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特集2 ヒトiPS細胞等を活用した再生医療・創薬の新たな展開

  2012年10月8日、ノーベル委員会は、2012年のノーベル生理学・医学賞を山中伸弥・京都大学教授・京都大学iPS細胞研究所(以下、「CiRA」という)所長らに贈ることを発表した。日本人のノーベル賞受賞は19人目であり、生理学・医学賞としては25年前に利根川進・理化学研究所脳科学総合研究センター長が受賞して以来、2人目となる。受賞理由は、「成熟(分化)した細胞が初期化され多能性をもつことの発見」である。この成果はこれまでの常識を覆し、「細胞の運命は変えることができる」という新たな認識を世界中にもたらした。

カール16世グスタフ国王からメダルと賞状を手渡される山中教授の写真

カール16世グスタフ国王からメダルと賞状を手渡される山中教授
Copyright (C) Nobel Media AB 2012  Photo:Alex Ljungdahl

  山中教授が基礎研究を始めるきっかけは、整形外科の臨床医であった当時の「難病の患者さんを、なんとか治す方法を探したい」という強い思いからであった。また、ノーベル賞受賞後に「メダルは大切に保管しておき、もう見ることはない。また一科学者として自分がやるべきことを粛々とやっていきたい。」と述べた山中教授の言葉から、基礎原理の解明のみにとどまらず「病気の根本的原因を解明する」という意志は、ノーベル賞を受賞した後も変わっていないことが伝わってくる。ヒトiPS細胞樹立という偉大な成果を達成したものの、「まだ一人の患者さんも救っていない」という山中教授の言葉が示す通り、新たな挑戦が始まっている。

1  iPS細胞とは何か

(1)iPS細胞とは

  iPS細胞(induced pluripotent stem cells:人工多能性幹細胞)とは、体中のほぼ全ての細胞に分化し得る能力を人工的に誘導した幹細胞(※1)である。具体的には、人間の血液や皮膚などの体細胞に約2万個存在すると言われるヒト遺伝子の中のわずか4つの特定遺伝子(山中ファクター(※2))を導入し、数週間培養すると、体細胞が初期化(※3)(リプログラミング)されて多能性幹細胞に変化する。この様々な組織や臓器の細胞に分化する能力と、ほぼ無限に増殖する能力をもった多能性幹細胞がiPS細胞である(図1)。
  このiPS細胞作製方法は、比較的容易であるにも関わらず、高い再現性が得られる画期的な技術であり、幹細胞研究におけるブレイクスルーとなった。

図1/iPS細胞作製の流れ

図1/iPS細胞作製の流れの画像

資料:文部科学省「iPS細胞等研究ネットワーク  iPS細胞物語  第6回」

(2)多能性幹細胞研究の進展とiPS細胞の特徴

  再生医療とは、傷ついたり、機能を損なったりした臓器や組織に、体外で培養した細胞等を移植し、その損傷した組織や臓器の機能の復元を目指すもので、iPS細胞が樹立される以前からその研究が進められていた。
  現在、再生医療の実現に向け研究されている主な幹細胞としては、体性幹細胞(※4)、胚性幹細胞(以下、「ES細胞」という)、iPS細胞がある(表2)。

表2/再生医療研究に用いられる主な幹細胞の種類と特徴

表2/再生医療研究に用いられる主な幹細胞の種類と特徴の画像

資料:文部科学省作成


※1  複数系統の細胞に分化できる能力(多分化能)と、細胞分裂を経ても多分化能を維持できる能力(自己複製能)を併せ持つ細胞

※2  Oct3/4(オクト・スリーフォー)、Sox2(ソックスツー)、Klf4(ケーエルエフ・フォー)、c-Myc(シー・ミック)これら4つは転写因子を作る遺伝子で、山中教授らにより同定されたことから「山中ファクター」と名付けられている。

※3  既に成熟(分化)した細胞を未成熟な状態に戻すこと 一個体を形成するほぼすべての細胞種へと分化可能な能力を指す。

※4  成体幹細胞、組織幹細胞ともいう。生物の体内に見られる未分化の細胞で、無制限に分裂すなわち自己複製を行い、由来となる臓器に含まれるあらゆる種類の細胞を生み出し、潜在的には少数の細胞から臓器全体を再生させる能力を持つ。

※5  体細胞核移植技術により、細胞核を除いた卵子に体細胞の核を入れてクローン胚を作製し、生体外にて胚盤胞にまで発生させた後に樹立したES細胞のこと。患者の体細胞を用いて、ヒトクローン胚を作製した場合には、同じ遺伝情報を有し、移植時に拒絶反応が生じないES細胞を作ることが可能

  いずれも実用化に向けた研究開発の途上であり、次のような特徴と課題がある。
  体性幹細胞は、生物の体にもともと備わっており、自己の細胞を用いて組織を再生した場合には倫理的な問題や拒絶反応の心配もないことから、細胞移植における重要な細胞供給源として期待される。一方で、体性幹細胞を生体外で増殖させる際、自己複製能と分化能をいかにして維持するのかという点が研究の大きな課題になっている。

図3/ES細胞作製の流れ

図3/ES細胞作製の流れの画像

資料:文部科学省「iPS細胞等研究ネットワーク  iPS細胞物語  第5回」

  ES細胞及びiPS細胞は、生体外にて、理論上全ての組織に分化する分化多能性を保ちつつ、ほぼ無限に増殖させることができるため、再生医療への応用に注目されている。
  ヒトES細胞は、不妊治療で使われずに破棄される受精卵や胚を用いて作製する(図3)ため、子宮に戻せばいずれヒトになり得る受精卵や胚を壊さなければつくれないという生命倫理的な問題が生じる。また、受精卵の遺伝情報を受け継いでいるため、移植される患者の免疫反応により拒絶反応を引き起こす場合があるが、この点については、2013年5月に、体細胞核移植技術を用いて作製したヒトクローン胚からES細胞を作ることに成功したとの報告もあり(※6)、再生医療への応用の可能性が模索されている。
  このES細胞が抱える大きな障壁を一挙に飛び越え、再生医療実現への道を切り拓いたのがiPS細胞である。iPS細胞は、血液や皮膚などの体細胞を用いるので受精卵や胚は使用せず、この点についての生命倫理上の問題はない。更に自己細胞を用いて作製すれば拒絶反応の心配はないと考えられる。
  一方で、iPS細胞、ES細胞に共通して存在する課題として、移植する細胞・組織の中に、分化し損なった細胞が残存している場合に、腫瘍を形成するリスクがあり、現在、このリスクを低減させるための研究も進められているところである。


