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平成21年版科学技術白書 第1部 第3章 第1節

第1節 イノベーションの源泉となる基礎科学力の強化に向けた総合的取組

 基礎研究は、ときに既存の知の枠組みとは異なる発見や発明を引き起こすことで、イノベーションの源泉として大きな役割を担ってきた。液晶ディスプレイの開発は、液晶が発見されて約80年後の革新的な発明がきっかけとなったことはその一例である(第1‐3‐1図)。世界が大きな転換期を迎えている今こそ、イノベーションの実現に向けて基礎科学力(1)の一層の強化を図るとともに、基礎研究によって生み出された革新的な技術の芽を実用化の段階までしっかりとつなぐシステムを整備していく必要がある。その際、地球環境問題のように、科学技術による達成が期待される課題が数多くあることを踏まえれば、研究者の自由な発想に基づく研究とともに、明確に課題を設定して行う創造的な基礎研究や実用化を見据えた研究開発を併せて推進していくことが重要である。


1  科学技術・学術のうち、新たな知識・知見の発見、発明等を目的とするものに係る研究活動を進めるための総合力。なお、科学技術・学術に対する国民の理解増進活動も基礎科学力強化の一環としてとらえる。

第1‐3‐1図 液晶ディスプレイのイノベーションプロセス

第1‐3‐1図 液晶ディスプレイのイノベーションプロセス

資料:科学技術振興機構研究開発戦略センター資料を基に文部科学省作成

1  基礎研究とイノベーション

 基礎研究は、地道で真(しん)摯(し)な真理探究と試行錯誤の上に新たな知を生み出す活動であり、新しい原理・現象の発見や解明を通じて重厚な知的蓄積を形成してきた。こうした多様な知の創造と蓄積は、学問の発展に貢献するのみならず、数多くのイノベーションの実現にもつながり、経済・社会に大きな変革をもたらしてきた。このことは、1956年にノーベル物理学賞を受賞したショックリー、バーディーンらによる固体物理学の研究が情報化社会到来の契機となったトランジスタの発明として結実するなど、ノーベル賞を受賞した多くの研究成果が新たな技術等の実用化に結び付いていることからも明らかであろう(第1‐3‐2表)。

第1‐3‐2表  ノーベル賞の成果が実用化につながった主な事例

実用化 ノーベル賞
MRI(磁気共鳴診断装置) ブロッホほか(1952年物理学賞)
ラウターバー、マンスフィールド(2003年生理学・医学賞)
半導体(トランジスタ) ショックリー、バーディーンほか(1956年物理学賞)
インシュリン サンガー(1958年化学賞)
半導体(トンネル効果) 江崎玲於奈ほか(1973年物理学賞)
CT(断層撮影装置) コルマック、ゴトフリーほか(1979年生理学・医学賞)
モノクローナル抗体 イェルネ、ケーラーほか(1984年生理学・医学賞)
導電性ポリマー(携帯電話のバックアップ用電池) 白川英樹ほか(2000年化学賞)
不斉合成(メントールの製造) 野依良治ほか(2001年化学賞)
タンパク質分析装置 田中耕一ほか(2002年化学賞)
GMRヘッド(HDDの再生ヘッド) フェール、グリュンベルク(2007年物理学賞)
ノックアウト動物 カペッキ、エバンスほか(2007年生理学・医学賞)
GFP蛍光マーカー 下村脩ほか(2008年化学賞)

資料:文部科学省調べ

 我が国の基礎研究の成果としても、例えば、平成12年(2000年)にノーベル化学賞を受賞した白川英樹・筑波大学名誉教授らによる導電性ポリマー(1)の発見は、プラスチックは電気を通さないという従来の常識を覆し、携帯電話のバックアップ用電池であるポリマー電池等の実用化につながっている。また、科学研究費補助金や創造科学技術推進事業(2)による支援等の下、長期にわたる基礎研究の末に井上明久・東北大学総長によって開発された金属ガラス(3)は、金属を遥(はる)かに凌(しの)ぐ強さとしなやかさから、ゴルフクラブのヘッドや高性能センサなど、様々な製品に応用されている。
 こうした基礎研究の成果は当初は意図していなかった効果をもたらすこともある。例えば、本多健一・東京大学名誉教授と藤嶋昭・東京大学名誉教授が昭和42年に見いだした酸化チタンの光触媒効果は、多くの企業との共同研究を経て、当初期待された水素製造技術ではなく、光を使って汚れを落とす技術として確立されている。この技術はタイルやガラス、車のサイドミラーなどの製品に利用されており、我が国が世界を圧倒する技術分野になっている。また、平成3年に飯島澄男・日本電気株式会社特別主席研究員・名城大学教授によって発見されたカーボンナノチューブ(CNT)(1)は、電気や熱を伝えやすいことから、構造材料のみならず電子部品としての応用が広がっている。そのうち、CNTキャパシタ(蓄電器)は、従来のキャパシタを遥(はる)かに上回る充放電特性と寿命の実現が可能であり、平成21年に約1,400億円の規模が見込まれるキャパシタ市場について、今後その大部分を占めていくことが期待されている。さらに、科学研究費補助金や独創的シーズ展開事業等による切れ目のない支援を受け、赤﨑勇・名城大学特任教授らによって実用化された青色LEDは、黄色の蛍光体と組み合わせることなどにより、白色LEDの実現にもつながっている。科学技術振興機構の調査では、独創的シーズ展開事業による委託開発の直接的な経済波及効果だけでも、平成9年から17年の間で実に約3,500億円に及ぶとされており、信号機等の「表示するLED」から室内照明や携帯電話照明等の「照らすLED」へと用途が拡大する中、我が国に多大な経済的価値をもたらしている(第1‐3‐3図)。

