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平成21年版科学技術白書 第1部 第3章 第4節

第4節 科学技術政策の更なる発展に向けて

 厳しい財政事情の中、限られた研究開発投資を有効に活用していくためには、経済社会の構造的な変化を見据え、研究開発投資を戦略的に運用し、一層効果的に研究を実施できるよう、科学技術政策の更なる発展に向けて取り組まなければならない。
 また、イノベーションの創出に至るまでには、基礎研究から実用化段階の開発との間の支援の不足等により陥るいわゆる「死の谷」と、産業としての成功に向け、競合相手と過酷な競争を行う「ダーウィンの海」と呼ばれる段階がある(第1‐3‐22図)。この研究から開発、事業化、そして産業化に至る一連の過程において、公的資金の投入だけでなく、規制の改革、国際展開を視野に入れた技術の標準化、大学等や研究開発法人の特許等知的財産の有効活用、さらに、イノベーション指向の公共調達等を途切れなく実施するとともに、それらを支える基盤の強化や研究開発システムの改革等を進めるなど、包括的な施策が必要である。

第1‐3‐22図  科学技術イノベーションステップ・アンド・ループモデル

第1‐3‐22図  科学技術イノベーションステップ・アンド・ループモデル

資料:科学技術振興機構研究開発戦略センター(Dr. Lewis M. Branscombほかによる図より作成)

1 科学技術政策から科学技術・イノベーション政策への動き

 諸外国では、我が国に先んじて、研究成果を円滑かつ効果的にイノベーションにつなげる包括的な科学技術・イノベーション政策への移行の動きが見られる。
 例えば英国では、2007年6月のゴードン・ブラウン政権発足に伴う省庁再編により「イノベーション・大学・技能省(DIUS)」(1)が創設され、人材育成や科学技術、イノベーションを一貫して担う研究開発・イノベーション推進体制が整備された。
 そして、英国の科学技術システムに関する報告書「セインズベリー・レビュー」をはじめとする提言を踏まえ、DIUSは翌2008年3月に白書「イノベーション・ネイション」(2)を発表し、英国が伝統的に強みを有する基礎研究を途切れなくイノベーションにつなげていくことを目指し、従来の科学技術政策の枠にとどまらないイノベーション指向の公共調達等を含めた、科学技術・イノベーション政策の枠組みを提示している。
 この白書では、革新的な製品やサービスの調達を増加させるため各省庁によりイノベーション調達計画を策定することや、現行の中小企業研究イニシアティブ(3)の改革、技術戦略審議会のイノベーション・プラットフォーム(4)を利用した産学官連携による商業化に向け、包括的に対応することとしている。これらを通じて、政府の需要に適した研究開発の促進を図るとともに、結果として革新的な解決策を導き出すことを目指している。あわせて、規制の効率的な実施を通じて、企業による新たな研究開発の意欲を刺激し、イノベーションを誘発する取組の実効性について、政府他省庁との協力により検証することとしている。

イノベーション・ネイション

イノベーション・ネイション
資料提供:DIUS


1 Department for Innovation, Universities and Skills :DIUSは、英国を革新的な企業や公共サービス、あるいは第3セクターにとって世界有数の場所にすべく、また、イノベーションが個人や共同体、地域といったあらゆるレベルで創出されるよう、政府内外の機関と連携しながら横断的な立場でイノベーションを推進している。

2 Innovation Nation

3 Small Business Research Initiative (SBRI):政府が小規模な研究開発を外部委託する際に、その2.5%以上を中小企業から調達することを義務化するもので、公的研究開発の受注機会を与えることにより、政府の要求に対応し得る高度な研究開発を増加させ、中小企業におけるイノベーションを促進することを目的としている。

