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第1部  科学技術政策の新展開-国家的・社会的な要請に応えて-
第1章  今,日本の科学技術に求められること
第1節  科学技術への国家的・社会的要請


我が国が直面している様々な重要課題の解決のためには,構造改革,制度改革などに併せ,科学技術が重要な役割を果たさなければならない。

現下の重要課題などに関して,知識基盤社会への移行という大きな流れを背景に,我が国の科学技術への国家的・社会的要請を考察する。


1. 産業再生・競争力維持

(1)我が国経済を取りまく状況

我が国経済は,金融機関の経営に対する信頼の低下,雇用不安などが重なって,家計や企業のマインドが冷え込み,消費,設備投資,住宅投資といった最終需要が減少するなど,極めて厳しい状況にある。これに対し政府は,平成10年4月に総合経済対策を,11月には緊急経済対策を決定し,短期的な需要喚起を行っている。

一方,中長期的な経済の成長トレンドを決める供給面の潜在GDP成長率を見ると,低下傾向にある。潜在GDPの成長率を決定する要因は,資本ストック,労働投入量,生産性の3要因であるが,このうち,資本ストック,労働投入量については伸び率の限界があり,潜在GDP成長率を上昇させるためには,生産性の上昇が重要となる。我が国の生産性の伸び率は,近年,鈍化傾向にあり,生産性を引き上げるような供給サイドの取組を押し進めていくことが,重要な中長期的政策課題である。そのような認識の下に,平成11年1月に産業再生計画が決定され,さらに,生産性の向上による産業の競争力強化を目指し,官民が協力して,それぞれの役割分担に応じた総合的な検討を行うため,産業競争力会議が,平成11年3月から開催されている。

(2)我が国産業の国際競争力

製造業を中心に世界的に高いレベルを誇ってきた我が国産業の国際競争力については,楽観を許さない状況にある。

我が国の製造業は,積極的に海外展開を図っており,海外生産比率の上昇や現地法人の売上高が輸出総額を上回るなどしている。また,我が国への外資系企業の進出数が1996年(平成8年)度に過去最高水準に達しており,企業活動のボーダレス化が進展してきている( 第1-1-2 , 3図 )。さらに,グローバル化や情報通信革命の進展は,企業の活動範囲を大きく広げると同時に国際的な企業間の競争をますます激しいものとしている。

第1-1-2図 我が国企業の海外事業活動は拡大傾向

第1-1-3図 外資系企業の日本での新規設立・参入も増加傾向

製造業の生産拠点の海外移転などにより,韓国,台湾などのアジアの新興工業国が,ハイテク生産でシェアを拡大してきている。また,世界の製品輸出額を見ると,個別の製品では工作機械が1982年(昭和57年)以来16年連続でトップを占めるなど競争力のある我が国製品が存在するものの,我が国製品輸出額が世界全体に占めるシェアは減少している( 第1-1-4 , 1-1-5図 )。

一方,欧米主要国では,ライフサイエンス,情報通信等の分野を21世紀に重要になると見すえ,大学,公的研究機関における基礎研究を強化し,その成果を円滑に産業界に移転することや,国際標準作りへの対応なども含めて,戦略的な取組を強化してきている。

我が国の民間企業は,現在の海外との競争力は高いと認識しているが,今後の見通しとしては,4割の企業で競争力低下の危機感をもっている( 第1-1-6図 )。このような状況から,社団法人経済団体連合会では,産業技術の競争力に陰りが見えてきていると判断し,提言「戦略的な産業技術政策の確立に向けて」を取りまとめている。

さらに,我が国を含め主要国では,全産業に占めるサービス産業の比率が高まってきている。しかしながら,我が国の産業別の研究費を見ると,サービス産業の研究開発費の比率は他の先進国と比較して低い割合にとどまっている( 第1-1-7 , 1-1-8図 )など,サービス業の競争力について懸念材料がある。

