産業省作成(平成25年10月第1回新ものづくり研究会配布資料より抜粋)

コラム1‐13 「言葉の壁」の克服に向けて ~機械翻訳技術の発展~

 政府は、2020年(平成32年)の東京オリンピック・パラリンピックまでに、多言語音声翻訳で世界の「言葉の壁」をなくすことを目指した「グローバルコミュニケーション計画」を推進している。当該計画においては、グローバルで自由な交流の実現、日本のプレゼンス向上、東京オリンピック・パラリンピックでの「おもてなし」といった三つのビジョンを掲げている。
 多言語音声翻訳の鍵を握る機械翻訳技術に関しては、これまで、情報通信研究機構を中心に研究開発を続けてきている。従来の研究開発においては、人間が文の構造のルールや、言葉の意味を記した辞書などを用意し、それに基づいて翻訳を行っていたが、人間が作成するものには限界があった。その後、言語に関するデータが大量に計算機上に集積されるようになり、また、ハードウェアが格段に進歩し、平成12年以降、原文と訳文を集積した大規模な対訳データをコンピュータに学習させ翻訳させる、統計翻訳と呼ばれる手法が急速に進展し、機械翻訳技術が格段に向上した。例えば、「どこですか」という日本語に対し、膨大な対訳データから、60%の確率で「Where is」に訳されることを自動的に取得し、それに基づいて、最も確からしい訳文を生成しているのである。
 情報通信研究機構は、スマートフォン用の音声翻訳アプリケーション“VoiceTra”を平成22年に公開した。このアプリケーションを使用すると、日本語を英語に自動翻訳できる。電話をするときのようにスマートフォンを耳元に近付けると短時間振動するので、これを合図に音声入力すると、翻訳結果が音声で返ってくる。VoiceTraは旅行会話を対象としているが、その翻訳能力は、TOEIC600点の人の能力に相当する。さらに、VoiceTraで培った技術を世界標準システムとして発展させるため、各国研究機関と連携し、平成24年から、“VoiceTra4U”の提供を開始している。本アプリケーションは、27言語間の翻訳、17言語の音声入力、14言語の音声出力が可能である。また、5台同時に音声チャットをすることも可能である。
 今後は、旅行に限らず多様な分野で翻訳できる技術、より長文の正確な翻訳を実現するための技術、文章全体での訳語の一貫性を実現する文脈処理技術などが技術課題となっている。

統計翻訳技術の概要の図
 統計翻訳技術の概要
 提供:情報通信研究機構

スマートフォン用の音声翻訳アプリケーションの概要の図
 スマートフォン用の音声翻訳アプリケーションの概要
 提供:総務省

第2節 今後の科学技術イノベーション政策

 本節では、前節で述べた社会経済の変化等を踏まえながら、今後の科学技術イノベーション政策の検討において考慮すべき事項を整理していく。また、それに該当するものとして、現在、第5期基本計画の策定に向けた検討が政府内外で進んできており、その検討状況について解説する。

1 今後の科学技術イノベーション政策の推進に当たって

 今後の科学技術イノベーション政策の推進に当たって踏まえるべきこととして、社会経済の変化、我が国及び世界が直面する課題、この20年間にわたる基本計画の下での取組実績の検証を踏まえた我が国の科学技術イノベーションの現状及び課題等が挙げられ、以下に整理していく。

(1)社会経済の変化

 本章第1節で述べた社会経済の中長期的な変化への展望を踏まえると、今後の科学技術イノベーション政策の在り方に大きく影響すると思われる事項について、第1‐3‐13表のとおり整理できる。

 第1‐3‐13表/社会経済の変化の今後の科学技術イノベーション政策への影響

  1. 人口構造の変化による主な影響
    • 人口減少・超高齢社会の進行や地方の活力低下は、我が国の将来の経済規模や国民の生活水準の維持・向上に大きな影響をもたらす。今後、女性や高齢者の活躍、地方の活性化等を可能とすることや、持続可能な社会保障制度の構築に資するような科学技術イノベーションの創出が重要。
    • 今後長期間にわたって若年人口が減少し続けていくことは明らかであり、このことは、我が国の科学技術イノベーション活動の根幹となる人材の量的確保が今後一層困難となることを示唆。このため、人材の「質」の向上に重点を置いた取組が必要。
    • 国民は「サービス」と「心の満足感」を求めており、イノベーション創出において、国民一人ひとりが持つ多様な価値観やニーズに対応していくことが重要。
  2. グローバル化や知識基盤社会の一層の進展による主な影響
    • 今後、世界中で更にグローバル化が進むことから、科学技術イノベーションに携わる人々は、常にグローバルな視点を持つことが必要。
    • 社会の変化のスピードが加速し、知のフロンティアの拡大ともあいまって、新たに生じる課題の予見が以前より困難になっている状況。新たな課題が発生した際には、スピード感を持って機動的・弾力的に対応していくことが重要であり、産学官連携のリニアモデルが機能しにくい場合も見られる中で、新しい産学官連携のシステムが必要。
    • 知識・価値創出の在り方の変化等に伴い、民間企業は、自前主義の研究開発から、オープンイノベーションへの関心を高めており、オープンイノベーションを加速する環境整備等が重要。
  3. 科学技術の進化に伴う大変革時代の到来による主な影響
    • 情報通信技術の発達等に伴い、サイバー空間が飛躍的に発展し、IoTや、サイバー空間と実空間の一体化、融合化によるサイバーフィジカルシステム(CPS)が台頭。今後、ビッグデータやAI技術等の更なる進化により、幅広く産業構造が変化する可能性。このような社会を先導すべく、官民を挙げて、新たな価値やサービスの創造に向けた取組を進めていくことが喫緊の課題。同時に、サイバーセキュリティへの対応も喫緊の課題。
    • サイバー空間の急激な発展は、オープンサイエンスをはじめ、科学技術イノベーション活動の在り方そのものに大きな変革を促しており、これに対応するための戦略的かつ大胆な取組が必要。
    • サイバー空間の発展にとどまらず、3Dプリンタ技術や機械翻訳技術等の革新的技術の進化は、将来の人々の働き方等に変革をもたらし得るもの。こうした技術の進化の先にある社会の姿を先取りし、研究開発、社会制度の構築、人材の育成・確保等が一体となった取組を進めることが肝要。

 資料:文部科学省作成

(2)我が国及び世界が直面する課題

 科学技術イノベーションには、我が国及び世界が直面する課題を解決していくことが求められている。上述の(1)においても、人口減少・超高齢社会の進行や、地方の活力低下といった幾つかの政策課題を掲げているが、こうした重要な政策課題について、(1)で取り上げなかった主なものを挙げていきたい。また、科学技術イノベーションにより課題の解決を図り、社会の期待に応えていくための前提となる、科学技術イノベーションと社会との関係の状況についても述べていきたい。

1.国内の重要課題の解決

 我が国の持続的発展のためには、科学技術イノベーションによって、我が国の経済再生を確実なものとするとともに、将来の人口構造の大きな変化を克服できるような、持続的な経済成長及び雇用創出を実現することが不可欠である。また、天然資源に乏しい我が国は、依然としてエネルギー安全保障やエネルギーコストに大きな課題を抱えており、安定的な資源エネルギーの獲得に向けた取組を推進していく必要がある。東日本大震災からの復興再生はいまだ道半ばであり、今後、2030年までを見据えた上でも、着実な対応を実施し続けていく必要がある。
 加えて、我が国には、大規模地震や火山噴火をはじめとする自然災害のリスクが常に存在している。道路や上下水道、公共施設といったインフラの老朽化も深刻化している状況にある。さらに、我が国を取り巻く安全保障環境が変化してきていることも忘れてはならず、国の存立基盤として維持しなければならない技術、未知・未踏のフロンティアを開拓する技術の保持・発展も重要である。こうした状況を踏まえ、国及び国民の安全を確保し、国民が、心豊かに快適な生活を送ることができる国づくりを行っていくことが求められる。