4 Innovation Platform:地球規模の問題への対応策や、新製品の開発に関与する企業・組織に対する政府の支援の調整を実施するための、調達、規制、研究開発投資など、商業化に向けた産学連携による包括的な取組。現在の「高度輸送システム・サービス」、「低環境負荷建築物」、「生活支援」、「ネットワークセキュリティ」、「低炭素排出自動車」の5つに加え、イノベーション・ネイションでは今後3年間に5つのプラットフォームを新たに開始する予定

 一方で欧州委員会は、2007年12月に開始した「リードマーケット・イニシアティブ」(1)により、欧州においてだれもが社会的・経済的利益を平等に享受できる市場の形成を通じて、イノベーションの誘発と欧州全体の発展に向けて取り組んでいる。このイニシアティブでは、「eヘルス」(電子医療:インターネットを介した医療サービス等)、「持続可能な建築」、「保護繊維」、「再生可能資源・生物材料由来製品」、「リサイクル」、「再生可能エネルギー」を今後拡大が見込まれる6つの市場(2)と位置付け、新製品やサービスのより早い商用化にとっての障害を取り除くために、法制化や規制改革、公共調達、標準化・標識化・認証等を包括的に実施している。
 さらに、経済協力開発機構(OECD)(3)においては、包括的かつ政府横断的な観点から、イノベーションによる持続的な経済発展を目指し、そのための効果的な仕組み等を提示することを目的に、「OECDイノベーション戦略」(4)の策定に向けて取り組んでいる。2010年に取りまとめられる予定の同戦略では、環境や保健分野等の地球規模課題に対するイノベーションの役割の検討、イノベーションを生み出す人材の育成、各国におけるイノベーション政策の評価等に際しての政府横断的かつ複合専門領域的な視点の導入、イノベーションの促進を視野に入れた知的財産保護制度等に言及することで、各国の今後の政策立案に貢献することなどを目指している。


1 Lead Market Initiative for Europe

2 "eHealth", "Sustainable construction", "Protective textiles",  "Bio‐based products","Recycling","Renewable energy"

3 Organisation for Economic Co‐operation and Development

4 OECD Innovation Strategy

2 科学的根拠に基づく科学技術政策の推進

 米国では、2004年12月の競争力評議会による「イノベート・アメリカ」(通称パルミサーノ・レポート)を皮切りに、全米アカデミーズによる2005年10月の「強まる嵐を越える」(通称オーガスティン・レポート)、ブッシュ前大統領による2006年一般教書演説での「米国競争力イニシアティブ」の発表から2007年8月の「米国競争力法」制定に至る一連の流れにより、科学技術・イノベーション政策推進体制が急速に確立されている。
 こうしたイノベーション創出政策の進展と併せて、2005年4月の全米科学振興協会の科学政策会議において、マーバーガー前大統領科学顧問兼大統領府科学技術政策局長は、イノベーションの活力を十分にとらえ、かつ研究開発への政策評価をより有効に機能させるため、経済学や社会科学、情報科学を結集した研究の強化による定量的な科学技術政策研究、すなわち「科学政策の科学」の導入を提唱した。これを契機として、翌2006年には17の省庁による連携体制(1)が確立され、科学政策分析に係る取組と課題の現状が「科学政策の科学:連邦研究ロードマップ」(2)(2008年11月)として取りまとめられた。また、NSFが助成する「科学・イノベーション政策の科学(SciSIP)」(3)プログラムと、商務省による「イノベーション計測」(4)の2つのイニシアティブにより、従来のマクロ(国)レベルでの指標では十分にはとらえることのできなかったイノベーションが与える経済的効果を正確に把握し、科学的根拠に基づく科学技術政策を実現するために必要な研究が進められることとなった。

(1) 科学・イノベーション政策の科学

 SciSIPは、科学的根拠に基づく科学技術政策の基盤となる知識・理論の開発や、既存の科学指標・データセット・分析手法の改良と拡充、産学官横断の専門家で構成するSciSIP実践コミュニティの形成、サイバーインフラ(5)を活用した分野・地域をまたがるバーチャル(仮想)組織による研究、そして、競争的資金による科学技術・イノベーション関連研究の助成等を行っている。NSFは、SciSIPによる研究成果を2010年に刊行予定の次期「科学・工学指標」(6)へ反映することとしている。

