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特集2 東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年を目標とした科学技術に関する展開

 かつて、日本は東京五輪開催の年である昭和39年(1964年)を目指し、大きく飛躍した。新幹線や高速自動車道路などの整備が進み、古い町並みが残っていた東京は近代都市へと大きく変貌を遂げた。東京五輪は、戦後日本のめざましい復興・発展の姿を世界に示すとともに、敗戦で打ちひしがれた日本社会が自信を取り戻し、その後の日本経済発展につながる起爆剤となった。

東京五輪(昭和39年(1964年))の写真
東京五輪(昭和39年(1964年))
提供:株式会社フォート・キシモト

 海外のオリンピック・パラリンピック競技大会を見ても、大会はスポーツの祭典であるだけでなく、国際社会に対し、メッセージを打ち出す絶好の機会となっており、社会に変革をもたらす潜在力のある科学技術が大いに貢献している。
 2012年のロンドン五輪は「五輪史上最も環境に配慮した大会」を目指し、国際規格「ISO20121イベントの持続可能性に関するマネジメントシステム」の認証を取得することで世界の注目を集めた。ISO20121は、2012年6月に発行され、その策定においてはロンドンオリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(LOCOG(※1))が主導的な役割を果たした。大会運営では、コジェネレーションシステムや再生可能エネルギーなどの最先端の環境・エネルギーを駆使し、「グリーンな大会」を世界にアピールすることに成功した。
 また、ロンドン五輪は初の本格的な「ソーシャル五輪」であり、かつ、「デジタル五輪」でもあった。五輪の放送は、スマートフォンでも視聴を可能とし、どこにいても競技を観戦することができた。また、ツイッターを通し、対話形式で選手にインタビューすることもできるなど、新たな観戦方法の可能性を拓(ひら)いた。さらに、NHK(日本放送協会)、BBC(イギリス放送協会)及びOBS(オリンピック放送機構)が共同で、超高精細映像技術と立体音響システムから成る8Kスーパーハイビジョン(※2)によるパブリックビューイングを英国、日本及び米国において実施し、会場に来場した人は、あたかも大会会場にいるかのような感動を得ることができた。この映像技術は、日本の研究開発によるものであり、世界に我が国の技術水準の高さを示すこととなった。
 このように、東京五輪のインフラ整備、ロンドン五輪の環境技術、情報通信技術、映像技術など、大会の成功に科学技術が大きな役割を果たしている。そして、これらの科学技術は社会に密接に関連しており、時には、東京五輪のように、社会を大きく変える触媒にもなっている。
 2020年、再び東京でオリンピック・パラリンピック競技大会が開催される。2020年、さらにはその先を見据えて、科学技術を活用して我が国がどのような社会を実現し、そして、その成果を世界に広げていくことができるのかについて概観する。
 また、あわせて2020年に結実する我が国の最先端の科学技術を活用したプロジェクトや世界最先端のスポーツ医・科学等を紹介する。2020年は、我が国の様々な活動に世界の目が注がれる年であり、世界に対してその成果をアピールすることが強く期待される。

近未来の放送メディア 8Kスーパーハイビジョンの図
近未来の放送メディア 8Kスーパーハイビジョン
提供:日本放送協会


※1 The London Organising Committee of the Olympic and Paralympic Games
※2 ハイビジョンの16倍の超高精細映像と、22.2マルチチャンネルの三次元音響により、その場にいるような高臨場感を実現する次世代の放送メディア

コラム特‐2 夢の超特急 世界的な鉄道復権の立て役者
 平成26年(2014年)は、東京五輪の際、我が国の復興・発展を世界に示した夢の超特急、東海道新幹線が開業してからちょうど50年に当たる節目の年である。本コラムでは、日本の高度経済成長に大きく貢献し、また、当時、航空機や自動車の台頭により世界的に斜陽産業といわれていた鉄道に新たな可能性を示した東海道新幹線の世界に誇る鉄道技術について紹介する。

夢の超特急 東海道新幹線の写真
夢の超特急 東海道新幹線
提供:東海旅客鉄道株式会社

 昭和39年(1964年)10月に登場した東海道新幹線は、世界初の200km/hを超える高速鉄道として東京-大阪間で開通した。新幹線開業以前には東京―大阪間は6時間30分を要したが、東海道新幹線の登場により、所要時間は約4時間に短縮され、飛躍的な高速化を実現した。
 このような高速の列車をいかにして安全に運転するかは大きな課題であった。200km/hを超える高速運転中に信号機を視認することは極めて困難である。このため、車内信号方式による速度信号現示を行い、信号現示より高い速度で運転されている場合は、自動的に速度を減速させる自動列車制御装置(ATC: Automatic Train Control)を導入した。
 また、エレクトロニクス技術を活用し、全列車の位置を運転指令室の表示盤に一目で分かるように表し、指令室で各駅のポイントを集中的に操作して、列車の運転管理業務を効率化する列車集中制御装置(CTC: Centralized Traffic Control)を導入した。新幹線のような長距離の高速列車の複線では、世界で初めての導入であった。
 そのほか、高速化に伴い課題となる空気抵抗を低減させる設計技術、小型のモーターを各車両の台車に分散させる列車の駆動方式の採用、乗り心地の向上と軌道破壊(レールとレールの継ぎ目の破壊)対応のためのロングレール化など、我が国の土木、機械、電気、材料等の様々な分野の科学技術の粋を集め、「夢の超特急プロジェクト」は成功し、我が国の技術力の高さを東京五輪の際に世界へ示すことができた。さらに、東海道新幹線は、フランスやドイツの高速列車開発の契機となり、世界的な鉄道復権の立て役者にもなった。

