第1章 基本理念

1.科学技術をめぐる諸情勢

(1)科学技術施策の進捗状況

 第1期基本計画では、社会的・経済的ニーズに対応した研究開発の強力な推進と知的資産を生み出す基礎研究の積極的な振興を基本的方向として示し、講ずべき施策を取りまとめた。また、政府研究開発投資の総額の規模を約17兆円と掲げ、厳しい財政状況下ではあったものの最終的にその目標を超える額を実現した。
 続く第2期基本計画においては、新たに科学技術政策の基本的方向として目指すべき国の姿を「知の創造と活用により世界に貢献できる国」、「国際競争力があり持続的発展ができる国」、「安心・安全で質の高い生活のできる国」の「3つの基本理念」として示した。
 その上で、平成13年度から17年度までの5年間の政府研究開発投資の総額の規模を第1期基本計画以上の約24兆円として掲げ、基礎研究の推進と国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化等による科学技術の戦略的重点化と科学技術システム改革を目指してきた。第2期基本計画に基づく施策の実施は、全般に順調に推移してきた。主要な施策の進捗状況は以下のとおりである。

1 政府研究開発投資総額

 予想以上に長期にわたる経済の停滞及び深刻な財政状況の下で、政府研究開発投資の総額の規模は第2期基本計画で掲げた24兆円には達しなかったものの、他の政策経費に比較して高い伸びを確保した。

  • (注)上記の24兆円は、第2期基本計画期間中に政府研究開発投資の対GDP比率が1パーセント、同期間中のGDPの名目成長率が3.5パーセントを前提としているものである。

2 科学技術の戦略的重点化

 研究開発投資の効果的・効率的推進を目指した科学技術の戦略的重点化については、資源配分上は着実に進捗した。すなわち、政府全体の研究開発における基礎研究の比重は着実に増加し、我が国科学技術の基盤強化が進んだ。中でも競争的資金の伸びは大きかった。また、国家的・社会的課題に対応した研究開発については、目指すべき国の姿(3つの理念)への寄与が大きいと判断される4つの分野(ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料)に特に重点を置き優先的に資源配分を行うとともに、それ以外の4つの分野(エネルギー、製造技術、社会基盤、フロンティア)については、国の存立にとって基盤的な領域を重視して推進することとした結果、これら8つの分野に係る科学技術関係予算において、重点4分野への予算配分は平成13年度の38パーセントから平成17年度予算で46パーセントとなった。

3 競争的な研究開発環境の整備等研究開発システムの改革

 競争的資金(資源配分主体が広く研究開発課題等を募り、提案された課題の中から、専門家を含む複数の者による科学的・技術的な観点を中心とした評価に基づいて実施すべき課題を採択し、研究者等に配分する研究開発資金)については、拡充が進み、倍増するには至らなかったものの、科学技術関係予算に占める同資金の割合は、計画期間中に8パーセントから13パーセントに上昇した。間接経費の拡充や、若手研究者の活性化に向けた制度整備、プログラムオフィサー・プログラムディレクター(PO・PD)による管理・評価体制の充実等の制度改革も一定の進捗をみたが、間接経費の30パーセント措置等制度改革は途上にある。また、重点的な予算拡充を行う過程で政府内の幅広い部局で競争的資金の導入が進み、様々な性格の予算が競争的資金に含まれるようになった。
 また、任期制を導入する大学、公的研究機関の数は増加したが、研究者全体に占める任期付き研究者の割合は依然低い。
 さらに、平成13年4月の68の国立試験研究機関の独立行政法人化、平成16年4月の国立大学等の法人化等により、研究機関のより柔軟な研究運営が可能となった。また、「国の研究開発評価に関する大綱的指針」(平成13年11月、内閣総理大臣決定。平成17年3月改定)(以下「大綱的指針」という。)の下で、関係府省、研究機関において評価の取組が着実に根付き、意識が向上する等、その他の研究開発システムの改革も進展した。

4 産学官連携その他の科学技術システムの改革

 産学の共同研究の増加や技術移転機関(TLO)による技術移転実績の増加、大学発ベンチャーの設立数の増加(1,000社の達成)など、産学官連携は諸般の制度整備によって着実に進展した。地域における科学技術振興(知的クラスター18地域、産業クラスター19プロジェクト)の取組も進んだ。
 「国立大学等施設緊急整備5か年計画」により、大学院、研究拠点等の整備が進み、優先的に取り組んだ施設の狭隘解消は計画通り整備されたが、老朽施設の改善は遅れ、一方、その後の経年等により老朽施設が増加した。