(2) イノベーション計測

 イノベーションが生産性と経済成長に及ぼす影響力を把握し理解することが、米国の持続的な成長と繁栄に向けた政策立案に資するとして、産学官が協働してその効果を測定することを目的に、商務省は2006年8月に「21世紀経済におけるイノベーション計測に関する諮問委員会」を設置し、様々な検討を行った。その結果を取りまとめた報告書「イノベーション計測:米国経済におけるイノベーションの状況追跡」(2008年1月)(7)では、政府や産業界、研究者が協働してイノベーションの理解と計測の向上に取り組むことが求められている。


1 Science of Science Policy Interagency Task Group

2 "The Science of Science Policy : A Federal Research Roadmap"

3 Science of Science and Innovation Policy

4 Innovation Measurement

5 高性能コンピュータにより、ネットワークを介した大量データの蓄積や共有、解析等を行うことを可能とする研究環境

6 Science and Engineering Indicators:科学及び工学に関する包括的な統計資料

7 "Innovation Measurement:Tracking the State of Innovation in the American Economy"

3 我が国における科学技術政策の更なる発展に向けた取組

 我が国においても、科学技術の振興にとどまらず、イノベーションの創出までを視野に入れ、科学技術政策と関連する政策をつなげていくことが必要である。

(1) イノベーションの創出に向けて

 政府は、イノベーションの絶えざる創出のための科学技術の戦略的重点化と成果の社会還元に向けたシステム改革をうたった第3期科学技術基本計画の策定後も、長期戦略指針「イノベーション25」(平成19年6月閣議決定)において、世界の手本となるべきイノベーションで拓(ひら)く2025年の日本の姿を示すとともに、「イノベーション立国」に向け、イノベーションの創出・促進のための社会環境整備をはじめとする社会システムの改革戦略と、イノベーションを担う研究開発体制の強化等を盛り込んだ技術革新戦略ロードマップに基づいた政策の一体的推進をうたっている。
 また、総合科学技術会議においては、平成20年5月に「革新的技術戦略」を策定し、電子デバイス技術や知能ロボット技術、再生医療技術等の世界トップレベルかつ持続的な経済成長と豊かな社会の実現を可能とする革新的技術の重点的推進や、「革新的技術推進費」の創設、さらにスーパー特区制度の活用といった新たな仕組みと研究開発体制の整備など、イノベーションの創出に向けた様々な取組を進めているところである。
 さらに、研究開発力強化法においては、国による科学技術の振興に必要な資源の柔軟かつ弾力的な配分や競争の促進のみならず、研究開発の成果の実用化等を不当に阻害する要因の解消や国際標準への適切な対応等を含めた研究成果の実用化に至る研究開発システム全般の改革を行うことが規定されており、科学技術政策から科学技術・イノベーション政策へという世界的な流れを反映したものとなっている。

 こうした中、例えば研究開発法人については、「イノベーション25」等や研究開発力強化法を受けて、一部の職員が総人件費改革の対象外となるなど、イノベーションの創出に向けた研究開発力の強化が着実に図られてきているところである。しかし、さきに述べたように、諸外国においてイノベーション指向のシステム改革が精力的に行われている現状にかんがみれば、我が国としても一連の改革の手を緩めるわけにはいかず、研究開発力強化法の附則においては、更なる研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進の観点からの研究開発システムの在り方に関する検討を行い、必要な措置を講ずることとされている。また、衆議院文部科学委員会及び参議院内閣委員会においても、最も適切な研究開発法人の在り方について検討することなどが決議されている。
 これらを踏まえ、研究開発システムの在り方等について検討するとともに、規制の活用や公共調達の効率的な実施、知的財産の保護と流通の促進、国際標準への適切な対応を含め、研究開発成果の実用化によるイノベーションの創出を見据えた研究開発システムの高度化に取り組むことが、我が国の今後の課題である。

