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平成21年版科学技術白書 第1部 第2章 第4節

第4節 これからの国民生活に必要な科学技術の振興に向けて

 安全・安心な社会の実現や生活の質の向上をはじめとした多様な国民ニーズが存在する現在、科学技術によるイノベーションにより、これらの国民ニーズに適切にこたえていく必要がある。

1 安全・安心な社会の構築に資する科学技術の推進

 近年、自然災害、重大事故、犯罪、食品問題など、国民生活を脅かす事態が、国の内外を問わず多発していることから、科学技術によってそれら国民生活の脅威となっている要因を除去することが期待されている。そこで、平成18年6月、総合科学技術会議は、科学技術の側面から取り組むことが求められる「安全・安心を脅かす危険事態」として、「大規模自然災害」、「重大事故」、「新興・再興感染症」、「食品安全問題」、「テロリズム」、「情報セキュリティ」、「各種犯罪」の7項目を挙げ、安全に資する科学技術の推進方策について提言しているところであり、それらの研究開発の推進が必要である。また、被害が複数の国に及ぶ大規模自然災害や、世界各国の共通課題であるテロリズム等の対応においては国際連携が重要であり、我が国としても積極的に取り組む必要がある。
 以下では、特に近年、国民にとって身近で関心の高い、「大規模自然災害」、「新興・再興感染症」、「食品安全問題」、「テロリズム」に関する研究開発について、その主なものを紹介する。

(1) 大規模自然災害

 これまで我が国は、地震、台風や火山活動等の大規模自然災害によって、国民生活はもとより国土や社会、経済などに多くの被害を被(こうむ)ってきた。特に、近年は平成19年の能登半島地震や新潟県中越沖地震、平成20年の岩手・宮城内陸地震や局地的大雨などが相次いで発生している。そのため、地震・火山・豪雨等の様々な大規模災害への対策を推し進めることが重要となっている。
 こうした中、地震防災に関しては、これまでも政府の地震調査研究推進本部の方針の下、関係機関が連携を図りながら調査研究を推進しており、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布等を示した「全国を概観した地震動予測地図」の作成、被害が深刻であると予想される「首都直下地震」の発生メカニズム解明や高層建築物の耐震化に資する研究等を実施してきた。
 しかしながら、近年、調査観測・研究がほとんど行われていない沿岸地域の断層を震源とする地震が発生しているほか、国家予算規模の被害を出す可能性のある東海・東南海・南海地震の発生が高い確率で予測され、さらに、陸域の浅い地震では震央付近で速報が間に合わないといった緊急地震速報の技術的な課題があることから、これまでの地震調査研究の更なる推進が必要となってきている。また、地震調査研究を推進する上で不可欠な観測網の整備が、陸域に比べ海域では十分でないといった課題もある。
 今後は、これらの事態に対処すべく、沿岸海域に存在する活断層及び発生した場合に我が国の社会・経済活動に深刻な影響を及ぼす地震等に関する調査研究や緊急地震速報の高度化に向けた研究を推進するとともに、海域における観測網を強化し、精度の高い地震発生予測や地震・津波発生状況の早期検知の実現に向けた取組を推進することとしている。
 また、火山については、火山噴火予知と火山防災に関する研究開発等に取り組んできており、火山噴火の前兆現象に関する知見の獲得など、多くの成果が上がってきているものの、噴火推移の予測が十分でないことや観測施設の老朽化等の課題もあり、今後も火山活動に対する観測・調査研究等を強化していくこととしている。
 さらに、平成20年7月から8月にかけて多くの被害をもたらした局地的な大雨については、突発的な雨の強まりや、災害発生の危険性をいかに精度高く予測するかが防災上の大きな課題となっており、防災科学技術研究所が開発したマルチパラメータレーダ(高分解能気象レーダ)を活用した高精度な予測システムの開発など、関連する研究・開発を強化しているところである。

