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平成21年版科学技術白書 第1部 第1章 第1節

第1節 イノベーションの新たな潮流

 我が国は従来、欧米先進国へのキャッチアップ(追上げ)という明確な目標の下、技術導入をベースとした製品や生産工程の改良を中心に、漸進的なイノベーションにより経済成長を遂げてきた。特に、設備の高度化等の生産工程の改良によるイノベーションはプロセス・イノベーションと呼ばれ、高度成長を支えた卓越したものづくりの実現に大きく寄与してきた。
 しかしながら、近年、このような日本型のイノベーションモデルを支えてきた終身雇用による企業内の人材育成システム等の前提条件が大きく揺らぎつつあるととともに、プロセス・イノベーションの分野における韓国、台湾、中国などアジア�ゥ国の激しい追上げに直面している。後述するような科学とイノベーションの接近の流れも踏まえれば、我が国は、昨年の4名の研究者によるノーベル賞受賞に象徴されるような高い研究開発力を活用した画期的な製品やサービスの創出、いわゆるプロダクト・イノベーションに比重を移さざるを得ない状況にある。
 さらに、現在、国際的大競争の嵐の中で、世界的にイノベーションの在り方が激変しつつあり、我が国の企業等も新たな研究開発システムの構築等の対応を余儀なくされている。
 以下、我が国が直面している新たなイノベーションの潮流を概観する。

1  イノベーションのオープン化、グローバル化

(1) イノベーションのオープン化

 従来、我が国の企業は、製品の製造のみならず研究開発においても、すべて自社又は系列企業等の固定的なグループ内等で行う、いわゆる「自前型」、「垂直統合型」の研究開発システムの下、多くのイノベーションを成し遂げてきた。
 しかしながら、現在、グローバルな競争の激化、研究開発投資の大規模化等の環境変化から、1つの企業やグループが基礎研究から製品開発に至る研究開発をすべて一貫して行うことは困難となっており、研究開発の選択と集中を行わざるを得ない状況となっている。
 その結果、製品やサービスの中核となる技術は自社内で開発しつつ、周辺技術の開発や基礎研究は外部機関と連携して行う傾向が強まっている。特に、米国では、ある業界において指導的地位を占める企業が、多くの主体をグローバルに巻き込み、オープンな形で研究開発を進めるという戦略が浸透している。例えば、パーソナルコンピュータの中核部品である中央演算処理装置(CPU)(1)を製造するインテル(2)が、台湾をはじめとする各国の企業と協力しつつ、パーソナルコンピュータの開発を主導してきたことは有名である。また、アイ・ビー・エム(IBM)(3)では、多額の研究開発投資を必要とする先端半導体技術等に関し、Albany NanoTech(通称)(4)で競合他社を含めた世界の企業、研究機関が参加するオープンな研究環境を構築している。さらに、ボーイング(5)では、同社が必要とする技術を探し、取り入れるため、「ボーイング・テクノロジー・アライアンス」というパートナー企業や団体のネットワークを組織している(第1‐1‐1図)。  

第1‐1‐1図  ボーイング・テクノロジー・アライアンス

第1‐1‐1図  ボーイング・テクノロジー・アライアンス
 資料:新エネルギー・産業技術総合開発機構ワシントン事務所

 このように、企業は外部の研究機関との連携を強めており、基礎研究の主要な担い手である大学や政府の研究所等の公的研究機関の役割が重要になっている。また、単なるアウトソーシング(外部委託)型のイノベーションのオープン化のみならず、ナノエレクトロニクス等の分野における世界的な拠点として有名なベルギーの大学間マイクロエレクトロニクス・センター(IMEC)(6)のように、基礎研究段階など外部機関との情報共有や協働が可能な研究開発段階において、多数の大学や企業等が協働し、研究開発の相乗効果を上げている例も見られるようになっている(第1‐1‐2図)。加えて、バイオやIT等の分野においては、ベンチャー企業が公的研究機関による基礎研究と大企業による製品開発の間の橋渡しとなる研究開発を行い、大企業の研究開発リスクを大幅に緩和する機能を果たすようになっている。


