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第1部   知による新時代の社会経済の創造に向けて
第2章  「知」の大競争時代において
第1節  イノベーションによる社会経済の発展に力を入れる諸外国
2.  諸外国のイノベーションシステム


 諸外国においては,経済成長,競争力強化を目的として政府が実施する科学技術政策が,その国のイノベーションシステムそのものを規定する大きな要素となっている。


(1) 米国

(イノベーションシステムの特徴)

 近年,最もイノベーション創出に成功しているとされる米国のイノベーションシステムは,2度の大戦やその後の冷戦下における国家安全保障や宇宙開発競争といった要請から,国家目標の明確化と,それにより潤沢に投入された研究開発資金をもとに形成されてきた。

 米国のイノベーションシステムの特徴を挙げると,以下のようなものがある。

{1}研究開発に投入する資源が他国に比べ圧倒的に大きい

 米国全体の研究費は,2000年度で2,646億ドルと,2位の日本(同16兆3千億円)の2倍程度であり,2位以下の合計よりも多い。しかも差はさらに広がる傾向にある( 第1-2-3図 )。

第1-2-3図 日米の実質研究費総額の推移

{2}研究費全体における,政府負担比率が大きい

 政府負担比率は,2000年で27%(日本では22%)である。その比率はここ十数年減少傾向であるが,負担額は増加を続けており,産業界等の負担額の伸びがそれ以上に大きいことによる。なお,政府負担による研究費の約半分は,国防関連の研究費に充てられている。この分野では,コストを度外視し,性能追求を重視した研究開発が可能であり,高度なテクノロジーが得られる可能性が高い。この技術をスピンオフさせ企業化を図ることによって,産業競争力を強化することが可能となる。

{3}知的財産重視の政策(プロパテント政策)

 合衆国憲法に特許の規定があるなど,もともと知的財産を重視しているが,1980年代,日本やヨーロッパの追い上げに対し,産業の競争力を高めるため,特許権を強化するプロパテント政策を採用した。ただし,マイクロソフト社の独占状態への提訴など,米国経済の活力の源になっている競争を促進するようなバランス機構も作用し,一方的になることはない。

{4}ベンチャー企業の比重が大きい

 ベンチャー企業については, 第3章第3節2. で詳述するが,米国においては,ベンチャー企業が巨大な資本市場の存在や労働市場の流動性に支えられて,イノベーションを起こしている例が多く見られる。

{5}産業界と大学の強い連携

 後述のように,連邦政府から長年にわたり多大の研究資金の支援を受けた米国の大学は,多くの分野において高い研究水準を有し,産学の連携を促進する政策も後押しする形で,産業の発展に大きく寄与している。この傾向は,特にライフサイエンス分野で著しい。産業界からの資金提供の割合も政府からの資金提供の比率の低下を補う形で増加している( 第1-2-4図 )。

第1-2-4図 米国の大学における研究費の資金源別割合の推移

 以上のような米国のイノベーションシステムは,ベストプラクティスとして,各国のイノベーション政策のモデルとなっている。

(米国のイノベーションシステムの変遷)

 米国のイノベーションシステムは,初めからこのような特徴を有していたわけではなく,大きな変遷を経て今に至ったものである。

〜第2次世界大戦前〜

 米国のイノベーションに関連する政策は,南北戦争中のモリル法(1862年)( )にまでさかのぼることができる。この法律により,農業や機械工学系の州立大学の設置が促進され,科学者や技術者が人口の伸びを上回って増えることとなった。

 その後大学は,企業に対するコンサルタント的な役割を果たすようになる。具体的には,織物工業や原油分析等に関しての助言や企業の研究者の育成である。この対価として,大学は,奨学金,寄付金,あるいは研究テーマへの直接出資を受け取っていた。一方,科学が政治に巻き込まれることへのおそれから,大学は,公的な研究資金を拒否する傾向にあった。

〜1960年代まで〜

 第2次世界大戦時,科学技術が国力の維持向上に有効であることが認識されるようになり,雇用創出,国民の健康及び安全保障のために大学における基礎研究の重要性を主張したブッシュレポート(1945年)を受け,連邦政府から大学の基礎研究への資金提供は大幅に増大した。また,復員兵援護法により復員兵が大学で科学や工学を学んだ。こうして科学技術に大きな投資がなされるようになって,米国は戦前のヨーロッパに代わって,世界一の科学大国となっていった。

 しかし,スプートニクショック(1957年)の後は,国防と宇宙関連に重点的に予算が増え,大学における研究の対象もこれに関連する基礎研究が中心となっていった。それらは,高度な技術ではあるが,その時点では産業に直ちに結び付くものとは見なされず,大学と産業界との関係は希薄になっていった。