(2)科学技術施策の成果

 基礎研究の推進とも併せ、また累積的な投資効果も含めてこれまでの投資戦略の成果を検証すれば、研究論文の質・量については世界における我が国の地位は着実に改善し、世界的な成果を創造した事例も生み出している。科学技術の専門家を対象とした広範な技術領域に関するアンケート調査によれば、5年前に比べて米国、欧州連合(EU)の研究開発水準との比較でほとんどの領域で我が国の国際的な地位が改善したという結果となっている。また、我が国研究者の独創的な研究成果が認められ、2000年以降、化学賞で3名、物理学賞で1名がノーベル賞を受賞している。
 さらに、大学・公的研究機関からの技術移転の実績は、大学と民間企業との共同研究件数や大学発ベンチャーの件数などで見る限り、第2期基本計画期間中は順調な進展をみた。また、我が国独自の研究成果に基づき、新たに数千億円以上の市場を形成しつつあるものや、難治性の疾患の克服に貢献しているものもある。
 他方、前述のアンケート調査による研究開発水準の比較では、アジア諸国と日本との差は縮小している。また、国際的な特許出願件数や米国での特許登録件数などで見ると国際的な競争は激化しており、必ずしも日本がシェアを伸ばす状況にはない。さらに、我が国の技術貿易収支は全体では好転しているものの、情報通信等先端産業分野の多くで技術貿易収支は赤字のままであり楽観を許さない。
 総じて、これまでの研究開発投資の成果を概観すれば、研究水準の着実な向上や産学官連携の取組も進展し、これまでの研究成果の経済・社会への還元も進んできている。例えば、新しいがん治療方法(重粒子線がん治療装置)の開発、再生医療用材料(アパタイト人工骨)の実用化などの、国民の健康の増進に貢献する成果が生まれている。世界最高の変換効率とその量産化技術の開発を達成した太陽光発電では我が国が世界生産量の50パーセントを占めるなど、科学技術の成果は環境先進国としての我が国を支える上でも貢献している。また、情報家電や高度部材など今次景気回復を牽引しつつある産業において、これまでの情報通信、ナノテクノロジー・材料、環境を中心とする分野における政府研究開発の成果(最先端の半導体製造技術や世界最高密度の超小型磁気ディスク装置、光触媒を活用した多様な効果を示す材料の開発等)が、我が国産業の強みともあいまって、競争優位の確立に着実に貢献していると考えられる。また、日本海沿岸に大規模な被害を与えたタンカーの油流出事故などの原因究明・安全解析を行い、新たな安全基準を国際条約に的確に反映させるなど、国内のみならず国際的な安全確保にも貢献している。
 これらは、いずれも萌芽段階におけるきらりと光る発見・発明から始まり、初期から実用化段階に至る適切な時期に適切な公的な研究開発投資に支えられ、最終段階において先導的な産学による協働が行われたことにより、いわゆる死の谷などの多くの困難を乗り越えて発展したものであり、発展の流れを引き続き加速していかなければならない成果である。
 知的資産の増大が価値創造として具体化するまでには多年度を要することから、第1期・第2期基本計画期間の投資により向上した我が国の潜在的な科学技術力を、経済・社会の広範な分野での我が国発のイノベーション(科学的発見や技術的発明を洞察力と融合し発展させ、新たな社会的価値や経済的価値を生み出す革新)の実現を通じて、本格的な産業競争力の優位性や、安全、健康等広範な社会的な課題解決などへの貢献に結びつけ、日本経済と国民生活の持続的な繁栄を確実なものにしていけるか否かはこれからの取組にかかっている。