第1-1-4図 日本の工作機械の生産額は82年以降世界でトップ

第1-1-5図 日本の貿易輸出額の世界に占める割合は減少傾向

第1-1-6図 日本の企業は自社の主力技術・商品の海外に対する競争力をどう見ているか

第1-1-7図 主要国の国内総生産(GDP)に占めるサービス業の割合

第1-1-8図 研究費総額に占めるサービス業の割合は,日本では一貫して低い状況

(3)科学技術と経済成長

科学技術は,知識基盤社会への大きな流れの中では,新産業の創出,生産性向上,競争力維持・向上のため必要不可欠であり,ますますその重要性が高まっている。我が国の戦後の復興は,繊維,鉄鋼,自動車,輸送機械といった製造業において,科学技術を応用して安価・良質な国際競争力のある製品を産出し,リーディング産業として我が国経済をけん引し,支えてきたことによるところが大きい( 第1-1-9図 )。また,我が国は,腕時計(液晶デジタル,水晶アナログ),テレビゲームのように科学技術により国際競争力のある製品を生み出し,トランジスタラジオ,テレビ,化学調味料(グルタミン酸ナトリウム)のように,科学技術により新産業を創出してきた実績がある。

近年,各国とも自国の国際競争力維持・向上を意識した官民を挙げた戦略的取組を行ってきており,また,産業構造におけるサービス産業の比重の増大,企業の生産活動のボーダーレス化などの状況変化を踏まえて,国際競争力を備えた新たな製品の生産・サービスの提供,新産業の創出に,科学技術の力を最大限役立てていくことが重要である。

(4)国等の研究成果の活用促進

優れた研究成果を基に,新しい製品・サービスが生み出され,ひいては,経済の成長に結びつくことが重要である。このためには,新しい製品・サービス,新産業創出のシーズとなる新たな知識として,国等の研究成果の民間企業への移転をさらに促進することが重要であり,具体的には,国等の研究成果の特許化の促進等所要の取組を進めていくことが必要である。また,民間企業への資金面,研究開発等の技術面の支援を含めて,新しい製品・サービス,新産業の創出が促進されるように環境整備を進めることも重要である。

第1-1-9図 我が国の製品別輸出額に占めるシェアの推移

(5)地域経済の活性化

経済活性化は,地域レベルにおいても同じく重要な課題である。地域の産業にも,地域の持てる生産資源を最大限に生かし,世界市場にも打って出る気概を持って,新たな製品・サービスを開発していくことが期待される。このためには,地域経済の活性化の鍵として,公設試験研究機関,公立大学等における研究開発活動の強化,研究開発成果の移転などの施策により,地域における科学技術の振興を図っていくことが一層重要である。

(6)サービス業の強化

先進国の産業構造を見ると,ハイテク産業,サービス産業などの知識集約型産業に移行し,知識,情報が生産資源としての重要性を増している。情報へのアクセスはますます容易になってきており,これを最大限に活用し,革新的な製品・サービスの源泉となる知識を生み出していくことが求められる。我が国のサービス業については,その競争力の弱さが懸念されている。数学理論を応用したシミュレーション分析を活用した新たな金融商品の開発,競争力のあるサービス業を支えるアプリケーションソフトの開発など,情報通信技術の発展,情報化社会への進展の流れに乗って,サービス業の高度化を図ることは重要な課題である。

また,製造業とサービス業の関係が深化しており,例えば,コンピュータでは,使いやすく高い機能を発揮するためのソフトによって,ハードが有効に活用される。このようにソフトとハードが融合する分野では,製造業とサービス業が研究開発の段階から,互いに連携を図り,ハードを活用するためのソフト,ソフトを活用するためのハードを開発していくことが重要である。

(7)国際標準作りへの参画

さらに,上に述べたように,我が国産業自体の体力を付けることに加え,経済のグローバル化にともなう規格の国際統一への流れを考えると,我が国産業の国際競争力と収益性を大きく左右する国際標準作りに積極的に,戦略的に参画することが重要である。