ポリマー電池

資料:文部科学省「情報機器と情報社会のしくみ素材集」

光触媒を利用したセルフクリーニングタイル

光触媒を利用したセルフクリーニングタイル
写真提供:TOTO株式会社


1  単量体(モノマー)を多数重合させて得られる重合体、多量体

2  現在は戦略的創造研究推進事業

3  結晶構造を持たないガラス状の金属であるアモルファス金属

4  網目状の炭素が直径0.4~100ナノメートルの極小チューブ状になった物質

第1‐3‐3図 発光ダイオード(LED)を巡るこれまでの主な動きと新たな展開

第1‐3‐3図 発光ダイオード(LED)を巡るこれまでの主な動きと新たな展開

資料:第72回総合科学技術会議(平成19年12月)資料(内閣府作成)を基に文部科学省作成

 このように、基礎研究はこれまでもイノベーションの源泉として、多くの成長や変革を牽引(けんいん)してきたが、第1章第1節で述べたように、近年、特許に科学論文が引用される傾向が高まっていることにかんがみれば、イノベーションの創出に向けて基礎研究が担う役割はますます重要になってきているといえる。

2 我が国の基礎科学力

(1) 基礎研究の水準

 平成20年(2008年)には、ノーベル物理学賞と化学賞を我が国から4名が受賞する(第1‐3‐4表)という歴史的快挙を達成し、平成11年(1999年)からの10年間での自然科学分野の受賞者数は米国に次ぐ世界第2位の8名となった。受賞研究はいずれも過去に行われたものではあるが、最近でも、平成20年(2008年)におけるサイエンス誌の「科学進歩ベスト10」に、再生医療への貢献等が期待されている山中伸弥・京都大学教授によるヒトiPS細胞の作製が第1位に、細野秀雄・東京工業大学教授による鉄系新高温超伝導体の発見がベスト10の中に選ばれるなど、我が国の基礎研究分野における研究水準は世界的にも極めて高い。後者に関連した神原陽一・東京工業大学特別研究員らによる論文は平成20年(2008年)の最多引用論文となっている(1)。

鉄系新高温超伝導体(LaFeAsO1‐xFx)

鉄系新高温超伝導体(LaFeAsO1‐xFx)
資料提供:細野秀雄・東京工業大学教授


1  トムソン・ロイターによる調査結果

第1‐3‐4表  日本人ノーベル賞受賞者一覧(自然科学分野)

受賞者 誕生年 研究成果 研究発表年 受賞分野 受賞年
湯川  秀樹 明治40年
(1907年) 
中間子理論 昭和10年
(1935年)
物理学賞 昭和24年
(1949年)
朝永  振一郎 明治39年
(1906年)
くりこみ理論 昭和21年
(1946年)
物理学賞 昭和40年
(1965年)
江崎  玲於奈 大正14年
(1925年)
半導体におけるトンネル効果の発見 昭和32年
(1957年)
物理学賞 昭和48年
(1973年)
福井  謙一 大正7年
(1918年)
フロンティア電子理論 昭和27年
(1952年)
化学賞 昭和58年
(1983年)
利根川  進 昭和14年
(1939年)
免疫機構の分子生物学的解明 昭和51年
(1976年)
生理学・医学賞 昭和62年
(1987年)
白川  英樹 昭和11年
(1936年)
導電性ポリマーの発見と開発 昭和52年
(1977年)
化学賞 平成12年
(2000年)
野依  良治 昭和13年
(1938年)
キラル触媒による不斉水素化反応の研究 昭和55年
(1980年)
化学賞 平成13年
(2001年)
小柴  昌俊 大正15年
(1926年)
宇宙物理学、特に宇宙からのニュートリノの検出への先駆的な貢献 昭和62年
(1987年)
物理学賞 平成14年
(2002年)
田中  耕一 昭和34年
(1959年)
生体高分子の同定及び構造解析のための手法の開発 昭和62年
(1987年)
化学賞 平成14年
(2002年)
南部  陽一郎 大正10年
(1921年)
素粒子物理学と核物理学における自発的対称性の破れの発見 昭和35年
(1960年)
物理学賞 平成20年
(2008年)
小林  誠 昭和19年
(1944年) 
クォークが自然界に少なくとも三世代以上あることを予言する、対称性の破れの起源の発見 昭和47年
(1972年)
益川  敏英 昭和15年
(1940年)
下村  脩 昭和3年
(1928年)
緑色蛍光タンパク質GFPの発見と開発 昭和27年
(1962年)
化学賞 平成20年
(2008年)