2.世界規模課題の解決

 世界全体を見れば、世界人口は今後も拡大し続け、食料、水資源、資源エネルギーの不足は一層深刻さを増してくる。また、感染症のパンデミック(世界的大流行)やテロの発生に対する脅威は世界で拡大している。地球温暖化や気候変動といった環境問題についても、引き続き、世界が協調して取り組んでいく必要がある。こうした地球規模で重要となる課題の解決に向けて、我が国の科学技術力を活(い)かして取り組み、人類の進歩に絶えず貢献していくことは、我が国の責務であると言える。

 こうした課題に関して、例えば、「科学技術イノベーション総合戦略2014」においては、科学技術イノベーションが取り組むべき五つの課題として、「クリーンで経済的なエネルギーシステムの実現」、「国際社会の先駆けとなる健康長寿社会の実現」、「世界に先駆けた次世代インフラの構築」、「地域資源を活用した新産業の実現」、「東日本大震災からの早期の復興再生」を掲げているところである(詳細は第2部第1章第3節参照)。
 社会の変化のスピードが加速している現代では、常に課題を点検していくことが重要であり、政府においては、我が国の社会経済、また国際社会全体を広く俯瞰(ふかん)した上で、課題解決に向けた取組を行っていくことが求められる。

コラム1‐14 科学技術予測 ~未来を考える、未来を創る~

 予測活動とは、多様な関係者の参加により体系的に将来を展望して変化の兆しを捉え、潜在的な好機やリスクを想定した上で今何をなすべきかを考える、つまり、「未来を考え、未来を創る」活動である。
 我が国では、科学技術イノベーション政策の検討に資することを目的として、昭和46年(1971年)から科学技術予測調査を継続的に実施しており、科学技術・学術政策研究所は、昭和63年(1988年)の創設時からこの予測調査を実施してきている。例えば平成4年(1992年)に実施した調査では、世界中と通信するパーソナル移動通信、燃料電池自動車、局地気象の正確な短時間予報、人工眼など、現在普及済みのものから研究開発中のものまで様々な科学技術の将来展望を示している。
 科学技術・学術政策研究所は、長期的視野に立って将来の科学技術と社会を展望する最新の科学技術予測調査を平成25年度(2013年度)から開始した。まず、人口構成や産業構造の変化などを踏まえ、将来社会ビジョン及びその実現に向けた対応策について検討を行った。次に、これら対応策に関連する科学技術トピックを設定し、アンケートによりその特性に関して多数の専門家の見解を収集した。この結果を基に、不確実性・非連続性及び国際競争力の観点から科学技術トピックの類型化を行い、研究開発の特性や戦略的位置付けの違いを明らかにした。現在、これら科学技術の特性・位置付けを踏まえ、将来社会ビジョン実現に向けた課題抽出と解決のためのシナリオの方向性について検討を行っている。
 海外においては、1990年代に英国及びドイツが本格的に取組を開始し、次第に各国に広まった。我が国においても、科学技術・学術政策研究所を中心にこうした国際的予測活動との連携・協働を積極的に進めており、その応用として東南アジア各国の政策・戦略形成への協力・支援も実施してきている。

科学技術トピックの類型化の図
 科学技術トピックの類型化
 提供:科学技術・学術政策研究所

3.科学技術イノベーションと社会との関係強化

 科学技術イノベーションにより、上述のような諸課題の解決、社会の変革を牽引(けんいん)し、社会の期待に応えていくためには、社会の理解、信頼、支持を獲得することが大前提である。
 東日本大震災の発生や、近年の研究不正の発生等により、我が国では、科学技術や研究者・技術者に対する信頼が失われつつあるとの指摘もあり、科学技術イノベーション政策を今後とも強力に進めていくためには、科学技術イノベーションと社会との信頼関係を再構築していくことが必要である。
 なお、第5期基本計画の最終年度である2020年度(平成32年度)にオリンピック・パラリンピック東京大会が開催される。こうした大舞台を活用し、科学技術イノベーション立国にふさわしい革新的な研究成果や、我が国の文化の根底に歴史や伝統と同様に科学技術が根付いていることを、我が国社会、そして世界に発信することは極めて重要である。

コラム1‐15 Innovation for Everyone 2020

 2020年、世界中が注目するスポーツの祭典、オリンピック・パラリンピック東京大会が開催される。内閣府は、有識者や各省庁、東京都、組織委員会とも協力しながら、大会で活用又は大会に合わせて実用化していく科学技術イノベーションのプロジェクトを形成するため、「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会に向けた科学技術イノベーションの取組に関するタスクフォース」を構成し、プロジェクトの基本理念や、プロジェクトの付加価値を高めるための方策等を検討してきている。
 基本理念は、「日本発の科学技術イノベーションで世界を大きく前進させる」、スローガンは、「Innovation for Everyone 2020~すべての人が主役になれる社会づくりへ~」に決定した。このスローガンには、新しい社会・新しい豊かさの実現に向けて、オールジャパンだからこそ実現できる価値共創(きょうそう)と、人が主役となるイノベーションで、大会の姿を変え、世界の課題へ具体的に応えていくという強い思いが込められている。
 今後、政府は、具体的なプロジェクトとして、スマートホスピタリティや次世代都市交通システムなど、「科学技術イノベーションで世界を大きく前進させる9つのプロジェクト」を進めることとしている。これらの取組により、大会を成功に導くとともに、社会課題の解決や我が国産業の世界展開等を喚起し、日本の経済成長を強力に推進していくことが期待される。

プロジェクトの設定・推進に当たっての基本理念等の図
 プロジェクトの設定・推進に当たっての基本理念等
 提供:内閣府

9つのプロジェクトの図
 9つのプロジェクト
 提供:内閣府

(3)科学技術基本計画の20年間の実績を踏まえて

 第1部第2章第2節においては、これまでの20年間の取組を振り返り、科学技術イノベーションを進めていくための環境は着実に整備されてきていること等を述べた。一方で、課題として、若手研究者のキャリアパスが不透明であることや流動性の世代間格差の状況等により、学生が博士課程への進学を敬遠している、論文に関して、質的・量的観点共に国際的地位が低下傾向にある、基礎研究の多様性や独創性が低下している、本格的な産学官連携の取組は一部にとどまり人材がセクターを越えて流動していないなどイノベーションシステムが十分でない、国際的な研究ネットワークの中核から外れてきている、基盤的経費の減少等を理由として、大学や国立研究開発法人が本来の特性を活(い)かした役割を十分果たせていない、競争的資金等が果たすべき役割が十分に機能していないといった状況があることを挙げている。
 我が国が「世界で最もイノベーションに適した国」となるためには、こうした課題に真摯に向き合い解決していくことが極めて重要である。

(4)まとめ

 ここまで述べてきた内容を俯瞰(ふかん)図として整理したものが、第1‐3‐14図である。我が国における今後の科学技術イノベーション政策、特に、平成28年度から開始する第5期基本計画の検討に当たっては、ここで整理したような様々な状況を勘案していくことが求められる。

 第1‐3‐14図/今後の科学技術イノベーション政策に影響を与える事項の俯瞰
第1‐3‐14図/今後の科学技術イノベーション政策に影響を与える事項の俯瞰
 資料:文部科学省作成

2 第5期科学技術基本計画の策定に向けた関係機関の検討状況

 現在、第5期基本計画の策定に向けた検討が政府内外で進んでおり、関係機関における検討の状況を簡単に紹介していく。

(1)文部科学省における検討状況

 第1‐3‐15図/科学技術・学術審議会総合政策特別委員会 中間取りまとめのポイント
第1‐3‐15図/科学技術・学術審議会総合政策特別委員会 中間取りまとめのポイント
 資料:文部科学省作成

