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第1部   これからの科学技術と社会
第1章 科学技術と社会の関係の深まり
第2節 科学技術と社会に係る世界の政策動向
3.  欧米における政策動向



(1) 米国における動向

(冷戦終結後の科学技術政策の方向性の提示)

 米国では,1993年2月にクリントン大統領が「米国経済成長のための技術:経済力強化のための新たな方向(Technology for America's Economic Growth - A New Direction to Build Economic Strength)」を発表し,経済競争力強化のため,科学技術政策を従来の軍事研究から民生研究に重点を移行する方向性を打ち出した。

 米国における第2次世界大戦以降の科学技術政策は,時々の政権により重点分野は異なるものの,その基本となったのが1945年にバネバー・ブッシュ科学研究開発局長が作成した報告書「科学:限りなきフロンティア(Science : The Endless Frontier)」(通称:ブッシュレポート)であると言われている。同報告書では,科学研究活動の重要性と連邦政府が支援すべき分野として,軍事研究,公衆衛生,医学等を挙げたほか,基礎研究の重要性を論じ,政府が基礎研究を支援すれば,おのずから産業の発展に結び付くという考えが提示されている。

 その後,1998年9月,米国議会下院科学委員会が21世紀に向けた米国科学技術政策に関する報告書「未来への扉を開く〜新たな国家科学政策に向けて〜(Unlocking Our Future : Towards a New National Science Policy)」を発表したが,この報告書では社会に焦点を当てた科学技術政策への転換を提言している。

 この下院科学委員会の報告書では,東西冷戦が終結した情勢では従来の軍事力強化を志向したものから,経済のグローバル化の流れの中で米国が科学技術の先導的な役割を担えるよう,経済的競争力強化を目指した科学技術政策への転換を図ることが必要との認識を示した上で,今後の科学技術政策の目標を,国家安全保障,健康,経済,意思決定支援の4点に据えて,その目標達成のための方策を連邦政府のみならず,州政府や大学,産業界,科学者等の責務として示している。

 特に重視すべき項目として

1)基礎研究の推進
2)科学技術成果の新産業技術や社会・環境問題への応用
3)科学教育の充実と科学者と国民の対話の重視

 を掲げている。

 特に3)では,12歳以下の子どもへの科学・数学教育の充実について指摘しているほか,科学者・技術者と国民とのコミュニケーションの増大を図るよう提言しており,具体的には,以下の内容を勧告している。

・科学者とジャーナリストとの間の架け橋を構築するために,科学者に対しては卒業訓練の一部としてジャーナリズムやコミュニケーションのコースを,一方ジャーナリストについては科学に関する論文執筆のコースを取る機会を提供すること
・一般国民とコミュニケーション能力のある研究者・技術者は,本来の研究活動のほかに,コミュニケーションに従事する時間をとること
・政府資金による研究成果については,一般市民が幅広く入手できるよう,平易な言葉による要約の作成により公表することやインターネットでも公表すること

 この後,2001年2月には超党派の議会経験者等により構成された21世紀国家安全保障委員会が,2025年までの米国の安全保障戦略を提言した報告書「国家安全保障のための行程表(Road Map for National Security: Imperative for Change)」を発表した。

 本報告書においては,真の国力と富の源泉は,科学技術及び高等教育にあるとして,米国が世界のリーダーとしての地位を維持し続けるため,米国の国家安全保障における科学技術の重要性を強調し,連邦政府の研究開発費の倍増,科学技術に関する教育の充実等を提言している。

(社会的課題への連邦政府の対応)

 2001年9月の同時多発テロ以降,国民の安全確保や緊急事態への対応のために,先端的な科学技術を活用することへの期待が高まってきた。これに対しては,科学者コミュニティからも政府に対し提案が行われている。全米研究評議会(NRC)は,2002年6月に「より安全な国家を目指して〜テロへの対処における科学技術の役割〜(Making the Nation Safer : The Role of Science and Technology in Countering Terrorism )」という報告書を発表した。本報告書ではテロに対応するための米国科学者コミュニティの決意を表明したもので,短期または長期的な観点からテロ対策の研究開発の方向性等を示しているほか,更に戦略的な安全保障機関の設立を提言しており,これは2003年1月の国土安全保障省(DHS)への設立につながるものとなった。DHSには科学技術の活用を推進するため国土安全保障高等研究計画局(HSARPA)が設置され,国土安全保障に関する基礎研究から開発までを一貫して実施することとされた。

 また2001年9月に発生した炭疽菌事件を契機として,その対応のために「公衆衛生安全保障及びバイオテロ対応法」が2002年6月に成立し,政府の研究開発においてもバイオテロ対策研究が重要分野として位置付けられ,国立衛生研究所(NIH)を中心として進められている。

