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特集2 公正な研究活動の推進に向けた取組

 研究活動とは、先人達の研究業績等を踏まえ、研究者自身が観察・実験等によって知り得た事実やデータ等を基に探求を重ね、新たな知見を創造し、知の体系を構築する行為である。また、知の探究にとどまらず、その成果は、製品開発等に結び付き、人々の生活の質を向上させ、利便性を高めることにもつながるものである。よって、研究成果として得られたデータや結果のねつ造、改ざん、他者の研究成果等の盗用といった、研究活動における不正行為(以下、「研究不正行為」又は「研究不正」という。)は、科学の本質に反し、科学や社会の発展を妨げ冒涜(ぼうとく)するものであり、絶対に許すことのできないものである。
 しかし、近年、こうした研究不正行為が社会的に大きく取り上げられる事態が続いており、人々の科学に対する信頼を揺るがせている。このような事態に対し、政府として危機感を持って対処しているところである。本特集においては、近年の研究不正行為の発生状況や、今後の研究不正行為の再発防止に向けた科学コミュニティ及び政府の取組等について紹介する。

1 近年の研究不正行為の発生状況について

(1)研究不正行為の発生状況の概観

 近年、研究不正行為が社会的に大きく取り上げられる事態が続いている。具体的には、理化学研究所(以下、本特集では「理研」という。)におけるSTAP(※1)論文問題や、ノバルティスファーマ株式会社(以下「ノバルティス社」という。)における高血圧症治療薬の臨床研究事案、東京大学分子細胞生物学研究所の事案等が存在する。STAP論文問題及び高血圧症治療薬の臨床研究事案については、(2)及び(3)において詳述するが、東京大学の事案は、平成24年度に、東京大学分子細胞生物学研究所の元教授らが関わった論文に疑義が指摘され、東京大学が調査を行った結果、平成26年12月の最終報告において、計33論文にねつ造又は改ざんがあり、計11人が携わったと認定されたものである。このほか、平成26年度中に、全国の研究機関の調査委員会において、少なくとも10件、研究不正行為があったとの認定がなされている(※2)。
 なお、こうした研究不正行為については、その発生要因として、期限付きの研究プロジェクトで雇用される研究者が増加し、短い間で成果を求められる等、研究者に過度なプレッシャーがかかっていることなどが指摘されることがある。しかし、大多数の研究者は、研究不正に手を染めることなく真摯に真理の探究に日々力を注いでいる。どのような理由があれ、研究不正行為は決して許されるものではなく、科学者は常に科学へ真摯であることが求められている。よって、科学者は、自己規律を保ち、プロフェッショナルとしての責任のある行動を常に心がけなければならない。


  • ※1 STAP細胞(刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得細胞):Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cells
  • ※2 10件は、平成27年3月31日時点で文部科学省が把握している件数である。(STAP論文問題及び東京大学分子細胞生物学研究所の事案を含めて平成26年度は12件。高血圧症治療薬の臨床研究事案は平成25年度。)

(2)STAP論文問題

1.概要と経緯

 平成26年1月29日、理研やハーバード大学等の研究者を著者とする2本の論文が科学論文誌Natureから発表され、社会的に大きな反響を呼んだ。その論文は、マウスから取り出した細胞を酸性の溶液に浸すことで、細胞が初期化され、多能性(※3)を獲得するという現象を報告したもので、論文著者はそうして作成された多能性細胞を「STAP細胞」と名付けた。遺伝子の操作を必要とせず、酸性の溶液に浸すだけで動物細胞の初期化が起こるというこの現象は、生物学の常識を覆す成果として、大いに注目された。さらに、若手女性研究者の活躍という面などにも大きな関心が寄せられ、社会の注目を一層集めることとなった。
 しかしながら、これらの論文について、画像や図表に不自然な点がある等の指摘があり、理研は、2月13日から予備調査を開始した。その後、2月18日に調査委員会を設置し、本調査を実施した。その結果、調査委員会は2件の研究不正(改ざん及びねつ造)を認定し、理研は4月1日にこれを公表した。理研は所内規程に基づき不正を認定した論文について、取下げ勧告を行い、STAP細胞に係る二つの論文は、著者らの申し出によりNature誌が7月2日に取り下げた。
 一方、上記調査委員会の調査結果の取りまとめ以降、新たな科学的疑義の指摘があり、理研は6月30日に再度予備調査を開始した。その調査結果を踏まえ、9月3日に外部有識者のみで構成される新たな調査委員会を設置した。科学的な疑義等に関する調査を進めた結果、調査委員会は新たに2件の研究不正(ねつ造)を認定し、STAP論文の証拠となるべき試料は「すべてES細胞(※4)の混入に由来する、あるいはそれで説明できることが科学的な証拠で明らかになった」と結論付け、理研はこれらの結果を12月26日に公表した。その後、理研は規程に基づき、関係者の懲戒処分等を行った。
 また、理研は、この調査と並行して、4月1日から、STAP現象の有無に関する科学的事実を明らかにし社会への説明責任を果たすため、期間を定めた上で、科学的に厳密性の高い方法でSTAP現象の検証を実施した。本検証は、論文著者も参画の上で実施したが、12月19日、STAP現象の確認には至らなかったとの結果を公表した。