注)南部陽一郎氏は米国籍
資料:文部科学省調べ

 しかし、科学技術政策研究所「科学技術分野の課題に関する第一線級研究者の意識定点調査(平成21年3月)」からは、我が国の科学水準は平成18年度に予想された以上の速さで低下しつつあるとの懸念が明らかになるなど、基礎研究を巡る状況は必ずしも明るいものばかりではない。論文の相対被引用度(1)も改善傾向ではあるものの、依然として1を下回っている(第1‐3‐5図)。我が国からの4名ものノーベル賞受賞という快挙を一過性のものとすることがないよう、今こそ基礎研究の水準の維持・向上を図ることが重要である。


1  各国の論文の被引用度(論文1編当たりの被引用回数)を、世界全体の被引用度で除して基準化した値であり、1であれば世界平均の被引用度であることを示す。なお、優れた論文は一般にほかの論文に引用される回数が多くなる傾向にあるため、被引用回数は論文の質を表す指標の1つと考えることができる。

第1‐3‐5図 主要国等の論文の相対被引用度の推移

第1‐3‐5図 主要国等の論文の相対被引用度の推移

注)
1.人文・社会科学分野は除く。
2.各年の値は、引用データを同列に比較するため、5年間累積値を用いている。例えば1985年の値は1981~1985年の累積値となっている。
3.複数の国の間の共著論文は、それぞれの国に重複計上した。
資料:トムソン・ロイター サイエンティフィック“National Science Indicators, 1981‐2007(Standard Version)”のEssential Science Indicatorsの分野分類を基に文部科学省で集計

(2) 基礎研究に対する政府支援

 第1章第1節で述べたように、イノベーションのオープン化の流れの中で、企業は中核となる技術を自社内で確保しつつ、基礎研究については大学等や研究開発法人に外部化するようになっている。この点は、国内の大学等に対し、「民間企業での研究活動では対応が困難な分野の研究」や「世界人類の知的資産の拡大に貢献できるような質の高い基礎研究」を今後大いに期待するとしている企業の声にも表れている(第1‐3‐6図)。

第1‐3‐6図  国内の大学等に対し今後大いに期待するもの

第1‐3‐6図  国内の大学等に対し今後大いに期待するもの

資料:文部科学省「民間企業の研究活動に関する調査(平成18年度)」

第1‐3‐7図  主要国等の研究費の推移(購買力平価換算)

第1‐3‐7図  主要国等の研究費の推移(購買力平価換算)

注)
1. 国際比較を行うため、韓国を除き各国とも人文・社会科学を含めている。なお、日本については自然科学のみの研究費を併せて表示している。
2.米国の2007年度の値は暫定値である。
3.ドイツの1982、1984、1986、1988、1990、1992、1994‐96、1998、2007年度の値は推計値である。
4.フランスの2006年度以降の値は暫定値である。
5.EUの値はEurostatの推計値である。
6.インドの2003、2004年度は自国による推計値である。また、インドはOECD購買力平価が存在しないため、世界銀行の購買力平価を用いている。

資料:
日本 :総務省統計局「科学技術研究調査報告」
EU :Eurostat database
インド:(研究費)UNESCO Institute for Statistics S&T database
(購買力平価)The World Bank“World Development Indicators CD‐ROM ‐ 2007”
その他の国:OECD“Main Science and Technology Indicators Vol. 2008/2”
OECD購買力平価:OECD“Main Science and Technology Indicators Vol. 2008/2”(以下略)

 他方、我が国における研究費は増加傾向にあるものの、その伸びは、急激に増加している米国や中国に及ばない状況にある中で(第1‐3‐7図)、基礎研究の支援において主要な役割を担うべき政府の負担割合が諸外国よりも低くなっており(第1‐3‐8図)、研究費に占める基礎研究費使用割合も平成14年度の15.0%から19年度の13.8%まで年々低下し続けている。予算についても、厳しい財政事情の中で、大学等の基盤的経費である運営費交付金や私学助成が年々減少しているだけでなく、基礎研究に対する代表的な競争的資金である科学研究費補助金も1課題当たりの平均配分額が減少するとともに、新規採択率の低下まで起こっている。研究開発力強化法の成立を受け、研究開発法人については、行政改革推進法(1)等に基づく総人件費改革の対象外となる研究者の範囲が拡大されたところであるが、運営費交付金により雇用される研究者等に対する手当が十分に成されるには至っていない。1で紹介したように、社会に貢献する成果を生み出した研究の多くが、その萌芽(ほうが)期を基盤的経費や科学研究費補助金等に支えられていたことを踏まえれば、こうした状況は将来のイノベーションにつながる研究の芽を育てる上で大きな課題となっている。


1  「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」(平成18年法律第47号)

第1‐3‐8図 主要国等の研究費の政府負担割合の推移

第1‐3‐8図 主要国等の研究費の政府負担割合の推移

注)
1. 国際比較を行うため、韓国を除き各国とも人文・社会科学を含めている。
2.米国の2007年度の値及びフランスの2006年度の値は暫定値である。
3.ドイツの1982、1984、1986、1988、1990、1992、1994‐96、1998、2000、2002年度の値は推計値である。
4.英国の1981、1983年度の値及びEUの値はOECDの推計値である。
5.EU‐15(15か国;ベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、デンマーク、アイルランド、英国、ギリシャ、ポルトガル、スペイン、オーストリア、フィンランド、スウェーデン)
 6.EU‐27(EU‐15に加えて以下の12か国;キプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニア)
資料:日本:総務省統計局「科学技術研究調査報告」
米国、ドイツ、フランス、英国、EU、中国、韓国:OECD“Main Science and Technology Indicators Vol. 2008/2”