1 2020年、我が国が目指す社会とは-科学技術の果たす役割

 東日本大震災により露見したエネルギー安定供給の脆弱(ぜいじゃく)性、どの国もこれまで経験したことのない超高齢化など、我が国は様々な課題を抱えている。しかし、今まで、幾多の課題を科学技術の力で克服してきた。例えば、日本は1970年代に二度のエネルギー危機に直面したが、各産業が必死にエネルギーの効率化に取り組んだ結果、エネルギー危機を乗り切った。
 我が国が現在抱えている課題は、いずれ各国が直面するものである。課題先進国として、我が国の科学技術力を活用することで課題を解決し、どのような社会を築けるのか、2020年は、世界にその将来像を示す絶好の機会である。また、大会の機会を活用して最新の科学技術が課題を解決した姿を世界へ発信することは、我が国の産業の世界展開や海外企業の対日投資等を喚起し、日本の経済成長を強力に推進する機会ともなり得る。
 また、オリンピック・パラリンピック開催国として、自然災害やテロ等に対する安全性を確保し、さらに、外国人、高齢者及び身体障害者を含め、皆が楽しめる大会の運営を行う責務がある。我が国の最先端の科学技術を活用し、先祖代々受け継がれながら、現代の日本の文化にも深く根付いている「おもてなし」を提供することが期待される。
 以下、科学技術を活(い)かして、2020年、世界にどのような未来社会像を提示することが可能なのか、「持続可能な社会」「安全・安心な社会」「高齢者・身体障害者に優しい社会」「おもてなしの国、日本」「皆がワクワクするオリンピック・パラリンピック」の5つの領域から提示する。

(1)持続可能な社会

 これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会は我々に豊かさと利便性をもたらした。しかし、人類の社会経済活動は、環境の持つ復元能力を超え、公害や自然破壊をはじめとする環境問題を引き起こしている。今を生きる我々は、恵み豊かな地球環境を次世代に引き継ぐ責務があり、環境負荷がかかる大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会から脱却し、持続可能な社会への移行が求められている。2020年は、温室効果ガス排出削減の目標年であるとともに、新たな法的枠組みが発効する年であり、日本の最先端の環境技術を活(い)かし、大会を通じて、環境先進国日本を世界にアピールすることが期待される。

1.水素技術

 水素の製造・輸送・貯蔵・利用技術の研究開発が加速化され、発電、熱利用、自動車など日常生活や産業活動において水素エネルギーの利用が拡大していると想定される。
 水素は、水や多様な一次エネルギー源から様々な方法で製造することができる。また、気体、液体及び固体(合金に吸蔵(きゅうぞう))というあらゆる形態で貯蔵・輸送が可能であり、利用方法次第では高いエネルギー効率、低い環境負荷等の効果が期待できるものである。こうしたことから、「エネルギー基本計画」(平成26年4月11日閣議決定)においても、「水素は、将来の二次エネルギーの中心的役割を担うことが期待される」、「“水素社会”を実現していくためには、水素の製造から貯蔵・輸送、そして利用にいたるサプライチェーン全体を俯瞰(ふかん)した戦略の下、(中略)厚みのある多様な技術開発や低コスト化を促進することが重要である。」としている。そして、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会において、大会運用の輸送手段として燃料電池自動車が活躍することができれば、世界が新たなエネルギー源である水素の可能性を確信するための機会となる」ことも見据え、水素を本格的に利活用する社会、「水素社会」の実現を目指す方針を打ち出している。
 「水素社会」を実現するために、家庭用燃料電池、燃料電池自動車及び水素供給インフラ等の既に実用段階にある技術の普及に向けた取組や、将来的な活用に向けて、水素を更に取扱いが容易で安全性に優れたエネルギーキャリアに転換し利用する技術開発等が期待される。
 また、特に燃料電池自動車(※3)に関しては、「日本再興戦略」(平成25年6月14日閣議決定)において、平成27年の燃料電池自動車の市場投入に向けて4大都市圏を中心に100か所の水素ステーションを整備し、世界に先駆けて普及させることを目標に掲げている。
 水素社会実現は、水素が、様々なエネルギー源から製造でき、また、利用段階では二酸化炭素を排出しないなど、我が国のエネルギーセキュリティ向上や環境負荷の低減に資する。また、燃料電池や水素タンクに用いられる炭素繊維などの技術は、現時点では、我が国の企業が世界をリードしており、将来的な市場の成長も見込めることから、産業政策上の意義も大きい。


※3 燃料電池自動車は、燃料電池で水素と酸素の化学反応によって発電した電気エネルギーを使って、モーターを回して走る自動車。ガソリン車が、ガソリンスタンドで燃料を補給するように、燃料電池自動車は水素ステーションで燃料となる水素を補給。燃料電池自動車は、既存のガソリン車と同程度の機能を持ち、実用化水準をほぼ達成している。走行中の排出は水のみであり、電気自動車と比べて航続距離が長く(500km以上)、充填時間が短い(3分充填)

2.2020年東京大会で活(い)かされる環境技術

 東京都は、「2020年東京オリンピック・パラリンピック環境ガイドライン」を策定し、大会準備期間中から開催時、閉会後、レガシーとして残すまでの全サイクルを網羅し環境に配慮することとしている。カーボンニュートラルな大会を実現するため、省エネルギー、太陽光発電、電気自動車やハイブリッド車などの環境に配慮した車両、水質浄化、建築物の特殊緑化など、日本で実証済みの環境技術について、競技会場・選手村等に採用し、大会開催を梃子(てこ)にして、環境技術の展開を図るとともに、実現可能な環境保護と持続可能な対策を世界に示すことを目指している。

(2)安全・安心な社会

 オリンピック・パラリンピック開催期間中は、招致国として、人為的災害、自然災害など広範なリスクに対して、モニタリング、予測、検知、防止など様々な段階で対応策をとらなくてはならない。また、自然災害等に備えるため、老朽インフラの適切な維持管理も求められる。さらに、開催期間中、多数の人が東京を訪れるため、快適かつ安全な移動手段が整備されていることが望まれる。

1.自然災害対策のための科学技術

 2020年頃には、気象現象により発生する大規模な自然災害から人的被害を未然に防ぐため、気圏、水圏及び地圏を全国規模で高精度に観測する技術が開発されていると予想されている。
 また、災害発生時、被災者を速やかに発見し救助を支援できるような、人間の知覚能力を超えた視覚・嗅覚・聴覚等を有するロボットが活躍していると想定される。災害対応ロボットは、移動技術、センシング技術、情報技術等の様々な科学技術の集合体であり、災害対応ロボット技術の強化は、我が国の機械産業全体の技術基盤の底上げにも寄与すると考えられる。