(3)科学技術をめぐる内外の環境変化と科学技術の役割

 第3期基本計画期間中における内外の環境変化は大きく、科学技術の役割への期待は一層強まるものと考えられる。
 人口構造の変化の影響が今後ますます顕著となっていくことは確実である。人口減少・少子高齢化の下で安定的な経済成長を実現するために生産性の絶えざる向上が必要となる。また、優れた経済的成果を上げていくためには国際競争力ある企業の存在が欠かせない。とりわけ国際競争力のある我が国製造業の一部は急速に技術力を増したアジア諸国の企業等との間で厳しい競争に直面しており、我が国の強みを活かしてものづくりの高付加価値化を実現することが求められている。科学技術は競争力と生産性向上の源泉であり、科学技術を一層発展させ、その成果を絶えざるイノベーションにつなげていくことによって、経済の回復を確実なものとし、持続的な発展を実現することが必要である。
 また、少子高齢化は、経済面のみならず社会保障への国民負担や国民の健康面など、様々な新たな社会的課題をもたらす。他方で、近年の大規模自然災害や重大事故の発生、テロ等の国際安全保障環境の複雑化など社会・国民の安全を脅かす事態の発生に伴い、安全と安心の問題に関する国民の関心が高まっている。科学技術はこうした課題を解決していく上で不可欠であり、今後ますます社会・国民の大きな期待を担い、同時に責任を負うことになる。
 こうした期待が高まる一方、科学技術に対する国民意識には依然としてギャップが存在している。すなわち、国民の多くは科学技術が社会に貢献していると感じてはいるが、親しみを感じる人は少なく、若年層を中心として科学技術への関心は低下している。生活面での安全性や安心感、心の豊かさは強く求められているが、他方で科学技術の急速な進歩に対する不安も少なくない。また、我が国の財政事情は厳しさを増しており、最先端の研究設備の整備なども含め、政府研究開発投資については一層の選択・集中と効率化が求められている。
 第1期及び第2期基本計画期間中において生じた注目すべき国際的環境の変化は、世界的な科学技術競争の激化である。中でも、中国、韓国等アジア諸国では著しい経済的躍進がみられ、この躍進の基盤には国策としての科学技術振興の取組が重要な役割を果たしていると言われている。特に、人材については、欧米諸国や中国、韓国等の躍進著しいアジア諸国では、優秀な人材育成が科学技術力の基盤として認識され、国際的な人材争奪競争も現実のものとなっている。我が国は高い教育水準による人材面での有利性を有していたが、近年の学力低下傾向や少子高齢化のもたらす人口構造変化に鑑みると、人材面の課題は深刻化している。
 また、人口問題、環境問題、食料問題、エネルギー問題、資源問題などの地球規模での課題は、これまで様々な努力により解決が試みられてきたが、いまだ難問が山積しているのも事実である。人類社会が持続可能な発展を遂げうるかどうか、さらに、次世代へ負の遺産を残さないために現世代の科学技術で何をなしうるかが問われている。日本の有する科学技術をこうした課題解決のために役立て、人類社会に貢献していくことは、高い科学技術を有する日本に今まで以上に求められることになる。また、地震等の災害対策技術分野での我が国への期待も高い。世代を越え、我が国が人類社会の中で価値ある存在としてあり続けるためにも、自然科学から人文・社会科学にわたる広範な科学技術の役割は欠かせない。

2.第3期基本計画における基本姿勢

 世界的な科学技術競争の激化、少子高齢化、安全と安心の問題や地球的課題に対応する上での科学技術の役割への国民の強い期待と他方で見られる科学技術に対する国民意識の乖離を踏まえた場合、第3期基本計画を遂行するに当たっての基本姿勢は、以下の2点である。

(1)社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術

 科学技術政策は、国民の理解と支持を得て初めて効果的な実施が可能となる。このため、研究開発投資を戦略的運用の強化により一層効果的に行うこと、絶え間なく科学の発展を図り知的・文化的価値を創出するとともに、研究開発の成果をイノベーションを通じて、社会・国民に還元する努力を強化すること、科学技術政策やその成果を分かりやすく説明するなど説明責任を強化することによって国民の理解と支持を得ることを基本とする。これによって、国民の科学技術に対する関心を高め、国民とともに科学技術を進めていくことが可能となる。