  • ※3 様々な細胞に分化する能力
  • ※4 胚性幹細胞(Embryonic Stem cell)。胚の中にある細胞を取り出して培養した、あらゆる細胞に分化できる能力を持つ人工の幹細胞。

2.研究不正の再発防止のための理化学研究所の対応について

 研究不正が認定されたことを受けて、理研は、平成26年4月4日に、研究不正の再発防止を図り、高い規範を再生することを目的に、理事長を本部長とする研究不正再発防止改革推進本部を設置するとともに、外部有識者からなる研究不正再発防止のための改革委員会(以下、「改革委員会」という。)を設置し、具体的な対策の検討を開始した。
 改革委員会は、6月12日に、理研本体のガバナンスにおける研究不正防止に対する認識が不足していることや、実験データの記録・管理を実行する具体的なシステムの構築・普及が行われていないこと等を指摘した上で、公正な研究の推進と研究不正防止を担う理事長直轄の本部組織の設置、研究不正を防止する具体的な仕組みの構築など、8項目にわたる再発防止策を盛り込んだ提言を行った。
 理研は、この提言を真摯に受け止め、さらに各界有識者の意見を参考にするなどして、8月27日に「研究不正再発防止をはじめとする高い規範の再生のためのアクションプラン」(以下、「アクションプラン」という。)を策定し、経営戦略会議の設置や広報体制の見直し等のガバナンスの強化、発生・再生科学総合研究センターの解体的出直し(多細胞システム形成研究センターの発足)、研究不正防止策の強化としての研究倫理教育の徹底や適正な実験データの管理等に取り組むことを発表し、これらを順次実施してきた(表2に、アクションプランの各項目への対応状況を整理している。)。これらの取組の達成状況の評価や見直すべき事項の提言を受けるため、理研は、外部有識者からなる「運営・改革モニタリング委員会」(以下、「モニタリング委員会」という。)を設置した。モニタリング委員会は9回の審議、2回の現地視察等を経て、アクションプランに基づく理研の取組について確認・評価を行い、平成27年3月20日に、改革遂行の道筋がついていることを確認するとともに、アクションプランの取組を着実に機能させるべきとする評価書を取りまとめ、理研に提出した(表3)。
 この評価書を受けて、理研の野依良治理事長(当時)は、「今回の不名誉極まる事案を大いなる教訓として、科学者社会のみならず関連するセクターの協力を得ながら、社会の信頼を取り戻すべく、できる限りの努力を続けて参ります。」とのステートメントを発表し、アクションプランに基づく取組を深化させていく決意を表明した。
 このように、STAP論文問題の発生を受けて、理研は、約1年間にわたり改革に取り組んできた。社会が理研に求めることは、表3に示す運営・改革モニタリング委員会の評価書にもあるように、「社会のための理研改革」を実現することである。そのためにも、今後、アクションプランに基づく取組を実効性をもって継続することにより、研究倫理意識を高め合うような風土を醸成するとともに他機関の模範となる高い規範を構築し、名実共に我が国最高レベルの研究機関として社会の発展に貢献していくことが求められる。

