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平成21年版科学技術白書 第1部 第2章 第2節

第2節 ものづくりの維持・強化に向けて

1 我が国のものづくりを巡る状況

 天然資源に乏しい我が国は、食糧やエネルギー原材料の多くを海外からの輸入に依存しており、工業製品の輸出が必要な外貨の獲得に大きな役割を果たしてきた。このような加工貿易を経済活動の根幹とする我が国にとって、工業製品を生産する製造業、いわゆるものづくりの維持・強化は重要な課題である。また、国民生活の質や豊かさを維持するためにも、他産業への波及効果の高いものづくりの維持・強化は不可欠である (第1‐2‐4図) 。さらに、高いものづくり技術は地球環境問題の解決にも貢献するものである。
 しかしながら、我が国のものづくりは製品のモジュール化等の大きな環境変化に直面しており、国立科学財団(NSF)(1)の調査によれば、その販売額の世界シェアは、中国と並ぶまでに低下している状況にある (第1‐2‐5図) 。
 また、現在、世界的な経済危機を主な原因として、我が国のものづくりにおいて急激な雇用機会の減少が起きており、重大な社会問題となっている。


1 National Science Foundation

第1‐2‐4図  製造業の全産業への波及効果

第1‐2‐4図  製造業の全産業への波及効果

資料: 科学技術政策研究所「我が国における科学技術に裏付けされた『ものづくり技術分野』の状況と在り方」

第1‐2‐5図  主要国の製造業の販売額のシェアの推移

第1‐2‐5図  主要国の製造業の販売額のシェアの推移

資料:NSF“Science and Engineering Indicators 2008”

 第1章第1節で述べたように、モジュール化の進展により、シェアの低下に悩む最終製品と競争優位を維持する素材等という競争力の二極化が進んでいる。このため、我が国のものづくりを維持・強化するためには、素材等の優位を有する分野における競争力を維持しつつ、あわせて現在の自動車産業やエレクトロニクス産業に匹敵するような大きな経済波及効果や雇用吸収力を有する新たな産業を創出していくことが重要である。

2 ものづくりの新たなイノベーションに向けて

 環境変化に対応し、我が国のものづくりが引き続き世界をリードしていくためには、その高度化を図っていくことが重要であり、諸外国に容易に模倣されない、卓越した技術に裏付けられた製品やビジネスモデルを創出していくことが求められている。
 このためには、以下のような取組による新たなイノベーションの創出が必要である。

(1) 中核技術の維持・高度化

 我が国においては、素材等について競争優位を維持するとともに、製品のモジュール化が進む中にあっても、光ディスクにおける光ピックアップのように、製品の中核となる技術領域において模倣が難しい高度な技術力を確保することで国際競争力を維持している企業もある。

 しかしながら、現在、東アジア諸国は、素材等の産業の強化に国を挙げて取り組んでいる。例えば、素材等の輸入による大幅な対日貿易赤字に悩む韓国では、「部品・素材開発基本計画」を策定し、素材等の製造における急速なキャッチアップを目指している。このため、今後は素材等の分野においても、アジア諸国との世界シェアの獲得に向けた競争が激化する可能性が高い。
 このため、今後、我が国としても素材等の分野における競争力の維持・確保に一層の努力を払っていく必要がある。
 また、その際、第1章第1節で記述したような科学とイノベーションの接近などの現象を踏まえれば、基礎研究を担う大学等や研究開発法人の基礎研究の成果をどのように企業に展開していくかが競争力維持のかぎとなる。
 このような素材等において、大学発の基礎研究の成果を活用し、我が国の企業が大きな世界シェアを確保した事例としては、青色発光ダイオード等のLEDや、垂直磁気記録方式によるハードディスクドライブ(HDD)が有名である。
 また、半導体については、機能の高度化が半導体製造装置の微細加工技術に依拠してきたが、第1章第1節で記述したように、半導体集積回路の微細化は10ナノメートルのレベルで実質的な限界に到達する可能性が指摘されるなど、IT基盤技術の限界到達が指摘されており、微細加工のスケールが原子レベルに近づくにしたがい、既存の微細加工技術の延長線上では性能の高度化は望めなくなっている。このため、次世代の半導体の開発には新たな素材等の探索も含め、基礎的な科学にさかのぼって物理的な限界を突破することが必要となっている。
 産業技術総合研究所では、平成13年度より「半導体MIRAIプロジェクト」の一環として半導体の微細化技術の研究開発を実施し、微細化の限界到達が見据えられるほどの成果を上げてきた。また、今後必要となる原子レベルでの加工技術の実現に向け、ナノエレクトロニクスの研究開発が必要となってきたことから、平成20年4月にはナノ電子デバイス研究センターを設立している。さらに、ナノエレクトロニクスイノベーションプラットフォームを整備し、産業技術総合研究所の他部門や外部機関との連携も図りつつ、基礎技術をデバイス実証に結び付ける場として、その運用を行っているところである。これらの成果を踏まえ、半導体デバイスの三次元化による高機能化や革新的デバイスによる半導体回路の低消費電力化、高効率化等を推進していく必要がある。
 今後とも、素材等の製品の根幹を担う分野において、諸外国に容易に模倣されない卓越した技術の開発を行っていくためには、企業と大学等や研究開発法人との連携による基礎研究からイノベーションに至る官民一体となった取組を行っていくことが必要である。

