コラム1 発想を変えることで道が開ける量子コンピュータ研究の面白さ

 量子力学から生まれる「量子コンピュータ」は、イノベーションをもたらす未来の技術として期待されている。国際的共同研究により光量子情報理論にブレークスルーをもたらす新方式を発表し、世界の量子研究拠点から注目されている情報・システム研究機構国立情報学研究所の根本香絵(ねもとかえ)准教授に、研究内容や研究者として考えることについてお話を伺った。


写真提供:情報・システム研究機構
国立情報学研究所 根本香絵准教授

量子力学について

 量子力学は難しいと言われます。これは「問題が難しいから解けない」というのとは違って、量子力学が私たちの常識に照らして、よく分からない世界を扱うことからくる難しさだと思います。例えば、量子力学では光は波であり、粒子であるというけれども、この両方が正しいことはありえない、というのが私たちの常識です。このような古典的な物理学の“常識”に代わって、2つの観測結果をともに正しいと認め、“常識”では相容れないこれらの事実をうまく説明することはできないだろうか─と考え方を根本的に変えていくところから、量子力学という体系が作られていったと言えるでしょう。

量子コンピュータの研究について

 量子的な性質というのは、ナノより小さいような極小の世界や、極低温の世界を扱うとやっと見えてくるような性質です。例えば超伝導のような現象は、ほかではあまり見られない非常識で風変わりな現象ですが、こういったものこそ量子的な性質を特徴づけています。このような量子的な性質の解明からもう一歩進み、量子を利用して全く新しい科学技術を構築しようという試みの最も大規模なものが、量子コンピュータという研究領域です。
 量子コンピュータの研究は現在、まだまだ基礎的な段階にあり、拡張性のある基礎技術を構築する方法を模索しながら、様々な素材や物理的性質を使ったアイデアが試されています。もともと不可解な量子的な性質を対象としている上に、使おうとしている物質の性質を量子技術にどう役立てたらいいかについても、よく分からないことが多いのが現状です。そこで私たちの理論的研究は、壁となっている問題に対して、その物理的な本質がどこにあるのかを考えながら、ブレークスルーをもたらしうる方向性を打ち出していく役割を担っています。実験での行き詰まりを突破できるように、こういうシステムならうまくいくのではないかという指針を提示していくのです。
 例えば光を使う量子情報処理システムでは、もともと光を信号に使ったシステムでは量子情報処理はできないだろうというのが定説でした。計算を実行するには、光の信号同士が相互作用する必要がありますが、光の相互作用はとても弱く、自然界に存在する光の相互作用ではとても量子情報処理はできないと考えられていたからです。ところが2000年、3人の科学者が相互作用を全く使わない方法を理論提案し、このブレークスルーが、その後の5年間にわたって光量子技術に飛躍的な向上をもたらしました。しかし技術の進歩につれ、今度は装置が巨大化するという新たな壁が生じ、この方法にも限界が見え始めます。では、光の量子情報処理において「相互作用」がどのような役割を果たしているのか?─私たちはこのような物理学的に本質的な疑問を解くことを通じ、非常に弱い相互作用を用いて装置が巨大化しない方法を構築し、ブレークスルーに成功しました。続いてこの考え方を他の物理系を用いた量子情報システムにも適用して、量子情報システムに共通の「キューバス量子コンピュータ」という方法を提案しました。これは通信を介し、壊れやすい量子的な性質を守りながら計算だけを実行できるようにした方法で、拡張性の高い技術が提供できるのが特徴です。
 このように量子の研究では、解決方法なしと考えられているところから、見方を変えることで道が拓け、研究全体が前進するといったドラマティックな展開が繰り返し起こります。非主流派から生まれた「キューバス量子コンピュータ」も、今や新しい主流をつくり出しているのです。

海外の研究経験から参考になること

 量子情報科学の研究の発展は目覚ましく、私の専門である理論研究の世界でも、常に最先端のディスカッションの場に身を置いて、新しい発想をつかんでいかなければなりません。このため海外の量子研究拠点では、同じ分野の人だけではなく、化学、材料、コンピュータサイエンスなど専門の壁を払ったディスカッションが交わされています。日本でも、教授・研究員の別なく自由にディスカッションするような雰囲気が大切だと思います。

女性研究者が更に活躍するためには

 女性研究者が活躍する上で障壁になっている問題は一言では言いにくいです。女性であるためにやりにくいと感じることはありますが、そもそも圧倒的に人数が少ないので、普通の仲間として見られないといったことが必然的に生じてしまうのでしょう。

研究者を目指す人へのメッセージ

 研究者の生活は大変と思うかもしれませんが、興味のある人にはやりがいのある、楽しいものです。研究することは、クリエィティブで、充実感があります。研究者になるためには、研究によって何をどうしたいということを、もっと広く科学や社会の全般を見た上で、しっかりと持っておくことが重要だと思います。漠然とした夢を抱いてではなく、地に足がついた人に大学院に入ってきてもらいたいと思います。ポスドク(の就職難)の問題などがありますが、しっかりとした考えを持った人なら、自分の人生も切り拓いていけると思います。

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