※6  Tachibana M(立花真仁)., et al.,(2013)
Human Embryonic Stem Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer Cell 153, 1-11
http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2013.05.006

(3)iPS細胞の初期化メカニズムの解明

  iPS細胞を医療に活かす研究を進めるとともに、基礎研究の成果に基づく技術開発も進め、これまでに腫瘍化リスクが低く、安全性の高いiPS細胞作製法や目的細胞への分化誘導法の確立、未分化なiPS細胞を排除するシステムの開発などの成果が得られている。
  平成18年に山中教授らにより4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)が同定され、体細胞の初期化を誘導する方法が明らかにされた。しかし、これら4つの遺伝子がどのようなメカニズムで既に分化した細胞を初期化するのかいまだ解明されていない。今後、iPS細胞の初期化メカニズムを解明することで、より安全かつ効率的なiPS細胞が樹立できることが見込まれており、研究の進展が期待される。
  また、iPS細胞だけでなく、ES細胞も含めた多能性幹細胞に関する基礎的な知見の蓄積も重要である。

コラム特集  iPS細胞以外の新たなアプローチ

  iPS細胞は、再生医療研究及び創薬研究等に新たな道を切り開いた。しかし、腫瘍化リスクなどへの懸念や目的細胞・組織への分化・誘導技術の確立など、移植医療に利用するために、どのような操作をすればいいか、全てが明らかになっているわけではなく、越えなければならないハードルがいまだ数多く残されている。このような問題を回避するため、iPS細胞を経ずに再生医療等の実現を模索するダイレクトリプログラミング研究も進められている。
  ダイレクトリプログラミングとは、iPS細胞を介さずに直接、目的の細胞へ転換する技術である。これまでの研究成果としては、2010年1月にスタンフォード大学Marius Werning博士らのグループがマウスの皮膚細胞に3つの遺伝子(Asc1、Brn2、Myt1)を導入すると、皮膚細胞から直接、神経細胞へ変化することを発見し、全く異なる系譜へのダイレクトリプログラミングを初めて報告した(※7)ことが挙げられる。


※7  Vierbuchen T., et al.,(2010)
Direct conversion of fibroblasts to functional neurons by defined factors Nature 463(7284):1035-41
http://dx.doi.org/10.1038/nature08797. Epub 2010 Jan 27

2  再生医療・創薬研究の現状と課題

  体中のほぼ全ての細胞に分化でき、ほぼ無限に増殖できるiPS細胞の能力は、医療へ幅広く応用できる可能性を秘めている。前述した再生医療をはじめ、創薬・疾患研究や遺伝子治療と融合した新しい医療への道を開くものとして世界中から期待されている。
  現在、本格化しているiPS細胞等を用いた医療応用について以下に紹介する。

(1)再生医療の現状と課題

1.再生医療における現在の取組

  再生医療とは、けがや病気で失った臓器や組織に体外で培養した細胞等を移植して失われた機能の一部を補うことを目的とした医療であり、上記の幹細胞を用いて行われる。
  我が国における体細胞や体性幹細胞を用いた再生医療研究の現状は、臨床研究では心不全や肝硬変、角膜損傷、脳梗塞等を対象とした治療が約70件(平成25年4月末現在)、治験では、熱傷や軟骨欠損症を対象とした製品開発が8件(平成25年4月末現在)実施済み又は実施中であり、このうち2品目が既に保険適用されている。
  iPS細胞については、理化学研究所及び公益財団法人先端医療振興財団先端医療センターが、iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞を用いた加齢黄斑変性治療の臨床研究計画を厚生労働省に申請している(後述)。その他の疾患については、心不全、血小板減少症、網膜色素変性症は平成28年度頃、脊髄損傷及びパーキンソン病は平成29年度頃に臨床研究の開始が見込まれている(平成25年2月1日  科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 ライフサイエンス委員会 幹細胞・再生医学戦略作業部会決定)(図4)。

図4/iPS細胞を用いた再生医療研究ロードマップ

iPS細胞研究ロードマップの画像

資料:文部科学省  科学技術・学術審議会  研究計画・評価分科会
ライフサイエンス委員会  幹細胞・再生医学戦略作業部会

2.再生医療における研究成果

  iPS細胞樹立という世界的な成果を真に活かすため、文部科学省は平成20年度より「再生医療の実現化プロジェクト(第2期)」を開始した。
  これまで、ヒトiPS細胞を中心とする幹細胞・再生医学研究の国内4拠点(京都大学、慶応義塾大学、東京大学、理化学研究所)を決定し、幹細胞研究一般を重点的に推進してきた(図5)。その結果、iPS細胞等幹細胞による再生医療応用及び実用化が視野に入るまでに進捗した。
  以下に、本プロジェクトにおける代表的な研究成果を紹介する。

図5/再生医療の実現化プロジェクトの実施体制

図5/再生医療の実現化プロジェクトの実施体制の画像

資料:文部科学省  幹細胞・再生医学戦略作業部会  参考資料

  京都大学では、山中教授を代表として、安全かつ効率的なiPS細胞の作製及び増殖制御に関する研究、臨床応用に向けた安全性の確保や、その評価技術の確立に取り組んでいる。iPS細胞作製方法については、ゲノム(※8)への遺伝子組み込みがなく、安全性の高い初期化因子導入法の開発や、がん遺伝子という一面を持つc-Mycの代わりとなる新たな初期化因子の発見などにより、安全性の高いiPS細胞の作製が可能になった。さらに、培養液などから異種生物由来の成分を除いた、より臨床応用への期待が高い作製方法も開発された。また、網膜、血球系、神経系、心筋等への分化誘導法の確立、安全性評価のためのゲノム安定性評価系の確立及び移植片中の未分化iPS細胞を選択的に排除するシステムの開発などの成果が生まれている。この結果、標準化iPS細胞作製のプロトコルが確立されつつある。