2. 活力ある少子高齢化社会の構築

(1)少子高齢化社会の到来

我が国は,先進国一のスピードで少子高齢化社会へ突き進んでいる。

少子高齢化は,社会にどのようなインパクトをもたらすのであろうか。

まず,労働力の減少である。15歳から65歳の生産年齢人ロは,2000年(平成12年)には約8,600万人であるが,2050年(平成62年)には約5,500万人に減少すると予測されている。これは,約4割の減少である( 第1-1-10図 )。第二に,高齢者の増加により社会保障給付が増え,現役世代の負担が増えることである。さらに,介護の負担が増える可能性を国民は懸念している

このような少子高齢化社会に先進国の中で先頭を切って入っていくということは,チャンスとも見ることができる。というのは,少子高齢化社会を活力あるものとすることに役立つ科学技術体系を築くことができれば,それにより世界に貢献するとともに,世界をリードできるからである。

活力ある少子高齢化社会を築くために科学技術に期待される役割は何だろうか。

第1-1-10図 年齢区分別人口の推移

(2)生産性の向上

第一には,労働力の減少を生産性の向上で補うことである。生産年齢人口が約4割減少した状況で,成長を維持するには,単純に見れば,生産性を約1.6倍にしなければならない。少子高齢化社会では資本の増加も望めず,これを果たすことが期待されるのは技術である。技術が成長のためにどれだけの貢献が求められるか,考察してみる。資本,労働の投入について90年代前半の状況が続くと仮定すると,年率2%の成長を維持するためには,技術の成長への寄与度が,約1%必要であり,これは90年代前半の約3倍である。さらに,70年代,80年代を通じた年率4%を越える成長を達成するには,技術の寄与度は90年代前半の約10倍になることが必要である。このように,技術の成長への貢献を飛躍的に増やすには,生産活動への技術の応用について,従来の延長ではない革新的な発想が求められよう。

経済成長に対する技術革新の役割が増大している

1971〜1995年(昭和46年〜平成7年)の我が国の実質経済成長に,労働投入量の伸び,資本投入量の伸び,技術革新が大きな役割を果たしている全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)の伸びの3要素が,それぞれどの程度貢献してきたかを5年ごとに見てみると,1990年(平成2年)までは,TFPは,資本に次いで,高い寄与を示しており,特に1986〜1990年(昭和61年〜平成2年)は,最も寄与度が高い。一方,1991 〜 1995年(平成3年〜7年)では,TFPの寄与による成長率は,約0.4%と各期間の中で最低となっている。

労働投入量及び資本投入量は,近年,伸び率が低下しており,特に労働投入量については,生産年齢人口の減少,労働時間の短縮が進み成長率への寄与はむしろマイナスとなることも考えられる。

そこで,労働投入量及び資本投入量の伸び率を「経済審議会経済社会展望部会」の試算値に仮定し,経済戦略会議の答申で2001年(平成13年)度の目標として掲げられている年率2.0%の実質経済成長を達成するために必要となるTFPの伸び率の試算を行ったところ,約1.0%の伸び率が必要となり,1991〜1995年(平成3年〜7年)の平均の約3倍近い値となる。

さらに,1971〜1990年(昭和46年〜平成2年)平均の伸び率を確保するためには,約10倍の伸び率が必要となる( 第1-1-11図 )。

第1-1-11図 実質経済成長率への寄与度の分解

(3)女性・高齢者の雇用機会の増加

第二に,女性・高齢者の雇用機会を増やすことである。就労者の減少を少しでも食い止めるには,女性・高齢者を中心に,就業意欲を持つ人は働けるように雇用環境の整備等を進めていくことが求められる。そこでは,サービス業の比重が増えてきていること,情報通信技術により在宅勤務等が可能になっていること等を考えれば,科学技術は,この層に受け入れられやすく,より大きな経済的付加価値を生み出せるようなビジネス,就業・就労形態の開発に重要な役割を果たすであろう。

また,製造業,建設業等伝統的な産業においても,高齢者の筋力,判断機能の低下などを補って,科学技術が一層寄与することが期待される。

(4)高齢者の健康増進

第三には,社会保障給付の増大を抑制することや,介護負担を軽減することである。国民は,社会保障給付の増大により現役世代の負担が増大すること,介護の負担が増えることなどを懸念している。これらはまた,消費意欲の減退や介護にかかわることによる雇用機会の喪失といった経済的なインパクトも生む。社会保障の給付については,2025年(平成37年)度には,216兆円から274兆円と試算される。このうち,医療費は,平成7年度に24兆円であったものが,90兆円に達すると見込まれている( 第1-1-12図 )。

