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第1部   これからの科学技術と社会
第3章 社会とのコミュニケーションのあり方
第3節 科学技術と社会の新たな関係
1.  現状


 科学技術は社会全体にとって望ましい方向で発展していくことが求められる。しかし,科学技術の方向性を検討するためには,専門知識を有することが前提となるため,これまでは主に科学者や政策担当者といった専門家によって担われ,社会的妥当性が担保されてきた。特に,科学技術に関する国全体のシステムにおける各主体間の意見や利害の調整については,科学技術の急速な複雑化・細分化を背景として,高度な専門知識を集約することのできる政府の主導によって行われてきた。

 現在では,経済の発展や情報のはん濫,価値観の多様化,利害関係の複雑化といった社会状況の変化によって,科学技術に関する国全体のシステムには政策担当者や科学者,企業等だけでなく,地域社会や国民等の多くの主体が関わるようになってきている。

 他方,近年の科学技術の急速な発展と社会への影響の増大に伴い,科学技術に関する高度な専門技術による観点だけでなく,社会全体に配慮した総合的な視点が必要となっており,科学技術に関する国全体のシステムを一つの主体が一元的に管理することには限界が生じている。

 このような状況の中で,国全体のシステムの調和を確保しながら,社会における各主体の利益を最大化するためには,それぞれの意見を踏まえた意思形成,社会的合意の確保が必要となってきている。特に,政府や企業等にとっては,国民からの支持が存立のための基盤であるため,国民の意思を尊重し,その充足感を最大化できるような仕組みが必要になってきており,実際,「科学技術と社会に関する世論調査(平成16年2月)」においても国民の多くが科学技術政策形成に対する参画が必要であるという意見を持っている( 第1-3-31図 )。

 科学技術と社会との調和のためには,政府,科学者コミュニティ,企業,地域社会,国民等のそれぞれの主体間の対話と意思疎通を前提として,各主体から能動的に発せられる意思を政策形成等の議論の中に受け入れられるような,いわゆる科学技術ガバナンスの確立が重要であろう。

 なお,これまでに述べてきた,科学技術コミュニケータの養成や科学者等によるアウトリーチ活動,そして科学者コミュニティによる社会貢献活動等も,科学技術ガバナンスが有効に機能するための基盤として求められよう。

第1-3-31図 科学技術政策の形成に関する国民参加の必要性


■注 本節では,国家の統治機構全体を意味し,立法・司法・行政の全部門を含む概念として用いる。

(科学技術に関する政府の役割)

 政府には,国公立研究機関等のように,自らが科学技術活動を実施し,新たな知を生み出す役割と,科学技術に関する法令等の立案・制定,制度事業等の政策の立案・実施といった役割がある。前者については,国家の存立基盤を支える研究開発活動に貢献する一方で,後者については,社会全体の科学技術の方向性を政策として導く機能として,ともに極めて重要である。

 行政府においては,平成13年1月,内閣府に総合科学技術会議が新たに設置された。同会議は,内閣総理大臣及び内閣を補佐する「知恵の場」として,我が国全体の科学技術を俯瞰し,各省庁より一段高い立場から,総合的・基本的な科学技術政策の企画立案及び総合調整を行うことを目的とし,内閣の「重要政策に関する会議」の一つとして位置付けられている。議長である内閣総理大臣,関係大臣及び有識者議員によって構成される総合科学技術会議は原則毎月開催されており,科学技術政策が国家の重要課題として議論されている。

総合科学技術会議本会議の様子(平成16年3月24日)

 総合科学技術会議には,政策の実施に責任を有する行政機関の長と科学技術に関して深い識見を有する学識経験者等が議員として参画しているため,国家としての課題に対して,政策的な側面から総理のリーダーシップのもとにトップダウン的に,また,機動的に対応することが可能であり,これまで各省庁間の意見調整に埋没しがちであった国全体としての科学技術政策の形成・調整機能は,同会議の設置によって強化されたと言えよう。

 特に,近年は,科学技術人材や社会の安全・安心の確保に関する科学技術の取組等といった分野横断的事項とともに,近年の急速な社会変化に対し機動的に取り組むべき事項が増加しており,今後も,総合科学技術会議に求められる役割は大きい。

 立法の場は,我が国の統治構造において国家としての意思決定を行う最高機関である。つまり,たとえ専門性,技術性の高い科学技術であっても,国家としての方向性を定める最終的な決定権限は,国民の代表者で構成される国会にある。近年,科学技術と社会の関係が密接になるに伴い,立法府においても科学技術に関する活発な議論が行われており,科学技術ガバナンスにとっても非常に重要なものとなっている。