2.インフラ関連技術

 我が国では、高度経済成長期に建設されたインフラの高齢化が進む中で、平成24年の中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故のような重大な事故リスクが顕在化するとともに、維持管理・更新費の急激な高まりが懸念されている。このような状況下、事故を未然に防ぎ、インフラのライフサイクルコストを最小化するために、新技術を活用したインフラ管理が必須である。
 インフラ管理に資する技術として、2020年頃には構造物の劣化度、寿命、更新時期を知らせる半永久的な埋め込み型センサー技術が実現していると予想されている。また、老朽化したインフラや自然災害の被害を受けた危険箇所の点検・補修等を行うロボットも技術開発されていると想定されている。
 一方、我が国の交通情勢を見ると、平成25年の交通事故発生件数は約63万件であり少なくない。2020年には、自動車内に各種センサーが配備され、一般道における追突事故や出会い頭の衝突事故などを未然に防ぎ、かつ、エンジンやタイヤなどの故障の予知が可能となる運転システムが開発され、より安全に移動できる社会が実現していると予想されている。

3.テロ対策技術

 テロ対策技術に関しては、平成24年、株式会社日立製作所が、日本信号株式会社及び山梨大学と共同で、爆発物の探知装置を内蔵した搭乗券読み取り装置(搭乗ゲート)の試作に成功した。試作した搭乗ゲートは、搭乗券として使われるICカードや携帯端末に付着した微粒子を効率的に採取し、搭乗ゲートに内蔵した装置によって分析することで爆発物成分の有無を1~2秒で探知することができる。従来は、空港などのゲートで不審者の手や荷物を拭(ふ)き取った後、成分の検出作業を行っており、人手や時間がかかったが、本装置が導入されると、短時間で爆発物成分を自動で検出することができる(図1)。

図1/爆発物探知装置を内蔵した搭乗ゲート

(3)高齢者・身体障害者に優しい社会

 世界人口の平均年齢は徐々に上昇している。2013年において、60歳以上の人口は、世界人口の11.7%であるが、2050年には21.2%に到達すると予想されている(※3)。我が国は、65歳以上の総人口が25%を既に超えている高齢化先進国であり、高齢者にとって優しい社会を国際社会に先駆けて提示することが求められている。


※3 Profiles of Ageing 2013(United Nations)

1.モビリティ技術

 実現することが期待される社会像の一つとして、「高齢者がいきいきと暮らせるモビリティ社会」が挙げられる。地域の手軽な移動の足としての機能を持つ超小型モビリティ(※4)や、高齢者になっても、自動車の運転を不安なくできるような、加齢による認知・判断の遅れや操作の衰えを補う運転支援技術の研究開発を推進していくことが必要である。
 現在、名古屋大学等が中心となって、周囲の自動車、自転車及び歩行者などの位置情報をリアルタイムで解析し、次の動きを予測して運転手に伝え、歩行者の飛び出しや出会い頭の交通事故を防ぐことを目指した運転支援技術開発が進められている。また、運転中のドライバーの脈拍などの生体情報、表情などの画像情報、運転操作の行動情報などを計測し、ドライバーが健康な状態で運転しているかどうかを確認する機能の技術開発も進められている。
 運転支援技術に関しては、現在、我が国が世界をリードしており、世界で初めて、ステレオカメラのみで、前方の先行車や障害物に衝突する危険を認識し、危険が迫った場合には自動ブレーキによって減速・停止させる制御技術の開発に成功した。また、道路上の白線を高精度カメラで検知し、車線維持をサポートする装置が既に製品化されている(図2)。

図2/運転支援技術

 超小型モビリティに関しては、快適性やバイク並みの手軽さを両立した新しい乗り心地を実現した3輪式モデルが開発され、我が国をはじめ、欧州においても、超小型モビリティ実証実験が開始されている(図3)。

図3/超小型モビリティ

 運転支援技術が導入された超小型モビリティが普及し、高齢者を含むあらゆる世代が気軽に、かつ、安全に移動できる手段が確保されることで、高齢化等に伴う移動制約・外出機会の減少等の問題が解決されることが期待される。


※4 自動車よりコンパクトで小回りが利き、環境性能に優れ、地域の手軽な移動の足となる1人~2人乗り程度の車両

2. 情報通信技術

 情報通信技術(ICT)を活用した見守りに関しては高齢者からの需要が大きい。背景として、我が国における高齢者の単独世帯数の急激な増加が挙げられる。平成26年4月に国立社会保障・人口問題研究所が公表した「日本の世帯数の将来推計(都道府県別推計)」によると、平成32年(2020年)における全国の高齢世帯のうち単独世帯の数は、平成22年(2010年)と比較して34%増加すると予想されている。最も単独世帯数の多い東京都では、平成22年の65万世帯から平成32年は85万世帯となり、平成47年には100万世帯を超える。
 一人で暮らしている高齢者の中で、孤立死に対して不安を持っている人は少なくない。平成25年3月、内閣府が公表した「高齢者の健康に関する意識調査」によると、誰にも看(み)取られることなく、亡くなったあとに発見されるような孤立死(孤独死)を身近な問題だと感じる(「とても感じる」と「まあ感じる」の合計)人の割合は、60歳以上の単身世帯では4割を超えている。また、平成25年5月に総務省が公表した「ICT超高齢社会構想会議報告書」によると、高齢者の60.8%が、「家の中にセンサーを設置し、人が倒れた、人の動きがない等の異常時に警備員がかけつけて安否を確認するサービス」を今後利用したいICTサービスとして挙げている。
 高齢者の孤立死を防ぎ、高齢者が不安なく毎日を暮らせるような社会の実現は急務である。現在、超小型高性能なセンサーにより、日常生活の中から行動や心身の情報をさりげなく収集し、常に家族の生活様態や健康状態を把握できるような高齢者の見守りを可能とする技術開発が進められている。

3.障害者を支援するための科学技術

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会招致段階で作成した立候補ファイルでは、コンセプトの一つとして、「全てのひとを差別なく社会に取り込み、障害者のニーズと興味に思いをはせることで、より良い世界を築き、社会全体により明るい未来をもたらすことができる、というメッセージをパラリンピック競技大会を通じて示すこと」が挙げられている。パラリンピック開催は、身体障害者の社会進出を促す技術開発が、広く生活者の質を向上させることを示す良い機会である。