表1/STAP論文問題に係る対応の流れ
  1. 論文の疑義に関する調査
    • 平成26年 2月13日 外部からの指摘を踏まえ、理研が規程に基づく予備調査を開始
    • 2月18日 理研が調査委員会を設置し、本調査を開始
    • 3月14日 調査委員会が中間報告を発表
    • 4月1日 調査委員会がSTAP細胞論文1本に2件の研究不正(改ざん、ねつ造)を認定し、理研が公表
    • 6月30日 理研が調査委員会報告以降に指摘があった科学的疑義に関する予備調査を開始
    • 7月2日 2本の論文の取り下げ
    • 9月3日 理研が科学的疑義に関する予備調査を踏まえて外部有識者のみの委員から構成される調査委員会を設置し本調査を開始
    • 12月26日 調査委員会がSTAP細胞論文1本に新たに2件の研究不正(ねつ造)を認定し、残された試料の解析からSTAP細胞とされる試料は全てES細胞の混入に由来する、あるいはそれで説明できると結論付けたことを理研が公表
  2. STAP現象の検証の実施
    • 平成26年4月1日 理研が検証計画を発表
    • 7月1日 論文著者が検証計画に参画(11月30日まで)
    • 8月27日 理研が中間報告(STAP細胞様細胞塊の出現は認められず)
    • 12月19日 理研が検証結果を公表(STAP現象の確認に至らず)し、検証計画を終了
  3. 再発防止策の策定
    • 平成26年4月4日 理研が研究不正再発防止改革推進本部を設置
       外部有識者による研究不正再発防止のための改革委員会を設置
    • 6月12日 改革委員会が提言を取りまとめ、公表
    • 8月27日 理研がアクションプランを公表、アクションプランに基づく取組を開始
    • 平成27年3月20日 外部有識者からなる運営・改革モニタリング委員会による、アクションプランの取組状況の評価結果を公表

資料:文部科学省作成

表2/平成26年度における理化学研究所アクションプランの対応状況

表2/平成26年度における理化学研究所アクションプランの対応状況
注:黒字がアクションプランの記載内容、赤字が対応状況を示す。
資料:文部科学省作成

表3/運営・改革モニタリング委員会評価書(平成27年3月20日)のポイント
  • アクションプランで決められた体制が構築され規程も制定されており、適切に運用するための取組が機能し始めていることから、改革遂行の道筋がついていることを確認。理研が改革に向け真摯に取り組んでいる状況を確認。
  • 今回の問題の原因は、健全な研究環境整備が不十分で、倫理教育等の取組が実効性をもって機能しなかったこと。アクションプランの取組を着実に機能させるべき。
  • 研究不正防止は、全員の研究倫理意識を高め合うような風土を醸成すること、また、そのための実効性の高い仕組みの構築が必要。委員会として、アクションの実効性の向上に係る新たな取組を提言。
  • 理研が一丸となってアクションプランの取組を継続し、実効性を高めるための新たな取組を実施することを通じて、高い規範を再生し、「社会のための理研改革」を実現すべき。その上で理研が世界の科学コミュニティをリードする「新生の理研」となることを期待。

資料:文部科学省作成

(3)高血圧症治療薬の臨床研究事案

1.概要と経緯

 ノバルティス社の高血圧症治療薬ディオバン(一般名:バルサルタン)は、平成12年9月に我が国で承認され、平成14年以降、国内の五つの大学において、ディオバンによる効果と従来の降圧剤による効果との比較を行う大規模臨床研究が相次いで行われた。その結果、ディオバンは従来の降圧剤と比べて脳卒中や狭心症等の発症を抑制する等の内容が、著名な国際的医学雑誌等に投稿・公表された。
 しかし、平成24年、当該研究に関わらない他の医師による疑義等に端を発し、平成24年12月以降、世界的に権威のある医学雑誌等から関連論文が相次いで撤回され、研究データの人為的な操作により事実と異なる結論が導き出されたことが判明するなど、臨床研究における研究不正の問題が複数の大学において明らかになった。また、ノバルティス社元社員によるこれら臨床研究の統計解析業務への関与があったことや、研究者の利益相反(※5)に関する透明性が確保されていないことなども明らかになった。
 この事案は、一研究者のデータ処理問題にとどまるものとはならなかった。撤回される以前の論文等の内容は、特定非営利活動法人日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン」に引用され、また、ノバルティス社においては当該論文等を利用した広告を大々的に行っていたため、撤回論文に記載された内容が医療現場には広く周知されていた。このため、ディオバンを服用する患者、ひいては国民全般に不安を引き起こし、臨床研究の信頼を損ねる事態を招いた。
 平成26年1月、厚生労働省はノバルティス社等を東京地方検察庁に告発し、法人としての同社及び元社員は薬事法違反(誇大広告)として起訴された。


  • ※5 研究者個人としての社会的責務と、産学連携活動に伴い生じる個人的利益(特に、金銭的な関係)との間で衝突・相反する状態(COI:Conflict of Interest)

