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第1部   これからの科学技術と社会
第2章 社会のための科学技術のあり方
第2節 社会のための科学技術に係る新たな政策展開
1.  安全・安心に係る科学技術の推進


(安全・安心を脅かす要因の増大)

 2001年9月11日に発生した米国同時多発テロは,数千人が一瞬にして犠牲になり,国際社会にかつてない衝撃を与えた事件であった。また,2004年3月11日にはスペインのマドリードにおいて,列車爆破事件が発生し,200名以上の死者,1,700名以上の負傷者を出した。このような事件は国外のみならず国内においてもテロの脅威を実感させている。

 国内に目を転ずると,我が国はこれまで多くの自然災害に見舞われてきた。最近では防災対策の成果もあり,自然災害による被害は減少している。しかし,平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は,死者6,000人以上に上り,一つの災害で第2次世界大戦後のいずれの年の自然災害による死者総数をも上回る大きな被害を記録した。

 また,治安面では,平成14年度の刑法犯認知件数は285万3,739件と7年連続で戦後最多を記録し,また,刑法犯検挙率は過去最低の水準となっているなど,急激な治安の悪化が見られ,国民の不安感の増大が指摘されている( 第1-2-9図 )。

第1-2-9図 刑法犯の認知・検挙状況の推移

 日本人の健康を疾病の面から見ると,第2次世界大戦以前は感染症が病因の多くを占めていたが,抗生物質の発見等により第2次世界大戦後には減少し,それに代わって脳卒中や心臓病等の生活習慣病が増えてきた。ところが,近年,感染症が世界各地で発生している。2002年には米国でウエストナイル熱・脳炎が発生し,2003年にはアジアを中心とする世界各国で重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生した( 第1-2-10図 )。SARSに関しては,外国旅行者が日本出国後SARSを発症したことによって,感染症の流行が国民に現実的な不安として改めて実感された。

 また,アジア各地において高病原性鳥インフルエンザ(鳥インフルエンザ)が発生しており,我が国においても平成16年1月に山口県で発生が確認され,その後,大分県,京都府においても発生が確認されており,社会的に大きな不安となっている。

第1-2-10図 我が国における疫学的変遷とアジアの新興感染症の発生状況

 感染症はいったん流行すれば,人的被害はもとより経済的被害も甚大である。SARSの流行が各国の経済に与えた影響は大きく,アジア開発銀行の推計によればSARSが各国・地域にもたらした経済的損失は対GDP比で,香港4.0%(66億ドル),中国0.5%(58億ドル),台湾1.9%(53億ドル)等と推計されている( 第1-2-11図 )。

第1-2-11図 SARSが各国・地域にもたらした経済的損失の推計

 以上に述べた状況の変化により,国民の安全・安心に対する意識も変化してきている。 第1章第1節 でも述べたように,「社会意識に関する世論調査(平成16年1月)」によれば,悪い方向に向かっている分野として,治安を挙げた人の割合が高く,しかも,その割合は平成14年12月の調査に比べて上昇している。また,「国民生活選好度調査(平成14年度)」において国民生活に関する60項目について,重要度の高い順に並べたところ,上位10項目すべてが,安全・安心に関連する項目であった。こうした現状を見ると国民の安全・安心に関する関心が近年特に高まっていると考えられる。

 文部科学省の「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書(平成16年4月)によると,「特に近年身の回りの危険が増したか」という質問に対し,「多くなった」と「どちらかといえば多くなった」を合わせると,回答者の約70%を占めているという調査結果が見られる( 第1-2-12図 )。

第1-2-12図 近年身の回りの危険は増したか

 また,世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)は,世界の各界首脳がスイスのダボスに集まり,毎年テーマを決めて世界の潮流について話し合うことで知られている。2004年の主題は「安全と経済的繁栄」であり,安全という話題が主題に選ばれたことでも,世界が安全問題に注目していることを示している。

 ダボス会議の開催に合わせて,「安全と経済的繁栄」に関する国際世論調査が実施された。この結果によると日本人は,「自国が10年前に比べて安全でなくなったと思うか」という質問に86%が「安全でなくなった」と回答し,全世界の平均57%に比べて高くなっている。さらに,「次世代は今より安全でない世界で暮らすと思うか」という設問に対しても,68%が「そう思う」と回答し,全世界平均の48%と比べて高くなっている( 第1-2-13図 )。