〜1970年代以降〜

 ところが,1970年代から1980年代にかけて,ヨーロッパ諸国や日本の生産性向上等により,米国の鉄鋼,自動車,電機等の製造業の競争力が失われ,世界に冠たる科学大国である米国が,なぜ製造業で日欧に後れをとるようになったかが議論となり始めた。そして,産業と大学との関係再構築への圧力が高まるとともに,カーター大統領は,企業の将来が先端技術の発展にかかっており,そのために基礎研究が重要であることを認識し,民間の基礎研究に対する支援を増大させた。

 1980年には,政府の資金援助による研究成果としての特許が,発明者やその所属機関に帰属・承継させられないことが,米国が技術面でリードできなくなった原因のひとつであるとして産業界から集中攻撃を受ける一方,特に医薬品や医療機器の分野で連邦政府の支援を受けて行った研究成果の実用化をめぐる問題を抱えていた大学からの働きかけもあり,バイ・ドール法が成立した。これにより,連邦政府から助成金を交付された機関及び受託機関に対し,発明に関する権利を留保することを認め,大学に対しては,その発明のライセンスを企業に与えることが奨励されるようになった。

 こうして,政府から研究費を獲得し,その成果を特許化して企業に技術移転することが大学全体の利益になるという認識が広がり,大学が研究者を組織的に支援するようになるとともに,大学から産業界への技術移転が加速された。

 その後,冷戦の終結により,政府からの軍事研究費が減少することになって,企業から研究費を得ようとする傾向が一層強まった。

 このバイ・ドール法以降も,科学技術によって競争力の強化を図るための政策が,次々と打ち出されて今日に至っている( )。

 以上の変遷において,米国の研究費は,冷戦時代においては安全保障,アポロ計画による人類月面着陸までをピークとした宇宙開発,がん克服をめざした保健医療などに多く割かれていた。前大統領のクリントンは,2000年の予算教書において,今日の米国の経済的繁栄のもととなった多くの技術が1960〜70年代の政府研究開発投資の成果であるといっている。これは,1960年代の軍事や宇宙開発をはじめとした基礎研究,1970年代のがん治療研究などが,30年程度を経た今日の米国におけるITやライフサイエンス等の高い技術力の源になっていることを指していると考えられる。

 近年,連邦政府の基礎研究への投入資源比率の減少,科学者,技術者の需給の逼迫,国民全体では高等教育を受け難くなっていることなどを挙げ,米国のイノベーション基盤が衰退していることを指摘する意見(『アメリカの競争力2001』( ))もある。しかし,2001年9月11日の同時多発テロ事件を機に,米国民全体の関心の変化や国(議会,政府)の方針の転換によって,2002年1月に決定された2002年度予算や同年2月に公表された2003年度予算教書で,研究開発予算は大幅な増額をみており,これによって,米国のイノベーションシステムが新たな展開を見せる可能性もある。


■注 連邦政府が州に国有地を付与することにより州立大学の設立を促進し,あわせて工学及び農学の振興を図ったもの。


■注 1980年 スティーブンソン・ワイドラー技術革新法 1980年 バイ・ドール法 1982年 中小企業技術革新法 1984年 共同研究法 1985年 ヤングレポート 1986年 連邦技術移転促進法


■注 米国競争力委員会(当該文献の目的上,結論の表現が誇張されている可能性はある)


(2) 中国

(イノベーション政策の特徴)

 近年目覚ましい発展を遂げている中国では,どのような取組が行われているのであろうか。

 中国のイノベーション政策は,1996年の「科学技術成果移転法」等の制定による政府の技術移転推進政策と市場メカニズムを両輪として行われている。現在の中国では,企業の研究開発能力が依然低い状況にあるため,国の研究機関,大学が自ら起業し,直接研究成果を移転する「直接移転」が中心である。その他,技術市場を介して技術を有償で提供する「間接移転」や,出資(株式)という形態で移転される場合などがある。しかしながら,企業の研究開発能力や科学技術の成果移転に対する研究者・技術者のインセンティブの欠如等,依然問題点も指摘されているため,中国政府は以下のような新たなイノベーション政策の方向を打ち出している。

{1} 研究開発体制の再構築

 脆弱な企業部門の研究開発能力の強化を図り,企業を技術革新及び国立研究所等からの成果移転の主体となすため,第九次5か年計画(1996年〜2000年)後半の1999年から2000年にかけて,朱鎔基総理は合計376の国の研究機関の民営化等を行い,市場と研究との,より一層の緊密化による,研究成果の産業化と社会経済への還元を目指した。

