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第1部   これからの科学技術と社会
第2章 社会のための科学技術のあり方
第2節 社会のための科学技術に係る新たな政策展開
3.  分野を超えた取組


 これまで述べてきた「安全・安心に係る科学技術の推進」や「科学技術による地域再生」に関する取組を行うには,自然科学や人文・社会科学といった分野を超えた総合的な取組の視点が必要である。

 ここでは,このような分野を超えた取組の重要性及びその現状と課題について述べる。

(分野を超えた総合的な視点の重要性)

 科学技術が我々の生活に密接に関係し,人間の活動領域が広がるにつれ,もっと便利に,もっと使いやすく,もっと機能的にと,人々の価値観や要求も多様化してきた。また,科学技術の発展に伴い,社会の構造そのものも大きく変化し,社会で生じる様々な現象はより複雑になっている。このような社会の変化に対応し,科学技術と社会の全体としての最適な関係を構築していくためには,新たな総合的視点が重要になっている。

 科学技術の高度化に伴い,自然科学等の学問は専門化・細分化してきた。しかし,地球環境問題や社会の安全・安心に係る問題など,多くの要因が絡んだ現代の複雑な社会的課題は,専門化・細分化された知識だけでは十分に対応できず,知の総力を挙げて解決しなければならない。

 専門化・細分化された様々な分野の知識の統合や自然科学と人文・社会科学の各分野で得られた知識の統合など,分野を超えた取組によってこのような課題を解決していくことが,今,求められている。

(分野を超えた取組に対する研究者の意識)

 研究者にとって,分野を超えた取組はどのように意識されているのであろうか。

 文部科学省が実施した「我が国の研究活動の実態に関する調査(平成15年度)」によれば,約60%の研究者が分野を超えた研究に関心を持っていると回答している( 第1-2-25図 )。

 また,関心がある理由としては,「社会的課題へ対応した研究を進めるために必要不可欠と思うから」と回答した研究者が約80%であり( 第1-2-26図 ),社会との関係において,分野を超えた取組の重要性と必要性が認識されていると言えよう。

第1-2-25図 分野を超えた研究への関心

第1-2-26図 分野を超えた研究に関心がある理由

(分野を超えた取組の現状)

 分野を超えた取組は,徐々にではあるが社会の要請により増えてきており,今後の重要な流れになりつつある。次に示す取組はその例であり,社会の変化に伴い,更なる取組が期待される。

{1}「知」の活用のために

 「知の世紀」と言われる21世紀において,科学技術によってもたらされた発見や知識を蓄積し,有効活用することは重要な課題である。

 知的財産権は,人間の幅広い知的活動について,法律により,その創作者に権利を付与し,その権利を保護するものであり,知的財産が積極的に活用され,かつその価値が最大限に発揮されるよう環境を整備するものである。その中でも,ライフサイエンス,情報通信,エレクトロニクス分野などは,近年,科学技術の発展により多くの成果が創出され,新たにその権利を保護する必要が生じた分野である。これらの分野の権利保護を適切に行うためには,法学の視点と自然科学の視点による分野を超えた取組により行う必要がある。

 米国は知的財産権に関して,1980年代に入り,知的財産紛争を扱う連邦巡回控訴裁判所の設置や,ヤング・レポートによるプロパテント政策などを進めてきた。また,生物は特許の対象にならないという古くからの常識を覆し,微生物の特許を成立させるなど,その後も知的財産の対象分野を次々と拡大して知的財産重視の政策を展開している。

 我が国では,平成15年3月,「知的財産基本法」が施行され,同法に基づき知的財産戦略本部を設置し,「知的財産の創造,保護及び活用に関する推進計画」を定めた。この中で,創造,保護,活用,そしてそれらの活動を支える卓越した人材の育成など,国民全体の社会的参画の視点を踏まえ,それぞれの取組を最大限に行うことはもちろん,それらを一体的有機的な連携の下に行うことが重要であるとしている。また,重要性の高い政策課題については,専門調査会(「医療関連行為の特許保護の在り方に関する専門調査会」,「コンテンツ専門調査会」,「権利保護基盤の強化に関する専門調査会」)を設置し,調査審議を行っている。

 知的財産の保護に関しては,知的財産の活用の進展に伴い司法の果たすべき役割がより重要になることから,知的財産に関する事件についての裁判の一層の充実及び迅速化を図るため,知的財産に関する事件を専門的に取り扱う知的財産高等裁判所の設置を定めた「知的財産高等裁判所設置法案」が,現在,審議されている(平成16年4月末現在)。また,知的財産関連人材の養成のため,知的財産に重点を置いた法科大学院や専門職大学院,技術経営大学院などにおいて知的財産教育が推進されている。