医療費は,年齢階級別に見ると,65歳以上の層で約4割を発生しており,傷病分類別では,循環器系,筋骨格系が多い( 第1-1-13図 )。筋骨格系の比率が高いのは,転んで骨折する者が多くなるためである。痴呆性老人の出現率は80才台に入ると10%を越え,85歳以上では4人に1人が痴呆性老人となる。その原因としては,脳血管性,アルツハイマー型で4分の3を占める( 第1-1-14 , 1-1-15図 )。要介護高齢者は,現在約200万人に上っており,2025年(平成37年)には約520万人に達すると見られている( 第1-1-16図 )。寝たきりの代表的原因は脳卒中と骨折である。科学技術にとっては,医療費,要介護者数の上昇の抑制を目指して,老化のメカニズム解明や老化による機能低下を補う新規の医薬品や機能性食品の供給等を通じ高齢者の健康増進を図ることは重要な方向性である。また,これにより,高齢者の労働力活用の道も開けてくる。

第1-1-12図 社会保障(現行制度)の給付と負担の見通し

第1-1-13図 傷病別に見た患者数及び医療費に占める高齢者の割合

第1-1-14図 痴呆性老人の出現率は年齢とともに上昇

第1-1-15図 我が国における在宅痴呆性老人の原因による分類

第1-1-16図 寝たきり・痴呆性・虚弱高齢者の将来推計

(5)高齢者等にやさしい社会基盤の構築

第四には,高齢者や身体障害者が自由に移動できるようにすることである。従来の都市の施設やシステム等の社会資本は,車道と歩道の段差や道路を横断する歩道橋,駅の長い階段,分かりにくい自動券売機など,様々な場面で身体機能の低下した高齢者や身体障害者の自由な移動を阻害する要因が随所に存在している。このような状況を改善して,高齢者や身体障害者が自由に街に出て社会活動や経済活動に参加できる社会基盤を構築することが今日,求められている。既存施設の改善を進めるとともに,高齢者や身体障害者などが横断歩道を安全に横断できるようにするために,道路施設でこれらの者を認識するシステムや,駅などを利用する際の切符購入,改札等の手間を省くための音声案内情報,発券処理システムなど,これらの新たな機器や設備の開発といった形で科学技術を活用できる機会が数多く存在している( 第1-1-17図 )。

第1-1-17図 高齢者のための横断歩道の補助システム


3. 地球規模問題の解決

(1)地球温暖化問題への取組

1997年12月,京都において気候変動に関する国際連合枠組条約第3回締約国会議が開催され,京都議定書が採択された。

京都議定書においては,先進国全体の温室効果ガスの排出量を,2008年から2012年までの期間中に,1990年の水準より少なくとも5%削減することを目的として,先進各国の削減目標を設定し,我が国は6%削減を世界に約束した。

これを受けて政府は,2010年に向けて緊急に推進すべき地球温暖化対策として,平成10年6月,「地球温暖化対策推進大綱」を策定した。さらに,平成11今4月,地球温暖化対策の推進に関する法律に基づいて,対策の基本的方向や国等の各主体が講ずべき措置に関する基本的事項等を内容とする「地球温暖化対策に関する基本方針」が定められた。これらに盛り込まれた対策,措置等には,温室効果ガス排出抑制,産業・交通・民生分野などでのエネルギー消費効率改善,新エネルギーなどの開発・導入,原子力の開発利用の推進,革新的な環境・エネルギー技術の研究開発の推進,地球温暖化に関する観測・監視,調査研究等,科学技術が力を発揮すべきものが多く,この面での取組を着実に行っていかなければならない。