※8  生物のもつ遺伝子(遺伝情報)の全体を指す言葉、その実体は生物の細胞内にあるDNA分子であり、遺伝子や遺伝子の発現を制御する情報などが含まれている。

図6/ヒトiPS細胞由来神経前駆細胞移植によるマウス脊髄損傷の運動機能回復

図6/ヒトiPS細胞由来神経前駆細胞移植によるマウス脊髄損傷の運動機能回復の画像

資料:慶應義塾大学医学部・生理学教室・岡野研究室

  慶應義塾大学では、岡野栄之教授を代表として、中枢神経系を中心とした分化誘導技術の開発や、安全性確認及び治療開発研究に取り組んでおり、特に、現代医療では有効な治療法のない損傷した脊髄の再生医療に関する前臨床研究で世界の注目を集めている。平成21年に脊髄損傷モデルマウスを用いた移植実験を行い、iPS細胞から作った神経幹細胞の塊をマウスの脊髄損傷部に移植することにより、脚が麻ひしたマウスをほぼ正常に歩ける状態にまで回復させることに成功した(図6)。
  東京大学では、中内啓光教授を代表として、血液系細胞を中心とした分化誘導技術開発や、安全性確認及び治療開発研究に取り組んでいる。中内教授とともに研究を進めている江藤浩之・CiRA教授らは、平成21年にヒトiPS細胞から血小板のもとになる巨核球(※9)を作り、その巨核球から血小板を作ることに成功した。さらに、マウス及びヒトiPS細胞から造血幹細胞を作ることにも成功しており、骨髄移植やさい帯血移植に伴う拒絶反応問題の解決が期待される(図7)。

図7/iPS細胞による遺伝性出血疾患の根治治療

図7/iPS細胞による遺伝性出血疾患の根治治療の画像

資料:京都大学iPS細胞研究所(CiRA)江藤研究室

  また、iPS細胞からT細胞(※10)も作製しており、新たなT細胞の移植治療も検討されている。具体的には、まず特定の抗原(※11)(がんやウィルスなど)を認識するT細胞からiPS細胞を作る。T細胞は初期化されても抗原に対する記憶(認識)は失われないため、増やしたiPS細胞からT細胞を再度作ることで特定の抗原を認識するT細胞の大量生産が可能となり、これをがん患者等に移植すれば、高い治療効果が得られると期待される。


※9  骨髄の中に存在し直径35~160μmの骨髄中最大の造血系細胞、血小板を産出する。

※10  リンパ球の一種で、骨髄で産生された前駆細胞が胸腺での選択を経て分化成熟したもの。細胞表面に特徴的なT細胞受容体を有している。

※11  異物の表面に存在しており、抗体が異物を認識して破壊するための標的となるもの

  理化学研究所では、笹井芳樹グループディレクター(以下、「GD」という)を代表として、多能性幹細胞の効率的培養等の基盤技術開発や、感覚器系を中心とした分化誘導技術開発、安全性確認及び治療開発研究に取り組んでいる。その中の一つである網膜組織は、iPS細胞を用いた再生医療研究が最も進んでいる。平成25年2月に、理化学研究所と公益財団法人先端医療振興財団先端医療センターは、iPS細胞由来網膜色素上皮(※12)を使った加齢黄斑変性症(※13)という目の病気の臨床研究に関して、両者が共同で計画する実施計画を申請し、理化学研究所の倫理審査委員会及び公益財団法人先端医療振興財団先端医療センターの再生医療審査委員会において条件つきで承認された(図8)。

図8/iPS細胞由来網膜色素上皮(RPE)シートの作製

図8/iPS細胞由来網膜色素上皮(RPE)シートの作製の画像

資料:独立行政法人 理化学研究所プレスリリース

図9/ヒトES細胞からつくられた脳の組織

図9/ヒトES細胞からつくられた脳の組織の画像

提供:理化学研究所  発生・再生科学総合科学研究センター

  今後、厚生労働省による審査を経て、実施の可否が判断される予定である。この審査で速やかに実施が決定した場合には、平成25年度中にもiPS細胞を使った世界初の臨床試験が実施されることとなる。網膜色素上皮は、褐色で未分化細胞と区別しやすく、万が一、腫瘍化した場合には容易に除去することができるため、安全性が確保しやすい。臨床試験では、患者自身の細胞からiPS細胞をつくり、網膜の機能を助ける色素上皮細胞に分化させた後、数ミリ角のシートにして移植し、安全性の確認を行う計画である。
  また、笹井GDらは、細胞を自由な状態で培養する技術開発に取り組み、平成17年に、塊にしたES細胞を浮遊させた状態で培養する技術を開発した。この培養技術により、平成20年に、ヒトとマウスのES細胞を、胎児の脳によく似た、4層構造をもつ脳組織へ成長させることに成功した(図9)。また、平成23年には、マウスのES細胞から生命維持に不可欠なホルモンを出す下垂体(※14)の組織を立体的に作り出すことにも成功した。