 文部科学省では、平成26年6月、科学技術・学術審議会の下に総合政策特別委員会を設置し、同委員会において、第5期基本計画を念頭においた、我が国の科学技術イノベーション政策の中長期的な方向性に関する調査検討が進められてきた。平成27年1月に、調査検討結果を踏まえ、中間取りまとめ(※13)が取りまとめられた(第1‐3‐15図。詳細は第2部第1章第4節第2‐1‐6図を参照)。


  • ※13 「我が国の中長期を展望した科学技術イノベーション政策について~ポスト第4期科学技術基本計画に向けて~(中間取りまとめ)」(平成27年1月20日科学技術・学術審議会総合政策特別委員会)

(2)経済産業省における検討状況

 経済産業省では、平成26年6月、産業構造審議会 産業技術環境分科会 研究開発・評価小委員会において「中間とりまとめ」が取りまとめられた。この中間とりまとめにおいては、革新的な技術を核とするイノベーション創出の重要性が提起されるとともに、特に、革新的な技術シーズを生み出し、それを迅速に事業化し「橋渡し」するためのシステム構築の必要性や、イノベーションシステムを構成する各主体の役割と相互連携の重要性、イノベーションの推進を担う人材の育成・流動化の重要性等が掲げられ、これを受けて、「橋渡し」機能強化のための産業技術総合研究所及び新エネルギー・産業技術総合開発機構の中長期目標の策定等や、オープンイノベーション促進のための研究開発税制のインセンティブ強化及びオープンイノベーション協議会の設置など、既に幾つかの改革取組が進んできている。また、同小委員会においては、平成27年3月以降、第5期基本計画に向け論点整理が進められており、そこでは、産業技術総合研究所等の橋渡し機関と大学との連携強化、「課題達成型」と広範な分野のイノベーションの原動力となる共通基盤的な技術を両輪とした重点的な研究開発の推進、人材育成における産学間の質的・量的ミスマッチ解消、大学経営力の抜本強化が重要であるといったことなどが掲げられている。

(3)総務省における検討状況

 総務省は、第5期基本計画の検討や、情報通信研究機構の第4期中長期目標の策定に資することを目的に、平成26年12月に、平成28年度からの5年間を目途とした「新たな情報通信技術戦略の在り方」について情報通信審議会に諮問を行い、平成27年1月から、同審議会技術戦略委員会における検討が進められている。

(4)産業界における主な検討状況

 一般社団法人日本経済団体連合会は、平成26年11月に、「第5期科学技術基本計画の策定に向けて」を、平成27年3月に、「未来創造に資する『科学技術イノベーション基本計画』への進化を求める~第5期科学技術基本計画の策定に向けた第2次提言~」を公表した。第2次提言においては、未来創造に向けた重要視点として、「ICTによる“新しい産業革命”の到来:IoT」、「システム重視の国際標準化への対応」、「オープンイノベーションの本格的推進」の3点を掲げるとともに、未来創造に向けた重点課題として、「国としての省庁横断・革新的課題への挑戦」等の5項目、イノベーション・ナショナルシステムの強化として、「総合科学技術・イノベーション会議の司令塔機能の更なる強化」や「科学技術予算の着実な確保」等の7項目を掲げている。
 また、産業競争力懇談会(COCN)は、平成27年3月に、「第5期科学技術基本計画の策定に対する提言」を公表し、同提言においては、「我が国が重点的に取り組むべき技術群」として事業モデル革新の観点から具体的な4分野を取り上げているほか、「技術と市場の見える人材の育成(大学の経営の革新)」、「産学官の連携のありかた(オープンイノベーション)」等を重要事項として挙げている。

(5)科学界や研究現場における主な検討状況

 日本学術会議は、平成27年2月、学術の観点から科学技術基本計画のあり方を考える委員会が取りまとめた「第5期科学技術基本計画のあり方に関する提言」を公表した。同提言においては、学術の発展を確保するために、「バランスの取れた発展」と「学術の持続的発展」を目指す視点が重要であるとするとともに、第5期基本計画においては「大学等のあり方」、「基礎研究の重要性」、「国際社会における我が国の学術のリーダーシップ」に特に留意すべきであるとしている。
 また、第5期基本計画策定に向けて、研究現場における自主的な検討が進んできていることは大きな特徴である。若手有志による「サイエンストークス」というグループでは、「日本の研究をもっと元気に、面白く」をテーマに、平成26年3月から「勝手に第5期科学技術基本計画みんなでつくっちゃいました!」という企画を開始し、ウェブやイベントを通じた議論を経て、「第5期科学技術基本計画への提案」を公表した。同提案では、「学術的・社会的に熱意のこもった研究づくり」を中心テーマに掲げ、「個人が活躍できる組織づくり」、「オモシロイ人材を集め・活(い)かす」、「競争と共創(きょうそう)を両立させる評価システム」、「社会との協働を通じて信頼と支持を獲得する」の四つのテーマについて、研究に携わる当事者の立場から変革に向けたヴィジョンを提示し、具体的事例を基に提案を行っている。

サイエンストークス オープンフォーラムにおける意見交換の状況の写真
 サイエンストークス オープンフォーラムにおける意見交換の状況
 提供:サイエンストークス

(6)総合科学技術・イノベーション会議における検討状況

 基本計画は、総合科学技術・イノベーション会議の議を経て策定するものである。第5期基本計画に向けて、平成26年度中に関係機関において(1)から(5)に挙げたような検討が進んできており、また、成長戦略に位置付けられる日本再興戦略や、健康・医療戦略、海洋基本計画、宇宙基本計画といった各政策領域における基本方針も存在する。総合科学技術・イノベーション会議においては、こうした様々な検討及び基本方針を総合的に束ねつつ、今後10年程度を見通した、5年間の科学技術イノベーション政策の姿を示す第5期基本計画の検討を進めている。
 具体的には、平成26年10月の第4回総合科学技術・イノベーション会議において、同会議の下に第5期基本計画についての調査・検討を行う基本計画専門調査会を設置し、それ以降、調査及び検討を進めてきている。平成27年4月の第8回総合科学技術・イノベーション会議では、有識者議員が「第5期科学技術基本計画策定の具体化に向けた考え方」を提出し、ここでは、第5期基本計画の3本柱として、1.大変革時代を先取りする(未来の産業創造・社会変革に向けた取組)、2.経済・社会的な課題の解決に向けて先手を打つ(経済・社会的な課題への対応)、3.不確実な変化に対応し、挑戦を可能とするポテンシャルを徹底的に強化する(基盤的な力の育成・強化)を掲げるとともに、イノベーションシステムにおける人材、知、資金の好循環の誘導や、実効性ある科学技術イノベーション政策の推進のための取組の方向性を提示している。
 今後、こうした総合科学技術・イノベーション会議における調査検討を経て、政府は、平成27年度中に第5期基本計画を取りまとめ、閣議決定を行う予定である。

第3節 2030年を展望した科学技術イノベーション

 2030年頃を見据えた際、サイバー空間の発展をはじめとする科学技術の進化は、科学技術イノベーションにどのような変化をもたらすのだろうか。
 本節では、第5期基本計画最終年度の10年先である2030年頃を見据え、我が国の科学技術イノベーションの在り方が今後どのように変化し、また、その変化が我が国の将来の社会経済にどのような影響をもたらすのか、新たな時代を先取りした取組事例の紹介や、未来の科学技術イノベーションを支える人材の育成方策に関する展望などと併せて述べていきたい。

