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コラム■ナンバー01

ありとあらゆるものが「科学」になる時代

写真提供:ソニーコンピュータサイエンス研究所

 少子高齢社会において、科学的な考え方は、人生をより良く生きていく上でどのような意義を持ち、社会にいかなる結果をもたらしうるのだろうか。人間の意識の研究で知られ、様々な著作やメディア等で哲学的な内容を分かりやすく説明されている、ソニーコンピュータサイエンス研究所の茂木 健一郎博士に「人生における科学」について語っていただいた。

あらゆる場面にサイエンス
 僕がイギリスにいたとき(注1)に思ったのは、イギリスには科学的な精神のようなものがあり、そういうものがあらゆる生活の現場でより良い生き方をするために欠かせないものになっているということです。イギリス人は具体的な事実の裏づけがないのに無理やり主張していると見られることを嫌います。「事実に語らせる」という精神が徹底してるんですね。イギリスやアメリカを世界で有力な国にしてきたのは、この広い意味での科学的な態度なのではないかと思います。
 日本では科学を狭くとらえがちですが、日常生活でも家族の中の関係や、子育てをどううまくやっていくのかといったあらゆる場面で、単なるアイデアではなく、実証的なデータがあるかというような意味で、あらゆるところにサイエンスが入っていく時代なのかなと思います。今、世界は、ありとあらゆるものがサイエンスになるという時代です。そして、ネイチャーやサイエンスといった代表的な科学雑誌も、そういう論文を進んで載せており、むしろ、これまで科学の対象にならなかったものを科学の対象にしたことが偉いと受け止められています。例えば、今話題のスモール・ワールド・ネットワーク理論(注2)の最初の論文は、ハリウッド映画俳優の共演関係などを例に解析したもので、それがネイチャーに掲載されています。

「科学」を柔軟に考えて経済のチャンスを素早くつかむ
 今、アメリカでは神経経済学(ニューロエコノミクス)というものが一大ブームになっています。このような点でアメリカは本当に動きが速いのですが、日本はなかなか動かない。この神経経済学とは、不確実な状況が存在したときに人間がどう判断し、行動するかということを脳の機構から研究する学問です。例えば、インターネットオークションという、誰かが要らなくなったものなどをインターネット上に出品して、それに対して入札する仕組みがあります。これは急速に成長している市場で、既に大手一社でコンビニエンスストア全体の市場規模の10分の1程度に達しているそうですが、この入札システムの制度設計に、脳が不確実性をどう処理しているかということが結びついているのです。さらに、金融工学とか、株式市場や外国為替市場、企業の投資や合併の戦略というようなことにも脳科学が関わってきます。近年のインターネット検索ビジネスなどの急激な成長を考えると、神経経済学の一分野でニューロマーケティングというものがありますが、こういう分野から、新たな企業を創る人材をもっと輩出できれば、日本も何か楽しい国になると思います。また、そういうことが国際競争の中で求められているのではないでしょうか。
 ポリティカルサイエンスという言葉もあるように、英語の「サイエンス」は、日本語の「科学」よりも守備範囲が広い。ある種の研究の対象に対して、論理的な整合性を維持しながら、証拠を集めて、体系的思考のパラダイムを作るということがサイエンスです。こういう広い意味でのサイエンス、科学を、日本の中でどう根付かせるかということが今後の大きな挑戦になると思います。

一般の人に分かるように説明することで科学のブレークスルーが生まれる
 科学を一般の人にも分かるように説明することは、日本においては「啓蒙」であって、本当の科学から見ると一段下の活動と思われています。でも、僕が最近思うのは、実はそうではなく、かつてのダーウィンや現代のドーキンス(注3)のように、むしろ一流の科学者が一般の人に向けて書いた本が、同時に世界的な科学上のブレークスルーをもたらしているということです。特に脳科学などはそうなんですが、脳科学は今ではビッグサイエンスになっていて、脳の様々な領域で、それぞれの機能や構造を個々の研究者が調べていますが、部分だけ見ても脳は分からない。一般の人に分かりやすく脳の話をするためにも、実は様々な知見を統合しなければいけない。そして、統合することが、特に認知とか、人間の知性とは何かを研究する上でブレークスルーにつながるということです。つまり、総合的な視点から科学を説明するということと、異なる分野を統合して、学際的に新しいブレークスルーを起こすことは同じことだということです。新しいことをやるのはいわばコロンブスの卵で、思いついてさえしまえば、むしろ難しい話ではないのです。かえって後から来る人ほどだんだん難しくなっていく。でもノーベル賞をもらうのは、最初にやった人で、このようなことは、学際的に架け橋を作るという総合的な思考がなかったら出てこない。専門タコツボ化の問題はそこにあると思います。

(注1)  1995年から1997年にケンブリッジ大学に留学
(注2)  スモール・ワールド現象は、「世間は狭いね」というように、知り合い関係を次々たどっていけば、程なく世界中の全ての人に行きつくだろうという仮説。スモール・ワールド・ネットワークはこの現象をネットワーク理論によって説明するモデルで、1998年のネイチャーに最初の論文が掲載された。なお、俳優のケビン・ベーコンから映画の共演関係をたどると、6ステップ以内で全てのハリウッド映画俳優に行きつくという話である。
(注3)  リチャード・ドーキンス(1941〜)イギリスの動物行動学者。自然選択の単位が遺伝子であるとする利己的遺伝子論で知られる。

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