第1-2-13図 世界経済フォーラムの世論調査

 イザヤ・ベンダサンが著書『日本人とユダヤ人』(昭和45年)で記した「日本人は,安全と水は無料で手に入ると思いこんでいる」という文章が象徴するように,日本においては安全・安心は天与のものと考えられてきた。しかしながら,これらの調査結果に見られるように,その意識は確実に変化してきている。

 科学技術は安全・安心の実現に大きく貢献する力を有しており,危険物や脅威の探知を行うセンサーシステムの実現,インターネットを安心して使うための情報セキュリティ技術など,科学技術が安全・安心に係る問題の解決に大きく貢献できる例は少なくない。一方,内閣府が行った「科学技術と社会に関する世論調査」においても,「身近な生活の安全と国の総合的な安全の確保のため,高い科学技術の水準が必要である」という問いに対して,「そう思う」と「どちらかというとそう思う」を合わせると約70%になり,社会の安全・安心の確保に関して科学技術に対する期待は大きいと考えられる( 第1-2-14図 )。

第1-2-14図 安全確保のため高い科学技術が必要

(安全・安心な社会を実現するための科学技術の強化)

 科学技術が安全・安心な社会の実現に貢献していくためには,安全・安心に係る問題の解決に資する研究開発を推進するとともに,未知のリスクに対しても,そのリスクが突然顕在化した際に,科学技術による迅速かつ柔軟な対応が可能となるような体制の構築が必要となる。さらに,安全・安心に係る科学技術人材の養成が必要である。

 また,研究開発を円滑に進める上で,予想されるリスクについて,リスクコミュニケーション( )等を通じて社会の理解を得る努力が安全・安心な社会の実現につながるものである。それがなければ,研究開発に対する国民の参加・協力を得られるものではないことも忘れてはならない。

 このほか,科学技術によって安全・安心に係る問題を解決することは,様々な産業の競争力を高めたり,新たな市場・産業を創出したりすることにつながることにもなる。


■注 リスクについての情報や意見の交流を社会全体で行い,情報共有すること。

{1}安全・安心に係る研究開発の推進

 安全・安心に係る課題の解決のために喫緊に取り組むべき研究開発課題については,明確な目標のもと,分野横断的かつ有機的に連携したプロジェクト的な対応が必要である。その際,研究の実施に併せて,関連する社会的枠組みの構築や変更などの制度的な対策を行うことも重要であり,対策を実現するための関連する社会制度的対応を所管する省庁の参画が不可欠である。

 例えば,新興感染症への対応には,病原体の研究や医薬品の開発のみならず,被害拡大防止や水際での進入防止のための各種の検査技術や,それに伴う公衆衛生上の方策の実施など,個別の知識や技術を統合した取組が必要となる。

 また,税関における密輸や不審物の取締り,警察の科学捜査活動などのように,社会の安全・安心を確保する現場において,開発した技術が課題の解決に有効に活用できるように,現場の要件を満たす対策技術の開発を進めるとともに,例えば政府調達等による成果の活用を進めていくことが重要である。

 我が国においても国家的・社会的に重要な政策課題であって,単独の府省では対応が困難であり,早急な解決を要する政策目標及び課題について研究開発を推進するため,文部科学省の科学技術振興調整費において「重要課題解決型研究」制度が平成16年度から開始されている。平成16年度は,「安心・安全で快適な社会の構築」という政策目標の下,「新興・再興感染症に関する研究開発」,「情報セキュリティに資する研究開発」など8課題が実施されることとなっている。

 このような取組に加え,従来の対策を一変させるような革新技術や画期的な知見による対策を生み出していくには,それらの基となる大学,研究機関等の基礎的な研究成果を安全・安心の確保に努めている公的機関や企業等のニーズに結び付ける必要がある。そのためには,これらの公的機関や企業等における安全・安心に関するニーズを調査分析し,ニーズにあった先進技術を掘り起こして両者を結びつけ,現場と一体となった研究開発を展開する機能の構築が必要である。

 一方,安全・安心に係る個々の分野で得られた知見を集積し,他の分野へと活用するためには,分野毎の研究開発拠点との情報及び人材の交流を通じて安全・安心科学技術の知識体系の整理・蓄積を図り,一般化された知識を各分野の研究拠点にフィードバックする機能を持つ中核的な研究開発拠点の形成が必要である。

 米国においては,同時多発テロを契機として2003年1月に既存の省庁から,米国沿岸警備隊,連邦緊急管理庁,関税局,移民帰化局などの24の部局,18万人の職員を再編して国土安全保障省(DHS)が新設された。その中に科学技術担当次官が設置され,下部組織として国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)をひな形とした国土安全保障高等研究計画局(HSARPA)が設立された。HSARPAはDARPAと同じく,国土安全保障における科学技術の基礎研究から開発までを担当している。米国の基礎科学分野での優位性,そしてそれによる新技術の創出により米国の国土安全保障を担保することを目的としている。

