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第1部   これからの科学技術と社会
第1章 科学技術と社会の関係の深まり
第2節 科学技術と社会に係る世界の政策動向
1.  地球温暖化問題における科学技術の貢献


 地球環境問題は,科学技術の発展に伴い人間活動が活発化した結果,新たに生じた社会的課題であるが,その中で,地球温暖化問題は,科学者がそのメカニズムを明らかにしたことに端を発し,さらに,その後の科学技術の発展に伴う科学的知見の蓄積による気候変動等の観測データや将来の変動予測データの提供等を通じ,国際社会全体でその解決に向けて取り組むための枠組みを整備するきっかけとなった事例である。

(地球温暖化現象の発見と科学的知見の集積の進展)

 地球温暖化とは,人間活動の活発化により二酸化炭素等の温室効果ガスの大気中濃度が上昇することによって,全地球規模で温度上昇,気候の変化等が生じる問題である。この温暖化の現象は,既に19世紀末にスウェーデンの物理化学者アレニウスがそのメカニズムを解明する理論を発表している。

 その後,1958年にアメリカのスクリプス研究所のキーリングがハワイ・マウナロア観測所で大気中の二酸化炭素の濃度の定期的な観測を開始する。この観測によるデータの集積により,実際に二酸化炭素濃度が上昇しているという事実が明らかにされるとともに,世界各地で温暖化に関する研究が次第に取り組まれるようになった( 第1-1-16図 )。

ハワイ・マウナロア観測所  写真提供:マウナロア観測所

第1-1-16図 大気中の二酸化炭素濃度の推移

 こうして,観測データの蓄積が進むにつれて,科学者の側から地球温暖化に関する報告が行われ警鐘が鳴らされ始めた。1985年には国連環境計画(UNEP)の主催で,科学者による初の地球温暖化に関する国際会議であるフィラハ会議(オーストリア)が開催された。この会議で科学者たちは「21世紀前半には地球の平均気温の上昇が人類未曾有の規模で起こり得る」との声明を発表し,初めて科学者全体の合意として地球温暖化の警鐘を社会に向けて鳴らした。

 このころまでは科学者側からの地球温暖化に対する警鐘といった一方的な活動であったことから,政策担当者を巻き込んだ形での地球温暖化に関する議論までには至らなかった。

(科学的知見の政策決定への寄与)

 このフィラハ会議以降,地球温暖化問題が広く社会に認識されるようになり,ようやく科学者と政策担当者が同じく参画して地球温暖化問題の議論が進んでいく。

 その主要な役割を果たしたのが,1988年に世界気象機関(WMO)とUNEPにより設立された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)である。IPCCは,科学者と政策担当者から構成される初めての政府レベルの組織であり,気候変動に関する最新の科学的・技術的・社会経済的な知見を取りまとめて評価し,各国政府に助言等を行うことを目的として設立されたものである。

 1990年にIPCCが公表した第1次評価報告書では,「西暦2100年には地球の平均気温が約三度上昇する。大気中の濃度を現在のレベルに保つには直ちに人間の活動による二酸化炭素の排出を60%以上削減しなければならない」とし,「人為的な温室効果ガスが大気中に蓄積し続けると,自然及び人間システムに対して重大な影響を及ぼしかねない気候変化が生じるであろう」と結論付けられた。この報告書が契機となり,1990年の国連総会の決議により,1991年から「気候変動枠組条約」締結のための政府間交渉会議が開始され,翌1992年の第5回再開会合で採択され,同年の国連環境開発会議(いわゆる「地球サミット」(リオデジャネイロ))での「気候変動枠組条約」の署名のための開放へとつながっていった。

 その後もIPCCでは科学的知見の集積と整理を継続して実施しており,1995年,2001年にそれぞれ第2次,第3次評価報告書を発表し,気候変化の予測モデルが改良され,まだ不確実性はあるものの,次第にその信頼性を高めてきている( 第1-1-17表 )。このことは報告書の記述にも明確に現れている。例えば,第2次評価報告書では「識別可能な人為的影響が地球全体の気候に現れている」としており,本報告書が基礎となって,1997年,京都で開催された第3回締約国会議(COP3)での温室効果ガス削減に関し法的拘束力を有する京都議定書の採択へとつながった。さらに,2001年に発表された第3次評価報告書では「近年得られた,より強力な証拠によると,最近50年間に観測された温暖化のほとんどは,人間の活動によるものである」と明確に述べている( 第1-1-18図 )。

第1-1-17表 IPCCによる地球温暖化の予測数値

第1-1-18図 地球の地上気温の変化(1880年〜2003年)

 しかしながら,この第3次評価報告書の発表直後の2001年3月,世界最大の二酸化炭素排出国である米国は京都議定書からの離脱を表明した。これは開発途上国が削減義務を負っていないのは不公平であること,米国経済に悪影響が及ぶ可能性がある等の理由からであった。また,京都議定書の科学的不確実性も指摘しており,同年5月,米国政府は全米科学アカデミー(NAS)に対しIPCCの報告書に対する見解を求めたところ,NASは,IPCCの評価報告書の内容におおむね同意するが,一層の信頼水準の明確化が必要と結論付けた報告書を発表した。

 なお,第3次評価報告書は,2003年12月にミラノで開催された気候変動枠組条約第9回締約国会議(COP9)の閣僚級会合でも,地球温暖化対策へ向けた行動のための確かな科学的根拠を提供するものとして各国から支持されたほか,今後の国際交渉の基礎として活用されることとなっており,地球観測や変動予測での科学技術の貢献なくしては温暖化対策を進めていくことはできないことを示したものであると言える( 第1-1-19図 )。

第1-1-19図 IPCCと政府間交渉との関係

 このように,国際社会において,地球環境問題の解決に向けての科学技術への期待,要請の動きは更に高まりつつある。

 2002年に世界191か国が参加して開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)では,持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言並びに実施計画が採択された。実施計画において科学技術への期待は大きく,その中で「特に自然科学者と社会科学者間,及び科学者と政策立案者間の協力体制を改善することにより,あらゆるレベルにおける以下の緊急行動を含め,全てのレベルにおいて政策と意思決定を改善する」とされ,「IPCCを含め,意思決定を支援するための国際的な科学的評価を引き続き支援し,それらと協力すること」と明記されている。また,地球の気候変動とその影響を解明するため,「地球の大気,陸域及び海洋の組織的観測を推進すること」や,「地球観測技術の開発と幅広い利用を推進する」ことにも言及されている。

 その後,2003年の主要国首脳会合(G8:エビアン・サミット)でも地球観測に関する国際協力の強化への取組を含む「持続可能な開発のための科学技術G8行動計画」が採択されるなど,科学技術の果たす役割,期待はますます高まっていると言えよう( 第1-1-20図 )。

第1-1-20図 科学と政策の関わり合いについて

 20世紀に入り,地球観測技術をはじめとする科学技術の急速な発展は,より精度が高く,信頼性も高い気候変動の将来予測を可能とした。これらの科学的知見の集積が,地球温暖化防止に対する国際的な取組の必要性を各国政府に認識させるとともに,それに向けた政策を進めることを各国に義務付けるという成果をもたらしたのである。つまり,科学技術が地球規模での我々の社会の意思決定にまで多大な影響を与えるようになり,逆に言えば政策決定に科学技術がなくてはならない時代になってきているのである。


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