2.臨床研究に関する政府等の対応や再発防止策について

 今回の事案の発覚を受け、厚生労働省は文部科学省と協力した上で、事実関係を可能な限り明らかにするとともに、再発防止策について検討するため、平成25年8月に「高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会」を設置し、平成26年4月に報告書を公表した。当該報告書では、事案の背景と問題の所在として、「医学的研究課題の解明に向けられたものとは言えない臨床研究である」、「一個人というよりノバルティス社として今回の事案に関与が認められる」、「ノバルティス社から大学への資金提供について透明性が確保されていないなど大学及びノバルティス社双方における利益相反管理上の問題がある」、「大学側研究者について、科学者としての良心に従って研究を行っていたか疑問がある」、「大学内の倫理審査委員会が事案発生の歯止めとして機能していない」、「大学及び大学側研究者における臨床研究の基本的実施体制が脆弱(ぜいじゃく)である」等の指摘がなされた。また、我が国の臨床研究の信頼回復のために、「臨床研究に関する倫理指針を見直し必要な対応を図ること」、「臨床研究に対する法制度について検討を進めること」といった提案がなされた。
 ここで指摘のあった臨床研究に関する倫理指針については、事案発覚前の平成25年2月から、文部科学省、厚生労働省の合同会議において、疫学研究に関する倫理指針と共に見直しの検討を実施していたが、平成26年4月に上記報告書が出たことも踏まえ、両指針を統合し、平成26年12月に「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を制定した。この指針を踏まえ、各研究機関において、研究の信頼性確保(利益相反の管理、研究に係る資料及び情報等の保管、モニタリング及び監査)や、倫理審査委員会の機能強化と審査の透明性確保、研究機関の長及び研究責任者等の責務に関する規定等の充実が図られている。
 また、法制度化の検討については、厚生労働省は、平成26年4月に「臨床研究の制度の在り方に関する検討会」を立ち上げ、平成26年12月の報告書において、表4に示す我が国と欧米における法的規制対象の違いを踏まえつつ、今後一定の範囲の臨床研究については、倫理指針の遵守を求めるのみならず、法規制が必要であるとの提言がなされた。臨床研究の法規制の範囲については、今回の事案を考慮した上で、「未承認又は適応外の医薬品・医療機器等を用いた臨床研究」及び「医薬品・医療機器等の広告に用いられることが想定される臨床研究」とすることが妥当とされた。

表4/日本と欧米の法的規制の現状(規制対象の違い)

表4/日本と欧米の法的規制の現状(規制対象の違い)
注1:日本は、臨床研究については倫理指針で対応。
注2:米国は、公的研究費の対象となる研究については別途法規制が存在する。広告に用いられるものも対象としている。
注3:欧州は、機器を用いた臨床研究については、医薬品よりも規制事項が少ない等の差がある。
注4:「適応外」とは、医薬品又は医療機器について、その承認又は認証事項(用法・用量、又は効能・効果、性能等)の範囲外での使用のこと
資料:厚生労働省「臨床研究に係る制度の在り方に関する報告書」(平成26年12月) 

 産業界や科学コミュニティにおいても、不適切な臨床研究事案の再発防止に向けて、利益相反マネジメントに関する内容を中心とした様々な提言が出され、臨床研究の現場における具体的取組が進んできている。
 産業界においては、日本製薬工業協会が「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」を平成25年3月及び12月に改定し、ガイドラインに基づく情報公開の範囲を広げるとともに、会員各社がガイドラインを参考に、自社の「透明性に関する指針」を策定し行動基準とすることを定めた。
 日本学術会議は、平成25年12月、「臨床研究にかかる利益相反(COI)マネージメントの意義と透明性確保について」を提言し、研究者が産学連携に係る臨床研究の遂行において果たすべき責務と役割を明確にした。また、平成26年3月には、「我が国の研究者主導臨床試験に係る問題点と今後の対応策」を提言し、医薬品市販後に自主的に実施される研究者主導臨床試験に関して、臨床試験の実施に係るガイドライン作成、研究倫理教育の徹底等、今後求められる具体的取組を提示した。
 国立大学附属病院長会議は、平成25年9月に「臨床研究の信頼性確保と利益相反の管理に関する緊急対策」を策定し、研究者の責務としての信頼性確保と利益相反管理に関する基本的考え方と方策を明らかにするとともに、各大学が整備すべき体制を示し、全国立大学附属病院に通知した。さらに、産学官連携活動の適正な推進及び透明性の確保が図られることを目的とし、平成26年6月(平成26年9月一部改定)に「企業等からの資金提供状況の公表に関するガイドライン」を策定した。全ての国立大学附属病院は、ガイドラインを踏まえて、平成26年11月までに企業等からの資金提供状況を公表した。
 一般社団法人全国医学部長病院長会議は、平成25年11月(平成26年2月改定)に「医系大学・研究機関・病院のCOI(利益相反)マネージメントガイドライン」を策定した。また、平成27年2月に「研究者主導臨床試験の実施にかかるガイドライン」を策定し、学会等において、研究者に対する周知を図っている。

