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第1部   知による新時代の社会経済の創造に向けて
第3章  我が国に適したイノベーションシステムの構築に向けて
第2節  イノベーションの核となる「知」の創出
2.  創造性豊かな人材の確保


 イノベーションの創出において,大学のもうひとつの役割としては,研究者,技術者,企業の経営者などイノベーションに貢献する人材の育成がある。特に,次代の独創的な研究人材の育成は,イノベーションの創出に不可欠であり,企業にとっても大学に対する期待の最も大きい要素である。


(1) 研究者の育成

 独創的な研究開発は,若手研究者の豊かな発想をもとに生まれることも多く,ノーベル賞受賞者の多くは30歳代から40歳代前半までに上げられた成果であることが分かっている。大学の研究人材ともいえる大学教員の年齢分布を見ると,我が国の場合米国に比べてピークとなる年代がやや高いといえるが,60歳代以降の割合が極端に低くなっていることもあって,30歳代から40歳代までの教員の比率は,米国をむしろ上回っている。しかしながら,その中でいわゆる若手研究者といわれる30代前半の割合が少ないことが目立っている( 第1-3-13図 )。同世代での競争という観点で見れば,米国の場合はテニュアを獲得するまでの競争が長いといわれるが,我が国の場合,この30代前半の若手研究者のパーマネントポストの獲得に競争が集中していることが推定される。見方を変えて,世代間の競争という観点から見れば,米国と比較して,ポストの獲得に関して実力よりも年齢の要素が反映しているということが推測される。

第1-3-13図 日本の大学院と米国の研究大学の教授陣の年齢分布比較


(2) 需要にマッチする人材育成

 文部科学省「民間企業の研究活動に関する調査報告(平成12年度)」によると,企業における研究人材の採用については,多くの民間企業が若手研究者の卵である博士課程研究者を採用しない理由として「企業の研究活動にはそれほど高度なものは多くないので採用の必要がない」,「自社内の研究者を教育する方が効率的」という結果が出ている。一方,近年,厳しい昨今の雇用情勢においても専門的知識・技能を持つ人材への需要は強まっており,企業は従来の新規採用による企業内訓練を減らし,即戦力となる中途採用を重視する傾向が高まる中,我が国の博士課程修了者の就職率は年々低下していることから,企業のニーズと大学の人材育成がマッチしておらず,我が国の大学院教育が人材育成の役割を求められていながらも,職業教育の要素においては必ずしも企業の要求を満たしていない可能性があると考えられる。同調査によると我が国の多くの民間企業は大学に対する期待として「外国との競争にも対応できるような研究者の卵としての優秀な学生の育成」「研究者のみならず社会人として通用できる幅広い知識を持った学生の育成」等を挙げ,研究機関としてのみならず教育機関としても効果的に機能するよう期待していることがわかっている。このように高等教育に対する社会の要請は多様であるが,文部省(現文部科学省)大学審議会は平成10年「21世紀の大学像と今後の改革方策について」において,研究者及び高度の専門的能力を有する人材の養成という大学院の役割の重要性を示すとともに,平成14年2月には同省の中央教育審議会「新しい時代における教養教育の在り方について」において,学部教育では教養教育と専門基礎教育を中心に行い,専門性の向上は大学院を主体として行うのが基本的な方向となりつつあることを踏まえ,特に学部教育における教養教育の充実を提言している。

 広く科学技術人材について,雇用の「ミスマッチ」を低下させるためにも,学部教育と大学院教育の役割分担は重要であると考えられる。米国では,学部と大学院の専攻が異なることは珍しいことではなく,また学部時期における教養教育の割合が高いため,ある程度の時間的余裕を持って試行錯誤を繰り返しながら,自己の適性を考えることが可能である。また,他大学・学部との連携プログラムなどの工夫により,多様な知識と人脈が培われる環境になっており,これが就職の際にも多様な選択肢を提供していることが予想される。これに対し,我が国ではいわゆる「理系」「文系」という呼び名に表れるように,高等学校など,早い段階から専門の方向を定め,その後ほとんど直線的な進路を歩むことから,やり直しが困難であり,個人の資質,人脈などの点において学際性・柔軟性に乏しいことが指摘されている。これらは雇用のミスマッチ以外にも,我が国の人材の国際競争力にも少なからず影響を与える可能性がある。