(3) 研究人材等を巡る現状

 我が国の研究者数は継続して増加傾向にあるものの、米国やEUにおいても同様であり、特に中国においては研究者数が顕著に増加している(第1‐3‐9図)。(1)で紹介した科学技術政策研究所の調査によると、現在、最も不足している人材として「基礎研究段階の人材」を挙げる回答が全分野で最多となっており、基礎研究段階を中心に十分な研究者が確保されていない可能性がある。理工系学部への志願者数も長期的な減少傾向が続いており(第1‐3‐10図)、将来の科学技術を担う研究者や技術者等の養成の観点から、大きな課題となっている。日本人研究者のノーベル賞受賞により、国民全体の科学に対する関心が高まっていると考えられる中、理数教育の充実等を通じて、理数好きの子どもたちをしっかりと育てていくことが重要である。

第1‐3‐9図  主要国等の研究者数の推移

第1‐3‐9図  主要国等の研究者数の推移

注)
1. 国際比較を行うため、韓国を除き各国とも人文・社会科学を含めている。
2.国際比較を行うため日本の研究者数は専従換算した値であり、1996年以前は、OECDによる推計値
3.日本は2001年以前は4月1日現在、2002年以降は3月31日現在
4.ドイツの2007年は自国による推計値
5.英国は1983年までは産業(科学者と技術者)及び国立研究機関(学位取得者又はそれ以上)の従業者の計で、大学、民営研究機関は含まれていない。
6.EUはOECDの推計値
7.中国は、OECDのフラスカティ・マニュアルに必ずしも対応したものとはなっていない。
資料:日本:(専従換算値)OECD“Main Science and Technology Indicators Vol. 2008/2”
その他の国:OECD“Main Science and Technology Indicators Vol. 2008/2”

第1‐3‐10図 理工系学部への延べ志願者数の推移

第1‐3‐10図 理工系学部への延べ志願者数の推移

注)
理学関連学部:理学部、生命科学部、情報科学部、バイオサイエンス学部、バイオ・化学部等
工学関連学部:工学部、理工学部、環境都市工学部、システム工学部、基礎工学部、化学生命工学部等
資料:文部科学省「学校基本調査」

 また、第1‐3‐4表からは、ノーベル賞受賞につながるような創造性の高い研究の多くが若い時期に着想されていると考えられ、若手研究者がその創造性を発揮して研究を行うことができる環境を整備することが、基礎科学力の強化にとって極めて重要である。しかし、大学における37歳以下の若手教員の割合が低下している(第1‐3‐11図)ほか、独立行政法人等における人件費の抑制や企業における研究所の縮小も懸念されるなど、若手研究者にとって十分な活躍の場が用意されているとはいえない状況にある。

第1‐3‐11図 大学における若手教員の状況

第1‐3‐11図 大学における若手教員の状況

資料:文部科学省「学校教員統計調査」

 加えて、我が国は研究者1人当たりの研究支援者数が諸外国に比べて少なく、欧州諸国の半分以下の水準にとどまっている(第1‐3‐12図)。文部科学省「我が国の研究活動の実態に関する調査(平成17年度)」では、補助的業務が多く、研究活動に専念できないとする研究者が63%に上っており、支援体制の充実が必要である。
 なお、イノベーションの創出には、研究者以外にも、基礎研究等により生み出された知の創造の成果を社会経済的価値に具現化する能力を持つ人材等の多様な科学技術関係人材が求められる。この点に関して、産学官の研究者からは、質及び量の両面において、研究成果の利用先・活用先を見いだす目利き人材等に対する強い不足感が指摘されている(第1‐3‐13図)。 

第1‐3‐12図  主要国等の研究者1人当たりの研究支援者数

第1‐3‐12図  主要国等の研究者1人当たりの研究支援者数

注)
1.研究者1人当たり研究者数は研究者数及び研究支援者より文部科学省で試算
2.韓国を除き、各国とも人文・社会科学が含まれている。
3.研究支援者とは、研究者を補助する者、研究に付随する技術的サービスを行う者及び研究事務に従事する者で、日本では研究補助者、技能者及び研究事務その他の関係者である。
4.ドイツの2007年は自国による推計値である。英国及びEUはOECDの推計値である。
資料:
日本:総務省統計局「科学技術研究調査報告」
ドイツ、フランス、英国、EU、中国、韓国、ロシア:OECD“Main Science and Technology Indicators Vol. 2008/2”インド:ユネスコ統計研究所ウェブサイトのデータベース