 このほか,世界でし烈な競争が始まっているナノテクノロジーの研究開発を国全体で推進するため「国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)」が策定(2000年)されたが,それを更に確実にするべく,2003年12月に「21世紀ナノテクノロジー研究開発法」が成立した。ナノテクノロジー分野の研究開発の発展は,新産業の創出をはじめ経済・社会面で多大なインパクトを与えるものとして期待される一方で,バイオテクノロジー分野における生命倫理問題と同様に,その社会への適用に当たっては社会的影響を考慮する必要があるとの認識がある。社会的影響に関する研究は,NNIの開始当初から行われており,本法においても研究開発を進めるに当たって,倫理面,法律面,環境面等の社会的問題を勘案・考慮することが規定されている。

 米国では,次々と顕在化する社会的課題への対応に向け,科学技術への期待がますます高まっており,それに応えるため社会に受容され,活用されるための科学技術という視点からの政策展開が様々な分野において進められている。

(理科教育・理解増進活動の充実・強化)

 米国においては,米国議会下院科学委員会や21世紀国家安全保障委員会の報告書でも指摘されているように,科学技術と教育の充実は国の基盤として最重要との認識がある一方で,国民の科学技術離れや生徒の理科や数学の学力の低下等の深刻な状況が世論調査等から明らかになっている( 第1-1-22表 )。

第1-1-22表 米国における科学技術離れの状況

 こうした状況を踏まえ,連邦政府では教育政策を重視しており,ブッシュ大統領は就任直後の2001年1月に,「落ちこぼれを一人も作らないために(No Child Left Behind)」と題する包括的な教育改革指針を打ち出し,2002年には初等中等教育法を改正し,学力の底上げを図るための施策を展開している。

 特に数学・理科教育関連では2002年度から数学・理科パートナーシッププログラムが始まっており,初等中等教育機関と研究所や高等教育機関の科学者・工学者が協力体制を組むことによって,初等中等教育における数学・理科の学習の改善を図ることとしているほか,国民の科学技術リテラシー向上を図るため科学館・博物館等の新・増設や展示の充実等による理解増進活動も展開している。


(2) 英国における動向

(科学理解増進活動の長い歴史)

 英国は,17世紀に国家レベルの科学アカデミーである王立協会(The Royal Society)が設立されるなど,科学技術活動に長い歴史を有する国家である。科学技術の社会への理解増進活動も,既に19世紀からその取組が始まっている。

 1799年には王立研究所(The Royal Institution of Great Britain)が設立され,1825年以降,毎週金曜日の夜に世界的な科学者を招へいして,市民を対象に科学技術の理解増進を図るための講演会「金曜講話」が開始された。これは,現在も継続されており,我が国からも最近では1997年にカーボンナノチューブの発見で知られる飯島澄男氏,2000年には脳科学研究で知られる伊藤正男氏が招へいされている。

 1831年には科学の振興と科学知識の共有を目的に英国科学振興協会(British Association for the Advancement of Science)が設立された。設立当初は,研究者間の交流を主な活動としていたが,現在では,国民の理解増進活動を主体に活動を行っており,毎年春と秋の2回に研究者と国民が触れ合うフェスティバルや討論会の開催等を通じ,研究者と国民とのコミュニケーションの促進の一翼を担っている。

(理解増進活動に係る新たな政策の方向)

 このように英国では,市民に対する科学技術の普及に古くから積極的に取り組んできているが,近年は,遺伝子組換え技術や生命倫理問題,あるいは牛海綿状脳症(BSE)といった科学技術を取り巻く様々な社会的問題が発生し,国民の科学技術に対する信頼が揺らぎ始め,国民と科学技術とのかい離が生じ始めるなどの新たな課題が発生している。2001年1月にウェルカム財団が実施した世論調査によれば,科学の進展に当惑していると4分の3が回答している一方で,3分の2が科学技術により人類の生活,医療・健康の増進が図られると考えていると回答している。

 こうした情勢を踏まえ,英国議会上院科学技術委員会は,2000年2月に「科学と社会(Science and Society)」という報告書を発表した。

 本報告書は,国民の科学技術に対する理解増進を進めるに当たっての問題点及び必要な方策をまとめたもので,近年の国民の科学不信を払しょくするためには研究者と国民との双方向的なコミュニケーションの必要性を指摘している( 第1-1-23表 )。

第1-1-23表 英国議会上院科学技術委員会報告「科学と社会」における科学技術理解増進に対する総合課題

 英国における科学と社会の関わりについて注目すべき概念がある。それは「科学技術への公衆関与(PEST : Public Engagement in Science and Technology)」という考えである。これは,公衆のみならず,科学者からも公衆に対話を通じて働きかけるという双方向の対話を通じて,科学者,政策立案者及び公衆が相互に理解を深めることができるようになるという考え方である。