1  Central Processing Unit

2  Intel Corporation

3  International Business Machines Corporation (IBM)

4 アルバニー大学をベースとし、ニューヨーク州がハイテク産業の支援に向けて設立した5つのCenter of Excellenceのうちの1つ

5  The Boeing Company

6  Interuniversity Micro Electronics Center

第1‐1‐2図 IMEC

 優れたオープン・イノベーションのマネジメント事例として有名なIMECは、ルーベン大学を退職したスタッフにより、1984年に国や企業から独立した非営利組織としてベルギーのルーベンに創設されたナノエレクトロニクスとナノテクノロジーの分野における世界的な拠点である。
 その主な研究活動は、大学における基礎研究と産業界の技術開発の橋渡しを行うものである。ベルギーという立地から、グローバルに共同研究相手先を求め、世界中の企業等がIMECとの共同研究を行っている。
 具体的な研究プログラムとしては、非競争領域であり、他社との情報共有や協働が可能な研究開発段階であるR1、競争領域であり、そのようなことが困難なR2という2つの段階が設けられ、前者の段階においては、世界から集まった企業や大学の研究者が研究成果や情報を共有することにより、研究開発の相乗効果を上げている。また、後者の段階では、特定企業とIMECだけが情報を共有するなど、オープン(開放的)な形での研究開発とクローズド(閉鎖的)な形での研究開発の巧みな使い分けが行われている。

 IMECの研究戦略モデル
資料:科学技術振興機構研究開発戦略センター「我が国の研究開発拠点構築に資する主要各国のナノテクインフラ投資戦略調査」

 我が国においても、企業は大学や他企業といった社外に支出する研究開発費を増大しつつある(第1‐1‐3図)。また、8割以上の企業が外部機関との研究協力を行っており、その協力先も国内の大学を筆頭に海外の機関まで多岐にわたっている(第1‐1‐4図)。さらに、今後、大学等の外部機関との共同研究を特に活用したいとの意向を示す企業は、現在、特に活用しているとする企業よりも多く、共同研究に対する前向きな姿勢がうかがえる(第1‐1‐5図)。
 このような状況の中、大学等においても、共同研究等による企業からの外部資金の受入額が増加しつつある(第1‐1‐6図)。

第1‐1‐3図  企業における社外支出研究費割合(国内+海外)

第1‐1‐3図  企業における社外支出研究費割合(国内+海外)
資料:総務省「科学技術研究調査報告」

第1‐1‐4図  国内外の大学、公的機関、企業等との研究協力を実施している企業の割合

第1‐1‐4図  国内外の大学、公的機関、企業等との研究協力を実施している企業の割合
資料:文部科学省「民間企業の研究活動に関する調査(平成19年度)」

第1‐1‐5図  共同研究の活用予定

第1‐1‐5図  共同研究の活用予定
資料:経済産業省作成

第1‐1‐6図 国公私立大学等の民間企業からの研究資金等の受入額の推移

第1‐1‐6図 国公私立大学等の民間企業からの研究資金等の受入額の推移
 注):
1.その他知的財産実施料収入については、平成15、16年度は調査を行っていない。
2.治験については、平成15年度は調査を行っていない。
資料:文部科学省「産学官連携等実施状況調査」

 このようなイノベーションのオープン化の動きに我が国の官民の研究機関が適切に対応していくことが必要である。特に、官民一体となった研究開発を行う際には、IMECで見られるように、営利活動から遠く、外部機関との情報共有や協働が障害とならない基礎研究等の非競争領域においては、研究開発投資の効率を高めるため、多数の機関による相乗効果が発現されるオープン(開放的)な形での研究開発を行うことが重要となりつつある。一方、営利活動に近く、そのような情報共有や協働が困難となる応用研究等の競争領域においては、クローズド(閉鎖的)な形での研究開発を進めることが必要であり、これらの戦略的な使い分けなどの巧みなマネジメントが重要となってきている。
 前述のように、これまで我が国の企業は、いわゆる「自前型」、「垂直統合型」の研究開発システムの下、多くのイノベーションを成し遂げてきたが、近年は、コラム3に見られるようにイノベーションのオープン化の時代における大学などとの連携の必要性を強く意識するようになっている。このため、我が国における基礎研究の実施の中核である大学等や研究開発法人のような公的研究機関の重要性が飛躍的に増しており、公的研究機関の側においてもこのようなイノベーションのオープン化への対応を行っていく必要がある。