図4/HAL

 障害者を支援するための科学技術の事例としては、筑波大学発の未来開拓型企業であるCYBERDYNE(サイバーダイン)株式会社が開発した、人間の身体機能を改善・補助・拡張できる世界初の装着型自立動作支援ロボットである「ロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb)」が挙げられる(図4)。HALは、装着者が身体を動かそうとする時に皮膚表面に漏れ出てくる運動意思を反映した生体電位信号を読み取り、その信号を基にパワーユニットを制御する随意制御と、あらかじめ蓄えておいた人の基本運動データベースから自律的に動作プログラムを組み立てて支援する自律制御を融合することによって、運動機能が低下した人の身体機能を改善補助する。
 また、経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構が実施する「生活支援ロボット実用化プロジェクト」で得られたHAL等の生活支援ロボットの安全性に関する成果が、平成26年2月、国際標準化機構(ISO)に採用され、国際安全規格ISO13482が発行された。福祉用のHALについては、世界に先駆けて平成25年2月に一般財団法人日本品質保証機構によってISO/DIS13482を取得している。
 HALは、介護福祉の領域のみならず、医療分野へも展開されている。2013年(平成25年)6月、HALは、ロボット治療機器として世界で初めて医療機器CEマーキング(※5)を取得し、EUにおける販売が自由にできるようになった。さらに、同年8月には、HALによる機能改善治療に対して、ドイツの公的労災保険の適用が開始された。今後、我が国のロボット技術が医療の場でも大いに活用されることが期待される。

図5/失われた身体の補完を超えた美しい義足

 また、機能性と美しさを両立した「機能美」を備えた義足の開発も進められている(図5)。現在進められている技術開発はアスリートを対象とするものであるが、この研究で進められている製造プロセスの革新により、広く日常用の義足も「機能美」を備えたものになることが期待される。失われた機能を補完するだけでなく、美しさといったプラスの価値を付加することで、障害者が、障害を隠すことなく、より積極的に社会参画することを後押しすることにもつながる。喪失から新たな価値を創造し、明るい未来を築くことに科学技術が貢献していることを示す一例である。


※5 CEマーキングは、基本的に欧州連合(EU)地域に販売(上市)される指定の製品に貼付が義務付けられる基準適合マークである。

(4) おもてなしの国、日本

 オリンピック・パラリンピック開催期間中は、国内外から様々な人々が観戦のために東京を訪れる。その際に、国籍にかかわらず、オリンピック・パラリンピックや観光を楽しめるような「おもてなし」が必要とされ、それに資するサービス科学等の推進が求められる。

1. おもてなし技術

 外国人に母国語による情報提供を可能とする「言葉の壁」がない社会、そして、さりげなくも行き届いた「おもてなし」社会の実現が挙げられる。2020年には、言語だけでなく文化的背景や地名・人名などの固有名詞なども学習し自動翻訳するシステムの利用が可能となっていると予想されている。
 また、現実世界の隅々にまでセンサーが配備され、日本全国の現実空間全体の情報をネットワークを通して検索できるようになり、検索キーで指定した任意の地点の気象状況、風景等を知ることができるようになると想定されている。
 さらに、人間が求めているサービスをライフログ(※6)から解析し、必要な情報を必要な時に提供することを可能とする認識技術が実現していることが予想される。
 既に、現実世界に文字、図形、音声などのデジタル情報を重ね合わせる、ICT技術の一つである拡張現実(AR:Augmented Reality)を用いた、訪日外国人に対する分かりやすい案内情報提供の試みが地方公共団体でなされている。
 AR技術は、外国人向けの案内情報提供だけでなく、様々な情報提供ツールとして活用することができる。例えば、市街地の公共空間において、その場所の昔の風景を全天周映像で個人所有のタブレット端末に提示し、現在の風景に重ね合わせて鑑賞・追体験のできる屋外ARシステムなど興味深い取組も進んでおり、この技術を活用して、昔の東京を訪日外国人に知ってもらうこともできるかもしれない(図6)。
 また、地方公共団体等では、「おもてなし」の一役をロボットが担っており(図7)、好評を博している。2020年のオリンピック・パラリンピック会場では、訪日者に母国語で「おもてなし」をしてくれるロボットの活躍が期待される。

AR技術による案内情報提供ツールの今後の展開イメージ

図6/屋外ARシステム

図7/おもてなしロボット


※6 パソコンや携帯端末などで取得・蓄積された活動記録(行動履歴)情報を指す。
※7 東京都の支援により多摩地域の産業振興のために設立されたロボット産業活性化推進機構(運営:青梅商工会議所)による取組。その一環として、「コンシェルジェロボット」をVECTOR株式会社が平成25年に製作。同ロボットは、南デザイン株式会社(東京都青梅市)が製作に協力し、株式会社クレアンスメアード(東京都青梅市)、有限会社テクノム(同)、首都大学東京システムデザイン学部がアプリケーション開発を手がけた。レンタサイクルショップ(東京都奥多摩町)に設置され、頭部のタブレット端末上に、利用者の希望に応じたサイクリングコースを提示する。(参考:http://www.omecci.jp/somu/news/2013/201308/201308.htm#6 )
※8 日野市が国民体育大会等での活用を視野に、平成25年に市内の中小企業6社と首都大学東京、東京都立産業技術研究センター等と協力して製作。市の鳥「かわせみ」をモチーフとし、親しみやすい形状と呼吸をイメージさせる光の効果により、来場者が自然と触れたくなるデザインになっている。頭部を撫(な)でると、近くに設置したモニターに地域の観光情報等の様々な情報を表示する。
(参考: http://www.city.hino.lg.jp/index.cfm/198,116642,322,1911,html)

(5)皆がワクワクするオリンピック・パラリンピック

 オリンピック・パラリンピック競技大会は4年に一度の世界的なイベントであり、観戦に来た一人でも多くの人にトップアスリートの活躍する姿を通し、感動に触れてもらいたい。そのためには、いつでも、どこでも、誰でも臨場感ある観戦ができるような技術開発が期待される。

(映像技術)