(2) 新興・再興感染症

 近年、国際的に重症急性呼吸器症候群(SARS)(1)や高病原性鳥インフルエンザ(第1‐2‐11図)の発生が相次いで起こり、また、鳥インフルエンザウイルス等が変異することによりヒトからヒトへ感染する新型インフルエンザの蔓延(まんえん)が危惧(きぐ)されていることから、これら新興・再興感染症への対応は喫緊(きっきん)の課題となっている。さらに、これら感染症の流行は、交通の発達等により短期間で世界的規模に拡大する可能性があり、国民生活や社会、経済に甚大(じんだい)な被害を及ぼすことが懸念されている。
 一方で、感染症分野に、人材、研究設備、研究資源等を集中し、症例の発生が疑われる事態等への速やかな対応を行える体制の構築が喫緊(きっきん)の課題となっている。また、研究の側面からは必要な病原体の情報等の入手に時間がかかり、国内での迅速な研究実施に支障が生じるなどの課題が指摘されている。
 このため、我が国においては、アジア・アフリカの新興・再興感染症の発生国あるいは発生が想定される国に、現地研究機関と協力して研究拠点を設置するとともに、国内の体制を整備し、感染症対策を支える基礎研究を集中的・継続的に進めているところである。今後とも、こうした研究を推進していくほか、国内発生等の緊急時に即戦力として活躍できる研究人材を確保し、あわせて、将来にわたっての活躍が期待される研究者の育成を強化していく必要がある。また、緊急時であっても国民に迅速に十分なワクチン提供ができる生産体制を確保するなど、発生時期が予測できない新興・再興感染症対策の準備が必要となっている。


1 Severe Acute Respiratory Syndrome

第1‐2‐11図  鳥インフルエンザの公式発表に基づく分布

第1‐2‐11図  鳥インフルエンザの公式発表に基づく分布

資料:国立感染症研究所

(3) 食品安全問題

 近年、食品偽装や中国産冷凍ギョーザによる食中毒の発生など、食の安全を脅かす事件が多発しており、食品安全に対する国民の関心が高まっている。特に我が国の主食である米についても、食品偽装が発覚するなど、広域流通社会において、食品安全問題の解決が切に求められている。
 このため、食品の生産・加工・流通の各段階を通じて、有害な微生物や化学物質等の迅速な検知や被害の低減に資する研究開発を推進する必要がある。また、農畜水産物の品質や産地の違いを遺伝子や成分の差異によって判別可能とし、食品表示の容易な検証等を可能とするための研究開発が求められている。

(4) テロリズム

生物化学テロ訓練状況

生物化学テロ訓練状況
写真提供:警察庁

 2001年9月11日の米国同時多発テロ以降、世界各地でテロが発生しており、テロ対策が世界共通の課題となっている。我が国も例外ではなく、一瞬にして多くの命を奪うテロの未然防止、被害拡大防止に努めることは喫緊(きっきん)の課題であり、爆発物、核物質、生物剤(1)、生物毒素、化学剤など、テロ関連物質を対象とした非開披(ひかいひ)(2)、迅速かつ確実な現場探知、識別、除染の装備資材に資する科学技術基盤の強化が必要である。しかし、テロ関連物質の探知機材に関しては、そのほとんどを海外の製品に頼っており、また、多くが軍用に開発されたものであることから、これら機材の技術に関しては公開されていない部分も多い。このため、今後は我が国独自の探知技術を開発する必要がある。
 さらに、国際的な安全保障に貢献するとともに、海外の豊富な知見・経験を我が国の研究開発に活(い)かすためにも、テロ対策技術について、機微情報を含め、海外の先進諸国との協力を強化する必要がある。


1 生物兵器の基となる病原微生物やその毒素

2 封書等に隠(いん)蔽(ぺい)されている危険物質等を開封せずに探知すること

2 生活の質の向上に資する科学技術の推進

 科学技術はこれまで、豊かな生活や安全・安心な生活の実現等に貢献してきたが、人々の求める豊かさは、物質的な豊かさから精神的な豊かさに比重を移している。今後は、新たな発見等を通じて人々の知的好奇心を満たし続けるとともに、国民の健康のための科学技術や高齢化等に対応した科学技術を振興することで、心の豊かさを実現し、生活の質を向上させていく必要がある。