1 科学の進め方の変革 ~オープンサイエンス時代の到来~

(1)オープンサイエンスの意義

 本章第1節でも述べたように、オープンサイエンスの概念が世界で急速に広がってきている。オープンサイエンスとは、オープンアクセスと研究データのオープン化(オープンデータ)を含む概念である。
 オープンアクセスが進むことにより、科学コミュニティ、産業界、一般市民などあらゆるユーザーが研究成果(論文、データ等)をデジタル形式で広く利用できることになる。その結果、研究者の所属機関や専門分野、国境を超えた新たな協働による知の創造を加速し、これまでの研究手法では想像もできないような新たな価値を生み出していくことが予想される。
 また、オープンデータが進むことにより、社会に対する研究プロセスの透明化が図られ、国民の科学技術への関心・理解が深まっていくことが期待される。上述した新たな協働に、一般市民の参画を促進していく効果も見込まれる。
 今後、我が国が持続的に発展していくためには、イノベーションの基となる多様で卓越した新しい価値を生み出し続けていくことが重要であり、オープンサイエンスがその可能性を飛躍的に高める鍵となる。

(2)オープンサイエンスの推進に向けた政府の取組

 我が国においては、これまで、オープンアクセス論文数(第1‐3‐16図)や機関リポジトリの拡大等を進め、また、ライフサイエンス分野を中心に、データの共有や利活用のための取組を着実に推進してきた。しかし、政府として、オープンサイエンスに関する統一的な考え方は必ずしも明確にはしてきておらず、特に、オープンデータに関する議論は十分ではなかった。

 第1‐3‐16図/我が国におけるオープンアクセス論文数及び割合の推移
第1‐3‐16図/我が国におけるオープンアクセス論文数及び割合の推移
 資料:科学技術・学術政策研究所「科学技術動向 2014年7、8月号」No.145

 他方、世界各国で、オープンサイエンスをめぐる議論が加速している。2013年6月に英国で開催されたG8科学大臣会合では、その共同声明において、論文のオープンアクセス化に加え、研究データのオープン化についても言及がなされ、これが世界的な議論を加速するきっかけとなった。また、諸外国の研究資金配分機関において公的研究資金による研究成果をオープン化する動きが活発化しているほか、オープンアクセス、オープンデータに関する議論を行う国際的組織において、世界各国から多数の研究者等が参画するなどの状況にある。
 このような中で、今後、我が国が明確な意思表示をすることなく国際的な議論が進み、事実上の国際標準(デファクト・スタンダード)が形成され、我が国の事情に十分配慮がなされないままにオープン化が進行してしまうことのないよう、また、オープンサイエンスの流れを汲(く)み取り、我が国が協調の中にも戦略性を持って世界をリードしていけるよう、オープンサイエンスの推進に向けた取組を加速していくことが必要である。

 内閣府は、上述の問題意識の下、平成26年11月から「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」を開催し、公的研究資金を用いた研究成果を対象に、我が国としてのオープンサイエンス化に対する基本姿勢や、早急に講ずべき施策等について検討を重ねてきた。その結果、平成27年3月に「我が国におけるオープンサイエンス推進のあり方について」を取りまとめた。
 同報告書においては、「公的研究資金による研究成果(論文、研究データ等)の利活用促進を拡大すること」を我が国のオープンサイエンス推進の基本姿勢とし、公的研究資金による研究成果のうち、論文及び論文のエビデンスとしての研究データについては原則公開とする方針を出した(※14)。また、各省庁、資金配分機関、大学・研究機関等のステークホルダーが、それぞれオープンサイエンスの実施方針及び実施計画を策定することとし、そのために参照すべき共通事項や留意点等を基本方針として明示した。

 第1‐3‐17図/研究成果の利活用、オープンサイエンスの推進に係る概念図
第1‐3‐17図/研究成果の利活用、オープンサイエンスの推進に係る概念図
 資料:内閣府作成

 報告書においても触れているように、オープンサイエンスの推進に当たっては、データに対するルール作りや研究者に対するインセンティブ等、今後の検討課題も数多く存在する。しかし、従来の枠を超えた価値が次々と生まれてくるようにするためには、政府全体で、こうしたオープンサイエンスの推進に向けた取組を、スピード感を持って戦略的に進めていく必要がある。


  • ※14 ただし、研究成果のうち、個人のプライバシー、商業目的で収集されたデータ、国家安全保障等に係るデータなどは公開適用対象外とすることが適切であるとしている。

2 2030年の科学技術イノベーションの姿を展望して

 世界的なオープンサイエンス化の背景には、情報通信技術の発達に伴うサイバー空間の急激な発展が存在する。今後も、こうした科学技術の進化は続いていくことが予想され、2030年頃の科学技術イノベーションの姿、そして我が国の社会経済の姿そのものを変革していく可能性を有している。
 ここでは、2030年頃の科学技術イノベーションの姿について、三つの観点から展望するとともに、我が国における、こうした将来の姿を先取りした取組事例を紹介していく。

(1)新しい科学の発展によるイノベーションの創出

 近年、大量かつ多様なビッグデータを統合することで、そこから新たな知を生み出す「データ科学」が注目されている。科学の方法論については、長らく経験科学(実験)と理論科学が両輪とされていたが、コンピュータ性能の飛躍的向上により、「第3の科学」として、実験を代替・補完したり、未知の状況を予知したりする計算科学(シミュレーション)が定着した。そこに台頭してきたのがデータ科学であり、これは「第4の科学」とも呼ぶことができる。
 今後、2030年頃を見据えると、ビッグデータは更に拡大し、オープンサイエンスの進展等ともあいまって、こうした新しい科学の手法を活用した科学技術イノベーションが次々と創出されていくように思われる。既に現在、こうした新しい科学の手法を活用した取組が進んできており、以下に取組事例を紹介する。

1.ビッグデータを活用した新しい健康・医療サービスの実現

 ビッグデータの拡大により、健康長寿社会に向けた新しい取組が進んできている。
 弘前大学は、科学技術振興機構の「センター・オブ・イノベーションプログラム(COI)」の下で、健康診断から得られる情報をはじめ、ゲノム情報、オミックス情報(※15)、運動能力や生活環境に係る情報など、多面的かつ大量のビッグデータを解析し、認知症や生活習慣病などの疾患の予兆を捉え、こうした疾患に対する新しい予防法の提案や、画期的なアンチエイジング製品の開発等を目指している。
 また、東北大学、株式会社東芝及び日本光電株式会社等は、同じくCOIの下で、平成25年度から、国民一人ひとりが、日常生活を送るだけで常時健康状態をチェックし快適な生活を送ることのできる、「日常人間ドック」を可能とする社会の構築を目指した研究開発を進めている。この新しい取組の根幹には、ゲノム情報に関するビッグデータが存在する。東北大学は、岩手医科大学と共同で、「東北メディカル・メガバンク計画」を実施しており、この事業におけるゲノムコホート研究の成果の一つとして、1,000人の日本人から全ゲノム解読データを取得し、膨大なゲノム情報が蓄積されたデータベース「全ゲノムリファレンスパネル」を構築した。COIでは、その成果を活用し、東北大学及び株式会社東芝によって、日本人に特徴的な約66万か所のゲノム情報が高精度かつ低コストに解析可能となる画期的なゲノム解析ツールが開発され、製品化に至った。
今後、産学官連携による研究開発を更に進めていくことで、個人の体質や疾病リスクに合わせた薬剤の提供や、個人の健康状態や病気への距離感が見える化され、病気の予兆を本人や家族が事前に捉えることのできる仕組みの構築など、様々な新しい健康・医療サービスの提供、ビジネスの開拓が期待されている。
 なお、科学技術・学術政策研究所による最新の科学技術予測調査は、例えば、2025年(平成37年)には「医療・食生活・運動など個人に関するあらゆる健康データを解析し、予測・予防医療を行うサービス」、「個人ゲノム情報、臨床情報、生活行動情報、環境情報などの統合による、個人単位での疾病発症・重症化予測、生活習慣改善介入、診断や治療効果判定を可能とする情報システム」が社会実装されると予測しており、今後の健康長寿社会の実現への大きな貢献が期待されている。