 これまでは,「科学技術の公衆理解(PUS : Public Understanding of Science)」という用語が用いられてきたが,英国では,「公衆理解」が本来の意味を離れ,科学者の側から公衆に対し,科学を教えるというような一方的な活動としてとらえられていた。つまり,科学者と社会の関係に問題が生じるのは公衆の側の科学への理解不足であるということを暗に示しているということで社会の反発が強かった。このため,従来のままでは,功を奏しないばかりか,かえって科学技術に対する不信感すら生みかねないとの反省からPESTの考え方が生まれてきたものである。

 英国では,こうした概念の下での活動を促進することにより,公衆の科学技術に関する興味と意識の向上(Public Awareness of Science)を目指すこととしている。例えば,政府の研究資金を支給された研究者は,その研究成果について公衆への理解増進活動を行うことを義務付け又は強く奨励しており,その活動に当たっては研究資金を活用することが可能となっている。さらに,研究資金を配分する研究評議会(学問分野ごとに7評議会が設置)では,研究者に対して,公衆とのコミュニケーションを図るために必要な講習会の実施等の支援活動を実施しており,研究者の中でもこうした公衆との相互理解の必要性に対する意識が高まりつつある。

 センズベリー科学技術担当大臣は2002年9月の演説で次のように述べている。「公衆が科学を理解するだけでなく,科学者が公衆を理解しなければならず,また,科学自体の議論のみならず,科学の便益,リスク,価値,我々の生活への影響についての議論を行うことが必要である。」

 このように,英国では従来の考え方を大きく転換し,科学者と公衆がより積極的に対話を行い,双方向的にコミュニケーションを図る科学技術への公衆関与という概念で,科学技術と社会との新たな関係の構築を目指している。


(3) フランスにおける動向

 フランスでは,近年,生命倫理問題や原子力の問題などの科学技術を巡る社会的課題が顕在化する一方で,2000年11月に実施された世論調査では国民の科学技術離れを示す結果が明らかとなった。こうした状況を踏まえ,政府では科学技術に対する国民への理解増進並びに理科教育に関連した諸施策を積極的に展開している。

 フランスにおける科学技術理解増進施策を代表するものとして「科学の祭典」がある。これは国民と研究者との交流を通じて,国民に研究者や科学技術に対し理解を深め,不可欠な知識を持ってもらい,科学技術の進歩が引き起こす問題についての議論に参加し得る科学的知識を国民に習得してもらうことを目的として1992年から実施されている。

 2002年には750を超える市町村で2,000件以上の行事が実施されたが,これには約5,600人の研究者が参画しており,行事へは約100万人が参加している(そのうち約25万人が学生)。

 また,国民の科学技術に関する情報のニーズが増大していることを受け,情報を発信する側であるジャーナリストと研究者の協力関係を構築していくために,相互に交流を深めるためのプログラムが2003年度から開始されている。

 このほか2004年1月には,政府の科学技術予算の凍結と公的機関の終身雇用ポストの削減に抗議する研究者らが,政府に対し改善を求める嘆願書を作成したが,これに対しては研究者のみならず多くの国民も署名するなど,国民も大きな関心を寄せている。

 なお,現在,政府では,研究開発投資の増額や研究開発推進のための諸施策の整備を図るため,2004年中に「研究基本・計画法」を制定する方向であるが,制定に向けては国民を含む多数の関係者による国民的議論を経て行われる予定となっている。


(4) ドイツにおける動向

 ドイツでは,知識基盤社会においては科学技術と国民の相互理解がますます重要になるとの認識のもと,2000年から「対話による科学」イニシアティブを開始している。その一つとして,毎年一つの科学分野を取り上げ,年間を通して科学技術の国民への理解増進活動を行っている(2004年は「技術」がテーマ)。

 このほか社会のニーズにも対応した研究開発を進めていくため,2001年から「FUTUR」プロジェクトを発足させている。これは,科学技術の社会への影響を予測するという従来の方法とは逆に,将来の社会変化や新たな社会的需要を予測して,そのために必要な科学技術は何かを探るものであり,研究者や専門家だけではなく,産業界,学生,市民など幅広い関係者が参画して議論を行い,2002年2月に以下の4分野が社会を先導するビジョンとして選定され,具体的な研究プロジェクトが進められている。

1)思考機能の解明
2)将来の学習社会の入り口をひらく
3)予防により生涯健康で生き生きとする
4)ネット社会での生活:個と安全

 「FUTUR」における各種対話プログラムは引き続き実施されており,今後新たな分野が採択される予定である。


(5) 欧州連合(EU)における動向

 1999年に通貨統合を実現し,2004年5月には新たに10か国が加盟し25か国体制となるなど,世界経済・社会においてますますその存在感を増しつつある欧州連合(EU)であるが,近年,科学技術と社会の関係を再構築する動きが活発化してきている。