{2}新たな社会システムの構築を目指して

 現代社会が抱える様々な問題を解決し,豊かで安全・安心な社会を形成するためには,活用できる知を統合して社会における新たなシステムを構築する必要がある。

 文部科学省(当時科学技術庁)では,平成12年4月に「社会技術の研究開発の進め方に関する研究会」(座長:吉川弘之日本学術会議会長)を設けて検討を行い,平成12年12月に「自然科学と人文・社会科学の複数領域の知見を統合して新たな社会システムを構築していくための技術」を「社会技術」として捉え,その理念,推進の重要性と研究体制,研究領域等についての提言を取りまとめた。これに基づき独立行政法人科学技術振興機構は,社会技術研究を推進している( 第1-2-27表 )。

 社会技術に関する研究は社会問題の解決を目指すものであることから,自然科学を中心とする技術的知見のみならず,個人や集団の心理や行動を対象とした人文・社会科学の知見を結集すべく,自然科学と人文・社会科学の研究者が協働し,個別分野を超えた幅広い視点から研究開発が進められている。

 こういった研究の取組には多様な形態が考えられるが,現在実施中の研究課題の一つである「安全性に係わる社会問題解決のための知識体系の構築」で例示すれば以下のようなやり方で行われている。

 まず,工学,医学,法学,経済学,社会心理学等の研究者が個別分野を超えて協働し,様々な分野の安全性に係わる問題についての研究と,分野横断的な研究が並行して進められる。同時に,研究グループ間の相互検討や意見交換が図られ,各分野の問題解決に寄与する技術の研究開発が行われる。さらに,その成果を俯瞰的・体系的に統合する。この様にして,複雑化・高度化した科学技術に係わる安全性の問題の全体像把握を支援する技術や,導入すべき解決策の判断を支援する技術を開発することを目指した研究開発が行われている。

 現在,この他,「高度情報社会の脆弱性の解明と解決」,「社会システム/社会技術論」,「循環型社会」,「脳科学と教育」について研究が進められている。

第1-2-27表 社会技術研究の研究課題例(平成15年度)

{3}知性と感性の健やかな育成のために

 少子高齢化,母親の育児不安,児童虐待,青少年による犯罪,不登校,ひきこもり等は,現代社会の大きな社会問題となっている。また,人の脳は長期間の生物進化の産物であり,現代の急速な社会の変化にどのように対応すべきかといった人類にとって新たな課題を生じている。

 これまでの教育の場における課題に対しては,保育学・児童心理学や教育学などの知見,また教育現場などでの様々な試みの蓄積を活かしながら取組がなされてきた。これに加え,近年,人の脳機能の計測技術の急速な発展などにより,脳科学と教育学,保育学,心理学,社会学,医学・生理学等の分野の知見を統合し,これまで科学的に解明されてこなかった「心」や「感性」を生み出す脳機能の多角的な研究が可能となった。これにより人の生涯にわたる学習の仕組みを解明し,これら社会問題の解決に貢献することが期待されている。

 経済協力開発機構(OECD)の教育研究革新センターでは,1999年に「学習科学と脳研究」に関する取組を専門家による自由な議論の形で開始し,2002年からは幅広い分野の専門家の研究ネットワークによる調査検討を行っている。また,米国は,医学・生物系の国立研究所群である国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)に初めての工学系の研究所である国立生体イメージング・生体工学研究所(NIBIB:National Institute of Biomedical Imaging and Bioengineering)を平成13年に設立し,「脳科学と教育」研究を可能とする脳機能の非侵襲計測をはじめ,積極的に本分野の研究を推進すべく注力している状況である。

 我が国では,平成13年度より,文部科学省に「脳科学と教育」研究に関する検討会を置き,研究計画等について検討するとともに,独立行政法人科学技術振興機構において具体的な研究を開始している。

{4}心豊かな社会に貢献するために

 これまでの科学技術は,豊かな生活や社会活動に貢献してきた。一方で,人々の求める豊かさは,物質的な豊かさから精神的な豊かさに比重を移しており,今後の科学技術は,心の豊かさにも貢献していく必要がある( 第1-2-28 , 第1-2-29図 )。

第1-2-28図 国民の求める豊かさの変遷

第1-2-29図 科学技術の発展は心の豊かさも実現するものであるべき

 平成13年12月,国として文化芸術の振興を図るために「文化芸術振興基本法」が施行された。これに基づき翌平成14年12月には文化芸術の振興に関する基本的な方針が策定された。この基本的方針において,文化芸術は,芸術家や文化芸術団体,また,一部の愛好家だけのものではなく,すべての国民が真にゆとりと潤いの実感できる心豊かな社会を実現する上で不可欠なものであり,この意味において,文化芸術は国民全体の社会的財産であるとしている。

