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第1部   これからの科学技術と社会
第1章 科学技術と社会の関係の深まり
第1節 科学技術の発展による社会の変容
5.  科学技術と社会の関係


(科学技術と国家)

 産業革命当時,科学技術の成果を社会に活かす役割は,主に企業家が担った。企業家は,科学技術の成果を製品開発に利用したり,生産システムの改良に用いたりして利潤を上げた。新たな科学技術の成果が新たな産業を生み出すこともあれば,企業家側のニーズにより,新たな科学技術が生まれることもあったが,基本的には,科学技術者と企業家との間のやりとりを通じて,科学技術が発展し,それを通じて,社会の人々は,科学技術の成果の恩恵を受け取った。

 その後,19世紀から20世紀にかけて状況が徐々に変化した。企業家による科学技術の活用と,それを通じた社会への科学技術の成果の広がりは,経済活動の規模が拡大するにつれて大きくなっていった。

 一方,国家間の競争が激しくなるにつれ,国家が,国力の源泉として,国家安全保障の観点から科学技術の重要性に着目するようになった。二度の世界大戦で,科学技術が軍事面でも大きな力を持つことが分かると,各国の科学技術に対する重要性の認識は強まり,第2次世界大戦後,国の政策の主要な部分として科学技術政策が位置付けられるようになった。こうして,企業家に加え,国家が科学技術を推進するとともに,その成果を社会に活かす役割を担うようになった。

 もちろん,国家は,科学技術の成果を国威発揚や軍事利用のためだけに使ったわけではなく,産業の振興や,治山治水,道路や鉄道網の整備,上下水道の整備,エネルギーの確保など様々な社会資本の整備にも活用した。また,国威発揚や軍事利用のためであっても,結果として,その成果が社会に活かされたものも少なくなかった。

 1989年に冷戦が終結し,米ソを頂点とする世界の二極構造がなくなると,状況は変わった。まず,大国間の大量破壊兵器を中心とした軍拡競争が解消されるとともに,科学技術による国威発揚もその意味を相対的に低下させた。一方で,共産主義の崩壊とグローバリゼーションの進展は,世界の市場の一体化を進め,世界の経済活動をより一層進展させた。それに伴い,各国の科学技術政策においても,自国の経済発展が主要な目的の一つとなり,その重要性をより高めてきている。また,社会福祉や社会資本整備など国家のあらゆる活動において,科学技術の成果の活用が,ますます重視されてきている。

 さらに,近年では,大規模な自然災害の発生,世界的な感染症の流行,2001年の米国同時多発テロをはじめとするテロの頻発などにより,軍事力に限らず,広く国家や社会の安全・安心を確保するために科学技術を活用するという視点が注目されてきている。

(科学技術と個人)

 科学技術と個人の関係を考えた場合,近年に至るまで,基本的には,個人は科学技術の成果の一方的な受益者であったと言えるだろう。科学技術の恩恵は,国や地域などによって程度の差はあったとしても,基本的には,社会全般に共通して認識されてきており,科学技術の進展に対する人々の受けとめ方は,全般的に肯定的であり共通的であったと言える。

 また,科学技術の成果を活用するか否かについての個人の選択の幅は,比較的大きかったと考えられる。例えば,冷蔵庫,洗濯機などの家電製品を例に取って考えてみると,それらを使用すれば,すべての人々が同じように労働を軽減できるという利益を得られたが,仮に,何らかの個人的理由でそれらを使用しなくても,それは,単に自らの労働が軽減されないだけで,それ以上に社会的な不利益を被る可能性は低かったと言える。

 しかしながら,近年,グローバリゼーションの進展やIT革命など科学技術の発展が,社会そのものの構造を大きく変化させつつある状況となってきている中で,個人が否応なく科学技術の発展の影響に巻き込まれるようになっている。例えば,IT革命が進展し,将来,コンピュータやインターネットを用いたコミュニケーションが更に一般化していくと,それらを活用しないことは,単に不便であるという問題を生むだけでなく,ビジネス,研究,学習,医療・福祉,芸術・文化,娯楽など社会生活の様々な面で,個人の活動の可能性を大幅に狭めたり,生活に必要不可欠な情報すら得られない状況を生むことも考えられるのである。また,将来,電子商取引,SOHO(Small Office, Home Office),ITを活用した遠隔地医療サービスなどが一般化した場合,コンピュータやインターネットを活用しなければ,受けられるサービスや職業選択の幅が限定されてしまう可能性があるであろう。さらに,IT革命の進展は社会生活における情報の価値をより一層高めていくと考えられるが,インターネットによる情報の獲得や発信が一般化していく中で,仮にそれを用いなければ,その人は,得られる情報が限られ,極めて不利な状況に置かれてしまうであろう。