第1‐3‐13図  科学技術関係人材(役割)の不足感

第1‐3‐13図  科学技術関係人材(役割)の不足感

注)不足感は、当該人材(役割)が不足していると感じている研究者の割合である。
資料:文部科学省「我が国の研究活動の実態に関する調査(平成17年度)」

3  欧米における総合的取組

(1) 米国における取組

1.オバマ政権の取組
 第1章第1節で述べたように、米国では1998年から2003年までのわずか5年間でNIH予算を倍増させている。また、米国競争力イニシアティブ(2006年2月大統領府)や米国競争力法(2007年7月成立、8月発効)においてNSF等の研究開発予算の増額を掲げるなど、これまでも基礎科学に対する投資の強化を図ってきた。こうした状況の中、オバマ上院議員が米国第44代大統領に就任し、8年振りの民主党政権が誕生した。オバマ大統領は、基礎研究は情報通信や医療、経済や安全保障等のあらゆる分野の進展を促進するための信頼できる源であり、理数教育は民主主義の維持等のために全国民に必要であるとの考えの下、基礎研究予算の10年間での倍増や試験研究費の税額控除の恒久化、科学・技術・工学・数学(STEM)教育の支援を公約として掲げており(第1‐3‐14表)、今後、基礎科学力の強化に向けた取組が更に強力に進められるものと考えられる。

オバマ米国大統領(右)とバイデン米国副大統領(左)
オバマ米国大統領(右)とバイデン米国副大統領(左)
写真提供:米国大統領府  

第1‐3‐14表 オバマ大統領・バイデン副大統領の選挙公約の概要

5大要素 主な内容
公正な科学技術政策の再構築 1.科学技術担当大統領補佐官の任命
2.科学技術分野での有識者を要職に任命  等 
基礎研究への投資の拡充 1.基礎研究予算(NIH、NSF、DOE科学局、国立標準技術研究所(NIST)(注1))を10年間で倍増
2.ハイリスク研究の促進、若手研究者の支援、分野融合研究の促進 等
理数教育の強化 【初等中等教育】
1.教員の能力と人数の向上、大統領府科学技術政策局(OSTP)(注2)に理数教育委員会を新設
2.メディアやインターネット等の活用による国民(特に若者)と科学(重大な発見等)の一体化  等
【高等教育】
1.コミュニティーカレッジ連携プログラムを新設し、4年制大学への編入を支援
2.年間100時間の公共奉仕を条件に学生に4,000ドルを支給し、大学進学を支援
3.NSF大学院生奨学金の3倍増、女性や少数民族の参加支援  等
民間でのイノベーションの促進 1.試験研究費の税額控除(2009年末失効)の恒久化、ベンチャー及び小企業の資本利益税控除
2.永住ビザと一時就労ビザ制度を改善し、海外から理系人材を獲得
3.特許制度の改善、次世代ブロードバンドを全米へ配備  等
21世紀のグランド・チャレンジへの対応 1.入手可能なクリーンエネルギー、輸入石油への依存の低減、温暖化への対応
・クリーンエネルギーへの連邦政府の研究開発予算を10年間で倍増
・排出権取引の導入等により、二酸化炭素排出量を2050年までに1990年比80%減  等
2.国民医療の向上
・NIH予算を10年間で倍増(幹細胞研究、個別医療、予防医学等)
・トランスレーショナル研究の促進(研究所での発見から病院での実用化までの迅速化)  等
3.国家・国土安全保障の強化
・ 国防総省国防高等研究計画庁(DARPA)(注3)による長期的ハイリスク研究の促進、国土安全保障省国土安全保障高等研究計画庁(HSARPA)(注4)の再生  等
4.製造業の競争力の回復
・NISTのMEP予算(注5)の倍増  等
5.ITの推進
6.次世代交通システムの構築
7.宇宙分野における米国の主導権の強化
8.農業生産性の維持と向上

(注1)National Institute of Standards and Technology
(注2)Office of Science and Technology Policy
(注3)Defense Advanced Research Projects Agency
(注4)Homeland Security Advanced Research Projects Agency
(注5)Manufacturing Extension Partnership:中小企業の支援が目的
資料:政策研究大学院大学、科学技術振興機構研究開発戦略センター資料を基に文部科学省作成

 事実、2009年2月17日には低環境負荷で効率的なエネルギーや科学技術による経済の転換等を柱とする景気刺激法に署名し、NIHに104億ドル、NSFに30億ドルなど、総額215億ドルの科学技術関係予算を補正措置した。同予算は基礎研究、医療、エネルギー、環境分野に重点が置かれており、2004年度より減少傾向にあったNIH予算の増額や、前述の米国競争力法に規定されたものの、その達成が危ぶまれていたNSF、DOE科学局、NISTの予算倍増計画の当初軌道への復帰を実現させる画期的な内容となっている。
 また、2月24日の施政方針演説においても「基礎研究の資金に米国史上最大の投資を行う」と述べ、基礎研究重視の姿勢を改めて明らかにしている。施政方針演説の2日後に米国議会に提出された2010年度予算教書では、NIHのがん研究予算の倍増、NSFの大学院の奨学金プログラムの増額、DOE科学局の基礎研究への投資の強化等が明記されている。加えて2009年3月には、iPS細胞を樹立した京都大学の山中伸弥教授も出席した署名式典において、ES細胞(胚性幹細胞)研究への政府助成を解禁する大統領令が署名されている。