 近年、このほかにも、臨床研究に係る不適切な事案として、高血圧症治療薬や白血病治療薬、アルツハイマー病に関する臨床研究等において、誤解を招きかねない広告や企業の不適正な関与、データ改ざんの疑い等が発覚している状況にあり、臨床研究への信頼を損ねる事態を招いている。
 上述したように、今回の事案の発生等を受けて、政府、産業界、科学コミュニティが、臨床研究に係る不適切な事案の再発防止に向けての検討を行っており、今後、こうした検討内容を迅速に具体的取組につなげ、適切な利益相反管理等に基づく、質の高い臨床研究を実施することで、臨床研究に対する社会の信頼を回復していくことが求められる。このような取組の着実かつ迅速な実行が、我が国の医療を発展させ、患者を救うとともに、成長戦略の一つである日本発の医薬品等の創出の鍵を握るものとなる。

2 研究不正行為の防止への取組

 研究不正行為に対しては、これまでも科学コミュニティや政府における取組を実施してきており、また、今回の様々な事案の発生を受け止めて、研究不正行為の再発防止に向けた、更に踏み込んだ改革取組を進めてきている。

(1)科学コミュニティの取組

 研究不正行為の問題は、一義的には、研究者自らの規律や大学等の研究機関、科学コミュニティの自律に基づく自浄作用として対応されるべき問題である。
 こうした観点から、日本学術会議は、平成18年10月に「科学者の行動規範」を策定し、科学者が、社会の信頼と負託を得て主体的かつ自律的に科学研究を進め、科学の健全な発達を促すため、全ての学術分野に共通する基本的な行動規範を示した。その後、平成23年3月の東日本大震災を契機として科学者の責任に焦点が当てられたことや、研究不正行為の発生等を踏まえ、平成25年1月に「科学者の行動規範」を改訂した。改訂された規範の中では、「公正な研究の推進が求められる」ことが強調されるとともに、研究不正行為を抑止するための教育啓発に継続的に取り組んでいく必要性が新たに示された。
 さらに、日本学術会議は、その後も研究不正事案が依然として発生している状況を踏まえ、平成25年12月、日本学術会議「科学研究における健全性の向上に関する検討委員会」における審議を経て、提言「研究活動における不正の防止策と事後措置-科学の健全性向上のために-」(図5)を公表した。この提言の中では、主として、1.研究機関や学会等においては、行動規範に基づく研修プログラムを作成するとともに、各研究機関においては、研究者や大学院生に対して研修プログラムの受講を求めること、2.研究不正の疑いが生じた場合には、研究機関において第三者委員会を設置して速やかに処理すること、の2点を要請している。

図5/日本学術会議提言「研究活動における不正の防止策と事後措置」概要

図5/日本学術会議提言「研究活動における不正の防止策と事後措置」概要
資料:日本学術会議作成

 また、平成26年12月には、一般社団法人国立大学協会、一般社団法人公立大学協会、日本私立大学団体連合会のそれぞれの会長が連名で、「科学研究の健全性向上のための共同声明」を公表し、我が国の学術界の責務として、各団体が協力して研究の健全性向上のために活動することを宣言した。
 このように、科学コミュニティは、日本学術会議を中心に、研究不正行為の事案が発生する現状に強い危機感を持ち、人々の信頼を確保するために率先して対応を進めてきている。今後は、これらの共同声明等に基づき、各研究機関が協力して、研究不正の問題に関して実効的な対応を進めていくことが期待される。

(2)政府の取組

1.これまで実施してきた取組

 平成18年2月、文部科学省は、科学技術・学術審議会に、研究不正行為への対応に関して調査検討を行う「研究活動の不正行為に関する特別委員会」を設置し、8月に「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて-研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書-」(以下、「18年ガイドライン」という。)が取りまとめられた。同ガイドラインでは、競争的資金等に係る研究不正行為に、資金配分機関や研究機関が適切に対応するため、不正行為の告発から認定までの流れ、不正行為と認定された者に対する措置等について指針が示された。
 また、関係府省においても、それぞれ研究不正行為への対応に関する指針を示すとともに、政府全体としては、ある府省が配分する競争的資金等を用いて不正行為を行った研究者に対して、全府省の競争的資金等への応募制限を一定年限かける仕組みを構築し、府省連携により、研究不正の防止に向けた対応を一定程度進めてきた。