※12  眼の網膜と脈絡膜の中間に存在する上皮細胞で、視細胞に色素を供給する。

※13  加齢に伴う網膜の障害で視力が低下する病気

※14  脊椎動物の体に存在する器官の一つで、多くのホルモンを分泌する内分泌器官、脳下垂体(のうかすいたい)ともいう。

3.再生医療研究に関する評価と今後の方向性

  「再生医療の実現化プロジェクト(第2期)」において、ヒトiPS細胞を中心とする幹細胞・再生医学研究の4拠点が連携して集中的な研究を実施したことにより、iPS細胞等幹細胞による再生医療応用及び実用化が視野に入るまでに進捗した。同時に、iPS細胞の利用に関して、更なる安全性の向上、標準化に向けた作製方法の改善(期間短縮や効率向上など)、分化誘導法の改善の必要性などの問題点が抽出された。その結果、これらを克服するための方策として、iPS細胞の初期化メカニズムの解明等、iPS細胞等幹細胞の臨床応用に向けた基盤技術開発の必要性が共有された。特に、iPS細胞に関する作製法、分化・誘導法、安全性の検証においては、研究が進んでいることから、前臨床研究及び臨床研究を加速させる必要がある。その際、臨床研究への応用に向けて規制に対応するためのサポート機能、安全評価技術、臨床研究・治験などを確実に遂行する体制の整備が今後の課題となる。さらに、実際の治療に用いるには、自己細胞からのiPS細胞の作製、目的細胞への分化・誘導、安全性の確認等を実施する必要があり、移植に使えるようになるまでに数か月以上かかることが想定されるため、緊急を要する場合には対応できないことや、コストが高くなってしまうという問題がある。このため、臨床応用、産業化を見据えた場合、適切なタイミングでの移植治療に備えて、他者へ移植しても免疫拒絶反応が起きにくい細胞の型を持つ提供者から、事前に質の高いiPS細胞を作製し、保存しておく「再生医療用iPS細胞ストック」を構築する必要がある。
  平成24年8月に公表された「再生医療の実現化プロジェクト(第2期)」事後評価報告書では、「本事業により再生医療の実現化に向けた成果が次々と産み出され、それらの成果が報道やアウトリーチ活動によって周知が図られた結果、国民の再生医療分野に対する関心が大いに高まった。これが再生医療分野のみならずライフサイエンス分野への関心を高める素地となることが期待される。」と評価されている。しかし、一方では、研究成果を報道発表する際に、患者に過剰な期待を抱かせないように気を使い、慎重に言葉を選んで発表する山中教授の堅実な姿勢を高く評価するなど、「再生医療の実用化による恩恵を国民に還元するには、本事業で得られた研究成果を踏まえた更なる研究、開発の加速が必要であろう」との見解を示している。

(2)創薬・疾患研究の現状と課題

1.創薬・疾患研究における現在の取組

  iPS細胞の医療応用としてのもう一つに、疾患の原因解明や新しい創薬ターゲット探索の基盤技術としての利用がある。具体的には、患者由来のiPS細胞(以下、「疾患特異的iPS細胞」という)から体外で病理組織を作り、新薬開発の初期段階における副作用検査や創薬ターゲット探索に活用する研究である。従来、罹患組織から細胞を非侵襲的に採取することが不可能な疾患や、適切な病態モデルがなく、十分に機能解析できない疾患などを創薬の対象にするのは困難であったが、疾患特異的iPS細胞を活用することで、それらの疾患を対象とした病態解明や治療法の開発に関する取組が可能となった。このような研究開発は、ヒトの体内に細胞等を移植することがないため、再生医療よりも早期に実用化できる可能性があり、大いに期待されている。現在では、疾患特異的iPS細胞バンクの構築・整備、候補薬となる化合物の評価系の構築などが、研究機関や製薬企業等によって進められている。
  平成25年2月より文部科学省と厚生労働省は、共同で「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究(※15)」を実施している(図10)。本事業では、文部科学省が選定する質の高いiPS細胞を大量に調整する設備・技術を有している大学等の共同研究拠点と、厚生労働省の難治性疾患克服研究事業の研究班、製薬企業とが連携し、疾患特異的iPS細胞から分化誘導された細胞を用いて疾患の機序解明、創薬候補物質のスクリーニング等、治療法の開発研究を進めることとしている。平成23年10月に科学技術振興機構研究開発戦略センター(以下、「CRDS」という)より公表された「iPS細胞を巡る国際動向と今後の研究展開」では、2つの大きな流れでiPS細胞を含む幹細胞によるライフイノベーションを整理し、第一の流れが「創薬への展開」、第二の流れが「医療への展開」であり、iPS細胞は、最初に創薬の分野で、次いで医療においてライフイノベーションを促す力を持つとしている。「創薬への展開」は、iPS細胞を薬の効果や対象になる疾患モデルを研究するツールとして用いることで創薬の成功確率を高める取組となり、製薬企業と連携した新薬探索が、代表的な研究動向となるとしている。

図10/疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究の概要

図10/疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究の概要の画像

資料:厚生労働省  報道発表資料


※15  現時点での拠点機関及び研究推進分野としては、理化学研究所(神経分野)、慶応義塾大学(神経分野)、大阪大学(循環器分野)、京都大学(骨・軟骨・筋肉分野、血液分野)が確定している。

2.創薬・疾患研究における研究成果

  疾患特異的iPS細胞を活用した難病・創薬研究に関する成果としては、以下のものが挙げられる。平成24年8月に、井上治久・CiRA准教授の研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(※16)(以下、「ALS」という)患者由来の疾患特異的iPS細胞を用いて、ALSの病態を細胞レベルで再現するモデルを構築し、これまで知られていなかったALSの病態の一端を明らかにした。さらに、この病態モデルを用いてALSに対する新規治療薬シーズ(※17)を発見した。
  また、平成25年2月には、井上准教授の研究グループ(同上)と岩田修永・長崎大学教授の研究グループは、アルツハイマー病(以下、「AD」という)のうち、タイプの異なる患者ごとに疾患特異的iPS細胞を作製し、タイプごとに存在する病態を明らかにした(※18)(図11)。

図11/神経細胞内に蓄積したAβの様子

図11/神経細胞内に蓄積したAβの様子の画像

注:

  1. AD患者(若年発症型:APP-E693Δと高齢発症型:孤発性)由来のiPS細胞より生体外で分化誘導させ、病態を再現した神経系細胞
  2. 緑色が蓄積したAβオリゴマー、青色が細胞の核、赤が神経細胞を示す。神経細胞内でAβが存在する場所は黄色(緑+赤)に見えている。コントロール(健常者)の神経細胞では、Aβオリゴマーは検出されない