2.基礎科学力強化に向けた先進的取組
 米国では、1.で述べた予算増の努力のほか、例えば、以下のような基礎科学力強化に向けた先進的取組も併せて行われており、世界の科学技術政策に大きな影響を与えている。

a) ハイリスク研究の支援
 DARPAでは、従来からハイリスク研究を支援し、インターネットの基盤技術となったARPAnetやステルス機の開発等に成功してきた。そのほかにも、発想の画期性や研究がもたらす科学的・社会的影響の大きさを重視した審査の下、通常より高額の補助を行うNIHのパイオニア・アワードや、失敗する可能性は高いものの、既存の研究領域に変革をもたらし得るトランスフォーマティブ・リサーチに対するNSFの支援、これまで克服できなかった深刻な社会問題に関するハイリスク研究を対象としたテクノロジーイノベーションプログラムなど、ハイリスク研究への連邦支援は近年増加傾向にある。また、国防総省以外の連邦省庁でもDARPAにならった機関を設立する動きが広がっており、2003年のHSARPAの設立等に加え、景気刺激法に伴う補正予算では、ARPA‐Eに対し、初めて4億ドルの予算が配分された。

b) 競争的資金の運用の改善等
 米国では、会計年度と研究費の使用に係るアワードイヤー(1)の概念が異なっており、会計年度に縛られることなく研究費を使用することができるほか、研究課題の内容等に応じてアワードイヤーが複数年であるなど、柔軟な研究費制度が整えられている。また、1986年からは大学等と資金配分機関等が協力してFDP(2)という枠組みを構築し、競争的資金制度の改善に向けて忌憚(きたん)のない意見交換を行っている。そこで見いだされた改善策は、一部の大学等において試験的に実施され、効果を確かめた後に一般に適用される仕組みとなっており、アワードイヤーをまたいでの研究費の繰越し、費目間流用、研究期間開始前の研究費の事前配分や1年以内の研究期間の延長等を、資金配分機関の許認可なしに大学等のリサーチ・アドミニストレータの判断で実施可能にするなど、多くの成果を上げている。さらに、近年ではピア・レビュー(3)制度の見直しも進んでおり、NIHでは2009年度から作業時間を柔軟化して優れた評価者の参加を確保するとともに、申請書類の枚数制限等や初の応募者等に対する別枠での機会提供を行うこととしている。


1 Award year:研究年度あるいは競争的資金支給年度を示す。米国では、補助金支給が開始された時からの1年間をいい、会計年度や暦年とは無関係に設定される。

2 1986年から1988年はFlorida Demonstration Project、1988年から1996年はFederal Demonstration Project、1996年以降はFederal Demonstration Partnership。現在は120の大学等と14の資金配分機関等が参画している。

3 専門分野の近い研究者による評価

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資料提供:FDP

3.基礎研究とイノベーションとを結ぶ先進的取組等
 米国では、基礎科学力の強化のみならず、例えば、以下のような基礎研究の成果を次の段階までつなぐ仕組みの整備や実用化を見据えた研究開発の推進に関する先進的取組も行われている。

a) 政府ベンチャーキャピタルの設立
 1999年に中央情報局(CIA)(1)が他省庁に先駆けて設立したインキュテル(2)と呼ばれる政府ベンチャーキャピタルは、自らの目的に合致する技術に特化した投資が可能であるといった利点を活(い)かし、ベンチャー企業によるいわゆる「死の谷」(3)の克服を支援することで、多くの技術の獲得に成功してきている。この成功を受け、2003年には陸軍がオンポイント・テクノロジーズ(4)、連邦航空宇宙局(NASA)(5)がレッドプラネット・キャピタル(6)と呼ばれる政府ベンチャーキャピタルを設立している。


1 Central Intelligence Agency

2 In‐Q‐Tel

3 基礎研究と製品化開発研究との間の研究開発支援が不足している段階

4 On Point Technologies

5 National Aeronautics and Space Administration

6 Red Planet Capital

b) 懸賞金型の競争的資金の活用
 DARPAやNASAでは、設定した目標を達成した団体等に対して資金を提供する懸賞金型の競争的資金を導入しており、長距離無人走行車両や月着陸船の開発等を目指すプログラムを実施している。こうした動きはDOEや運輸省連邦航空局(FAA)(1)にも広がっており、水素技術や再利用可能なジェット燃料の開発競争等が企画されている。

(2) 欧州における取組

 欧州では、欧州研究圏の構築を目指し、主に加盟各国をまたいだ共同研究への支援を行う第7次フレームワークプログラム(FP7)が2007年から実施されており、これに基づく1年当たりの研究資金は、従来のFP6に比べて41%という大幅な増額が図られている。そのうち、欧州研究会議(ERC)(2)を通じた個人研究者への助成については、2013年までの総額で74.6億ユーロが投じられることとなっており、欧州の基礎科学力強化に大きく貢献するものと期待されている。具体的には、知の卓越性の構築に向けて、若手研究者に対する支援と基礎研究を含めた先端研究やハイリスク研究への支援を重点的に行うものであり、非常に高い競争率となっている。
 また、産業界主導の下で組織された欧州テクノロジー・プラットフォーム(ETP)(3)は、FP7への産業界の積極的な参画を実現しているのみならず、産学官が公の場で中長期的な戦略等を議論する新たな枠組みとして関心が集まっている(第1‐3‐15表)。  