2.研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン

 平成25年8月、文部科学省は、研究不正行為や研究費の不正使用の事案について、大きな社会問題として取り上げられている状況を重く受け止め、福井照文部科学副大臣(当時)を座長とする「研究における不正行為・研究費の不正使用に関するタスクフォース」を設置した。当該タスクフォースは、研究不正への対応方策について集中的に議論を行い、9月に取りまとめを行い、基本方針として、「不正を事前に防止する取組」、「組織の管理責任の明確化」、「国による監視と支援」の3点を掲げた。
 「不正を事前に防止する取組」としては、倫理教育プログラムの開発や研究に応募する際に倫理教育の受講を義務付けるといった研究倫理教育の強化や、不正事案が発生した際に一覧化して公開すること、一定期間の研究データの保存を義務付けること等を掲げた。
 「組織の管理責任の明確化」としては、組織として責任を持って取り組むよう倫理教育に関する責任者を設置することや、組織における規程の整備・公表、不正事案へ対応する組織の管理体制に問題がある場合に組織に対して是正措置をとる制度設計を構築すること等を掲げた。
 「国による監視と支援」としては、国が研究機関の規程・体制の整備状況を確認する調査を行うことや、研究機関における倫理教育の実施や規程の整備等に対して支援を行うこと等を掲げた。
 その後、タスクフォースの取りまとめを踏まえ、研究不正行為については、文部科学省に「『研究活動の不正行為への対応のガイドライン』の見直し・運用改善等に関する協力者会議」(以下、「協力者会議」という。)を平成25年11月に新たに設置し、平成26年2月に審議のまとめを行った。

図6/研究者倫理向上のための取組の実施状況

図6/研究者倫理向上のための取組の実施状況
注1:「研究者倫理向上のための取組」とは、研修会やパンフレットの配布等を指す。
注2:「その他」は高等専門学校、大学共同利用機関法人、文部科学省所管の独立行政法人
資料:文部科学省調べ

 審議のまとめにおいては、研究倫理教育の着実な実施、各研究機関における一定期間の研究データの保存等の義務付け、各研究機関に対する措置の発動(間接経費の削減)等の取組が提言された。特に、研究倫理教育の強化の観点を重視し、大学等の研究機関に所属する教員や研究者に加え、博士課程学生など将来研究者を目指す人材等を含めて、幅広く研究倫理教育を実施することが、研究不正行為を事前に防止し、公正な研究活動を推進する上で重要であるとの位置付けがなされた。
 なお、こうした取組が重視された背景には、学生の研究倫理教育が十分でない状況が挙げられる。文部科学省が平成24年度に行った調査によると、学生を対象に研究者倫理の向上のための取組を行った大学は約2割に過ぎず、より早期の段階での教育の重要性を鑑みれば、学生向けの研究倫理教育の加速は喫緊の課題である(図6)。
 文部科学省は、前述の協力者会議による審議のまとめ及びSTAP論文問題に係る理研による調査報告から得られた教訓を踏まえた上で、新たなガイドライン案を策定し、平成26年7月に意見公募を実施した。その後、意見公募に寄せられた意見を踏まえ、8月26日に「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(以下、「新ガイドライン」という。)を策定した(図7)。
 新ガイドラインにおいては、研究不正行為に対する対応は、一義的には研究者自らの規律及び科学コミュニティ、大学等の研究機関の自律に基づき自浄作用として行わなければならないという18年ガイドラインの基本的考え方を踏まえつつ、タスクフォースの取りまとめや協力者会議による審議のまとめを踏まえた方針を示した。基本的な方針としては、研究不正行為の防止に係る対応に関して、これまでは個々の研究者の自己規律と責任に委ねられている側面が強かったことから、今後は、「研究機関」の役割についても一層重視し、研究機関が責任を持って不正行為の防止に関わることによって、研究不正への対応の強化を図ることを挙げている。

図7/「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」概要

図7/「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」概要
資料:文部科学省作成

 文部科学省は、平成27年4月1日から新ガイドラインの運用を開始した。なお、同省は、新ガイドライン策定以降、運用開始までの約7か月間、新ガイドラインの周知徹底を行うとともに、各研究機関において新ガイドラインに基づく規程や体制整備を図る集中改革期間とした。
 また、新ガイドラインは、研究不正行為への調査に関する手続や事前防止策の在り方を定めたものであるが、研究現場における、より詳細な対応の在り方については、科学コミュニティ主体による検討が必要であり、平成26年7月、文部科学省は、新ガイドラインの策定作業と並行して、日本学術会議に対して、(1)実験データ等の保存の期間及び方法、(2)研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務、(3)特定不正行為(ねつ造、改ざん、盗用)以外の不正行為の範囲、(4)研究倫理教育に関する参照基準、(5)各大学の研究不正対応に関する規程のモデル、(6)その他研究健全化に関する事項の6点について、審議依頼を行った。
 平成27年3月に示された日本学術会議の回答「科学研究における健全性の向上について」においては、例えば、以下のような具体的内容が示されるとともに、各大学の研究不正対応に関する規程のモデル(全39条)が提示された。