資料:CiRA  ニュースリリース

  ADは、老年期認知症の中で最も多い疾患であり、脳内に老人斑といわれるタンパク質が蓄積する病理特徴が見られる。この老人斑の主成分がアミロイドベータ(※19)(以下、「Aβ」という)である。Aβの過剰な蓄積がADの発症に深く関わっていると考えられていたが、病態への関与の仕方は、ヒトの脳の細胞では不明な点が多かった。本研究では、若年発症型(家族性)及び高齢発症(孤発性)AD患者の神経細胞・アストロサイト(※20)内にAβオリゴマー(※21)が蓄積し、種々の細胞ストレスを引き起こしているケースがあることを明らかにした。また、iPS細胞技術による、疾患の病態解明及び創薬研究に加え、病態を予測し、適切な治療を提供する先制医療への道筋を示した。

3.創薬・疾患研究に関する評価と今後の方向性

iPS細胞を創薬プロセスに利用するためには、質の高い疾患特異的iPS細胞バンクを構築し、製薬業界、アカデミア等への利用を促進していく制度設計を検討する必要がある。さらに、各疾患の専門家が広く利用できるよう、疾患特異的iPS細胞からの分化細胞・組織の調製プロトコルの標準化、技術指導などの支援体制の構築が必要である。


※16  筋肉が次第に萎縮し、全身の筋肉が動かなくなる病で、呼吸筋麻ひにより亡くなる方が多い。運動ニューロン(神経細胞)に異常が生じることが原因であることが分かっているが、これまで有効な治療法は確立されておらず、日本では特定疾患に認定されている。

※17  治療薬を開発する際にヒントとなる物質やアプローチ方法のこと

※18  本研究では、若年性(家族性)ADの原因遺伝子であるアミロイド前駆体タンパク質(APP)に遺伝子変異をもつ患者と、家族歴のない高齢発症(孤発性)ADの患者の皮膚からiPS細胞を作製し、大脳の神経系細胞に分化誘導させた。解析の結果、APP-E693Δと呼ばれる変異があると、Aβがオリゴマーと呼ばれる凝集体となって細胞内に蓄積し、小胞体ストレスと酸化ストレスを引き起こし、細胞死を生じ易くすることが分かった。また、ドコサヘキサエン酸(DHA)によって、これらの細胞内ストレスは軽減され、神経細胞死も抑制された。更に高齢発症の孤発性AD患者の中にもAPP-E693Δ変異と同様に、細胞内Aβオリゴマー及び細胞ストレスが見られるケースがあることが分かった。
Kondo T (近藤孝之).,et al.,(2013)
Modeling Alzheimers Disease with iPSCs Reveals Stress Phenotypes Associated with Intracellular Aβ and Differential Drug Responsiveness Cell Stem Cell 12, 487-496
http://dx.doi.org/10.1016/j.stem.2013.01.009

※19  アミロイドベータ(Aβ)は40-42・43アミノ酸からなるペプチドであり、β-及びγ-セクレターゼ酵素の働きにより前駆体蛋白(APP: amyloid β protein precursor)から切り出される。

※20  中枢神経系に存在するグリア細胞の1つ、アストログリア(astroglia)とも言う。

※21  一般に、比較的少数のモノマーが結合した重合体のこと

3  再生医療・創薬の実用化に向けた取組

  上記のように、iPS細胞の樹立方法の発見によって、再生医療が早期に実現する可能性や創薬スピードが飛躍的に上がる可能性が、にわかに現実的なものとなってきた。しかしながら、究極の目的である「治療」の観点では、今、まさにスタートにたった段階である。実現に当たっては、安全性の確立や、iPS細胞から目的とする細胞や組織を作り出す技術などの基盤技術の確立、効率面及びコスト面などの観点で、妥当な治療体制の整備など研究環境において解決すべき課題も多い。
  また、再生医療の実現に向けた取組は世界でも活発に進められており、グローバル化の進んだ今日、ひとたび優れた手法や関連製品が開発されると、世界中に普及する。つまり、我が国が、国内最先端の知見を蓄積したとしても、他国企業がさきに安全かつ効率的なサービス・製品を提供すれば、国内市場でも当該他国企業が強くなり、国内産業が育成されない可能性がある。逆に、我が国が他国に先駆けて安全かつ効率的な再生医療を実現できれば、我が国の企業が世界市場で活躍できる可能性が非常に高い。再生医療における世界的な開発競争は、既に始まっており、激化の様相を示している。このような状況に置かれた今日、我が国の取組がどのように進められているのか、順次見ていく。

(1)国際的な動向

  幹細胞・再生医学研究の今後の方向性に関して議論された科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会「今後の幹細胞・再生医学研究の在り方について」(平成25年2月1日)によれば、ES細胞や間葉系幹細胞(※22)等の臨床への応用については、ベンチャー企業などを中心に欧米諸国や韓国などで臨床研究が進んでいるが、iPS細胞を用いた臨床研究については、世界的にも今後の進展が期待されているところである。
  再生医学関連の研究予算に関しては、我が国は約100億円(平成24年度)であるのに対し、米国はNIH(※23)の年間予算だけでも約900億円、CIRM(※24)は10年間で約3000億円、マサチューセッツ州は10年間で約800億円など連邦政府、州が多数の研究プログラムを開始しており、資金投入量としては米国が他国を大きく引き離している。また、CIRMはファンディングだけでなく、規制面のサポートや共同研究チームの構築など、研究の遂行を総合的に支援している。
  さらに、NIHは再生医療用iPS細胞の製造をLonza社(スイス)、Cellectis社(フランス)に委託することを決定するなど(平成24年10月)、iPS細胞を用いた再生医療についての取組も加速している。


※22  間葉に由来する体性幹細胞。間葉系に属する細胞(骨細胞、心筋細胞、軟骨細胞、腱細胞、脂肪細胞など)への分化能をもつ。

※23  米国国立衛生研究所

※24  カリフォルニア再生医療機構

(2)再生医療・創薬の実用化に向けた研究体制の整備

  我が国の幹細胞・再生医学研究については、山中教授らのiPS細胞樹立により、iPS細胞関連の研究が着実に推進しており、論文数や論文の被引用回数も高く、研究ポテンシャルは世界トップクラスである。さらに、臨床や産業応用に必須である知的財産権の確保についても、京都大学のiPS細胞樹立等の基本技術に関する特許が日・米・欧州の主要諸国で成立するなど、現時点では、日本が優位な立場にある。しかし、世界的にも、その実用化に向けた取り組みは本格化しており、特にiPS細胞の創薬への利用に関する競争は激化している。
  今後、我が国の優位性を活かしつつ、再生医療・創薬研究の実用化に当たり、製薬企業等と連携を図るとともに、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の三省協働で推進する戦略的な取り組みを加速していくことが必要である。