(2)人材育成と競争的環境の重視 − モノから人へ、機関における個人の重視

 科学技術力の基盤は人であり、日本における創造的な科学技術の将来は、我が国に育まれ、活躍する「人」の力如何にかかっている。我が国全体の政策の視点として、ハード面でのインフラ整備など「モノ」を優先する考え方から、科学技術や教育など競争力の根源である「人」に着目して投資する考え方に重点を移しつつある(「モノから人へ」)。科学技術政策の観点からも先にインフラ整備ありきの考え方から、優れた人材を育て活躍させることに着目して投資する考え方に重点を移す。潜在的な人材の発掘と育成、人事システムにおける硬直性の打破や人材の多様性の確保、創造性・挑戦意欲の奨励などの政策を進めることにより、創造的な人材の育成を強化するとともに、個々の人材が有する意欲と情熱をかき立て、創造力を最大限に発揮させる科学技術システム改革に取り組む。その際、若手研究者や女性研究者、さらには外国人研究者など、多様な個々人が意欲と能力を発揮できるよう根本的な対応に取り組む。科学技術活動の基盤となる施設・設備の整備・充実に当たっても、国の内外を問わず優秀な人材を惹きつけ、世界一流の人材を育てることを目指す。このような人に着目した取組は、我が国の科学技術力を長期的に向上させていくとともに、我が国に対する国際的な信頼感の醸成にも貢献するものである。
 科学技術における競争的環境の醸成については、科学技術に携わる人材の創造的な発想が解き放たれ、競争する機会が保証され、その結果が公平に評価されることが重要である。現代の高度化した科学技術活動を進めていくためには、個々の研究者及び研究者を目指す若手人材は適切な施設・設備を有する研究・教育機関に属することが不可欠と考えられるが、競争的な研究開発環境を整えるためには、縦割りの組織維持管理的な発想で研究・教育機関を運営するのではなく、個々人の発意や切磋琢磨を促すことなどを通じて競争的に研究者を育て、能力を十分に発揮させていくような研究・教育機関となる必要がある。研究・教育機関が個人の科学技術活動の基盤を担う機能を持つことにも留意しつつ、今後は競争的環境の強化という観点から「機関における個人の重視」へと政策の転換を図る。

3.科学技術政策の理念と政策目標

(1)第3期基本計画の理念と政策目標

 第2期基本計画で掲げられた目指すべき国の姿(3つの理念)は、誰もが共有でき、時間を通じて普遍性の高い概念である。またこれら3つの理念は全体として科学技術政策を網羅しており、今後の科学技術政策においても適切である。
 他方、こうした一般性の高い理念だけでは、多様な政府の研究開発投資の国民への分かりやすい説明や、具体的・個別的な政策への方向付けとしては十分ではない。社会・国民への説明責任の徹底と科学技術成果の還元という視点からも、理念の実現のために科学技術政策が目指すべき具体的な政策目標を明示し、官民の役割分担を考慮した上でその目標に向けた施策展開を図るとともに、施策効果の評価を行っていくことが望ましい。
 したがって、第3期基本計画においては、第2期基本計画の掲げる3つの理念を基本的に継承しながら、科学技術、経済、社会をめぐる国内外の情勢変化と今後の展望等を踏まえて、3つの理念を実現するため、科学技術が何を目指すのかという、より具体化された政策目標を設定する。すなわち、以下のとおり、6つの大目標と、その各々を構成する12の中目標である。なお、理念、目標を掲げる順序は重要度を示すものではない。これらは我が国が目指すべきものとして等しく価値を持つものである。また、その目標達成のために科学技術政策の役割は重大であるが、科学技術政策以外の政策の成果や、民間企業等政府以外の活動の成果なしには達成しえない部分を含むものである。

  • 理念1 人類の英知を生む
    −知の創造と活用により世界に貢献できる国の実現に向けて−
    • ◆目標1 飛躍知の発見・発明 − 未来を切り拓く多様な知識の蓄積・創造
      • (1)新しい原理・現象の発見・解明
      • (2)非連続な技術革新の源泉となる知識の創造
    • ◆目標2 科学技術の限界突破 − 人類の夢への挑戦と実現
      • (3)世界最高水準のプロジェクトによる科学技術の牽引

 人類の英知を創出し世界に貢献できる国の実現のためには、飛躍的な知を生み続ける重厚で多様な知的蓄積を形成することがまず求められる。新しい原理・現象の発見や解明を目指す基礎研究を中心とした知識の蓄積の上に、近年原子・分子レベルで急展開する生命科学や材料科学等において探求されているような非連続な技術革新の源泉となる知識への飛躍が期待されている。このような飛躍への知識の蓄積については、いまだ我が国は、欧米諸国に比肩しうる十分な厚みを有するには至っていない。
 また、世界最高水準のプロジェクトにより科学技術の限界へ挑戦し、人類に貢献することも科学技術政策が追求すべき目標である。いまだ人類が見ることや知ることができずにいる領域の情報を得ること、極限的な環境でのみ出現する現象を発見することなど、国際的な知の創造の営みにおいて世界をリードすることが求められる。