  • 論文等の形で発表された研究成果のもととなった実験データ等の研究資料については当該論文等の発表から10年間の保存を原則とし、試料や標本などの有機物については5年間を原則として保存すること
  • 研究分野によって、論文の「著者(オーサーシップ)」の要件について解釈に幅があることから、各研究機関及び各学会が刊行する学術誌においては、オーサーシップに関する規程を定めて公表すべき
  • 研究者に対して、少なくとも5年ごとに研究倫理教育の学修機会の提供が求められる
  • 各研究機関においては、規程のモデルを参考にしつつ、規程の整備を進めることが求められる
     さらに、新ガイドラインは、大学に対し、研究者や指導者のみならず、学生に対する研究倫理教育の実施を進めることも求めている。この点も踏まえ、平成27年4月現在、中央教育審議会大学分科会大学院部会において、大学院教育における研究倫理教育の推進方策についての検討が進められているところである。

 なお、この間、総合科学技術・イノベ-ション会議(CSTI)は、平成26年4月の第119回総合科学技術会議において有識者議員から提出された意見を踏まえ、9月に「研究不正行為への実効性ある対応について」を取りまとめた。ここでは、CSTIの役割として、研究機関・関係府省等の取組を俯瞰(ふかん)した全体状況の把握を行い必要な場合に適切な関与を行うこと、各主体における取組が一体的に機能するよう多様な情報の収集・共有に向けて横断的な場を提供すること、の2点を明記している。また、関係府省においても、それぞれ研究不正行為への対応に関する指針を改正している。

3.公正な研究活動の徹底に向けて

 ここまで述べてきたように、研究不正行為を事前に防止するためには、各研究機関において研究倫理教育の着実な実施がなされることがまずは重要である。
 文部科学省は、平成24年度から、医学系の大学院生や研究者など、広く研究活動に携わる者の研究倫理を醸成するために研究倫理教育プログラムを開発する「CITI Japanプロジェクト」(※6)への支援を実施している。また、日本学術振興会は、文部科学省や日本学術会議の協力の下、広く研究倫理教育を行うための標準的な教材として、平成27年3月に、「科学の健全な発展のために-誠実な研究者の心得-(日本学術振興会「科学の健全な発展のために」編集委員会 編)」を出版した。さらに、文部科学省は、平成27年度から、新ガイドラインに基づき、資金配分機関(日本学術振興会、科学技術振興機構、日本医療研究開発機構)の連携による「研究公正推進事業」を開始した(図8)。当該事業では、研究倫理教育に関する標準的なプログラムを作成し、競争的資金等により行われる研究活動に参画する全ての研究者に対して研究倫理教育を行うための支援を実施している。

図8/研究公正推進事業の概要

図8/研究公正推進事業の概要
資料:文部科学省作成 

 また、文部科学省は、図6で示した各大学における研究倫理教育の現状に関し、より詳細に把握するため、平成26年度に委託調査研究(※7)を実施した。この調査研究の中では、今後、各研究機関において研究倫理教育を実践する上での課題の抽出を行っており、以下のような内容が挙げられた。

  • 継続的に研究倫理教育を行う上では、組織・部局内において研究倫理教育を行う人材の能力育成や、能力を持つ専門人材の確保が必要
  • 研究倫理教育を効果的かつ継続的に実施するためには、時流に対応した教材内容のアップデートや受講生のバックグラウンドに対応した教材の作成、教材効果を高める実施内容や形式、教育効果に対する評価の検討が必要
  • 研究分野や領域によって不適切とされる判断や範囲が異なっているため、研究倫理教育を組織的に実施するに当たり、学内、場合によっては部局内でもコンセンサスを形成することが困難となる場合の調整が必要
     さらに、研究倫理教育の更なる深化のためには、研究者や学生が「何を守ればよいか」、「何に従えばよいか」といった「予防的視点」だけではなく、「どのように対応すればよいか」を主体的に考える「志向的視点」を取り入れた教育の取組が望ましいとの指摘もなされている。文部科学省においては、これらの調査研究結果も踏まえた上で、今後、平成27年度以降に実施予定の新ガイドラインの履行状況調査で確認すべき事項に関して、更なる検討を進める予定である。各研究機関においては、当該調査研究結果を参考にしつつ、それぞれの機関の現状を踏まえた上で、新ガイドラインが設置を求める「研究倫理教育責任者」の下、研究倫理教育の内容を検討・実施する体制を整備し、研究倫理教育を確実に行っていくことが求められる。