・再生医療実現拠点ネットワークプログラム

  政府は、iPS細胞等による再生医療を世界に先駆けて実現化するために、平成20年度より文部科学省が開始していた「再生医療の実現化プロジェクト(第2期)」を引き継ぎ、平成25年度以降の事業として、「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」(図12)を策定し、関係省庁、大学等研究機関及び産業界が一体となって進めていく方針である。

図12/再生医療実現拠点ネットワークプログラム

図12/再生医療実現拠点ネットワークプログラムの画像

資料:文部科学省作成

  「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」では、国際競争が激化しているiPS細胞を使った再生医療・創薬について、優位性を活かして研究開発を加速する。具体的には、iPS細胞研究中核拠点では、臨床応用を見据えた安全性・標準化に関する研究を実施し、再生医療用iPS細胞ストックを構築する。疾患・組織別実用化研究拠点では、疾患・組織別に責任を持って再生医療の実現を目指す研究体制を構築し、各拠点は疾患・組織毎に明確な実用化に向けたターゲットを定め、再生医療用iPS細胞ストックからの細胞等を用いて、研究開発を行う。その際、実用化に向けて必要となる課題を洗い出し、それを解決するための研究開発を行う。
  政府は、平成23年度より文部科学省、厚生労働省及び経済産業省が協働して基礎研究から臨床応用まで一貫して長期間(10~15年)にわたり支援する「再生医療の実現化ハイウェイ」を開始した。「再生医療の実現化ハイウェイ」(図13)では、基礎研究から臨床研究への迅速かつシームレスな移行を可能とする仕組みの構築を進めるために、文部科学省と厚生労働省が協働して科学研究費補助金事業の研究テーマの採択及び評価を実施する。評価結果が芳しくない研究テーマは、非臨床研究段階から支援を打ち切ることでスムーズな研究推進を図る。

図13/三省協働による再生医療の実現化ハイウェイ構想

図13/三省協働による再生医療の実現化ハイウェイ構想の画像

資料:文部科学省作成

  経済産業省は、基礎研究、臨床応用と並行して、再生医療の実現化を支える産業基盤の構築を進める。具体的には、幹細胞の培養及び品質評価、凍結保存まで連続的に行う装置の開発、培養・品質評価技術に関する国際標準化の推進、再生医療製品の評価手法の確立支援などを進める。
  創薬への活用・新規産業の創出を加速させるには、患者由来の体細胞から作製したiPS細胞(疾患特異的iPS細胞)の活用による病態研究・治療法の開発を推進させる必要がある。そこで文部科学省は、患者由来細胞の収集及びiPS細胞の作製を進め、疾患特異的iPS細胞を用いた疾患発症機構の解明、創薬研究や先進医療・治療法の開発を行う体制を構築する。さらに、作製した疾患特異的iPS細胞をバンク化し、広く創薬・疾患研究に利用できる体制を構築する。また、他の治療法がない希少・難治性疾患に関しては、厚生労働省の難治性疾患克服研究事業「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」と連携して進めていく(特集2-2(2)参照)。
  経済産業省は、創薬プロセスにおける安全性評価に活用可能な創薬スクリーニングシステムの開発など、幹細胞による創薬支援の実現化を支える産業基盤を構築する。また、政府は、再生医療の実現化プロジェクトのヒトiPS細胞等研究拠点の研究機関をベースに、国内大手製薬関連企業が参画した産学連携の有機的体制で進めているiPS細胞医療応用加速化プロジェクトにおいて、ヒトiPS細胞を用いた病態解明、薬剤探索、毒性試験また拒絶反応を回避した細胞移植治療の開発を積極的に推進している。

(3)実用化を加速するための環境整備

1.環境整備における現在の取組

  前述のように、我が国は、再生医療研究で世界トップレベルにあるが、その実用化において欧米諸国に比べて上市製品が少ないなど優位にあるとは言えず、激しい競争にさらされている。
  現在、我が国では再生医療製品として、重症熱傷のための自家培養表皮(※25)、膝関節軟骨治療のための自家培養軟骨(※26)の2品目が「薬事法」(昭和35年法律第145号)の製造販売承認を得て上市されている(平成25年4月末現在)。一方、欧米をはじめとする世界各国においても再生医療製品の研究開発が進められ、実用化に向けた競争が激化している(図14)。

図14/各国における再生医療製品の上市製品及び治験中の製品数(2012年12月時点)

図14/各国における再生医療製品の上市製品及び治験中の製品数(2012年12月時点)の画像

注:再生医療製品の上市状況、開発動向の集計の考え方

  1. 本集計は、上市治験の実施国でカウント
  2. 上市製品とは、各国/地域の薬事承認を通過し製造販売承認を得た、細胞加工を伴う医薬品・医療機器を示す。細胞加工を伴わない同種/異種移植片や、細胞バンク(さい帯血・造血幹細胞等)は含まない。以下については上市製品としてカウントする。
  • 米国におけるHumanitarian Device Exemption (HDE) programによる承認製品
  • 欧州における、中央審査方式以前に各国にて承認された製品

資料:経済産業省  「再生医療の実用化・産業化に関する報告書」(平成25年2月)を基に文部科学省作成


※25  米国H.Green教授らの方法に準じて製造された自家培養表皮であり、株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリングの技術によって生産管理された製品

※26  越智教授(広島大学 整形外科)らの方法に準じて製造された自家培養軟骨であり、株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリングの技術によって生産管理された製品