 さらに,司法の場においても, 第2章第2節 において述べたように,特許や実用新案など技術的側面での審判が必要な知的財産に関する訴訟件数の増加( 第1-3-32図 )やDNA型鑑定等といった新たな科学技術による鑑定結果の証拠能力の認定等,科学技術に関する判断が求められる機会が増大している。

第1-3-32図 知的財産権関係民事事件の新受件数の推移(全国地裁第一審)

(科学者コミュニティに求められる役割)

 前節でも述べたように,欧米の科学者コミュニティは,科学技術政策に対して重要な意見具申を行うといった,政策に対する働きかけだけでなく,社会に対しても,情報発信により科学技術に関する国民的な議論の機会を提供してきた。

 我が国の科学者コミュニティの代表機関とされる日本学術会議は,諸外国と比較して歴史的背景や組織体制の相違があるため単純に比較することはできないが,欧米のアカデミー組織と比較して社会的影響力のぜい弱さが指摘されている。

 政府においては,総合科学技術会議のように科学技術の側面からトップダウンで政策形成を行う行政機関が設置されたが,これを補完するものとして,日本学術会議に代表される科学者コミュニティによるボトムアップでの科学技術に対する政策提言が重要であり,相互にバランスのとれた自律性のある科学技術推進体制の構築に資するものと期待される。また,同時に,国全体の科学技術の方向性を議論するに当たっては,幅広い専門家の知見による支援が不可欠である。

 一方,これまでの我が国における科学者は,社会的公正を確保するという観点から,社会と一線を画して研究活動に従事する傾向にあった。

 もちろん,大学等において学術研究に従事する科学者は,創造的かつ独創的な知の創出とともに,次世代を担う人材の教育,育成といった長期的な成果を生み出すことが重要な役割であることは言うまでもないが,近年の社会の急速な発展,経済的な状況の変化により,科学者コミュニティは,社会貢献の視点から,政策に対する積極的な提言が求められており,国全体における科学技術に関するシステムを構成する最も重要な主体の一つである。

 今後,日本学術会議の組織改正,国立大学等の法人化等の状況を踏まえ,科学者コミュニティには,高い能力を有する専門家集団としての視点で科学技術ガバナンスに対する責任ある役割を担うことが期待される。また,そのような役割を果たすに当たっては,一層,積極的かつ活発な社会とのコミュニケーションが必要であろう。

(科学技術に関する企業と社会の関係)

 我が国における科学技術活動の研究費負担の約79%,研究者数で約78%と最も大きな割合を占めているのは産業活動を担う企業であり,科学技術の成果を社会に展開して自らの企業活動と社会経済を活性化させ,国民生活を豊かにすることに貢献してきた。その一方で,企業活動は,公害や産業廃棄物等に見られるように,科学技術のいわば負の側面によって,社会的課題を生じさせた場合もあった。

 このため企業は,社会全体の利益を意識し,専ら利益を追求する姿勢から環境への取組や地域社会に密着した取組など社会に調和する活動への転換を図っている。

 また,2003年2月に行われた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)においては,「Building Trust(信頼の構築)」がテーマとなり,経済活動における社会的信頼の確保が国際的にも重要な課題となっている。

 このような背景も踏まえ,近年,企業においては,企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)という概念が広がりつつある。これは,企業経営に関する社会的責任についての新たな考え方であり,企業の責任の範囲を,企業法制,労働関係法制等についての順法精神,顧客や株主からの信頼醸成といった従来経営に必要とされてきたものだけでなく,倫理的問題や環境問題や国民生活への影響なども踏まえた社会的取組を明確にすることで,社会全体と企業経営を調和させることに取り組んでいる。CSRについては,国際標準機構(ISO)における標準化や政府による制度化に向けた動きもある一方,社団法人日本経済団体連合会は,「企業の社会的責任(CSR)推進にあたっての基本的考え方」(平成16年2月)を発表し,CSRに関する規格化や制度化に対しては慎重な姿勢を示し,企業が自主的に取り組むべきであるとしている。

 経済ニーズに敏感な企業がCSRのような社会との関係を意識した経営方針を打ち出す背景には,経済市場における投資家が社会的調和を目指す姿勢を高く評価する見方が拡大していること等があると考えられるが,科学技術の多くを企業が担っている我が国の科学技術ガバナンスにおいても,注目すべき動向と言える。

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