(2)気候変動枠組条約等を支える科学的・技術的知見

この地球温暖化問題については,気候変動に関する国際連合枠組条約によって対策の国際的枠組みが構成され,先進国の温室効果ガス削減目標を含む京都議定書が採択され,今回の「地球温暖化対策に関する基本方針」の決定に至っているものである。枠組条約,京都議定書の策定を支えてきている不可欠の要素として,全地球的な気候変動に関する地道な観測,その観測結果等の科学的知見に基づく将来予測,さらには,温室効果ガス濃度を安定化させるための技術的・政策的選択肢などについての科学的・技術的知見がある。

国際地球観測年の1957年(昭和32年)に大気中の二酸化炭素濃度の定期的な測定が世界ではじめてハワイ・マウナロア観測所で開始された。その観測結果等から二酸化炭素濃度が現実に上昇していることが確認され( 第1-1-18図 ),1979年(昭和54年)には世界気象機関(WMO)の世界気候計画が開始された。1988年(昭和63年)6月にカナダ政府の主催で開催された大気変動に関する国際会議では地球温暖化問題が国際的に重要な政治課題となった。そのような流れの中で,同年11月地球温暖化問題に関する政府レベルの検討の場として,各国政府から推薦された科学者により構成される気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立された。IPPCは,地球温暖化に関する最新の自然科学的及び社会科学的知見を取りまとめ,地球温暖化防止政策に科学的基礎を与えることを任務として,活動してきている。1990年(平成2年)の第一次報告書は気候変動枠組条約の交渉のスタート台としての役割を果たし,また,1995年(平成7年)の第二次報告書は京都議定書交渉のベースとなっている。このように,科学的・技術的知見が,問題の深刻さ,意味合いを的確に浮き彫りにするとともに,対策を検討する土台として重要な役割を果たした。

第1-1-18図 大気中における二酸化炭素濃度の推移

このIPCC第二次報告書では,2100年までの地球温暖化に係る予測を行っている。この報告書の中位シナリオでは,2100年には平均気温が約2度上昇し,氷河等の融解等により海面水位が約50cm上昇すると予測している。また,気温上昇や洪水の増加により,マラリア,黄熱病等熱帯性の感染症の患者が増加すること,熱帯・亜熱帯での食料生産量が低下することなどの影響が現れてくると予測している。

(3)地球の将来像の総合的な予測

このように,地球規模の環境問題は,化石エネルギーの利用から排出される二酸化炭素と温暖化が関係があり,また温暖化により,感染症,食料生産などに影響が現れるように,相互に複雑に関係している。個々の地球的課題の解決のために技術的選択肢を提供していくことは科学技術の重要な役割であるが,同時に相互の関連を踏まえて,地球の将来像を総合的に予測していくことは,科学技術に求められる重要なことである。

IPCCでは,気候変動に伴う他の地球規模の変動も予測してきている。このアプローチをより発展させて,自然科学,人文・社会科学を総合して,人間活動も含めて地球の将来像を総合的に予測し,起こる可能性のある地球規模問題を指摘し,それに対応する技術的・政策的選択肢を検討するベースを提供していく必要があろう。我が国は,京都議定書に盛り込まれた削減目標の達成のような国際的責務を果たすのは当然のことであるが,それだけではなく,このような科学技術を通じた国際社会への知的貢献を行っていくことがますます重要となっている。

(4)資源循環型経済社会への移行

地球的課題の解決のための技術的選択肢を考えるに当っては,資源循環型経済社会への移行がひとつの重要な方向性である。われわれは,天然資源に化学的,物理的プロセスを加えて,有用なものに変換して,その便益を享受してきた。その過程で,廃棄物を生み出し,有害な物質を環境中に放出し,温室効果ガスを生み出したりしてきている。その結果,資源の有限性に気づき,また,人間活動が自然の生態系及び人類に悪影響が及ぼすおそれがあることに気付いた。地球上に最古の文明が生まれた紀元前3000年頃から約5000年経つが,人類が地球上の資源を猛烈に使い,地球環境に影響を与え出したのは,20世紀になってからである。