  また、幹細胞関連の臨床研究は70件(平成25年4月末現在)行われている。医療行為としては、保険外診療として国内で実施されている美容整形やがん治療のためのリンパ球活性化療法・樹状細胞療法などがある。これらの治療法には、将来の保険適用を目指し、先進医療として限られた医療機関で実施されているものもある。現在、このように様々な目的・制度の下に再生医療が行われている実態を踏まえ、患者が迅速に、安全かつ合理的なコストの下に再生医療を受けられるような環境整備を図ることが求められている。こうした状況を背景に、経済産業省の再生医療の実用化・産業化に関する研究会では、再生医療の実用化を促進させるための制度的な課題を整理するとともに、実用化・産業化に必要な制度的枠組み及び事業環境整備について検討し、その結果を平成25年2月に「再生医療の実用化・産業化に関する報告書」(※27)に取りまとめた。
  同報告書においては、iPS細胞などを用いる再生医療の実用化・普及により、再生医療製品の国内市場は、iPS細胞などを加工して作る再生医療・細胞治療製品だけで、2012年の90億円から2030年に1兆円、2050年には2兆5,000億円に拡大するとの試算がまとめられている(図15)。さらに、試薬・培地、自動培養装置等の周辺産業まで含めると、2012年の260億円から2030年に1兆5,500億円、2050年には3兆8,000億円まで広がると予測されている(図15)。また、現在、政府が進めている「再生医療等安全性確保法」の制定や、薬事法の改定による環境整備で、再生医療製品を作るコストを最大2割、治験に係るコストを最大6割削減できる可能性があると指摘している。

図15/再生医療及び再生医療周辺産業の将来市場予測(国内)

図15/再生医療及び再生医療周辺産業の将来市場予測(国内)の画像

<国内市場規模の算出方法>

「再生医療の市場規模」=「患者数※1」×「患者1人当たりに係る費用※2」
※1「患者数」=「国内の潜在患者数」×「再生医療の適用率」
※2「患者1人当たりに係る費用」
=「再生医療製品・加工品の単価」+「再生医療に係る医療費(手技料等)」

<周辺産業市場規模の算出方法>

  • 「市場規模」=「装置類の市場規模」+「消耗品類の市場規模」+「サービスの市場規模」

資料:経済産業省  「再生医療の実用化・産業化に関する報告書」(平成25年2月)


※27  「再生医療の実用化・産業化に関する報告書http://www.meti.go.jp/press/2012/02/20130222004/20130222004-2.pdf

  世界における再生医療の将来市場については、現在、既に実用化されている再生医療製品のほとんどは米国で上市され、市場全体の77%を占めているが、将来的には中国・インド等の新興国においても、人口や国民所得の増加に伴い再生医療製品・加工品が普及し、2020年には約1.0兆円、2030年には約12兆円、長期的には2050年頃に約38兆円規模の市場を見込んでいる(図16)。また、世界の再生医療の周辺産業を含めた市場規模は、2020年には約2.0兆円、2030年には17.2兆円、2050年には約53兆円にまで拡大すると試算している(図16)。周辺産業については、現在、米国が半分強の市場を占めているが、再生医療の市場規模と同様、将来的には中国・インド等の新興国においても、再生医療製品・加工品の普及に伴い、周辺産業の市場が拡大すると見込んでいる。

図16/再生医療及び再生医療周辺産業の将来市場予測(世界)

図16/再生医療及び再生医療周辺産業の将来市場予測(世界)の画像

<世界市場規模の算出方法>

「各国の市場規模」=「現在の当該国の再生医療市場※1」×「再生医療の普及度※2」
※1「患者数」×「患者1人当たりに係る費用」(国内市場の算出と同様)
※2 人口、所得(物価)、開発品目・既存市場、研究開発予算等から推定

<周辺産業市場規模の算出方法>

  • 「市場規模」=「装置類の市場規模」+「消耗品類の市場規模」+「サービスの市場規模」

資料:経済産業省「再生医療の実用化・産業化に関する報告書」(平成25年2月)

  また、再生医療に関する規制の在り方については、厚生労働省において検討が進められ、薬事法改正法案及び再生医療等安全性確保法案が、平成25年5月24日に国会に提出された。
  薬事法改正法案は、再生医療等製品については、安全性を確保しつつ、迅速な実用化が図られるよう、その特性を踏まえた制度を設けるため、薬事法も改正しようとするものである。具体的には、均質でない再生医療等製品については、有効性が推定され、安全性が確認されれば、条件及び期限付で特別に早期に承認できる仕組みを導入する。その場合、承認後に有効性・安全性を改めて検証する。また、医師等は、製品の使用に当たって患者に対して適切な説明を行い、使用の同意を得るよう努めるものとする。加えて、使用成績に関する調査、感染症定期報告や使用の対象者等に係る記録と保存など、市販後の安全対策を講じる。
  再生医療等安全性確保法案は、再生医療等を提供する医療機関及び細胞培養加工施設についての基準を設け、再生医療の安全性の確保等を図ろうとするものである。具体的には、再生医療のリスクに応じた三段階の計画の提出等の手続、細胞培養加工施設の基準と許可等の手続等を定めることで安全性を確保する。また、細胞培養加工について、医療機関から企業への外部委託を可能にすることで再生医療の迅速化やコスト減を図る。
  今後、我が国では、文部科学省、厚生労働省、経済産業省が連携して制度整備を進め、実用化が進んでいる自家細胞を用いた再生医療製品や、比較的大量生産が可能なiPS細胞をはじめとする多能性幹細胞を用いた再生医療製品の普及に取り組み、再生医療の特性を踏まえた周辺機器の技術開発や標準化等を進めることにより、我が国発の再生医療製品及び周辺産業の海外市場獲得を目指す。

2.環境整備における課題

  これまで見てきたように、本分野では基礎研究を充実し、実用化に向けた研究開発まで一貫して推進することが重要である。研究環境整備に関して、「今後の幹細胞・再生医学研究の在り方について」(文部科学省科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 ライフサイエンス委員会 幹細胞・再生医学戦略作業部会)(平成24年5月)において、戦略的な取り組みを加速するための具体的な推進方策として、研究体制の構築及びレギュラトリーサイエンス(※28)の推進・制度改善等に加え、研究支援、人材育成、知財などの充実の必要性が指摘されている。また、研究環境整備における課題解決を進める方針を示している。
  また、平成25年2月に公表された経済産業省の「再生医療の実用化・産業化に関する報告書」では、再生医療に付随する諸課題として、制度、コスト及び国民理解などを挙げ、これを解決し、再生医療の実用化・産業化を促進する環境整備を図ることが必要としている。
  現在、政府は、制度面における取組(課題解決)を進めるとともに、上記報告書で指摘された以下に挙げる環境整備に関する諸課題についても解決策を検討している。