{2}未知のリスクに柔軟に対応できる多様な科学技術の確保

 近年,社会が高度化,複雑化し,リスクの予見が難しくなっており,また人為的な脅威が増大する中で,新たな手段を使ったテロのような,未知のリスクが突然顕在化することが問題となっている。また,人間の活動が未踏の地域や未知の領域に拡大したために,新興感染症のような未知の危険に遭遇する可能性が高まっている。

 未知のリスクに対しては,事前に対策技術を開発することは困難であり,リスクが明らかになった時点で,迅速かつ柔軟な対策技術の研究開発が求められる。このような対応を可能とするためには,研究分野の多様性を確保することが必要である。多様な研究開発活動によって,幅広い分野の専門的知見や技術シーズを蓄積することで,新たなリスクが出現した場合,これらの蓄積を活用し,柔軟に対策技術の研究開発を進めることが可能となる。また,新たなリスクに対応する研究を速やかに実施するため,幅広く安全・安心に関する科学技術を把握し,常に関連する研究者にアクセスが可能な知のネットワークづくりが必要である。

{3}安全・安心な社会を支える科学技術人材の養成

 安全・安心な社会を実現する科学技術を生み出す基盤として,安全・安心に係る分野の科学技術人材を養成することが求められる。

 例えば,インターネット分野のセキュリティ技術者は,その人材養成が強く望まれる分野の例である。

 我が国では,平成15年度,約1,500万世帯が,デジタル加入線(DSL)やケーブルインターネットの普及でブロードバンド・インターネット接続を利用するようになっていると推計されるが,コンピュータウイルスや,個人情報の流出などセキュリティ上の問題も多発している( 第1-2-15図 )。

第1-2-15図 ブロードバンド回線加入数(実利用)が加入可能世帯数に占める割合

 総務省の情報通信ソフト懇談会人材育成ワーキンググループの中間報告書によれば,日本のIT分野の技術者は現在42万人不足しており,そのうち情報セキュリティ技術者の不足数は12万人と推定されている( 第1-2-16図 )。

第1-2-16図 IT分野におけるセキュリティ技術者の不足数

 情報セキュリティ技術者の養成は緊急性が高く,総務省では平成13年から電気通信主任技術者(国家試験)に情報セキュリティに関する科目を追加し,また民間団体においても,情報通信サービスを提供する事業者に配置する情報セキュリティマネジメントの専門家を育成するため,「ネットワーク情報セキュリティマネージャー(NISM)」の資格認定を実施している。

 文部科学省の科学技術振興調整費においては「新興分野人材養成」制度の「基盤的ソフトウェア」分野として情報セキュリティに関するプロジェクトを指定しており,不足している情報セキュリティ分野の人材養成を目指している( 第1-2-17図 )。

 しかしながら,情報セキュリティ分野の人材は一朝一夕には養成できるわけはなく,継続的に資源を投入して養成していく必要がある。安全・安心に係る分野ではどの分野でも必要とされる人材の養成には継続的な資源を投入する必要があると考えられ,国として必要な資源を投入していくことが重要である。

第1-2-17表 情報セキュリティに関する人材養成プロジェクト

 科学技術の高度化,専門化の中で,独創的な知見や最先端の技術により生じる可能性のある危険を予見できるのは,それらを生み出す研究者・技術者自身である。このような危険を回避するためには,安全・安心に関連する分野の人材に限らず,研究者や技術者の養成過程において,社会の安全・安心を確保するための知識に加え,新たな知見や技術によって生じる危険性を予測する能力を修得させることが必要である。

Column

(安全・安心に係る科学技術と社会的対応の一体化の重要性)

{1}安全・安心に対応する社会制度

 インターネットの発達に伴う電子文書によるやりとりの増大に従い,文書の信頼性を確保しなければならない場面が増大した。このような状況の変化への対応として,電子化された契約書等の電子データの作成者を示すとともに,当該データが改ざんされていないことを確認するための「電子署名」という技術が開発されており,これに関連して当該電子署名を行ったのが本人であることを証明する「認証業務」という業務がある。この技術によって,相手が特定の人物であることを確認し,契約書等の内容が書き換えられていない真正性が確保される( 第1-2-18図 )。