今,我々がなすべきことは,資源の有限性の中で,人間活動が地球環境に及ぼす影響を地球環境が破壊されない範囲内に止めながら,持続的な発展を遂げていくことができるような経済社会,すなわち,資源循環型経済社会を築いていくことであろう。そのためには,人々の意識を変えていくことのみならず,資源循環型経済社会を支える科学技術体系を構築していくことが必要である。近代科学は細分化のプロセスを繰り返し,その応用により,様々な技術が生まれ便益をもたらしてきたが,同時に,地球環境へ種々の影響を与えている。資源循環型経済社会の構築のためには,資源をリサイクルさせ,環境負荷の少ない生産技術等を開発していくことともに,より根本的には,すでに得ている知識を統合し,資源循環型経済社会の構築という命題に適した知識体系を築き,その上に立って技術開発を進めていくことである。


4. 国民の健康増進・安全の確保

国民の健康と安全は,安心して暮らせる潤いのある社会に不可欠の前提である。我が国は,世界一の長寿国となったが,国民の不安材料の第一位は健康である( 第1-1-19図 )。また,国民は科学技術が役割を果たすべきこととして,安全性の向上を第一位に挙げている。

(1)生活習慣病の克服

我が国の国民の健康に関して第一の課題は生活習慣病である。高血圧,心疾患,脳血管障害など循環器系の疾患は,傷病分類別で患者数,医療費ともに第一位を占める。がん(悪性新生物)は医療費で第三位である( 第1-1-20図 )。これらの多くは生活習慣病と呼ばれるものであり,患者数は増加している。死亡原因で見ると,がん,脳血管疾患,心臓病で,全死亡原因の約75%を占めている( 第1-1-21図 )。

第1-1-19図 国民は何に悩みや不安を感じているか

第1-1-20図 各傷病が受療率と医療費に占める割合

第1-1-21図 死因別の死亡率の推移

生活習慣病は,最大の原因が長年の生活習慣の累積にあると考えられている。したがって,生活習慣の改善でこれを低下させることが可能である。治療法に決め手を欠いているので,食生活・ライフスタイルの相談や支援等を通じて予防に重点を置くことが重要である。遺伝子検査は個人の遺伝的特性の把握を通じて生活習慣病の予防に役立つことが期待される。

また,情報通信技術は,日々の生活状況に係るデータの搬送・処理,解析結果・アドバイス内容通知等の端末として,このような予防活動に大きな役割が期待される。当然のことながら,治療法の開発も進めなければならない。遺伝子治療は各種遺伝病,がんや糖尿病などの生活習慣病の治療についても期待が寄せられている。遺伝子治療については,科学的妥当性及び倫理性を確保しつつ,治療法確立のために臨床研究が行われているところである。臨床研究を適切に進め,国民の幅広い理解を形成し,遺伝子治療の確立を図っていくことが期待される。

(2)新興・再興感染症対策

世界全体の死亡者のうち,3人に1人の死亡の原因は,感染症である。中でも,近年,新興・再興感染症が問題化している。感染症の罹患者は主として熱帯・亜熱帯に多いが,人間活動の拡大,地球温暖化等により,感染の危険にさらされている地域が拡大したり,通常発生しない地域での発生の可能性がある。このため,罹患者が多い地域の国々を含む国際的な発生動向調査,治療法の開発などに参画して,我が国で感染者が発生した場合に備えるとともに,国際的な対策に協力することが必要である。

(3)化学物質の健康への影響の解明

現在,分かり得る範囲で,我々の周辺に存在する化学物質は約5万〜8万種とも言われている。それらの化学物質の中には,発がん性物質,ダイオキシン,内分泌かく乱物質等健康への影響について社会的関心の高いものも存在する。化学物質の健康に対する影響に関して,科学的に明らかにするとともに,環境中の存在状況などを的確に把握し,さらに,その結果を国民に分かりやすく公表し,国民の懸念に応えていくことが期待される。また,必要な場合には,速やかに規制措置を講じて,国民の健康を守っていくことが必要である。