 これらの実現のためには、知的創造の経験を情熱を持って追い求める意欲的な研究者の育成と活躍の促進が不可欠である。なお、世界的にも認められる優秀な研究者の輩出は、後に続く人材の目標となり、新たな挑戦の意欲をかき立てるものでもあることから、第2期基本計画においては、国際的科学賞の受賞者を欧州主要国並に輩出することを目指して、50年間にノーベル賞受賞者30人程度を輩出することを掲げたが、第3期基本計画の科学技術政策がその実現に貢献するものとなるよう、人に着目した考え方に立って基礎研究等を推進していくことが求められる。

  • 理念2 国力の源泉を創る
    −国際競争力があり持続的発展ができる国の実現に向けて−
    • ◆目標3 環境と経済の両立 − 環境と経済を両立し持続可能な発展を実現
      • (4)地球温暖化・エネルギー問題の克服
      • (5)環境と調和する循環型社会の実現
    • ◆目標4 イノベーター日本 − 革新を続ける強靱な経済・産業を実現
      • (6)世界を魅了するユビキタスネット社会の実現
      • (7)ものづくりナンバーワン国家の実現
      • (8)科学技術により世界を勝ち抜く産業競争力の強化

 人口減少・少子高齢化や地球温暖化・エネルギー問題といった制約を克服しつつ、激しい国際競争の下で持続的な発展を可能とする国を実現するためには、国力の源泉としての科学技術に取り組むことが不可欠である。その際、日本経済の繁栄を確保しつつ、国際約束である2012年までの我が国の温室効果ガス排出の1990年比6パーセント削減をいかに達成するかということが大きな政策課題となる。また、国民の科学技術への期待が大きい環境の分野では、自然と共生し環境と調和する循環型社会の実現も科学技術が取り組むべき大きな政策課題である。
 一方、中国、韓国等のアジア諸国の台頭で熾烈な競争に直面している我が国産業が競争力を確保するためには、我が国発の付加価値の高いイノベーションを生み続ける科学技術に取り組むことが重要な政策課題である。そのために、世界を先導・魅了するユビキタスネット社会を築くこと、我が国の強みであるものづくりで世界をリードすること、さらには科学技術により世界で勝ち抜く産業競争力を確立することが政策目標となる。
 また、このような国際競争力ある新産業が創造されれば、質の高い雇用が生まれるとともに、所得が増加することが期待される。これと同時に、温室効果ガス等の環境負荷の最小化を実現することは、環境と経済の両立のために科学技術が挑戦すべき重大な課題である。

  • 理念3 健康と安全を守る
    −安心・安全で質の高い生活のできる国の実現に向けて−
    • ◆目標5 生涯はつらつ生活 − 子どもから高齢者まで健康な日本を実現
      • (9)国民を悩ます病の克服
      • (10)誰もが元気に暮らせる社会の実現
    • ◆目標6 安全が誇りとなる国 − 世界一安全な国・日本を実現
      • (11)国土と社会の安全確保
      • (12)暮らしの安全確保

 第2期基本計画期間中において、国民が最も身近に科学技術への不安を感じるとともに期待が強いのは、健康と安全の問題である。この間、SARS(サーズ)(重症急性呼吸器症候群)、BSE(牛海綿状脳症)、鳥インフルエンザ等国境を越えた感染症の発生、これらも契機とした食の安全性に関する不信感の高まり、花粉症等免疫疾患の深刻化、地震・津波・台風等による大規模自然災害や列車事故等の大規模事故の発生、米国同時多発テロ以来複雑化した国際安全保障環境、情報セキュリティに対する脅威の増大、依然として厳しい治安情勢等、国の持続的な発展基盤である安全と安心を脅かす事態が次々と生じた。その一方で、細胞・分子レベルでの進歩が著しい生命科学による画期的な治療法、予防医学や食の機能性を活用した健康な生活の実現、地震等の自然災害、事故・犯罪等に対する先端科学技術の最適な活用など、健康と安全を守る科学技術への期待は高まっている。
 このような状況を受け、子どもから高齢者まで国民を悩ます病を克服し、誰もが生涯元気に暮らせる社会を実現すること、さらには国家・社会レベルから生活者の暮らしに至るまで、安全が誇りとなり世界一安全と言える国を実現することを科学技術政策の目標に位置付ける。