(2) イノベーションのグローバル化

 イノベーションのオープン化と並行して、事業のみならず、研究開発活動を含めてグローバルに展開する動きも進展している。全米アカデミーズが2006年に発表した報告書「Here or There?」によると、調査に参加した200以上の多国籍企業のうち90%近くが研究開発機能を海外展開しており、約20%は自社の技術者の半数以上を海外に配置しているとしている。また、海外展開の利点として、従来の人件費をはじめとするコスト削減に加え、最近では海外の優秀な人材の存在が重視されつつある(第1‐1‐7図)。

第1‐1‐7図  企業が海外展開(オフショアリング)を行う理由

第1‐1‐7図  企業が海外展開(オフショアリング)を行う理由
 資料:Duke University/Archstone Consulting Offshoring Research Network 2004 and 2005 Surveys; Duke University/Booz Allen Hamilton Offshoring Research Network 2006 Survey

 また、米国では、このような企業の研究開発のグローバル化に対応して、大学の側においても、海外企業をグローバルに取り込んで、研究開発のリソース(資源)として活用する動きが活発化している。例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)(1)では、海外企業も含めた産学連携を推進するため、産業リエゾン・プログラムを設置している。同プログラムでは、学部付きのリエゾン(外部連携部門)がメンバー企業のニーズに適した学部や研究チーム等を選択して援助を行っており、我が国の企業も多数参加している(第1‐1‐8表)。


1  Massachusetts Institute of Technology

第1‐1‐8表 産業・リエゾンプログラムのメンバー企業の例

第1‐1‐8表 産業・リエゾンプログラムのメンバー企業の例
資料:マサチューセッツ工科大学ホームページを基に新エネルギー・産業技術総合開発機構ワシントン事務所作成

 我が国の企業においても、海外に対する社外支出研究費を増加させつつつあり、平成14年から19年の5年間でその額をほぼ倍増させている(第1‐1‐9図)。さらに、我が国の諸外国との特許等の技術の提供又は受入れを示す技術貿易の額も年々増加する傾向にある。

第1‐1‐9図 海外への外部支出研究費の増大

第1‐1‐9図 海外への外部支出研究費の増大
 資料:総務省「科学技術研究調査報告」

 また、研究拠点の海外進出という面からみても、資本金500億円以上の企業においては、約半数が海外の研究開発拠点を設置していると回答しており、特に中国における研究開発拠点の増加が顕著である(第1‐1‐10図)。

第1‐1‐10図  海外研究開発拠点の設置地域

第1‐1‐10図  海外研究開発拠点の設置地域
 資料:文部科学省「民間企業の研究活動に関する調査」

 このようなイノベーションのグローバル化の中で、海外企業のみならず、我が国の企業においても、研究開発拠点の設置等を通じて研究活動をグローバルに展開しており、従来のように自国で研究活動を行うとは限らなくなっている。
 このため、我が国の官民の研究機関においては、その研究開発力を強化することにより、世界のイノベーション拠点としての地位を獲得・維持していくことが求められている。

2  モジュール化の進展による新興国への生産工程等の移行

 我が国の企業は、生産工程の改良を中心としたプロセス・イノベーションに卓越してきた。これに加え、自動車産業の製造工程に代表されるような、多数の工程や部品をきめ細かく調整して組み合わせる「すりあわせ」による優位が指摘されることが多い。
 しかしながら、現在、パーソナルコンピュータや携帯電話といったエレクトロニクス製品を中心に、標準化された汎用(はんよう)部品の組合せで製造を行うことにより、組立て自体に高度なすりあわせを必要としなくなる「モジュール化」と呼ばれる現象が進展している。過去の事例では、1980年代にIBMが自社のパーソナルコンピュータを汎用(はんよう)部品の組合せで構成可能としたことにより、組立工程には技術的な格差がほとんどつけられないようになった。また、部品の供給を外部の企業に大幅に依存するようになった結果、パーソナルコンピュータの技術的な中核は、基本ソフトやCPU等の各構成部品に移動することとなった。
 このようなモジュール化が、デジタル家電をはじめとするエレクトロニクス産業全体に広がりつつある。このため、組立工程が人件費等の製造コストが安い国へ移転されるとともに、製品の技術的な中核やイノベーションの舞台が標準化された汎用(はんよう)部品やそれらを構成する素材等に移ってきている。その結果、エレクトロニクス製品については、設計企画と最終製品の製造の分離等の国際的な事業の水平分業が進展し、このような変化に十分対応できていない我が国の企業はシェア(市場占有率)を顕著に低下させている。
 また、最終製品のみならず、その構成部品についてもモジュール化及びそれに伴う事業の水平分業が生じつつあり、例えば半導体については、シリコンウェハー等の素材と製造装置さえあれば、中国等の新興国においても比較的容易に生産が可能となっている。
 モジュール化に伴うシェアの低下は、関連特許の約9割を我が国の企業が有しているDVDプレイヤーのほか、液晶パネル、太陽光発電セル、カーナビゲーションなど、日本発のプロダクト・イノベーションの成果である製品についても起こっている(第1‐1‐11図)。