1   Federal Aviation Administration

2   European Research Council

3   European Technology Platform

第1‐3‐15表  欧州テクノロジー・プラットフォーム(ETP)の概要

構成 ○欧州の競争力強化に向け、分野ごとに産業界主導で関係者が集まり、ボトムアップ的に発足
○企業経営陣と国家当局の参画を必須とし、すべての関連する産業及び学界等の利害関係者が参加可能
役割 ○対象分野の技術に関する公平かつ透明性のあるビジョンの作成や戦略研究アジェンダの策定・実施
○技術の標準化や欧州・国家・地域レベルのネットワークの構築(民間投資の呼込み等)
○研究成果の商業化に向けて障害となる法や規制等に関する情報及びそれを排除する方策の提供
○技術発展のために導入すべき教育・訓練の提案  等
分野 ○革新的医薬 ○医療ナノ技術 ○生活のための食物 ○森林関連技術
○世界的動物の健康 ○次世代植物  ○給水・公衆衛生技術  ○移動・ワイヤレス通信
○ネットワーク化ソフトウェア・サービス  ○メディアのネットワーク化・電子化
○組込みコンピュータシステム  ○統合スマートシステム技術
○フォトニクス21 ○ナノエレクトロニクス ○次世代繊維・衣料品 ○金属技術
○先端エンジニアリング材料・技術 ○建設技術 ○次世代製造技術
○ロボティックス ○環境対応化学  ○太陽電池 ○無公害化石燃料発電所 
○バイオ燃料技術  ○スマートグリッド技術 ○風力発電技術  ○水素・燃料電池
○自動車交通研究諮問委員会  ○鉄道研究諮問委員会  ○航空工学研究
○水上輸送技術  ○産業の安全技術  ○宇宙技術 ○統合衛星通信
(IDEA Consult“Evaluation of the European Technology Platforms”(2008年8月)Table3より)

資料:科学技術振興機構研究開発戦略センター資料を基に文部科学省作成

4 基礎科学力の強化等に向けて

(1) 基礎科学力強化総合戦略の策定等

 2008年のノーベル賞を複数の日本人が受賞したことを契機に、文部科学大臣の主宰により、ノーベル賞受賞者等の有識者による「基礎科学力強化懇談会」が開催され、研究者への支援、研究環境の整備、創造的人材の育成といった視点から諸課題の方向性に対する議論が行われた。同懇談会での議論を受けて、文部科学省では平成20年12月に「基礎科学力強化総合戦略構想」(第1‐3‐16図)を取りまとめており(1)、平成21年を「基礎科学力強化年」と位置付けた上で、同構想を具体化した「基礎科学力強化総合戦略」の策定に向けて、有識者からなる「基礎科学力強化委員会」などの場において、更なる検討を進めている。基礎科学力の強化にはシステムとして取り組んでいくことが重要であり、中長期的課題への対応を含めた総合的な取組が求められる。
 また、平成21年2月には総合科学技術会議基本政策推進専門調査会の下に「基礎研究強化に向けた長期方策検討ワーキンググループ」が設置され、基礎研究強化に向けた研究システムの改革等についての検討が開始されている。


1 平成21年1月に一部改定

第1‐3‐16図 基礎科学力強化総合戦略構想

第1‐3‐16図 基礎科学力強化総合戦略構想

資料:文部科学省

(2) 研究者の自由な発想に基づく研究の推進

 すべての研究活動の基本は研究者の自由な発想や好奇心に基づく研究にあり、新しい知を生み続ける重厚な知的蓄積があってこそ、学問が発展し、イノベーションが生み出される。また、研究初期の段階から将来の革新的な技術の確立までの道筋を見通すことは極めて困難であり、革新的な技術は、多様な研究の試行錯誤や切磋琢磨(せっさたくま)の中からこそ生まれるものである。ますます多様性を増し、急速に変化し続ける現代社会において、従来の慣習や常識にとらわれない自由な発想に基づく研究の意義は非常に大きく、柔軟な思考と斬新(ざんしん)な着想は、今後の社会の発展に貢献する成果や閉塞(へいそく)状況にある社会を打破する新たな価値観の創出につながると期待される。これまでも基盤的経費や科学研究費補助金等により研究者の自由な発想に基づく研究を推進してきたところであるが、第3期科学技術基本計画(平成18年3月閣議決定)で掲げた約25兆円(1)という政府研究開発投資総額の目標達成に向けて必要な経費を確保していく中で、萌芽(ほうが)期を支える投資をしっかりと拡充していく必要がある。その際、日本人研究者のノーベル賞受賞を受けて、目先の成果にとらわれない基礎研究に対する社会的な理解が深まっており、こうした理解の更なる深化を併せて図ることが重要である。


1 平成18年度から22年度までの基本計画期間中に政府研究開発投資の対GDP比率が1%、同期間中におけるGDPの名目成長率が平均3.1%であることを前提としている。