 ここまで述べてきたように、我が国では、これまでも研究不正行為の防止に向けて、科学コミュニティや政府を中心に取組を実施してきたものの、研究倫理教育や利益相反管理の取組は、研究現場も含めて必ずしも十分ではなかった。平成26年度において、新ガイドラインの策定をはじめ、公正な研究活動の徹底に向けた様々な検討・ルール整備を実施してきており、こうしたことを踏まえ、今後、研究現場における実効的な取組の実施が強く求められる。
 その際、研究者は、適切なルールの整備と順守によって、研究活動の自由が支えられているとの認識を持つとともに、科学コミュニティ全体で「責任ある研究活動」(RCR(※8))の風土を浸透させていくことが重要である。
 また、我が国社会の持続的な発展等を目指して、今後一層の科学技術イノベーション政策の推進を図っていくためには、科学技術イノベーション活動そのものが、社会からの信頼を得るものである必要があり、研究者のみならず、政府や産業界を含めた、我が国の科学技術イノベーションに携わる者全体が、「責任ある研究・イノベーション」(RRI(※9))に向けて、社会との対話や協働に取り組んでいくことが不可欠であることも忘れてはならない。


  • ※6 信州大学を含む6大学が共同して、米国をはじめ国際的に普及しているプログラム(CITI:Collaborative Institutional Training Initiative)を基に、国際標準を満たし、かつ、日本の研究現場の実情に合った研究倫理に関する教育プログラム及びe-learning教材の開発・作成を行うプロジェクト。平成24年度「大学間連携共同教育推進事業」選定取組であり、平成24~28年度までの5年間支援予定。
  • ※7 研究機関における研究倫理教育に関する調査・分析業務報告書(平成26年度科学技術人材養成等委託事業 平成27年3月EYアドバイザリー株式会社)(http://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/1357901.htm)
  • ※8 Responsible Conduct of Research
  • ※9 Responsible Research and Innovation

コラム特‐2 諸外国における公正な研究活動の推進のための取組

 公正な研究活動の推進のための取組については、現在、世界の各種機関・組織で実施されており、とりわけ、「研究倫理教育」の重要性が強調されている。以下に主な事例を紹介する。

  • 研究公正に関する世界会議(WCRI):「研究公正に関するシンガポール宣言(2010年)」
     2010年7月21~24日にシンガポールで開催された、第2回研究公正に関する世界会議(World Conference on Research Integrity)で合意された文書。「どのように研究が組織され、実施されるかについての、国による、あるいは、分野別の違いはある」が、「研究はどこで実施されたとしても研究の公正さにとって根本的に重要な原則(principles)や専門家としての責任(professional responsibilities)がある」として、責任ある研究活動の実施のために、規則の順守、研究記録やオーサーシップの在り方、研究不正行為への対応などの14項目の取組の実施を求めている。
  • 欧州の取組:「研究公正に関する欧州行動規範(2011年)」
     欧州科学財団(European Science Foundation)における欧州22か国の31の資金配分機関・研究機関からの代表者(ESF Member Organisation Forum on Research Integrity)と、40か国の53のアカデミー(All European Academies)が検討して作成された文書。医学、自然科学、人文・社会科学における適切な研究実践に係る欧州における行動規範(code of conduct)としての位置付けを持つ。具体的には、研究者の行動規範として、誠実性(honesty in communication)、信頼性(reliability in performing research)、客観性(objectivity)、独立性(impartiality and independence)、公開性(openness and accessibility)等を定め、不正行為には、ねつ造・改ざん・盗用に加えて、利害関係の非開示や秘密保持違反等の利益相反に係る事項も含めている。また、責任ある研究活動の在り方として、データ管理の在り方から論文投稿の在り方に至るまでの原則を定めている。
  • 米国の取組
     米国においては、1989年に国立衛生研究所(NIH:National Institute of Health)が初めて研究不正行為の定義化を行い、同年からRCR教育を要請。1992年に研究公正局(ORI:Office of Research Integrity)設置。2007年8月に成立した「米国競争力法」(通称 The America COMPETES Act)は、大学等の研究機関に対し、申請計画の中で、学部学生・大学院生・ポストドクターに責任ある研究活動と倫理についてのトレーニングコースを受けさせることを義務付けている。これを受けて、国立科学財団(NSF:National Science Foundation)は、2010年1月から、大学に対して、研究倫理教育プログラムの策定を義務付けている。

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科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)

-- 登録:平成27年07月 --