住民を対象とした健康診断の様子の写真
 住民を対象とした健康診断の様子
 提供:弘前大学


  • ※15 生体の持つあらゆる分子情報
2.SNSとビッグデータを活用した災害対応

 FacebookやTwitter等のSNSから発信される情報は、即時性が高く、拡散が容易であるという利点を持ち、東日本大震災以降、災害発生時におけるSNS情報をはじめとするビッグデータの利活用に対する注目が高まっている。
 NHK(日本放送協会)は、東日本大震災発生時のビッグデータを分析して、震災の全貌を明らかにする取組を進めている。具体的には、地震後1週間に国内で発信された1億7,900万件のツイート(※16)、カーナビゲーション140万台分の車両の位置情報や速度・加速度といった走行記録のデータ、携帯電話の位置情報、自衛隊の救助活動記録、道路復旧情報等、デジタル化されたデータを基に、震災時の様子を可視化する試みを行った。地震後に流れていたツイートを分類・整理した結果、地震発生直後は地震への反応や避難呼び掛けが多数を占めていたが、1時間後には、連絡手段や安否情報が増え、2時間後には、鉄道の運休情報、帰宅困難などの話題が急増、そして、3時間後には徒歩帰宅や休憩所の情報、4時間後には、避難所、寒さ、トイレを心配する話題が増えるなど、震災時の人々の関心事項の変化が浮き彫りになった。
 情報通信研究機構は、こうしたSNSから発信される情報に関しては、震災時、有用な情報が投稿される一方で、この情報を利活用できる分析・検索手段が十分でなく、また、デマも発生することから、膨大なTwitterのデータから有用な災害情報を迅速に分析し、被災者はもちろん、復旧、救援活動を行う人が平易な質問を入力すると有用な情報を的確に回答するシステム「DISAANA」の研究開発を進めた。矛盾する情報も同時に提示することで、デマの判断材料を提供する機能を加え、平成27年4月に、スマートフォンからも利用可能なリアルタイム版の分析・検索システムをWeb上に試験公開した(※17)。
 また、NHKは、携帯電話の位置情報から津波の浸水域内にいた人数の算出も行った。宮城県名取市では、地震発生時、約2万1,000人が浸水域内にいた。最初の20分間で浸水域内の人数は減少したが、浸水域外まで避難した人は全体の5%にとどまった。その後、15時5分以降、浸水域内の人数は一転して増加し続け、40分後には地震発生時の人数を超えていた。この後、津波が押し寄せ、多くの人が亡くなっている。この時の人の動きの軌跡をたどってみると、浸水域内の人数が増えた要因は、一旦自宅に戻り、家族と共に避難しようとする「ピックアップ行動」によるものであることが推察できる。こうしたことを踏まえ、現在、東北大学は、プローブカー(※18)やスマートフォンのGPSにより得られた、人や車の移動データから交通状況の実態を即時に明らかにし、その情報を人々に提供するシステムの研究開発を進めている。また、NHKは、得られた情報を即時に実写に重ねる「次世代スカイマップ」の技術開発を進めている。
 我が国では、首都直下型地震、東海・東南海・南海地震の発生をはじめ、大規模自然災害のリスクを常に抱えている状況にある。2030年頃を見据えると、SNSの更なる普及やセンサ技術の進化等により、ビッグデータは拡大し、また、AI技術の進化等により、そうしたデータを駆使して、災害発生時における、個々人の多様な特徴や被災時の状況等に応じた行動を促すサービスが提供されることも予想され、防災・減災対策の大幅な進展が期待されるところである。

DISAANAリアルタイム版の図
 DISAANAリアルタイム版
 提供:情報通信研究機構

次世代スカイマップの図
 次世代スカイマップ
 資料:NHK放送文化研究所 放送メディア研究No.11(2014)p.287


  • ※16 Twitterのサービスにおける短文投稿の呼称
  • ※17 http://disaana.jp
  • ※18 車両をセンサとして捉え、走行速度情報、位置情報等を収集することにより、交通流動等の道路交通情報を生成するシステム

(2)市民が参画する科学技術イノベーション

 オープンサイエンスの下では、科学技術イノベーション活動について、研究者等の専門家だけの営みにとどまらず、一般市民が参画した活動が増加すると予想される。社会を変革するイノベーションの創出に当たり、生活の現場の発想を取り込む「市民科学」の視点が重要であることから、専門家と一般市民との新たな協働の場が増えれば、イノベーションが創出される可能性も高まっていくように思われる。また、一般市民が有する知識・能力・意欲は、時として専門家を上回ることもあり、こうした知識等をオープンサイエンスにより「集合知」として有効活用することができれば、2030年頃、我が国の研究者数がたとえ減少したとしても、研究活動をはじめとする科学技術イノベーション活動の量及び質を向上させることが可能となる。
 こうした取組については、我が国でもようやく緒に就いたばかりであるが、現在、幾つかの取組が進められており、以下に取組事例を紹介する。

1.市民参画型の大規模生物調査

 東北大学及び山形大学は、多くの作物の主要な花粉媒介者であるマルハナバチ類が世界的に減少していることから、その要因の解明に向けて、まずは我が国における分布状況を正しく把握するために、平成25年度から「花まるマルハナバチ国勢調査」というプロジェクトを立ち上げた。従来、限られた人数の研究者のみでは、日本全国を対象としたような広範な調査を行うことは困難であったが、インターネットの発達とSNSの普及等により、一般市民から簡易な方法で大量に情報が集められるようになり、また、スマートフォン等の普及により、誰でも簡単に写真撮影と位置情報の付与を行えるようになったことが、このような調査を実現可能とした。
 当該調査においては、一般市民がマルハナバチの写真を撮影し、メールで送付すると、その写真がサーバーに収集される。収集された写真について、大学の研究者が種の同定を行い、また、写真に付加された位置情報から撮影場所の特定を行う。場所が特定できた写真は、ウェブ上でマッピングされてすぐに公開される。平成27年2月時点で、2,000件を超える情報が収集され、これに基づき、東北大学及び山形大学は、即時の分布状況の把握や、調査結果の分析等を行っているところである。なお、調査結果については、ウェブ上で分かりやすい形で公開されており、研究者や一般市民が、簡単に調査結果を利用することもできるため、これが活用されて、更なる研究の発展につながる可能性もある。
 今後、オープンサイエンスの進展に伴い、こうした研究手法は拡大していくであろう。その際、こうした研究手法に対するルール、例えば、知的財産の在り方や市民の貢献に対するインセンティブの在り方などに関しても、将来的には検討が必要になってくるように思われる。そうしたルールが明確化されることで、一層の市民参画が促され、膨大な情報・知識を短期間で集約する研究がこれまで以上に進展していくことが期待される。

調査結果の公開状況の図
 調査結果の公開状況
 資料:「花まるマルハナバチ国勢調査」ホームページ

2.市民参画型の研究の場「ニコニコ学会β」

 「ニコニコ学会β」は、研究のプロフェッショナルである研究者だけでなく、多様な一般市民が、気になること、知りたいことについて研究をし、その成果について、発表・共有することができる場として作られたものである。
 ニコニコ学会βでは、研究発表をする際に論文を書く必要がない。参加者は、「ニコニコ動画」等の動画メディアを通じて研究内容の発表を行うことができ、コメント機能によって、動画視聴者から発表内容へのフィードバックを受けることができる。なお、オンラインの活動だけでなく、合宿やシンポジウムといったオフライン活動も実施しており、そこでは、新技術からアートまで、幅広いテーマの研究内容が発表されている。
 こうした多様な取組によって研究活動に対する敷居を下げ、研究活動を本業としていない一般市民であっても、科学や学問に興味があれば、趣味のレベルから楽しんで参画することができ、また、研究者と一般市民との研究協力のきっかけ作りの場にもなり得る。発表形式を論文とせずに、多様な研究手法を許容するこの取組は、将来の研究の評価の在り方に対して、一つの示唆を与えるものになると考えられる。