 こうした3つの理念の下での政策目標を実現していくためには、政府の行う研究開発について、より具体的な個別政策目標を設ける必要がある。総合科学技術会議の主導の下、関係府省はその研究開発について、12の中目標の実現に向けた個別政策目標を定め、総合科学技術会議がこれを取りまとめる。また、個別政策目標については、政策ニーズに対する情勢変化等に適切に対応して必要な見直しを行っていく。
 このように政府研究開発投資全体について、理念、政策目標、さらにはそれらの実現につながる研究開発の体系を整理することにより、(イ)何を目指して政府研究開発投資を行っているのか、どこまで政策目標の実現に近づいているかなど、国民に対する説明責任が強化されるとともに、(ロ)個別施策やプロジェクトに対して具体的な指針や評価軸が与えられ、社会・国民への成果還元の効果的な実現に寄与する。

(2)科学技術による世界・社会・国民への貢献

 新たに具体化された政策目標に向けた投資運用や施策展開が行われることを通じ、今後地球規模で深刻化する人口問題、環境問題、食料問題、エネルギー問題、資源問題や我が国で急速に進展する少子高齢化に対しても、科学技術が貢献を強める。すなわち、上記1から6までの政策目標の達成により、

  • (世界への貢献)
    • 人類共通の課題を解決
    • 国際社会の平和と繁栄を実現
  • (社会への貢献)
    • 日本経済の発展を牽引
    • 国際的なルール形成を先導
  • (国民への貢献)
    • 国民生活に安心と活力を提供
    • 質の高い雇用と生活を確保

を図っていくこととする。
 日本の研究者コミュニティを代表する日本学術会議は、第3期基本計画の策定に当たって、科学技術政策の要諦についての議論を声明として取りまとめたが、上記のような基本姿勢、理念、政策目標に基づき、以下に述べるような政策を展開することによって、こうした研究者コミュニティの期待にも応えられるものと考えられる。

4.政府研究開発投資

 第1期及び第2期基本計画期間中を通じて政府と民間を合わせた我が国全体の研究開発投資は増加傾向で推移してきており、その総額の対GDP比率は主要先進国を凌いでいる。また、我が国の政府研究開発投資については、近年の厳しい財政事情下にあって他の政策経費が抑制される中でも高い伸びを示してきており、欧米主要国にほぼ遜色のない水準に達しつつある。一方、主要諸国が、近年研究開発投資を強化しつつあるなかで、知の大競争時代に国際競争に勝ち抜くためには、官民を挙げて引き続きその強化に向けた努力を行っていくことが必要である。
 今後、我が国としては、官民の適切な役割分担を踏まえ、研究開発投資を着実に措置していくとともに、官民の連携強化等により、その投資を有効に活かして国際競争力を強化し、またその成果を社会・国民に還元することが一層求められる。
 他方、第2期基本計画期間中の我が国の財政事情は、第1期基本計画期間と比べても一層悪化し、主要先進国中で最悪の状況となっており、歳出・歳入一体の財政構造改革を推進することは、活力ある経済社会を実現し、持続的な成長を図る上で不可欠の課題となっている。

 こうした状況の下で、第2期基本計画期間までの科学技術振興の努力を継続していくとの観点から、政府研究開発投資について、第3期基本計画期間中も対GDP比率で欧米主要国の水準を確保することが求められている。この場合、平成18年度より22年度までの政府研究開発投資の総額の規模を約25兆円とすることが必要である。

 以上のような観点を踏まえ、毎年度の予算編成に当たっては、政府全体として財政構造改革に取り組んでいかなければならない中で、今後の社会・経済動向、科学技術の振興の必要性等を勘案するとともに、第2期基本計画期間中に比べて更に厳しさを増している財政事情を踏まえ、基本計画における科学技術システム改革の着実な実施により政府研究開発投資の投資効果を最大限発揮させることを前提として、基本計画に掲げる施策の推進に必要な経費の確保を図っていくものとする。

 その際、特に国民に対してもたらされる成果に着目した目標設定と評価の仕組みを確立し、投資効果を検証することにより、研究開発の質の向上を図る。また、科学技術システムの抜本的改革を推進する中で、人材の育成、イノベーションの創出のために必要な資金を重点的に拡充するとともに、研究費配分における無駄の徹底排除・審査体制の強化、評価システムの改革、円滑な科学技術活動と成果の還元に向けた制度・運用上の隘路の解消、研究・教育機関の科学技術活動の把握などの取組を一層強化する。さらに、民間資金の導入、資産の売却など、一層の財源確保に努める。

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