(3) 産学官による基礎研究からイノベーションに至るシステムの構築

 基礎研究の成果をイノベーションに結び付けていくためには、研究者の自由な発想に基づく多様な研究を推進するだけでは十分ではない。すなわち、社会の抱える問題の解決に資するような課題設定型の創造的な基礎研究や実用化を見据えた研究開発を併せて進めるとともに、イノベーションの創出に向けたシステムを産学官を挙げて構築していかなければならない。その際、諸外国がハイリスク研究に対する投資を強化していることにもかんがみ、大きなイノベーションにつながる研究の芽を適切に拾い上げられるよう、我が国としても、極めて挑戦的な研究を積極的に支援していく必要がある。
 こうした観点からは、まず、重要な政策課題の達成に資する画期的なブレークスルーを目指して研究を行う政策課題対応型の基礎研究制度である戦略的創造研究推進事業について、ハイリスク研究への支援も含めて、強力に推進することが必要である。その際、政策課題と研究領域をつなぐ戦略の策定が重要であり、科学技術振興機構に研究開発戦略センターを設置し、機能を強化してきたところである。
 次に、基礎研究からイノベーションの出口までの研究開発を産学が連携して行う拠点の整備も求められる。科学技術振興調整費の「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムではこのような拠点の整備に取り組んでおり、コラム3で紹介した「基礎研究についての産業界の期待と責務」では、革新研究実行の場の1つとして位置付けられている。同プログラムはシステム改革の先導を目的としており、その充実によって経験や知見等の蓄積と普及を適切に図っていく必要がある。
 また、「国際競争力強化に資する課題解決型イノベーションの推進に向けて」(平成20年5月日本経済団体連合会)や前述の産業競争力懇談会報告書等において、3(2)で述べたETPの取組を参考とした産学官協働の場の創設等が提言されており、基礎研究の段階からイノベーションに至るまでの過程について、産と学で検討する場を充実していくことが重要である。
 そのほか、技術の実用化を目指した支援制度と基礎研究に対する支援制度との更なる連携、目利き人材同士を結ぶ仕組みの整備・充実や政府による投資的要素を含む資金の供給等を通じ、研究成果を「つなぐ」機能を強化していくとともに、懸賞金型の補助金制度を設けることで、実用可能な先端技術の開発を直接的に促すことも重要である。特に、技術の芽の育成や展開については、これまでも産学共同シーズイノベーション化事業や独創的シーズ展開事業等による支援を行ってきているところであるが、最適な事業展開を可能とするためには、今後は、産学官が連携し、個々の技術の芽に応じたよりきめ細かな対応を計画的に行っていく必要がある。
 さらに、産学官による共同研究や企業の研究開発等におけるポストドクターの活用は、産学官協働を推進する側面のみならず、ポストドクター後のキャリアパス(職種や役職を系統的に示した道筋)の多様化を促進する意味からも極めて重要であり、積極的な展開が望まれる。

(4) 先端的な研究を可能とする環境の整備や研究に専念できる体制の構築

 小柴昌俊・東京大学特別栄誉教授が、高性能の光電子増倍管を約1,000本も備えたカミオカンデという実験装置を利用してニュートリノの検出に成功し、平成14年(2002年)にノーベル物理学賞を受賞したことや、平成20年(2008年)に同賞を受賞した小林誠・高エネルギー加速器研究機構特別栄誉教授と益川敏英・京都大学名誉教授の理論の正しさが、電子と陽電子を高頻度で衝突させることのできるBファクトリー加速器(KEKB)を利用した実験で証明されたことから分かるように、基礎科学力の強化に向けては、先端研究施設を整備し、利用しやすい環境を整えていくことも重要な課題である。また、先端的な研究施設のうち、大型で比類のない性能を有し、広範な分野における研究等に活用されることで、その価値を最大限に発揮するような大型の先端研究施設については、国として積極的に共用の促進を図っていく必要がある。このため、大型放射光施設(SPring‐8)と次世代スーパーコンピュータに加え、J‐PARC中性子線施設を特定先端大型研究施設に位置付ける「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律の一部を改正する法律案」を国会に提出したところである。SPring‐8では、新たなインテリジェント触媒(1)の実用化やヘアケア製品の開発といった様々な産業利用成果が生まれており、J‐PARC中性子線施設に対する産業界の期待が高まる中、同法案の成立に向けた努力が求められるほか、自らが有する先端研究施設や機器等を一般に開放し、企業等による活用を進めようとする大学等の取組への支援も重要である。
 加えて、研究者が研究に専念し能力を十分に発揮するため、優秀な研究支援者の確保がさらに求められており、ポストドクターの活用も含めて支援体制の充実を図る必要がある。また、競争的資金に関連する事務作業の軽減が大きな課題となっており、これに対応した取組も求められている。一方、競争的資金制度の改善も事務負担の軽減にとって重要であり、研究開発力強化法では公募型研究開発に係る資金の統一的な使用の基準の整備や公募型研究開発に係る業務の独立行政法人への移管等が規定されている。現在、内閣府を中心に研究開発法人や大学等も交えて「研究資金の効果的活用に向けた勉強会」が開催されており、その検討の深化が待たれるところである。
 さらに、研究者が研究に集中できるサポート体制の整備や多年度に自由に運営できる研究資金の活用など、従来にない全く新しい「研究者最優先」の制度の創設などが求められており、これらを可能とするような先端的科学技術分野で世界をリードする成果を上げ得る研究開発の推進を今後5年間にわたり集中的に実施するための基金を設置すること等を内容とする「独立行政法人日本学術振興会法の一部を改正する法律案」を国会に提出したところである。

第1‐3‐17図 世界最先端研究支援強化プログラム(仮称)

第1‐3‐17図 世界最先端研究支援強化プログラム(仮称)

資料: 内閣府・文部科学省作成


1 触媒活性を維持する自己再生機能を持つ触媒。自動車排気の浄化目的等に用いられている。

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科学技術・学術政策局調査調整課

(科学技術・学術政策局調査調整課)

-- 登録:平成22年03月 --