 同時に文化芸術は,質の高い経済活動の実現に資するものであり,中でもデジタル・コンテンツは2兆円を超す市場規模と推定され,国の産業として重要な分野になっている。しかし,国際的には我が国は映画などについては輸入超過で,アニメ等一部の分野では我が国は国際競争力を有しているものの,近年は高度な制作技術基盤を背景にした米国の追い上げ,高い技術と安い人件費による中国,韓国をはじめとするアジア諸国の台頭など,このままでは我が国は国際的に大きく立ち遅れる危機にある。

 このような中,知的財産戦略本部において,今後の我が国が目指すべき最重要な知的財産としてのコンテンツ振興に関する検討が進められており,また,現在,「コンテンツの創造,保護及び活用の促進に関する法律案」が審議されている(平成16年4月末現在)。さらに,社団法人日本経済団体連合会からも「エンターテインメント・コンテンツ産業の振興に向けて」とする意見書が出され,その重要性が指摘されている。

 心の豊かさを実現するために,文化芸術を振興するに当たっては,科学技術の果たす役割も大きいと考えられる。このような観点から,科学技術・学術審議会資源調査分科会が平成16年2月に「文化資源の保存,活用及び創造を支える科学技術の振興」として,今後の文化芸術に関わる科学技術の振興策についての審議報告を行ったところである。今後は,これらの提言に基づき,メディア芸術などの技術に立脚した文化資源の創造のための科学技術の振興,文化財の保存,活用のための探査,科学的分析,人工現実感(バーチャルリアリティ)による保存・展示等の科学技術の振興や科学技術の文化への貢献等の社会的価値の再評価など具体的な政策的取組を進めることが重要である。

Column

{5}技術と経営の双方の専門知識を備えた人材の育成

 我が国の経済・社会を活性化するためには,持続的なイノベーションの創出が重要であるが,そのためには,高度な科学技術の知識を有するとともに,特許などの知的財産の取り扱いや研究成果の事業化,経営などについての経験,知識を有する人材が求められている。一方,最近の経済情勢を踏まえ,企業においては教育(研修)部門を外部委託したり,入社当初から実践力を兼ね備えた専門人材を求めており,大学で行われる教育に対する期待が非常に高まっている。

 技術経営(MOT:Management of Technology)は,技術を事業の核とする企業や組織における,次世代の事業を継続的に創出し,持続的な発展を行うための創造的,かつ戦略的なイノベーションを目指した経営である。こうしたMOTを担うことができる人材(MOT人材)を育成するため,技術と経営の双方を理解することを目指したMOTプログラムの整備を進めている。この際,我が国の経済社会の実態に即した実践的なMOTプログラムを整備するため,実務に携わる「産」と教育に携わる「学」とが積極的に連携することが重要である。

 一方で,MOT人材などのマネジメント人材は,質,量ともに不足しているとの認識があることから( 第1-2-30図 ),今後,人材の確保・養成とともに人材の質の向上のために,更なる施策の推進が求められているとともに,各機関においても更なる展開が期待されている。

第1-2-30図 研究者から見た様々な科学技術人材への不足感

(分野を超えた取組の推進のために)

 以上見てきたように,社会の様々な場面において,社会的課題を解決するための分野を超えた取組が行われている。科学技術が社会に貢献していくためには,今後,このような取組がますます重要になるだろう。

 また,我が国の国際競争力をより一層高めるためには,独創性のある新しい分野を創出していくことが重要になる。このような新分野の多くは,既存分野の融合,自然科学と人文・社会科学の協働,あるいは科学技術と文化芸術などの感性の分野との融合など,分野を超えた取組の中から生まれてくることが考えられる。

 分野を超えた取組を円滑に進めるためには,様々な分野の専門家の協働はもちろんであるが,幅広い視野に立って,多様な知識を自在に組み合わせ,あるいは俯瞰的に物事を見ることができる人材の養成がますます重要になってくる。その中で,例えば,大学院博士課程において,幅広い知識を基盤とした高い専門性を有する優れた研究者を養成するという教育的視点の強化,大学等における複数の教員からの指導,ダブルメジャー(専攻分野以外の分野の授業科目を体系的に履修させる取組)の導入,またそれらに対する支援等が必要である。

 また,人文・社会科学は,人間的な営みや様々な社会事象の省察などを行うことが役割として期待されている。しかしながら,我が国の人文・社会科学研究は,これまで科学技術と社会の課題に取り組むという点では必ずしも十分でなかったとの指摘もある。今後,分野を超えた取組により社会的な課題に適切に対応していくためには,自然科学分野のみならず,人文・社会科学分野の振興も一層推進することが重要であると言える。


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