(1) 国民の健康のための科学技術

 科学技術の発展は、医療水準や栄養、衛生状態の向上をもたらし、我が国の平均寿命の伸長に大きく貢献してきた。しかし、真に生活の質を向上させるという観点からは、平均寿命を延ばすだけでは十分でなく、健康寿命の延伸に向けて更なる努力を行うことが求められている。
 そのためには、ネイチャーやサイエンス等の主要科学雑誌に掲載されるなど、国際的にも高い評価を受けている我が国のライフサイエンス分野の基礎研究成果を活(い)かし、脊髄(せきずい)損傷、心筋梗塞(こうそく)、糖尿病等の難病・生活習慣病や、うつ病やアルツハイマー病等の精神疾患(しっかん)、我が国の死亡原因の第1位であるがん等に対する革新的な診断法や治療法を開発していくことが必要である。しかしながら、我が国においては、臨床研究・臨床への橋渡し研究(トランスレーショナル・リサーチ)に対する支援体制等の基盤が十分に整備されていないため、我が国の優れた基礎研究の成果が薬品・医療機器等として実用化に至っておらず、また、創薬プロセスの長期化・非効率化等により、十分な成果が迅速に社会還元されているとはいい難い状況にある。
 今後は、それら成果を次世代の革新的な診断・治療法の開発につなげるための橋渡し研究を推進するとともに、橋渡し研究を支援する機関の充実・強化等を図り、また、治験・臨床研究の基盤整備、先端医療開発特区(スーパー特区)の活用等により最先端の医療を迅速に国民へ還元する必要がある。
 特に、平成19年11月に京都大学の山中伸弥教授のチームが作製に成功したと発表したヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)(1)は、再生医療のみならず、疾患(しっかん)のメカニズムの解明や創薬にも資する、これまでの医療を根本的に変革する可能性を有している日本発の技術である。平成20年9月には京都大学が権利者となって特許出願を行っていたiPS細胞作製方法についての特許が日本で成立しており、臨床応用が進み、難病に苦しむ世界中の患者の福音となるように、文部科学省の再生医療の実現化プロジェクト(第1‐2‐12図)等、関連の研究を推進していく必要がある。

iPS細胞

iPS細胞
写真提供:京都大学山中伸弥教授


1   induced pluripotent cells : 体から採取された細胞(体細胞)に遺伝子を導入して作成され、体の様々な部分に分化する能力と高い増殖能力を有する細胞

第1‐2‐12図  再生医療の実現化プロジェクト

 第1‐2‐12図  再生医療の実現化プロジェクト

資料:文部科学省作成

(2) 高齢化等に対応した科学技術

ロボットスーツHAL TM

ロボットスーツHALTM
写真提供:山海嘉之・筑波大学教授

 我が国は2025年には国民の30%以上が65歳以上の高齢者となる超高齢社会を迎えると予測されており、今以上に高齢者が生きがいを持てる社会の構築が求められている。また、同時に少子化の進行も予測されていることから、高齢者や身体障害者を介護・支援する人材は今後ますます不足し、介護・支援者1人当たりの負担も増大すると考えられる。
 このような中で、自立支援ロボットや操作の容易な自動車等の開発・実用化により高齢者や身体障害者の生活の幅を広げ、社会に接する機会を増やすことで、心の豊かさを実現し、生きがいの持てる社会を構築することが重要となる。例えば、筑波大学発ベンチャーであるサイバーダイン株式会社は、人間の機能を拡張・増幅・補助することを主目的とした全身装着型ロボットスーツHALを開発した。このスーツは、体に装着することで身体機能を拡張・増幅することができる世界初のロボット型スーツであり、これまで動かせなかった難病患者の脚がこのスーツによって本人の意志で動かせるようになるという成果も上がっている。また、同社は大和ハウス工業株式会社を通じて介護・福祉施設向けにHALのリース販売を開始するなど、こうした技術は着実に我々の身近なものになってきている。今後は更なる研究開発はもちろんのこと、安全基準等を整備し、社会への普及を図る必要がある。

お問合せ先

科学技術・学術政策局調査調整課

(科学技術・学術政策局調査調整課)

-- 登録:平成22年03月 --