 映像技術を活用することで、どこにいても、まるでオリンピック・パラリンピック会場、又は、選手のすぐそばにいるかのような感覚を得ることができる。
 例えば、ホログラフィー(立体的な写真を撮ったり、観(み)たりするための技術)という映像技術を活用し、東京の街中で、選手の競技している姿をリアルタイムで映し出すことにより、従来の「鑑賞するオリンピック・パラリンピック」ではなく、新しい「体感型のオリンピック・パラリンピック」を実現することができる。街中のビル群の中で、棒高跳びで選手がビルの何階まで高く飛び上がっているか間近で見られると、その技術力の高さをより実感することができる(図8)。また、ホログラフィーを用いた映像は繰り返し再現ができるため、映像上で、100m走で金メダルを獲得した選手の隣のレーンで一緒に走り、世界級の速さを体感することも可能となる。

図8/Holograms in the City/街の中でのスポーツ観戦

コラム特‐3 夢ビジョン2020
 2020年を単にオリンピック・パラリンピックの開催年とするのではなく、日本の将来に向けた変化の“大きなうねり”とすることが必要である。では、そのために、我々は2020年東京オリンピック・パラリンピックをどう「理解」し、そのためにどう「動く」べきなのであろうか。また、課題先進国として、世界にどのようなアピールができるのであろうか。
 文部科学省では、下村文部科学大臣兼東京オリンピック・パラリンピック担当大臣のイニシアティブの下、省内の中堅・若手職員が中心となって、2020年を新たな成長に向かうターゲット・イヤーとして位置付け、東京だけでなく、日本社会を元気にするための取組について検討を進め、「夢ビジョン2020」として平成26年1月に取りまとめた。
 「夢ビジョン2020」では、省内職員からの約350件にも上る提案のほか、市民とのワークショップや、若手のアスリート、アーティスト、研究者、産業界などとの集中的な意見交換を通じて、2020年に向けた「夢」を語り合い、大会成功のコンセプトとして、『オリンピック(※9)の感動に触れる。私が変わる。社会が変わる。』を導いている。また、具体的に、2020年に向けて、日本人・日本社会がどのように転換すべきかについては、1.勤勉に加え、世界に誇る志と想像力による、革新的な「価値創造社会」の実現、2.革新的でありながらも伝統を重視する文化力を更に強化し、世界へ発信、3.成熟社会国家として世界の手本になるべく、変化に適応する「動的全体最適」な仕組みの構築、を挙げている。このように我が国を変革するに当たり、科学技術の観点からどのような寄与が有り得るのか、以下、「夢ビジョン2020」で提案された具体案を紹介する。

提案1.オリンピックでみんなの“夢”を実現・共感
(社会を変革する“夢”のある研究開発促進)
・「2020年に実現したい夢・シェアしたい価値観」があり、「直面する社会的課題」にも対応した社会を変革する研究開発課題を抽出し、研究開発を加速する。

『オリンピックの感動に触れる。私が変わる。社会が変わる。』 夢ビジョンの図

(2020年を目標に、「最もイノベーションに適した国」へ)
・若手・外国人・女性研究者が“研究したい国”の実現を目指し、例えば、研究開発した技術の公道等での社会実証の実施や外国人研究者・家族の来日などに際し、隘路(あいろ)となっている規制を、関係府省とも連携して見直す。

提案2.日本の先端科学技術やイノベーターを世界に発信
(“Research in Japan”キャンペーン)
・先端科学技術を日本の魅力として発信する。「夢ビジョン2020」公表後すぐに、リーフレットを作成し、諸外国の国際会議等で配布するとともに、文部科学省ウェブサイト(英語版)に“Research in Japan”ページを開設し、我が国で活躍する外国人研究者の成功例などの発信に着手している。
(世界の子供・市民に好奇心、興奮そして夢を)
・国内のサイエンス・ミュージアムや大学、企業等関係機関から成るネットワーク組織を形成し、デザイナー等と一緒にこれまでにない新しい展示方法の開発を行いながら、日本の最先端科学技術発信のためのコンテンツの製作、国内外のミュージアムでの巡回展示、2020年の特別企画展開催など、より効果的で戦略的な発信を組織連携により行う。
・スポーツだけでなく、科学好きの子供たちも切磋琢磨(せっさたくま)する場を提供する。具体的には、2016年(平成28年)の国際地学オリンピック、2022年(平成34年)の国際物理オリンピックの日本開催が決定するなど、国際科学オリンピックの2020年前後の日本開催に向けた検討が進められている。

『オリンピックの感動に触れる。私が変わる。社会が変わる。』 夢ビジョンの図


※9 コラム特-3中、「オリンピック」はオリンピック・パラリンピックの両方を含む。

コラム特‐4 将来の最先端医療・ヘルスケアの姿
 最近、スマートフォンやタブレットに続く次世代デバイスとしてウェアラブルコンピュータが注目を集めている。ウェアラブルコンピュータとは、身に着けて持ち歩くことができるコンピュータのことを意味する。Google社が開発したウェアラブルコンピュータ、眼鏡型情報機器「グーグル・グラス」は、多くの人が新聞などで一度は目にしたことがあるだろう。我が国の企業も負けてはいない。国内大手電機メーカーは、平成26年1月に、専用アプリと組み合わせることにより歩数や睡眠時間等のライフログを記録できるリストバンド型の商品を発表した。

スマートウェアの写真

 これからは、個々人が特に意識せずに、ただ、身に着けているだけで、心拍数、血圧、血糖値、消費カロリーなどの生体情報に関連する情報を収集することができるようになり、また、そのデータに応じた健康サポートサービスを日常的に受けられるようになるだろう。集められた多くの人のバイタルデータをビッグデータに取り込み解析することにより、オーダーメイドの疾病予防サービスなども可能となるだろう。究極のウェアラブルは、身に着けていることすら感じさせない端末や、体内埋め込み型の端末である。現在、単位面積当たりの重さが3g/m2と軽く、厚さが2μmと羽毛よりも軽くて柔らかいセンサ・シートから生体情報をとる、といった研究開発もなされており、今後の展開が期待される。