 科学技術の発展によって社会のあり方そのものが変化していく中で,科学技術の成果を活用できなければ,その人は,新たな社会に適応できなくなってしまう可能性が大きく,科学技術の成果を活用するか否かについての個人の選択の幅は,小さくなってきていると言える。

 また,近年は,科学技術の発展による人間活動の活発化により,地球環境問題など個人の選択にかかわらず否応なく影響を受ける問題も発生しているほか,遺伝子組換え作物のように,科学技術の成果の活用に関して,利益を受ける者とリスクを負う者とが別々である状況も現れつつある。

 一方,安全・安心問題に対する科学技術の活用への期待のように,科学技術に対する社会的ニーズが高まってきている。

 このように,科学技術と個人の関わりは,密接不可分になるとともに,人それぞれに多様化してきており,個人が,科学技術に対してどう関わっていくか,それぞれ判断していかなければならない時代になっていくと考えられる。そのためには,個人が科学技術に関心を持ち,自ら判断できるだけの知識を有することが必要となってくると考えられる。

 しかしながら,このような状況変化が起こっていると考えられるにもかかわらず,「科学技術と社会に関する世論調査(平成16年2月)」によると,我が国においては,科学技術に対する国民の関心が低下してきている傾向がうかがえる。

 例えば,科学技術についてのニュースや話題への関心について,関心があると回答した人の割合は,50%を超えているものの,平成2年,7年及び10年の調査結果に比べ低下している。中でも,年齢別内訳を見ると,29歳以下の人の関心度が年を追うにつれて低下している傾向にあると言える( 第1-1-13図 , 第1-1-14図 )。

 さらに,科学技術に触れることの面白さや楽しさが感じられなくなっていると感じている人の割合は,平成7年2月の29.1%から,44.2%へと上昇している( 第1-1-15図 )。

第1-1-13図 科学技術についてのニュースや話題への関心

第1-1-14図 科学技術に対して関心のある人の年齢別割合の推移

第1-1-15図 科学技術に触れることの面白さや楽しさが感じられない

 こうした傾向は,次節で述べるとおり,我が国のみならず米国や欧州においても生じており,先進国に共通した傾向とも考えられ,科学技術に対する人々の関心を回復することが喫緊の課題である。

(科学技術と社会の新たな関係の構築の必要性)

 本節において述べたことから,現在の科学技術と社会の関係について,次のことが言えるだろう。

 一つは,科学技術は人類社会を豊かにしてきただけでなく,社会のあり方自体を進化させる原動力となってきており,今後もこうした役割が期待されるとともに,時代の変化とともに生じてきた社会の安全・安心の確保などの新たな課題に対しても,科学技術に対する期待が高まってきているということである。

 もう一つは,地球環境問題や生命倫理問題など科学技術の発展が社会に対して正負両面の影響を与え得る事例が顕在化し,また,ITのように,科学技術が人々の社会生活にとって不可欠なものとなるなど,科学技術と社会,特に個人との関係が,密接不可分になってきており,個人が科学技術にどう関わっていくかについて,しっかりと考えなければならなくなってきているということである。そして,そのような状況であるにもかかわらず,我が国を含め,少なくとも先進国では,科学技術に関する人々の関心が低下してきている傾向にあると考えられるのである。

 このような状況において必要なことは,まず,科学技術が,時代とともに変化する社会の様々な要請にしっかりと応えていく,つまり,「社会のための科学技術」という視点であろう。

 同時に,科学者や技術者をはじめ科学技術に携わる者が,科学技術が社会に果たす役割や影響を自覚し,自らの活動について積極的に社会に発信するとともに,社会が,個人のレベルまで含めて,科学技術を自らのものとして活用していけるよう,科学技術に対する関心を深め,知ろうとする,そして,科学者コミュニティをはじめ企業や個人など社会のあらゆる層の自発的な協力の下,科学技術を推進し,社会を発展させていく,すなわち,「社会における科学技術」という視点も必要であろう。

 これからの科学技術の歩みには,「社会のための,社会における科学技術」という視点が欠かせないものとなっている。その視点に立ってこそ,科学技術はさらに今後の人類社会の発展に寄与していくこととなるであろう。


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