コラム5 若手研究者の育成には自由な研究環境と継続的な支援が重要

 優れた若手研究者の育成には何が必要なのだろうか。関節リウマチの新たな治療への道を開くことが期待される「骨免疫学」という学際領域のパイオニアの一人として、国際的にも高く評価されている東京医科歯科大学の高柳広(たかやなぎひろし)教授に、若手研究者にとって望ましい研究環境や公的支援の在り方などついて、ご自身の経験を踏まえたお話を伺った。


写真提供:東京医科歯科大学高柳広教授

○現在の研究を始めたきっかけ

 東京大学医学部を卒業した後、6年間ほど整形外科の臨床医として病院に勤務し、関節リウマチの患者さんの治療に携わっていました。当時、リウマチの痛みや腫れにはいい薬がたくさんできているのに、骨破壊の進行に対しては手術しかなく、より根本的な治療が必要とされていると感じました。勤務していた東京都老人医療センターでは、併設されていた東京都老人総合研究所で臨床医でも研究をさせてもらえるシステムがありましたので、そこで骨破壊のメカニズムへの興味から破骨細胞の研究を始めました。そして、更に研究を進めたくなって、大学に戻り、大学院に入学しようと考えたわけです。振り返ってみると臨床的な関心をすぐに基礎研究に結びつけられるような環境にいたことは、後に基礎研究に進む大きなきっかけになったと思います。

○臨床と基礎研究の双方のエッセンスを学んだ大学院時代

 大学院博士課程に入学する段階で、経済面で不安が大きかったのですが、論文の準備もできていたこともあって、日本学術振興会の特別研究員-DCに申請して採用され、研究に専念することができました。大学院では整形外科学を専攻しましたが、そもそもリウマチが免疫の病気であることから、免疫学の研究と結びつけなければと考え、臨床にいながら基礎の演習を受けられる当時の大学院のシステムを利用しました。そして後半の2年間は、谷口維紹(たにぐちただつぐ)教授(東京大学医学部)の研究室に受け入れていただき、寛大にも破骨細胞と免疫系の研究を続けさせていただきました。面白そうなテーマであれば、従来の分野や枠組みにとらわれず支援してもらえるという環境であったことが、非常に良かったと思います。また、現象論としてわかっても、どうしてそうなっているかというメカニズムを徹底的に追求して明らかにしなければ、世界では認められないという研究の厳しさというのも基礎の研究室で教わりました。このように、整形外科(臨床)と免疫学(基礎)双方のエキスパートから指導をいただいたことにより、自然と両方の分野を組み合わせた研究を進めていくことができました。自分のテーマを自由に研究できる環境にいたことが、大きな成果として、大学院卒業の年(2000年)にNature誌に論文(注)を発表することにつながったと思います。

○独立した研究者として

 大学院卒業後、臨床出身者が基礎研究を続けるのは難しいところもあるのですが、日本学術振興会の特別研究員-PDに応募し、採用されましたので、研究を続けることができました。しばらくして、東京大学医学部免疫学教室の助手のポストに就くことができました。そして、このときに、科学技術振興機構の「さきがけ」に応募し採択されました。この研究資金は若手研究者個人を支援する制度としては、資金規模が大きなもので、ポストドクトラルフェローも雇用できますので、大きな研究室の中にいながら自分の研究グループを強化し、自分のやりたい研究を発展させるのに大変役立ちました。
 そろそろ独立して研究を進めたいと思っていた頃に、「骨の破壊と再生」というテーマで21世紀COEプログラムに採択された東京医科歯科大学から、分子細胞機能学の特任教授の就任の誘いを受けました。骨に関する研究をしている研究者の受け皿は日本にはあまりなかったので、良いタイミングだったと思います。また、ポストがあっても、研究費がないと自分の研究室の立ち上げが難しいのですが、科学技術振興機構「さきがけ」とSORST等から継続的な支援を得て、自分の独立した研究室を運営するための十分な資金を確保することができました。
 2005年に東京医科歯科大学の教授のポストに就任し、今は、科学研究費補助金「学術創成」による支援を中心として、骨と免疫の相互作用のメカニズムを解明する研究を進めています。この研究により、リウマチなど骨関節疾患の治療に新たな道を開くことができればと考えています。高齢化社会の中では、特に生活の質を高めていくことが求められています。少しでも活動性が高く健康な状態を維持しながら長生きするという観点で、骨免疫学の研究は、社会的にも重要な位置づけにあると思います。

○今後、若手研究者の育成のために必要なこと

 若手研究者が比較的獲得しやすい研究費は、科学研究費補助金の基盤研究Bや基盤研究Cですが、これでは研究室を立ち上げ、自分の追求する研究を進めるには不十分で、何よりも資金が必要です。若手研究者向けの研究費が更に増えることを期待します。成果をきちんと評価することを前提として、資金が継続的に獲得できる仕組みが重要だと思います。すぐに大型研究費を獲得しなくても若手研究者が研究を推進できるように、共通機器室の充実やマウスの飼育施設のような共通施設の使用負担の軽減などの環境整備が必要です。これは人材の流動性を高めることにもつながります。若手研究者を顕彰する制度が増えてきていることは研究意欲を高めることに役立ちますが、今後は研究費獲得に連動するところまで制度を拡充して欲しいと思います。また、国際的に通用する研究者を育成するためにも、海外のポストドクターを招いて研究者間の相互交流を高め、研究室の活性化を図ることも重要ですので、そうした外国人研究者を日本に招へいする制度も拡充すべきです。

○若手研究者へ一言

 自分で考えた新しい夢を形にするために、時流に流されることなく、自分でテーマを設定し、自発的に考えて研究を進めていくことが大切だと思います。また、そうした自分の独自性を英語で世界に発信して、納得させなければいけませんが、そのためには、言語能力について厳しいトレーニングを積むことが必要です。理科系の研究であっても世界に発信する「言葉」の力が評価を大きく左右する、そのことを早い段階から意識していただきたいと思います。

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