第1‐1‐11図 モジュール化した製品に関する我が国の企業のシェアの推移

第1‐1‐11図 モジュール化した製品に関する我が国の企業のシェアの推移
資料:小川紘一・東京大学教授「新・日本型イノベーションとしての標準化・事業戦略(11)」

 ものづくり産業全般を見ても、我が国の企業は、自動車や複写機など、製造工程に高度なすりあわせが必要な一部の製品を除き、最終製品のシェアを失いつつある。
 一方、事業の水平分業への対応を得意とする中国、台湾等の企業は、欧米企業のイノベーションの成果をうまく活用し、エレクトロニクス製品等のシェアを大きく伸ばしつつあるとともに、高い利益率を上げるようになっている。加えて、欧米の一部の企業は、自社が有する優れた製品の設計、企画能力と中国、台湾等の企業が有する最終製品の製造能力を巧みなグローバル連携を通じて組み合わせることなどにより、シェアを大幅に拡大している。
 ただし、高い技術水準やすりあわせを要する部品、素材、製造装置等(以下「素材等」という。)については、我が国の企業は非常に高いシェアを有している。例えば、半導体の素材であるシリコンウェハーや液晶パネルを構成するガラス基盤など、我が国の企業が圧倒的な世界シェアを有しているものも少なくない。かつて我が国が国際競争力を有していた情報家電産業について見れば、最終製品のシェアは25%にとどまっている反面、川上の素材等においては、6割以上のシェアを有している(第1‐1‐12図)。
 この結果、我が国では、シェアの低下に悩む最終製品と競争優位を維持する素材等という競争力の二極化が進んでいる。

第1‐1‐12図  情報家電産業の川上・川下の国際シェア

第1‐1‐12図  情報家電産業の川上・川下の国際シェア
 資料:文部科学省、厚生労働省、経済産業省「2006年版ものづくり白書」

 このため、今後、このようなモジュール化の進展の中で、製品のビジネスモデルの要(かなめ)を握る中核的な素材等の技術を見極めて研究開発を行うとともに、それを核に他機関を巻き込みつつ、製品全体の研究開発や事業展開をグローバル市場において主導していけるよう、技術経営力の強化に取り組む必要がある。

3  科学とイノベーションの接近、シミュレーションや数学の活用などによる研究開発の在り方の変化

 近年、世界的にサイエンス・リンケージ(1)が高まっているなど、従来技術の斬新(ざんしん)的改良の限界が来つつあること等から科学の成果を製品開発に応用する必要が高まっており、その結果として、科学の成果と製品開発との関係が密接になってきている(第1‐1‐13図)。
 例えば、コラム3で紹介した「基礎研究についての産業界の期待と責務」においても、「半導体集積回路の微細化は2020年前後には10ナノメートルのレベルに達し、実質的な限界に到達する可能性が高い」と記述し、我が国が直面する5つのリスクの1つとしてIT基盤技術の限界到達を指摘するとともに、「IT基盤技術を新たな高みに持ち上げるブレイクスルーが是非とも必要」としている。
 さらに、現在、医薬品産業やソフトウェア産業に代表されるような、ほかの産業に比べ科学的な発見や成果と製品開発が緊密につながっている「サイエンス型産業」と呼ばれる一群の産業がその存在感を増している。しかしながら、サイエンス型産業において、我が国は強い国際競争力を保持しているとはいえず、例えば、我が国は、米国に対して医薬品やソフトウェアが輸入超過状態であるなど、1980年代という早期から産業の振興に強力に取り組んだ米国に大きく後れを取っているのが現状である。
 前述のように、我が国のものづくりの強みは、卓越したプロセス・イノベーションに大きく依拠してきたが、今後、サイエンス型産業を含め、ものづくりの国際競争力を有していくためには、基礎的な科学にさかのぼって課題を達成する取組を強化するとともに、大学等や研究開発法人の基礎研究により得られる幅広い成果の積極的な活用が必要不可欠である。