羽毛より軽くて柔らかいセンサーシステムの写真

 日頃、健康に気を配っていても、予期せぬ疾病・外傷により、生体機能が損傷することがある。治療法として、幹細胞などを用いて損傷を受けた生体機能を復元させる再生医療が挙げられる。平成25年2月に、文部科学省が公表した「今後の幹細胞・再生医学研究の在り方について」のiPS細胞研究ロードマップによると、iPS細胞を用いた再生医療は、平成25年8月から臨床研究が開始された網膜色素上皮細胞を皮切りに、今後随時、ヒトへの臨床研究が開始される。
 iPS細胞の生みの親である、山中伸弥京都大学iPS細胞研究所長は、2020年までに達成する目標を以下のように掲げている。

  1. iPS細胞の基盤技術を確立し、知的財産を確保する。
     成熟した細胞が様々な細胞に変化できる未分化の多能性幹細胞に戻す「初期化」のシステムを解明するとともに、当該技術を普及させるため知的財産を確保する。
  2. 再生医療用iPS細胞ストックを構築する。
     事故による脊髄損傷患者など、一日でも早く移植が必要な患者に対し、拒絶反応が起きにくいiPS細胞を予(あらかじ)め作成しておき凍結保存する。
  3. 前臨床試験を行い、臨床試験を目指す。
     パーキンソン病などiPS細胞を用いて治療できる疾患の臨床試験を実施する。
  4. 患者由来のiPS細胞による治療薬の開発に貢献する。
     特に希少難病の治療薬をiPS細胞を活用して開発する。

ips細胞研究ロードマップの図

 また、3次元のデータを基に複雑な立体物を簡単に複製できる「3Dプリンター」を応用した再生医療の研究開発も進められている。バイオ3Dプリンターを活用することにより、培養容器内に固定された剣山の針に、3Dデータに従って細胞塊を次々と差し込み、目的の組織・臓器の3次元形状を造形することができる。平成26年1月には、佐賀大学と東京のバイオベンチャー企業が共同で、3Dプリンターを活用し、患者の皮膚由来の細胞から血管を作成する技術を発表した。再生医療は、従来では治療困難であった疾患に新たな治療の途(と)を開くものであるため、最先端の再生医療の恩恵を、一日でも早く、多くの人が享受できるように、研究開発を加速させることが必要である。

バイオ3Dプリンティングの画像

2 オリンピック・パラリンピックとともに、フロンティアを切り開き2020年に結実するプロジェクト

 ここでは、オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される2020年に結実するプロジェクトである、小惑星探査機「はやぶさ2」の宇宙からの帰還、スーパーコンピュータ ポスト「京(けい)」の完成を紹介する。

(1)2020年、「はやぶさ2」宇宙から帰還

 宇宙分野におけるフロンティアの開拓は、人類の知的資産の蓄積につながる。平成15年に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」は、世界で初めて地球重力圏外にある天体(小惑星イトカワ)の固体表面に着陸し、その表面物質を持ち帰ることに成功した。イトカワは、日本のロケット開発の父である故糸川英夫博士にちなんで名付けられた。平成22年6月13日、幾多のトラブルを乗り越え、7年もの旅を終えて帰還したその姿に感動した人も少なくないだろう。
 また、はやぶさが持ち帰った微粒子サンプルの分析により、世界で初めて、小惑星イトカワの物質構成と形成の歴史が解明され、その成果はアメリカの科学雑誌Scienceが毎年発表する、科学分野における10大成果に選ばれるといった快挙を遂げた。

「はやぶさ」とカプセルの光跡の画像

 その後継機に当たる小惑星探査機「はやぶさ2」が平成26年に打ち上げられ、2020年に宇宙から帰還する。「はやぶさ2」は、地球、海、生命材料物質の起源を探るため、鉱物に加えて水・有機物の存在が考えられている前回のイトカワよりも原始的なC型小惑星をターゲットとする予定である。主たるミッションは、サンプル採取である。衝突体を衝突させ人工的にクレーターをつくることで、太陽光や太陽風にさらされていない内部物質の観測を行うとともに、クレーターからの試料採取を試みるなど、新しい技術に挑戦する。
 C型小惑星からのサンプル回収は、成功すれば世界初となる。サンプル回収ができれば、太陽系が生まれた今から約46億年前に存在していた水や有機物の起源といった、太陽系の誕生の謎に迫ることができる。
 また、「はやぶさ2」は、東日本大震災の被災者をはじめ多くの国民の方々から応募いただいたメッセージ等を載せて宇宙に飛び立つことになっている。
 宇宙科学・宇宙探査の魅力は、未知・未踏への挑戦にある。2020年、ミッションを達成した「はやぶさ2」の帰還は、オリンピック・パラリンピック競技大会に比する感動と興奮を世界中の人と共有できるビッグイベントとなるだろう。

はやぶさ2の図

(2)2020年、ポスト「京(けい)」完成

 世界最高水準のスーパーコンピュータ(以下、「スパコン」という)は、世界最先端の研究成果を創出する強力なツールであり、我が国が科学技術イノベーションで激しい国際競争を勝ち抜くためには、その高度化は欠かせない。国際的にも、米国、欧州(EU)及び中国をはじめ各国が最先端の科学技術や安全・安心な国づくりに不可欠な国家の基幹技術として開発を競っている。このため、我が国も「京(けい)」をはじめとして、スパコンの開発・整備を国として強力に推進している。
 「京(けい)」は、国家基幹技術として平成18年度から開発が開始され、スパコンの計算速度世界ランキング(TOP500ランキング)で2期連続世界1位を獲得するとともに、その利用成果が2年連続でゴードン・ベル賞(※10)を受賞するなど、成果創出の観点からも高い性能を評価されたスパコンとなっている。

スーパーコンピュータ「京(けい)」の写真

 また、平成24年9月末の共有開始以来、「京(けい)」は我が国を代表する高性能スパコンとして世界に先駆けた最先端研究に利用されているのはもちろんのこと、同時に、産業競争力の強化に貢献する産業利用も拡大しており(提供する総資源量の約4分の1(※11)は産業界の参画する課題であり、これまで100企業以上に利用されている)、「京(けい)」をプラットフォームとした産学連携も活用しながら、革新的な製品開発やサービスの創出につながる研究開発が進められている。そのような「京(けい)」の利用により、心臓シミュレーション、燃料電池の材料設計、自動車の空力シミュレーションなど、優れた成果が次々と創出されており、社会的・科学的課題の解決に貢献しつつある。
 このように、国産のスパコンである「京(けい)」は、システムとしての高い性能や信頼性、使いやすさを特徴とする“成果の出せるスパコン”であり、このことは、日本の科学技術力、ものづくりの力が世界に誇るものであることを証明している。