 一方では,特に専門的能力の優れた者のために早くから専門教育を行うこともできるような教育システムの多様性・柔軟性が必要である。

 また,大学院教育に関しては,企業などに採用される上でのメリットがないことに加えて,経済的負担が大きいことが大きな問題として挙げられるところである( 第1-3-14図 )。

第1-3-14図 大学院生に対する研究者育成上,最も必要な施策

 米国においては,研究費の中で教育にかかる経費を負担することにより,大学院生を企業との共同研究に参画させることが多い。我が国においても,国のプロジェクトや企業との研究の中で,大学院生など,若手研究者に研究の場を与えることにより,大学院教育の経済的負担を軽減させるとともに,企業等のニーズに早くから触れさせることが極めて重要である。


(3) 人材の流動化

 第2期科学技術基本計画では,米国の研究開発環境の活性化の一因として研究人材の活発な流動性を挙げており,我が国も研究者の多様な経験と,その間の業績評価を通じて競争的な研究開発環境を育成するため,研究者の流動化の促進の方針を打ち出している。

 平成12年度の年次報告では40歳までの若手・中堅研究者が多様な経験をつみ,創造力を発揮できるような流動性を確保できることが必要であると指摘したが,文部科学省「我が国の研究活動の実態に関する調査(平成13年度)」によると,特に35歳未満の若手研究者の多くが1機関しか経験していないなど,我が国の若手の研究者の流動性は極めて低いことが分かる( 第1-3-15図 )。

第1-3-15図 研究者の経験した機関数

 特に, 第1-3-16表 を見ると,2機関以上移動した経験のある研究者についても,異なる部門での経験が少なく,異部門間での移動があまり活発でないことが分かる。

第1-3-16表 研究者の経験した機関の種別

 こうした我が国の流動性の低さの背景には,社会制度の未整備や,安定した雇用の重要性を指摘する意見もあるように,従来の日本型の雇用慣行が強く影響している部分もあると考えられる( 第1-3-17図 )。

第1-3-17図 研究者の流動化が不要な理由

 研究者がその専門性,能力に応じて最適な研究環境を選択できるよう,異部門間を含め円滑な流動性を高めることは,研究者の能力向上や研究社会の活性化に貢献するばかりでなく,企業等の人材確保や適材適所による人材の活用によって我が国のイノベーション全体にも良い影響を及ぼすものと考えられる。しかしそのためには,我が国の雇用システム全体の在り方や国際的な雇用の流動化を視野に入れつつ,研究者が多様な選択肢と適切な評価の下,その能力を最大限に発揮できるような環境を構築していくことが重要である。


(4) 人材の空洞化

 近年のグローバル化の進展と知識基盤経済への移行により,生産拠点・研究拠点の空洞化のみならず,いわゆる「頭脳流出」による「人材の空洞化」が憂慮されており,各国は防止策などを図ってイノベーションの核となる独創性を持った研究人材の育成及び確保を重要な国家戦略に位置づけて取り組んでいる。しかし,我が国の「人材」が「空洞化」しているかどうかを示す直接的なデータはないため,ここでは,我が国の主に科学技術系人材が国際的にどのように移動を行っているかの実態把握を試みた。

 外務省「海外在留邦人数調査統計」は,海外への長期(3ヶ月以上)滞在者のうち,「留学生,研究者,教師」の数が北米を中心に近年大きく増加している傾向を示しており,これらの出国者の中から,海外で正職員の職を得る者も増加すると考えられることから,研究者の長期的な海外滞在を窺わせるデータとして興味深い( 第1-3-18図 )。