(2) 新たなものづくりへの対応

 我が国のものづくりの強みは、ものづくり人材により長年にわたって継承された「匠(たくみ)の技」に依拠している部分が大きい。しかし、いわゆる「2007年問題」と呼ばれる高度なものづくり技能を有する人材の退職により、その喪失が懸念されているところである。
 しかしながら、近年では、高度に発展してきたITやシミュレーション技術をものづくりの現場に適用することで、可視化が困難であるといわれていた「匠(たくみ)の技」を可視化し、技術として体系化することが可能となりつつある。また、ITやシミュレーションを活用して高度なものづくり技能を継承するだけではなく、ものづくりの更なる高度化に対応していくことが重要である。例えば、地球シミュレータ(1)を保有する海洋研究開発機構では、文部科学省の先端研究施設共用促進事業による支援の下、地球シミュレータ産業戦略利用プログラムを実施し、ものづくりなどにおけるシミュレーションの活用等を支援しており、こうした取組の普及が求められる(第1‐2‐6図)。
 さらに、近年では、ものづくりにおいてサービスが果たす役割が重要になってきており、顧客の発注から製品の製造、物流、保守等に至るまでのサービスを高度に統合し、システム化して取り扱う「製造流通業」とも呼ばれるような新たな産業の形態も出現してきている。
 ものづくりとサービスとの融合は新たな事業形態のビジネスと雇用を創出するとともに、我が国の強みであるものづくりに新たな付加価値を与えていくものと考えられる。このため、後述のサービス科学・工学を振興する際に、ものづくりとサービスの融合に配慮していくことが必要である。


1  海洋研究開発機構が所有し、2002年の稼動開始当時に世界最高水準の計算能力を達成したスーパーコンピュータで、地球規模の気候変動の研究に利用され、世界的に高い評価を得ている。最近では、産業用の利用も行われている。

第1‐2‐6図 新幹線車両の空力騒音シミュレーション

 高速で移動する新幹線車両の周辺には複雑な空気の流れが発生し、それが走行時の空力騒音(風切り音)の原因であることは知られていた。しかし、音源となる乱れた空気の流れを実験的に測定することは難しく、騒音の発生のメカニズムを把握するのは困難であった。
 このように高速で移動する車両周辺の乱れた空気の流れを表すには、膨大な計算を行うことが必要であり、高性能なスーパーコンピュータの出現が待たれていたところである。
 JR東日本では、稼動開始時に世界最高水準の計算能力を達成した「地球シミュレータ」を活用することにより、新幹線車両の空力騒音シミュレーションを行っている。
 これにより、従来は、実験的には困難であった渦の変形など、乱れた空気の流れを解析することが可能となり、騒音発生メカニズムの解明と、低騒音車両の開発に役立つと期待されている。