(近年のEUの科学技術政策)

 現在,EUの科学技術政策の基本方針として挙げられるのが,欧州委員会が2000年1月に発表した「欧州研究圏(ERA)に向けて(Towards a European Research Area)」という文書である。これは,EUが経済分野において域内統一市場や通貨統合を実現したのと同様に,科学技術分野でも研究活動や政策の整合性の強化を通じた,いわゆる「欧州単一市場」の創設を目指すもので,現在のEUの科学技術政策はこれを基本に進められている。本文書においては,欧州という次元で科学と社会の問題に取り組むことがうたわれている。

 この方針を発表して直後の2000年3月,リスボンで開催された欧州理事会において,今後10年間の期間を念頭においた経済・社会政策についての包括的な戦略(リスボン戦略)が定められた。ここでは,今後10年の間に欧州を世界で最も競争力がある知識基盤経済を確立することを目標としており,この実現のためにはERAの構築が不可欠であるとの認識が首脳の間で示され,リスボン戦略において科学技術政策が重要分野として位置付けられた。

(EUにおける科学技術に対する世論の状況)

 EUでは,2001年に市民の科学技術に対する関心等の世論調査(ユーロバロメーター(Eurobarometer 55.2))を実施したが,その結果は市民の科学に対する複雑な現状を浮き彫りにしたものであった。

 調査結果によると,EUの市民は全体的には科学技術に対し肯定的な理解を示し,高い期待を寄せている一方で,科学技術がすべての問題を解決する万能薬とはもはや考えておらず,また,科学技術に対する関心は1992年と比べると若干低下するなど,一部の人々に対しては離れた存在になりつつあるというものであった。

 2001年の結果をもう少し具体的に見てみると,EUの市民の半数以上が科学に関心がないと答え,また,科学技術に関する情報提供が貧弱だと6割以上が感じている。

 その一方で,約8割の人は科学技術ががんやエイズのような疾病を克服すると信じ,約7割の人が科学技術が自分たちの生活を快適にしてくれると考えている。

 また,BSE問題等を背景に,約9割の人が科学者は科学的,技術的進歩により可能性のある危険について市民にもっと情報提供すべきで,もっと科学者は自分たちの知識についてよりコミュニケーションをとるべきと考え,また,政治家は科学者たちの意見にもっと信頼を寄せるべきと7割の人が考えている。

(科学技術と社会に関する政策の展開)

 こうした状況を踏まえ,欧州委員会は,ERAの構築のためには,科学技術と社会の新たな関係を築くことが不可欠であるという認識の下,そのための具体的な行動計画として「『科学と社会』行動計画」を2001年12月に発表した。ここでは次の3つの戦略目標を掲げている。

1)欧州における科学教育文化の普及
2)市民に近い科学技術政策の実現
3)政策立案の中心に信頼できる科学を置くこと

 この目標の達成のため,共同体レベル,加盟国レベル,地域レベルで,また科学者,政策立案者,産業界ほか社会における他の利害関係者が共同で取り組むべき38の行動計画を提案している( 第1-1-24表 )。

第1-1-24表 「科学と社会」行動計画(2001年)の概要

 このほか,EUの科学技術政策の中心となるのが1984年から始まったフレームワークプログラム(FP)である。FPは欧州委員会が実施する共同研究開発制度であり,EUの政策実現を図るための公募案件を欧州委員会が提案し、それに合致するプロジェクトに対し助成を行うものである。現在は第6次計画(FP6)が進行中であるが,FP6はERAの構築に向けた寄与を目的として,

1)欧州における研究活動の統合化(7優先分野)
2)ERAの構築
3)ERAの基盤強化

 の3つの柱から構成されている。

 この中で科学技術と社会に関連したプログラムとしては,まず1)においては「知識基盤社会における市民と統治」というプログラムが優先分野の一つとして位置付けられており,2)において,ERAの構築に向けた4つの特別プログラムの一つに「科学と社会」が位置付けられている。ここでは,科学者コミュニティと社会との対話に関連する行動の構造的な連携の開発を目的として,3つの分野が設定されている(1.社会に近づいた研究の実現,2.責任ある研究と科学技術への応用,3.科学と社会の対話と科学における女性の役割の強化)。

 このように,EUでは科学技術政策が重要分野の一つとして位置付けられ,その政策の推進に当たっては市民の科学技術に対する理解と参画が不可欠であるという認識の下,科学技術と市民との新たな関係の構築に向け,加盟国をはじめ各関係機関が協調して取組を進めている。


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