第1-3-18図 海外長期滞在者のうち「留学生,研究者,教師」の数

 米国で博士号(PhD)を取得した外国人に対し,その後米国に残留する予定の者の割合を調査したところによると,日本はインド,中国,英国などと比べてまだその割合は低いものの,特に自然科学系については,1994年を境に増加傾向にあることが分かる( 第1-3-19図 , 第1-3-20図 )。

第1-3-19図 米国で理学及び工学における博士号を取得した外国人のうち米国にとどまる予定者の割合(国・地域別)

第1-3-20図 米国で理工学系博士号を取得した日本人のうち米国にとどまる予定の者の割合

 このような米国への滞在希望の増加の背景には,より満足できる研究環境を求める研究者の姿を想像することができるが,日米の国立研究所の研究者の満足度を比較した調査によると,我が国の研究者は「研究支援者体制」や専門職制度を想定した項目(「有能な人材のスカウト」,「研究に専念できるキャリア制度」)に対する満足度が低く,これらの充実が我が国の研究環境を魅力的にする上で重要であることが分かる( 第1-3-21図 )。

第1-3-21図 日米の国立研究所の研究者の満足度

 以上から,現在,我が国では「頭脳流出」に関し,少なくとも量的には明らかに他国と比して極端に多くの流出を認めるデータはない。しかし,台湾等従来の「頭脳流出大国」が,積極的に海外への頭脳流出防止策と帰国促進策を講じてきているように,各国は優れた人材の獲得・確保に様々な方策を用い始めている中,我が国も国内外の研究人材にとって魅力的な研究環境を整備していく必要があると考えられる。

COLUMN

大学における教育研究の国際競争力の強化

 近年の急速なグローバル化の進展は,社会・経済・文化のみならず,教育・研究の分野にまで着実に浸透してきており,このような中で大学は,教育研究のグローバル化を推進するとともに,世界のあらゆる分野で活躍しうる能力を持った人材の育成等に貢献していくことが強く求められている。

 我が国から海外の大学等に流出する学生,研究者の増加については,本文で述べたところであるが,今日,海外の大学の中には,国境を越えて他国における教育・研究活動に進出する例が増えつつあるといわれる。

 現在,WTOでは,高等教育,成人教育,職業教育等についてもサービスの一分野として,貿易の自由化の対象とするか否かの議論が,2004年末を目途に進められる予定である。我が国において,研究環境の国際化は,第2期科学技術基本計画の大きな柱であり,その推進を図っていかなければならない。大学についても,高度化・多様化していく教育研究サービスを重要産業と位置づけ,戦略的なビジョンの下,世界に通用する教育研究水準の向上に努め,世界に輝く高等教育機関として国際競争力を強化していく必要がある。

COLUMN

中国の頭脳流出対策

 米国に留学した中国人のうち,約7割が母国に帰国しない中国でも頭脳流出は深刻である。中国政府は,これまでこれらの残留者の帰国を促進するため,帰国後の高ポストの約束や家族を含めた生活・就職の保障などを政府機関や地方,企業などに求める政策を展開してきた。しかし,2001年8月,中国人事部,教育部,科学技術部,公安部及び財政部は,共同で「海外留学者が多様な形態で国に貢献することを奨励する若干の意見」を出し,帰国せずに海外の大学・研究所や企業に在籍しながら,祖国の発展に貢献する新たな道を残留者に示し,協力を呼びかけた。

 その内容は以下のとおりである。

○海外留学残留者に期待する主な貢献

1.中国の大学,研究所,企業などとの共同研究
2.中国からの委託を受けた海外での受託研究
3.特許,専門技術,研究成果などの中国での生産転化,またそれらをもとにした企業創出,企業コンサルタント,中国への資本投入

○主な支援内容

1.世界のトップ水準にあり,国際競争力を持つ共同研究開発に対する国の資金援助
2.生産転化や企業経営,郷土研究などによる正当な報酬の保証及び納税後の収入の海外持ち出しの保証
3.知的所有権の保証
4.国内滞在に当たっての住宅購入,子女の入学などを含む生活面の優遇
5.出入国手続における便宜供与


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