※28  「科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」(第4期科学技術基本計画 平成23年8月19日閣議決定)

(1)コストの合理化における課題

  「再生医療の実用化・産業化に関する報告書」は、再生医療・創薬の実用化を普及させるためには、十分な安全性を確保した上でコストの合理化を図る必要性を指摘した。重ねて、再生医療の特性を踏まえた安全基準を整備して、再生医療製品を製造する際に必要となる施設・設備や作業工程に過剰な要求とならないように配慮する必要性を報告した。また、再生医療を円滑かつ効率的に実施していくために、細胞の加工に必要な培地、試薬、培養機器等を合理的な費用で安定的に提供する必要性を指摘した。その上で、現状では、国内製品の供給が少ない状況を報告し、このため、高価格の海外製品に頼らざるを得ず、常に供給途絶のリスクに晒されていることを指摘している。安定的な再生医療製品の供給体制を確保するためには、当該培地、試薬、培養機器等の供給体制を早急に改善する必要があると報告している。

(2)国民理解における課題

  再生医療・創薬の実用化に対する社会的期待は高い一方で、再生医療に関する効果とリスクに関する国民理解は十分とは言い難く、理解を求める努力が必要である。特に、再生医療関係者間の責任関係(リスク分担)が不明確である。例えば、期待する効果が得られなかった場合に、患者自身の体調の問題か、採取した細胞が原因か、医師の手技が原因か、再生医療製品・加工品が原因かを判断する手法が明確でない。また、再生医療に係る被験者保護の観点から、補償・賠償リスクをカバーする臨床研究保険が必要であり、ヒト幹細胞を使った臨床研究保険は大手4社が引き受けてはいるものの、商業保険になじまないことから、その商品化は一部にとどまっている。
  さらに、iPS細胞研究が臨床応用に移行する際には、臨床研究で効果が得られるかが重要で、米国FDA(※29)では、臨床研究を見据えて前臨床研究段階から相談を受け付けている。同様に、日本においても医薬品医療機器総合機構(※30)(PMDA)等を積極的に活用し、迅速な臨床応用につなげることが必要であるとの認識から、現在、再生医療用iPS細胞ストックの構築準備を進めているCiRAは、平成23年9月にPMDAとの薬事戦略相談を開始した。iPS細胞ストックの構築までには、技術的課題に加え、種々の法規制や関連する様々な指針等の遵守が必要である。しかし、iPS細胞はこれまでになかった新しい技術であるため、iPS細胞ストックの作製に適した規制制度がいまだ全て整っていないという課題がある。この規制的課題を克服するため、PMDAとの薬事戦略相談における対面助言を開始し、一日でも早いiPS細胞ストックの構築に向けて第1歩を踏み出した。

(3)研究環境における課題

  平成25年2月、国会において山中教授により日本の科学技術の研究環境における課題が指摘された。山中教授は、「およそ200人の私の研究所は、経営の訓練を受けていない私が運営しているが、アメリカの研究所は経営のプロを採用している。プロ野球の現役バッターが球団経営まで行って、うまくいったら奇跡だ」と述べた。山中教授は、平成24年11月に行われた第105回総合科学技術会議においても、科学技術イノベーションを巡る課題として、研究開発には研究者以外に知財の専門家、規制の専門家、広報の専門家、海外の研究機関等と連絡を取り合えるようなレベルの高い研究秘書、高い技術を持つ技術員など多種多様な研究支援人材が必要だが、現在の大学では、このような研究支援人材がほとんどおらず、科学者が研究に専念できるよう環境整備が必要だという考えを示していた。今後、我が国が再生医療・創薬研究における国際競争の場で存在感を発揮するためには、研究支援のみならず、継続的な人材育成が必須である。また、若手研究者に対する知見やノウハウの共有、高い専門性を伴う技術員や知財・契約関連事務職員等の研究支援人材が長期にわたって着実に業務を行えるよう措置することが必要である。

(4)知財戦略における課題

  我が国発の画期的成果であるiPS細胞については、京都大学が我が国及び欧州、米国において基本特許を取得しており、出願数でも欧米諸国と拮抗しているなど優位な状態にある。しかし、基本特許については複数が競合しており、予断を許さない状況にあることから、今後、iPS細胞の実用化・産業化を進めるためには、戦略的に知財の獲得を行う必要がある。


※29  米国食品医薬品局、食品や医薬品、更に化粧品、医療機器、動物薬、玩具など、消費者が通常の生活を行うに当たって接する機会のある製品について、その許可や違反品の取締りなどの行政を専門的に行う米国の政府機関

※30  Pharmaceuticals and Medical Devices Agency、医薬品の副作用などによる健康被害救済業務、薬事法に基づく医薬品・医療機器などの審査関連業務、医薬品や医療機器などの品質・安全性を確保する安全対策業務を行っている。

(おわりに)

  iPS細胞等の幹細胞を用いた研究は、健康長寿社会の実現のみならず、富と雇用を生み出すなど、経済再生の原動力にもなると期待される。実現に向けては、安全面、倫理面の課題に留意しつつ、迅速な実用化を進めることが必要である。このため、第183回国会においては、再生医療の研究開発から実用化までの施策の総合的な推進を図ることを目的とした「再生医療を国民が迅速かつ安全に受けられるようにするための施策の総合的な推進に関する法律案」が議員立法により成立し、平成25年5月10日に公布された。本法律でも示されているように、国は、施策の総合的な策定・実施、国民に対する啓発、関係省庁の協力体制の確立を着実に遂行し、iPS細胞等の幹細胞を用いた研究成果をいち早く国民に還元することが求められている。

お問合せ先

科学技術・学術政策局科学技術・学術戦略官付(調査・評価担当)

(科学技術・学術政策局科学技術・学術戦略官付(調査・評価担当))

-- 登録:平成25年08月 --