1 特許1件当たりの科学論文の引用回数によって表される。

第1‐1‐13図 米国特許におけるサイエンス・リンケージの上昇

第1‐1‐13図 米国特許におけるサイエンス・リンケージの上昇
資料:科学技術政策研究所「科学技術指標‐第5版に基づく2008年改訂版‐」(調査資料 No.155)

 加えて、近年、従来は行うことができなかった複雑な自然現象の解明等がIT技術や数学の進歩により可能となってきている。例えば、取り扱うデータが膨大で正確な予測が困難であった気候変動等の現象について、スーパーコンピュータによる計算科学技術の発達により、高度な予測が可能となりつつある。米国競争力評議会も、「計算モデルは、開発費用・エンジニアリング費用・デザイン周期を軽減・短縮するとともに、無駄・騒音・原材料の低減にもなる」とし、航空、自動車、バイオテクノロジー、エネルギー技術の研究開発へのスーパーコンピュータによるシミュレーションの活用が今後のイノベーションのかぎであると報告している(1)。
 また、ITやシミュレーションのほかにも、ものづくりやサービスの様々な局面に数学が応用されるようになっている。例えば、製鉄所の高炉内部の状況を数学モデルにより定量的に把握することで、品質や生産性の向上につなげているような例も見られる(第1‐1‐14図)。


1 “U.S. Manufacturing‐Global Leadership Through Modeling and Simulation”(2009年3月)

第1‐1‐14図 製鉄所の高炉内部の数学モデル

 高炉では、鉄鉱石とコークスを高温で反応させ、鉄鉱石中に含まれる酸素を除去して鉄を取り出しているが、その生産効率を高めるためには、炉内の状況を的確に把握して、鉄鉱石から酸素を除去する過程を最適化する必要がある。
 高炉の内部を実際に見ることはできないことから、新日本製鐵株式会社では炉内に設置した温度センサと圧力センサにより炉内の温度、圧力、ガスの分布状況を数値化して把握している。1秒単位の計測により得られた大量の情報を、数学モデルを用いて解析することで炉内の状況を3次元的に視覚化することが可能となっており、高炉の安定操業に寄与している。

3O-VENUS
 資料:新日本製鐵株式会社

 また、金融部門における数学の適用は、金融機関の事業展開に大きな影響を与えたのみならず、金融工学という1つの学問領域を打ち立てるまでに至るなど、高度な数学の実社会への応用も大きなイノベーションを生み出しつつある。高度な数学の役割は、純粋に学術的な基礎科学の分野においても増しており、例えば、物理学において素粒子に働く電磁気力、強い力、弱い力、重力の4つの力を統一する理論の有力な候補として大きな焦点となっている超弦理論の研究には、極めて高度な数学が用いられている。
 こうした状況の中、今後、我が国としても、スーパーコンピュータ等の計算科学技術や応用数学といった新たなツールを適切に活用しつつ、研究開発を進める必要がある。

4  知識融合、組合せなどによるイノベーションの増加

 20世紀における偉大な発見や発明に際して、知識の融合が果たした役割は大きいが、近年、これまでにも増して、知識の融合や組合せによってイノベーションが起きる傾向が強まっている。
 その中で、ものづくりとサービスの融合や、科学技術と優れたアイデア・コンセプトの組合せによるイノベーションが注目されている。具体的には、パーソナルコンピュータ等について、デル(1)のようにものづくりと高度な流通販売業が融合した形態の業種が出現している。また、アップル(2)のiPodは、製品とITサービスを組み合わせた、従来のものづくりではとらえきれない製品である。
 さらに、現在、イノベーションの契機が顧客であるケースが増加している。背景としては、顧客ニーズの多様化が挙げられ、最終製品のみならず、中間財についても複雑なニーズに的確に対応していかなければ、シェアの獲得が困難になっており、研究開発の各段階において、需要側の情報にどのように対応していくかが重要となっている。
 こうした状況の中、我が国としても、ものづくり・サービス、文系・理系の境を超えた知識融合、組合せによるイノベーションの創出を図っていくことが重要である。具体的には、後述のサービス科学・工学を含む融合研究の振興をはじめ、技術とアイデア・コンセプトやマーケティングを含むビジネスモデルとの統合を可能とする技術経営力の向上が不可欠である。