図9/TOP500に位置付けられるスパコンの国別総計算能力の割合推移

 しかしながら、世界の総計算能力に対する我が国の計算能力の割合は、これまで「京(けい)」などの大規模システムが整備されると一時的に上昇するものの、長期的な傾向としては緩やかに減少してきている(図9)。したがって、「京(けい)」よりも更に能力の高いスパコンの開発により、副作用の少ない画期的な新薬の開発促進や広域複合災害の被害予測等、更に多くの社会的・科学的課題の解決が期待される。
このような中、今後ともスパコンが我が国の競争力を生み出していくため、文部科学省は、エクサ(※12)スケールコンピューティングの実現を目指し、2020年までに「京(けい)」の次を担うポスト「京(けい)」を開発するプロジェクトに平成26年度より着手する。また、ポスト「京(けい)」よりも規模は小さいものの異なる特性を有し、ポスト「京(けい)」を補完するようなスパコンを複層的に整備することで、それらスパコンとポスト「京(けい)」の総体で、「京(けい)」を持ってしても解決困難な社会的・科学的課題に挑戦する。
 2020年、ポスト「京(けい)」が本格運用を開始し、それを補完するスパコンともあいまって、次々と人類社会が直面する課題の解決に貢献する成果を創出していくことにより、我が国は、科学技術イノベーションで世界をリードしていくことを目指している。


※10 米国計算機学会が、毎年ハードウェアとアプリケーションの開発において世界最高の成果を上げた論文に付与する賞
※11 平成25年度当初配分実績ベース
※12 1エクサ=1,000ペタ=100京=1,000,000兆

コラム特‐5 スーパーコンピュータ「京(けい)」の次を担うポスト「京(けい)」で期待される成果
 スーパーコンピュータ「京(けい)」をはるかに超える能力を有するポスト「京(けい)」は、今までよりも大規模な計算が可能となり、より複雑な現象や課題の解決に貢献することができる。
 例えば、創薬分野では、病気の原因物質となっている標的タンパク質に結合する新薬候補物質(化学物質)をいかに効率的に発見するかが課題である。ポスト「京(けい)」では、現在、「京(けい)」で実現している標的タンパク質との結合予測だけでなく、複数のタンパク質との結合を同時に解析できるため、副作用の効果も含めた予測が可能となり、画期的な新薬の開発につながることができる。

複数タンパク質への新薬候補物質の作用を解析の図

 また、防災・減災分野では、現在、「京(けい)」により、災害に強いまちづくりやハザードマップ作成等の防災対策に資する津波の到達予測シミュレーションが行われている。ポスト「京(けい)」では、これまで個別にしか実施できなかった地震の発生・伝(でん)播(ぱ)、都市全体の揺れ、構造物への被害、津波の発生・遡上などのシミュレーションを統合して、広域複合災害の被害予測を更に高い精度で行うことが可能となり、一層きめ細やかな防災・減災対策に貢献できる。

全体を一連のものとしてより高精度でシミュレーションの図

 このほか、自動車設計における空力・燃焼・衝突などの個別シミュレーションを統合することによる、実験だけでは達成し得ない製品開発の実現や、宇宙の大規模構造形成から銀河形成等に至る宇宙全体シミュレーションによる銀河系の起源や進化の解明など、様々な社会的・科学的課題の解決に貢献し、世界に先駆けた画期的成果の創出が期待される。

3 アスリートを支える科学技術

 トップアスリートの活躍は、国民に誇りと喜び、夢と感動などをもたらす。このアスリートの活躍を陰で支えているのが、我が国の世界最先端のスポーツ医・科学等である。また、オリンピック・パラリンピック競技大会をはじめ、全てのスポーツ競技が重んじるフェアプレーの実現にも科学技術は貢献している。ここでは、トップアスリートを支えるスポ-ツ医・科学等、スポーツ界の公正性向上に資する科学技術等について概観する。

(1)トップアスリートを支えるスポーツ医・科学等

 文部科学省では、メダル獲得が期待される競技をターゲットとして、アスリート支援やスポーツ医・科学の研究開発等について、多方面から専門的かつ高度な支援を戦略的・包括的に実施する「マルチサポート事業」を、平成20年度から実施している。平成26年度は、オリンピック競技に加え、パラリンピック競技について、具体的な支援内容の分析等を行いつつ、トライアルを実施することとしている。
 ロンドンオリンピック競技大会に向けて実施された「マルチサポート事業」の研究開発の成果例として、レスリング競技における試合映像即時フィードバックシステムが挙げられる。まず、サポートスタッフが競技映像を撮影し、専用ソフトウェアによる映像編集を行う。その映像に様々な情報が付加された状態で選手、コーチに配信され、タブレット端末を用いて即時に閲覧することができるシステムになっている。スキル面やフィジカル面において強豪国との差がなくなっているレスリング競技においてメダルを獲得するためには、即時映像を活用した戦術・戦略の立案が不可欠である。このシステムを活用した結果、全競技を通じて日本人女子選手として初の3連覇を達成するなど、レスリング競技において合計6個のメダルを獲得している。
 国立スポーツ科学センター(JISS(※13))では、競技現場から科学的解明が求められている課題を踏まえ、スポーツ医・科学の機能が統合されたJISSの特徴を活(い)かすとともに、競技団体や大学等とも連携し、国際競技力向上に有用な知見を生み出すための研究を実施している。
 具体例として、「酸素濃度変化を利用したトレーニング方法の開発」がある。JISSにある低酸素・高酸素関連施設を活用して、短期間で効果が得られるトレーニング方法を開発し、選手の競技パフォーマンスの向上に有用であるかなどを検証している。その結果、5日間の低酸素宿泊によって低酸素環境適応が得られ、睡眠の質が向上すること、高酸素環境下での高強度インターバルトレーニング(※14)は有酸素性能力の改善に効果的であることなどが示されている。
 また、JISS内に設置されている「ハイパフォーマンスジム」では、低酸素トレーニング室や、気化した液体窒素を使用してマイナス170~130℃の筒形マシンに2~3分入ることによって体の回復能力を高める超低温リカバリー室を併設するとともに、特殊なトレーニングの実施や新たなトレーニング方法の開発を行っている。
 さらに、「風洞実験棟」では、自転車等のトレーニングの実施や、様々な空力環境を想定したシミュレーショントレーニング方法の開発を行っている。
 2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会において、我が国の最先端のスポーツ医・科学等による支援が功(こう)を奏し、日本人競技者の活躍が世界中の人々に夢と希望を与えられるような大会になることが期待される。