(3)科学技術の進化がもたらす研究開発と社会経済の変革

 2030年頃を展望すると、科学技術の進化は、科学技術イノベーション活動の在り方を大きく変貌させ、また、我が国の社会・経済活動全体に対しても大きな変革を迫ってくることが予想される。そうしたことを予兆させる、現在の取組事例について以下に紹介する。

1.スーパーコンピュータを活用した創薬研究の革新

 我々の生活を支える医薬品の開発には、10年から15年もの期間と膨大な研究開発費用がかかることが通例である。その理由として、「膨大な既知化合物の中から、実験によるスクリーニングで薬効が期待される化合物を選び出すため、画期的な新薬の候補がなかなか見つからない」、「新薬の候補化合物を製品にするには、膨大な時間と費用をかけた動物試験や人による臨床試験といった治験の過程を経なければならない」、「治験を経て初めて候補化合物の薬効や副作用が明らかになる場合が多く、設計から検証までの工程を何度も繰り返さなければならない」といったことなどが挙げられる。
 こうした状況を打開するため、現在、スーパーコンピュータを駆使した「IT創薬」の取組が進んできている。一例を挙げると、東京大学及び富士通株式会社は、平成23年度から取組を開始し、スーパーコンピュータを利用した網羅的探索により、既知の化合物の改良では得られなかった薬効の高い新規化合物を仮想的に生み出すことを可能としている。また、生体内におけるタンパク質と候補化合物の働きの高精度なシミュレーションにより、候補化合物の薬効を事前に予測することも可能としている。
 こうした新しい取組により、新薬開発にかかる期間が大幅に短縮され、研究開発費用についても大幅に削減する可能性が見えてきている。また、実験を代替することによって、研究開発に必要となる研究施設・設備の効率化や、人材の再配置にもつながっていく。こうしたことは、当該研究分野における研究開発投資や研究者の活動の在り方等に対しても影響を与えていくように思われる。

2.3Dプリンタによる製品開発とビジネスの変革

 3Dプリンタは、20 年以上前から開発されていたものの、高価であることや、使用できる材料が限られていたことなどから、当時は一般的に普及するには至らなかった。しかし、近年、材料の多様化や、造形の精度向上、本体価格の低下等により、急速に普及が進んできており、3Dプリンタが、我が国のモノづくり産業の在り方に変革を促していくことが予想される。
 具体的な変化としては、3Dプリンタ導入による製造工程の加速が挙げられる。3Dプリンタは、型を製造せずに造形することが可能であるため、試作・設計に要する期間が短縮され、より早いサイクルでの開発・試作が進むことになる。それによって、短い工期と低予算で高機能製品を生み出すことが可能となる。例えば、自動車のエンジン部品等を作成する際、鋳造の工程で3Dプリンタを取り入れることにより、模型作成から砂型組立ての工程を一挙に省き、金属を流し込む型を数時間で作成することが可能となる。また、どのような形状の部品でも自由に作ることができるため、従来製造が困難であった複雑な形状の部品も取り扱うことができる。この工法を取り入れた企業では、これまで2週間かかっていた部品の製造を2~3日まで短縮することに成功している。こうした製造工程の加速は、企業におけるイノベーション創出の可能性を高める一方で、上述のIT創薬の事例と同様に、企業の投資や従業員の活動の在り方等に対して影響を与えていくように思われる。
 なお、3Dプリンタは、これまでの大量生産型の手法では対応できなかった、多様な製造ニーズへの短時間での対応を可能なものとする。このため、今後、3Dプリンタ技術が高度化・普及し、工場以外の多様な場所でのモノの生産を可能とするようになれば、例えば、小売・流通業におけるビジネスの手法に対して、大きな変革を迫っていくように考えられる。

鋳造プロセスの短縮の図
 鋳造プロセスの短縮
 資料:経済産業省「経済産業ジャーナル平成25年8・9月号」を基に文部科学省作成

 ここまで挙げた取組事例のほかにも、様々な科学技術の進化は、今後の研究開発や産業の変革、さらには人々の働き方や雇用、生活スタイルといった社会変革をもたらす可能性を示唆している。

 例えば、センサ技術の発展とビッグデータの拡大等により、IoTが台頭してきており、AI技術やロボット技術の進化、サイバーフィジカルシステムの構築等とあいまって、今後、2030年頃に向けて、あらゆる社会・経済活動が更に効率化されてくる可能性を有している。
それと同時に、AI技術やロボット技術の進化は、ロボットスーツや自動運転技術の事例が出ているように、新しいビジネスを生み出すとともに、労働生産性を高め、少子高齢化等の我が国が直面する課題の解決に貢献していくことが期待される。一方で、コラム1‐16でも述べているように、人々の働き方や雇用の在り方を大きく変える可能性を有している。
さらに、コラム1‐13でも取り上げたような機械翻訳技術の発展は、実空間とサイバー空間の双方で、国境を越えた円滑なコミュニケーションが進むことが想定され、我が国がこれまで苦手としてきた語学的な制約条件を乗り越えていく可能性を有している。

コラム1‐16 雇用の未来

 平成27年3月19日、株式会社みずほ銀行が、感情認識パーソナルロボット「Pepper」を、全国展開を視野に入れ、銀行店舗での接客に活用するという銀行として世界初の試みを決定し、7月から一部の店舗にて試行を開始することを公表した。みずほ銀行は、「『Pepper』とお客さまとのコミュニケーション内容と既存取引情報や最新金融情報との融合によるOne to One対応、多言語対応、既にコールセンターで活用を開始している人工知能技術と連携させたインタラクティブな応対など、ユニバーサルコンシェルジュとしての活用を展望している」としている。ロボットが一従業員として「働く」時代が到来した。
 「コンピュータが仕事を奪う」の著者である国立情報学研究所・社会共有知研究センターの新井紀子センター長は、著書の中で、「20世紀後半に起こった情報科学という技術革新は、知的労働を代替するタイプの技術革新です。その当然の結果として、情報科学の技術が、リアリティを持って社会に押し寄せてくる21世紀において、その職を追われる可能性があるのは、コンピュータによって代替可能な職種についている人々、いわゆるホワイトカラーだ」と述べている。では、ホワイトカラーに勝ち目はあるのか。同著書の中で、コンピュータは暗記、計算、パターン認識が得意である一方、論理と言語を駆使して高度に思考し表現する仕事、また、人間にとっては容易な、見る、聞く、感じるなどの五感を使った情報処理も苦手であるとしている。ホワイトカラーが生き残っていくためには、「コンピュータが苦手で、しかもその能力によって労働の価値に差異が生まれるようなタイプの能力で戦わざるを得ない」というのが一つの答えである。
 「機械対人間」の話題については、2013年、人工知能の研究を行っているマイケル・A・オズボーン・オックスフォード大学准教授らが発表した論文(※19)も注目を集めている。その論文では、今後10~20年の間に、米国の702種の職業のうち、約47%の仕事はコンピュータ技術によって自動化される可能性があると結論付けている。オズボーン氏は、コンピュータ化の障壁となる、手先の器用さ、独創性、交渉力等の9つの仕事特性を変数として、どれだけの可能性で自動化が可能か算出した。自動化される可能性が高い職業として、テレマーケター、スポーツの審判、弁護士助手、レジ係などが挙げられている。例えば、公判前に行う証拠開示手続に伴う文書レビューをコンピュータソフトウェアが行うことで、弁護士一人で従来の500人分の仕事をこなせるようになると言われている。既に、57万件以上の文書を2日間で分析するソフトウェアが法律事務所で活用されている。
 また、オズボーン氏は、今まで非ルーチンワークと言われていたものが、ビッグデータやセンサ技術によりルーチン化可能になってきていると指摘している。ビッグデータの具体例に関しては、医療診断が挙げられている。米国のメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターでは、60万件の医療報告書、150万件の患者記録や臨床試験、200万ページ分の医学雑誌をIBMの人工知能「ワトソン」が学習し、がんの診断や治療の選択肢を医師に提供するといった試みがなされている。また、センサ技術に関しては、トラックや輸送用パレットにセンサを設置することで人手を使わず、供給連鎖管理が可能となった。
 さらに、コンピュータが人間に勝る点として次の点を挙げている。まず、人間は睡眠をとることが必要で24時間働けないがコンピュータは24時間労働が可能である。また、人間には思考のバイアスがあるが、コンピュータにはバイアスがない点も利点である。しかし、一方でコンピュータにも苦手な領域があり、それは、創造的な仕事やソーシャルスキルを必要とする仕事である。コンピュータに置き換わりにくい職業としては、小学校の先生、科学者、デザイナーなどが挙げられている。
 こうした指摘を踏まえると、将来の雇用の在り方が大きく変化していくことは間違いないように思われる。しかし、コンピュータに人間の仕事が奪われることを過度に悲観する必要はない。人間は「考える葦(あし)」である。コンピュータが得意なところはコンピュータに任せ、仕事の生産性を向上させ、人間は、人間だけができる創造的な仕事に注力するという世界が今後訪れるのではないだろうか。