(4)防災対策

平和に恵まれ,犯罪発生率も低い我が国では,自然災害,交通事故などが国民の安全を脅かす主なものである。

阪神淡路大震災では6,400人を超える死者,約44,000人の負傷者を出すなど,その被害は甚大なものとなった。防災対策をより効果的に講ずるために,災害の未然防止,災害が発生した場合における被害の拡大防止,災害復旧という一連の過程で,科学技術には様々な役割が期待される。

(5)交通の安全性向上

交通事故については,平成10年の死者数が約9,200人と3年連続して1万人を下回ったものの,発生件数が約804,000件,負傷者数が約991,000人と増加傾向で推移しており厳しい状況にある。今後は高齢の免許保有者が増えることも考えなくてはならない。自動車の安全性向上のみならず,道路,交通規則,交通管制等をトータルシステムとしてとらえて,安全性の向上や,あわせてエネルギー効率,道路上の空間利用効率等の最適化を図るアプローチが重要になってこよう。

(6)経済社会システムのセキュリティ向上

安全の概念を社会のセキュリティにまで拡張して考えると重要な課題が浮かび上がってくる。現在の経済社会システムは,商取引,金融取引などの決済,公共交通機関の運行管制等で,コンピュータ,情報通信システムへの依存がますます強まっている。このようなコンピュータ,情報通信システムが正常に機能しなければ,経済社会システムが混乱する可能性がある。

コンピュータの西暦2000年問題は,コンピュータ自身が抱えていた一種の欠陥が原因であるが,現在,そのような可能性を現実のものとしないよう各国において鋭意対策が進められているところである。

さらに看過してならないのは,社会経済システムをかく乱しようという意図をもって,コンピュータ,情報通信システムに外部から電子的に侵入される可能性である。社会経済の基幹を支えるコンピューター,情報通信システムは,そのような侵入に対して強靭な防御を備えることが,これからますます重要である。

以上,4つの重要な課題に着目して科学技術に対する要請を例示した。

科学技術が様々な課題の解決のために,直接的に技術的な対応の選択肢を提供することが期待されていることは見たとおりである。しかし,場合によっては,科学技術が社会経済システムの変革の原動力となり,その変革の中で,社会経済システム自身が現在抱えている課題を克服する潜在力を発揮することも期待できる。このような科学技術の新たな可能性も意識して科学技術に対する要請を考えていく必要があろう。

科学技術が国家的・社会的な様々な要請に応えていくには,知識の源泉である基礎研究を旺盛に展開し,知的資産の拡充を図ることが,まず基本である。それとともに,得られた知識を統合して,要請に応えやすいように知識体系を整理していくことも重要である。知識を生み出し,それを課題の解決に賢明に使っていくことは,人類の知的体系の発展で重要な役割を果たすことになる。そのようにして,「知的存在感の有る国」となることが我が国の将来として重要ではないだろうか。

また,我々自身の生体の働き,我々をめぐる自然・環境,さらには宇宙について,新たな知識を得ることは,それ自身が我々一人一人の知的好奇心を満たし,知的興奮を与えるばかりでなく,人間としてどう生きればよいか考える材料となる。このことは,科学技術が人類の文化を創造していくことにもつながる。すなわち,過去を振り返れば,コペルニクスの地動説やダーウィンの進化論,アインシュタインの相対性理論などの先人の知的探求の成果が,その後の人類の世界観,生命観等を変貌させてきている。遺伝子レベルで生体の働きが解明されていくことは,我々の生命観,人間観を少なからず変えていくことになろう。また宇宙での人間の活動,月,火星の探査等は新たな宇宙観,人類観をもたらすであろう。このように科学技術は新たな世界観,生命観等を生み出すなどして,文化の創造に寄与している。

科学技術の成果を生かしていくとともに,これからの科学技術と人間・社会とのかかわりを考えていく必要がある。人々は,物的豊かさから心の豊かさを求めるようになってきている。21世紀にはこの傾向はさらに進むであろう。そのとき,科学技術を物的豊かさをもたらす手段としてだけとらえるのではなく,心の豊かさをももたらす可能性のあるものとしてとらえ,その面での一層の貢献を図ることが重要であろう。


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