1  Dell Inc.

2  Apple Inc.

5  研究開発投資の大規模化及び政府の関与の高まり

 グローバルな競争の激化等を背景に、国境を越えた業界再編が進み、グローバルな巨大企業が誕生するとともに、製品のライフサイクルの短期化や研究開発投資の大規模化が起こっている(第1‐1‐15図)。研究開発投資額が上位の企業について、我が国と海外とを比較すると、自動車等の分野においては匹敵するものの、グローバルな巨大企業が生まれた製薬分野においては、研究開発投資額・売上高ともに大きな格差がある。また、情報・電気・電子分野において顕著に見られるように、多角的に事業展開を行う傾向がある我が国の企業に比べて、海外の企業は専業的な事業展開を行う傾向がある。このため、特定の製品・技術分野について比較した場合には、海外の企業の方が我が国の企業よりも研究開発投資額が大きくなる可能性が高い(第1‐1‐16図)。
 このような中、近年、諸外国において、自国が競争優位性を持つ分野の科学技術振興を官民が一体となって行う動きが見られる。例えば、製薬分野においては、米国の企業は圧倒的な規模及び産業競争力を誇っているが、米国政府は製薬を含めたバイオ分野に巨大な研究開発投資を行っている。具体的には、1998年から2003年までのわずか5年間で、バイオ分野の政府研究開発投資において中核的な役割を担う国立衛生研究所(NIH)(1)について、予算を131億ドルから約2倍の264億ドルへと急激に増額させている。2008年度のNIH予算は、補正予算を合わせて約390億ドルであり、我が国の科学技術関係経費全体にほぼ匹敵する額となっている。


1  National Institutes of Health

第1‐1‐15図 製品のライフサイクルの短期化と研究開発費の高騰

 第1‐1‐15図 製品のライフサイクルの短期化と研究開発費の高騰
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資料:
(左)文部科学省、厚生労働省、経済産業省「2007年版ものづくり白書」
(右)医薬産業政策研究所「製薬産業の将来像〜2015年に向けた産業の使命と課題〜」

第1‐1‐16図 研究開発投資上位企業の業種ごとの内外企業比較

第1‐1‐16図 研究開発投資上位企業の業種ごとの内外企業比較
注)金額の単位は億ドルである。
資料:“S & P Global 1200 (2006)”を基に経済産業省作成

 また、台湾における半導体の製造受託は、世界シェアの半分以上を占める巨大産業となっているが、その要因の1つとして、工業技術研究院(ITRI)(1)等の政府の研究所の存在が挙げられる。ITRIは自らの研究開発成果を積極的に企業へ移転し、企業の研究開発機能を代行する側面を有しているほか、多くのスピンオフ(派生)企業も生み出している。半導体の製造受託企業として世界最大の規模を誇る台湾積体電路製造(TSMC)も、ITRIから分離し設立された企業である。また、このほかハイテク産業を対象とした税制上の優遇措置等により、競争優位が創出されている。
 今後の国際的大競争の激化を踏まえれば、国境を越えた企業再編によるグローバルな巨大企業の誕生、それら企業の研究開発投資の巨額化、自国が競争優位を持つ分野における官民一体となった科学技術振興の動きが更に加速して広がっていく可能性がある。2008年11月に出された米国国家情報会議(NIC)(2)の報告書「Global Trends 2025:A Transformed World」では、国家に重要な役割を担わせる経済マネジメントシステムを「国家資本主義」(State Capitalism)と呼び、「中国、インド、ロシアは西欧的な自由主義のモデルには従わず、国家資本主義のモデルを採用するだろう。(中略)韓国、台湾、シンガポールのようなほかの新興国もこのような国家資本主義を採用した」としている。加えて、世界的な経済危機の発生により、市場経済を重視し、経済活動への介入に消極的な傾向があった米国や英国においても、金融機関への資金投入や2009年の補正予算を定める米国再生・再投資法による巨額の研究開発投資等に見られるように、経済活動等に対する政府の関与を強めている。
 このため、我が国としても、競争優位を持つ分野等における科学技術振興に官民が連携して取り組むための枠組みを早急に構築していく必要がある。


1  Industrial Technology Research Institute

2  National Intelligence Council

お問合せ先

科学技術・学術政策局調査調整課

(科学技術・学術政策局調査調整課)

-- 登録:平成22年03月 --