風洞実験棟でのトレーニングの写真

ハイパフォーマンスジムの写真


※13 Japan Institute of Sports Sciences
※14 近年、短期間で持久性運動パフォーマンスが向上するトレーニングとして注目されており、30秒間全力ペダリング運動を4分間の休息を挟んで5-7セット行うもの

(2)スポーツ界の公正性向上に資する科学技術

 近年、ドーピング技術が急激に高度化・巧妙化している。こうした状況に対処するための研究・技術開発が国際的に急務となっている。こうしたことから、我が国では、血液採取によるドーピング検査やアスリート・バイオロジカル・パスポート(※15)等の検査技術・解析技術の確立を目指し、平成25年度より「血液採取によるドーピング検査技術研究開発事業」を実施している。
 また、最先端のドーピング検査機器を搭載し、国際基準に沿ったドーピング検査を可能とする移動式のドーピング検査室として、アンチ・ドーピング・ユニット(通称JADA(※16)カー)を世界に先駆け開発し、様々な競技大会にて運用している。

トイレや血液採取の施設がない競技会場でも検査可能にしたJADAカーの写真

 我が国は、世界ドーピング防止機構の常任理事国として、さらには、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催国として、クリーンなスポーツを世界へ発信するため、ドーピングの防止に関する研究・技術開発を一層奨励・促進することとしている。


※15 競技者の血液・尿を継続的に採取し、蓄積された検体データを基にドーピングを見抜く方法。禁止物質・禁止方法を使用した結果として生じた変化を様々な指標で統合的に判断する。
※16 Japan Anti-Doping Agency(日本アンチ・ドーピング機構)

(3)オリンピック・パラリンピックにおける暑さ対策

 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催期間は、オリンピックが7月24日から8月9日まで、パラリンピックが8月25日から9月6日までとなっており、猛暑となることも予想される。
 大会期間中の暑さ対策については、選手が最高のパフォーマンスを発揮できる環境の整備について、日本の技術力等を活(い)かした新たな対策が期待される。

4 選択する未来

 パソコンの父とも言われるアラン・ケイは、“The best way to predict the future is to invent it. (未来予測の最良の方法はそれを意思をもって創り出すことである。)” と言った。未来を100%予測することはできない。しかし、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年にどのような将来像が望ましいのか、その将来像を皆で描き、その将来像を実現するために努力することにより、「未来を選択」することはできる。
 文部科学省は、10年後、どのように「人が変わるべき」か、「社会が変わるべき」か、その目指すべき社会像を見据えたビジョン主導型のチャレンジング・ハイリスクな研究開発を行うプログラム、革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)を平成25年度から開始した。既存の概念を打破し、これまでにない革新的なイノベーションを創出するイノベーションプラットフォームを我が国に整備することを目的としている。本プログラムの特徴として、大学等の知を将来社会のためにどう活用していくかについて大学や民間企業等が分け隔てなく自由闊達(かったつ)に議論する「場」を重要視している点が挙げられる。

COIの概念図

 ここでは、COIの事例の一つである、「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点」を紹介する。
 本拠点では、「人々が手間やコストを意識することなく、病気から解放され、日常生活の中で自立的に健康を手にすることができる社会の実現」を目指している。今までは、高度医療機関において、限られた患者のみが最先端の医療技術の提供を受けることができた。しかし、我が国の望ましい姿は、「いつでも、どこでも、誰でも」医療技術の恩恵にあずかることができる社会である。

図10/体内情報を知らせるナノマシン

 当拠点では、全ての医療機能が人体内に集約化される「体内病院」の実現に向け、検出、診断、治療といった全ての医療機能を有するナノマシンの研究開発を行っている。ナノマシンは、体内を自立循環し、疾患情報を採取し、その情報を体外に知らせる役割を担うとともに、疾患部位を特定し、駆逐することもできる(図10)。本拠点は、スマートライフケア社会を実現するための方策について、研究開発のみならず、産学の知を社会実装に結び付けていくに当たっての医薬品審査基準等の社会システム上の課題について、23の産・学・地方公共団体が共に考える共創(きょうそう)の場となっている。
 さらに、総合科学技術会議は、平成26年より、「実現すれば、社会に変革をもたらす非連続イノベーションを生み出す新たな仕組み」をつくるため、1.資源制約からの解放とものづくり力の革新、2.生活様式を変える革新的省エネ・エコ社会の実現、3.情報ネットワーク社会を超える高度機能化社会の実現、4.少子高齢化社会における世界で最も快適な生活環境の提供、5.人知を超える自然災害やハザードの影響を制御し、被害を最小化、をテーマとして設定してハイリスク・ハイインパクトな研究を推進する、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)を開始する。目指すべき社会を実現するために、ハイリスクな研究に対してチャレンジを促す、画期的な取組である。
 一方、経済財政諮問会議の下に、専門調査会として平成26年1月に設置された「選択する未来」委員会は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年頃までに重点的かつ分野横断的に取り組むべき課題を抽出し、その課題克服に向け包括的に取組を進め、政策努力や人々の意志によって未来を大きく変えていく、すなわち「未来を選択」することを目指している。
 未来は予測できない。ならば、望ましい将来像を描き、その実現に向けて、たとえリスクがあろうとも、我が国が誇る最先端の科学技術を活用して果敢に挑み、総力を挙げてその望ましい未来を実現して世界に提示していくことが、科学技術で世界をリードし、また、課題先進国である我が国に求められている姿である。

お問合せ先

科学技術・学術政策局科学技術・学術戦略官付(制度改革・調査担当)

(科学技術・学術政策局科学技術・学術戦略官付(制度改革・調査担当))

-- 登録:平成26年07月 --