第1‐2‐6図 新幹線車両の空力騒音シミュレーション

資料:東日本旅客鉄道株式会社、海洋研究開発機構

(3) 技術経営力の向上

 ものづくりにおける国際競争力を維持・強化していくためには、技術的なイノベーションに着目するだけでなく、市場シェア獲得に向けたビジネスモデルの確立も視野に入れた幅広いイノベーションの創出が必要である。
 製品のモジュール化が進展する中、「匠(たくみ)の技」を含む徹底した「すりあわせ」の強みを活(い)かした中核技術を保持していくだけでは、国際的大競争に打ち勝つことは困難である。このため、中核技術の確立とともに、ビジネスモデルを想定した戦略的な世界標準の獲得や、新興国の企業を取り込んで組立てを委託するなど、技術、知的財産、標準、国際連携等を一体化した戦略的な取組が必要となっている。
 また、技術のみに特化することなく、iPodのように、技術イノベーションとアイデア・コンセプトとの融合、さらにはブランド・イメージの積極的活用等も併せて、グローバルにシェアの獲得を目指すビジネスモデルの確立など、広い意味での技術経営も重要である。
 さらに、研究開発そのものの在り方についても、第1章第1節で述べたようなイノベーションのオープン化やグローバル化の中で、外部機関との情報共有等を伴うオープン・イノベーションと、中核技術の確立につながるクローズド・イノベーションとの使い分けなど、大学や他企業等の外部機関との連携の在り方についても高度な戦略が必要となっている。
 このように技術経営力の強化が不可欠であるとの認識の下、平成19年5月には産業技術力強化法が改正され、国及び事業者の責務として技術経営力の強化が明確化され、国は技術経営力の強化のために必要な施策を講ずることとなった。さらに、研究開発力強化法においても「科学技術経営に関する知識の習得の促進等」が国の責務として位置付けられたところである。
 また、社会的・国際的に活躍できる高度専門職業人養成に対するニーズの高まりを受け、平成15年度より専門職大学院制度が創設されており、そのうち、科学技術の進展や経済社会のグローバル化に伴って特に重要な役割を担うと期待されるビジネスや技術経営(MOT)(1)に関する専門職大学院は、平成21年度の開設を含めて30大学32専攻が設置されるに至っている。
 さらに、特許等の知的財産権についても、オープン・イノベーションとクローズド・イノベーションの使い分けなどが必要との指摘が、平成20年3月に知的財産戦略本部の「知的財産による競争力強化専門調査会」により成されている。
 このように、ものづくりの国際競争力を更に高めるためには、技術経営力の総合的な強化に向けた取組が必要である。


1   Management of Technology

(4) ものづくりの維持・強化に向けたクラスター形成と人材育成

 前述のように、我が国のものづくりは、素材等に関しては極めて高いシェアを誇っており、地域にはニッチトップ企業と称される、製品の販売額の世界シェアが50%を超える中小・中堅企業が多く存在している。このようなニッチトップ企業を含む地域の産業集積は、我が国のものづくりを支える基盤として機能しており、文部科学省の知的クラスター創成事業や経済産業省の産業クラスター計画など、その維持・発展に向けた施策が講じられている。今後とも技術力の高い地域企業を輩出し、我が国の競争力を維持するためには、大学等の研究機関との連携による技術開発を加速的に進められるよう、地域における産学官連携を推進する拠点施設の整備などを図り、地域の産業集積を一層発展させていくことが必要である(第1‐2‐7図)。

第1‐2‐7図 東海広域ナノテクものづくりクラスター

 知的クラスターの1つである東海広域ナノテクものづくりクラスターでは、「世界有数のものづくり拠点としての持続的発展」を戦略として掲げ、先進ナノテクノロジーを活用した、自動車・工作機械や航空機産業の裾野を支えている中小・中堅企業の部材加工技術の底上げを目指している。
 具体的には、「世界を先導する環境調和型高度機能部材の創生」をコンセプトに、先進プラズマナノ科学・工学を核として、省エネ・環境負荷低減に貢献する部材の高機能化やナノ加工技術の高度化に向けた研究開発を推進するとともに、研究成果の普及や応用研究・試作開発を支援するなど、中小・中堅企業への技術移転や事業化の促進に向けて、地域が連携して取組を進めている。

第1‐2‐7図 東海広域ナノテクものづくりクラスター

資料:科学技術交流財団

 また、このような産業集積と並び、我が国のものづくりを支えてきたものづくり人材については、若年層の入職者が低い水準にとどまる一方で、団塊世代の大量退職等による高度なものづくり技能の喪失(いわゆる「2007年問題」)が起こるなど、厳しい状況にある。中長期的な人口減少が懸念される中、ものづくり人材の育成と確保は喫緊(きっきん)の課題となっている。
 このため、文部科学省と経済産業省では、専門高校と地域産業界とが連携して地域のものづくり人材を育成する「ものづくり人材育成のための専門高校・地域産業連携事業」を平成19年度に開始した。また、高等専門学校生や大学生を対象としたインターンシップ・プログラム等の産学協働による人材育成や、博士号取得者の産業界での活躍促進に取り組むとともに、技術士制度や優秀な技術者に対する表彰等を通じて技術者の技能や意欲の向上を図っている。
 以上のように、我が国の強みであるものづくりの維持・強化に向けて、地域の産学官連携を通じたものづくりの裾野の強化や人材の育成に継続的に取り組むことが必要である。

お問合せ先

科学技術・学術政策局調査調整課

(科学技術・学術政策局調査調整課)

-- 登録:平成22年03月 --