第1-2-18図 電子署名・認証の仕組み

 契約書等の紙文書に署名,押印がある場合には,当該文書が本人の意思に基づいて作成されたものであることが推定されるが,電子署名を紙文書における署名,押印と同等の効果を有するものにするためには,法律等による裏付けが必要である。

 平成13年4月から施行された「電子署名及び認証業務に関する法律」により,本人による一定の要件を満たした電子署名がされた電子文書は,本人の意思に基づき作成されたものと推定されるようになった。つまり署名,捺印された文書と同等に通用するための法的基盤が整備された。

 これにより,インターネットバンキングやインターネット証券などでの顧客認証や取引情報の保全,電子申請や交付などが可能になり,これによる利便性の向上,例えば窓口に持参しなくて良い,24時間対応,などが可能となった。

 これは,科学技術の発達に社会制度を対応させることにより利便性を向上した事例である。一方,技術の発達によって引き起こされる問題に社会制度を対応させることが必要な場合もある。

 例えば,平成12年まで,アクセス権限のないコンピュータ資源へのアクセスを行われても,行為自身は取り締まれず,その結果として付随して起きる行為を他の法律を適用して検挙するしかなかった。そこで平成12年2月に「不正アクセス行為の禁止等に関する法律」が施行され,それ以降,本法違反で検挙される件数は増加している( 第1-2-19図 )。「不正アクセス行為の禁止等に関する法律」においては,ID・パスワードの窃用及びセキュリティ・ホール攻撃によってアクセス権限のないコンピュータ資源へのアクセスを行うことを「不正アクセス行為」と定義している。

第1-2-19図 ハイテク犯罪検挙数の推移

 このように,科学技術の発展に合わせて,新技術の利用促進や技術の悪用の禁止など,社会制度面での整備も同時に進めていく必要がある。

{2}安全・安心に関する個人の知識・意識の向上

 様々な社会システムの安全性は,利用者である個人の行動と密接に関連している。そのため,社会の安全が何らかの方法で制度上確保できても,安全を考慮せずに個人が行動すれば,社会の安全性は容易に崩れる可能性がある。したがって,社会制度の整備に加えて,利用する個人が安全に対する知識や意識を持ち,安全を確保する行動をとることで初めて,安全・安心な社会が実現される。

 例えばインターネットの普及とともに,コンピュータウイルスによるパソコンへの被害が問題になっている。コンピュータウイルスの被害を食い止めるためには,パソコンを持っている各個人がコンピュータウイルス対策に関する正しい知識と意識を持って,適切な行動をとる必要がある。

 コンピュータウイルスを発見又はコンピュータウイルスに感染したと独立行政法人情報処理推進機構(IPA)に届出のあった件数は,平成8年までは年間で約1,000件だったが,平成11年以降激増している( 第1-2-20図 )。

第1-2-20図 コンピュータウイルス届出件数の推移

 平成15年にはパソコンのソフトウェアのぜい弱性を標的とし,特定の日時に特定のコンピュータに攻撃を仕掛けるBlasterワームなどが出現したことにより,コンピュータウイルスの被害者が,知らない間に加害者となる可能性が出てきた。

 コンピュータウイルスの被害に遭わない,また他人に被害を与えないためには, 第1-2-21表 に書かれていることなど,必要最小限の対策を各々の個人が行う必要がある。

 インターネットがこれからますます普及し社会の基盤となる時代においては,コンピュータウイルス対策は,社会の一員として必要な基礎的素養になると考えられ,それを普及することが重要である。

第1-2-21表 コンピュータウイルスに感染しないための対策

 今日,安全・安心な生活に必要とされる知識の量が多くなってきており,子どものころから社会の一員になるための基礎的素養として安全・安心に係る知識を広く学ぶことが必要と考えられる。

 文部科学省では,防災面では地震などの自然災害に対する備えと安全のための適切な行動が取れるよう,授業などにおいて活用する防災教育教材を作成し,学校に配布している。

 このような教育に加え,危険を意識し,危険から回避する行動を生活習慣の中に組み込むことで,個人が安全・安心に係る意識を向上させることが可能となる。

 さらに,国民の間に安全・安心に関する知識・意識が向上することで,我が国全体として安全・安心に係る文化の醸成につながるものとなる。

{3}安全・安心に係る国際協力・連携の重要性

 グローバリゼーションが進展する中,SARSのように一つの国や地域にとどまらず国際的に被害が波及する状況にある。このため,国内の安全・安心に係る問題に取り組むだけでなく,諸外国と協力・連携して国際的な安全・安心の問題に取り組んでこそ,我が国の安全・安心が実現できると言える。

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