Pepperの写真
 Pepper
 提供:ソフトバンク
 ロボティクス株式会社


  • ※19 2013年に公表された、マイケル・A・オズボーン氏とカール・ベネディクト・フライ氏の共著による“The future of employment: How susceptible are jobs to computerization?”

 2030年頃を見据えた際、こうした様々な変革により、高齢者の社会経済活動への一層の参画や、組織や国境を越えた活動の進展等が期待される。その一方で、科学技術の進化に伴う社会経済の変革が実際にどのように進んでいくのか、現在はまだその一部分しか具体的には見えておらず、不透明な部分も多い。今後、国全体として、こうした様々な科学技術の進化とそれがもたらす影響に対する鑑識眼を養っていくことが肝要である。

3 未来の科学技術イノベーション人材を育成する教育改革

 今後、我が国が「世界で最もイノベーションに適した国」で在り続けるためには、これまで述べてきたような大変革時代とも言うべき社会の中で活躍できる科学技術イノベーション人材が極めて重要となる。2030年頃の科学技術イノベーション活動の中核を担うのは、現在の若手研究者や学生、児童生徒たちであり、今正に、教育改革の取組を実行しなければならない時期に来ている。以下に、今後特に重要になると思われる取組を挙げていきたい。

(1)未来の社会経済を牽引する「知の拠点」としての大学改革

 大学は、研究者や学生が研究活動を行い、学生が教育を受ける場であり、「知の拠点」であるとも言える。将来の科学技術イノベーション人材を育成するに当たって、「知の拠点」たる大学の役割は極めて重要であり、当然、その責任は重い。特に、社会や産業構造がすさまじいスピードで変化する中で、大学は、そうした変化に柔軟に対応し、また、未来を展望し、人材や学問分野、教育研究手法等の新陳代謝を常に図っていく組織であるべきである。その際、社会や地域のニーズを汲(く)み取り、産業界をはじめとするステークホルダーの要請に応えていくという姿勢や、国内外に開かれた組織にしていくことも重要である。
 文部科学省は、平成27年4月、イノベーションの観点からの大学改革の在り方を提案した。そこでは、持続的なイノベーションの実現には、大学の「知の創出機能」を最大限に活(い)かす取組を推進することが重要であり、例えば、国立大学に関して、「地域企業の生産性向上」、「ユニークな研究領域の深化」、「世界水準の最先端研究の推進」など、各大学の強み・特色をより発揮させ、機能強化を促す改革を推進することや、世界最高水準の教育力と研究力を備えた卓越大学院群を形成し、社会変化や新たな産業を創造できる人材や組織へのダイナミックな変革を図っていくこと等を提案している(※20)。
 今後、こうした提案を速やかに実行に移すことで、我が国の大学が、未来の社会経済を牽引(けんいん)する「知の拠点」として我が国社会、そして世界に位置付けられ、将来の科学技術イノベーション人材を持続的に生み出していくことが期待される。


  • ※20 産業競争力会議 新陳代謝・イノベーションWG(第6回)実行実現点検会合(第14回)合同会合(平成27年4月9日)文部科学省提出資料より

(2)未来の科学技術イノベーションを担う「知のプロフェッショナル」の養成

 我が国の若年人口が減少していく中で、科学技術イノベーション人材の量的拡大は一層困難となることから、今後、人材一人ひとりの質を高めていくことが重要となる。
 人材の質の向上を図っていくに当たり、初等中等教育段階及び高等教育段階の取組が重要となるが、ここでは、世界の研究・ビジネスを牽引(けんいん)する、「知のプロフェッショナル」たる博士を輩出する大学院教育について取り上げたい。
 博士課程修了者に求められる資質・能力に関しては、例えば、文部科学省中央教育審議会が平成23年1月に答申した「グローバル化社会の大学院教育」において、「グローバル化や知識基盤社会が進展する中、イノベーションにより社会に新たな価値を創造し、人類社会が直面する課題を解決に導くために、広く産学官にわたって国際社会でリーダーシップを発揮する高度な人材が不可欠となっている。こうしたリーダーには、高い専門性や国際性はもとより幅広い知識をもとに物事を俯瞰(ふかん)しながら本質を見抜く力、専門分野の枠にとらわれず自ら課題を発見し、仮説を構築し、創造的に様々な課題に挑む力、確固たる倫理観、歴史観などに裏打ちされた明確なビジョンを示し勇気を持って行動する力などが求められる」とされている。本答申を受けて、文部科学省は、平成23年度から「博士課程教育リーディングプログラム」を開始し、大学院の博士課程教育の改革に取り組んでいる(コラム1‐17参照)。
 また、大学院教育のみに限定するものではないが、産学協働によるイノベーション人材の育成の取組も進んでいる。経済産業省は、平成25年度から、社会で活躍する実践的視野を持ったイノベーション人材の養成という観点から、中長期インターンシップの実践のための複数大学・企業による枠組の構築を支援している。また、文部科学省及び経済産業省は、産業界で活躍する理工系人材を戦略的に育成するため、平成27年度に「産学官円卓会議(仮称)」を設置し、産業界で求められている人材の育成や、育成された人材の産業界における活躍の促進方策等について、産学官それぞれに求められる役割や具体的な対応を検討することとしている。
 こうした取組を踏まえて、今後、我が国の大学から輩出される学生等が、産業界など多様な場に就職し、活躍していくことが期待される。
 他方、近年、我が国では、若手研究者のキャリアパスが不透明かつ雇用が不安定なこと等により、優れた若者が博士課程進学を躊躇(ちゅうちょ)する状況にあり、優れた若者が博士号取得を目指す社会を創り出すことは喫緊の課題である。そのために実行すべき取組は多岐にわたる。例えば、博士課程修了者が独立した研究者・大学教員に至るまでのキャリアパスを明確にすること、そのための人事評価・育成システムを整備すること、優れた若手が挑戦できる安定性あるポストを拡充すること、博士課程修了者の多様なキャリアパスを確立すること、博士課程進学以降の処遇を充実すること等が挙げられる。
 こうした取組を、(1)に記載した大学改革の取組とも連動しながら、今後、速やかに進めていくことが求められる。