{2} 研究者・技術者の成果移転へのインセンティブの付与

 研究者,技術者の発明及び技術の産業化へのインセンティブを高めるために,政府は,国家最高科学技術賞をはじめ,様々な科学賞を設けたり,企業から報奨金を受け取れる制度を設ける等,イノベーション促進に向けた対策を講じている。

 その他,全国革新技術大会(1999年8月)では技術革新体制の改革及び技術革新のための環境整備,全国基礎研究工作会議(2000年3月)では基礎研究の重視による自主技術革新能力の向上,全国科学技術工作会議(2000年11月)では科学技術を経済構造調整の原動力であること等を強調してきたが,これらの方針を土台にして第十次5か年計画(2001年〜2005年)では「科教興国」(科学技術と教育によって国を興す)を目指し,科学技術の振興における科学技術と教育の連携の強化や研究開発投資の対GDP比の向上(2005年には対GDP比1.5%を目標。2000年時点で1.1%)など,重点的な8項目の戦略を掲げている。

(高度技術(ハイテク)産業開発区について)

 ハイテク産業開発区建設は,1988年に決定された火炬計画( 注1 )の中の重要な政策手段として,設置が進められている。中でも,北京市ハイテク産業開発試験区,いわゆる北京のシリコンバレーといわれている「中関村」は18の優遇措置を受けている中国ハイテク産業開発区のモデルであり,その他,現在では中国全土に53のハイテク産業開発区が設置されている。

 ハイテク産業開発区の機能としては,ハイテク及びその産業導入の地域として,各種優遇,環境整備を行うことにより,海外の先進技術と資金,管理方法を導入し,生産力の発展と科学技術の産業化を促進することである。ハイテク産業開発区を運営する管理委員会には発足後5年間は母体都市の市政府と同等の行政権限が与えられ,その中心となるハイテク産業サービスセンター(インキュベーションセンター)では,起業家の教育,事業化評価,開発・マーケティング支援,企業設立や経営支援を行っている。ハイテク産業開発区に認定されたハイテク企業は,輸出入関税の条件付き免税,有利な条件での融資,企業所得税の設立当初2年間にわたる免税を受けることができる( 注2 )。

 これらハイテク産業開発区の成果は,1990年から1999年までの10年間で企業数で11倍,従業員数で18倍,総収入で89倍,純利益で65倍,納税額で71倍,輸出額で85倍と著しい伸びを見せている( 第1-2-5表 )。ハイテク産業の中国全体に占める割合はまだ小さいが,この伸びから考えれば,今後ハイテク産業開発区及びハイテク企業が中国経済発展の中核をなす可能性もある。

図1-2-5表 国家級ハイテク産業開発区の実績

COLUMN

EUのイノベーション政策について

 EUでは,ヨーロッパが優れた科学基盤を持ちながら,米国や日本のように製品や市場シェアの面で生かすことに成功していないという問題意識の下に,近年,イノベーション政策を積極的に展開してきている。

 まず,1996年に欧州委員会はイノベーション政策に関する共通的なフレームワークである「第1次イノベーション行動計画」を策定した。これは共同体レベル,加盟国レベルでの協調して進める具体的な行動を定めたものであり,優先すべき分野として{1}イノベーション文化の育成,{2}イノベーションを生み出す枠組みの整備,{3}研究とイノベーションとの結びつきの強化を掲げている。

 この後,1997〜1998年にかけて,イノベーション活動を把握,分析するためにEU加盟各国等は「第2回共同体イノベーション調査」を実施した。さらに,2000年9月には「知識推進経済におけるイノベーション」というレポートを報告し,今後4年間における5つの行動目標を設定した({1}イノベーション政策の調和{2}イノベーションにつながるフレームワーク{3}イノベーティブ企業の創造と成長の助長{4}イノベーションシステムにおける重要なインターフェイスの改善{5}イノベーションに開かれた社会)。

 2001年9月には,行動計画の進捗状況及び各国のイノベーション活動を分析した「イノベーションスコアボード」を発表した。これによると,EU加盟国はこれまでの活動の結果,多くの面で成果がみられるものの,依然として日米と差がある分野が存在すること,またEU加盟国間の中でも格差が拡がっていることを指摘し,さらなる行動を加盟国に対し提言している。


■注1 ハイテク産業の育成を目的とした計画であり,1988年国家科学技術委員会(現在の科学技術部)により批准されている。全国に53ヶ所の「国家級ハイテク(高新技術)産業開発区(中国版テクノポリス)」を設置して,重点分野(バイオテクノロジー,マイクロエレクトロニクス,マイクロコンピュータ,メカトロニクス,新素材,エネルギー,情報・通信)を中心に,研究開発,成果の商品化・産業化に取り組んでいる。


■注2 その後も15%の減税,総生産額の70%を輸出した場合にはさらに10%の減税などの優遇措置を受けることができる。


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