(2) 科学技術政策の科学に向けた取組

 2で述べたイノベーションの計測とその政策への反映のための取組に見られるように、科学的根拠に基づく政策立案の必要性は広く認識されている。この点については我が国も例外ではなく、科学技術政策研究所では、イノベーション計測のためのデータの収集及び分析方法の開発や、科学技術指標(1)の作成を行っているところである。
 科学技術政策研究所は、国の科学技術政策立案の一翼を担うために昭和63年7月に設立された国立試験研究機関であり、1.将来発生する課題を予見し自発的かつ深く掘り下げた調査研究の実施、2.行政部局からの要請を踏まえた機動的な調査研究の実施、3.他の研究機関・研究者の研究基盤となる各種データの提供、の3つの役割を担っている。
 特に、従来は科学技術庁(当時)が行っていた大規模な技術予測調査について、平成3年度の第5回調査からその実施を担当しており、平成15年度から16年度の第8回調査においては、従来のデルファイ調査(2)に加えて、基礎科学から社会・経済需要までの広い範囲を対象に、外挿的手法と規範的手法(3)を併用するなど、予測手法の深化に取り組んだ。調査終了後も、科学技術を俯瞰(ふかん)的に予測するための新たな手法の開発を継続している。
 また、創立20周年を迎えた平成20年度には、総合科学技術会議からの付託により、次期科学技術基本計画の策定に向けた第3期科学技術基本計画の中間的なフォローアップ(計画の進捗(しんちょく)把握)調査を実施した。

NATIONAL INSTITUTE OF SCIENCE AND TECHNOLOGY POLICY

資料提供:科学技術政策研究所


1 科学技術に関する資金や人材等のインプット(投資)から、研究者等のインフラ、論文・特許等のアウトプット(成果)までのデータを総合的にまとめ、科学技術活動を定量的・客観的に把握するための基本的な手段。科学技術政策研究所では、理論的な研究及び指標データの収集・加工を通じて指標体系の改訂を順次進め、毎年報告書としてまとめている。

2 多数の専門家に対して、同一内容のアンケートを繰り返し実施し、前回の結果を提示することで再考を求め、意見を 収斂(しゅうれん)する手法を用いた調査

3  
外挿的手法:過去における傾向を未来に適用して予測する客観的な手法
規範的手法:設定した目標に到達するための方法を探る主観的な手法

 これまで述べてきたように、社会経済の劇的な変化に直面する我が国が、今後持続的に成長していくためには、イノベーションの効率的かつ効果的な創出につながる科学技術・イノベーション政策の展開が重要である。
 そのための「科学技術・イノベーション政策の科学」研究の活性化に向けて、内閣府経済社会総合研究所主催の国際フォーラム2009「社会変革に向けた新しいイノベーション政策」において、科学技術振興機構研究開発戦略センターがセッション「『エビデンスベースの科学技術・イノベーション政策の立案と評価』‐その測定と評価システムの開発をめざして‐」を平成21年3月に開催した。同セッションでは、過去と現在におけるイノベーション過程とその構造の解明や、科学技術・イノベーション政策の評価手法の開発、将来のイノベーションの経済的・社会的な効果予測のためのモデル構築と手法の開発を通じて、社会ニーズに即した科学技術・イノベーション政策の立案に資する科学的根拠を蓄積することが重要であるとの見解が示された。科学技術・イノベーションに関連する指標の開発については、科学技術関連統計の調整や助言等を行うことを目的にOECDに設置されている科学技術指標専門家作業部会(NESTI)等において国際的な議論も行われており、我が国としてもこういった動向を常に注視し、適切に対応していく必要がある。

お問合せ先

科学技術・学術政策局調査調整課

(科学技術・学術政策局調査調整課)

-- 登録:平成22年03月 --