コラム1‐17 博士課程教育を通じたグローバルリーダーの育成に向けて

 博士課程教育リーディングプログラムによる支援の下、全国の大学院において、社会の求める新しい「博士」像を実現する、博士課程教育の改革取組が進んできている。本コラムでは、東京工業大学大学院における新しい取組を紹介したい。
 東京工業大学「グローバルリーダー教育院」は、広く国際的に活躍するグローバルリーダーの養成を目指して、平成23年4月に東京工業大学に新たに整備された博士課程5年一貫の教育プログラムである。東京工業大学の全ての研究科から、意欲ある優れた学生のみが選抜され、文理融合による質の高い教育が展開されている。
 このプログラムの大きな特徴として挙げられる点が、大学の叡智(えいち)を結集した「道場教育」の存在である。真のリーダーになるには、人間力を高め、自らリーダーとしての資質やキャリアを磨いていくことが求められる。道場教育では、こうした学生の主体的な行動を後押しすべく、例えば、産業界等から講師を招き、ディベートやグループワークを実施するなど、学生同士が日々切磋琢磨(せっさたくま)できる環境を提供している。
 さらに、このプログラムのもう一つの大きな特徴が、実践的な「オフキャンパス教育」の存在である。学生は、「道場」で鍛えたリーダーシップが実際の社会で通用するのかどうかを試すため、国内外の企業や研究機関などで6か月以上のプロジェク卜に取り組むことが原則義務付けられている。これまでの実績として、例えば、国際協力機構によるケニアにおける再生可能エネルギー開発に関するプロジェクトへの参画、民間気象会社における新規ビジネス開発プロジェクトへの参画などがある。こうした中長期のプロジェクトに参画した学生からは、「社会に対して何ができるかを強烈に意識し始めた」という声が聞こえてくるなど、学生の心に変革をもたらすきっかけになっている。
 こうした博士課程教育の実現には、全学を挙げたサポート体制が不可欠となる。現在、グローバルリーダー教育院においては、全ての研究科の教員が参画した教育プログラムが提供されているが、平成23年4月に本プログラムが開設されるまでの間、1年余りにわたり、学内で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が行われた。そもそもの議論の発端は、これまでの大学が提供してきた教育と社会が求める教育との乖離(かいり)に対する、大学執行部と学内教員との共通した危機感にあった。このため、博士課程学生に社会が求める能力を授ける教育プログラムの在り方が、学内の全ての研究科を巻き込んで様々に模索され、産業界を含めた国際社会を牽引(けんいん)するリーダー人材に求められる素養とは何かの議論をはじめとして、それを養成する教育プログラムとしての仕組み、産業界等との連携の可能性など、多岐の項目にわたる検討が連日行われた。その結果、全学的な教育組織としてグローバルリーダー教育院を設置し、学内の検討結果を実現できる体制が整った。これは正に、東京工業大学大学院の新たな挑戦とも言える。
 博士課程教育リーディングプログラムでは、平成26年10月現在、全国33大学、62のプログラムで約3,000人の学生が学んでいる。そして、今後、こうしたプログラムで育成された学生が次々と社会へ輩出される予定となっている。このような取組が多くの大学で広がり、「専門知識で凝り固まっている」、「頭でっかち」といったような、社会における一昔前の博士のイメージを壊し、博士号を持った人材が、知のプロフェッショナルとして国内外で幅広く活躍していくことが期待される。

人文社会系道場での議論の様子の写真
 人文社会系道場での議論の様子
 提供:東京工業大学

(3)不確実な時代を生き抜く力の涵養(かんよう)

 社会の変化のスピードが速くなる中で、これからの時代は、先を見通すことが一層困難になってきている。そうした時代をたくましく生き抜いていくためには、想定外の事象や未知の事象を乗り越えながら、自らの人生を切り拓(ひら)いていくことのできる人材が必要である。
 将来の科学技術イノベーションを担うためには、初等中等教育段階から、基礎となる学力、とりわけ、文系・理系を問わない幅広い教養を備えていくことが必要である。また、日本人としてのアイデンティティや国語力に並んで、英語力や情報活用能力を身に付けることも重要である。なお、2030年頃、そしてその先を見据えると、AI技術の発展等により、コンピュータの能力が人間の能力を上回るといったような指摘はあるが、人として重要なものは、課題発見・解決能力、創造性、豊かな感性といったものであり、基礎的な知識・技術に加えて、このような能力・資質を育んでいくことが新しい時代にはより一層求められるように思われる。

 第1‐3‐18表/国として今後取り組むべき重点施策(高大接続改革実行プラン)

  1. 各大学の個別選抜の改革
    多様な背景を持った学生の大学への受入れが促進されるよう、大学入学希望者の能力・意欲・適正等を多面的・総合的に評価する大学入学者選抜の改革
  2. 「高等学校基礎学力テスト(仮称)」及び「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の実施これからの時代に求められる、知識・技能のみならず、思考力・判断力・表現力や、主体性を持って多様な人々と協働する態度など、学力の三要素を踏まえた真の「学力」を育成・評価するための新テストの在り方等の検討
  3. 高等学校教育の改革課題の発見と解決に向けた主体的・協働的な学びの推進とともに、「何を教えるか」ではなく「どのような力を身に付けるか」の観点に立ち、それらを育むことができるような学習指導要領の見直し等
  4. 大学教育の改革多面的・総合的な評価等の大学入学者選抜改革と連動して、大学教育の質的転換を断行し、学生が高等学校教育までに培った力を更に発展・向上させ、予測困難なこれからの社会に出て自ら答えのない問題に対して解を見いだしていく力を身に付けさせる大学教育の改革

 資料:文部科学省作成

 現在、文部科学省は、平成26年12月の中央教育審議会の答申を踏まえ、高大接続改革(高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革)に関する検討を進めている。平成27年1月に策定・公表した「高大接続改革実行プラン」では、国として今後取り組むべき重点施策として、第1‐3‐18表に示すような施策を、実施スケジュールと共に示した。同年3月には、「高大接続システム改革会議」を開催し、高大接続改革の実現に向けた具体策の検討を開始した。今後、平成27年夏頃までに中間的なまとめを、平成27年内に最終報告の取りまとめを行う予定としている。
 また、平成26年11月には、次期学習指導要領の在り方、特に課題の発見解決に向けて主体的・協働的に学ぶ学習(いわゆる「アクティブ・ラーニング」)の充実と、そうした学習・指導方法を教育内容と関連付けて示すための在り方等について検討することなどを柱とする「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」を中央教育審議会に諮問し、現在、審議が進められているところである。
 このような中等教育と高等教育の改革に加え、科学技術に関して優れた能力を持つ学生・生徒が切磋琢磨(せっさたくま)し能力を伸長する取組や、グローバル人材の養成に向けた取組、子供たちの科学技術への関心・素養を高めるための取組等を相互に連関させ、将来を見据えた科学技術イノベーション人材の育成を図っていくことが不可欠である。

 科学技術を駆使し、科学技術を進化させ、イノベーションを起こしていくのも、その果実を生かし、全ての人々が幸せを実感できる社会を創っていくのも、最後は人の手に委ねられる。
我々の未来は、我々がどのような人材を育てていくのかにかかっている。全ての関係者がこのことに思いを馳(は)せ、一丸となって取組を進めていくことが求められているのではないだろうか。

お問合せ先

科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)

-- 登録:平成27年07月 --